※自称キモオタ夢主※
雑誌の特集、メディアの出演など毎回ファンレターで感想を届けてくれるファンが居る。シンプルな封筒に若干の癖字ではあるが、綺麗に綴られているのが特徴だ。そんな文章からは彼女の人柄の良さを感じる柔らかい言い回しが多い。
手書きでファンレターを返すHiMERUとしては常連の彼女からの手紙は日課であったし楽しみでもあった。
初めての握手会の感想も書いてあった。記憶を頼りに思い返せば、多分あの人だろうと思い当たる人物が居た。2回目の握手会も彼女が来てくれるのではと淡い期待を抱いて記憶の中の彼女と必死に照らし合わせていると、イメージに違い女性が目の前に居た。
ファンレターを定期的に送ってくれるミョウジナマエさん。この人だとそう思った。
「おや、今回も来てくださったんですね」
ぎゅっと握った手に力を入れると、目の前の女性は溢れそうなくらい瞳を大きくした。
「えぐいファンサ…」
想像していた驚き方とは違うものだったがミョウジナマエさんと確定した事が素直に嬉しかった。
「応援しています。頑張って下さいね。CD買います」
感極まって泣いてしまうファンや、好意を伝えてくれるファンも居る。握手会の1番目の女性は求婚してきたくらいだ。
あっけなく握手を終える彼女に不思議と興味を覚えた。もちろんこの日の感想もシンプルな封筒で届いていた。
Crazy:BのHiMERU 熱愛と書かれた週刊誌がある。相手は共演したアイドルだ。収録終わりに声をかけられた所を撮られた。
事実ではない。何も心配する必要もないのになぜか落ち着かないでいる。弁解せねばならないと思った。誰に?どうして?
ファンレターの返信作業はまだ先だというのに、新しいレターセットを取り出し気が付けばペンを走らせていた。
熱愛報道はデマだと機会があれば、それとなく仄めかしていた。
単なる気まぐれでSNSで自身の名前と熱愛を検索すると、その甲斐あってかデマだと安堵するファンの発言を見かけた。
【HiMERU くんが幸せなら何でもいい。真剣交際なら応援したいし、これからは静かに見守る】
この言葉がどうしても引っかかり、ゆるいクマのアイコンをタップする。これは勘なのだが、このアカウントはミョウジナマエさんのものではないかと思っている。
過去の発言を遡って読めば確信した。これは彼女のアカウントであると。熱愛報道が出た日付の発言は【ファンレターはもう辞める】と書いてあった。いつも届くであろう時期に届かなかったのはこれだった。
支えであったファンレターが今後届く事がないと思うと、考えるより先に指が動いて彼女にメールを送っていた。
やってしまった。らしくもない。喪失感から焦ったのか自ら連絡を取るなんて。
後悔するまもなく返事は届いた。本当にHiMERU さんですかと不安な様子で返ってきた。彼女にしか分からないようなファンレターの会話をすれば、彼女はHiMERUくんだと信じますと言った。
ここからが本題なのだ。勢い任せて送ってしまった【会って話がしたい】これをどうすれば良いかと悩む。
手当たり次第にファンに連絡を取って手を出していると思われたくもない。【古参ファンの私に話したいってそうとう参ってるんですね】予想外の快諾に驚いた。
急ではあったがお互いのタイミングが合い、今日この後待ち合わせる事になったのだ。
「お待たせしました」
「待ってませんよ。HiMERU も今来たところなのです」
帽子にサングラスと簡単な変装ではあるが彼女は真っ先に気が付いた。
アイドルであるHiMERUを気遣って近くにある個室カフェを勧める彼女は好感が持てる。
運ばれたカフェラテを美味しいと呟く彼女にいつ切り出そうか考えあぐねていると、ばっちりと目が合ってしまった。
ん?と微笑む顔が想像していたよりも可愛らしいなんて場違いの事を考えてしまう。違う、今はそうじゃない。
「今日はどうしたんですか?」
またもや気を利かせた彼女に助けられる。真剣な顔でじっとこちらを見つめる姿にごくりと喉が上下した。
「この前の熱愛報道の件です」
「私はお似合いだと思います。頑張って下さい」
綺麗な笑顔でそう言うものだから、否定の言葉は喉元で詰まり黙り込む形になってしまう。
頑張ってとは何だ。悲しくないのか。HiMERU の事が好きではないのか。彼女の反応が腑に落ちない自分が居る。
