⚠︎冒頭のみ未成年観覧注意⚠︎
「ナマエちゃん馬鹿だなァ。本当に何もしないって信じてンのかよ」
「何もしないって言ったじゃないですか」
組み敷かれたナマエは抵抗も虚しくされるがまま。目に涙を浮かべ睨み付ける顔も加虐心を煽るだけだ。
マンションのドアの前に座り込んで待っている男を彼女はなんの疑いもなく迎え入れた。それが始まりだ。
「簡単に男を家に上げちまうからこーなるンだよ」
乱れた衣服から覗く肌を撫で上げると息をのむ音が聞こえる。閉じられた足を割って身体を捩じ込めばナマエは硬直した。
「ゴムだけは着けてください。お願いします」
「ナマエちゃんはお願い出来る立場じゃねェよ」
絶望の色を孕んだ瞳はやがて吐き出された熱と共に恍惚へと変わり、お互い欲のまま朝まで貪り合うのだ。
まどろむ世界に映るのは見慣れた天井。ここは星奏館だ。
時計を見れば朝はとっくに過ぎており、同室のメンバーは出払っている。
天城燐音は夢を見ていた。それはそれはとんでもない夢を。
先日の介抱、アイドル異例のギリギリのラインを攻めたドラマ、色んなものが重なってこんな夢を見てしまった。
願望夢というのだろうか。心の奥底でナマエを手に入れたい欲が具現化してしまった。はたまた状況が変化する可能性の示唆なのか、悩んだところで正解なんて分かるわけもない。
婚前交渉なんてもってのほかと思っていたが故郷を離れた今、そんなものは関係ない。
彼女を探してハニービーを訪れた日には、気を引きたくて懐かしいしきたりを語った。結婚するまで貞操を守る?そんな訳がない。それなりに欲のある男なのだ。
ドラマのワンシーンを共演女優ではなくナマエで再現し、台本以上に好き勝手した事に少しばかり罪悪感が生まれる。
いつもより冷たいシャワーを頭から浴び、燐音は深くつ大きく息を吐いた。
***
「ってわけで来週は二人とも頼んだ」
燐音は当たり前のようにハニービーの社内にてKILLER BEEの会議に同席している。ドラマーとギターボーカルは最初から気にはしていなかったが、最近はナマエも追求する事もなくなった。本人に聞けば諦めただけと言うに違いない。
「対バン申し込まれちゃってさ」
ギターボーカルは呑気に答える。KILLER BEEのSNSアカウントにダイレクトメールが届いた。内容は対バンライブのお誘いである。ドラマーと女王に相談する前にギターボーカルは快諾している。
「事後報告じゃん」
「受けちゃったものは仕方ないですしね」
ドラマーは嫌がる様子もなく、むしろナマエは楽しんでいる。
「そう言うと思った。さんきゅー」
かくしてKILLER BEEはキャパ200人のハコでの対バンライブが決まったのだ。
「燐音くん、今日は荷物持ち頑張りまァす♪」
一日限定KILLER BEEの荷物持ちとして、嫌がるナマエを余所に燐音は半ば無理矢理ライブハウスへ同行する。
ライブハウスの近くに美味いと有名の弁当を人数分手配していた。それをヘアメイクを済ませたKILLER BEEと頬張る。
弁当は噂通り美味しく、男三人はぺろりと完食した。
女王は完食はせず残りは持ち帰ると机の隅へ片付け、ベースを抱く。ゆるゆるとルートで単音を奏で、それから指弾きからスラップに変更。その音色はベースが歌っているその表現がしっくりくるものだった。
「はいどうもー」
控え室にノックもなしに急に現れたのは男四人組。
誰も心当たりが無く、控え室に変な空気が流れる。静まり返った部屋を見回し、ひとりの男が口を開いた。
「ひょっとして俺ら知らない?」
そこそこ顔のいい大学生くらいの男達にKILLER BEEのギターボーカルがやっと思い出したように口を開いた。
「四神さん?」
「玄武、青龍、朱雀、白虎、俺ら四神!よろしくー」
独特な挨拶を決めた男達はSNSにダイレクトメールで対バンを申し込んできたバンドだ。
全く聞いた事がないグループ名に首を捻り、ここにCrazy:Bの天城燐音が居るとバレるのも良くないと燐音はキャップを目深に被り直す。
「女なんかが居るお遊びバンドに俺ら負けねーよ?」
玄武と挨拶していた四神のリーダーらしき男はKILLER BEEのドラマーを指差して吠えた。その言葉にドラマーは驚いた顔をして鼻で笑う。ギターボーカルは肩を震わせて、女王はというと汚い物を見るかのような目でただ男を見ている。
KILLER BEEに女はナマエしかいない。ドラマーは女形だ。妖艶なメイクで女性に見えなくもない。身体のラインが隠れている衣装からか彼女が女と認識されていなかった。
「なんだよ。そこのベースさっきからジロジロ見やがって」
四神の一人が声を上げる。
