ドン、と自分の顔の横に手をつかれ、俺の制服のネクタイを引っ張って至近距離で顔を見つめてくる人物の真剣な眼差しに俺は舌打ちをしたい気持ちを押し込み、黙って見つめ返す。
「名前、今日もイケメンだな」
「…………」
「かっこいいな、惚れちゃいそうだぜ」
「あのなあ、そんな嘘で俺が許すと思うか?」
俺の背後に回した手にはUSBメモリが握られていて、真面目な表情をして俺を壁に追い込む太刀川慶はそのなかに入っているこの前の課題のコピーが欲しいらしく、下手な嘘で俺のご機嫌をとろうとしている。というのも、孤児院で書いていたレポートが結局間に合わなかったにもかかわらず大学側の先生の慈悲によって提出期限を伸ばしてもらった、けど、形式美と言えるように慶はUSBメモリを失くして「課題内容をなくしたから提出が出来ない」と泣きついてきた。つまり、慶はこの大学生一年生を始める身としての危機的状況を回避するために俺をここに呼び出したというわけだ。それも昨日その話を電話越しで聞いたときにバックアップをとっておいたこと話したのが運の尽き、防衛任務終わりにこの慶の作戦室に呼び出され、更に最悪なのはこの反省してもいない慶が意味もなく俺を壁ドンしているということだろう。
「お願い、もうなくさないから」
「信じられるか」
「ホントお願いします、今日の午後五時までなんだよ」
焦った慶の顔越しに壁にかかった時計を見ると、そのタイムリミットになるまであと一時間と少しだった。あー、帰ったら宿題やんなきゃ。
「もう渡しちゃえよ」
俺と慶のやり取りを一瞥もせずソファでリラックスしている出水くんに、俺は溜め息を吐いて首を振る。
「そうやって甘やかしたらダメだよ出水くん、慶って人間は、一度甘やかしたら何度も繰り返して頼ってくるから」
「…………もう、そのやり取りめんどくさくねえの」
「、確かにそれは否めないけど」
「てかそろそろ柚宇さん来るし、そんな体勢だと勘違いされるんじゃね?」
「…………オペレーターの人? てか勘違いって、男同士に勘違いもなにもないよ?」
「ふーん、偏見?」
「え、いや…………そういうんじゃないけど」
「名前さんなら、そういうのに絡まれてもおかしくないと思うけどな」
「え、それどういう意味?」
「顔とか」
「顔、」
「おいお前ら、俺には時間がないんだよ!!」
視線の合わないまま慶越しに出水くんと会話していると、しびれを切らした慶がドン、ともう片方の手を俺の顔に置いて必死の形相をした顔を近付けてくる。
「ねえ、キモいんだけど」
「キモいとか言うな、早く渡して下さい」
「…………じゃあ、条件付きで貸してやる」
「マジ!?」
「、うるせえな!!!」
「いや、名前さんが一番うるさい」
至近距離で叫ばれたことにイラッときて叫び返せば、傍観者を気取っている出水くんが俺にツッコむ。いつの間にか名前呼びになっていることには、敢えて触れないでおく。
「で、なんだよ条件って!」
壁ドンから一変してゆさゆさ、と俺の両肩を掴んで揺らしてくる慶に制止の声をあげながら、慶の動きを制止させるためにUSBメモリを慶の額に叩き付ける。
「スコーピオンの強い人、紹介してよ」
「いてっ、あ? スコーピオン?」
赤くUSBメモリの跡のついた額を押さえる慶の言葉にニヤリと笑って頷けば、慶は「強い人ねえ…………」と呟きながら机の上に置いてある自分のノートパソコンに移動する。
実は今日の英語の宿題が改めて、色々考える切っ掛けになっていた。特に訓練用トリガーのことを。
ここ最近、というか入隊式以来俺は合同訓練に参加していないし、本部に足を運ぶのも殆どが生身で訓練なんて微塵もする気がないのが丸わかりだったし、ブラックトリガーばかりに意識がいっていて訓練用トリガー…………つまるところスコーピオンの戦い方についてが疎かになっているということが俺のなかで浮き彫りになった。C級だからと言ってノーマルトリガーで弱いままじゃいざというときに困るような気がするし、守りたいものを守れない気がした。
