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「よお、久々だな」
「お久しぶりです」
「この前…………つっても結構前だけど、クッキーありがとな」
「え? あぁ、いえ」

玉狛支部のの林藤さんの部屋に訪れると、椅子に座った林藤さんが手を挙げて俺に軽く言葉をかけてくれたので俺もそれに短く応える。
忍田本部長と食事し防衛任務を終わらせた日、帰宅すると林藤さんから携帯に着信があった。どうやら忍田本部長が城戸司令にもう話をつけてくれたらしく急遽特例内容が変更されたので玉狛支部に寄ってくれという電話だったため、その次の日という名の現在、俺は林藤さんの部屋に来ている。

「お前、なかなかやるな」
「え?」
「B級との戦闘だよ。忍田本部長も褒めてたぜ? ん?」

林藤さんは机に少し前のめりになりながら俺の顔を覗き込んでくるので、俺はその純粋な誉め言葉から逃げるように苦笑いをする。
何で上層部の方々は揃いも揃ってあんなちっぽけなじゃれあいみたいな試合を見てたんだろ。あの場所にいた人達には確かに注目されていたけれど、そんな大それた試合でもあるまいに。

「……いやいや、こちらの玉狛支部の迅やレイジさんにお世話になってるお陰です」
「お? そういえばウチで訓練してるんだっけか…………まあ、迅は遠征中で暫く会えないけどな」
「はい、キチンと改めてお礼は言うつもりです」

もちろん全然言うつもりはなかったけれど林藤さんが居る手前の建前だ。実際今は、B級に上がるのにチームが必須なわけではない、ということを屋上で話しているときに教えてくれなかった理由を問い詰めたい気持ちで一杯だったりする。初めて屋上で話したとき、意図的に隠し通されたような記憶もない訳じゃなかった。

「それで、特例内容の変更のことは?」
「あぁ、それな」

林藤さんは俺の言葉に眼鏡をくいっと押し上げると、机の上に肘を置いて指を絡めてからニヤリと笑って口を開いた。

「B級に上がる"許可"が下りたぜ」
「…………ありがとうございます」

そう笑って告げる林藤さんに俺は頭を下げながら考える。
『許可』か…………自動的にB級に上がらせてもらえるのを期待していなかった訳ではないけれど、折角忍田本部長からセンスだけはあると褒めて貰って、慶にも風間さんとやらを紹介してもらう約束を取り付けたので自分の力でのしあがりたい気持ちのほうが大きかったから逆に良かったかも。
許可が下りただけでまだB級に上がるまでもう少しかかるだろうけれど、それでも何事もなく権利を得られたのは助かった。それに、スコーピオンの性能については暇そうだった出水くんとの携帯のやり取りの中で基本的な情報収集は出来たし、大まかな戦いかたも文字で教えてくれたからわかりやすかった。後でもう一回見直そう。

「B級に上がるために個人ポイント4000、取れってことですよね」
「簡単に言うとそういうことだな」
「わかりました」
「おーう、頑張れよー、玉狛の訓練室もバンバン使ってくれて構わねえしさ」
「、ありがとうございます」

キラン、と眼鏡を反射させて懐の広いことを言ってくれた林藤さんに頭を下げると、明るい声で「気にすんな」と笑った。

「それと並んでもう一つ変更な」
「? もう一つ?」
「防衛任務をするにあたって、お前にも給料が支払われることになった」
「え、やった」
「仕事に伴って支払われるモノだからな、C級とかは関係ないだろって話になってな」
「……純粋に助かります、家計が」
「主婦みてえなこと言うな………あ、あとお前の今日の防衛任務はナシになったらしいぞ」
「え? あ、はい」

本部からではなく玉狛支部長の林藤さんの口からソレを聞くのが少し違和感だけれど、今日は日曜日だし孤児院にも長く居られるのは良いことなので黙っておく。訓練だけは玉狛でしていこうと思っているけれど、迅も居ないからレイジさんにでも頼んでみようかな。

「そこで提案なんだが」
「?」

林藤さんの言葉に続きがあったことに少し驚きながら受け身で聞いていると、それを感じ取った林藤さんが紙を机の引き出しから二枚取り出し、机の上にパサッと置いた。

「この書類、ある人物に渡してきてくれ」
「はあ…………」
「んで、俺は今日どーしても! 外せない用があるし、迅は居ねえし、エンジニアどもは忙しいし、木崎も来てねえし、小南は……まあ」
「…………引き受けて貰えなさそうですけども」

