⚠︎俺、香水捏造、微エロ
アイドルを辞めてから快適に過ごしている。あの頃はストレスで毎日なにかしら身体に不調が起きていた。
新しい部屋に住み始めて数ヶ月、未だに慣れない。HiMERUは寮があるので毎日一緒ではないが高頻度でこの部屋に帰ってはくる。
イケメンと共同生活、心臓がいくつあっても足りやしない。ふとした瞬間色気に当てられ、見てはいけないものを見た気分になる。今日だってシャワーを済ませて上裸で戻って来た。
「なに見てるのですか?エッチ…」
含みのある表情でそんな言葉を言うのだからタチが悪い。自分の色気を分かっているのかとお節介にも説教してしまいそうなのを我慢したことは秘密だ。
「今日は飲み会でしたよね。HiMERUが迎えに行きますので連絡をください」
そう言って後ろから抱き締めてくる。首元に柔らかい髪が当たってくすぐったい。私が気に入っているシャンプーの甘い香りがふわりと鼻を掠める。同じ匂いで、なんだかそれも照れくさい。
「うん、私の歓迎会をしてくれるみたい」
再就職したのは小さな企業の事務職だ。ありがたい事に職場は働きやすい環境だった。多少嫌なことがあっても今まで培ってきたスキルで乗り越えようと思っていたが、職場ガチャは大成功を収めている。
「飲みすぎてはいけませんよ。HiMERUはそれが心配なのです」
「記憶が飛ぶまでは飲まないよ。でもたくさん飲みたいなぁ」
思わず本音を溢せば、HiMERUは顔をゆがめた。しまった、地雷を踏んだと思った時には遅かった。
「ごめん、HiMERUくん。ほどほどにしますから」
「許しません。自覚が足りないナマエにはお仕置きが必要ですね」
細い身体のどこにそんな力があるのか、簡単に押し倒してくる。ちょっと待っての声も聞き入れてもらえず、集合二時間前に身ぐるみを剥がされてしまう。元々着替える予定ではあったが、今から起こるであろう状況は予測していなかった。
「これから出かけるんだよ?何するつもりなの」
「一時間はHiMERUに割けるでしょう?その後準備すれば問題はないのです」
聞き間違いでなければ一時間といった。そんな体力あるわけ無いし、無事に生還できたとしても飲み会ではじゃぐ体力は底をつくに決まっている。久々の自宅以外の呑みは大人しく過ごして終わりそうだ。
「HiMERUくん、優しくして」
「もちろん。とびきり優しくします」
言葉の通りにそれはもう時間をかけて優しくゆっくり可愛がられた。くずくずに抱かれる私をHiMERUは満足そうに見下ろす。
「ナマエは今、最高に幸せな気持ちですね?俺も同じ気持ちです」
幸せそうな笑顔に何も言えなかった。優しく触れるだけのキスをして満足げな表情で見つめる。そんなHiMERUを抱き寄せて幸せを噛み締める。
「まだまだ愛してもいいのですが、時間は大丈夫ですか?」
慌てて時計を見れば集合時間まで一時間を切っていた。
「HiMERUくんの馬鹿!すけべ!」
急いで着替え化粧直しをする。仮にも主役ではあるが新人が遅刻してどうする。慌てて支度する姿をにこにこと眺めるHiMERUを一泡吹かせてやりたい。けれどいい案は何も浮かばなった。
♢
「「かんぱーい」」
遅刻とまではいかなかったがギリギリ間に合った。みんな気にすることなく迎え入れてくれる。
先輩に注がれたビールを飲み干すと驚いたのか肩を叩かれた。
「ミョウジさん、いい飲みっぷり。飲んで飲んで」
さらに注がれるビールを美味しく頂いていい気分になってくる。コースで出される料理も美味しい。外で飲む酒も宅飲みと違った良さがある。
酒も進めば自然と身体が欲する物が…可愛いポーチの中に忍んだ可愛く無いもの。この店は室内禁煙で、喫煙所は外にある。入店前に確認済みだ。
「ちょっとお手洗いに」
ポーチを握って喫煙所を目指した。タバコを咥えて火をつければいつのも味が染み渡る。飲みながら吸えたらもっと早く酔いが回っていたはずだ。ほんのり酔っているこのぐらいがいいのかもしれない。
「あれ、ミョウジさん煙草もいける口?」
意外だなぁと呟きながら先輩は煙草に火をつける。メンソールの香りが鼻を掠めて消えていく。
「何吸ってるの?」
「可愛くないやつです」
パッケージを見せれば先輩は笑った。笑顔を直ぐに引っ込めて真っ直ぐにこちらを見つめてくる。何かあるのかと自然に身構えてしまう。
そんな空気に背後から風が吹く。先輩は風下にいるのでタバコの煙を浴びている。
「風向きが…大丈夫ですか」
「ミョウジさんいい匂いする。何の香水?」
香水なんて付けていない。でも心当たりはあった。HiMERUの愛用している香水。庭園をイメージしたナチュラルな香り。爽やかで清々しい香りが彼にぴったりだ。淡いグリーンのボトルを思い出して服を摘んで匂ってみれば身体からふわりとHiMERUの香りがした。
「名前は分からないので、聞いてみます」
