『転送完了しました』
『MAP市街地「C」』
『はあ!? ただの狙撃手贔屓MAPじゃねえか!』
「うるっさ…………」
はじめての秘匿通信で理不尽な目にあった俺は、今の声量を東さんたちにも聞かせてあげたい気持ちになりつつ周りを見回してからレーダーとやらを確認する。見事に俺と諏訪さんだけがレーダーに現れていて苦笑いしそうになるが、自分が高い位置に建っている住宅の屋根に居ることに気づいき慌てて辺りを見回すことに集中する。
あれ、おっと? もしかして俺ラッキー?
気のせいかもしれないが、ちらりと見えた人影を反射的に追いかけつつ、諏訪さんに通信をする。
「諏訪さん諏訪さん」
『あぁ!? ってお前すげえ良い位置に居んな!』
「穂刈くん発見、多分レーダーで俺のことを確認して逃げてる」
取り敢えず俺は秘匿通信で話しながら片手にスコーピオンを出して屋根から庭に降りる。
『追え! 射線が通りそうなところは避けろ!』
「しゃせん? わからんけど了解」
その諏訪さんの指示通り塀を乗り越え、多分射線の通りやすいところをわざと走っている穂刈くんの後を住宅を隔てて追っていく。つまり、俺と穂刈くんは一本ずれた道を歩いていることになっている。いやあ、こんなにも早く戦況が変わるとはね。
住宅の隙間からチラチラと穂刈くんの姿を確認しつつ、狙撃手から狙われないように道から外れて青い屋根の一軒家の敷地に入り込み、射撃ポイントをレーダーで確認して、小さく息を吐く。
穂刈くんが射撃の通りやすいところを走ってるってことは、多分、哲次か東さんが既に俺を狙える所に居るか、穂刈くんが自分で対処できると考えているはず。だったら、確率的に次穂刈くんが向かうのはこの青い屋根の一軒家の次にあるアパートを右に曲がった表通りで間違いない。
「なら、」
俺は青い屋根の一軒家の射線が通らないバルコニーに飛び乗り、そのまま背の低いアパートの二階に素早く飛ぶ。
するとその俺の動きをレーダーで捉えたらしい穂刈くんは道の向こうに向けていた見ていた視線をバッ、と二階の俺へ向けたが、どうせ気付かれることはバッグワームが無い時点で分かっていたので気にせず飛び乗りる。
「っ早いな、追い付くの」
「、そうだろ?」
焦った表情で穂刈くんが立ち止まって俺に銃を構えようとするが、それを予測して避けられないほどバカじゃないので俺は身体を捻って避けようとする。
「なーんてな、騙されないよ!」
「げっ、」
俺がそう呟いてニヤリと笑い、避けるのではなくアパートの外壁にスコーピオンを突き刺した。
するとその瞬間、俺が避けようとした場所のアパート壁に何処からか弾丸が撃ち込まれた。
よしきたっ、!
「諏訪さん!」
『任せろ!』
そう言うと穂刈くんは囮役の演技を捨てて銃を俺に向けたが、近距離でもこの状況じゃ撃たれると分かっていたので、あらかじめアパートに刺したときから伝わせておいたスコーピオンを穂刈くんのいる地面の下から突き刺して大きくダメージを与える。するとその勢いよく地面の下から突き出てきたスコーピオンに体が貫かれた穂刈くんは、バランスを崩して倒れ込んだ。
『戦闘体活動限界、緊急脱出』
「、えげつねえな」
「穂刈くん演技派だね」
スコーピオンを戻してから地面に着地し、狙撃を警戒して壁に沿いながら体を真っ二つにされた穂刈くんを見下ろして言うと、穂刈くんは傷口からトリオンを漏出させながら「ハリウッドは狙えないな、これじゃ」と笑って緊急脱出した。
その捨てぜりふカッコいいのかカッコ悪いのかわからんな。
『よくやった男前!! 早くも敵が減ったぜ!』
「ありがとうございます、で、俺のことを撃ったのは?」
『荒船だ!』
「…………哲次じゃーん」
俺が穂刈くんと戦闘している間に諏訪さんが俺と穂刈くんが居たところよりひとつ下段の住宅の並びに居た狙撃手……つまり、哲次を追っている最中らしい。
『おまえは東さんを警戒しつつ、探しとけ!』
「そっちには行かなくてもいいんですか?」