あからさまに小南さんの名前を出して目を逸らす林藤さんに、俺も頼んだ時の反応が容易に想像できて苦笑いを浮かべる。
というか、どっちにしろレイジさんは大学で訓練付き合ってもらえないんだったら書類を渡すがてら今日は訓練じゃなくてさっそくランク戦で個人ポイント稼ぎに時間をあてようかな。昨日忍田本部長から変な噂の詳細を聞いて本部に足を運びたくない気持ちもなくはないが、お世話になりっぱなしの林藤さんの頼みを断るわけにもいかない。よし、気にするな。哲次と鋼くんと戦った時も噂は回っていたんだから今更気にするのもくだらない。視線を気にしなければ済む話だろ。

「大丈夫です」
「そうかそうか! いやー本部所属のお前に頼むのも何だけど、期限迫ってるから書類だけ渡して記入させといてくれや。説明は明日……いや、明後日行きますって伝えとくのも忘れずになあ」
「わかりました、」

その林藤さんの追加要望に返事をしてから机の上に置かれた二枚の書類を受け取り、視線で受け渡す相手の名前を確認する。

「……上層部か」

ぽつりと自分だけに聞こえる程度の声量で呟いて林藤さんに視線を戻し、簡潔に「失礼しました」と告げて後ろを向くと丁寧にも背後から「おう」と短く返事が聞こえたので、俺は扉の前でもう一度一礼してから林藤さんの部屋を出た。

「俺でいいんだろうか……いやでも、皆さん忙しいし……」

ぱたん、と扉が閉まる音を背景に、少し書類を渡す相手に少し気が引けてきた俺はぽつりぽつりと呟きながら用紙に既に記入されていた名前欄を見て行き先を頭のなかで確認する。そのうち書類に目を向けていると自然と歩くスピードを落ち、一本の廊下でエンジニアさんとすれ違いつつ頭を下げると、廊下の向こうからぽてぽて、と今までとは異なった足音が聞こえて思わず顔を上げる。
するとそこには、見慣れた雷神丸が小さい子を乗せて歩いているのが見え、俺が何となく立ち止まって観察してみると、視線の感覚であちらも俺に気づいたのが分かった。雷神丸に乗り慣れているのか、その幼稚園くらいの男の子は腕を組んだまま『品定め』の視線を明らかに俺に向けて少しずつ俺に近づいてくる。








「おまえがうわさのC級か!」
「、そ、そうなのかな」

向かい合った第一声、ヘルメットを被った男の子がびしっと下から俺を指差してそう告げたのを、俺は少し体を反らしながら苦笑いで見下ろす。今は訳があって『うわさ』という単語に敏感になっているが、この子に悪意は多分ないのでこの子が次に口を開くのを待つ。

「おまえ、なまえは」
「えっと、名字名前です……君は?」
「おれか? おれはここのふるかぶ、林藤陽太郎だ」
「、林藤…………陽太郎くん?」

廊下のど真ん中で話しているのも何なので雷神丸を手招きすることで廊下の端に寄せてからしゃがんで視線を合わせると、何故か雷神丸の上に乗った陽太郎くんが「なに!?」と驚いたような声をあげる。
同姓ということは林藤さんの息子さん? それとも親戚か?

「雷神丸が言うことをきくとは……なまえおまえ、なかなかやるな!」
「あ、ありがとう」
「それからおれのことは陽太郎でいい……ここではそれでとおっている」
「…………わかったよ」

その妙に達観しているのかしていないのか判断しにくい口調に少し調子を狂わせられるが、多分只のいい子なので俺は頷く。
子ども特有の視線の明瞭さがそれを物語っているしな。

「どこかへ行くのか?」
「本部だよ」

その謎に包まれた陽太郎は雷神丸に乗ったまま俺の持つ資料を目ざとく見つめると、こてん、不思議そうに首を傾げるので、別段隠す必要もないことだと感じてそのまま正直に答えた。
それが俺の今日の未来の分かれ目だとも知らずに。