「誰かに聞こうにも、俺ボーダーに知り合い少ないし。何故か知らないけど周りの人の中にスコーピオン使う人いないんだよ」
「…………お前、迅が居るじゃねえか」
「迅は…………」
ノートパソコンに俺のメモリを差し込んでカタカタとキーボードを操作しながら会話を織り成す慶に俺は壁に寄りかかって言葉を返す。レイジさんはレイガストで、ここにいる二人は弧月と射手だし、来馬は銃手で、嵐山隊の二人も銃手だし。
「迅はなんか、俺じゃない人の方が交遊関係広がるよ、とか親みたいな心配するからダメだった」
「うわあ、」
ソファに寝転がりながら漫画雑誌を読みふける出水くんの声に俺はまたため息を吐いて、リラックスしている出水くんの背中を見つめる。
まあ、迅の言い分も何となく分かるけどさ。
さっき来馬と話しているときにも痛感したし、この前迷子になったときも痛いほど分かったので否定はしない。それに迅にはたまにブラックトリガーの相手をしてもらってるからこれ以上俺に構っている時間もないんだろうなと思うし、これ以上迷惑もかけたくない。
「…………いいだろう、紹介してやる」
「何で上からなんだよ」
ターンッ、と勢いよくキーボードを打ち込んだ慶のバカっぽい動きにジト目を向けながら了承されたことに内心でホッと息を吐くと、さっきまでソファでだらけていた出水くんが立ち上がり、ぐっと背伸びして身体を伸ばし出したので自然と俺はそちらに視線を向ける。
「どうせ風間さんでしょ」
「風間さん?」
俺の復唱にチラリと視線を向ける出水くんは相変わらず面白いくらい俺のタイプの顔で驚くけど、それよりも今はその出水くんの口から出た人物の方が興味を引かれた。
「前までB級だったけど、A級に上がってきた隊の隊長サン」
「へえー」
「こら出水、俺が先に言おうと思ってたのに」
「へいへい、すみませんね」
「驚くぞー、風間さんの見てくれに」
「見てくれ…………?」
「ほらそれ、風間さんに聞かれたら切られますよ太刀川さん」
「大丈夫だろ、あの人自分じゃ気にしてないし」
「…………?」
奇抜なファッションしてるとか?
見てくれがスゴくて、怒ったら色んな意味で怖いという風間さんという存在に少し不安を抱きながら想像を膨らませていると、ノートパソコンに付きっきりだった慶が一安心したような表情で俺の方を振り向いて視線を向けてくるので、その視線の内容から言いたいことを察する。
「なに、間に合ったの?」
「そうです、間に合いました、ありがとうございます」
「あー、おめでとう」
「…………感謝してもしきれません。課題内容を聞いて頂いた件もありますし」
「ふふん、」
俺の顔を見て拝むように手を合わせる慶に、俺はわざとふんぞり返るように腰に手を当ててから出水くんの方に視線を戻して口を開く。
「その課題内容云々ってのは、出水くんと慶が孤児院に遊びに来てくれたことでチャラにしてあります」
「ほう、そうでしたか」
「…………あぁ、おれ巻き込まれたんだったけ」
立ち上がってからソファの前で屈伸運動をしていた出水くんの言葉に、こういうときだけ頭の回転が速い俺はすかさず言葉を返す。自分でそう評価するのはなかなか寂しいものだな。
「出水くんのそのお返しに、なんか奢るって話してたじゃん」
「…………そういう話だったっけ?」
「そうだよ、寒い中野球し過ぎて忘れたんじゃない?」
「野球な…………」
「あれか…………」
「俺はあれが日常茶飯事だからな、」
「「マジか…………」」
出水くんと慶の驚きと同情が混ざった視線を受けつつ、さっきの話に戻そうと俺は口を開く。本当はただ単に俺が奢る、という約束を取り付けられていただけなんだけど、こっちの方が俺にとって都合がいいんだよね。
「で、いつ紹介してくれんの?」
「風間さんな」
