30





 金曜日、午後から防衛任務があるのでその時間まで孤児院に居ようと思っていたのにも関わらず、迅が『今日嵐山が玉狛に来るからポスター取って』と連絡してきたので俺は仕方なく仕方なく何の用もないけど『本部に用事あるから』と言って断った。そしてわざわざ何の用もないけど嘘にならないようにと、俺に与えられたという私室の確認がてら本部に五分くらい足を踏み入れてから外に出て、今、困っているだろう迅を想像しながら孤児院の広間に座って小学生組のインドア派二人とテレビゲームで遊んでいた。因みにもう二時間くらいしていたりする。

「ちょっ、手加減してよ!」
「修行が足りないんだよ、名前にい」
「努力しねえとな、名前」
「うっさい、! あ、うそうそごめん!」

ゲーム機から三つのコードが延び、それぞれ小学生組の双子に一つずつと俺に一つコントローラーが行き渡っている。画面に映されているのはキャラクターを選んで色々なコースをゴーカートするゲームで、ただいまの順位だと俺は今三位、双子の兄のほうが二位、弟のほうが一位、となっている。いや、今の順位というかいつも三人のなかで俺が一番下だということが言いたかったのだ。
この双子の二人は翔と違ってインドア派、二人はお互いに兄弟や孤児院の奴等が居ればそれでいいと思っているらしく、あまり外で遊ぶ友達もいない。だからカードゲームもテレビゲームも二人で遊べるものだとやたら強いし勉強もお互いで考え合うから出来がいい。二人で一人というのは言い過ぎだけれど、二人で足りないところを補う性質は持ってると思う。

「うっわ、まって、そのアイテム使ったら俺、あっ!」
「「はい、落ちたー」」
「…………おまえらひどい」

俺のキャラクターがカーブにさしかかった瞬間、アイテムで雷が落とされ俺のキャラクターは車体ごと水の中に落ちていった。なにこれこわい。
そして二人は図ったように同着一位、それもこわい。

「名前弱すぎじゃね?」
「俺たちに花を持たせてる、って感じでもないしね」
「「普通に残念」」
「残念とか言うな、泣くよ?」

兄の岳は少し口が悪いし俺のことを孤児院で唯一呼び捨てにするし、弟の静は眼鏡をかけてて名前的にも静かそうなのに毒舌だし、俺は結構この二人に弄られることが多いからか「泣くよ?」をよく使う。
すると大体岳が「は?」って威圧してきて静が「はいはい」って受け流すから、俺はいつまでたっても心の中で泣かざるを得ないんですよね。

「は? てか、泣いてるの見たことねえし」
「はいはい、いっそのこと泣いたら?」
「…………ごめん、俺が悪かった」
「「早くコース選択してよ」」
「はい」

幼稚園組は自室でカズエさんと遊んでるし翔は何時ものように外遊びだし、中学生組は部活なので俺を慰めてくれる人はここにはいない。言われた通りコントローラーのスティックを動かしてコースを選択し、ボタンを押して決定すると二人が「「良いとこ選ぶじゃん」」といきなり褒めるので、小学生のうちから飴と鞭を使い分けてて俺は少し心配になった。
画面が代わり、さっきのレースで最下位まで落ちた俺は他のキャラクターより後ろの位置からスタート。何時ものようにさん、に、いち、というカウントダウンが始まりそうなので、俺はスタートダッシュのためにタイミングを見計らってボタンを押そうとする。


「てか、名前って彼女いねえの?」
「えっ」

『スタート!』

「あ、ちょ、スタートダッシュ出遅れた!」
「ぎゃははは、ざまあ!」


二人は俺の叫びを聞きながら華麗にスタートダッシュを決めるとまた独走しだし、俺は後ろから三番目の順位で走り出す。


「名前にいは顔が整ってるのに彼女出来ないよね」
「うるさいよ」
「ホモなんじゃね?」
「、ちがう」
「「うわー、今動揺した」」
「俺は違うって!!」

二人とも視線は画面に向かっているというのに、目敏く俺が言葉につまったことを言い当てる。
くそっ、倉須のせいだ! 今日だって皆の見てないところで指を絡めて握ってきたり、前までは耳元で話されるのなんて何の気にもしなかったのにいきなり意識しだしちゃったり、しかもそれに気付いた倉須が調子に乗って耳に息を吹き掛けてきたりするし! それに反応すると嬉しそうにするからシカトすると、周りのクラスメイトから非難殺到だし!