「、おれもつれてけ!」
「…………え?」


                   ◆◇



『スピード型の攻撃手がよく使う軽量ブレードで、ブレードの出し入れ自由だし、重さがほとんどゼロで手以外から出すことも出来るトリガー。トリオンの調節で変形は出来るけど耐久力は無くて防御には適さない攻撃専用のトリガーで、弧月の受け太刀すると簡単に折れたりする』
『迅が作ったってマジ?』
『マジらしい。弧月でやりあってたら太刀川さんに何時までも勝てないからってさ』
『ふーん、てか慶ってボーダー内だとスゴいからなんかギャップがウザい』
『あーあ、太刀川さんに言っとこ』
『別にいいよ、たまに直接言うし』
『いいなあ』
『いいなあ…………?』


なんて昨日の夜の出水くんとのやり取りを携帯で眺めながら前で本部の廊下を歩く雷神丸の足音とそれに乗る陽太郎の声を聞いていると、無性に林藤さんに頼まれた用事がスムーズに行えるか不安に思えてきた。陽太郎が雷神丸と玉狛の留守番をするのは飽きた、とか言って初対面の俺に本当についてきたのには驚きだけれど、自分から陽太郎が林藤さんに許可貰ってたから俺としてはそれだけが安心要素だったりする。

「なまえ、これから何処にいく?」
「んー……取り敢えず書類を届けに本部開発室の鬼怒田さんところ」
「ぽんきちか……」
「ぽん……?」

俺の方を振り向きながら先導をきる陽太郎……いや、雷神丸に俺は書類を見ながら答える。
鬼怒田本吉からの狸でぽんぽこ、からのぽんきち……?

「いい名前付けるね、俺は絶対呼べないけど」
「なまえにもつけてやろう」
「いやいいです……」

陽太郎の言葉に曖昧に返事をしながら、あまり勝手に見てはいけないのかと思い目を通さずリュックに仕舞い込んだ書類を思い出す。一応日曜日ということで私服で来ているにも関わらず本部ですれ違う何人かから居心地の悪い視線を向けられて少しイラッとくるが、忍田本部長相手の時のように『直接的には殺してません』なんて風に”誤魔化す気もない”ので、俺はその噂に否定も出来ずに見て見ぬフリをする。

「おいなまえ、おそいぞ!」
「ああ、ごめんごめん」

行き慣れている俺よりもスムーズ且つ効率よく道を選んで開発室に向かっていく陽太郎……いや、雷神丸に方向音痴の人間として少し尊敬の念を抱きながら後ろについて歩く。そして開発室の目の前に辿りつくと何のためらいもなく雷神丸と共に部屋に入り込み、すれ違ったエンジニアさんたちに対して少しふんぞり返ったように「おつとめ、ごくろう」とねぎらいの言葉をかけていった。
あの噂がここにまで行き着いてなければいいなあ、なんて俺の思いなんて微塵も知らないであろう陽太郎の姿に少し癒されるが、現実は厳しく、俺に向けられる視線の種類が前とは違って友好的ではないものがいくつか混ざっているのに気付く。

「あれ、名字さん?」

そんな視線の中、前と変わらず積極的に俺に話しかけてくれた人物に俺はホッと息を吐いてそちらを見る。

「、えっと……佐藤さん」
「覚えていてくださったんですね」
「知り合いにも居ますから、佐藤って」
「……あぁ、まあよくいる苗字ですからね」
「、? そ、うですね」
「……それにしても」

俺のおぼろげな記憶から探った名前に佐藤さんが一瞬かすかに”寒気が走るような視線”を向けてきた気がしたが、瞬く間のこと過ぎて読み取れずにいると目の前の佐藤さんはいつものように優しく笑う。そして俺と技術開発室をとことこと移動する雷神丸に乗った陽太郎の姿を見て首を傾けた。そりゃそうだよな。

「あの、鬼怒田さんは今どこに」

迷惑をかけないうちに早く退散してしまおうと思い、陽太郎の存在には故意に触れないでおくとそのことを佐藤さんも察してくれたのか視線を俺に戻した。本当に観察眼の優れた人だな、と初回の解析の時にも思ったことを同じように今も感じる。

「今は……すみません、わかりかねます」
「あー、そうですか」

どうやらここには居ないらしく、佐藤さんは申し訳なさそうに俺を見つめる。……さっきの寒気は気のせいだったのか、今の視線に嘘はない。

「多分食堂に居るのではないかと」
「! ありがとうございます、行ってみます」
「……こんなところまで足を運んでいただいたのに申し訳ありません」
「いえ、こちらこそお邪魔してしまって」

