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 三限目の英語の授業終わり、挨拶が終わった後何の前触れも無く消したばかりの黒板に『What do you do if magic is usable?』と白いチョークで書く女の先生は、何時ものように上品に笑って俺達を教壇の上から見下ろす。

「もし魔法が使えたら、あなたは何をしますか?」

黒板に書いた一文を日本語で言い放って俺達を見回すショートカットの女の先生は学校内でも優しいと評判で、同時にこの人の作るテストは山が張りやすいことでも有名であるが、実は怒ると怖いのを俺は身をもって知っていた。

「宿題です。誰か一人にこの質問をして、また、質問されて下さい。そして授業の初めに渡した紙に相手の答えを書いて明日の授業中私に提出してもらいます」

にこりと笑って最後に「勿論英文で」と付け足す先生に、多分全生徒が「わかってるよ」と思ったに違いない。それに加え、授業が終わった後に宿題を出してきたので今の生徒の多数は少し反抗的になってるかもしれないし。先生自体の評判は悪くないにしても、良いわけでもないのだ。

「答えてくれた相手の名前は書かなくて良いので、皆さん、本気で答えて下さいね。ああ勿論、自分の名前は書くように」

先生はざわめくクラスに笑顔を崩さないまま、教卓に広げていた教科書を揃えて持つとチャイムが鳴る前に教室から出ていった。

「宿題とかめんどくさー、まあいつもどり簡単だけどさ」
「今やっちまおうぜ」
「ねえねえ、一緒に質問し合おうよ」
「いーよー」

先生が教室から出ていった途端大きくざわめきたつクラスの声に耳を傾けながら、出ていった先生の怒った顔を思い出す。
そう、前に学校を休みすぎて英語の単位が足りなくなってこっぴどくあの先生に怒られたことがあった。理由はまあアキちゃんのこととかアキちゃんのトリガーのこととかだけれど、それを詳しく言わなかったら言わなかったことに対してスゴく怒られたのであの時は観念してトリガーのことは隠し、軽くアキちゃんのことを言ってしまった。そうしたらさっきまですごい剣幕で怒っていた先生が少し驚いた顔をして黙り込んでしまったりして自分としては結構大変だったし、黙り込んで俯いたときに耳の後ろに十字架のタトゥーが見えて少し意外に思ったのも覚えている。

「名前ちゃーん、」
「…………んだよ」

あの何処か見てはいけなかったような十字架の黒いタトゥーの形を思い出していると、何時ものように後ろの席の奴が俺の首に腕を回して背中から体重をかけてきたので、首だけ後ろに回してソイツの顔を至近距離で少し睨むように見つめる。周りの視線がいたい。休み時間になる度俺に構ってくるのは別に俺としても楽しいのでいいけれど、如何せんこうやって体重をかけてくるのが少し鬱陶しいし、コイツも分かっててやってくるから余計にタチが悪いと思う。

「なあなあ、やろうや」
「いいけど、離せや」
「いややー」
「、コイツ馬鹿や」
「…………馬鹿じゃないや」
「ソレ無理矢理過ぎ、アウト」
「えー」

俺の首に腕を回したまま耳元で会話を展開させてくる倉須という人間に適当に付き合いながら英語の教科書を仕舞っていると、その俺の行動を制限するように倉須は後ろから俺の目の前にただ白いだけの紙を近付ける。
あーーー、やっぱ周りの視線が今日も痛い。多分、コイツが俺とばっかり話すからだ。俺は誰とでも話す方だが、役割を背負って少し性格が変わったことに気が付いたのは倉須だけなので、俺もやっぱり倉須と多く居るということになるのだろう。
視界が真っ白になった俺はその倉須の行為に溜め息を吐き、後ろから回る邪魔な手を退けてから身体の方向を倉須の方へ向けると、倉須は満足そうに俺に笑いかけ口を開いた。

「『What do you do if magic is usable?』」

目の前の人物の口から発せられるカタカナ表記かと思えるほど悪い発音をスルーしながら、俺は自分の宿題用紙を倉須の机の上に置いて眺める。

「これって、用紙の大きさ的に理由とか書くっぽいよな」
「うわーめんどくさ。大きい字で単語だけ書いても許してくれそうだけどなあ、あの先生なら」

そういえば先生方は俺がボーダーだと知っているんだから、あの先生も当然知っているのだろう。俺がボーダーに入隊したことを聞いて、俺が大切な人を近界民にやられていることを知っているあの先生は俺のことに関して何かを思ったりしたのか。あの時先生が黙り込んだ理由が何だったのか未だに分からないままだ。