何時までも射線の通るところに居るのもあれなので、一つ前の青い屋根の一軒家の窓をぶち破って不法侵入して避難する。
『近距離で、狙撃手初心者に負けるかっての! ま、俺を囮にしてあぶり出しても構わねえけどな!』
「らーじゃ、」
一点取ったところで俺たち二人がやられれば負けるだしな、なんてさっきまでフルボッコさせられるもんだと思ってたとは考えられないような自分の高揚感に、慶と戦ったときのことを思い出しつつレーダーを確認する。
どうやら諏訪さんは哲次のことを射線を気にせず追ってるらしい。確かに、これなら囮になってるな。
「諏訪さんも狙えて高台の俺も狙える射撃ポイントってどこだろ」
不法侵入した家の居間にあるカエルの置物を眺めてから中段の住宅街に一つ、高台に三つのポイントがあるのを確認し、御丁寧にさっき割った窓から庭に出る。
諏訪さんが射線を気にせず追ってるってことは東さんから見たら狙撃のチャンスがあるということ、それに今待機している俺を狙うより哲次を援護する方がどう考えても得だろうから、諏訪さんが囮になってくれるのが一番手っ取り早い。
ということを当然東さんも考えた上で何もしてきていないということは、哲次を一旦切り捨てて俺に的を絞ってくるかも。諏訪さんに言われた通り東さんを探すにしても、しらみ潰しにするのダルいなあと思ってため息を吐く。
『おい、早く追え! 南のポイントのとこだ!』
「、動いたか」
『お前建物内か、今俺が撃たれた』
「了解」
南の高台のポイントから下りたということは、逃げるとしたら何処だろう、なんて考えながら俺も素早く庭から出る。俺が知らないうちに東さんが哲次を援護したらしい。まあそうだよな、訓練しなくちゃいけないやつを死なせるわけにもいかんし。
「てか、哲次まだやってないんですか」
『、うっせーな! 片足死んでるからもうすぐだ!』
攻撃手同士でやりにくいことでもあるのかなあ、なんて考えながら躊躇なく民家をぶち抜いて砂ぼこりを立たせながら東さんの元へショートカット移動する。
「あ、目標確認!」
『はええな!』
目の前の住宅の屋根を伝って飛ぶ東さんが見えたので秘匿通信で報告し、諏訪さんの言葉に返事をしながら俺も屋根の上に飛び乗って東さんの背中を追う。
「名字、意外とむちゃくちゃするな!」
銃を抱きながら振り返って笑う東さんに少しきゅん、としたが攻撃を警戒しつつ「それ褒めてますか!?」と返事をした。俺にはシールドもないから、初段動作に意識を割いていないと避けられない。
「選択肢は多い方がいいけどな!」
「ありがとうございます!」
東さんに褒められると嬉しいな、なんて思いながら家が二つ分あった距離をどんどん縮めていき、東さんに攻撃を与えられる距離へ飛んで東さんに斬りかかろうとした瞬間、
東さんとは違う視線が俺に向けられた。
その『敵意』のような視線が東さんではなくいつのまにか近付いていた二人のうちの哲次から向けられてることに気がつき、一瞬振り下ろそうとしている自分の手を止めようと体を動かすが、間に合わないと察する。
「っ、」
そして、即座にそれを感じ取った俺は勢いのまま自分の片足を切り、無理矢理重心を変えることで哲次の射線を避けた。
「ほんと、斬新だな」
俺はバランスを失いつつ利き手で掴んだままのスコーピオンを伸ばして東さんの胸を突こうとするが、その東さんは笑いながらポツリと呟くと一瞬の判断で俺に銃口を向けてきたので、俺も狙いを胸から狙いやすい足に変えてスコーピオンを振るう。
『戦闘体活動限界、緊急脱出』
「あー、」
耳元で初めて鳴り響く『緊急脱出』の声に耳を傾けながら、視界に足からトリオンを漏出させている東さんが映ったので怒られはしないかなあ、なんて思って笑った。
結局一回戦目は、俺達攻撃手チームが勝った。
あの後、俺を狙った時にできた隙を狙って諏訪さんが哲次にとどめを刺し、距離の縮まっていた東さんも無傷の諏訪さんが良いとこ取りして勝負がつくと、結果は三対零という誰も予想できなかった結果になった。
