境界線は溶けた4
何の予定もない土曜日。少しバイクを走らせたい気分だったので、ちょっと遠くのショッピングモールまで遊びに出かけることにした。もちろん、米花とも杯戸とも名前の付いてない普通のモールである。大事。
目的は、好きな革小物ブランドの新作と、最近話題の中華料理屋のチェックだ。バイクで来てるのであまり大きな買い物をする予定はないが、いい物があればショートブーツが欲しい。
(いや〜エビチリ最高だったな。チャーハンはニンニク効いてて美味しかったし〜。あとは靴見てかーえろ)
朝が遅かったぶん、少し遅めのお昼になった。
革小物のお店では店員さんと新作バッグの話をして、前から気になっていたブックマーカーを2つ購入した。そこから中華を食べ、あとはふらっと靴を見て帰るだけである。誰かと話す予定もないので、心置きなくニンニクがっつりチャーハンを楽しめて満足だった。
好きな洋服ブランドとよく買う靴のセレクトショップを数件はしごし、何足か好みのデザインをチェックして今日は買わずに帰ることにした。もし買うならバイクで来てない時にしたい。
(帰る前にトイレ行っとこうかな)
駐車場近くにあるトイレへと向かう。建物の端で飲食店も近くにないので、待たずに入ることの出来る穴場スポットだ。例え待ったとしても個室の数が多いので回転が早く、バイクで来た時は行きと帰りによく利用する場所である。
想定通り、トイレはガラガラだった。適当に手前の方の個室に入って用を足す。SNSをチェックしながらだったので思いのほか長居してしまったが、扉の向こうに人気は感じられなかったので迷惑はかかってないだろう。荷物を持ってさあ出るぞと鍵を開けるが扉が動かない。内開きに勝手に開くはずなのだがその気配はなく、鍵の部分を引っ張っても何かが引っかかったように動かない。
「え、何で」
まさか壊れて閉じ込められた?ここあんまり賑わう場所じゃないのに?どうしようインフォメーションに電話したら助けてもらえる?パニックになりつつも、すぐに携帯でこのショッピングモールの公式サイトを検索した。
私が覚えているのは、ここまで。
*:;;;:*:;;;:*
次の記憶は、扉の向こうがにわかに騒がしくなったところからだ。どうやら気を失ってたらしく、便座のフタの上に腰掛けているようだ。気絶するようなことがあったっけ・・・と身動ぎした拍子に、膝の上から何かが落ちる。硬いものが床と当たるその音は、恐らく携帯が落ちた音だろうと足元に目をやり――、
「ひっ」
右の壁の下から、赤黒いものが流れ込んでいるのが見えた。幸いにも携帯が落ちたのは左側だったため急いで拾い、その側に落ちていた自分のショルダーバッグも拾っておいた。その際、床に近づいた瞬間生臭い鉄のような匂いがしたのは気のせいだと思いたい。
一刻も早く個室を出ようと扉に手をかけるもやはり開かない。気絶する前なんて比じゃないほどパニックだ。
「だ、誰か!誰かいませんか!」
「どうしたの!?」
「どうしました!?」
扉の向こうから返事があった。よかった無人じゃない!しかも返事の声からして複数人いるらしい。
「扉!あ、開かなくて出られないんです!」
「落ち着いて!鍵がかかってるよ!」
「え?」
言われて見ると、確かにかかっている。気絶する前は確かに鍵を開けていたはずなのだが、どういうことだろう。とりあえず言われた通りに鍵を開ける。するとなんの抵抗もなく内開きに扉が動き始め、ようやく個室から出ることができた。
「出れた・・・・・・」
ほっとするもつかの間、個室から一歩踏み出すと同時にむっと立ち込める鉄臭い匂い。目の前には女子高生と父親の親子らしき2人組と小学生の男の子が1人。
・・・・・・ちょっと待て。待て待て待て。一度に摂取していい情報量を軽く超えてる。これはなんだ。
「お姉さん!いつからそこにいたの!?」
「い、いつからって・・・」
「隣の個室で人が死んでるんだ!」
男の子から与えられる情報は完全に右から左である。脳内にとどめて内容を精査するキャパは残っていない。だからなのか、その子の視線につられて同じ方向を見てしまったのがいけなかった。
