いつからだろうか。HiMERUくんがうちに通うようになったのは。
出会いは本屋だった。私は小説が好きだ。特にミステリーものが。とある作者のシリーズを昔から追っていた。分厚過ぎて鈍器と呼ばれる本で、2作目は1,000ページを超えている。この2作目を読もうと本棚へ手を伸ばせば、同じ本を取ろうとした人と指先が触れた。
「すみません」
とある本屋で同じ本を、その時たまたま手に取ろうとした爽やかな男の人。その人がHiMERUくんだったのだ。
「この本好きなのですか?」
「難しいけど好きなんです。ハマると夢中になって読んでしまうんですよね」
珍しく意気投合して、本屋からカフェへ移動し2人で語り尽くし、その勢いで連絡先まで交換した。
本屋を巡り、新しい本の開拓に一緒に出かけることもあった。その本の感想を後日カフェで話す事も。
HiMERUくんは私の事を本好き仲間としか思ってないのかもしれない。男の人と出かける機会がここ最近なかった私には、HiMERUくんとの時間はデートのように感じる。
HiMERUくんの事をもっと知りたい。けれど自身の詳しい事は話してくれない。普段何をしているか私は知らないし、これだけ容姿端麗ならば、きっと立派な仕事をしているんだろうな。なんて解釈している。
人には言いたくない事もある。本当は小さな事でもいいから何でも知りたい。吐き出しそうになった言葉は喉元で止めて、綺麗な顔を見て微笑む事ばかりだ。
「よかったらどうぞ」
以前、本屋巡りをしていた時に通りかかったショップの窓際に飾られていた観葉植物。偶然2人とも気になって立ち止まり、可愛いですねと話をした。
あれから気になって、ショップへ足を運び店員さんに話しかけた。小さい鉢植えを2つ購入し、1つは私の自宅へ。もう1つはHiMERUくんの手へと渡ろうとしている。
「ありがとうございます。覚えていてくださったんですね。HiMERUは嬉しいのです」
「私も気になって買ってしまったんで、ついでです」
「大切に育てますね」
ついでだなんて嘘をついた。HiMERUくんの喜ぶ顔が見たくて買ったなんて言えない。私の胸に燻る感情に気付いてはいけないし、認めてはいけない。
この時間がなくなってしまうと臆病な私は見ないふりをする。
それから数ヶ月経った今でも、私はずっと続けている。
「ナマエさん、聞いていますか?」
HiMERUくんとの出会いを回想する事に夢中になって、肝心の話を聞いていなかった。
出したコーヒーも冷めてしまったのだろう。私の家にある本を見たいとHiMERUくんは家に顔を出すようになった。
ごく普通のアパートがなんだか似合わないHiMERUくん。大きい本棚に並んだ小説の壁。
きらきらふわふわした女の子らしさなんて一欠片もない。
ちらりと盗み見るようにHiMERUくんを見れば、ばっちりと目が合ってしまった。
「ねぇ、本当はHiMERUの事が好きなのでしょう?寝ても覚めてもHiMERUの事ばかり考えて、気になって、こうして見てしまうんですね」
いつの間にか私の向かいに居たはずのHiMERUくんは隣にいる。肩に触れるくらい近くにHiMERUくんを感じる。
「いい加減、認めてしまってはどうですか?」
吐息交じりに囁かれた事によって、私の血液は煮えたぎるように沸騰した。心臓は悲鳴を上げるように音を立てている。隣のHiMERUくんに聞こえてしまうのではと心配になる。「ねぇ、」と再び囁かれた事によってHiMERUくんの顔を見るはめになったのだが、見なければ良かった。
「ふふふ、耳が赤いですよ」
ゆっくり伸びてきた手は、私の耳へ触れた。ふにふにと耳たぶを弄るように触って、指はするりと私の顎をすくった。
「HiMERUの事をどう思っていますか?」
視線は真っ直ぐこちらを捉えている。まつ毛が長いなとか、相変わらず整った顔をしているなとか考え出す私は、この状況を認めたく無いらしい。
「私たちは小説仲間でしょう?」
「素直じゃないですね」
そう言うHiMERUくんはうっとりと私を眺めている。私はHiMERUくんをあまり見ないようにしているのに、視線がまとわりついてくる。
きっと顔だけじゃなく、身体もねっとりとした視線で視察しているに違いない。肉食の獣が、獲物を吟味するかのように私の全身を見ている。爽やかなHiMERUくんからは想像できない視線を浴びて、私の身体は熱くなった。
「恥ずかしがっているのですか?」
HiMERUくんはふいに私の肩を抱き、一瞬で押し倒した。私はHiMERUくんの身体が被さってきた瞬間、全身の力が抜けてしまい、抗うことも出来ずにされるがままになってしまった。
「ひっ…」
名前すら呼べずに、口から出たのは予想以上にか細い声だった。
HiMERUくんは抵抗しない私のシャツのボタンを手早く外し、首筋に顔を埋める。HiMERUくんの香りが私の鼻腔に入ってくる。
HiMERUくんの唇が私の首筋に吸い付いて、リップノイズを残して離れた。
「ナマエさんの元から離れないように縛り付けて下さい」
そう言ってHiMERUくんは自身のシャツのボタンを外し始めた。胸元を大きく開いて首筋を指差している。
HiMERUくんが私にしたように、私に所有印を付けろと言っているようだ。
「HiMERUくん、それって…」
私が見ないふりしている事と同じなのか。それともマゾヒスト的な物理的に縛り付けて欲しいのか。多分、私と同じだと思いたい。
「捨てられても戻ってきますからね」
ぎゅっと腕に力を込めて閉じ込められる。
私達は同じ気持ちだったんだ。怖がって見ないふりしていたけれど、よく考えてみれば出会いは少女漫画のようにロマンチックだ。推理小説しか読まない私達が、少女漫画のような恋愛をしている。
なんて不思議な感覚なんだろう。
「ナマエさんに謝らないといけない事があるのです」
「どうしたの?」
「観葉植物を枯らしてしまいました」
HiMERUくんらしくない。彼なら丁寧に面倒を見て育てそうなものなのに。意外とだらしないところもあるのだろうか。
私に見せようと携帯を弄り、写真を探し出す姿からは枯らすなんて想像も出来やしない。
「すみません…」
見せられた観葉植物は確かに枯れていた。緑だった葉は茶色く変わってしまっている。
小さな鉢植えには栄養剤が3本も刺さっていた。このサイズにこの量は多すぎだ。それでは枯れてしまう。
大切にし過ぎた結果、枯らしたのだ。
「HiMERUくんは愛が重いタイプだ…」
にっこり笑った顔は恐ろしいほどに綺麗だ。
「貴女にだけ、なのです」