※かっこいいHiMERUは存在しません。
小さい頃からゲームが好きだった。誕生日プレゼントに買ってもらったゲームを何周もしてやりこんだ。
そんなゲーム好きの私も社会人になり仕事に慣れるまでは必死で、好きなゲームをプレイする時間は減っていった。このまま大人になっていくのだろうとその時は思っていた。
「友達2人パーティーに呼ぶわ」
恋人がゲーム配信をしている。ゲームがきっかけで仲良くなりそこから交際が始まった。ちゃらちゃらしたキャラで配信をしている姿はあまり好きではないが。
招待されたコードで入室すると私と彼氏以外にもう1人メンバーがいた。彼氏の友達とゲームを一緒にプレイするのは初めてかもしれない。
ファンを気遣ってか私の事は友達と紹介している。彼女ですと配信されても困る話だけれども。先輩風を吹かす彼氏はさっそくパーティーを仕切り出した。
「最高難易度に行こう。っても2人ともその装備じゃ即死じゃね?俺は耐えれるけど」
もう1人のメンバーは彼氏の友達らしく、介護プレイよろしくと発言した。私はこの難易度はクリアした事があるし、なんならやり込んでさえいる。ガチ勢と引かれるのではと恐れて、怖いなぁと可愛い女のふりだ。
彼の配信はスマホで確認している。pcの画面に表示された可愛いキャラクターの装備で悩んでいると、何やら配信のコメント欄が慌しかった。コメントを遡って見てみると、どうやら彼女からのメッセージ通知が画面に映り込んだらしい。彼女とは?私が彼女では?内容も内容で、昨晩はさぞ盛り上がったであろう感想。
いつもそうだ。私は男を見る目がない。
「シーナ着替えてる途中で来たの?一発くらったら終わりじゃん。遠くから隠れて見とけよ?」
シーナとは私のハンドルネームで、どのゲームもこの名前でプレイしている。このまま接待プレイが必要だろうか。最低男に気を使う必要なんてないよな。そう決めてスタート地点から駆け出した。
スポーン位置の差で彼氏が先に戦闘を開始している。遅れて彼の友人と私もエリアに到着した。
奮闘している彼は攻撃のパターンを予測できずに華麗に被弾した。体力は半分を切っている。もう一撃喰らうと力尽きるだろう。
「回復なら任せて」
友人は広範囲の回復アイテムを使用した。けれど距離とタイミングが悪く、ボスの広範囲攻撃を仲良く2人で喰らい力尽きた。チャンスはあと1回しかない。
「まじ最悪ー。シーナは絶対参加するなよ。俺が戻ってくるまでアイテム調合でもしといて」
何だそれ。開始から一声も発さず、ジェスチャーやチャットで意思表示していたが、もうどでも良かった。
「私が倒す」
ボイスチャットはオフにしていたつもりだが、ヘッドセットのマイクが声を拾って、無理だと怒る彼と、応援する友人の声で2人にも聞こえたのだと笑った。
「やば!攻撃パターン暗記?!シーナさんめっちゃ凄いじゃん。こんな人と友達とか羨ましい」
一度も被弾することもなく、装備なしのいわゆる裸で最高難易度をクリアしてみせた。友人は興奮していて、彼は黙ったまま。何とか言ったらどうなんだ。プライドが高い彼だから顔を真っ赤にしているに違いない。
は?彼女?なんて小さい声が聞こえた。きっと今頃コメント欄で騒がれた通知に気が付いたのだろう。
「攻撃パターンとフェイントは全て頭に入ってます」
「すげー。また一緒にお願いしてもいいっすか?」
「私は本日限りでゲームは全て引退します」
ゲームで彼を思い出したくもない。ソロも考えたがもう良いだろう。スマホには彼からメッセージが連続で届いている。既読を付けることもせず、すぐさまブロックした。電話もついでに着信拒否。
「さよなら」