ナマエはベースをスタンドに静かに立て掛けると、男の元へ足を進める。男の前で立ち止まり、ゆっくり視線を合わせ皮肉な笑みを見せた。
「喧嘩売ってんだ。買えよ」
女だからと決めつけた男らは殺人蜂の女王を怒らせたのだ。
***
少し顔のいい大学生バンド四神。リーダーの玄武は大手レストランの息子だ。残りのメンバーも開業医や社長の息子など、それなりに知名度がある。
将来を約束されている彼らはバンドは遊びと語る。お遊びから火が付いていずれはメジャーデビュー。そんな夢物語をどこかで語っていた。
ファンもそれなりでSNSも動画投稿サイトもフォロワーは数千人を超えている。
そんな彼らがなぜKILLER BEEに目を付けたのか。自分達の知名度に天狗になり、女がいる社会人バンドになら勝てると思った。多分そうだろう。
四神主催の対バンライブはKILLER BEEが先に演奏をし、その後に四神の流れだ。
チケット配分なんてものは無く、ライブハウスは四神のファンで埋まっている。
彼らのフィールドにKILLER BEEのみで挑むライブ。
そんな逆行も気にする事なくKILLER BEEはいつも通りにライブをするだろう。
「KILLER BEEって人達どうでもいいから四神はやく聞きたい」
ワンドリンク制な為、客はジュースや酒を飲んでお目当ての四神を待っている。開演前の空気は最悪だ。ひっそりと隅で見ている燐音でも分かる。誰ひとりKILLER BEEを望んでは居ない。
「今日もありがとな」
「玄武くんの為ならチケット売り捌くのお安いご用意だよ」
四神のリーダーも顔を出しており、客の女と親しげに話している。
女の手にはうちわが握られ、玄武が目当てなのが分かる。
そんな中でKILLER BEEがどんなパフォーマンスをするのか燐音は純粋に楽しみで仕方がなかった。
「すごい格好」
「ロックとか興味ないんだけど」
ステージに立つKILLER BEEはいつもと変わらない空気を纏っている。
今日のナマエは衣装が一味違う。ボンテージ衣装を身に纏い普段は隠れている肩や鎖骨を露わにし、コルセットで締め上げられたウエストの上には綺麗に谷間が見える。太もものサイドは編み上げられており、その隙間から覗く素肌が実に目のやり場に困る衣装だと燐音は思った。
「ミルクをビールに持ち替えただけの汚ねぇ赤ん坊ども、よく聞きな」
程よく筋肉の付いたバランスのいい足がカツンとヒールを鳴らし客席を煽る。女王の視線の先には四神のリーダー。煽られたと理解した玄武は顔を真っ赤にし、わなわなと震えている。
「女にロックなんて出来るわけねーよ!」
「キックとベースが合った時、ハイハットとフレーズがシンクロする時、そんな快感は一生分からないだろうね」
ステージから男を見下すナマエはまさに女王が相応しい風格だ。女と勘違いされていたドラマーもにやりと笑って続ける。
「君らには理解出来ないよな。うちの女王めっちゃノせられるベースラインだぜ」
大声で言い返す玄武を遮るようにドラマーがリズムを刻み始めた。
***
各々のロックを拳の殴り合いのようにぶつけるKILLER BEEにひとり、ふたりと引き込まれていく。
全身で感じながら時に恍惚の表情を浮かべ演奏する姿から目が離せず、燐音は食い入るように見ていた。
いつの間にか客はKILLER BEEに魅せられ腕を上げて楽しそうにする者、うっとりとステージを見る者と様々だ。
ゼロからのスタートとは思えない会場の盛り上がり具合で、こっち向いてと叫ぶ女に舌を出しナマエは黄色い声援を受けている。
「この人達KILLER BEEだっけ?」
「次のライブいつだろ」
演奏が終わった頃にはフロアの大半はKILLER BEEに魅了されていた。
四神のセットチェンジに向けて捌ける彼女等は汗だくで心底楽しそうだ。客席を振り返ったナマエは燐音と目が合うと、無邪気な子どものように微笑んだ。その笑顔は女王というには似つかわしくない可愛らしいもので、燐音はじくりと胸の奥が痛む。
知れば知るほど彼女が欲しくなる。のんびりしていたら他の男に掻っ攫われてしまうかもしれない。そんな不安をしまい込んで控え室に足を進めた。
***
「ミョウジめっちゃ煽るじゃん」
「思わず自分もノせられました」
「女って馬鹿にするから。腹が立ってね」
KILLER BEEは控え室でライブの余韻に浸っている。その表情はやりきった満足感の一色だ。
「最後の歓声と拍手ほぼほぼ全員だったな。覗いてこようかな」
「こんなバチバチの対バンとか珍しいですもんね」
ギターボーカルとドラマーは対決相手の四神を気にしている。今頃彼等は演奏しているはずだ。
「人のロックを貶す割にはありきたりなラブソングが聞こえたけど」
