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 ここ最近、出水くんからの連絡がスゴい。スゴいっていうのは回数が多いとか文字数が多いとかそういうのじゃなくて、内容が同情を与えるもの過ぎてスゴいってことだ。出水くんの隊長が俺の知り合いでもありアキちゃんの友人でもある太刀川慶だということは事実だし、慶が出水くんよりも年上なことはボーダーの大部分の人間が知っていることだと思う。
出水くんが俺と知り合う前から冗談かと思えるような頼み事をされていることは聞かされていたけれど、出水くんに言わせれば最近目に見えてそれが増えてきて鬱陶しいらしい。
俺の隣に座ってずずっ、とラーメンを啜っている出水くんは不満そうな顔をしながら先程そう愚痴を溢し、啜り終わるとすん、と鼻を鳴らしてから俺の方を見た。

「大変だね、慶のお守りは」
「その言い方やめろよなあ」

カウンター席に二人ならんでラーメンを前に会話を交わす。
今日は前々からしていた奢る約束を果たすため出水くんの防衛任務終わりを狙った土曜日の夜に出水くんの学校の近くにあるラーメン屋でご馳走し、俺は味噌、出水くんは醤油と別々の味のものを頼んで汁を一口ずつ交換するというなんとも仲睦まじい行為をしたりしながら主に出水くんの話を聞く役に徹していた。
まあ、俺としては出水くんの愚痴の根源が知り合いなので聞いてて退屈しないし、出水くんは可愛いしで聞き役という立場はそんなに嫌じゃないからいいんだけど。

「名字さんのせいだかんなー」
「えっなにが」
「おれに色々面倒なことが回ってきてるのが!」
「えー…………?」
「えー、じゃねえ」
「俺に関係ある?」
「ありまくり。おれだけじゃなくて名字さんにも色々頼るようになったから楽できたのに…………」
「…………あー」

確かに、あの勝負の勝敗が決まってから慶とは連絡を取っていないし連絡が来ても意図的にスルーしている。
それは勿論俺が一方的に絶交宣言して避けているからなんだけど、今あの時の慶の変な……いや、いつものにやつき顔を思い出すだけでも腹がたってくるので、この状況に対して俺に非は…………多分ない。てか、俺のこと名字呼びに戻ってらあ。

「だって、慶が悪いもん」
「何だよその話し方…………聞いたところによれば、まあ確かにウチの隊長も悪いけどさ」
「、んっ!? 聞いたの!? 聞かされたの!?」
「き、聞かされたってか、おれが尋ねたって感じ…………」

まさかあの時のよく分からない対決内容をいくら同じ隊の隊員いえども言うとは思わず、暗黙の了解を破られたような気分になって少し放心する。だって内容を聞いたってことは…………あの至近距離とか良く分かんない会話とかキスマークとかも、し、知ってるってことだろ。
その俺の放心状態を見て、自分が自らの隊長からどういう話の内容を聞いたのか今更になって深く考えたらしく、出水くんは「あー、」と言ってから逃げるように箸を手にとってラーメンを食べる。そしてそんな出水くんを見てから、俺は何の考えもなしに自分の味噌ラーメンを箸で持ち上げて口へ運ぶ。

「…………」
「…………」
「……………………、あー……名字さんって、ウチの隊長とは……昔からの知り合いって言ってたけど、それって」
「や、やましいことなんてないからね!」

横から『戸惑い』の視線を向けながら真剣なトーンでそう尋ねてくる出水くんに、俺は思わず箸を止めて否定する。

「まだ、何も言ってないけど」
「出水くんの目が俺をソッチ系かと疑ってた」
「……あ、てか、おれのことを可愛いとか言うのも…………」
「違うからね! 単純に出水くんは、なんか、顔が好きなんだよ」
「…………それは否定できてんの?」

そう言いつつも顔を褒められたことに嫌な気分がしないのか、出水くんはチラリと『照れ』の視線を俺に向けてからラーメンに集中して誤魔化す。かわいい、マジでかわいい。

「でもまあ……その可愛い出水くんが困ってるって言うんだったら仕方ない、慶と復縁してあげないとな」
「お、マジか!」

一旦箸をおき、付いてきたレンゲでスープを掬いながらそう自分に言うように呟くと、それを聞き逃さなかった出水くんは少し嬉しそうに目を見開いて笑顔をみせる。
そういえば今日会ってから殆ど笑顔見せてなかったところからも相当慶がウザったかったんだなあ、と他人事のように考えてみる。出水くんはA級隊員だし俺なんかよりよっぽど忙しい新一年生で新たな生活が始まるわけだし、そのうえ慶の何かを手伝わされてたら鬱陶しくもなるよな。