「っていうか名前さん、おれ達これから防衛任務あるんだよ」
「…………あー、だから作戦室に居るのか」
ここ最近慶に呼び出されるのは本部にある慶の私室だったので少し不思議に思ってはいた。それにさっきオペレーターの人も来るって言ってたし、これからもう一人の隊員さんも来るんだろう。
「んじゃあ、詳しいこと決まったら連絡してくれや」
「おお、任せなさい」
「あと出水くん、今日もかわいいね」
「あざーす」
孤児院で距離が縮まってから会う度にそう言っていると、最初のうちはドン引きしていた出水くんも慣れたように反応仕返してくるからその順応さに少し驚いている。まあ、ドン引きされるよりは遥かにマシな反応だけど。
「名前、ホント助かったぜ」
そしてこの慶のスルースキルにも結構驚いていたりする。
「…………まあ、バックアップとっといてよかったよ」
「流石分かってるー」
「うっせー…………じゃあ、防衛任務頑張れ」
二人の視線を背後に受けながら作戦室の扉を開けて二人の返事を聞く前に部屋から出る。宿題何あったっけなー、なんて考えながら一歩踏み出そうとすると、チラリと視界の端に壁へ寄りかかっていたらしい人物が映り、少しビクッ、と驚く。何故そんなところに。
俺が部屋から出てきたことに気付いていたその人物は、俺の顔をチラリと見るとなにか言いたげに「あー」と言葉を呟くが、下を向いているのと帽子のつばで視線が向いていないので俺は読み取ることが出来ない。けれどここから立ち退かず、しかも太刀川隊の作戦室に入ろうともしない辺り俺に用があるのは明瞭だし。
というか、この人さっき鋼くんと並んで歩いていた人だよな?
「…………荒船、さん?」
「、来馬先輩から聞いてましたか」
「…………名前だけは」
敬語? 俺が年上だと確信しているのか、俺はやっぱり老けて見えるのか、それとも元々誰にでも敬語を使う人なのか、俺が敬語だから敬語なのか。
「そうですか、それなら話は早いですね」
荒船さんはそう言うと顔を上げて腕を組みながら俺を見つめるので、俺は反射的に一瞬目を伏せ、それから何事もなかったかのように視線を合わせる。えっと?
「…………聞きたいことが山ほどあるのは分かりました、"実験台"っていうのは分かりませんけど」
「、は?」
「話してあげたいですが此所じゃちょっと話しにくいでしょうし、荒船さんのこともよく知りたいので……ファミレスにでも行きません? 丁度晩御飯の時間ですよ」
苦笑いしながら放った俺の言葉に荒船さんは訝しげな視線を向けて「わかりました」と返事をすると、俺の隣に間隔を空けて並んで歩き出した。
わかりました、って顔じゃないけどなあ。
◇◆
初めは俺の言動を不審がっていた荒船さんもファミレスに向かううちに緊張が解けたのか、あまりキツくない視線を向けてくるようになっていた。いいことです。
店内に入ると膝上までのスカートを揺らして案内をしてくれるウェイトレスさんの後について案内され、俺の目の前に荒船さんも腰を下ろして暖かそうなコートを脱いだ。そして一礼したウェイトレスさんに俺も浅く頭を下げてからメニューを見る振りをし、観察するように俺を見つめてくる荒船さんの視線をサイドエフェクトを使ってもう一度読み取る。
『マジで食う気かこの人』
「俺は食べますけど?」
「俺……も食います」
『まただ、また見透かしたみたいなことを言い出しやがった』
「…………荒船さん、頭いいって言われません?」
「……言われませんけど、一応俺も進学校なんで」
『つーか、学校近いし』
「…………へえー、もしかして同じ学校だったりします?」
「いえ…………近くではありますけど」
「ああボーダー提携校の。今年、二年生ですか?」
「そうです」
胸元に視線を落として米神をかく荒船くんの仕草に視線を向けながら、俺はネクタイを緩める。
