12




 入隊してから三週間、つまり玉狛支部に訓練しに来てから三週間目、俺は初めて玉狛支部内で迅とレイジさん、林藤さん以外の人と出会った。その子はセーラー服の上に赤い冬用カーディガンを羽織ってソファに座り、上品に足を揃えながら膝の上に乗せた雑誌を読んでいて俺の存在に気付くとくっきりとした顔立ちを俺に向けてパチパチと瞬きを繰り返した。

「、誰よアンタ、」
「あ、すいません」

今日も今日とて変わらず迅と手合わせするつもりで玉狛支部のリビングにやって来たけれど、出会ったことのないお嬢様学校の制服を着た女の子がソファに座っていて思わず返す謝罪すらどもる。
何時もならここに迅が待っていて速攻訓練室に向かっては何回も負け越し、頑張って数回勝ってもその倍以上の回数迅が俺をぶちのめしてくるという一定のサイクルがあるのに。まあ、俺としては確かにちょっとイラッと来るけど、自分の力不足を実感できるし改めて迅の強さを感じられるから何度でも挑むつもり。

「えっと……ちょっと前から林藤さんとかにお世話になってる名字名前です」
「…………知らないわ」

だから今答えたんだけどな…………。

「貴女は?」
「あたしは小南桐絵だけど………」
「玉狛支部の方ですか?」
「そうよ、当たり前じゃない! っていうか…………」

俺の質問小南さんは短く答えると何かに気づいたようにソファから立ち上がりズンズンと俺に近付き、一定の距離を保って立ち止まると舐めるように俺を下から上まで見て口を開く。

「あんた…………カッコイイわね」
「、ん?」
「顔よ顔! よく言われるでしょ」

ズイッと顔を近付けて俺の顔を指差すと、もう一度確認してから納得するように何度も頷く。

「っていうか、何でここにアンタみたいのがいるのよ」

ビシッと腰に手をあてながら少し顎をあげて蔑むように見てくる小南さんに「いきなり話変わったな」なんて思いながら一歩下がって距離を取る。

「迅に用事がありまして」
「迅? 部屋じゃない?」
「あれ、?」
「知らないけど」
「…………じゃあ、待たせてもらいます」
「か、勝手にしなさい」

そう放って俺から離れると、またソファに座ってファッション雑誌のようなものを見だした。どうしてこの子はこんなにツンツンしてるんだ、と思いながら背後にあった扉を閉めて小南さんが座っているのとは反対側のソファに座る。すると何時ものように足元に雷神丸がすり寄ってきて俺を見上げてきたので、その視線の意図を読み取って要望通り頭を撫でてやる。

「おまえは可愛いな」
「、えっ」
「…………えっ」

ぷーぷー、と鼻息をたてて撫でられ続ける雷神丸を見ながら呟くと、何故か反対側のソファに座っていた小南さんが驚いたように声をあげる。





「か、可愛いって」

何故か顔を赤らめて俺から身を引く小南さんの態度に俺は一瞬狼狽えながらも『嬉しい』という視線を向けられてるのに気付き、何か勘違いされていることを悟るが、ここで訂正したら怒られるような気がして嘘を吐く。

「一目見たときから思ってました、可愛いって」
「そ、それってもしかして」
「一目惚れってやつですかね」
「そうだったの…………!?」
「はい、隠しきれなくて言葉が…………」




「あれ名字、もう小南と仲良くしてんのか」

扉の軋む音をたてながらほとんど毎日に近いほど聞いている声に名前を呼ばれて振り向けば、何時ものようにぼんち揚の袋を持った迅が立っていた。っていうか、もしかして俺との待ち合わせよりぼんち揚を自室に取りに行くことを優先した訳じゃないよな?

「仲良くっていうか……」
「なっ、じ、迅!」

ぼりぼりとぼんち揚を咀嚼しながら俺と小南さんのやり取りを興味深そうに見つめてくる迅は、部屋に足を踏み入れると扉を開けたまま俺達に近寄る。

「それにしても小南がここに来るの久し振りだなー」
「、テスト期間だったのよ!」
「はは、相変わらずだな」

俺以外の人にもああいったツンツンした態度をとるんだなあ、と少しホッとしながら、ここ三週間の内に一度も会わなかったのはそれが重なっていたせいなのかもしれないと二人の会話から推測して口を挟む。

「そうだ、迅、今日早めに終わらせてくれない?」
「お? 用事でも出来た?」
「そうそう、なんか哲次が対戦してほしいって」
「へえー、それは興味深い」
「やめて」

カオスな状況の誤解を解くのもめんどくさくなった俺は、小南さんを一度放置してソファの背凭れに頭を乗せながら迅の行動を目で追うと俺の視線に気づいた迅が俺の背後に回り込み、背凭れに任せっきりの俺の顔の上に自分の顔を被せて何時ものようにぴとっと閉じた俺の唇にぼんち揚げをくっ付ける。

「冗談だって。おれも忙しいし」

にやりと笑ってそう言う迅の髪が俺の頬を掠めるのを感じながら無表情のまま小さく口を開けると、その隙間に気付いた迅が指でぼんち揚げを押し込んできたので、迅の顔が離れたのを確認してから俺も顔を上げてボリボリとそれを咀嚼する。
いつもと同じパターンだ。