「まあ色々お疲れ、今日にでも連絡とってみるよ」

本当は結構前に廊下で会ってからも連絡が来ているのだけど、シカトしているため折り返しは一度もしていない。その事実を知らないらしい出水くんは俺の言葉にホッとしたのか、肩を小さく撫で下ろしてから「あざっす」と息を吐いてから続けて「やっと心置き無く名字さんと会話できる」と言葉をつむいだ。

「そんなに慶のことが引っ掛かってたのか」
「そりゃあ、名字さんの顔を本部で見かける度におれの精神は削られてたからな!」
「あー、はは…………それはごめん」

俺が思っていたよりも出水くんの中では大事だったらしい。
慶との絶交は別にこれが初めてなわけではないから俺も慶も其処まで重要視していないのだけど、周りの人間から見たら結構迷惑だったりするんだなあ。そういえば、事情を知ってるのか知らないのか分からない迅からもこの前「早く仲直りしなよ」とか言われたんだっけ。その時は「あーはいはい」位にしか思ってなかったけれど、こう直接的な直談判を受けると責任感や罪悪感やらで申し訳なくなってくる。
なんてそんなことを考えながら残り少ないラーメンの麺を啜っていると、味噌ラーメンの器のとなりに置いてある出水くんの携帯が震え、次いで俺の鞄のポケットからも着信音が鳴り響いた。どうやら出水くんの携帯の方も電話らしい。
俺達二人はあまりのタイミングの良さに目を合わせながら首をかしげ、お互い自分の携帯に知らない番号が画面に映し出されているのを確認してからを手に取って同時に耳に当てる。
すると俺の携帯から『ちょ、乗っかんないでよ!』という聞きなれた声が聞こえて思わずもう一度画面を確認するが、その声の主の携帯番号ではないことは間違いではなかった。というか、登録しているから名前が出るはず。

「えっと、迅?」
『あっ繋がってた、ちょっと名字来て……!』

そのあまり聞く機会の無いであろう迅の焦った声にもの珍しさを感じつつ隣の出水くんから視線が向けられたのでチラリと見つめ返すと、出水くんは通話口を押さえて口を開く。

「迅さんから?」
「え、うん、」
「おれは太刀川さんだったんですけど、なんかこの時間帯で麻雀してて年上組が怖いから助けてって……名前も来るからって言われたんだけど」
「…………迅と慶が一緒に居るってことか」

俺は通話口を塞がずにわざと耳に携帯を当てたまま話を聞く。
出水くんにかかってきた電話が知らない番号だったにも関わらず連絡先の知っている慶が出たという奇妙な共通点からも察せられるカオスな状況に俺は断りたい気持ちしか沸いてこない。

「出水くんどうするの?」
「おれは…………なんか太刀川さん涙声っぽいから行くかな」

めんどくさそうにそう言う出水くんと、相変わらず何人かの声が聞こえる電話の向こう側に俺はため息を吐き、出水くんと迅に向けて「俺も行くよ」と呟く。

『流石、信じてたよ』
「こういうところで信じられてもなあ…………」
『早く来て、諏訪隊の作戦室ね』

切羽詰まったようにそれだけ言うと、迅は一方的に電話を切った。
隣を見ると出水くんはまだぐだぐだと慶に何か言われてるっぽかったので残りのラーメンを少し急いで口へと運ぶ。
え、これ急いで食べても美味しいとかスゴくない?

「名字さん、」
「ん?」
「何か太刀川さんが安心するような言葉ない?」
「…………どんな状況だよ」

年下の出水くんにそれを求めるほどヤバイ状況に行かなければならないのかと思うと凄く行きたくなくなるが、一度行くと言ってしまったし迅に信じてるとかなんとか言われちゃったから後にはもう引けない。
困り顔の出水くんにラーメンを食べ終えた俺は携帯を受け取り、残りのラーメンを食べるように出水くんへ促しながら携帯を受け取って耳に当てる。

「慶?」
『、名前マジでヘルプ、俺と迅が全裸になっちゃうから』
「…………ちょっとなに言ってるのかわかんないから」
『いいから早く来て、本当お願い』
「いや、今ラーメン食べてるから」
『それはもういいだろ!』

出水くんに同じことを言われたのか、と思っていると、本当に慶が涙声だということに気づき、しかも後ろから何かに嫌がっている迅の声が聞こえてまた少し不安になる。自分の身が。