「初戦のMVPは名字だな」
十回戦全ての戦闘が終わってから反省会ということで今の戦闘を録画していたものを皆で再生しながら食堂の机を囲んで、諏訪さんと俺、穂刈くんと哲次が向かい合い、誕生日席のような場所にある東さんが腕を組んで俺に微笑む。
「ありがとうございます」
「おうおうよくやった、褒めてやる」
「うわっ、」
俺と穂刈くんが映像の中で追いかけっこしているのを見ながら東さんの褒めに照れてお礼を言うと、隣の諏訪さんが俺の頭を強く撫でてきた。ちょ、髪の毛ぐちゃぐちゃ。まあ、今がトリオン体だからぼんやりとした頭も晴れ渡り、スターターがいい自分の長所が発揮されたようで実は少し嬉しい。
「まあ、大胆過ぎるところもあったが…………バッグワームが無いことを利用して荒船の居場所を見つけた点と、同時に穂刈を倒した点は素晴らしい」
「、まあでも、最後には哲次にしてやられましたけど」
彼処でもっと早くレーダーを確認して二人との距離感に気付いていればなあ、なんて思いながら目の前の哲次を睨み付けるが、当たっていない弾のことを褒められても嬉しくないのかむすっとする。
「そうだな、正直アレは俺も想定外だったが……今回のMVPの行動を不能にした荒船の働きは大きいな」
「ありがとうございます、」
「まあ、即位置バレしたけどな」
にやにや、と哲次の最大の失敗点を挙げてソフィの背凭れに体重をかける諏訪さんに、哲次は少しキレたような表情をしながら「そうですねえ……!」と口角をひくつかせながら言葉を続ける。
「ま、名字の良いとこ取りしてた人に言われなくないんすけど」
「は? そうだとしても、二点は二点ですー」
「っいちいちムカつく人生の先輩だなオイ」
反省会が只の言い合いになってることに呆れ返っている東さんをチラリと見てから、穂刈くんと目をあわせて頷き合う。
「ほらそれよりさ、穂刈くんと俺の華麗なる戦闘を見ようよ。穂刈くんの演技力すごいよー」
「改めて知ったぞ、囮役の演技力の必要さを」
ぐいっ、と何時までも睨み合ってる諏訪さんの腕を引っ張ってタブレットの映像を指差すと、諏訪さんと哲次は一緒になって映像を見つめる。
その二人の行動に俺と穂刈くんが静かにグッと親指を立て合うと、丁度俺がアパートの外壁にスコーピオンを突き刺してぶらさがって哲次のスナイプを避けたところだった。
「これが噂の技かあー?」
「てかここら辺、ほんと焦ったわ」
「? 知ってたんじゃないのか、荒船の狙撃を」
「直前に知ったんだよ…………」
「チッ、またサイドエフェクトか」
「あ、鋭いね哲次、抱き締めてやろうか?」
「意味わかんねえよ」
腕を広げて哲次に首をかしげれば、嫌そうな顔して哲次が睨み付けてきた。やめてよ、視線から本気で拒絶してること分かっちゃうから。
「聞いていたが対処できなかったな、サイドエフェクトに」
「え? あぁ、聞いてたんだ」
そりゃ、相手の情報を味方同士で共有するのは当たり前か。
「あ? サイドエフェクト?」
「…………あ、やべっ」
唯一聞かされていない隣の諏訪さんの怪訝そうな顔を見て、過去の自分が麻雀でサイドエフェクトを濫用したことを思い出して危機感を感じるが、今ここで説明しないことには諏訪さんの納得が得られないと思った俺は流れる映像の邪魔をしないように小声で話す。
「あのですね、俺には視線を読み取るサイドエフェクトがありまして」
「読み取る? 考えてることが分かるってか?」
「まあ…………そうですかね」
「ホントかー?」
まあ、諏訪さんには戦闘内で使ってないからなあ、と思いつつサイドエフェクトを意識して口を開く。
「まあ、嘘吐く必要もねえか」
「…………あ?」
「こいついきなり口調変わったな」
「、そういうことかよ」
「俺の視線読んでやがるのか…………信じました?」
「あー信じました信じました!」
そう言って諏訪さんはあからさまに俺から視線を逸らすと、逃げるように映像に顔を向けた。怖がっちゃったかな。