「う、ぁ・・・」
私がさっきまでいた個室の右隣。便器のフタにしなだれ掛かるように1人の女性が倒れていた。ただし、その足元は赤黒い液体で濡れており、同じ色で彼女の洋服の至る所が染まっている。
脳が、目の前で起こっている事象を理解することを拒んでいる。目を逸らしたいのに逸らせない。体が震える。自分が呼吸をしているのかもわからない。息って、どうやって吸うんだっけ。
そこで急に視界が暗くなった。頭から何か布切れが被せられている。
「見なくて結構です。・・・立てますか」
低い男の声だった。とてつもなく聞き覚えのある声に少し安心でき、それで息を整えることができた。いつの間にか自分が座り込んでいる事に、ここでようやく気がついた。
立ち上がると、肩を優しく支えられる。女の人の手だと思った。
「蘭、その人を外のベンチに連れてってくれ」
「うんわかった。・・・歩けますか?」
こくりと頷いて、その手に案内されるがままにトイレの外へ連れて行かれる。ベンチに誘導され座らされると、その人も隣に座ってくれた。背中をさすってくれる優しい手に甘えて息を整える。頭から被った布切れが、男物のジャケットであるとこの時知った。
*:;;;:*:;;;:*
警察が到着するまでの時間があれば、さすがに理解が追いついてきた。もしかしなくても今隣に座っているのは毛利蘭でジャケット被せてくれたのは毛利小五郎であの男の子は江戸川コナンだ。ちなみにジャケットはさすがにお返ししてある。
あの突然の事態に、彼ら3人の名前を叫ばなかった自分へ国民栄誉賞を送りたい。それもこれも全てトリップした事実を飲み込んでから続けていたイメトレのおかげである。備えあれば嬉しいなって全然嬉しくないけど。
先手必勝で、気持ちが落ち着いた頃に毛利蘭に全員の名前を聞いておいたのでボロも出ないし、やがて来る警察の面々への心構えもしておいた。とりあえずキャラクターへの動揺は最小限に抑えた自信がある。
そんな中、やはりというか予想通りというか警視庁お前らしかおらんのかと言いたくなる顔ぶれによる現場検証が始まった。
「また君かね毛利くん・・・」
そう呆れるのは目暮警部。
「申し訳ありませんが、しばらく封鎖をお願いします」
少し離れたところで支配人らしき人と交渉する高木刑事。
「それでは、みなさんにお話をお伺いしてもよろしいですか?」
目の前で、私含め関係者の相手をしているのが佐藤刑事。
(・・・警視庁、人材不足なの?)
なぜピンポイントでこの3人が来るのか甚だ疑問である。・・・いや、この漫画はそういう話だと言われればそれまでなんだけど。
佐藤刑事や関係者の話をまとめると、事件の概要はこんな感じらしい。
被害者は鶴見寧々、26歳フリーター。このショッピングモールの近所に住んでいて、よくここを利用していたらしい。もちろん全く知らない人だ。
死体発見は15時30分頃。死亡推定時刻は14時から15時の間。死因は窒息。首に何かを巻きつけた跡があるらしい。絶対に刺殺だと思っていたが、どうやら生活反応(生きてるうちに傷付いた箇所にだけ出る反応のことで、これの有無で死後についた傷と区別するらしい。へー)のある傷跡は1ヶ所だけで、残りは絞殺された後につけられたようだ。
駐車場へ続く出入口とトイレへ続く通路を映した監視カメラの映像によれば、死亡推定時刻にトイレへ向かった人間は4人。
まず、14時過ぎに私・佐原いずみ。そのすぐ後に、被害者である鶴見さん。14時15分頃に清掃員の高谷さんという、少しふくよかな40代の女性。その5分後の14時20分に、すぐそこのテナントに勤めている真木田さんという、タレ目が印象的な30代の女性。真木田さんは5分ほどで再びカメラに写り、高谷さんも掃除を終えて14時45分頃に出て行くのが確認されている。次に人影が確認できるのが15時30分の死体発見時で、トイレにポーチを忘れてしまったと再び真木田さんだった。そこで変な匂いと個室からこぼれる血溜まりに気付いて悲鳴をあげ、近くを通りかかった毛利さん御一行が登場する・・・といった具合だ。