主に陽太郎が、とは口には出さず、俺の周りを暇そうにくるくると囲みだした雷神丸の動きを止めるべく陽太郎の頭をわし掴む。すると、長らくくるくると周っていたせいで目が回ったのか素直にわし掴みにされるがままになる陽太郎を見て佐藤さんが俺に向けたことのない表情で少し微笑んだ。その笑顔がどことなく誰かに似ている気がしたけれど、やっぱり鮮明に思い出せる訳でもないので一旦頭の端にその思考を置いておく。

「では、お二人とも気を付けて」
「ああ、はい、ありがとうございます」

その笑顔に少し意識を傾けながら佐藤さんの見送る声へ応えるように陽太郎と共に部屋を出て、俺は共同の食堂に向けて足を動かす。

「陽太郎、大丈夫か?」
「き、きにするな」
「……ふらふらしてんぞ」



「ほほう」
「ん?」

すると回復したらしい陽太郎が何故だか後ろを振り返り、閉まったばかりの技術開発室の扉を見てぽつりと呟いた。

「雷神丸は、あいつのことが嫌いらしい」

そのアイツ、という単語が多分佐藤さんを示しているんだろうと推測して俺は話を進める。

「……へえ、動物とかに好かれそうな人だけどな」
「雷神丸がいうのだから、あいつはなにか大きなやみをかかえているに違いない!」
「はいはい」

陽太郎の言う闇がどれだけのものか知らないけれど、食堂に足を運びながら適当に相槌をうつ。雷神丸も、佐藤さんや俺を振り返ることなく真っ直ぐ歩いてるわけだし、そんな大事なことでもないだろう。

「む、なまいきだぞなまえ! あだ名をつけるぞ! いいのか!」
「ごめんなさい」

こらっ、と子供を叱る保護者のように小さな拳をつき付けてくる陽太郎に速攻で謝ると、満足げな顔をした陽太郎はふふん、と鼻を鳴らすと「わかればいい」と得意そうに言った。

「ほら、こんどは食堂にむかうぞなまえ!」
「はいはい……」

子どもに振り回されているのには慣れているけれど、ここまですがすがしい振り回されるのは久々で少しうれしいので素直についていくと、何度も振り返っては俺がついてきているか確認してくる陽太郎がまた俺にビシッと指を指して言葉を放った。

「なにをわらってる!」
「ごめんごめん」
「まったく、これだから新人は…………」
 







食堂に着くと思っていた通りさっきとは比べ物にならない嫌な視線が送られたが、最初から予想していたおかげもあって心へのダメージはいくらか軽減されている、と思いたい。ざわざわ、といつもとは違うざわめきが多少耳に着くが、俺は林藤さんからの頼まれごとを遂行できればそれでいいので気にせず食堂の中に足を踏み入れる。ていうか、俺が名字名前だとわかるやつ多いのな、そんなに目立つことしてないのに。

「なまえ、お前ちゅうもくされてるな……」
「はは、ばれた?」
「ファンか?」
「まあ違うだろうねー」

子どもだから気づかないだろうと思っていたわけではないが、いざこうやって目を合わせて言われると胸に来る。悲しさとか、ぐさっと。けれどそういう無邪気さにも今は一人でここに来るよりは救われる気分になるので、笑ってごまかしておく。たまに向けられる『疑心』『警戒』『恐怖』などの視線を無視しながらきょろきょろと食堂の中を見回してみるが、広くてどうにも見つからない……というか、本当にここにいるのだろうか。佐藤さんを疑っているわけでもないけど、佐藤さん自身も、多分、とか言っていたから少し不安ではある。