「…………それを考えるのもめんどくせーよな」
「まあ、確かにねー」

結局心のなかで思っていたことにも倉須との内容の薄い会話にも同じ答えが出たので、倉須の相槌を聞きながら大人しく宿題とやらに取りかかることを決意する。

「てかさ、これ相手の名前書かないなら自分の答え書いてもバレなくね?」
「まあ、確かに…………」

さっきの倉須と同じ台詞を呟く自分に少し嫌気をさしながら、そっちの方が何かと気が楽だし面倒もわずかに削減されるような気がするのでその提案に同意して倉須の筆記用具を勝手に借り自分の名前を記入する。
『もし魔法が使えたら』なんて、なにかのアニメに感化されて小さいときに考えたっきり思いつきもしないような内容だ。そういうことを考えるのも恥ずかしく思うような年齢にもなってしまったこともあって、あまり乗り気にならないのは致し方ないことだと思う。それに、三年前の大規模侵攻から魔法のようなものがこの世界に現れたことも関係しているんじゃないだろうか。
アキちゃんを失くしてから俺にとっての魔法はボーダーのトリガーでしかなかったし、実際もうボーダー入隊も果たして訓練用のトリガーを手に入れてしまった。それだけではなく、色々な人のおかげでアキちゃんのブラックトリガーの使用も認めてもらって、今、俺にはもう魔法を手に入れたも同然の状況に立っていると言っても過言ではない。
ああだったら俺はこの白い用紙に、今やりたいことを書けばいいということだろうか。

「名字は、何がしたい?」

俺に許可なく自分の筆記用具が使われていることに触れず、もうひとつの自分のシャーペンを握る倉須が尋ねてくるので、俺は声を聞きながら視線だけそちらに向ける。

「俺は強くなりたい、みんなを守れるくらい」
「、なにそれ」
「あー、指一本ででけえ近界民やっつけるみたいな」

頬杖をつきながらあながち間違ってない自分の表現に笑みを浮かべながら答えれば、倉須も当たり前だけど俺の言葉を冗談と受け取ったので「かっけー」とバカにするように笑う。

「倉須は?」
「俺?」
「俺が答えたんだからお前も答えろよ、本気の奴」
「……さっきの答え本気の奴だったんだ?」

俺の言葉にシャーペンをまわしながら呟く倉須は、すこし悲しそうに笑いながら視線を逸らして口を開いた。

「そうだなー俺は……回復呪文を使えるようになりたいな」
「回復呪文?」

ゲームや小説のような表現の仕方に少し疑問を覚えるが、宿題の魔法自体が既に二次元みたいなものなので口を挟むことをやめる。

「傷治す呪文とか、風邪治す呪文とか




 …………復活の呪文とか」

くるくると回るシャーペンを見ながらそう呟く倉須に、俺は思わず目を見開いてから、小さく息を吐いて消しゴムを倉須の顔めがけて投げつける。
またこの目か。俺に視線が向けられているわけでも俺じゃない人間に向けられてるわけでもないので視線から何かを読みとることはできないけれど、いつもボーダーのことを話すときに浮かべる目と同じ目だと理解できれば、嫌でもそれが"あの過去"を思い出している目だと察することはできる。最近そういうことが多い理由も何となくわかるけどさ。

「いたっ! なにすんの………」
「悪い、なんかエスパーの勘がおまえに消しゴム投げつけろって」
「まじか……」

消しゴムが当たった額をさすりながら俺を驚いたように見つめてくる視線の中に悲しみが消えたことを感じ、俺は自分の手元にある白い用紙に英文を書き連ねる。同じく過去に縛られている俺としては見て見ぬフリも出来ないし、こいつは多分このままじゃ報われない。

「このままだと、俺もお前も過去と一緒に生きて、過去と一緒に死ぬんだろうな」

俺がシャーペンで英文を書きながら視線を合わせずにポツリとそう言えば、倉須も白紙のままだった紙にシャーペンの芯を突き立てながら「そうだね」と小さく呟いたので、それから俺と倉須は何を言うでもなく紙の空白を英字で埋める作業だけを繰り返した。



                  ◆◇



 玉狛支部から近いところにあるという鈴鳴支部の来馬隊との防衛任務も終わり、初めに合流した時位しか言葉を交わさなかったというのに隊長の来馬さんはわざわざ俺の元まで足を運び、お疲れ様です、と笑ってなぜかジュースをおごってくれていた。初めてのB級の方たちとの絡みに緊張していた俺も来馬さんの人柄によって幾分か助けられたし、他の隊員の人たちとの関係を観察していても来馬さんに対する信頼の厚さが滲み出ていて、正直傍から見ているだけでもほっこりとした。アキちゃんと孤児院の子供たちを見ているようだった。
さっきまでの戦闘中はお互い目の触れないところにいたので内容は知らないけれど、きっと連携の出来るチームなんだろうなと勝手に予想してみる。