すると俺の後ろで映像を見ていた東さんが俺の肩に手を乗せると、優しい笑顔で「大丈夫、そんなやつじゃない」と言ってくれた。
自分がそんなに分かりやすい表情をしてたんだな、と少し恥ずかしく思いながら俺も映像に視線を向けると、丁度間一髪で東さんの狙撃を避けた諏訪さんが写っていた。あらら、俺は諏訪さんと哲次が追いかけっこしているのを見たかったのに。ここで俺がレーダーの存在に気付いて即向かっていれば何か変わったのかな。
「ここは俺の悩み所だったな、」
「…………俺のアシストするために出てくるか名前を狙って潜んでいるか、ですか」
「結局名字が出てくる気配が無いから荒船のアシストしたけどな」
「人数がもちっと多けりゃ、潜んでるのも手っすね」
「そうだな、」
「つーか、あの砂煙はこういうことだったのかよ!」
映像に写し出されたスコーピオンを振り回してショートカット移動をする俺を見て笑う諏訪さんに、怖がられてないと再確認してホッと息を吐く。
「あの砂煙がどんどん近づいてくるのは少し恐怖だったな」
「…………考えたくもないですね」
「同じく、考えたくないな」
「やってる方は楽しいよ? 早くついたし」
あのときは全員の位置が分かっていたので今更コソコソすることもないかと思ってトリオンめっちゃ使って早さを優先した結果なんだけど、それを恐怖の対象にされるとは思わなかった。
「ああここで追い付いたのか」
ボソッと、手に顎を乗せながら映像に食い入る哲次の声に「ここでも東さんに褒められたんだぜ?」とどや顔すると、哲次に「そうかよ」と俺の顔を一瞥することなく受け流された。つめたい、真剣なんだろうけど。
そんなことを考えていると映像は知らぬ間に進んでいき、俺が東さんを追い詰めてスコーピオンを振るおうとしたところまで来ていた。
「うっわ、判断早すぎだろ」
諏訪さんは少し眉を寄せ、俺が自分の足を切断して哲次の射撃を避けた場面を見つめる。
「そこが大胆すぎたところだな」
「そりゃそうだ! もっと他に手はあっただろ!」
「す、すいません」
隣の諏訪さんと、今は後ろにいる東さんの両方から指摘されて思わず謝る。まあ確かに、哲次の射撃を受けたくなかったからといって片足を切断してバランスを崩したのはやり過ぎたかもしれない、ああいう不意打ちの射撃をときの為に何か手を考えておかないと。
「ここの荒船はいいな、自分の獲物ではなく自分以外に集中している他人の獲物を取っていった。今回は避けられたが、行動の制限にはなったしな」
「…………ありがとうございます」
そう言って東さんの補足に頭を下げる哲次を視界の端に捉えつつ、映像の中で頑張っている諏訪さんの姿を見つめる。
今更だけど、銃型トリガーって持ち運ぶのダルそうだな…………でもそれでも身軽に動いてアステロイドぶちこんでる諏訪さんの立ち回りは少し参考になるかも。片足が削れた東さんを住宅の庭に追い込んでいる諏訪さんを見ながら、小さく頷いて自分ならどうするか考えたり、場慣れしている諏訪さんの行動を細かく見つめる。ふむ、視線のフェイントか…………。もしここでスコーピオン使うなら、あの柵の隙間から塀を経由してぶっ刺したりできるな。
「終わったな、一回戦の全ての録画が」
ふう、と息を吐いて上座に座る東さんに告げる穂刈くんを見てから、俺と哲次と諏訪さんも同じように東さんを見る。
「うんまあ、取り敢えず言えることはこれくらいだろうし………二回戦以降見るか」
一回戦終わってから気がついたけど、バッグワームを除いて一つのトリガーしか使えないとは言っていても固定でとは言われてなかったんだよなあ。B級ずるい、元々八個のチップで戦ってるんだから、その中にある一つのものであればいくらでも変えられる。二回戦以降は、みんなどんどん変えていっててズルかった。
「B級ずるー」
「おまえもチップ変えれば良かっただろ」
「…………スコーピオンじゃないと勝てません」
「おっと? 男前の弱気発言か? お?」
「、そんな挑発されても変えませんから」