その一言だけ残してゲームはログアウトした。
♢
元恋人は勘違い系ストリーマーと晒されていた。このゲーム騒動が軽く話題になり、シーナの配信が見たい。ゲームはしなくても良いから声を聞きたいなどまとめられていた。
需要があるなら応えてみるのも悪くないかと趣味本意で配信をすると、少人数だが人が集まった。有名配信者のようになりたいと欲はない。今遊びに来てくれる視聴者を大切に活動していければと考えている。
「もし投げ銭した事で何か我慢するような事になるなら、それは受け取れません。気持ちだけで十分です」
少しづつ視聴者も増え、ファンの方から色々頂くことも増えた。それが今日のお披露目配信となったバーチャル2Dの姿である。初めから顔出し配信はするつもりはなく、首から下だけ写し雑談配信をしていた。それが今では立派なガワまで作って頂いた。
「帽子さん、いつもありがとうございます」
配信を始めた頃からこの人はここに来ている。ハンドルネームは未設定で帽子のアイコン。この人を私は帽子さんと呼んでいる。配信に現れては無言で上限額の投げ銭をし、去って行く謎めいた人物である。
帽子さんが現れた途端、コメント欄は賑やかになりセリフ言ってあげてと要望が書き込まれる。
「シーナとっても嬉しいな」
これは恥ずかしいのだが求められれば応えるしかない。ちらりとみんなの反応を見ればコメント欄は盛り上がっていた。
それは良かったですと帽子さんはまた上限額を投げてコメントした。この人は普通にコメントが出来ることを知らないのだろうか。
「帽子さん、もう大丈夫です。シーナはお腹いっぱいです」
♢
「ちょり〜っす」
久しぶりに我が家に客人が来た。声の主は椎名ニキ。私のいとこである。
最近ではアイドルとしての活動が忙しいらしい。
「ニキくんがアイドルになるとは思ってなかったよ」
「なはは。それはナマエちゃんも言えてるっすよ。配信者なんて」
ニキくんはシーナをたまたまネットで知り、検索したらしい。聞き覚えのある声と、椎名から取ったであろうシーナですぐに分かったようだ。
「僕がお腹がすぐ減るように、ナマエちゃんもダメ男しか選べ無い所は椎名家の血筋って感じっすね」
ニキくんはあの時の配信の話をしているのだろう。それ以外にもニキくんの知る昔のダメンズ遍歴を、今ここで話し出されてもいい気分ではない。話題を変えようと考えていたらスマホに連絡が入った。
「配信の仕事っすか?僕が写り飲んだら大問題になっちゃっすね」
笑いながらクッキーを頬張るニキくん。半分は減っていたので追加でマドレーヌを皿へ乗せた。ついでに紅茶も注いで。
「Crazy:Bの椎名ニキが休日に女の家でくつろいでるって週刊誌に撮られたらどうするの?」
「Crazy:Bの椎名ニキと配信者のシーナはいとこ同士って注目度も上がって良いんじゃないっすか?」
ニキくんは良いかもしれないが私は困る。身バレは防いでいきたいのだ。
そんな事より、先輩から届いた無理難題を解決しないといけないのだ。
「ニキくん、今から仕事で謝罪に行かなきゃいけないんだ」
食べる手は止めないが、身体ごとこちらに向けて話を聞く体勢になったニキくんに愚痴を交えて説明する。素敵な先輩だと憧れていたのに尻拭いをさせられるのだ。
出されたお菓子を完食したニキくんは、もごもご言いながらお土産用に包んだお菓子を大事そうに抱える。
「ナマエちゃんならシナモン大歓迎っす」
多分、こう言ったのだと思う。ご機嫌で帰る背中を見送り、仕事へ行く準備をする。尻拭いが終わったら私はこの会社を辞めてやる。
指定の時間にインターホンを押す。家主の返事はない。
