28





 気がつけば外は明るく、結局予想通り俺は眠りに一秒も落ちることなく朝を迎え、ドタバタと廊下を走り回っている塁や千恵の声に起床時間だということを知らされながら気だるい体を起こして学校の準備をした。すれ違った勇や塁に目の下に隈が出来ていると指摘されたが、徹夜二日目であることを悟られるのは憚れたので「血行が良くないだけ」と言いながらぎゅっ、と目を瞑って追及から逃げ出し、朝食も欲しくはなかったけれどカズエさんが居るのでキチンと食べてから孤児院を出る。
少し朝の春の匂いがしてきたな、なんて呑気にリュックを背負いながら考え、通学路ですれ違う人からたまに浴びせられる視線を何時ものように無視して歩みを進めていると目の前に二日目の寝不足の根元である倉須が歩いていた。

「うげっ、」

その発言ですれ違った人に『驚き』の視線を送られたことに少し動揺しながら俺は呼吸を整え、後ろから歩み寄って倉須の肩を叩く。ここで気づかないふりをしたって下駄箱のところで鉢合わせるのが分かっていたからだ。

「おはよう、倉須」

よっ、と出来るだけ何時ものように笑って倉須の隣に並ぶと、倉須は挨拶を返しながら俺の顔を見て眉を寄せると「夜更かし?」と首を捻る。

「まあね」
「…………俺のせい?」

倉須の容赦ない一言に視線を逸らし、歩みを進めながら「違う」とだけ返して腕時計を見る。特に意味はない。ただ、視線を倉須から逸らす理由が欲しかっただけ。

「ふうん? ま、いいや」
「おー」
「そういえば、昨日買ったさんこーしょ、」
「あっ、早速やったのか」

倉須から変えた話題に適度に乗りつつ、早く席に着きたくて学校への歩みを進める。

「分かんないところ、あんまりなかった」
「まあボーダーの入隊試験ってほとんど学生しか受けないから、仮にも進学校行ってるおまえなら多分大丈夫だろ」
「ボーダー関連のことはちょっと分からんけど」
「……そこなら俺も少しは分かるから、教えてやれるかも。あと体力試験と面接も忘れるなよ」
「面接? 面接練習?」
「…………してやるよ」

何時もと変わらない会話の運びや声のトーンに少しホッとして何となく倉須の方を見て笑いかけると、倉須はそんな俺にへらっと笑い返して言葉を紡いだ。

「ありがと、愛してる」
「っんん!? 、げほっ」

何時もなら『好き』とか『大好き』とか茶化していってくるくせに、今日になって何故か言葉のチョイスが変わっていて思わず噎せた。それに向けられている視線の中身も茶化してる訳ではなく言葉と同じような視線で、そんな視線や言葉から倉須に与えられている変な刺激に俺は気を抜いていたからか大きなダメージを受けて思わず「、えっ、いや、」とかどもってしまう。

「うわやばい、意識してくれてる……すき……」

すると、どもって視線をさ迷わせる俺を見てくる倉須が少し嬉しそうに微笑みながら俺の顔を覗き込んだ。そりゃ徹夜するくらい意識してますけど、と正直に言えるわけもないので言葉を飲み込み「、ちがう」と眉を寄せて短く反論する。

「うそつき、かわいい」
「、ここでそういうこと言うのやめろ」
「やだ、もっと困らせたい」

さっき知らない人に『好奇』の視線を向けられたばかりの俺は少し警戒して倉須にしーっ、と指を立てて睨み付けるが、肝心の倉須はなんの反省の色も見せないまま俺の頬に手を伸ばすと、手の甲でするすると頬を撫でてから隈を指でなぞってきた。

「、おいこら!」
「俺言ったよね? もう、人の目なんて気にしてあげないって」

俺がやめろと言わなかったら、とでも子供のように言いたげにして見てくるので、俺は多分しちゃいけないレベルの妥協だと思いながら、相変わらず頬を撫でてくる倉須の手を振り払って言葉を吐く。