「そうかい……って、」

迅の分かりづらい冗談を真に受けてから顔を前に戻すと、さっきまで雑誌を読んでいた小南さんが信じられないものを見たかのように口を開けてわなわなと震えながら俺を指差し、焦ったように言葉を放つ。

「あ、あんたたち……もしかして」
「「ん?」」
「……やややっぱり!! 二人とも、つ、つき合ってるのね!」

ハモった俺たちの声で確信を得た、とでも言いたげに小南さんは俺に指を指して叫ぶので、思わず俺と迅は目を見合わせてひきつった笑みを浮かべる。

「小南、それはない」
「ないない、あるわけない」

そのどうしようもない誤解を自分達のために解こうと俺たち二人は訴えるが、小南さんは「だってキスしてたじゃない!」とこれまた酷い見間違いで俺たちを追い詰めてくる。き、キスって…………俺は男同士でするような性癖はもってないし、迅もきっとそうだろう。
俺たちの声に聞く耳を持たず興奮している様子の小南さんに、俺はわざとらしく溜め息を吐きながらソファから立ち上がり、同じく立ち上がって俺たちに叫んでいた小南さんの小さな片手をきゅ、っと両手で握り締めて口を開く。

「小南さんに一目惚れしたばっかりなのに…………迅と付き合っているわけないじゃないですか、てかキスしてませんし」
「へ、ちょっ、ちょっと、…………!?」
「信じてください」

そう言って少し首を傾げてみれば手を握られた小南さんは、照れたように少し身を退きながら俺の顔を見上げて驚いたように目を見開く。
良かった、この顔に生まれて。じゃないと、今絶対殴られてたよな。

「そ、それならいいのよ! いや、良いってそういう意味の良いじゃなくてね!?」
「えっ、はあ」
「、あーもう、めんどくさいわ!! あたしと迅なら、どっちが可愛いのよ!?」

俺に手を握られながらそう叫んだ小南さんは、自分でも何を言っているのか分からないらしく、ぐるぐると『混乱』の視線を俺に向けながら答えを待つ。
多分この三人の中で一番冷静でいられているであろう迅は相変わらず俺の背後でボリボリとぼんち揚を食って傍観してるし、俺は話す度に落ちてはいけないところにどんどん沈んでいくような…………取り返しのつかないところまで行ってしまうような気がしてしまうからここから逃げ出したい思いに駆られるし。まあ、それでも現実はそんなに甘くなく、目の前の小南さんは答えを待っているし後ろの迅もこのしょうもない会話の終わりを待っているから、俺は仕方なく言葉を紡ぐ。

「小南さんの方がかわいいに決まってますよ」
「え…………!? そうなの!?」
「えっ……当たり前じゃないですか。比較対象が迅なんですから…………って聞いてます?」

ぼやっ、と俺の目を見つめながらてを握り返してくる小南さんに何故か孤児院の幼稚園児を思い出して俺も思わず笑みを浮かべるが、また小南さんは驚いたように目を見開くとハッとしたように自分の手を見つめて「あ、あたし用事出来たから!」と叫ぶように捨て台詞を残し、俺と迅を置いて部屋から出ていってしまった。


「…………」
「…………」


突然訪れた静寂に俺が迅の方を振り向くと、手遅れだとでも言うように迅は首を振って俺を見つめ返してくる。
初めは小さな悪戯だったのに、こんな盛大な嘘になってしまうなんて。

「でもさ、相手が迅よりはマシだよな」
「ま、それには同意する」
「まあいいか、小南さん可愛いのはホントだし。孤児院の子供たち思い出しちゃったよ」
「名字って…………罪な奴だよな」
「はあ」

ソファ越しに俺の肩をぽん、と叩く迅の顔がいやにムカついたので勝手にぼんち揚を袋から盗み取れば子供のいたずらを広い心で受け止める保護者みたいな顔で俺を見つめてきたのでぼんち揚を机に放って、思わず迅の頬に軽くぺしっとビンタする。なんでこいつはたまに、俺のことを保護者みたいな目で見るんだろうか。

「いってー……やっぱり痛いな」
「えっ、………、何で避けなかったんだよ」

ヘラヘラと軽く叩いた方の頬を擦る迅の視線に、未来が視えていたうえでビンタを受けたらしい感情が読み取れて思わず疑問を口にする。どえむ?
すると俺の質問に迅は気まずそうに視線を逸らしながら「あー…………」と言うと俺の肩から手を離して避けるように一歩下がりだしたので、それに対してなにかを察した俺は逃げられないように迅の肩を掴み返してからぐいっ、と引き寄せて至近距離で問い詰める。

「いやー、見逃して?」
「言わなくてもいいからこっち向きなよ」
「それじゃあ、名字には言うのと同じだろ………」

俺が迅の顎を下からつかんで此方に向けようと力を入れるのと同じく、迅も俺を視界に入れないように必死に抵抗してくる…………このままじゃ埒が明かない。
もういいや、と俺が迅の顎から手を引いて小さくため息を吐くと、迅も力を抜くように肩を下ろしてから「そんな聞いても面白くないから」とか視線を逸らしたまま言い訳がましいことを呟きだした。ばかめ。





「っなーんてな!!」

いつまでも平行線を辿る戦いをする気はなかったので一度油断させてから、迅の力が緩んだところを狙ってソファの方へと引っ張り込むと、迅は「おわっ!」とか何とか言ってソファに勢い余って顔から突っ込んでから「ぐふぉっ」とかいう奇声をあげてソファの上に仰向けになって倒れ込んだ。そして流れるような動作で二週間くらい前に慶にやったように俺は迅の腹に跨がり、自分でも分かるくらいのどや顔で迅を見下ろす。