俺の場合、サイドエフェクトをフル活用して会話を進めていくと大体その人の知能指数が分かったりする。一番バカっぽいのが俺に見透かされているような違和感すら感じないで話を進める人。そして一番バカっぽくないのが、俺に見透かされているような感覚に陥りながらそれを言葉に出さないで話を進める人。結果は同じだとしても過程が違えば、雲泥の差だ。まあ、過程なんて多分本人と俺以外には分からない。
つまるところ、荒船くんは結構いい線行っているんじゃないかと思う。あ、上から目線で言っちゃったな。
「だから俺に敬語使ってたんだー、俺は敬語やめていい?」
「どうぞ」
「じゃ、なんで俺の年齢しってんの?」
「…………資料で見ました」
「あー、上層部からの」
視線から読み取れる内容からしてもわりと強気の人間、誰にでも敬語を使うような人間ではないのは分かってはきていたけれど、まさか近くの学校の後輩とは思わなかった。
「そっか、でもなんか嬉しいよ」
「…………は?」
「いやいや、俺ってボーダーの知り合い少ないからさ、近くの学校に知り合いがいると心強いっていうか…………うん、嬉しいよ」
まあ正直周りの人間に口止めしている俺からしたらちょっと厄介なんだよな、なんて少し思うけれど、荒船くんは俺と違ってそういうサイドエフェクトがないようなのでバレる可能性は低いだろう。
「、あまり調子狂わせないで下さい」
すると、俺の顔を見て何故か恥ずかしそうに視線を逸らした荒船くんが俺の手にあったメニューを取り上げ、顔を隠すようにそのメニュー表を広げて壁をつくる。それはなんか、かわいいな。会ったときから少し敵意のようなものは感じていたけれど、それを崩すような何かが今の俺の言葉にあったんだろうか。
「あ、そうだ。奢るから好きなの選んでいいよ」
「マジすか」
「年上だしね」
「……………なら、これとサイドはこれでお願いします」
「はいはい、んで俺は…………その隣のやつにしよ」
まだ少し照れたような表情をしていた荒船くんをわざとらしくチラリと見上げながらそう言えば、俺の視線に気付いた荒船くんも俺をチラッと見あげて「なんですか」と普通の顔を取り繕って呟くもんだから、少しきゅんとした。
ボタンを押すとピンポーン、と店内に機械音が鳴り響き、少ししてから忙しそうにさっきと同じウェイトレスさんがやって来たのでメニューを指差しながら注文を終えてさっさとメニューを回収してもらう。ほら、アルバイトをしている身からしたら、こういう時スムーズに注文を終わらせてくれる客ってすごいありがたいじゃん。
「名字さん」
「ん?」
「特例のこと聞いてもいいですか」
「…………まあ、言えないこともあるけど」
席についてからすぐに出てきた水の入ったコップに口をつけながら上目使いで俺を見る荒船くんの問いに、俺は出来るだけいい印象を与えようと笑顔で答える。ほら、さっき来馬隊の二人に第一印象最悪だって示されたばっかりだし。噂のことは知らないけどさ。
「まず、どういった経緯で上に話を通したんですか」
「あぁ、それは迅が色々やってくれたんだ」
「…………あの人か。で、色々っていうのは」
「うーん、多分俺の知らないところでもなんかやってくれたんだとは思うけど、最初のブラックトリガー申請に立ち会ってもらったかな」
というか、主に迅が押し進めていった感じだし、それを提案してきたのも迅からだけど、ボーダー設立当初からいて、実績もあって、サイドエフェクトの信頼も厚い迅なら臆することなく上層部に進言出来るのかもしれない。単純に、未来の視えている迅にとって俺が特例扱いされることが必要だったからこその行動なのかもしれないけど。ほら、市民がどうのこうのってやつとか、隊員に近界民と間違われなくなるとか。
「訓練用トリガーは今どこに?」
「今も一応所持させてもらってるよ、ブラックトリガーも一緒に」
「そうですか、それは好都合ですね」
「? 好都合?」
「持っていないと他のC級に目を付けられますし、当たり前か」