「、せめて二人だけの時にして」
「…………二人だけの時ならいいの?」
「良くはない」
「じゃあ、いやだ」
「くっそ…………じゃあ、いいから!」

どんどんと倉須の思い通りの展開になっていっている気がするが、それもこれもクラス会やボーダー入隊までの辛抱だと考えれば耐えられる。それにもし、もしもクラス会やボーダー入隊でも倉須の人間関係が変わらないのなら切り札である幼馴染み二人のことを利用すればきっと、俺への執着は消えるだろうから。

「じゃあ、今から二人きりにならない?」
「却下。学校へ行く」
「ちぇー」

俺はこいつが中学の頃みたいに塞ぎ込んだり悲しみにくれたりしないないなら、例え、今こうやって向けられている笑顔がもう二度と向けてくれないような関係になったってそれで構わない。
そう思うしかない。

「ちぇー、じゃない。早く歩け」
「わかってるわかってる」

そんな当たり前のことを徹夜明けのぼんやりとした頭で考えながら腕時計を見て歩くスピードを早め、倉須が笑って俺のとなりに並ぶのを横目で見てから溜め息を吐く。
あー、まったくもって救われない。


              
 後ろから向けられる視線のせいで授業中に眠ることも許されず、昼休みに昨日と同じく集まってくるクラスメートの相手をして午後の体育のバスケをし終えると、掃除の時には自分の体力と精神力がものすごく摩耗していることに気がついた。
そりゃ、徹夜二日目で体力は蓄えられてないし、求めていない倉須からの視線と前より向けられる倉須関連の視線にサイドエフェクトが勝手に作動するから精神力と頭の疲れがずっと与えられている気分だった。
そしてそんな地獄の学校生活が終わり、倉須に先に帰ることを断ってからボーダー本部へ行こうと学校を出てぞろぞろと生徒が並んで歩く中に紛れて歩いていると、校門前に俺とはちがう学校の制服を着て携帯を弄ってる人が視界の端に見えたので興味から視線をその人に向ける。

「っ、哲次?」
「お、いた」

その人物が俺の知り合いであることに目を見開き、俺が哲次の名前を呼んだことで俺の姿を見つけたらしい哲次が携帯から目を離して俺に近寄ってくる。おお、これがボーダー提携進学校の制服か…………ちらほらとボーダー本部で見かけたことがあるかも。

「さっきメールしたの、見てないか?」
「あ、ごめん。見てないや」

携帯についてはこれ以上自分の頭の中に情報が入ってくるのが耐えられなくて出来るだけ見ないようにしていたからか、哲次の連絡に気づけなかったみたいだ。

「前も見なかったよな」
「あ、そうだっけ。ごめん」
「連絡はこまめに確認しろよ、先輩」
「すいません」

そういえば鋼くんとの時も俺が連絡を見てなかったからあのときの会話の前半はよくわからない沈黙が漂ってたんだっけなあ、なんてぼんやりと思い出しながら後輩の筈の哲次に謝ると、哲次は俺の顔に眉を寄せてから少し首をかしげて俺の顔を怪訝そうに覗き込んできた。

「、隈すごいな」
「いやあ、眠れなくて…………」
「眠れない?」
「二徹だからねー」
「はあ?」

塁や勇にしたように誤魔化しても良かったけれど何故か哲次の視線が怒っているような雰囲気だったので素直に告げると、哲次は一旦俺の顔から離れて呆れたように腰に片手を当てて口を開く。

「しっかりしろよ、あんたは俺の実験台だろ」
「わかってるよ、換装したら大丈夫大丈夫」
「…………ほんとかよ」

大丈夫なのは体力の面だけだけど、精神力も学校を出たので少しは楽になった。別に誰かが悪い訳じゃない、強いて言えば弱い俺が悪いから何にも当たれない。

「大丈夫。取り敢えず、バス乗ってく?」
「当たり前」
「おーけー」

怒っているような心配してくれているような視線を交互に向けてきてくれる哲次に内心でお礼を言いながらバス停に向かって歩き出し、隣を歩く哲次の横顔を見る。

「今日、誰来るの? 俺知ってるかな」
「東さんと穂刈」
「二人…………穂刈?」

東さんは俺も知っているし、東さんが狙撃手の隊員にとってどれだけ存在が大きいかも、どれだけ東さんが色々な狙撃手の隊員を育ててきているのかも風の噂で知っているからそこに疑問はないけれど、後者の人物に首をかしげる。