「俺はってことはー、名前がホモに好かれたー?」
「ちがうし、てか手加減してって!」
「やだよーん」
「…………岳、そこのショートカットしないであげようよ」
「えー、シズがそう言うなら仕方ねえな」

ちなみに、静(せい)のことをシズと呼ぶのは岳だけだ。

「シズちゃん、大すき!」
「ちょ、シズって呼ばないで」

そして俺が呼ぶと顔を赤くする。
よし、ちょっとお返しとして年上のズル賢さでトップを狙ってみようか。

「ねえねえ、ちょっとスピード落としてよ」
「やだ」
「シズ、ちょっとだけ、ね?」
「っ、少しだけだからね」


ちょろい。


「おいシズ! 名前の顔がイケメンだからって優しくすんな!」
「…………だってイケメンは正義じゃん」
「そうだけど! 今は適用されねえから!」
「おまえら俺の顔すきだよなー?」
「「すきだけど」」
「じゃあ勝たせて」
「それは今関係ねえから!」

岳はそう言うと、上がってきた俺のキャラクターに体当たりしてコースアウトさせる。キャラクターの重量的に俺は体当たりされると吹っ飛ばされた。あーこれは、勝てませんね。

「勝たせてあげたら、何かくれるの?」
「うーん…………何がいい?」
「良くできましたのチュー」
「あ、ずりいな、俺もー」
「…………それはちょっと、俺がかわいそうじゃない?」

勝たせてくれたからお礼に良くできましたのチューって、俺の年上としての威厳とかプライドとかその他もろもろ壊されるよね。頼んで勝たせてもらってる時点で崩れてないのが不思議だけどな。
なんて思いながら苦笑いで然り気無く却下すると、静が俺のコントローラーのスタートボタンを押してゲームを一時停止させたかと思うと胡座をかいた俺の上に座って顔をあげる。

「じゃあ、このままやって」
「え? まあいいけど…………」
「、俺は!?」

その姿を見た何時もの岳なら「俺にはそういうことすんな!!」とか言ってくるくせに、静が関わってくると競争心が湧くのかやたら同等になりたがる。いつも一緒の双子だからなのかもしれないけど。

「じゃ、次のコース手加減してくれたら、岳もやるから」
「絶対だからな! 嘘ついたら名前の連絡先を小学校の全ての黒板に書くからな!」
「そこまでなの!? やめて!?」
「名前にい、いいから早く再開してよ」

小学生にしては手酷い仕打ちを考えるなあ、なんて岳の台詞に思いながら俺の足の中で服の裾を引っ張る静に「はいはい」と返事をしてスタートボタンを押すと静は言葉通り車体のスピードを下げつつ、大体いつも邪魔してくるタイミングをスルーして俺の車体の後ろについた。

「やったー、」
「弟に頼んでまで手を抜いてもらって、良かったね名前にい」
「言い方!」

自分のことを弟、と称する静に少し目が据わりそうになるが、目敏い二人のことを考えて画面に集中する。
弟、家族ならば年齢的に静と岳、もちろん孤児院の子供たちすべてが俺の弟で、アキちゃんは兄になるわけだけど。俺は本人たちの前で弟や兄と呼んだことはない。第三者に説明するときに言ったことはあるかもしれないけれど、あまり納得して言っている言葉じゃないし、きっと俺と同じ境遇の翔と勇もみんなが俺のことを名前にい、と呼ぶからそう呼んでいるだけで、きっと心のそこから兄だとは思っていないだろう。感覚的にも一緒に長く住んでる年上の人、みたいな感じだろうな。そこら辺も、他の五人とずれているところだとしみじみ思う。

「静、名前が変なこと考えてんぞ」
「えっ、なに、エッチなこと?」
「エッチなこと」
「考えてないから、」

集中しているつもりだったが、俺たちの格好が気になるのかさっきからチラチラと此方を見てきていた岳には通じなかったらしく、巧みにコントローラーを捌きながら確実に俺を陥れていく。

「やっぱり彼女いねえからだな」
「彼女つくりなよ、色仕掛けでさ」
「えー、色気ないし、言葉でなら落とせるけど」
「うわ、言葉でならとかホストかよ!」
「それはホストに失礼だよ岳」
「二人が酷い」


ちょっと冗談で言っただけなのにこの始末。


「でも、この前きたジン? だっけ?」


ショートカットを使いながら二位の俺と差をつけていく岳を追いながら、その一位の言葉に耳を傾ける。

「迅が? なに?」
「あいつが洋と一緒に寝るみたいな雰囲気だったから、名前と寝ないのかよ、って聞いたんだよ」

すると俺の足の中で体育座りをしている静が「あー、あったね」と言ってアイテムをとって、それを容赦なく岳にぶつける。おうおう、有言実行、俺のためにありがとうございます。