「ビンタ受けてもこっちの未来か…………!」
「、バーカ」
「くっそ、!」

俺の低レベルな罵倒に笑いながら抵抗してくる迅に、俺も笑いながら迅の抵抗を避ける。

「うわっ迅の鼻赤くなってるし! ウケる!」
「、離れて離れて、確定しちゃうだろ!」

ソファに突っ込んだときに赤くなったらしい鼻を隠して俺の跨がった足を押す迅の言葉に少し引っ掛かりを覚えつつ、聞いていない質問の答えを迫るために迅の股の間に自分の足を滑り込ませ、迅の鬱陶しい片手をベッドの背凭れに押し付けてから顔を近付ける。

「、ちかいちかい」
「さっき視た未来思い出せよ」
「わかった、わかった、言うから離れよう? な?」
「…………?」

そう言うわりにこちらを向こうとしない迅を不思議に思って、何となく迅の顎を掴んでくいっ、と正面を向かせ、さっきとは違って意外とすんなり顔が動いたことに少し拍子抜けする。



「、っ?」


それと同時に、俺の方に向けた迅のその顔がいつもの余裕のある表情ではなく、少し焦ったような恥ずかしがっているような表情が見えて、俺も焦って思わず瞬きを繰り返す。何処か変な気分………………変な気分って言うとイヤラシイけど、そういうのじゃ、ないと思う。うん。





「ねえ」
「っなに、」

お互いの息が当たることを互いに気にし合いながら鼻が付きそうな至近距離で俺も迅も小声で話し出す。それに加え、俺に負けることなんてそうそう無くていつも余裕たっぷりで大体未来を見て動いている迅が現在『緊張』した視線を向けていて、しかもその原因が俺で。これがもし迅の視えていた未来の範疇だとしても迅からこんだけ焦ってるって実感出来る視線を向けられたのは初めてに近しい。だからだろうか、何となく今の時間が特別に思えて妙に迅へ親近感がわく。

「迅、何で緊張してんの」
「、おれで遊ぶな」
「はは、かわいいな」
「…………」
「…………わるい、バイト先の先輩の口癖うつった」
「おいおい、謝ったらホントみたいだろ」

そんなつもりは無かったけれど、無意識下で移ってしまったのかもしれない。自分のいやな深層心理に驚いていると、迅が俺の下から抜け出すことよりも俺に『仕返し』してやろうと意気込みだしたので何となく迅らしくなくて俺は嫌な予感を覚える。

「こっちの未来か、」
「…………回避したかった?」

ソファの背凭れに押し付けてある迅の手をきゅっ、と握りながら首をかしげてそう尋ねると、迅は少し眉を寄せて一瞬沈黙してから小さく「あざとい、それ」と悔しそうに呟いた。

「…………そう?」
「、こういうとき名字のサイドエフェクトって」
「あざとい?」
「、……………ずるい」

ずるい、ってのは、迅のサイドエフェクトは未来は見えてもその時相手が何を考えているのかという確信出来る情報は得られないからだろうか。俺の言葉を聞き入れながらも『仕返し』の視線は変わらず俺に向けられていて、俺はひやひやしながらさっさと聞きたいことを聞き出そうと本題に入ろうとする。

「まあいいや、あのさ」
「ちょっと待って」
「むぐっ………………」
「…………」
「…………」

コイツ絶対未来視て今俺が仕返しを回避しようとしたタイミング狙って俺の口塞いだな、なんて思いながら少し睨み付けると、迅は笑いながら口を開いた。

「いやいや、名字は目だけで語れるからね、」


語れねえよ、読めるだけだよ。


「次の言葉は俺が『手を剥がされた時の未来』で読み取るから、大丈夫」


手が壁になって息が当たらなくなったことをいいことに、いきなり何時もの調子を取り戻し始めた迅に俺は少し眉を寄せる。

「…………名字はおれのことどう思う?」
「(はあ?)」
「おれと一緒にいてさ」
「…………(好きだよ)」
「そういうんじゃなくてさ、」

とか言いながら、少し嬉しそうな視線向けるな。

「(じゃあなんだよ)」
「…………名字は、…………いき、」
「…………?」

迅は俺を見据えてそれだけ言うと目を細めてから口を閉じた。
そしてその瞬間、迅の視線の意味が変化し、俺はその内容に眉を寄せてから反射的にサイドエフェクトを意識する。


『明日から遠征で、少し不安な未来が視える』


遠征? 明日から遠征なのか。
というより、今更迅が遠征で不安を覚えるって…………そうとうやばい遠征先? それとももっと遠征じゃない他のことか…………?
そう思った俺は上半身を起こしながら、ソファに押し付けていた迅の手と俺の口を塞いでていた手を引っ張る。その迅が上半身を起こす時に勢いあまって俺に抱きついてきたので俺はそれを利用して迅の背中に腕を回し、肩の上に顎を乗せておく。