「東さんが哲次の指導のためにいるのは分かったけど、穂刈とは?」
「…………最近あいつ疲れてるから、ストレス解消にいいかと思って」
「おい、それ確実に俺がストレス解消される側じゃん!」

さっ、と俺から視線を逸らして告げる哲次に反論するが、哲次は「まあ、イケるだろ」となんの根拠もない言葉を吐いてボーダー本部近くまで行くバス停に並ぶ。バスは十分後だ。てか、イケないよ!

「せめてもう少し情報を…………」
「あーそうだな、今回は狙撃手らしい」
「…………それだけ!?」
「あと、一種類のトリガーだけで戦えって言ってある」
「うわ…………怒ってそう」
「そうでもないぞ、元々そういう訓練方法もあるくらいだからな。東さんも混成部隊ででやる訓練も必要だ、とか言ってたし」
「マジか、勿論俺がC級だってことは?」
「それは言ってある、あと前に俺と鋼とやったときのは見せた」
「げっ、」
「…………こっちだって嫌だったんだよ、自分があんなに負けてるやつ見せるのは」
「結果勝ってるじゃん」
「俺が納得できない。勝ってるのは結果だろ、過程は違う」
「ええー?」

その似たような台詞を最近何処かで聞いたなあ、なんて思いながら哲次と鋼くんのランク外対戦を思い出して溜め息を吐く。
哲次にも鋼くんにも勝ち越していないし、最後の戦いなんて鋼くんにボコられて終わった筈。

「てことは? 攻撃手俺だけなの?」
「そうなる、俺は狙撃手同士の連携もしたいんだよ」
「へえ、じゃあいいや」
「…………随分アッサリ了承するな」

哲次のためになるなら別にいっか、と思ってバスの時刻表に視線を移していると、哲次が隣で呆れたように呟くのでそちらに顔を向ける。

「ファミレスで話したときも即了承したし、いいのか?」
「え? あ、実験台をね、」

哲次の声に軽く答えると、哲次が俺に『呆れ』の視線を向けてくるので少しムッとして唇を尖らせる。何も考えてないと思ってるな。

「俺にとっても上位の人と戦えるから色々吸収出来るしー、哲次にとって何か得になるならそれで構わないって思っただけだしー」
「何拗ねてんだよ、」
「哲次が俺のことバカにしたからですー」
「うわうぜー、サイドエフェクトもうぜー」

そう言って俺の口調に笑って言葉を返す哲次に俺も笑った。
そしてそんな世間話を続けていると、そのうちに道路の曲がり角からバスが来たことに気付いて「お、来た」と俺が呟くと哲次もそちらに顔を向ける。

「本部着いたら、個人ランク戦のブースな」
「ん? んー、わかった」

C級含めて身内だけでやる混成部隊のものと言うことなので、特に疑問点はない。次に述べた哲次の言葉がなければ、の話だったけど。

「因みに、」
「え?」
「三対一な」
「…………その一は…………」
「名前」


「えっ…………?」

その絶望を与える一言を告げたかと思うと、哲次は目の前に停まったバスに呆けている俺を放置するようにして乗り込む。
その後ろ姿にはっ、と我にかえった俺はICの定期を入り口の機器に触れさせてから人の少ない車内にある二人掛けの椅子に座った哲次の隣に座り、リュックを抱きながら食い気味に「どういう分配なの!?」と尋ねる。
狙撃手の連携をするにしても二人で事足りるだろうし、東さんからの指導だって戦闘が終わってから纏めて受ければいいじゃん!