「ぽんきちは見つかったか?」
「見つからないなあ……陽太郎、誰かここに知り合い居ない?」

その人物に聞いてみたり出来ないだろうか、とこんな視線を送られてるなかで無謀にも人の手を借りようとする。

「だれでもいいのか?」
「……鬼怒田さんの居場所分かりそうな人」
「……それは、いないな」
「そ、そう…………」

この食堂内に知り合いはいるようだが、どうやらその人物は陽太郎にとっても今は使える人材ではないと判断されたらしく陽太郎も気まずそうに視線を逸らして俺を振り返った。
誰か知らないがどんまい、なんて候補から外された人物を思っていると、俺の前にいる陽太郎が「あ、」と俺の背後に視線を向ける。そして俺がそれに気づくと同時にその視線の先の方向から肩を叩かれて、一瞬自分の肩が跳ねた。
おっと、自分が思っている以上に本能は視線にビクビクしているようだ。
この状況に振り向く前の一瞬でいいからこの陽太郎の視線を読み取りたい思ったが、俺のサイドエフェクトで『他人に向けられた他人の視線』を読み取ろうとしても人が多すぎて陽太郎の視線を読み取れる確率は低いし、無意識のサイドエフェクトで得られている今の情報量は噂のせいで多すぎてうまく判断できない。しかも性能的に元々人物は特定できないし今実際に背後の人物が俺を見ているのかも分からないから、俺は仕方なく何の情報も得られないまま後ろを振り向く。

「よお、元気?」
「……ああなんだ、出水くんか」
「おお? なんだよその態度」

おい、とからかうように笑いながら俺の肩から手を退ける出水くんに、俺は初めて食堂内で見知った人を見て少しホッと息を吐く。

「ごめんごめん、助かったよ」
「ふーん、何が?」

本当は俺の言葉の意味を分かっているくせに分からないフリをする出水くんの視線に俺への配慮がちらりと伺えたので、俺も「なんでもない」と笑ってから話を移し代えるために横目で俺にずっと『興味』の視線を向けてくる人物に目をやる。嫌な視線の中ではとびきり目立つよ、その楽しそうな視線。するとそのにやにやしている目の前の私服姿の人物ではなく、俺の背後から雷神丸に乗ったままの陽太郎が隣に現れて「ひさびさだな、陽介」と私服姿の人にキラリと目を光らせて手を挙げた。

「なんか今日のおまえ妙に目立ってんなー」
「ふん、せかいがおれのみりょくにやっと気づいたようだな」
「うぬぼれんな」
「っいて」

さっきと同じように胸をはる仕草をして見せた陽太郎の頭をヘルメットの上からチョップで攻撃したヨウスケ、と呼ばれる人物に俺は首を傾げる。目立ってるってのは俺のことだろうか、なんて思いながら陽太郎の然り気無いフォローに少し心うたれる。

「おまえは、ぽんきちのいばしょをしらないだろうと思ってムシしたのにもかかわらず、みずからからくるとは……」
「何言ってんだおまえ」

たぶんこの三人のなかで俺だけが今の陽太郎の言葉を理解できたんだろうなと思う反面、口が裂けても「確かに知らなさそう」とは言えないなとも思いながら二人から視線を逸らすと、俺の顔を覗き込むように出水くんが顔を近付けてきた。相変わらず俺の好みの顔で笑顔を作って俺を見てくる出水くんの言葉に俺は口を開く。

「いやあ、鬼怒田さん探しててさ」

陽太郎としゃがみ込んだヨウスケくんの会話を耳に入れながら不思議そうな顔になった出水くんに答えると、出水くんはぱちくり、と一度瞬きをしてから食堂の奥の方を指差して「あっちにいたけど」とさらっと告げた。

「ま、マジで?」
「おー、ついさっき見たからまだ居ると思うぜ……つか、連れて行こうか?」

俺が前に太刀川隊の作戦室に辿りつけなかったことを思い出しているのか一瞬『不安』の視線を俺に向けてきてくれたのを感じて、俺は思わず出水くんの肩に手を置く。
実際本当に食堂のマップを把握していなかったので助かる。ここに来たのはそれこそ太刀川隊の作戦室を探しに訪れたっきりだし、その時も東さんと話した数分しか居座らなかったから何がなんだかさっぱりだった。

「出水くん、俺と結婚を前提に付き合おう」
「いや、何でだよ」
「優しさに感動したから」
「却下」
「却下された…………てか早くおごらせてよ」
「ん? ああそうだったそうだった、忘れてたわけじゃねえけど……」
「なになに、おまえこの人に奢ってもらうの?」
「は? んだよ」

いつの間にか陽太郎を肩車しているヨウスケくんの言葉に、話しかけられた当人の出水くんは俺の手を離して思いっきり嫌そうな顔をすると、そのヨウスケくんから一歩退いて俺の方をちらりと見た。