「…………あのー?」
「うるさい」

なんていうか、迅はきっとあまり感情を表す方じゃないと思う。
それは無表情が多い鉄仮面とか仏頂面とかそういうんじゃなくて、いつもの余裕そうな表情やヘラヘラした笑顔で普通なら出してしまう感情や弱さを隠してしまっているという意味でだ。マイナスの感情は自分にも相手にも良い影響を及ぼさない、なんて小さな子供でも知っていることで、未来の結果が視える迅にはそれが強く突き付けられるのだろうし、感情的にならないことが身に付いてしまったのかもしれない。
けれどそれが、迅のことを想う人間からしたら少し寂しく感じるんだろう。俺は出会って三週間くらいしか経ってないけれど、それでも迅に対して今こうしてやっていけていることに恩を感じてるし、こんなサイドエフェクトを持ってるんだからもっと迅の背負ってる重荷を軽くできたらなと思うし、もしも迅がすぐ死ぬであろう俺と関わりたくないって言うならそうするし、こうやって参ってるなら助けになりたいって思う。

「あ、あれ…………名字さん?」
「………なんていうか、」
「……………………うん?」

恐る恐る俺の背中に手を回して戸惑ったように俺の名前を呼ぶ迅の声をわざと無視して、迅の肩口に顔を埋めながらさっきの話の続きを始めると、それを察したのか迅が黙って抱き締められたまま小さく息を吐いた。
そして、迅の『不安』という裏付けになる視線に俺は少し疑問を覚えたまま迅の透き通った青い目を見つめ返して、ポツリポツリと偽りのない言葉を返す。

「俺は………………迅が自分で選んだ道とかこれから選ぶ道とか、多分気付けないし知ることとか出来ないと思う、」
「? うん」
「けど迅は最上さんを亡くして俺もアキちゃんを亡くして、何となくだけど、百分の一くらいは同情出来るとも思ってるし」
「…………うん」
「サイドエフェクトあるもの同士、中身は違ってもお前の百分の一くらい俺にも色々思うところはあると思ってる」

ぽつりぽつりと間隔を空けながら話す俺が迅の青いジャケットを握ると、迅も応えるように俺の背中を何度もさする。まるでこれじゃあ俺が慰めてもらっているようで少し癪だけど、慰められることに慣れていないであろう迅のためにこのままでいてやろうと心の端で少し考える。

「だからさ、お前がもし俺が死んだときに悲しんでくれるなら、俺はその百倍悲しむと思ってくれていいよ」
「?? あー…………、うん」
「、今回の遠征が不安なら俺的に本当は行って欲しくないけど、迅がそんなことをするはずもないから言わない」
「、言ってるけど」
「けど…………これは言わせてもらう」

迅の言葉を聞いていないフリをしてから背中に回していた手を迅の肩に滑らせて離れるように軽く押すと、俺の意図に気づいたらしい迅も俺の背中から手を緩め、改めて俺の目を見つめる。

「なに?」
「…………よく聞けよ、セクハラ変態」
「、は? あ、うん」
「……………………あー、その、俺は人として迅が好きだから、






 …………死ぬなよ」

俺はその何時もと変わらない余裕ぶった迅の目を真っ直ぐ見つめてから、俺の言葉を聞いた迅が楽しいのか嬉しいのか恥ずかしいのかよくわからない表情を一瞬だけしたのに気付いて、俺も来馬と話しているときのような優しい顔を迅に向ける。

「嬉しい?」
「、嬉しいんじゃない? うんまあでも、確定しちゃって良かったな、逆に腹が括れた…………てか、おれが不安に思ってたのはおれのことじゃ、………」
「?」
「けどさ、直前のセクハラ変態ってのは流石にないでしょ」
「えー、あれがないと俺が恥ずかしい」
「あーそういうこと」

俺の言い分にそう納得したように頷く迅は自分の頭をかきながらヘラヘラと何時ものように笑って俺をチラリと横目で見ると「不思議だな」と他人事のように呟いた。

「なにが」
「…………まだ会って三週間の人間の言葉で、今こんなに救われるなんてな」
「? 俺は、会って二日目のお前の言葉に救われたよ?」
「……………そうなの?」
「まあ、うん、そうだな」

大丈夫、きっと上手くいく。その言葉を信じて、未来が視える迅の言葉だからこそ、信じて俺は今ここにいるんだから。

「迅もさ、俺を信じろよ?」
「うわー、なんか嫌なんだけど」
「おいなんだと」
「ははっ、冗談冗談!」

迅はそう言うと俺の手から逃げるようにソファから立ち上がり、ぐっと背伸びをして今までのことを思い出しているような視線で俺を見下ろすと、少し悲しそうに、だけどいやに綺麗に笑いながら座ったままの俺に言葉を放った。





「おれも名字が好きだよ。だからさ、死なないで」



                ◆◇



 なーんてドラマチックな出来事があったとしても結局俺の負けは変わらず、今日の訓練は何故かすこぶる機嫌の良かった迅の揺るぎない圧勝で、俺は連敗連敗の立て続け。正直これから哲次とのランク外対戦とか行っても負けるイメージしかないから行きたくはないけれど、年下に迷惑をかけるわけにもいかないので自分を励まして鼓舞しながら本部のC級ブースに向かう。というか実際、入隊式の日以来スコーピオンを使っていないのでそういう意味でも不安しかない。先輩としての威厳など元々ないのでそういうのはいいとしても、一応スコーピオンの攻撃手としての自分が下手な失敗を犯したくないと言っているような気がして身が縮こまる。
相手は後輩といってもB級で、迅からの情報によると弧月でマスタークラスにもうすぐで行きそうって話だし…………もうそのまま弧月で頑張ればいいのに、なにか目標があるのかなーなんて無粋な予測をしてしまう。
C級ブースに足を踏み入れると、即座に俺の姿を視認したらしい哲次が「あ、こっちです」とよく通る声で俺に呼び掛けてくるので多少の視線を受けながら苦笑いで哲次に歩み寄ると、哲次の隣に居る人物…………来馬の隊の攻撃手で確か哲次が色々教え込んでるらしい鋼くんとやらが立っているのが見えた。まだ触れないでおこう、うん。