俺の肩に手を回してまた至近距離でガンをつけてくる諏訪さんに東さんが「まあまあ、中途半端に手を出してもな」と苦笑いでフォローしてくれた。東さんの信者になりそう。
そして俺が段々と絞まってくる諏訪さんの腕と格闘しながら東さんの優しさに胸を高鳴らせていると、哲次が帽子を脱いでから立ち上がり、腰に腕を当てて俺と諏訪さんにため息を吐く。
「おまえら、ほんとどうしようもねえな」
「お? なんだと?」
「諏訪さんうるさい……麻雀で中に固執する癖あるくせに」
「それ今関係ねえだろ!」
哲次の言葉にぐぐっ、とヘッドロックの力を強めてきた腹いせにそう言えば、その力を一層強めながら反対の手でまた俺の顔を片手で掴む。これタコの口じゃん。
「イケメンだな、何されても」
「たしゅけてほ!」
「いやだ」
「!?」
これなんてデジャヴ? と思いつつ座ったまま視線を逸らす穂刈くんの裏切りに驚いていると、東さんが見かねて「はいはい」と手を打つという新たなデジャヴが起きる。そして東さんがそのまま二回戦以降の映像を流し始めたので、俺と諏訪さんと哲次もそれに続くように黙りこんだ。
◇◆
『転送完了しました』
そのオペレーターの声に耳を傾けながらレーダーに映る自分以外のポイントが一つしかないことに眉を寄せる。六回戦目、味方のものしかないということは、諏訪さんはまた大人げなくバッグワームを使ってるわけか。
『MAP「市街地A」、天候「雨」』
ざあざあ、と強めの雨が住宅街に鳴り響くのを感じとりながら俺は一軒家の庭に転送されたことを視線を動かして確認し、その言葉を聞いた俺は一軒家の庭から飛び出て高いマンションに移動してるレーダーのポイントが味方の東さんであることを察する。
「さっき撃たれた人と味方ってのは、ちょっと抵抗あるですけど」
『ははは、それはそれだろ』
ばしゃばしゃ、と走る度に道路に溜まった雨が跳ねる音をたてるのに秘匿通信をしながらでも気付けたので、わざと防風林のようなところに入って足音を消す。実は五回戦のときに哲次を追いかけてたら東さんに頭を吹き飛ばされ、緊急脱出させられたのだ。
あれは驚いたなあ…………なんて思いながら大きな木が何本も立ち並び、雑草もうっそうと生い茂っている動きづらい道を走る。まあ、狙撃の心配をしなくていいので一直線の移動には楽だ。
「作戦はどうします?」
『名字が考えていいぞ』
「…………マジすか」
てっきり戦略とか得意な東さんが俺を導いてくれるもんだと思っていたがそういうわけでもないらしい。そのことを少し問い詰めたい気持ちもあったけれど、もう戦闘は始まってるので駄々をこねている暇はないことに気付いて一本の木の上に飛び乗る。
「取り敢えず、勝ちを取りに行くとしたら諏訪さんが邪魔なんで、逆に利用するしかないかなと」
『というと?』
「つまり…………諏訪さんはバッグワームのない俺を真っ先に殺しに来ますよね?」
木を渡って走りながら俺が尋ねると、東さんは『そうだろうな』と確信しているような声色で返してくる。
「諏訪さんは東さんを炙りだしつつ俺を倒す、とか考えてると思うので…………てか、それしか方法があっちには無いので、俺が諏訪さんを使って二人をあぶり出します」
『簡単に言うなあ…………』
「東さんは隠れてて下さい。一人でもあぶり出せたら一応俺は狙撃手殺しに行くんですけど…………東さんも狙撃手か、諏訪さんかヤッて下さい。その場の感覚で」
『まあ、そこは任せろ』
作戦でもなんでもない大雑把な指示に東さんは時折笑いながらも自分の勤めの部分にはしっかり頷くので、その返事を秘匿通信で聞いた俺は防風林に何本も集まっている高い木の一つに身を隠し、バッグワームを着て奇襲狙いをしているであろう諏訪さんの攻撃を待つ。
銃手がこのうっそうと生い茂っている安定しない道や遮蔽物になる木々の中で戦うのはきっと不利になる、諏訪さんはそれを分かっていて下手に手を出せないで困っているに違いない。戦闘開始から結構経っているのに、バッグワーム無しで待ちの体勢をしてる俺に攻撃が向かないのはそういうことだろう。
