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長くなるけど、それでいいなら。



昔の孤児院には、俺よりも上のお兄さんが一人居た。
そのお兄さんの名前は紀晶(としあき)と言い、いくつも離れた年下の奴等にアキちゃんと呼ばれていたけれど、ちゃん付けされている割に顔の造形は可愛いものではなく寧ろ目付きが悪くてよく不良と間違われて喧嘩を売られていた。あ、ここからはアキちゃんと呼ぶからな。
アキちゃんも俺達と同じように孤児院に住んでいて、よく学校から帰ってくるとたまに友達を連れてきては孤児院で俺達と遊んでくれていた。後から孤児院の経営者であるカズエさんから聞いたところによると、自分が幼少の頃は孤児院に子供が少なくて寂しかったので俺達をそんな思いにさせたくなかったと言ってたらしかった。

「本当に優しくて、どうしようもなく救えない人」

目付きが悪いのを自覚していて俺達を怖がらせないようによく笑う人で、喧嘩を売られたら「売った人に失礼だ」とか意味の分からない理由で喧嘩を買っては負けて帰ってきたり、傷だらけで帰ってくることにカズエさんや俺達が心配していることに気づいたかと思えばボクシングやら剣道を習いに行くような、そんなおかしな方向性で人の気持ちを考える人だった。

「あとは、そうだなあ…………」

第一次近界民侵攻の一年後でもあり、ボーダーが世間一般に発表されてから一年後でもある年にアキちゃんは高校二年生で俺は高校一年生だった。
あの第一次近界民侵攻から警戒区域がひかれてそこの住民は引っ越していったけれど、俺達の孤児院は警戒区域の警戒ラインぎりぎりの外側にあって、つまり、いつ被害を被ってもおかしくないような場所にあったけれどあの小さな孤児院には移転するようなお金も無く、それは俺達もカズエさんも、勿論アキちゃんも知っていたからボーダーが発表されて一年間はずっと「近界民が来ませんように」って一人の時に毎日祈ることしかできなかった。
そしたらアキちゃんが朝にいきなり食卓で「俺、ボーダーになるから」って言ったんだよ。
いやー、またか、って思ったね。え? いやだからさ

「『またアキちゃんは俺達を守ろうとしてるんだな』ってことをだよ」

ボーダーに入って近界民から俺達を守る術を貰おうと思ったらしいけど、それに俺達が猛反対しても聞く耳持たなくて、次にアキちゃんの口からボーダーの単語が出てきた頃には勝手にボーダーに入っていて、結果的にまた俺達は守られる存在になってしまっていたわけ。俺はその時あまりボーダーが好きじゃなかったから、嫌だったな。
それからアキちゃんはボクシングをやめて剣道一本に絞ったらしかった。あ、今考えたらアキちゃんは弧月を使ってたらしいからボクシングの技術に使ってたキャパシティを剣道一本に絞ろうとしてたのかもな。
んでまあ学校に行って、ボーダー行って、帰ってきたら時間の許す限り俺達と一緒に居てくれていて、アキちゃんの生活は自分の為のものじゃなくなってた。

「それで俺、聞いたんだ」

俺が孤児院の中でアキちゃんの次に歳上だったこともあって多少は大人びてたつもりだったから、「アキちゃん、疲れてる癖にソレをおくびにも出さないで俺達の前で遊んでくれなくていいんだよ」って。
そうしたらアキちゃん、何時ものように笑いながら俺の頭を撫でてさ「俺のためにやってるんだ」って言うんだ。
そうそう、アキちゃんにとって俺達を守ることが自分の生きる意味…………いうなれば人生の役割だっていうことを言いたかったみたいだな。

「ん? ボーダーになって変わったこと?」

あるとすれば、んー、
アキちゃんは訓練生になってからやけに…………じゃんけんが強くなったな。前まで俺が一番だったのに互角くらいには。
いや呆れたような顔しないでよ、そっちが聞いてきたくせに、それにこれ結構重要情報だし。

「んでまあ、平和な話は終わり」

こっからは悲劇のおはなし。
つまるところ、俺がいくら祈っても現実は変わらなかったというわけで、深夜一時頃トリオン兵が俺達の孤児院近くの警戒区域に現れて近隣の家を壊していき、俺達の孤児院も勿論含まれた。
そしてここで運が悪かったことが二つあって、一つは警戒区域外で開いたゲートの規模が小さすぎてボーダー本部にソレが伝わらなかったことと、もう一つはソレが起きたのが『アキちゃんが孤児院に居る時だった』ということだった。一つ目については、まだボーダー本部が出来はじめたばかりのことだったから、仕方ないとは思ってるよ。場所も危険区域ギリギリ外だからね。
んで、さっきも言ったようにボーダー本部から警報が鳴り響くのはもっと後のことになるわけだから、俺達がトリオン兵に気付いた理由は他にある。