「名字さん、コイツずうずうしく自分も奢られようとしてますわ」
「あっおまえ、バラすなよ」


ちぇー、と唇を尖らすヨウスケくんと、その肩に乗る陽太郎の何に対する頷きなのか分からない行動に俺は思わず周りの視線も忘れて笑みを浮かべる。

「二人は面白いな、噂の回ってるこんなところで俺に話しかけてくるところも面白いよ」

笑いながら褒めているのか褒めていないのか自分でも判断できない言葉を放つと、話していた二人が一瞬目を合わせてから「あらら」と困ったような表情をつくった。

「てか誰だろうな、こんな噂流してんの」
「…………さあ、分からないな」

俺に話しかけてきたところからきっと俺のあの噂を信じてないのだろうけど、べつにあの噂は嘘でもないのから、意図的ではないにしろ騙しているようで少し心が痛むのは考えすぎだろうか。

「で、オレも鬼怒田さんのところまで案内するんで奢ってください」


そして結局その話に戻るのか。


「おい米屋てめー」
「いーだろケチケチすんなよ、おまえが奢るわけじゃねえし」
「バッカ、おま、おれの分け前が減るだろうが!」
「ぶはっ! 心せまっ!」

二人が俺の目の前で楽しそうに声をあげながら話しているのを、俺は騙しているという心の痛みを覚えながらもほほえましく思って口を閉じる。
こうやって初対面にも関わらずこんな状況の俺に話しかけてくれたり笑いかけてくれたりしてくれることには、本当に感謝しかない。この空間内の大多数の人間が俺にイイ印象を抱いておらず、しかもその事に気付いていながら俺に話しかけるのは結構勇気が必要だったと思う。だからか、さっきまで底辺に近いところまで落ちていたテンションも暗くなっていった自分の心象も、吹き飛ばされたように感じられる。それによって多少非難の目が増えたことは否定できないけれど、それは俺がC級だから増えた視線に過ぎない。
俺はやっぱりアキちゃんと違って元から色々なものが足りないから、色々な人に助けられてここにいることを、こういう時に改めて実感する。アキちゃんの代わりに生きていくと決めていても、結局約16年はただの名字名前でしかなかったんだから。ボーダー本部の上層部の方々や玉狛支部の方々、俺と関わってくれた人すべてがだんだんと俺のなかで特別になっていって、それと同時に俺の守りたいものが増えていく。
アキちゃんはどう考えたんだろう、生きていく中で。もしかしてこうやって守りたいものが増えていくのを危惧してずっとほとんどの時間を孤児院で過ごしたのかもしれないし、もしかしたらこの俺の行動は悪いことなのかもしれないし、弱点を増やすことになるのかもしれない。
けど、






「いいよ、陽介くんも奢ってあげる」
「マジ!? よっ、太っ腹!!」
「名字さん!? こんな時まで優しさ発揮しなくていいから!」
「いやいや、ほら、この前ランク戦ドタキャンしちゃったのって陽介くんでしょ? 迷惑かけたのは陽介くんも同じだからさ」
「ぐっ、ま、まあそうですけど……」
「分け前なんて減らさないから、安心して」

拗ねたように俺を見る出水くんに俺が満面の笑みで答えてやれば、出水くんは前と同じように視線を逸らして「別にいいっすけど」と唇をとがらせてそっぽを向いた。横顔もかわいい奴だな。

「なまえ! おれもつれてけ!」

陽介くんの肩の上で俺を見下ろす陽太郎がふん、と鼻をならして口を開いた。

「はいはい、陽太郎は別の時にね」
「ほう……とくべつか」
「特別特別、んじゃ取り敢えず、早く鬼怒田さんの用事終わらせようかな」
「それもそうッスねー」

俺の言葉に陽介くんはよいしょ、と陽太郎を肩車し直し俺に笑いかけると食堂の奥へ案内するように歩き出した。そして機嫌を直してくれたらしい出水くんも陽介くんに続くように一歩を踏み出し、俺を振り返ると『早く』という簡潔な視線を送ってきたので俺は思わず笑いそうになる。
すると、俺の足元近くにいた雷神丸がわざとらしくふん、と鼻で息を吐いたのを耳に入れたのでその音の方を見ると、雷神丸も何か言いたげに俺にじーっと目を向けたので玉狛支部でやったように目を伏せる。


「、あはは! うんうん、おまえにもなんか買ってやるさ」






どうしようアキちゃん

俺にはもう、それらが手離せないや。

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