「おまたせ」
「いえ、呼び出したのは此方なので」
「まあそうだけど…………」

哲次の歳上を立てる自然な会話に肩を竦めながらチラリとわざとらしく哲次の隣に居る人物に目をやれば、目敏くそれに気づいた哲次が「あー…………」とかなんとか言って気が進まないかのように隣の人物に視線をやる。
あれ? 極力他人には内緒にしたいってこの前メールしてなかったっけ?
なんて哲次の隣に立つ人物にたいして不思議に思っていると、俺とその隣の人物である鋼くんを交互に見て気まずそうにしていた哲次が「ちょっといいですか」と俺の腕をつかんで鋼くんから引き離した。

「ど、どゆこと?」
「すみませんメール見てませんか?」
「えっ、あーごめん、見てないや」
「いえすみません、こちらも急だったので」
「…………もしかして、相手の人来られなくなった?」
「…………それもありますけど、アイツが名前さ……名前と話したがりまして」
「………………」
「……………………いや、そんな目で見られましても」

何で、と言いたいけど言えない思いを視線で表現すると、哲次は少し眉をひそめて下を向いてしまった。
えっと、なんだ。つまるところ今日は狙撃手の練習はナシで、三人でお話しすればいいのか? なんて適当に見当をつけながらポケットに入れておいた携帯を確認すると、哲次からの新着メールに同じようなことが書いてあったので、俺は溜め息を吐く。

「すみません、」
「あーいや、俺もスコーピオン使いこなせてないから、結果オーライだよ」

俺の溜め息を怒っていると勘違いしたのか、哲次が帽子のつばを下げて謝ってきたので、俺も焦って撤回する。
っていうかよくよく考えたら、迅から『ラーメン奢る』とか言ってたの、こうなるってわかってたからじゃないか?

「んー、じゃあ取り敢えず鋼くんのところ戻るか」
「…………そうですね」

俺のせいで気落ちしてしまった哲次を回復させるために肩に手を回して出来る限り優しく肩を叩いてから手を離せば哲次は「、ありがとうございます」と顔をあげて呟いた。

「オイ、鋼」

そして鋼くんのところに戻ってからの哲次のこの第一声、あまりに俺との話し方と差異があって驚く。

「なんだ? もう話は終わったのか?」
「てめーのせいだ」
「? 悪い」
「分かってねえのに謝んな」

同世代と話す哲次の雰囲気と口調に結構衝撃を受けながらそれでも通常運転っぽい鋼くんの態度に、改めて本当の話し方がこちらの方なのだと理解する。うわあ、この口調で攻撃手の基本教えてもらってるとか、下手なことしたら罵倒とか飛んでくるのかな。

「名前、」
「え?」
「今どっかに思考ぶっトんでましたよ」
「あーマジか、ごめん…………で、何の話?」

帽子のつばを上に向かせながら俺の顔を覗き込んできた哲次に軽く謝ってから、俺に対しての口調にも荒さが出てきたことに気付いて少し嬉しくなった。そして俺の言葉を聞いた哲次がチラリと視線を向けた先に鋼くんがいて、そういえばなんか話したいとか言ってたらしいなあ、なんてことを思い出して視線を鋼くんに向ければ、鋼くんに待ってましたと言わんばかりに見つめられる。

「コイツは、一応俺が色々教えてる村上鋼って奴です」
「うん、まあ一度防衛…………一度会ってるから名前くらいは分かるよ、ね?」
「はい、」

いつも通りの年下に対する口調で鋼くんに問い掛けると、鋼くんは哲次に向けていた視線を俺に向け、何故か少し身を引いて戸惑ったように返事をした。その戸惑いや気後れが思いきり視線から読み取れて、そのあとにゆっくりと視線を逸らされたので、何だかよく分からないのになんの配慮もなく思ったことを口にする。

「あの…………何でそんな俺に『申し訳ない』って思ってるの?」
「えっ、」
「俺なんか鋼くんに、気を使わせるようなことしたっけ?」

これが三回目の顔合わせで長く話すのなんて初めてだっていうのに何故か俺に対して申し訳なさそうにする鋼くんを見てそう感じ、疑問を覚えた。なんかした? なんかされた?
すると、俺の言葉が的確だったことに驚いているのか、鋼くんは眠たげな目を少し見開き、何度かこの経験をさせられた哲次は「またか」と言いたげな視線を向けてくる。こんなんだからエスパーって言っても通じちゃったりするんだよな。

「……すみません、また分かりやすい態度をとってしまっていましたか」
「? いや、そんなことないと思うよ」
「、オレ、名字先輩に謝りたくて」
「あ、謝る?」

B級の二人と合同訓練にすら全く見かけないC級が話しているからか、周りの人々が興味を持ち始めていることに視線で気が付きながら、俺の返した言葉に頷いて床に視線を落とした鋼くんの旋毛を見つめ、哲次に視線で助けを求める。けれど哲次も知らないらしく俺の視線に横に小さく首を振ったので、ますます分からない俺は、申し訳なさげに目を伏せる鋼くんの言葉を待った。