「もう出る、あと二十分でその…………諏訪隊? の所行くわ」
『走れ!!』
「うるせえなあ、わかったから、切るぞ?」

慶の言葉を聞く前に電話を切り、出水くんの薄手のジャケットのポケットに携帯を戻してから出水くんと俺の分のお金を財布から抜き取って準備する。

「太刀川さん、何て?」
「走ってこいって」
「はあ…………?」

水を飲みながらそう答えると出水くんも食べ終わったらしく、箸を置いて椅子にかけていたジャケットを羽織ると水を一気に飲み干す。

「ご馳走さまです」
「いえいえ」

俺はその出水くんの言葉に反応しながら水に入っていた氷を噛んで鞄を持って立ち上がり、会計に丁度のお金を出して二人で足早にラーメン屋を出る。夕方ということもあって三月に入りつつあってもまだ気温は肌寒いのが感じ取れた。
そして嫌そうだけれど走る気満々の出水くんを見て、走れば体温上がるから大丈夫かなあなんて思った俺は財布を鞄にしまう。


「あー、食べ終わったばっかりに走るって良くないよな?」
「そりゃね」

「「…………走るか」」




              ◆◇




 走っている道中出水くんから聞いた諏訪隊の作戦室とやらに息を整えながら向かう。本部に入ってきてそうそう息の切れている俺と出水くんを見て何人か不思議そうな視線を向けてきたけれど、そんなことより俺たちが求めていたのは酸素だったので無視して歩みを進めた。換装して来てもよかったけれど、俺的には筋力が無いと最近になって改めて知ったこともあって走った方がありがたかった。体力があまりないらしい出水くんを付き合わせてしまったのは悪いと思っています、ええ。

「はあ、なんか肺がいてえ」
「分かる」

走ったことで慶に告げた半分の時間で着いたは良いものの、本部内の廊下は走ってはいけない気がしたので歩く。そして歩いていると走ったときの疲労がモロに感じられて、呼吸をするのが鬱陶しくなる。あるあるだよな。

「あれ、何処だっけ」
「こっち」

一応出水くんよりは体力があるので先導をきって歩いているけれど、やっぱり方向音痴には道を教えられてても目的地が何処にあるのか分からないんだなあと他人事のように感じられる。道を教えてもらっていたけど脳に酸素回っていようが回っていまいが、迷うものは迷う。

「よっし、着いた!」
「あ、先どうぞ」

顔の知られていない俺よりは出水くんが先に入った方がいいんじゃないかと判断した俺は先頭を交代し、出水くんのために扉をあける。そして出水くんが俺の行為にお礼を言ってから何の躊躇いもなく作戦室に足を踏み入れようと扉をあけた瞬間に聞こえなかった騒がしさが一気に聞こえてきた。そして、それと同時に半裸の人が「絶対もう無理だろ!!」とか叫んでいるのが見えて俺は思わず出水くんを置き去りにして一歩下がって扉を静かに閉める。
え、何あれ。チラッと変なのが見えたような………… 。

「えっ、ちょ、名字さん!?」
「あ、ごめん」
「置いてかれたかと思ったじゃん…………」
「、ごめんね?」

突然扉を閉めたことに驚いたのか中に取り残されたかわいい顔した出水くんが扉を開けて不安そうに俺の手を掴んだその時、さっきチラッと見えた人…………つまり、パンツ一枚の慶が「待って待って!」と此方に走ってくるのが見えた。

「きもっ!」

俺が軽くパニックになりながらもう一度引き返そうと俺の腕を掴んだままの出水くんごと扉の外に出ようとするが、部屋の奥から「名字ー! 居るなら来い!」と俺の名前を呼ぶ誰かの声が聞こえて首をかしげる。今の声、誰だっけ。
俺を呼ぶ声に出水くんがハッとすると俺から手を離し、慶と一定の距離を保ちながら恐る恐る「な、なにやってるんすか……」と尋ねた。

「え、脱衣麻雀」
「よし、帰る」
「待ってお願い!」
「ばか、寄んなよ!!」

出水くんの問いに答えた慶の言葉を聞いた瞬間ここに来たことを後悔し、今度こそ引き返そうと後ろを向いたところでパンツ一枚の慶に腕を掴まれる。てか、コイツどんだけ負けてんだ。

「…………お前キモいから服着ろよ」
「麻雀終わるまで着させてくれねえんだよ!!」
「換装して逃げろよ」
「あとが怖いじゃねえか!」
「えっ、てか面子誰?」

掴まれている腕を引き剥がそうと奮闘していると、それを傍観している出水くんが俺を犠牲にしながら尋ねる。

「面子? 諏訪さん、冬島さん、東さん、迅と俺」
「…………あ、そういえば迅に呼ばれたんだった」

慶の姿のインパクトに圧されて忘れていた迅という存在を慶の言葉から思い出し、俺から何故か離れない慶を連れたまま恐る恐る部屋の奥へ進むと、そこには雀卓に座った半裸の男三人となにも脱いでいない東さんがいた。ていうか何この地獄絵図、誰も得しない。マジかえりたい。