「うるせー、俺が決めた訳じゃねー」
「じゃあ誰!」
「東さん」
「ぐっ…………何故だ、」

最後に見た諏訪隊作戦室の雀卓に座る東さんの顔を思い浮かべたが、答えが出る筈もないので隣の哲次に言い寄る。

「あの東さんが、おまえの強さが二ヶ月近くでギリギリB級並に上がってるって言ったんだよ」
「えっ、てか、…………それ関係あんの???」
「だから大丈夫じゃないか? って」
「ぜんっぜん大丈夫じゃない…………」

哲次が狙撃手としての一歩を踏み出すために俺を実験台として使うのはいい。狙撃手同士の連携もしたいから味方に穂刈くんか東さんを入れるのはわかる。
でも、両方がそっちに行くのは解せない。

「だったら穂刈くんをこっちに寄越してよ」
「あいつは俺と同じ位の実力だかんな、連携にはもってこいだろ」
「ぐっ…………てことは、穂刈くんの訓練の一貫でもあるのか…………」
「そういうこと」

東さんの裏切りによって俺がフルボッコされることが決定した腹いせに哲次を睨み付けるが、当人の哲次は「今度から了承する前に話をよく聞くんだな」と鼻で笑って続けた。
確かに…………了承してしまったものはしょうがない。

「…………出来るだけ戦闘が長続きするように努めるよ」
「……それでいいのかよ」

東さんの決定にケチをつけたら狙撃手の人達に呪われそうだし、と思いつつ潔く折れると、哲次は可哀想なものを見るような視線で俺を見つめてきた。同情するなら味方をくれよ。

「というかさ、何で今の俺とやるの?」
「?」
「あ、…………何で強くなってない俺とやるの?」

分かりやすく言い直してからはあ、とため息混じりに質問すると、哲次は顔をしかめて首を捻る。

「C級にしたら十分だろ。東さんも言ってたし」
「…………哲次は一昨日、俺と風間さんとのやつ見ただろ」

二十敗、一勝。周りにいたC級たちが言っていた通り、あれは実力なんかじゃなくて、不意打ちみたいなもん。

「ボッコボコとかいうレベルじゃなかったでしょ」
「はあ? おまえ、あれがどれだけすげえか分かってねえな?」
「………え?」

そのときのことを思い出して少し恥ずかしくなっていると、哲次がいきなり口調を荒げて驚いたように視線を俺に向ける。

「あの二十分で何人のやつがお前の戦い方に影響されたかわかるか? スコーピオンのみで風間さんからひとつ勝ち星をとるのがどれだけ難しいか、わかるか? あ?」

何処かのチンピラなんじゃないかと思えるような哲次の物言いに「す、すいません先輩」と肩を縮こまらせて返事をする。こええよ。
戦い方って…………嵐山と風間さんもなんか言ってたな…………あのときはサイドエフェクトが暴走していたからそれどころではなかったし、今だって頭がぼんやりとしていて上手く思い出せないけど。

「だったら、ボーダーの先輩として教えてやる」
「…………はい」
「いいか? おまえは凄いことをやってのけた、例えボッコボコのギッタギタにされてようとそれ以上におまえの勝ちには意味があったんだ、」

窓の縁に肘を乗っけながら頬杖をついてこちらを睨み付けてくる哲次に俺が「あ、ありがとうございます」と頭を下げると、どこの誰かは分からないけれど、バスの車内にいる誰かの『微笑ましい』という視線が向けてくるのに気付く。
あ、隣のおばあさんか。

「…………なんか読めたのか?」

俺が頭を上げてキョロキョロと辺りを見回していると、哲次からさっきまでの睨みが消え、眉を寄せて小声で話しかけてくる哲次の言葉に俺は顔の向きを戻して口を開く。

「哲次ってかっこいいなあって思ってただけ」
「…………よくそんなこと真顔で言えるよな」
「嘘」
「嘘かよ」
「哲次って優しいなあって思ってた」
「嘘だろ」
「それはほんと」

哲次がそう言って訝しげな表情をして俺に信じてない視線を向けてくるので、公平くんに効果抜群だった笑顔をつくりながら言葉を返す。
すると、哲次は少し目を見開いてからサッと視線を窓の外に向けて「あっそ」と呟いた。あらら、今回は帽子もメニューもないから『照れ』の視線が読めると思ったのに。
そんなことを考えながら、ちぇっ、と哲次から視線を逸らして背凭れに体重をかけてリュックを抱き締める。