その含んだ言い方に引っ掛かりを覚えたが、当人の荒船くんが言葉を続けるので後で分かるだろうと推察して言葉を噤む。
「C級に知り合いは?」
「今は多分いないかな、多いから分かんないけど」
「B級には?」
「何人か」
「例えば?」
「東さん、来馬、とか」
「なるほど。身長は何センチですか?」
「……それ必要な質問?」
「いえ、あんまり」
「だろうね」
俺の問いにニヤリと笑う荒船くんはフェイクのつもりだったのか答えを聞ければそれはそれでいいと思っていたのか、俺を追ってきて待ち伏せしてまで聞きたかったことが何に関連するのか未だに分からないのでこういうことをされると、変なことまで話してしまいそうで少し怖い。
すると荒船くんは小休止とでもいうように自分の水に口を付け、髪をかきあげる。
「名字さんはここまで俺と話してて、どう思います?」
「……何が?」
「俺のことをです」
椅子にもたれ掛って腕を組む荒船くんの姿を見つめながら、俺はコップの水滴に指を滑らせて思ったことを素直に口にする。
「うーん、頭いいと思うよ、たぶん理屈っぽいところとかあるから典型的な理系って感じかな」
「なるほど、」
「…………それにさっき来馬との会話の中で俺が『太刀川隊の作戦室』って単語を出したのを聞いて待ち伏せしてたところを見ても観察力は優れてるとも思う。けど、俺は荒船くんのこと申し訳ないけど勉強不足で知らないから、こういう質問攻めにされてちょっと不安」
「……すみません」
「いやいや、でもそれを荒船くんがわかってないとは思ってないから、多分俺から直接『不安がってる』という確認がしたかったんじゃない? そういうところ理系っぽいよな」
一々答え合わせを求めてくるところっていうか、うやむやで流れていくよりはきちっとした答えを求めてくるところとか。
「っはは、正解です」
「うん?」
初めて見る荒船くんの笑顔に少しホッと肩を撫でおろしながら見つめ返すと、荒船君も俺に『愉快』という視線を向けて口角を上げたまま組んでいた腕を解いて机に前のめりになる。
「俺、決めました」
「? 何を?」
「実験台です」
「……あー、それね」
さっき本部の廊下で読み取ったときにもあったいい意味がまったく浮かばない単語に俺は首をかしげて荒船くんの次の言葉を待とうとしたが、それを遮るようにウェイトレスさんが頼んだ料理を運んできたので会話を取りやめる。ウェイトレスさんは慣れたように俺の前にチキンカツを置き、荒船くんの前に焼き肉定食と小さめの冷奴を置いてから伝票を筒に入れて去って行った。
「それで、話の続きなんですが」
「あ、うん」
割り箸を割って焼肉定食ではなく冷奴に手を付ける荒船くんを見ながら俺も割り箸を割って応える。この寒い時期にサイドメニューから冷奴を選ぶ人、少なそうだけどな。
「俺、弧月でマスタークラスになったら攻撃手から狙撃手に転向しようと思ってるんです」
「ふーん?」
冷奴の上に乗った生姜を豆腐の上全体にのばしながら告げた荒船くんの言葉に、俺は箸でチキンカツの切れ端を掴みながら短く反応する。
その転向がどれだけのことか知らないけれど、それをやるっていうのは結構大きなことなんじゃないかとは思う。弧月からスコーピオンならまだしも。きっと周りの目とか、隊のことか。それに来馬の隊にいた鋼くんには攻撃手について教えてる身なんじゃなかったっけ。
「実験台っていうのは?」
「……俺的に、実験台の条件が三つあったんです」
「ほう」
「一つ目が、頭のいい攻撃手であること」
「ほうほう」
「二つ目がC級でなるべく強くてどの隊にも声がかかってないこと、三つ目が俺のこういう性格をわかってくれる人物っていうことです」
「…………三つ目の方ハードル高くない?」
「そうですね……でも当てはまってるじゃないですか」
もぐもぐ、と冷奴に手を付けながら俺に視線を送ってくる荒船くんに、俺は逃げるようにチキンカツを頬張る。今の俺のサイドエフェクトがあれば誰だって当てはまるようになるけどな。