そう、近所にある教会が崩れた音。

その大きな音に気づかなかった奴は多分あの孤児院には居なかっただろうけど、ソレがトリオン兵の仕業だと咄嗟に関連付けて考えられたのは多分ボーダー隊員のアキちゃんが一番始めだったんじゃないかな。
アキちゃんは地震かと思うほど揺れる地面にしっかり足で踏ん張りながら立ちあがって、孤児院から子供全員を避難させるよう母親代わりの人に告げてから孤児院を飛び出したらしい。

「なんで"らしい"なんだ?」
「おー、鋭い」

その質問に答えると、なぜなら俺は"そこに居なかったから"だ。
もっと詳しく言うと俺はその日…………まあ寒いなか、その、家出してたんだよ、ちょ笑うな! え? 家出の理由なんか言うわけないじゃん!
んでまあ…………丁度トリオン兵が教会を襲った時俺は家出を諦めて孤児院に帰ろうとしてわけだ。そして俺もあの凄まじい音を聞いたときに直感でトリオン兵だと悟った。身近にアキちゃんっていうボーダーが居たからだな、多分。
そして俺は走って孤児院にではなくて教会へ走った。

「そこに行けばアキちゃんに会える、そう思ったからな」
「頭良いね?」
「まあ、今も頭良いしな」
「あそう…………」

…………で、教会に着いたら思った通りトリオン兵のバムスターが教会の瓦礫を踏み潰しながら何かを口にくわえてウロウロしてるのが見えた。そしてその何かの正体が、朝いつも教会の前で「いってらっしゃい」と笑顔で挨拶してくれる神父さんだと気付いた瞬間、バムスターの前にアキちゃんが現れた。

「勿論、生身で」
「C級か」
「そうそう」

その時の俺の気持ちは言い表せないな、うん。
予想通りにアキちゃんが来たっていう安心と、神父さんという身近な人が目の前で殺されてる恐怖、それから何故かアキちゃんがバムスターを倒すんだろうという期待で混沌としていたわけだ。
そんな感情が俺のなかに沸き上がっていくのを感じながら、俺はこのまま教会の塀に隠れて見ていようと息を吐いた、その瞬間、バムスターは目の前のアキちゃんではなく、何故か俺の方に目を向けた。

「トリオン量の差かな……ああ、それモノアイね」
「? じゃあそのモノアイ」

そのバムスターのモノアイの動きに気付いた時には既にそいつは俺の方へ向かってきていて、俺は思わず逃げるように塀の影から出た。その時アキちゃんが俺の名前を驚いたような声で呼んでいたのを聞いた気がしたけど、何も出来なかった俺はただただ近付いてくるバムスターを震えながら見ていたわけだ。
そしてバムスターがすぐそこまで来ていて俺の方に突っ込んでこようとしているのを視界に入れた途端、俺の身体が塀の外……つまり教会の敷地外に吹き飛ばされた。いや、吹き飛ばされたというか、敷地外に押し出された感じだった。

「…………庇ったんだな」
「そう、アキちゃんがね」

押し出されて打ち付けた場所の右腕は衝撃によって骨にヒビが入ってたらしいけれど、そんなことよりも俺は目の前の光景に釘付けになっていた。
なぜなら俺がいた場所に立っているアキちゃんの右腕と右胸が、吹き飛ばされて無くなっていたから。トリオン体で攻撃を受けても吹き飛ばされる威力なら、生身だと考えられないほどの威力なわけで。
俺はその現実味のない光景に一瞬で「自分のせいだ」と悟ったと同時に、俺でもよくわからないけど「守らなきゃ」と思った。
いつもアキちゃんから聞かされていた単語だからかもしれない。
そして、俺は自分の左腕の痛みも思考も全部シャットアウトして足をアキちゃんの元へ動かして、取り敢えずアキちゃんをバムスターの前から退けさせないとと思って走っている最中、タイミングが良いのか悪いのか町中に鳴り響くようにボーダー本部から警報が鳴った。
ボーダー本部が今更ゲートを感知したのかわからないけど、その警報のけたたましい音にバムスターが気をとられた瞬間を狙って俺はアキちゃんを引っ張って教会の庭の茂みに隠れるしかなかった。アキちゃんの血の筋が道しるべのように俺達の場所を示していたけどそのときの俺にはそんなこと考えている余裕はなくて、ただただアキちゃんを助けたいっていう一心だけで俺は自分の腕のなかで横たわるアキちゃんに声をかけようとした。
そうしたらアキちゃんは乱れた呼吸と虚ろな目のまま残った血塗れの左手で俺の口を覆ってから何時ものように笑って、スゴく小さく掠れた声で俺の名前を呼んで、続けるようにこう言った。




「『名前の役割は、皆を守ることだ』って」
「…………」

その言葉に俺が何を思ったかは、まあ、良いとして、アキちゃんはそんな俺の顔を見ながら左腕をポケットに突っ込んでノーマルトリガーを取り出すと、初めて見るような表情で「頼んだよ」って言って、

"自分の命を使った"。







「…………んで、そのアキちゃんが"コレ"ってこと」

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