「まあだからって、ここを出てあげられるほど俺は優しくな、」
なんて独り言を呟いていると、ガサッ、と木の上の葉の部分から音がして、視線を感じないので人ではない何かを察した俺は瞬時に乗っていた木の枝から隣の木に飛び移る。
するとさっきまで俺が居たところに"上から"弾が降り注ぎ、その木一本を全壊した。
「ハウンドの雨かよ、」
その弾道と追尾性に舌打ちしそうになるのを堪えながら、次々と雨と同じように上から降り注いでくるハウンド弾を木を盾にして避ける。
諏訪さんの『避けられたか』という視線は捉えたが、何処から撃たれているのか、雨という視界の悪さと木々の密集率でよくわからない。バッグワーム外してくださいお願いします。
「っ、」
このまま避けきる自信は無いが、ここから出たらシールドのない俺が銃手に勝つ確率が下がってしまうのも事実なのでハウンドで森林伐採されていく様子をピョンピョン、と飛び回りながら考える。
ハウンドがどういう使い方なのかは三回戦と四回戦で大方知ってるぞ。
俺が諏訪さんの真正面に居れば真正面に飛んでくるし、上に居れば上に目掛けて飛んでくる。それ以外は出来ない。はず。
「よし、見っけた
」
バウンドによって森林伐採を繰り返されたおかげで俺の行動範囲である木の上半分の視界が良好になり、ハウンドの放たれている方向に目を向けると防風林の外からガンガン撃ってきている諏訪さんの姿があった。そして俺はハウンドの追撃を避けつつ、人工的な道路に立って此方をニヤニヤ見つめる諏訪さんが「ちょこまかとうぜえな!」と叫んでいるのを遠目に確認する。
なんだあそこ、射線通りまくりじゃん。
俺がここから出て諏訪さんのところに向かおうとした瞬間、狙撃手チームが撃ってくるんだろうなあ…………なんて思いながら俺は素早く地面に下りて右手にスコーピオンを生成させながら諏訪さんの方に素早く走り寄る。
するとどの木にも当たらずに生き延びていたハウンドが俺の後ろからついてくるのを感じて眉を寄せ、そのまま走り寄って諏訪さんが『攻撃が正直すぎるぜ』と呆れたように視線と銃口を向けてくるのを確認する。
よし、ここだな。
立ち止まると後ろのハウンドに背中を撃たれるので、走りながら防風林の端に立ち並ぶ木々を"諏訪さんの方に倒れるように"斜めに斬り倒す。
そして木々が倒れていく中で俺は足を止めず道路まで走り抜き、舌打ちした諏訪さんが避けようと跳びながらハウンドを放つのを確認して俺も上に跳ぶ。ハウンドの何発かが俺の倒した木々に当たるのを見つつ諏訪さんの背後に回って同時にスコーピオンで銃をもつ腕を切り落とし、素早く諏訪さんの襟首をつかんで背負い投げの要領で残りの数発のハウンドへの"盾に使う"。ちょっと罪悪感あるけどね。
「ってめ、!」
腕の切り口と諏訪さんが自分で放ったハウンドに撃ち抜かれた箇所からトリオンが流失しているのを見つめて襟首から手を離し、近くで一本の木が倒れた音を聞きながら負傷者の諏訪さんを置いて住宅街に逃げる。狙撃こわい。
『諏訪が緊急脱出したな』
「すみません、あぶり出す前に終わっちゃいました」
『反省は後で、今は二人を探すぞ。今のところを狙撃出来るであろうポイントにいこう』
ざざっ、と雨で芝生の上が滑るのを感じながら家の敷地をまたいで、一番近いポイントに向かう。
「あっ、やっぱり全弾は無理か」
自分の左足に一発ハウンドが当たっていたことに今さら気がついたが、走れなくなるような位置に撃たれなかったのは幸いだったな、と思うだけで足は止めない。でも、これじゃあ少し俺が足手まといになるかもな…………と思い直して民家のガレージに避難する。作戦をたてるのは俺らしいからな。
「東さん、ちょっと良いですか?」
『なんだ?』
「多分このままポイントをしらみ潰しにしてったら時間切れか、俺がトリオン漏出過多で緊急脱出しちゃうんで、囮役になります」