「この前廊下で会ったとき、失礼な態度をとってしまってすみませんでした」
「…………?」
「名字先輩と別れてから来馬先輩も少し困らせてしまいましたし」
「え、いや、」
「多分、オレがあのときもこういう分かりやすい態度をとってしまったんだと思います」
「ん??」
「だから…………あのときはすみませんでした」
「……………あ、うん」



「ちょっと待て鋼、名前全然分かってねえぞ」

さっきから鋼くんが話す度に何のことを指しているのか分からなくなって俺が疑問符を飛ばしていたのを目敏く哲次が汲み取ってくれて、俺に対しても鋼くんに対しても助け船を出してくれた。さすが荒船だな。口調が荒いところもさすが荒船だ。
もちろんここでサイドエフェクトを使えるなら使いたかったけれど肝心の鋼くんは頭を下げていたから俺ではなく床を見ていたし、哲次は哲次で俺のエスパーのタネを明かしたがって観察するような視線を向けてくるし、やりにくくてとてもじゃないけど使えなかった。

「はあ…………要するに、失礼な態度ってのは簡単に言うと、あの廊下での態度。『来馬先輩が、嫌な噂しか聞かない人と一緒に居るのが不安』っつー態度のことで、あのときはそれを自分があからさまに出しちまってゴメンナサイってことだろ」
「荒船、オレの態度を表す言葉にトゲありすぎじゃないか」
「そうか? こんなもんだろ」
「…………なるほど」

つまり哲次の言う『来馬先輩が、嫌な噂しか聞かない人と一緒に居るのが不安』っていう態度、ってのは、俺が来馬の隣に座っていたときにサイドエフェクトで読み取った鋼くんの視線の内容、ってことか。で、あのとき俺がわざと言葉に出してそれを指摘してしまったせいで自分の思っていたことを態度に出してしまったのではないかと思い、且つ、その渦中にいた来馬さえ困らせてしまったことを嘆いてる。なのでその重大さを感じて、お詫びしたってことで、合ってるかな。

「哲次の言ってることも鋼くんの言ってることも大体分かった」
「ほら、良かったじゃねえか」
「…………そうか?」
「ただ、理解した上で言葉を選ぶとすれば『鋼くんは悪くない』ってとこだけど、 俺が個人的に言いたい言葉は『あって当然の態度だったよ』ってことかな」

ぽりぽり、と鼻の頭をかきながら申し訳なくなって視線を逸らすと、二人が『意味不明』という視線を向けてきた。そりゃ当たり前だ、二人は鋼くんの態度のせいで不和が起きたと思っているんだから。

「まずね全然分かりやすくなかったと思うよ、鋼くんの態度」
「えっ、でも、一瞬会っただけで」
「それは俺がエスパーだから、これが『鋼くんは悪くない』ってこと」
「エスパー…………?」

俺の異様な言葉に眠たげな目をそのままに首を傾げる鋼くんと何故か合点がいったようないってないような表情の哲次を見て、自分からエスパーだと自己申告する痛さを思い知る。孤児院の子供たちは小さいから疑うことなく俺をエスパーだと思い込んでくれるのに。

「あと、そういう俺を遠ざけたくなる心理ってのはさ、あってしかるべきっていうか……あってこそ来馬の隊じゃないのかな?」
「…………それは俺も思いましたね。来馬さんに対して不安要素を近付けたくないっていう思いは、結局来馬さんを守りたいって気持ちから来てるってことだから『あって当然』…………みたいな話ですよね?」
「そうそうその通り、ありがとう哲次」
「いえ」

俺の心を代弁してくれた哲次の言葉通り、来馬を大切に思っているからこそ生まれるあの態度はあってしかるべきだし、謝る必要性なんて何処にもない。不安要素呼ばわりはちょっとキツいけど。

「もしそれで気が済まないってなら、代わりにもう一人の子に謝って貰おうかな」
「…………太一にですか?」

防衛任務で若い子だなあと思っていただけなのに睨み返されたときは、少し胸が傷んだ。あのときはまだ来馬隊の全容なんて見えなかったし。まあ、今も見えているわけではないんだけど。

「ぼうえ…………あの初対面の時一番敵意剥き出しっていうか、警戒心丸出しだったのあの子の視線だったし」
「視線…………ですか」
「そういう目してた、鋼くんも」
「…………すみません、」
「あ、謝んなくていいって! っていうか狙撃手の子に謝って貰うとかいうのも冗談な」

俺の全ての言葉を本当に言葉通り受け取ってしまう鋼くんに少し焦りながら訂正する。そうだよな、まだ"嫌な噂"が付きまとってるらしい俺には信頼とかないもんな。多少自分のその噂がどんなものか気にはなるが、結構周りの人達…………ほぼC級隊員がチラチラと視線を向けては逸らして逸らしては向けてを繰り返してきて鬱陶しいので、一度ここから出たくて堪らなくなってきた俺は信頼も何もないまま小さく手を挙げて提案する。下手に防衛任務の単語を出すことすらままならない。

「えっと、ここに居る意味無くなったし…………場所変える?」
「あぁ、それもそうですね」
「オレはいいが、二人はここに何しに来たんだ?」
「…………ランク外対戦を、しようと思ってたんだよ」
「あぁそうなのか、邪魔して悪かった」

哲次が少し焦りながら言った答えのランク外対戦を鋼くんはどう考えても攻撃手同士のものだと思って反応しているが、どういう経緯で二人がこの場所に居たのかを知らない俺は迂闊に哲次の話を合わせることも出来ないので、口をつぐむ。

「いや、もういいんだけどよ……」
「? 今日どうせオレともやる約束だったし、それが早まったと思って今やればいいんじゃないか?」
「ランク戦をか?」
「名字先輩とはポイント動かないけどな」

そ、それは三人で交代制でやるってことかな?