トイレに消えた時だろう。ナマエは四神の演奏が聞こえたようだ。「正直どうだった?」とにやけるギターボーカルに彼女は「微妙」とだけ答える。
「お前らのせいで台無しだ!」
本日二度目の控え室襲撃は四神の誰かだった。リーダーの玄武はかろうじて覚えたがKILLER BEEはこの怒る男が青龍、朱雀、白虎の誰なのか分からなかった。
「お前らのせいで俺らのファンがおかしくなった!演奏なんて聞きやしない。なんならお前らの次のライブの話してるじゃねーか」
「朱雀!やめろ!」
肩で息をし大声を上げ控え室に訪れたのは四神のリーダー玄武だ。
「玄武だってあいつらが俺らのファンに何かしたって思うだろ?おかしいだろ。俺らのファンだぞ」
「朱雀…俺らじゃこの人達には勝てない。負けたんだよ俺ら。根こそぎファン持ってかれたんだよ。俺らの歌聞いてる子たち居たかよ?居なかっただろ」
玄武は朱雀の肩に手を置くと「四神は解散しよう」と告げる。その言葉に朱雀の怒りの矛先は女王に向いた。
「お前が何かしたんだろ」
「坊や、あまり大人をなめるなよ」
ナマエにぐっとネクタイを引っ張られた朱雀は鋭い眼光に硬直する。
頭に血が上がっていたのは徐々に落ち着いたのか勝手にしろ。やってらんねーよと静かに口を開く。
彼女の手を振り解いた朱雀は、玄武の顔を見る事なく控え室のドアを蹴って消えた。
「本当にすみませんでした。失礼な事を言って…あの、凄くかっこよかったです。最高にロックでした」
深々と頭を下げる玄武に「許さない」とナマエは言い放った。その場にいた皆が声のする方へ視線を移す。
「えっと…お仕置きですか…?」
何を思ったのか顔を上げた玄武は頬を赤らめ女王を見つめる。絶対にそうじゃないと皆は思う。彼女は「馬鹿なのか君は…」と呆れている。
「来月オープンするうちのショップで何かしら購入するなら許す」
ナマエはどこからともなく取り出したリーフレットを玄武に差し出した。
株式会社ハニービーのビールや食品、贈答用の高級蜂蜜など取り扱いがある。
こんな時まで社の売り上げを考えている彼女に、この場の全員が敵わないなと笑う。
「絶対に行きます」
爛々とした瞳で玄武は答えた。
***
外はすっかり暗くなり、看板や街灯の灯がきらきらと輝いている。
「じゃあミョウジさんお願いします」
「俺のギターもよろしく」
駅に向かうギターボーカルとドラマーの背中をナマエは見送る。
楽器は駐車場のハイエースに積んでいた。KILLER BEEの荷物、取引先への納品物など積み込む社用車であるが、このハイエースに乗るのは彼女しか居ない。ほぼ専用車と化していた。
「俺っちもそろそろ帰ろうかな」
「今日はお疲れ様でした。搬入、撤収と助かりました」
「俺っちがナマエちゃんと居たかっただけなんだよなァ。むしろ礼を言うのはコッチの方だ」
「助かったのは事実なので。この後のご予定は?」
まさか夜の予定を聞かれるとは思っておらず、予想外の質問に燐音は驚いた。
遂に心境の変化で、まだ帰りたくないのサインなのか。もしくはデートのお誘いだろうかと期待に胸を膨らませる。何もねェけど。と答えるのが精一杯でその返事は少し不自然だった。
「近くまで送ります」
そう言ってキーケースを揺らす彼女は、想像とはかけ離れていた。いや、むしろこちらが正解だ。
「ナマエちゃんの助手席デビューだな」
「安全運転しますのでご安心を」
ハイエースに乗り込みハンドルを握る女王の姿がなんだかシュールで、燐音は思わず頬が緩む。
「なぜ笑ってるんですか」
「楽しいなって思ってさ」
直ぐにいつもの表情に戻したが、ナマエはそのわずかな変化を見逃さなかった。
初めて経験する事ばかりで楽しいのは事実。燐音の見間違いでなければ、彼女もそれなりに楽しんでるはずだ。
「側から見たら不審者がアイドル攫ってる様に見えますかね」
「ナマエちゃん、俺っち攫ってくれンの?」
「ちゃんと送り届けますが?」
女王が真面目な顔、真面目なトーンで言うものだから、これ以上ふざけた事を言うのを辞めようと燐音は口をつぐむ。
彼女は年上なのもあって時折余裕を感じさせる。そんな姿に燐音は焦るなとそう思いはするのだが、逸る気持ちを抑えるのに必死だった。
「今日のナマエちゃんも良かったぜェ。結婚しよ♪」
「寝言は寝て言いな」
アイドルに求婚されてこんな返しをする女がこの世にどれだけ居るだろうか。そんなところも含めて燐音はナマエを気に入っている。
「つれないなァ」
そう言う割には燐音の顔は楽しそうに綻ぶ。
数日後、約束の通りに有名レストランの社長とその息子の玄武が直接契約の話を持って株式会社ハニービーを訪れた。色んな意味でナマエを驚かせたのだ。