東さんは俺の言葉で自分の役割を察してくれたのか、移動しながら『了解した』と告げたので、俺も両手にスコーピオンを出したままガレージからでてわざと射線の通りやすい屋根の上を走ってポイントに向かう。
色々な色の屋根の上を飛び乗りながら一つ目のポイントで白い壁紙の建物の屋上にたどり着くが、そこにもその周りにもそれらしき人影は見つからず溜め息吐き、あー、あのときちゃんと諏訪さんを使ってればな…………と思いつつ、気だるげに髪に滴る雨を見て屋上から飛び降りる。
すると、その瞬間キラリ、
と向こうの建物から何かが光ったのを視界の端に捉えた。
「、っ」
そして俺は思わず白い壁紙の建物の窓を割り、スコーピオンを上の窓枠に引っ掛けて飛び込むが、ガシャン、と俺が割ったガラスの音に続いてものすごい轟音が壁ごと俺の居た場所を吹き飛ばし、俺は風圧で建物のオフィスらしき部屋の奥にあるオフィスの扉に背中を打ちつけられた。痛くないけど、砂煙で見にくい。
すると、気を落ち着ける暇もなく、瞬時に二発目が見当違いのところに撃ち込まれる。
「うっ」
その連続的なものに、俺はこの攻撃が捨て身であることを悟って建物から出ようとするが、耳元から『待て名字出るな』という東さんの冷静な声が聞こえたので視線を周りに向けて奥の部屋に移動する。
「袋の中の鼠ですよこれ………こわー」
『分かってる、』
ドカン、と何度も撃ち込まれるアイビスの威力と連射に俺はひやひやしながらアイビスが届かないところがあることを祈ってオフィスとは反対方向に進むと、東さんの言葉に頷くと廊下を曲がったところにある窓からどこかに飛んでいく筋が見えて俺は瞬きを繰り返す。
『哲次が緊急脱出した』
「さっすが、東さん!」
俺にたいして捨て身で連射してきていたのが哲次だったという恐怖に身を強張らせながら、俺の囮役が無駄にならなくて良かったなあなんて思いながら立ち止まった瞬間、
その窓の方俺の脳天に弾が貫いた。
『トリオン伝達脳破壊、緊急脱出』
◇◆
「あのときはよくも盾にしてくれましたねえー?」
「いてっ、」
「御互い様だ!」
「うっ、俺のは戦略ですよ、というより捕まる諏訪さんが悪いんです」
「、おーおー生意気な奴だなあ」
そう言って途中まで映像を見ていた諏訪さんがいきなり俺の顔をつかんで恒例のタコの口にすると、反対の手に持っていた携帯でカシャッとシャッター音をきる。なんで今!? ていうか本当に俺悪くないのにさ!
「うっ、」
「ぶはっ! だっせえ顔!」
「すわしゃんが、とったふぁら!」
「すわしゃん、…………!」
俺から手を離すことなくゲラゲラと涙を浮かべて笑う諏訪さんをジト目で見つめながらチラリと目を横に滑らせ、続いている映像を再生しながらじっと見つめる哲次に、俺は口をつぐむ。真面目だなあ。
そんな哲次を見てから諏訪さんの手を優しく振り払い、「諏訪さん、うるさいから」と溜め息を吐く。
「哲次が真面目に見てるでしょ」
「、あぁ? あー悪い悪い」
俺の言葉に笑顔で涙を拭きながら悪びれもなく言うので俺がため息を吐いて自分の頬を擦ると、哲次たちが俺たちの方を向いて「終わったぞ」と息を吐いて呟いた。
「名字あのときは悪かったな、穂刈にやられた」
「いやいや、俺が最初に失敗したんで」
東さんに謝られるのが何となく居心地悪くてへらへら笑うと、諏訪さんと穂刈くんの二人から「態度が違いますね、俺たちとは」「悪寒がする」とか囁きあってるのが聞こえたけど無視だ。
そんなことより「じゃあ反省会するぞー」という東さんの掛け声が当たり前となりつつある六回目の反省会に俺たちは気を引き締める。
映し出されるタブレットディスプレイの映像を再生しながら俺たちは視線を向けて意見を言い合うと、俺は予想した通り射線が通らないために木をなぎ倒したアイデアは褒められたがタイミングが早すぎたことを東さんに指摘された。諏訪さんを盾にしたことを哲次には褒められたけど、諏訪さんには名字の本性が見えたなと言われた。本性ってなんだよ本性って。そして俺が袋の中の鼠状態になったとき哲次が捨て駒になり、建物で気を抜いた俺と、俺を援護して位置バレした東さんを穂刈が纏めて倒すという作戦が東さんと諏訪さんに褒められていた。