「おー来た来た、新たな犠牲者!」

そう言って麻雀初心者ハンドブックを携えている半裸の人は多分慶の言っていた諏訪さんで、この作戦室の隊の隊長なんだろう。ていうかこっちに近付いてから気づいたけど、ヤニの臭いとアルコールの臭いが充満してるのと男のむさ苦しさが混ざって、嗅覚的にも視覚的にも気分を害された。

「よー色男、この前ぶりだな」
「…………その呼び方やめません?」

俺を色男と言ってからかう冬島さんは片手を上げて俺に挨拶する。その声で思い出したけれどさっき俺の名前を叫んだのは冬島さんだ。さっきは俺を名前で呼んでくれたのになあ。
その俺の言葉に苦笑いする東さんがこの中の一番の良心に見えるのは多分服を着ているからだけではないはず。このカオス状態に困惑している俺は、助けてほしそうな苦笑いを浮かべる迅を見ながら隣で俺の腕を掴んで離さない慶に視線で説明を求める。

「あと一人パンツ一枚になるまで終わらない」
「は?」
「俺がパンツ一枚になった時点で本当は終わりだったんだけど…………迅に代わって貰った」
「? 迅なら負けないじゃん、」
「迅は麻雀出来ねえから脱ぐのを代わって貰ったんだよ」
「…………迅はこの未来見えなったのか?」

こそこそと俺の耳元で囁くパンツ一枚の男にイラッとしながらも、初対面の人や東さんが居る手前汚い言葉を使えないので言葉を飲み込む。後ろからついてきた出水くん見て癒されよう。

「で、お前らどっちが代わるんだ?」
「…………代わるって、誰とですか?」
「東さん」

諏訪さんは吸い終えた煙草を灰皿に押し付けるとそう答え、東さんはソファから立ち上がると俺と出水くんの肩を叩いて「程ほどにな」と告げた。

「東さん今日強すぎだしな」
「明日もランク戦関係で朝早いらしいから交代だ交代」

気を使っているのかいないのか分からない理由で冬島さんと諏訪さんが東さんを言葉で送り出し、当人の東さんは苦笑いで手を振ってそそくさと作戦室を出ていってしまった。俺もあの後に付いていきたいなあ、なんて思いながら東さんの背中と閉まった扉を見つめていると出水くんが「おれルール知らねえっす」と言い、めんどくさそうに壁に寄り掛かりながらあくびをする。

「えー、じゃあ俺しか居ないじゃん…………」
「よしきた、この男前を脱がしてやろう」

諏訪さんとは初対面だというのに目をつけられてしまって些か嫌な気分になるが、いつも世話になってる迅がめっちゃ『助けて』という視線で見てくるので仕方なく無言で東さんが座っていたソファに腰を下ろす


「あれ、名字汗かいてない?」
「え? あー、走ってきたからかな」
「マジで走ってきたのか、通りで速いわけだ」

米神に滲んでいた汗を拭いながら目の前に座る迅の指摘に答えると、冬島さんは煙草に火を点けながら感心したようにそう言うと「太刀川には優しーのなー、オッサンにも優しくしてな?」と茶化すように続けた。あ、この人酔ってますね。

「……………なんですかソレ、俺はみんなに優しいに決まってるじゃないですか」
「なに言ってんだお前」
「雀卓と 汗も滴る 良い男」
「上手くねえよ冬島さん」

酔ってるのかいきなり俳句をよみだした冬島さんと、さっきから麻雀のガイドブックみたいなものを読み込んでいる諏訪さんに挟まれる形でソファに座った訳だけど、俺は目の前に座る半裸の迅の目を見て確信した。
これは勝てる。

「さっさと太刀川座れよ、始まんねえだろ」
「ああああ、もう帰りてえよ……」
「四人いないと面白くねえんだから諦めろ」
「それはそうですけどさあ…………」

諏訪さんの言葉で嫌そうに迅と場所を交代する慶に俺は視線をやらずに、ちらりと立ち上がる迅を見る。


『大丈夫だ、うまくいく』


何処かで聞いたことのあるような台詞を迅の視線から読み取った俺は、顔がにやけそうになるのを抑えながら牌をかき混ぜる。ていうか今更だけど、作戦室に雀卓あるっておかしくないか?