「いえ、あれはデマなのです。撮影終わりに声を掛けられた所を撮られました」
「そうなんですね」
「貴女はショックを受けましたか?」
あっさりそう言う彼女に傷付いたか聞くなんてどうかしている。傷付いていたならどうする。ぱちくりと驚いた顔をする彼女を黙って見つめる事しかできない。
「私は推しが幸せならそれでいいです」
「貴女はHiMERUが好きなんですよね?」
「好きですけど、私に対してこんな事言うHiMERU くんは解釈違いだなぁ…そもそも個人的な連絡くれる時点でそうだったのかも…」
険しい顔で考え始めた彼女の言葉は雲行きが怪しい。1人のファンに見せた特別な好意を彼女はまるで迷惑だと言いだげにしている。
「HiMERU は貴女の事が好きなのでしょうか?」
考える事を放棄して彼女に委ねる。思い当たるこれまでの行動は認めてしまえば腑に落ちる。ファンレターを楽しみにしていたあの頃から既にそうだったのかもしれない。
「え…」
ぽろりと彼女の瞳から溢れた涙がカフェのテーブルを濡らす。感極まって泣いてしまったのだろうか。ふるふると震える肩を抱いてしまっても許されるだろうかなんて。
「私の事が好きなHiMERUくんは解釈違いです…ファン辞めます…」
拒絶された。ここまで嫌がるファンが居るだろうか。やり場のない気持ちにどうする事もできず居心地が悪い。
「HiMERUじゃダメですか」
テーブルの上で固く握られた手入れの行き届いた手をそっと握ると、彼女の肩はびくりと跳ねた。顔は逸らされてしまったが耳が赤いのが分かる。このまま押してしまえと悪魔が囁く気がした。
「ひっ…もう、キャパオーバーです」
「こちらを向いて下さい」
おずおずと目を合わせる彼女の表情は確実に困惑している。目は合ったものの、直ぐ逸らされてしまう。
「これは夢、都合のいい夢。HiMERU くんが私に興味持つなんて有り得ない…」
うわごとを言い始める始末である。聞いていますかと話しかけても「解釈違い」としか言わない。
「意固地な人ですね。HiMERU が貴女を好きだと言ってるのです。返事を頂けますか?」
こちらも少し意地になって問いかけると、赤い顔を今度は真っ青にして震え出した。
目の前で繰り広げられる百面相がおかしくてたまらない。そんな姿も可愛いと思える自分は気付かないうちに彼女にハマっていたらしい。
「私は…今は大人しくしていますがキモオタなんです。きっとHiMERUくんは幻滅します。早く目を覚まして下さい。とりあえず殴りましょうか」
「そんなバイオレンスは求めてないのです。ちなみにキモオタとは?」
彼女はぎょっとしてまた視線を逸らした。か細い声でぼそぼそと呟くけれど店内のBGMにかき消され聞こえない。
もう一度と催促すると腹を括ったように話し出した。
「先月の配信でHiMERU くゆ〜脇見せて♡とコメントしたのは私です」
斜め上からの豪速球に一瞬時が止まった。
これは記憶にある。配信でこのコメントが流れて天城が爆笑しながら拾っていた。変わったファンだと思っていた人が彼女だったとは驚きだ。
「ほら、引いたでしょう。他にも、その長い股の下を潜りたいとかも私です」
わなわなと身を震わせ口を開く彼女に引くどころか、一周回って新鮮に思え楽しんでいる自分がいる。
「斬新で良いんじゃないでしょうか。ますます気に入りました」
「ひぇ…HiMERU くんはゲテモノ好きですか」
「さあ、食べた事が無いので分かりません」
「女の皮を被ったおじさんだとしても?」
「食わず嫌いは良くないので。何でも食べてみないと分からないのです」
いやぁ、あの、その…とたじろぎながら視線は右往左往している。もう折れてしまえばいいのに。
「とりあえずお友達からでもいいですか?」
「仕方ないですね。お付き合いを前提に友達からで構いませんよ」
ぎょえっ!と聞いた事のない叫び声を上げる彼女に自然と頬が緩む。
今はまだ友達でいい。じっくり時間をかけて手中に収めるつもりだ。
「宜しくお願いしますね。ナマエさん」
彼女の両手を掴んでそう言うと「供給過多、死ぬ」と赤くなっていた。
これから楽しくなるに違いない。あの手この手で逃れようとする彼女を、この後どうやって連れ出すか数パターン考える事から始めよう。