「てつじー」
「んだよ、」
「十分くらい寝たら怒る?」
「怒るかよ、つーか寝ろ」

バスの揺れと視線の少なさに眠気が襲ってきた俺は哲次に許可を貰って目を閉じる。きっと周りからは俺が哲次の後輩に見えてるんだろうなあ。バス独特のにおいと、アナウンスの声、隣の哲次の息遣いと、たまに感じる『観察』の視線。
これでもう少しスペースが広ければなあ、と思いつつ俺はうとうとと自分が眠りに入っていくのを感じて意識を手放した。


               ◆◇


 哲次にバスで起こされてから本部の入り口に足を踏み入れ、ブースへと向かう。勿論先頭は哲次だ。横に並ぶと、曲がるときなんかに俺が置いていかれるので後ろにつけと言われた。

「少し安心した」
「え?」
「あんたにも出来ないことがあるんだな」
「…………俺をなんだと思ってるんだ、普通の人間なのに」
「何つーか、そのことを隠すのが上手いっていうか、何でも持ってる人みたいな感じ…………なんだろな、自分で言っててよく分かんねえ」
「………一線引いてる?」
「あー、言われればそうかもな」


やっぱり。


「俺は人よりも持ってないよ、」
「…………顔が良くて頭も良くてトリオンもあって、戦闘能力もあって特例なのにか?」
「、前半の三つは肯定せざるを得ませんね」
「オイ」

イラッとした表情をしている哲次が振り返ってそう言うので、俺は表情通りの視線を受けて苦笑いしながら「まあまあ」と宥める。

「それに…………後半の二つは、俺がなにかを失った代わりに持たざるを得ないだけ」
「なにかって何だよ」
「…………名字名前の人生?」
「、疑問系かよ」

アキちゃんに役割を与えてもらってアキちゃんの代わりに生きる、って言い方をしたことはあっても、元々の名字名前を捨てるって言い方はしたことがなかったなと思っただけで、俺が俺の人生を失ったことに偽りはない。

「てかさ、まだ? 俺眠くなってきた」

その話題について掘り下げる気もなかったので勝手に出てきた欠伸を抑えることなくそのまま哲次に言葉を放つと、哲次は呆れたように俺の腕を引いて隣に並ばせてから口角を上げて「殴ってやろうか」と言ってきた。
その楽しそうな視線に「遠慮します」と告げてから、腕を引かれて左に曲がると、個人ランク戦のブース前に東さんともう一人の人が立っているのが見えた。

「なあ哲次、俺には東さんともう一人の人が見えるわけだけどな」
「…………俺もだ」
「そのもう一人の人が穂刈くんとやらではなく、諏訪さんに見えるんだけどな」
「俺もだ」

ポケットに手を突っ込んで俺たちに背中を向けている諏訪さんと思わしき人物と、視線から俺たちの存在に気づいているらしいことがわかる東さんを俺たちは互いに見つめながら首を捻る。そして俺の腕を離して諏訪さんの背後に近寄る哲次に俺はついていき、哲次が「何でここに諏訪さんが居るんすか」といきなり言葉を放つのを眺める。

「うおっ、てめ、脅かすんじゃねえよ!」
「気づかないそっちが悪い」
「んだと!?」

にやにや、といたずらの成功した哲次が食いついてくる諏訪さんを華麗に避けながらじゃれあっているのを横目に、俺は東さんに「この前ぶりです」と笑って挨拶する。

「ああ、麻雀勝ち逃げしたんだってな」
「余裕ですね」
「おい男前! 俺がここに居ること忘れてんじゃねえだろうな!」

そう哲次にヘッドロックをキメながら俺へ叫ぶ諏訪さんに「いやーまさかー」と頭を掻いて誤魔化す。

「というかですね東さん」
「えっ、ああ、なんだ?」

ぎゃあぎゃあとまたじゃれあう二人を他所に俺が東さんに近付いて見上げると、東さんは少し驚いたような視線を向けてからひきつった笑みを携える。

「俺が三対一でフルボッコにされるって聞いたんですけど!」
「フルボッコって…………流石にそれは自分を卑下しすぎだ」
「そ、狙撃手との対戦とか初めてなんですよ!?」
「まあ、C級で狙撃手と訓練するやつなんてそうそういないからな」
「そうですよ、?」