「入隊時のポイントも聞いていましたし、進学校に通っていてしかも観察眼も鋭い……いや、鋭いどころじゃない時も多々ありますし」
「いやあ……はは」
「もともと目はつけさせてもらってました、特例だったし」
「…………特例だから、他の隊の隊長からしたらあまりお呼びじゃないしね」
チキンカツについてきたサラダに箸をつけながら荒船くんの言葉を聞いていたけれど、結局その実験台がなんなのかはっきりしないことに少し疑問を抱く。
「つまりさ、特例とか抜きにして入隊時のポイントとか言ってるってことは、スコーピオンを使う俺を実験台にしたいってことだろ?」
「お、そうです」
「……仮に俺がソレを引き受けたとして、攻撃手と狙撃手のランク外対戦なんてできないじゃん」
「そこはもう一人か二人呼んで、二対一とか二対二になります」
「……えっと、うん、そっか」
「基礎などは他の方に習うつもりですが実戦の練習はあまりする機会がないですし、俺自身結構名が知れちゃってる自覚あるんで他の奴に頼んでまで今更弱みを見せたくないっていいますか……まあ、そんな感じです」
そういいながら最終的にうやむやに終わらせてしまった荒船くんは、焼肉定食に手を付けてわざとらしく視線を逸らす。確かに、その態度を見ているだけでも弱みを見せたがらない性格なのは理解できた。
「C級を選んだ理由も、実戦のためになるべく強い人が欲しいのもわかった。で、その実験台に俺がなるってこと?」
「名字さんがよければですが」
そう言いながら定食についてきた味噌汁をすすって息を吐く荒船くんに少し呆れながら箸を置き、コップの下にできた水溜りを見つめて「いいよ」と短く返す。
俺自身遠距離からの攻撃に自分が対応できるか知りたいし、まだ知らないボーダーのトリガーについて知る機会にもなる。無知から脱するには実践を交えて学ぶのが一番手っ取り早いと思うっていうのもあるけど、ここまで説明してくれた後輩の力になってやりたいと思ったのが一番の要因。誰かのためになるのなら、俺はそれでいい。
「、ありがとうございます」
「じゃあ連絡先とか交換しておく?」
「お願いします」
俺の言葉に荒船くんが携帯を取り出してくれたので、俺も箸を置いて携帯を取り出す。ボーダーに入隊してから二週間位経ったけど、この二週間で連絡先増えたなあ。
「…………下の名前、哲次っていうんだ」
「まあ、あまり呼ばれませんけど」
「じゃあ、俺が呼ぶ?」
「えっ、いや、そういうフリじゃ」
「いいじゃんいいじゃん、哲次くんで」
「っ、…………それならくん付け止めてください」
名前を呼ぶと何故かまた恥ずかしそうに視線を逸らしたけれど、さっきのようにメニュー表もないし換装体じゃないから帽子もないので直接照れたような表情が見えて、俺自身も少し驚く。
「くん付け嫌?」
「……嫌っていうか、慣れてないだけです」
「哲次がいい?」
「よ、良くはないです」
「じゃあ哲くん?」
「…………もう哲次でいいです」
「あははっ! オッケー!」
連絡先の名前の欄に『哲次』と入力しながらチラッと哲次の顔を盗み見ると、慣れないだろう呼び名に照れているのが伺えた。意外とわかりやすい。
「俺もしたの名前で呼んでいいよ」
「…………名前さん?」
「呼び捨て」
「…………名前ですか?」
「そうそう、そっちのほうが話しやすそうだ」
実際ボーダー隊員としては哲次の方が断然キャリア長いわけだし、難しい注文をつけているわけではないだろうとふんで提案すると、哲次は顔をひきつらせて俺を見つめてくるので少し面白い。
けどまあ、きっと哲次のことだからすぐ慣れるだろうけど。
「宜しくなー、哲次」
「…………宜しくお願いします」
多分これから何度も戦うことになると思うけど、それでも仲良くなれるといいな、なんて思いながらそう言えば、哲次も少し笑って言葉を返してくれた。