「うわっ! 裏切りかよ!」
「まあまあ…………で?」
「あ? あー、それで聞いたら、なんかそいつが『名字と一緒に寝たら抱きつかれるから』って言っててさ」
「…………それか」
「あ、名前ってこういうのがタイプなのかって」
「タイプって、」

その岳の言葉に俺は一瞬コースアウトしかけるが、後ろについている静にぶつかられてなんとかコースアウトを免れる。ありがとうございます。
迅がそれを言ったのは多分、玉狛支部にある俺の仮眠専用部屋で陽太郎と三人で寝たとき寝ぼけて間違えて陽太郎と一緒に抱き締めてた時の話だと思うけれど、そういう言い方されるとなんだかおかしな方向性に聞こえるから日本語って難しい。
ていうかタイプって、タイプっちゃータイプだけど、男だし。いや、今の俺に男がどうとか言えないよな…………倉須を否定することになるわけだし。でも倉須については、ただたまたま近くに居たのが俺だったってだけだろうけど。

「否定しないんだ」
「いやなんというか……そのとき二人きりとかじゃなくて、間にこどもがいたし」

俺の胸に背中を預けて呆れる静に、言い訳をするように言い返す。
すると二人がハモって「「こども?」」と珍しくレース中にも関わらず顔を俺の方に向けるので、その向けられた視線に「なんで嫉妬してんの?」とは聞けない俺はほほえましく思いながら「知り合いの人のね」と適当に嘘をつく。あ、嘘ではないか。

「ふうん」
「まあいいけど」
「…………因みに、俺今一位だよ」
「「え!?」」

二人が俺に疑心を抱いている間に何度も見せられてきたショートカットを見よう見まねで成功させたら、予想外にも一位になれた。
岳が「ずりいぞ!」とかなんとか言いながらテクニックを駆使して俺に追い付こうとするが、その前に俺がゴールに車体をぶちこむ。

「いえーい、初一位」
「くっそー! むかつく!」
「おめでとう名前にい」

静は隣で悔しがっている岳の肩を慰めるように叩きながらそう言うと、俺の足の中から出て立ち上がってから「この結果ならしてもいいよね」と続けて俺の頬にキスをした。これなら正しい良くできましたのチューになるな。
そしてそれを見た岳は、むっとした表情をする。おいおい、それは何に対する『嫉妬』の視線なの? 色々怖いからサイドエフェクト使わないけど。

「えっと…………次は岳ね」

その視線を受けながら笑顔を携えて自分の膝を叩いて座るよう促すと、俺の笑顔を見て唇を尖らせながらも、素直に俺の足の間に腰をおろして俺の両足を肘掛けのように使う。

「名前はずるい」
「ごめんって、」
「そのことじゃねえし」

そう呟いてコース選択を行う岳に俺が首を傾げると、隣でそれを見ていた静がため息を吐いて「どうしようもないね」と達観したように画面を見つめた。なにそれ。

「ねえ、今のなに」
「…………名前にいは、どうがんばっても名前にいだなあってこと」
「いきなり年上ぶってきても、名前は変わんねえな」
「…………アキちゃんは、もっと鈍感だったね」
「「そういうこと」」

コースを決定しながらそう言う岳と、隣で俺を見つめながらそう言う静に、ため息を吐きながら何となく泣きたくなったけど、何処にも逃げ場がないから岳の頭に額を乗せる。
幼稚園組以外の孤児院の奴等は多分、今の俺がアキちゃんの代わりになろうと躍起になっていることに気づいていて、それでもそんな俺を甘んじて受け入れてくれるからこうやって役割を果たせる環境にいる。前みたいな自分のことしか考えてない俺から、アキちゃんが死んだ途端、アキちゃんのような世話焼きな俺に変わったらそりゃ誰だって意図に気づくし可愛そうな人間だって思うのに、こいつらはなにも言わず元々そうだったかのように接してくれる。

「名前おもい」
「泣くの? 泣いちゃうの?」
「なかない」
「「じゃあ、笑えば?」」

二人はそう言うと俺の両腕を抑えて、脇腹を擽る。

「うわっ、ちょまって、あっ」
「我慢した変な声になんぞー」
「あえがれてもこまるよー」
「は、わかっ、はははっ! わか、たから、っぁはなし、!」
「「だめー」」

コントローラーを容赦なく投げ出し、体重をかけて拘束してくる二人に涙目になりながら懇願するが解放は承諾されず…………。
少し経ってから解放されたあとは呼吸を整えるのに結局疲れはて、やる力がなくなったゲームを放棄して防衛任務の時間になるまで寝ることにした。すると、二人も同じく寝る、と言い出したので俺は二人を連れて自室に戻り、もちろん同じベッドで俺が二人を抱き締めて眠りについた。まだまだ甘えたがりのこどもなんだ、と改めて感じながら孤児院にはやっぱり世話焼きの今の俺、つまりアキちゃんの代わりが必要なんだなと強く思った。