ははは、と軽く笑って俺の言葉をフォローする東さんに毒気が抜かれて肩を落とす。きちんと俺をC級だと理解してるのにこの扱い、嬉しいけど厳しいものがある。でも東さんだと何でも許してしまいそうになる、今ここで逆立ちしろって言われてもする自信あるし。
はあ、とため息混じりで東さんにそう言うと、東さんはチラッと騒がしい二人の方を見てから俺の頭に手を置いて「まあ、落ち着け」と微笑むと言葉を続ける。

「名字の助っ人がそこに居るだろ」
「えっ、」
「諏訪が暇だって言うからな、来てもらった。これで三対二だな」
「、流石東さん!!」

抱きつきたい気持ちを押さえ込んで見上げると東さんは「目が輝いたな」と言って俺の頭に手を置き、諏訪さんと哲次に向かって「その辺にしとけよー」と苦笑いするので、俺も恩を返そうとそちらに目を向けて哲次に悪魔の囁きをする。

「てつじー、おまえのせいで東さん困ってるよ」
「っ…………名前、おまえなあ」

わざと東さんをダシにしたのが分かったらしい哲次は俺の言葉に眉を寄せると、苦々しい顔をして諏訪さんから離れた。
あー、今度から狙撃手には東さんの名前使おう。

「おい、名字」
「、諏訪さん」

がらの悪さが滲み出ている立ち振舞いでダルそうに頭を掻く諏訪さんが初めて俺の名前を呼んで近寄ってくると、肩に腕を回して顔を近付けるので俺は瞬きをして聞き返す。身長がほぼ同じだから顔が近いな。

「おまえ、風間に勝ったんだって? え?」
「…………二十回負けてますけどね」
「勝ったってことが重要だろ。しかも二十分ちょっとのうちに二十一回決着がつくってどんだけハイスピードなんだよおまえら!」

そう言って諏訪さんは俺の方にぐぐっと体重をかけながら近くの部屋へと歩みを進めるので、俺もその重さに耐えながら歩みを進めて「そうですかねえ」と呟く。単純計算だと一試合一分ってことになるけど、訓練室だから狭かったし、互いにスコーピオンしか使っていなかったので長期戦になるほうが難しい。それにハイスピードと言ったら聞こえがいいけど、それだけ俺が瞬殺されていたということ。

「そういえば、その後の風間さんの話聞いたか?」
「あ? いや、そこまでは聞いてねえな」
「早速風間さんがランク戦であの技使ったらしい」
「マジか!?」

哲次の言葉に諏訪さんが叫んだことに眉を寄せ、哲次と諏訪さんの二人が何を話しているのかわからないので廊下の壁を見て絡まれないようにしていると、それに気づいた諏訪さんがわざとらしく俺に話しかける。

「おいおい、おまえ風間を強くしてどーすんだよ」
「え? なに?」
「ははは、……………で、穂刈はまだか?」
「もうすぐ来るとおも、……あ、来ました」

東さんの問いに答えようとした哲次がそう言うと、廊下の奥から少し息を乱した穂刈くんらしい人が走ってきているのが見え、それを四人で眺めながら待っていると近付いてきた穂刈くんが「すみません、」と呟いたのを聞いて、汗が滲んでいるのを見て苦笑いを溢す。てか、学ランなら哲次とは違う学校か。すると、それを見た哲次が手を腰に当てて「ギリギリセーフだ」と言うので、時間設定をされていたことを今知って驚く。良かった、哲次がいて。