「名字さんは、えっとすみません…………いくつなんですか?」
「今年十八ですよ」

本部に戻るのに「俺も用事があるから」と付き合ってくれて、しまいにはこんなペーペー新人と本部内にあるベンチに座っておしゃべりしてくれる来馬さんに内心で感動しながらその来馬さんの質問に答える。

「えっ、同い年? もっと大人に見えたよ」
「……そうですか? ありがとうございます」
「、学年はわからないけど、今丁度同い年みたいだし敬語なんて使わなくていいよ」

俺の言葉に苦笑いを浮かべて「俺も敬語とっちゃったしさ」と続ける来馬さ……来馬に俺もぎこちなく笑い返して「わかったよ」と答える。
なんだろう、俺って同い年とはこんな風にしゃべるキャラじゃないのに、来馬が相手だとなんだか浄化されて自分の話し言葉まで綺麗になってしまってる気がするし、笑い方も慶と居る時と違って優しく笑ってしまう。こわい。俺ちょっと気持ち悪いな。

「ってことは、ウチの鋼より上なんだ」
「……そうなるね」

鋼、と呼ばれる人物が先ほど見た隊員のどの人を指しているのか分からないけれど、来馬が楽しそうに笑ってくれているから別にいいかと思える。いやいや、同い年に語尾に『ね』とか完全に来馬の人柄に染まり切っているよな、俺。

「来馬って銃手? だよ、な?」
「うん、俺たちの隊は銃手、攻撃手、狙撃手が一人ずついるんだ」
「へえー」
「あーえっと……名字、の、ブラックトリガー見たかったよ」
「? ブラックトリガーの能力情報とかは聞いてないの?」

俺が同い年だと分かってさん付けをやめた俺を察したのか、来馬も真似するように俺を苗字単体で呼ぶ。嵐山隊との防衛任務の時は聞いてないような口ぶりだったけれど、それはあまり解析が進んでいなかったし唯一の解析もその当日に行ったので仕方ないと言えば仕方ないと思う。けれど今日は初めての解析から何週間か経っているし二回目の解析も何日か前に済ませているので、今日共に防衛任務を行うにあたって本部の方から何か追加の情報が行き渡っているのではないかと推測して尋ねると、来馬は少し考えるような素振りをしてから自分の手に持つ缶コーヒーを傾けて俺を見つめる。

「ちょっとした触りだけは聞いてるけど、やっぱり本物も見たいなあなんて……綺麗だって聞いたから」
「そうなんだ……」
「あっ、なにか気に障ったならごめんね」
「……えっ? 何、どこら辺でそう思ったの? 俺なんかきつい言い方してた?」
「い、いやいや! そういうわけじゃないんだけどさ!」

あはは、と取り繕うように笑う来馬の表情に俺は首を傾げながら『戸惑い』の視線を受けて、その視線の主である来馬からおごってもらったイチゴオレに口を付ける。
なんだろうこの人、佐藤さん以上のいい人の匂いがするけど、もしかして怒り方とか知らない人種かな。それとも怒れないとかいう次元じゃなくて、怒ったことがないとかいう人種なんだろうか。俺はサイドエフェクトを得てからこの通り相手によって態度を変える人種なので誰にでも同じ態度の取れる人たちはちょっと尊敬するし、来馬のような優しい人だともっと尊敬に値すると思っているんだけど、これは真似出来るような領域の人間じゃない気がした。

「俺のブラックトリガーは主に五種類の糸をトリオン生成して戦う能力で、嵐山がそれを綺麗だって言ってくれたんだ」
「へえ!」
「うん。あとこの前の解析で俺の糸に他の誰かが乗って戦う実戦もしたから、いつか他の隊のサポートとかできればいいなって思ってる」

どこまで情報を聞いているのか定かじゃなかったので適当に来馬の言葉を聞いて今思ったことを言えば、来馬は俺に少し驚いたような表情で『意想外』の視線を向けてきたので、俺はイチゴオレのキャップを弄りながら首を傾げて口を開く。

「なんか意外なことあった?」
「、えっ?」
「そういう顔してる」

俺に心が見透かされたと思ったのか、来馬は少し体を俺から引いて目を見開くと照れたように視線を逸らしてから頬をかく。おい、これは本当に同じ年齢の男子か?