昨日まで憧れていた職場の先輩は今では憎くて仕方がない。荷物を放置し濡らして、それを私に投げたのだ。ご飯行こうと誘われ喜んでいた過去の自分を殴りたい。びしょ濡れになってしまった荷物を抱えているとガチャリとドアが開いた。
「申し訳ありません。お荷物が濡れてしまいまして、中身の確認をお願いします。破損していた場合、補償の対象となりますので」
頭を上げると見覚えのある顔。先程遊びに来ていたニキくんを思い出す。
この人、Crazy:BのHiMERUだ。特に関わりは無いのだが気まずい。
HiMERUは中身に心当たりがないのか不思議そうな顔をする。少し考えて思い出したかの様に玄関で開封を始めた。
取り出された緩衝材に濡れている様子は見られない。中身も無事であれば良いのだけれど。
どうやら中身はキャラクターグッズのようだ。どうですかと一歩前へ踏み出すと、中のものがはっきりと見えた。
「シーナ・・・」
すごい勢いでHiMERUが顔を上げた。その視線に気付かないふりをして、全て広げ確認すると中身は無事だった。
「彼女をご存知で?」
「中身は無事ですね。良かったです」
失礼しますと急いで背を向けた。そのまま逃げる様に車に乗り込むと変な汗が吹き出した。
HiMERUがシーナの受注生産のグッズ全部買ってた。あの人がシーナを知ってるんだ。そういえばさっき被っていた帽子も見覚えがある。毎回配信に現れる帽子さん。彼とHiMERUが同一人物な訳がない。何を考えているんだ。だってその考えだとHiMERUはシーナのガチ勢じゃん。
HiMERUの事は一旦考えるのを放棄して、私は職場で本日限りで辞めますと適当に挨拶した。
♢
「僕のお嫁さんっす」
配信ひとつでやっていくつもりも無いので、ニキくんの計らいで私はカフェシナモンで働く事になった。緊張もほぐれ、仕事も覚え始めてきた頃にCrazy:Bの3人が来店した。
なるべく視界に入らないようにと作業していたが、天城燐音に気付かれてしまい名札の椎名に突っ込まれた。そしてなぜかニキくんが嫁発言をしたのである。みんな驚いてんじゃん。
「違います。ニキくんのいとこのナマエです」
それだけ告げて業務へ戻る。HiMERUと目が合った気がするがこの前の一件でなかなか普通にできない。声変えた方が良いだろうか。次からはワントーンほど高く接客モードで対応しよう。
「ナマエちゃーん、HiMERUくんがナマエちゃんにもって」
カフェシナモンの期間限定のスイーツが机に並んでいる。ニキくんの隣の席が空いていることから、そこに来いという意味だろう。悲しい事に今から休憩時間、言い逃れはできない。諦めて隣に座ると、ニキくんはいたずらっ子の様に笑った。
「美味しいっすか?」
無言で頷く私を見てニキくんは楽しそうである。私は早くこの場を去りたくて急いで食べる。ニキと一緒で腹減ってんのか?なんて天城燐音の声がするが聞こえないふりをする。
「HiMERUさん、ご馳走様でした。では失礼します」
立ち上がった私をニキくんが引き留める。もう良いでしょう。私は逃げてしまいたい。
「美味しいケーキ食べれて、シーナとっても嬉しいな。って言わなくていいんすか」
何だそれと言う天城燐音、駄洒落かいなと呟く桜河こはく、2人はシーナを知らない。
だが、HiMERUは反応が違った。席から立ち上がっている。ニキくん余計な事を、なぜ言う。
「HiMERUくんはシーナのガチファンっすよね」
がっつりHiMERUと目が合って視線を逸らせないでいると、ニキくんが私に耳打ちした。
「ナマエちゃんはダメ男しか選べないから、僕はHiMERUくんを押すっすよ」
ニキくんは楽しそうにに笑っているけれど、この後どうしたら良いのか教えてほしい。