・・・・・・ここまで整理できればバカでもわかる。カメラに1度しか映らず、1時間30分もトイレにこもっていた私は、誰がどうみたって間違いなく1番怪しい。
「いつも通りに掃除しようと思ってまず女性トイレを覗くと使用中の扉が見えたので、男性トイレから掃除することにしました。手前から2番目の扉だったと思います。それが、男性トイレを終えて女性トイレに移動すると、3番目の扉が使用中だったので、仕方なくそのまま掃除を始めました。掃除を終えるまで扉が開くことはなかったですし、誰かと会うこともありませんでした。特に気になる音も聞いていません。被害者の女性はここの常連さんなので、お顔に見覚えはありますが特に知り合いというわけでは・・・」
「ここのトイレは従業員も使用できるので、テナントから1番近い場所でよく使用しています。男性トイレ前に清掃中の立て札があったので、高谷さんが掃除してるんだと思いました。手前から2番目が使用中だったので、1つ飛ばして4番目のトイレを使用しました。流水音を流していたので、何か怪しい音がしてても聞こえなかったと思います。トイレを出た時も清掃中の立て札は男性の方にあったので、高谷さんとは会っていません。・・・鶴見様はうちのお得意様なので存じ上げておりますが、今日は来店されてません」
以上が高谷さんと真木田さんの証言である。2人の証言を信じるならば、真木田さんがトイレを出る14時25分までは手前から2番目の扉が閉まっていて、その後高谷さんがやって来るまでの間に2番目が開いて3番目の扉が閉まったことになる。ちなみに高谷さんは時計を持っていないので、何時頃の出来事かは不明だと言う。
「では、佐原さん。気絶していたとの事ですが、それは何時頃か覚えていますか?」
佐藤刑事から質問される。時間なんて覚えてないが、直前まで見ていたSNSで何か呟いた記憶がある。
「14時9分に呟いているので、この時までは起きてたはずです。・・・この後扉が開かなくて、ここのインフォメーションの電話を調べようと検索したところまでは覚えてます・・・」
佐藤刑事に携帯の画面を見せる。SNSのアカウントのメモを取られ、このモールの公式サイトを検索したページも見せた。警察に私のSNSが知られてしまったのは率直に言って死にたい。落ち込んだ私に捜査にしか使いませんから、と高木刑事が苦笑いした。お気遣いどうも。
「扉が開かなかったってどういうこと?」
来たな探偵、と顔に出さないように下を向いた。江戸川少年である。正直、この小さな探偵に“信頼に足る人間である”と思わせるのが、私の無実への近道だと思っている。いや別に警察を信じてないとかじゃなくて、私のメンタル的に一刻も早く事件を解決してほしいって話で。
「鍵を開けたのに扉が開かなかったの。何かが引っかかってるみたいに動かなくて、閉じ込められたって思ったんだよね」
「だから、僕が声をかけた時にびっくりしてたんだね。鍵を開けたはずなのにかかってたから」
「うん、そう、そうなの」
「・・・それって多分、扉の上にU字のフックがはまってたんじゃないかなぁ」
曰く、2番目の扉の上に何かがこすれた跡があるらしい。逆U字に扉にはまるようにフックをかければ、確かに開かないように出来るだろう。でも何のために?
「気絶したのが本当なら、何か薬剤を嗅がされた可能性が高いでしょうな。スプレーか、気化した薬品か・・・・・・」
「しかし警部殿、それらしいものは見当たりませんでしたよ」
「それなら今、ゴミの回収業者を追跡しているところです。高谷さんが清掃に入った時点で、ゴミとして回収されてる可能性もありますので」
高木刑事が報告すると、目暮警部は頷いた。
警察の視線が痛いので、容疑は全く晴れてないらしい。回収業者の報告待ちになるのだろうか・・・・・・まだまだ時間がかかりそうである。もうやだ帰りたい。
2021.08.24.
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