「諏訪さん…………あの」
「あ? んだよ」
「他の隊員の子が来るとかいう可能性は?」
「…………多分ねえな」

多分か。
もし諏訪さんの隊員が来たなら、その隊員さんたちは自分の隊長がパンツ一枚の姿で居るところを見てしまうのか…………それはなんとなく隊員の方が可愛そうな気がしてきたけれど、さっきから俺を挑発してきたんだから自業自得かなあなんて思う。まあでも、俺のサイドエフェクトと迅のサイドエフェクトがあればこの卓なんて速攻で終わるに決まってるからそんな心配は要らないかもな。





                 ◇◆



 気が付けば終わっていた、という言葉をこんなところで使うとは夢にも思っていなかった。
両隣の年上組は半裸からパンツ一枚になり、前にいる慶は変わらずパンツ一枚だけど迅は半裸のまま、そして俺は一番上のアウターを脱いだだけ。勝敗は誰が見ても分かるだろう。一人だけをパンツ一枚にすれば済むらしかったが、三人でも麻雀は出来る、とか言い出した人がいたので二人犠牲にする必要があったのだ、うん。

「なんだてめー、イカサマか!?」
「いやいや…………まさか」

生まれ持ったものではないにしろ、もうすでに俺の一部になっているサイドエフェクトがイカサマと呼べるものだとは俺は思っていないのでイカサマの類いだとは認めない。認めたら怒られる。まあ、迅のサイドエフェクトで視た未来を俺のサイドエフェクトで読み取るというのは、ちょっとチート過ぎたかもしれないけど、未来が見えたり相手の視線が読み取れたとしても引きが良くなきゃ役は出来上がらないわけだし実力も多少は影響したはず。

「いやー、清々しいくらいに負けたな」
「つーかお前の親、長すぎだろ!」
「あははー…………」

そう言って冬島さんと諏訪さんが服を着始めると、慶が解放されたかのような表情で同じように服を着始める。
途中から俺の勝率の高さに興味を出し始めた出水くんが俺の座るソファの肘おきに座って覗き込んできたので視線が増えたという環境は俺にとってどんどん有利になっていったし、麻雀初心者の出水くんの視線は正直で分かりやすすぎたので何となく見るのには罪悪感が伴った。けれど、結果的に徹夜するんじゃないかと思うレベルの対決も午後九時に終えることができたし、未成年の俺や出水くんや迅、あと慶にとっては良い結果だと思う。

「じゃあ俺、帰りますね」

このむさ苦しい集団で話すのも楽しいけれど、食べたラーメンが消化されだしたのか小腹がすいてきた俺は帰るためにソファから立ち上がって鞄を拾い出水くんの前を通る。それにサイドエフェクトを使いすぎて疲れてきたってのもある。早く慣れなきゃな。
出水くんも俺に続くように立ち上がると「一緒に帰ろうぜ」と付いてきたのでそれに了承し、一番早く着替え終わった迅の耳元に近寄って一瞬言葉に詰まってから小さく「おやすみ」と囁いてやる。本当はサイドエフェクトを貸してくれた礼でも言おうかと思ったけれど、ここに呼び出して巻き込んできたのが迅と慶だということに気付いて瞬時に言葉を変えた。まあ結局は耳元で囁くようなことでもなかったなあ、なんて思いながら少し驚いたように耳を押さえる迅を見て思ったけれど、巻き込んできた仕返しくらいにはなったかなと考え直して迅の後ろを通り、出水くんがベルトを締めている慶に向かって「俺も先帰りますわ」と告げているの聞いて俺も口を開く。

「それじゃあ、お疲れさまです」
「今度は勝つからな!!」
「リベンジさせろよー」
「あははー、嫌ですー」

奥の部屋から出る直前に俺が挨拶すると諏訪さん、冬島さんの順番で言葉を返してきてくれたけれど、その内容がどちらも遠慮したいものだったので俺は苦笑いを浮かべながら少し頭を下げて出水くんと一緒に作戦室を出る。迅と慶も、きっと直ぐに帰るだろう。

「地味に腹へった」
「あ、それわかる」

作戦室の扉が後ろで閉まった瞬間、隣で出水くんが俺の気持ちを代弁するような言葉を紡いだので、何となく振り返って同意する。

「なんか軽く買ってく? てか、買ってあげるよ」
「え、マジで?」
「ラーメン奢った延長線上みたいな」
「よっ、太っ腹!」
「それ前に陽介くんも言ってなかった?」

給料も入ったばかりだし誰かのために使うお金には出し惜しみとかしたくないし、俺自身物欲がない人間なので金額的にもあまり困らないものであれば奢ることに抵抗はない。
近くに何があったかな、なんて考えながら歩きだそうとすると、出水くんがピタッと止まって「あれ、」と呟く。