「いや、変かもしれないけど……初めて会った時の印象と違うなあって思ってさ」

今の会話で初対面の時の俺の印象がどう覆されたのか全く見当がつかないけれど、サイドエフェクトを使おうにも視線が向けられてないので渋々口に出す。

「具体的には?」
「え、うーん……具体的には、最初はもっとクールで俺なんかと話してくれないんじゃないかと思ってたんだけど、俺の休憩しようかって誘いにも乗ってくれたし、名字の方から話を展開してくれたし」

これは少しだけ『嘘』だ。嘘を吐こうと思って話してる訳ではないけれど『噂』という単語を隠して話している。視線と言葉があまり合ってない。その噂とやらがどんな噂なのかは分からないが、俺に隠すということは俺にとって良くないものなんだろうな。

「……そうなんだ」
「…………そういう反応もさっきまでなら『嫌な思いをさせること言っちゃったかな』って考えたけど、ちょっと話してみたら違うってわかるよ」
「……(これは本当)」
「多分今の言葉はそっけなくても、きちんと相手を考えてくれてるんだなあって」

ここも本当。
そして何故かまだ照れたようにはにかむ来馬に俺も感化したのか、ちょっとずつ羞恥心が込み上げてくる。これは褒められてるんだよな、照れてもいいとこだよな。

「あ、ありがとう」
「こっちこそ、俺と話してくれてありがとう」

そんなことにお礼言われたの初めてだな、なんて思いながらあまり下手なことを言うとまた恥ずかしいことを言われるような気がしたのでイチゴオレを口に含む。きっと第三者から今の状況をみたら空気がほんわかしてるんだろう。特に来馬から発せられるもの。
ぼんやりと傍観者のつもりでそれを想像しながらイチゴオレを飲み込むと、今まで何故か一度も人が通らなかったのに今になって誰かの視線二つを感じ、思わず視線だけ動かして周りを見回す。
すると、廊下の右からから明らかにB級以上の隊服を着た二人組が小さく見えた俺は、ペットボトルに口を付けたまま内心少し焦り、それを悟られないようにゆっくり唇からペットボトルを離した。

「来馬、俺の顔ってB級隊員以上の全員に割れてるのかな」
「ん? 確かそうだった気がするけど、詳しい情報はごく一部の人と一緒に防衛任務に就いた隊だけだと思うよ」
「……ちなみに聞くけど、今からこっちにくる二人組はB級? それともA級?」
「二人…………? あ、ホントだ」

俺の視線の先に顔を向けて感心したように呟く来馬の言葉に俺は少し苦笑いしてから残りのイチゴオレを飲み干し、ベンチの近くにあったゴミ箱へ空になったペットボトルを投げ入れる。よし、入った。

「ってあれ…………? 片方俺たちの隊服じゃない?」
「…………ごめん見えない」
「み、見えてたわけじゃないんだな」
「…………まあ、なんとなく気配的な」
「へえ、すごいなあ」

俺のサイドエフェクトは種明かししてしまうと、種を知る相手には読まれないようにと避けられてしまう恐れがあるので、あまり多くの人達にはバラせない。まあ、迅とレイジさんはこれから五線仆の特訓でお世話になると思うので逆に秘密にしているのが申し訳ないし、特に迅には今さら秘密にすることでもないと思ったので話したんだけど。
なんて一番始めに玉狛支部に行ったときのことを思い出しながら此方へ向かってくる二人の姿に目を凝らしてみると、確かに一人は今来馬が着ている隊服と同じ色をしているようにも見えた。サイドエフェクトを使って色々探りたいところだけど、相手の二人もこっちが誰なのか気付いていないのか今は俺達から視線を外してしまっていて使えない。

「来馬、もしかしてあの、なんだっけ…………来馬の隊の攻撃手の人」
「ん? 鋼?」

なるほどね、攻撃手のあの人が鋼くんか。

「…………多分、その鋼くんともう一人は帽子被ってる人」
「帽子? 太一は帰ったから…………あぁ、荒船くんかな」
「荒船くん…………?」

やっぱり聞いたことのなかった名前に自分の顔の狭さを思い知らせれるが、自業自得なので小さく息を吐くことで落ち込むのを我慢する。

「鋼に色々攻撃手のことを教えてくれてるすごくいい人だよ」
「いやあ…………そうなのか」

思わず『すごくいい人で比較したら来馬には負けそうだけど』と言いそうになるが、上手くその言葉を飲み込んで鋼くんに手を振る来馬を横目で見る。こんなに虫も殺せないような来馬はどうしてこのボーダーに入ろうと思ったのだろう。何か確固とした理由があるのか、それとも何となくか分からないけれど、来馬がボーダーに入ったことで救われた人間が何人もいるんだろうな。