「ミョウジさんて恋人いる?実は気になってたんだ。酒も煙草も気が合うなんて思ってもなくてさ、今日で更にいいなって思ったよ」
このタイミングでかと心の中で突っ込む。酒と煙草とは女性らしいとは程遠いものだが先輩はそれがいいと。喫煙者は肩身が狭いし親近感なだけだと思う。
「私、お付き合いしている人がいます」
私には勿体無いくらいの人がと言ってしまおうか悩んだ。けれど先輩からしたらただのうざい惚気。話さなくて正解だ。
「だよね。さっき服を引っ張った時に見えたんだよね。気のせいじゃなければさ」
なにが見えたのかよく分からなかった。理解していないと分かった先輩は続ける。
「この辺りにキスマーク」
自分のデコルテをとんとんと指差して先輩は説明する。それを理解した途端に顔から火が出るほど恥ずかしくなった。いつの間に付けたんだ。
「いやぁ…それは…」
「素敵な人だから恋人がいてもおかしくないよな。ごめんね、今日のことは忘れて」
羞恥に耐えている間に先輩はスマートに自己完結している。
「恋人が待ってるなら早めに上がれるようにするね。うちは酒飲みが多いから三次会までいくよ」
三次会までは長すぎる。私が一人なら朝まで飲んでも構わないが、今はHiMERUがいる。彼が心配することはしたくないし、したら後が怖い。
「ありがとうございます」
戻った席はいい感じに盛り上がっていて先輩と私が抜けた事も気がついていないようだった。待っていたと言わんばりのタイミングでデザートのアイスが運ばれる。
「ラストオーダーだぞ。ミョウジさん好きな物を頼みなさい」
「部長ありがとうございます。純米大吟醸で!」
♢
先輩が気を利かせてくれたおかげで一次会で帰る事が出来た。HiMERUが近くの公園で待っている。早く向かおうと足を早めるが上手くいかず、よたよたと歩く。最後に空けた四合瓶がいけなかった。
「随分と楽しみましたね」
マスクに帽子の簡単な変装のHiMERUが面白くなさそうに呟く。
「これでも彼氏が待ってるからって早く上がってきたんだけど」
彼氏の単語を聞いて少し嬉しそうにする姿が可愛い。そっぽを向いているが、これは喜んでいる時の行動だ。
「先輩に言われて気が付いたんだけど、痕残したでしょ」
「HiMERUの所有物と表現したまでです」
痕も香りまでも移して自分の存在を刻む。意外にも嫉妬深かった。考えてみればセックスもねちっこく、誰のものか言わせたがる。元からその気はあったのかもしれない。
「HiMERUくんの香水の銘柄ってなんだっけ?」
「先輩に聞かれたのですか?教える必要はありませんよ。それにその人は男性でしょう?」
推理が得意なだけあってなんでも見透かされる。優しく指を絡め取り、さりげなく鞄も奪われた。
「帰ったら続きでもしましょうか」
耳を疑う言葉に手が一気に湿るのが分かる。どんだけ元気なの。私はもう惰眠を貪りたい。
「冗談だよね?」
「冗談?まさか、HiMERUはナマエが足りないくらいなのに」
玄関を開けると靴を脱いでいる途中なのに後ろから迫ってくる。
センサーライトがうっすら照らす。脱いだパンプスは揃えられる事もなく左右が違う方向を向いて転がり、HiMERUの靴も珍しく散れていた。
「ここ、玄関だよ?」
「たまにはいいんじゃないですか」
今なにを言っても無駄だろう。薄暗い玄関で視界いっぱいに押し寄せる綺麗な顔に諦めて瞳を閉じる。
薄い唇が優しく数回触れて、強引に唇の隙間から舌を捩じ込んできた。
口内を味わう様に掻き乱す舌に酔いが更に回ってしまいそうだ。
酒とは違う感覚にふわふわする。これはHiMERUに酔っているのかな。そんな事を考えていると、考え事をしている余裕があると思わせたみたいで更に激しく乱される。
「HiMERUだけを見て」
もう、どう転んでもHIMERUしか見れないよ。そんな想いを込めて首に腕を回した。
♢
目覚めは最悪だった。身体はあちこち痛くて頭も痛い。そう言えば昨日は玄関でHiMERUに抱かれたんだった。いつの間にかベッドに寝ていたし運んでくれたのだろう。
化粧を落とした記憶がなく、恐る恐る頬に触れる。肌は突っ張った感覚もなくしっとりと保湿されていた。化粧を落としてスキンケアまでしてある。朝になって泣きを見る事にならなくてよかった。HiMERUに感謝だ。
そんな彼の姿は見えなくて、ベッドサイドテーブルに何があるのに気がついた。
仕事に行ってきます
これからは毎日使ってくださいね
置き手紙と一緒に置かれた箱。中は香水で、その香りはいつものHiMERUの匂い。寝具にワンプッシュかけると、まるで包まれているようで眠気を誘う。
いつもの起きる時間はとっくに過ぎているのに布団から出られない。
毎朝恒例の寝起きの一本でさえ今はどうでも良く思える。欲に従ってそのまま布団に潜り込めば満たされた気分がした。
私、HiMERUなしじゃ生きていけないかもしれない。そう考えながら夢の世界へ向かう私が最後に見たのは、蓮の花のパッケージだった。