「ん?」
「なんか忘れてる気がすんだよなあ…………」
「…………なに?」

忘れ物はない筈だけどなあ、と思ってうんうん唸る出水くんを見つめていると、出水くんは「あっ、」と小さく呟いてから俺を見つめ返して瞬きを繰り返した。

「なに?」
「ほらあれだ! あの、太刀川さんと仲直り!」
「…………あー」

忘れていた。忘れていたのは物じゃなくて人間の存在だった。
そういえば絶交したままだったっけ、というか出てくるときに慶と会話してないな。

「もう話したから良くない?」
「あの人ちゃんと言わないと分かんないから」
「…………言わなきゃだめ?」

今更言いに行くのも面倒だなあ、なんて思った俺は、前に孤児院で出水くんに効果抜群だった笑顔に困ったような表情を付けて首をかしげてみると、出水くんは前みたいに目を見開いてから視線を逸らした。
あれ、イケる?
視線を逸らしたまま唇を尖らせる出水くんに声をかけると、出水くんは唇を尖らせながら俺の方を向いて「電話でいいけどさ」と小さく呟いた。まあ今からあそこに戻ってワザワザ言いに行くよりは譲歩してくれたのかな、なんて思いながら諏訪隊の作戦室前で鞄のポケットから携帯を取りだし、着信履歴にずらりと並んでいる慶の番号にコールするとぷるるる、と呼び出し音が鳴り響く。そして俺の行為に満足してるのか、にやりとした笑みを浮かべる出水くんの表情で癒されながら慶が出るのを待っている。かわいいやつだ。

『どうした?』
「あ、絶交ナシね」
『…………は?』
「絶交ナシだから。わかった?」
『、おう?』
「あと、……あんまり出水くんにあれこれ頼まないこと。出水くんだって忙しいんだから」
『…………オカンか?』
「だまれ」

昔から俺から謝ることがなかったから戸惑っているのか、慶が話すのにいちいちどもったり間が空いたりする。何年かぶりに孤児院の前で会ったときにすら普通に話せたのに、正式に絶交宣言するとどれだけ付き合いが長くても気まずくなったりするものらしい。

「迅も連れて早く帰れよ、」
『……………おー』
「じゃあね」
『名前』
「なに?」
『…………悪かったな』
「…………どれのこと?」
『あー、今日とか?』
「ソレは良いよべつに、慶と違って勝ったし出水くんとも長く居られたし」

俺も慶が話していることに『恥ずかしい』という視線を向けてくる出水くんに少し笑いながら慶の会話に付き合い、歩き出した出水くんを追うように俺も足を進める。

「あと言うの忘れたけど、俺B級には上がらねえから」
『…………でも、風間さん会いたがってたぜ?』
「えー、俺なんかした?」
『単純な興味じゃないか?』
「それはそれで困る。防衛任務の時にでも会えれば良いと思うよ」
『防衛任務終わったらお前すぐ帰るだろ』
「そりゃ、孤児院優先だからな」

携帯を弄りながら正確に帰る道を辿っていく出水くんに少し尊敬の念を抱きながら、慶の言葉に応える。
誰かとすれ違う度に私服姿で良かったなあと思うのは俺のとなりに並ぶ出水くんがA級隊員太刀川隊の有名人だからなんだろう。隊服だと俺がC級だとバレるし、あまりC級とA級が一緒に居ると目立つし、俺は元々変な噂がたっている人間だからより一層目立つに決まってるから。

『取り敢えず今度なんか奢るから、そんとき風間さん呼ぶわ』
「いらん」

そんなことを考えている時にA級隊員さんとの仲を取り持とうとする慶のタイミングの悪さに呆れる。そりゃ元々俺が紹介してくれって言ったんだけど今と前じゃ状況が違うし、よくよく考えたら俺と知り合うことで前の来馬隊の人達のように迷惑をかけることがあるかもしれない。

『つか、お前が紹介しろって言ったろ』
「だから、俺はもうB級には行かないんだってば」
『……行かなくても強くなるのは良いことだ』
「ま、強くはなりたいけど」

慶の正論に俺がそう言ってから暫くして電話の向こうでガサゴソと音がしたかと思うといきなり慶の声ではなく、迅の声が『もしもし?』と呟く。あー、これは嫌な予感が。

『名字、おれが前に言ったの覚えてる?』
「…………なに?」
『はあ、名字ってサイドエフェクトないと鈍いよね』
「うるさい」
『色んな人と知り合ってってやつだよ』
「…………あー、それか」

チーン、と出水くんが呼んだエレベーターが到着し、扉が開いて無人のエレベーターに二人で乗り込んでゆっくりと閉まる扉を見ていると隣の出水くんが「本部で食ってきます?」と尋ねてきたので少し微笑みながら目線だけで肯定の意を見せる。それを見た出水くんはキチンと俺の意思を受け取ったらしく、そのお目当ての場所のある階数ボタンを押して壁に寄り掛かった。え、めっちゃかわいいなんでだろ。