俺としては複雑だし、俺の中に『狙撃手は怖い』というのが現れた戦いだった。
「もう八時か、」
六回目の反省会が終わったところで東さんが作戦室の壁に掛かっている時計を見てそう言うと、椅子から立ち上がって「そろそろ解散だな」と告げる。
「俺はまだ大丈夫です」
東さんのことを見上げながら反論する哲次に、東さんが苦笑いを浮かべて俺と穂刈くんに視線を配り「未成年を遅くまで拘束できないからな、続きは別日だ」と溜め息混じりに話す。
俺としてはやっぱり早く帰ってやらなきゃならないので、正直有り難い。それに三時間ちょっとで六試合してもまだ足りないって言うんだから哲次ってすごい。努力家なんだろう。
「…………分かりました」
「おーおー、防衛任務ないやつは帰って寝ろ」
諦めたように肩を落とす哲次に、俺の目の前の席でもたれ掛かっている諏訪さんが言葉を放つ。
そういえばこの人、何歳なんだろ。麻雀のときは酒も煙草もしてなかったから未成年だろうか。
「諏訪さんは防衛任務ですか?」
「そーそ、男前は明日だったか」
「よく知ってますね」
「まあおまえ、有名人だからな……勝手に情報が入って来るんだよ」
「…………入隊して三ヶ月も経ってるんで、そろそろほっといて欲しいんですけどね」
諏訪さんのにやついた顔から放たれた言葉を聞いてソファの背凭れに体重を掛けつつ少し愚痴ると、哲次が物珍しげな視線を俺に寄越して「名前もそういう話するのか」と呟いた。俺は聖人じゃないぞ。
「…………じゃあ、今のなしで」
「出来るかよ、話したおまえが悪い」
「うわっ、」
俺の髪の毛をぐしゃぐしゃにするように頭を撫で回してくる諏訪さんにされるがままになりながらうーっ、と唸って目をつむると、前の席から「猫みたいだな、今の名字」という穂刈くんの声とシャッター音が聞こえたので、俺は目を開いて穂刈くんの視線を向けながら首を捻る。
「今、誰か写真とった?」
「いや?」
「…………哲次か!」
真っ直ぐ俺の目を見つめる穂刈くんを利用してサイドエフェクトを意識すれば、穂刈くんの座るソファの後ろに立って知らん顔してる奴の名前が浮かんできたのでその名前を叫ぶ。
「それをどうするつもりなんだ哲次」
「知り合いに送る」
「やめて!?」
「因みに、諏訪さんが撮ってたのはすでに回って来てる」
「諏訪さん!?」
俺の頭を撫で続けていた諏訪さんの手を避けてから横に顔を向けて尋ねるが、諏訪さんは自分の手回しの早さにどや顔するだけで謝罪はない。
「まあまあ、それだけみんなが名字のことが知りたいんだよ」
「うっ…………東さんまで、」
「良いんじゃないか、名字のイメージが良くなるのなら」
「さっきの写真で良くなる!?」
「なるだろ、多分」
「穂刈くん適当じゃん!?」
人殺しと同姓愛者、二つの噂が消えかかってるとはいえ、もう既に俺の人間像が固まってるであろうに…………これ以上劇薬を投下しないでもらいたいんだけど。
にやにやと笑う諏訪さんと哲次と穂刈くん、微笑ましそうに俺を見つめる東さんの視線に俺はくすぐったさを覚えながら溜め息を吐き、一言呟いてリュックを背負う。
「別に、俺のことは、俺が知ってほしい人だけ知ってくれたらいいんです」
「…………こいつ、ほんと」
「オイオイ天然か? わざとか?」
「ここは学んでおくか、男として」
「普通に嬉しいこと言ってくれるな」
俺の言葉にそれぞれ表情を変える四人に俺は首をかしげ、天然ではなく狙ってるんだけどなあなんて心の底で考えながら笑みを浮かべる。こういうところが一線引いてるって言うんだろうか? いや、これはまだマシな方か?
それでもこういう態度が俺の第一印象を悪くしているらしいので、どうにか意識的に変えていかなければならないなあと自己判断し、少し勇気とやらを振り絞って四人に言葉を吐く。
「だからその、諏訪さんと東さんと穂刈くん、連絡先教えてください」