「乗り遅れた、一本前のバスに」
「俺たちが乗ってきたやつか…………」
「まあ、セーフだから良しとしようか」
「よし、じゃあまず自己紹介でもするか?」
「それ要るんすか?」
「んー、俺のこととか知らないと思うし、俺も知らない方が二人ほど居るんで」

東さんの提案に異を唱えた諏訪さんに向かってそう言いつつ「諏訪さんのこともよく知らないです、麻雀が弱いこと以外」と続けると、諏訪さんは「あん?」と短く答える。

「どうもこんにちはー、麻雀の弱い諏訪洸太朗ですー、銃手ですー!」
「あ、銃手なんですね」
「おいもっと他に言うところあるだろ!」
「、いたいいたい!」

諏訪さんの言い方をスルーして銃手であることに重点を置いて話しただけなのに、さっきの哲次のようにヘッドロックをかけられて会話を中断させられるが、この流れを作ったのは俺なので我慢して口を開く。

「えっと、俺は、名字名前っです! 攻撃手で、す」
「必死だな」
「そう思うなら助けて、?」

ヘッドロックをかけられて中腰になっている俺のことを冷静に見て汗を拭う穂刈くんとやらに助けを請うが、穂刈くんは手がつけられないと言いたげに深刻な表情で小さく首を振る。絡まれたくないだけでしょ!?

「穂刈篤。狙撃手です、今回は」
「俺は東春秋。一応狙撃手をやらせてもらってる」
「はあ…………何で俺が最後なのか分からないですが、荒船哲次。今回は狙撃手」

ため息混じりに俺の存在を忘れて自己紹介を終えた哲次に何故かイラッと来た俺は、哲次の自己紹介に「かわいくねー」と呟く諏訪さんの腕を叩いて力を緩めてもらってからそのまま諏訪さんの言葉に便乗する。

「ほんと哲次ってばかわいくない、もっとかわいく」
「そーだそーだ、おまえなら出来る筈だー」
「…………お前ら二人撃ち殺す」

その言葉を切れ目に俺と諏訪さんがニヤニヤとにやけながら哲次と一定の距離を保って逃げ回っていると、東さんが呆れたように手を叩いて「ほらー、さっさとやるぞー」と叫ぶ。
するとやはり狙撃手のこどもである哲次が追いかけるのを止めて、親の敵のような視線を送ってきながら換装し始めたので、俺と諏訪さんも足を止めて換装する。

「いやー、怖かった」
「あいつほんと冗談通じねえなあ」
「それは諏訪さんだからでは?」
「んだと?」
「ごめんなさい」

俺だけがC級の隊服に換装し、他のメンバーが自分達の隊の服に換装したのを東さんが確認してオペレーターになにか告げると「いいかー説明するぞー」と掛け声がかかる。

「俺たち狙撃手はバッグワームを使わせてもらう」
「ずりいな、」
「ん? だったら諏訪も使っていいぞ」
「よっしゃ!」
「え、俺だけナシ?」
「まあ、おまえなら大丈夫だろ」
「ぐっ…………」

さっきから東さんが俺のことを高く買いすぎてるような気がする。

「それとこれは一応荒船と穂刈の訓練っていう体だが、諏訪と名字はそんなことは構わず本気で来てくれ」
「了解っす」
「、分かりました」

と言われても、諏訪さんとの連携なんて無理だろうけどな。
戦ってることろ一度も見たことないし。それにチーム戦とか全然分からんけど、これでも諏訪さんは一応年上の人だから指揮は任せても大丈夫なはず。俺がC級だから配慮してくれるはず!

「以上、説明は終わりだ。ステージ選択は俺のさじ加減になるからな」
「東さんの……………」
「よし…………行くか」
「諏訪さん、哲次には殺されないようにしましょう」
「わかってんよ! つーか、殺られる前に殺る」
「おい聞こえてんぞ、そこ二人」

「あいつら仲良くなるの早いなー、若いからか」
「口が悪いからじゃないですか、荒船と諏訪さんは」
「そうなると名字はすごいな」




そしてそんな会話を展開しながら俺と諏訪さんは隣同士のブースに入り、狙撃手チームは固まってそれぞれブースに入っていった。

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