『最近来馬隊とかと仲が良いって聞いて、おれ結構嬉しかったんだけど?』
「誰から聞いたの……ほら、知り合い増やしたって変わらなかったろ」
『…………未来変えるとか言って、なんでそこは嫌がるのさ。今日も増えたし…………これからも増えるのに』
「いやなに、諏訪さんのこと? てか俺は自分が死んでも良いとかもう思ってないのに今も未来変わってないなら、ボーダーの知り合いとか増えても死ぬ未来変わらないんじゃってはな、し



…………あっ」


少しモーター音がするだけの静かなエレベーターの中で俺の言葉が響き、電話に集中していた俺は自分の状況をハッと思い出して隣の出水くんの存在を気にかける。

「あー待って、今のは、違うから」
「……違うって?」

出水くんは携帯を弄りながら俺に目を向けないまま反応する。
うわ、俺ほんとにサイドエフェクトないと俺って鈍いのか。今出水くんどんな気持ちでいるか全然わからない。
耳元では迅が『名字?』と俺の様子を伺うように名前を呼んでくるし、エレベーターは俺達が降りる階じゃない階で止まり出すし。

「あー、また今度話す」
『ちょ、』

迅の声がエレベーターに響いたが全てを聞く前に俺が通話を切ると、同じようなタイミングでエレベーターの扉が開き、見知らぬ私服姿の二人が乗り込んできたので俺は出水くんの前に寄って開くボタンを押しながらスペースを詰める。
するとその私服姿の一人が出水くんの顔を見て「出水か」と呟き、もう一人の眼鏡くんが「こんばんは」と続けると、その声に気づいた出水くんが携帯から顔を上げて二人に短く反応する。出水くんの知り合いならそれなりに高いランクの子達なのかなあなんて考えながら閉まるボタンを押し、他人のフリして黙りこむ。

「なに、おまえら今日防衛任務じゃなかったよな?」
「…………」
「…………えっと、まあ訓練です」

出水くんが「おまえら」とひとくくりにして言うってことは、この二人は同じ隊なのだろう。で、眼鏡の子が敬語なのは年下だからかな。

「相変わらずなだな…………」
「、何がだ」
「もうちょっと人を敬えってこと!」
「…………お前にその価値があるのか」
「おい、ひでえな」
「す、すみません、今日ちょっと調子悪いみたいなんですよ」

眼鏡じゃない方の子が冷たい言い方をするわりに出水くん自体あまり殺伐とした空気が漂っていないのは、その言い方に慣れているからだろうか。仲が良いのかはわからないけど、他人行儀にならないくらいには関わりはあるんだろう。
そんなことを出水くんたちが話している間にエレベーターが一階に到着し、扉が開かれたので開けるボタンを押して後ろの三人に先を譲る。最初にあの冷たい言い方をする子が少し頭を下げながら降りて次に眼鏡の子が「ありがとうございます」とお礼を言って降りると、何故か出水くんはわざわざ俺の腕を掴んで一緒に降りた。

「ちょ、」

さっきまでエレベーター内で他人のフリしていた俺の態度をを水の泡にするように出水くんが俺の腕を掴んだまま待っていた二人の前に出るので、俺はその二人から注がれる不思議がっている視線に居心地の悪さを感じ、迅との電話の内容を思い出す。そういえばさっき、『今日も増えたし、増えるのに』って言ってたような。
すると二人の視線が『既視感』に変わり、俺は再度二人がB級以上の隊員だという予想をたてる。上層部から俺の話を聞いている人なら、顔まで知っていてもおかしくないだろう。あ、でも…………噂で知ってるだけかも。

「この人は名字さん、お前らも多分聞いてるだろうけど」
「……………特例の奴か」

そう言うってことは、やっぱりB級以上の隊員らしい。
でも、あまりこういうところで大っぴらに俺が特例だと言ってほしくないな。

「出水くん、友達と話すなら俺あっちで待ってるけど」

あっち、とボーダー本部の食堂を揶揄して言うと何故か出水くんは俺の腕を離さず、ていうか寧ろ掴む力を強くして俺の方を見ずに二人の紹介を始める。

「この言い方がキツいのが三輪秀次、隣の眼鏡が古寺章平。どっちも三輪隊」
「こんばんは、眼鏡の古寺です」
「ああこんばんは、名字です」

出水くんのぶっきらぼうで拗ねているような紹介と、紹介されても何も言わない三輪くんに気を使ったらしい古寺くんに俺も挨拶を返す。


「…………」
「…………」
「「えっと…………」」


そして急に深刻なレベルの気まずい雰囲気が漂いだした空間に、俺と古寺くんは多分同じ気持ちを抱いて会話を展開させる。

「ふ、二人はもう帰る感じ、ですか?」
「ああ、はい」
「そっか、俺たちはちょっと食堂行くんで……」
「じゃあその、失礼しますね」

俺の腕を握って俺と古寺くんを『観察』の視線で見つめ続ける出水くんと、俺をじっと『疑問』の視線で睨み付けてくる三輪くんに気を使いながら古寺くんの言葉に「お疲れさまです」と苦笑いで声をかけると、さっきから一度も声を発さなかった三輪くんが「おい」と俺を見て呟いた。
くそう、そのまま古寺くんと一緒に回れ右して欲しかったよ。