「…………それもそうだな」
「いやいや、それはおかしいよ? 哲次俺言ったよね、スコーピオン慣れてないって」
「オレも入隊したばっかなんで大丈夫ですよ」
「…………だったら二人まとめて今からが特訓だ」

俺との会話に慣れてきたのか最初の頃とはうってかわってトゲが出てきた言いぐさに、俺は若干押されてまた口をつぐむ。




「マジかよ…………」










結果

1荒船対村上→六対四
○,○,×,×,○,×,×,○,×,×

2荒船対名字→八対ニ
○,×,×,○,×,×,×,×,×,×

3村上対名字→六対四
○,○,○,×,○,×,×,×,×,×

4荒船対名字→七対二対一引き分け
○,×,○,×,×,×,×,×,△,×

5荒船対名字→六対三対一引き分け
×,○,○,○,△,×,×,×,×,×

6村上対名字→九対一
×,×,×,×,○,×,×,×,×,×






「あー、もう嫌だ!!!」
「最後に! 俺とはいいとこまで来てて、鋼にはぶち負かされるとかムカつくんで!!」
「なにそれ理不尽! 哲次とはめっちゃやったじゃん! てか今の鋼くん強すぎ、休んでるときドーピングした?」
「いや、違いますけど…………」

何度も二人にぼこぼこにされながら改めて自分の弱さに気付き、年下とか構わずにこのイライラした気持ちをぶつける。それに、負けて悔しくて八つ当たりしているだけでなくて増えつつあるギャラリーからの視線にもイライラしている。ブース内に居るときは良いのに、終わってから落ち合うときに、この大きなモニターに映し出された俺の負け戦を見て何か感想を言い合って視線を向けられるのが何よりもイラッとくる。

「あー、コイツ、くそ生意気なサイドエフェクトあるんですよ」
「くそ生意気なサイドエフェクト?」
「…………強化睡眠記憶、とかいうやつです」

C級ロビーに置いてある椅子に足を組ながら俺と鋼くんを見上げる哲次の言葉に首をかしげてみると当人の鋼くんから聞きなれない言葉が発せられる。

「…………要するに、寝たら相手の動きを百パーセント学習するってことですかね」
「あー、だから鋼くんは休憩挟んだのかー、哲次より強くね?」
「、うるさいです」
「はは冗談冗談、てか哲次めんどくさいなら敬語やめていいよ」
「…………マジか」
「おー」

なるほど、サイドエフェクトにはそういうチートみたいのがゴロゴロ居るわけか。まあ、一番のチートは今のところ迅のサイドエフェクトだろう。確かに鋼くんのは少し羨ましいサイドエフェクトだとは思うけれど、それを口にすることが相手にとってどれだけ胸を締め付ける行為かを俺は知っているから思うだけに留める。俺がこの二年間色々な人間の視線に振り回されてきたのと同じように、多分鋼くんには生きてきた中で眠りたくない夜も目覚めたくない朝もあったんだろうから。

「でも、結構分かってきましたね、名字先輩の戦いの癖」
「癖…………かなあ」

C級ロビーの対戦ブースにあるスクリーンに並べられた俺の戦歴を見る限り幾つか気になる点があるのは確かなので、睡眠強化記憶で俺の戦い方を頭に蓄積している鋼くんに言われるのは少し怖い。

「まず、スターターが良いな」

その俺の敬語取っ払い宣言にキチンと順応してきた哲次の言葉に俺も頷く。六回戦やって殆どが序盤に勝ち星があって、その内の三回は初戦に勝ち星がある。それに加え六回戦目の哲次との戦いは最初に転送された場所が悪かったので多少は仕方なかったと鋼くんも哲次も後からそう言っていたし。

「それに比べて、後半はだらけてますね」
「あははー…………」

その理由は明確で、ただサイドエフェクトの乱用で疲れてきただけだ。いや勿論二人が俺のヘボい戦いに目が慣れて勝てなかったという要因もあるけれど、それでも意識してサイドエフェクトを使う状態が何度も繰り返されると疲れが身体ではなく、主に情報を処理する方の頭に出てきてしまっていた。今一対一でこんなレベルなのに、実戦のなかで敵にチームで来られたり自分に仲間が出来たりしたらもっとヤバイ。慣れて鍛えなきゃ。

「いやー、そこは理由分かってるから頑張るよ」
「なんだよその理由は」
「えっ、言わなきゃダメ?」
「ここまで戦っておいて秘密とか気になるだろ、答え合わせが欲しいんだよ」
「あ、あー」
「あとは…………荒船とは引き分けが多いですね」
「あぁ…………ホントだね」

哲次との三試合中二試合に引き分けがあって、そのどれもが相討ちとなっている。俺としては理由が分からないのでどうしようもないけれど、今は鋼くんという心強い人間が居るので理由が明確になるだろう。