「話変わっていい?」
「うん? いいよ」
「…………来馬はさ、魔法が使えたら何する?」
「ええっ? 魔法?」
「魔法」

勝手に一人でそんなことを考えていると今日の英語の宿題内容を思い出して、さっき初対面を果たしたばかりだというのに変な質問をぶつけてしまった。

「いやごめん…………変なこと言ったね」
「全然大丈夫だよ。うーん、俺はね…………何かな」

俺は自分の語尾がまた気持ち悪くなりだしたのに気付きながら、来馬が腕を組んで考える仕草をするのを見つめる。いきなりの無茶ぶりに対応してくれるとはいい人だ、なんて思うと同時にさっきまで俺たちから外れていた二つの視線が改めて向けられ、しかもその一つに『驚嘆』の視線があったので俺の存在にどちらかが気付いたことに俺も気付く。どっちがどっちの視線だ?

「俺はね…………その、皆が幸せだったら自分も幸せになれるから、綺麗事に聞こえるかもしれないけど『皆が笑顔で居られるようにすること』かな」
「…………俺も、形は違うけど、結果的にはそうなってほしいと思うよ」

優しさの塊のような来馬の台詞に、俺もこれから訓練用トリガーもブラックトリガーも上手く使いこなせるようになって力を手に入れたら誰かを守って、その誰かが笑顔になったり幸せに生きられれば俺の役割の殆どは果たされたことになる、ということを考える。
例えそれが理由で死んだって、それは変わらないはずだ。

「そっか、そうだよね」
「? …………それはどういう意


「来馬先輩!」

来馬の相槌の内容に疑問を覚え、俺は首をかしげて意味を聞き出そうとしたが、途中で遮るように名前を呼ばれた来馬と呼ばれてない俺はそちらに視線を向ける。すると名前を呼んだ当人である鋼と呼ばれていた人物は、ほんのちょっと息をあげて俺達の目の前に立つと、細 い目をチラリと俺に視線を向けた。
? あぁ、そういうことか。
その何かを言いたげな鋼くんの表情に俺はチラリと後ろから歩いてくるもう一人を盗み見てから、鋼くんを見つめて口を開く。

「ごめん、君の隊長と話し込んでてさ。俺の第一印象がどれだけ悪かったのかは来馬から聞いたけど、そんなに『不安』そうな目を向けなくても、俺は君の隊長をとって食ったりしないよ」
「、!」
「えっ? 名字?」

『不安そうな』ではなく純粋な『不安』の二文字を読み取ったのだけれど、それを来馬本人の目の前で言うのはあまりに忍びないので俺が推測して言っているような雰囲気を出して真実をぼやかす。

「多分この鋼? くん、俺が得体の知れない奴だから来馬と一緒にいることにビックリしたんだと思う」
「得たいの知れないって、さっき顔合わせしたのに」
「あんまり話さなかったしさ」
「そうだけど…………」

何故か俺をフォローしだした来馬に少し苦笑いしながら鋼くんをベンチから立ち上がって見つめ、俺より少し低い身長の鋼くんに俺の作れる最高の笑顔のまま言葉を続ける。

「ちょっと話して貰ってただけ、心配いらないよ」
「…………すみません、」
「いいよ、ごめんね」

気まずそうに俺を上目遣いで見上げてくる鋼くんの表情に頭を撫でてやりたい気持ちに駆られるけれど、ここで手を出してしまったら俺がこんなに低姿勢でいた意味が消えてしまうので我慢して来馬に視線を戻す。

「じゃ、俺はちょっと太刀川隊の作戦室に寄ってから帰るよ」
「…………わかった、」

ここから立ち去ろうとする俺の言葉に来馬は納得いかなそうな表情をするが、無理に引き止めることをせずに首を縦に振る。

「ジュースありがとう、またな」
「うん、」
「あと…………魔法、使えるようになろうな」
「! はは、そうだね」
「鋼くんも、また」
「…………はい、」

少し恥ずかしそうに俺に頭を下げる鋼くんに感化されたのか俺も申し訳なくなって頭を下げると、鋼くんの後ろで立ち止まった帽子の人も流れで頭を下げてきたのでその人に対してもう一度頭を下げる。
こんなに誰かを焦らせるほど俺の第一印象が悪いのか、それとも来馬を大切に思ってるゆえにでた行動なのか、多分そのどちらも加味されて鋼くんは足早に俺達の元に来たんだろうなあ、なんて考えながら二人が来た方とは反対方向の廊下に歩みを進めた。




「よしっ、もう迷わないようにしよっと」


…………あれ、独り言なのにまだ来馬の影響を受けてるな。

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