「、なんですか?」

回れ右しかけている古寺くんを見ようともせず俺を何故か睨み付けてくる三輪くんに少し戸惑いながら返事を返すと、三輪くんは簡潔に「お前はどっちなんだ」と聞いてきた。
何がどっちなんだ、と思いながらガンガンぶつけてくる三輪くんの視線をサイドエフェクトを意識することで読み取って会話を続けようとしたが、その訳のわからない内容に眉を寄せる。

「えっと…………三輪くんがどっちなのかによりますね」

とても強い『俺と同じなのか』という視線を向けてくる三輪くんにエレベーターの前でそう尋ねれば三輪くんは少し目を見開き、古寺くんと出水くんに至っては会話についていけないのか首をかしげる。いや、俺もなんですけどね。
そんな俺達をお構いなしに三輪くんは少し視線を逸らしてからなにかを決めたように口を開く。

「、復讐だ」
「…………ふくしゅう」

復讐、その言葉に一瞬何を言わんとしているのか分からなかったが、麻雀で疲れた頭に鞭打って何度かサイドエフェクトを使い『近界民』という単語を読み取ると、直ぐに何を言いたいのかが明瞭になった。
つまり、俺がブラックトリガーを得た理由をやっぱり皆知っていて、しかも三輪くんの台詞や視線から三輪くんの過去にもそういったものが存在するということだろう。

「それはこんなとこで聞くことか?」
「関係ない」
「まあ、俺と三輪くんには関係なくても周りの人たちには関係あるんじゃないかな」
「…………」

俺の言葉に反対する気はないし周りが見えなくなっていたことにも気がついたのか、三輪くんは古寺くんと出水くんの顔を見て空気が重々しくなっていることに気が付いたのか、俺の願い通り回れ右をして去っていこうとする。

「あ、待って」

出水くんに掴まれているのとは逆の手で背中を向ける三輪くんの腕を掴んで引き止めると、三輪くんは顔だけを此方に向けて「なんだ」と怒ってるでもなく悔しそうでもなく純粋に俺に視線を投げ掛けた。

「今度会ったときに答えるよ、三輪くんの答え聞いて俺だけが答えないのはおかしいから」
「…………いつだ」
「え、あー…………」

どうせ「好きにしろ」とか続けられるものだと思ったけれど、意外と食いついてきたので本当に俺から聞きたいことなんだなあ、なんて他人事のように思う。

「じゃあ、連絡先交換すれば?」
「あー…………えっと」

すると古寺くんはそんな三輪くんを見てから出水くんのそれに乗っかるように「ぼ、僕もお願いします」と申告してくれたので、俺はエレベーター内で仕舞ったばかりの携帯を鞄から取りだして古寺くんと連絡先を交換した。
三輪くんは後から古寺くんに聞くらしく、俺と古寺くんのやり取りが終わると三輪くんは俺を一瞥し、古寺くんは頭を下げて今度こそ去っていってしまった。
…………迅の視た未来通りになったのか俺の携帯のなかには新たな連絡先が加わり、多分ちょっとしたらもうひとつ加わってしまうんだろうなと考える。俺はこうやって知り合うことで守りたいものが増えるから死ぬ確率上がるような気がするんだけどなあ。

「これで、知り合い増えたな」
「…………やっぱりわざとか」

古寺くんと連絡先を交換するときにやっと手を離した出水くんがニヤリと笑って俺の顔を覗き込む。

「だってエレベーターの時の会話聞いたら、ああするしかないだろ」
「…………あれは迅の意見であって俺のじゃないし」
「迅さんの意見ほど信じられるものなんてねえよ」
「そうかも、しれないけどさ」

不安なんだよな。迅の意見が正しいとしても。
多分、俺がどんどんアキちゃんから離れていってるのが。
それに、大切なものが自分の手に収まりきれなくて溢してしまいそうな気がする。

「てかなに、名字さん死ぬの?」
「まあ、今のとこ」
「……………ふうん、」
「ふうんって…………あ、何たべるか?」

目をそらして曖昧な言い方をする出水くんに話題を変えて話しかけると、出水くんはそのことに少し眉を寄せながら「A級セット」とだけ呟いてさっさと歩き出してしまった。


あー、やっぱりサイドエフェクト使えないとわかんない。

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