「鋼、おまえ見ててどう思った?」

哲次もおれと同じことを思ったのか、帽子を脱ぎながら鋼くんを見上げて尋ねる。すると鋼くんは何かを思い出すようにうーん、と腕を組み、右に首をかしげながら左上を見上げて口を開く。

「表情が、キッてなる」
「「…………」」

少し困り顔でそう言いながら眉毛をきっ、とあげる仕草をする鋼くんに不意打ちできゅんとさせられながら、椅子に座ってわなわなと苛ついていらっしゃる哲次に代わって俺は口を開く。

「あ、あとは?」
「あとは…………"見てない"のに、死角の荒船を攻撃してました」
「…………なるほど!!!」

その言葉で、自分のなかの理由が明確になって思わず大きな声を出す。
鋼くんが表情がキッとなる、とか言い出したときはどうしようかと思ったけれど、やっぱりキチンと覚えていてくれていたようで少しホッとしながら二人に説明しようとする。けれど、それには結局俺のサイドエフェクトを話さなきゃならない。

「さっぱり分かんねえ」
「オレも覚えてはいても、意味は分からないし対処も出来ない」
「…………まあ、さっきの後半がだらける答えと関連するんだけどさ」

俺の納得した声とは正反対の声色で二人が見合いながら交わしてる話に応えるように言葉を放つと、同時に二人が俺に視線を向けてくる。

「俺もサイドエフェクト、あるんだわ」
「あぁ、そうなんですか」
「…………それってエスパーがどうのこうのってのと関係あんのか」
「あるよ、ってか俺エスパーじゃないし」

少し驚きながらもドライに対応してくる鋼くんと目敏くさっきの会話から単語を拾ってくる哲次に笑いながらそう言えば、哲次が呆れたように溜め息を吐いてから話の続きを促すように俺を見つめてきたので俺はそれに応える。

「簡単に言うと、視線を言語として読み取れるんだ」
「…………ただの強化視覚ではないな」
「超感覚っぽいような、特殊体質っぽいような?」
「概要はカゲに似てんな」
「? あーそういうのは俺も分かんないけどさ、さっきの後半がだらけるってのはそのサイドエフェクトの使いすぎで脳が疲れるんだよ」

ふう、と腰に手を当てて俺のサイドエフェクトの所属を考えている二人に言うと、鋼くんは「オレには分からないです」と言い、それを聞いた哲次も「俺の方がわかんねえよ」と返してきた。無意識のうちに入り込んでくる視線は精神が疲れるけれど、意識して読み込んだ視線は脳に疲れを与えてくるみたいだな。

「で、哲次を見ないで仕留められたのも、そのサイドエフェクトで哲次の視線を読んで『これはヤバイ』って判断して反射的にヤっちゃったからみたい」
「ヤっちゃったとか言うな」
「つまり俺にだけ不意打ちが通じたわけでなく、その感覚を学習していた鋼だから不意打ちが通じなかったわけですか」
「そういうことになる」

お茶目心を出して言った言葉に突っかかってきた哲次が相変わらず座りながらジロッと睨んできたけれど、特に怖くなかったので微笑み返したら哲次は何故か帽子で顔を隠してしまった。

「ちょっとこっち向いて」
「は、嫌だね」
「…………お前、戦ってから口悪いよ?」
「っ誰のせいだ誰の!」

帽子のつばをくいっと上げると赤い顔をして哲次が睨んできた挙げ句そのまるで俺のせいみたいな言い方をされ、全く心当たりのない俺は隣に立っている鋼くんを見つめて「俺なの?」と尋ねる。

「さあ…………元々こんなですけど」
「あっ、そうだった」
「おいお前ら…………てか、名前は俺ともっかいやれ」
「いやですー、哲次が可愛くお願いしないとやりませーん」

俺がやっても全く意味を成さないけれど取り敢えずやるだけやっとこうと思ってぷい、とそっぽを向いてやると、見事にイラついたらしい哲次が帽子を取って立ち上がると近くまで来てガンを飛ばしてきた。
これは、意外と迫力があって怖い。

「可愛くなんて出来るか!」
「鋼くんなら出来るのに」
「えっ」

飛び火で巻き込まれた鋼くんは困ったように眉を寄せる。

「ほら、もうかわいい。俺と歳一つしか変わらないのに」
「、それは鋼の元々の顔だろ!」
「んー、それもある」
「あんじゃねえか…………」
「あ、ありがとうございます?」

巻き込まれた上に勝手に褒められた鋼くんは戸惑ったようにお礼を言い、反対に哲次は笑いながら口角をひくひくさせて相変わらずガンを飛ばしてくるので、仕方なく哲次の肩に手を置いて俺は言葉を吐く。

「大丈夫、安心してくれ哲次」
「…………」
「哲次は、かっこいいよ」
「、嬉しくねえんだよ…………!」
「えーって、あ、ちょ」

俺が出せる最高にイケメンの声でかっこいいと告げると、哲次は自分の肩に乗った俺の手を握って個人ブースまで強制的に引っ張っていこうとする。なんだこの執念は…………俺が勝ってるとき殆ど首ちょんぱにしてるのが悪いんだろうか。
哲次の稀に見る強情さに興味が惹かれてなのかただ単に注目されていた癖に声量も大きかったからか、結構集まってきたギャラリーとチラホラ見えたC級以外の隊服に苦笑いを浮かべてから俺の手を掴む哲次の背中を見つめ、変なことが起きなきゃいいけどなあなんて思う。

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