                 ◇◆



 そろそろ桜が咲く頃になるな、なんて思いながら昼寝を終えた俺が街道を歩いて警戒区域に向かっていると、たまに寄るコンビニの裏路地から猫が出てきたのを見て嵐山を思い出す。マンチカンなんかじゃなかったけど。

「あっ、ポスター」

走っていった猫に首輪がついていたのを見る。
そういえば迅のお願いを意味もなく断ってみたけど、まあどうせ既に剥がしてるだろうし、迅が嵐山のファンだと嵐山に誤解されるてることはないだろう。ベッドの上の天井っていう場所がちょっとガチ感あるけど。なんの根拠もないけれど勝手にそう思い込んで、孤児院から近い人気のないところから直接警戒区域に踏み込んで自分の担当である本部西側に徒歩で向かう。
俺の前にその支部を担当しているのは、えっと…………影浦隊というところらしいので正直あまり行きたくないけれど、私情で防衛任務を放棄できるほど人間として落ちぶれていないので素直に歩みを進める。何故行きたくないかと問われれば、そりゃ、初対面だからだ。初対面だから迂闊にブラックトリガーを換装して行ったら近界民だと間違われるかもしれない(一度間違われた)し、単純に自己紹介とか求められたら面倒だな…………と思っているだけで、影浦隊がどうのこうのって話ではない。というか影浦隊って影浦さん以外誰がいるのか知らないし、そもそも影浦さんって女なのか男なのかもわからない。

「あーあ、」

あと三百メートルくらいで目的地になるが、出会うまでは換装出来ないので放棄地帯のところに並んで植えられている桜の木に蕾が出来ていることを確認しながらため息を吐く。防衛任務の後に陽介くんと食事に行くのはすごく楽しみだけど、三輪隊の隊長さんと会うのは少し憚れる。なんていうか、気まずい。連絡先を教えてもらってないから連絡してないし、あちらからも連絡して来ないから登録出来ないし。結局あれは何だったんだろうか、なんてたまに思うけど三輪くんが俺の答えを必要としなくなったのならそれでいっか、とも思う。
そんなことをダラダラ考えているとヴーーーー、とけたたましい聞き慣れた警報が近くで鳴り響き、見慣れた真っ黒な門が俺の曲がろうとした道の先に現れたので俺は焦りもなく慣れたように五線仆を起動する。
その門から二体のバムスターが現れ、確実に俺の方を視認してから俺の手を煩わせないようにしてくれたのか一直線に此方へ突っ込んできた。いや、普通に一方通行な道なだけか。

「優しいね」

俺は道なりに一直線に突っ込んでくるバムスターに向き直ってからシャンアールを生成し、その道に並んだ住宅街にソレを展開させてからそのまま立ち止まる。
そしてその展開されたシャンアールに一匹が真っ直ぐ突っ込んでバラバラになったのを見てから後ろに並んでいたバムスターのモノアイにイルーを付着させ、そのまま思いきり引き寄せてシャンアールでモノアイを切り取った。
二体のバムスターが大きな音と砂煙をあげて倒れたのを確認しつつイルーを消し、展開させたシャンアールを放置して目的地に移動する。あ、そういえばあのバラバラにするやり方、回収しにくいからやめろって鬼怒田さんに言われてたんだっけ。
バムスター一体くらい大丈夫かな、なんて思って屋根を伝って残骸を避けると、何処からか視線が向けられた。

なんだ? 『警告』?

その視線の根源を探すために辺りを見回すと二十メートルほど先にある屋根の上に銃型トリガーを抱えた隊員らしき人が見えたので影浦隊の人かな、と見当をつけて歩み寄ろうと足を上げた瞬間、






俺の登っている屋根の下から白い光が伸びてくるのが視界の端に映った。



「っ、!」

思わず反射で後ろに跳んで距離をとり、追撃が来る前にシャンアールを生成させていると、その攻撃が放たれたところから黒い隊服の人が俺と同じ屋根の上に飛び乗った。あれ、この隊服…………こっちに近づいてきてる銃型トリガー持ってる人と同じだな。

「おい、てめえ」

右手にスコーピオンを携えて、腰を落として戦闘体勢を崩さない目の前の人が『敵意』の視線を俺に向けて言葉を続けようとするが、何かに気をとられたように視線を逸らす。? あ、秘匿通信か。

「あのー、俺は近界民じゃなくてですね…………」
「、てめーがブラックトリガー使いの人殺しか」
「あ、そうです」

本当は『敵意』の視線を向けてくる人にその噂を肯定するのは憚れるけれど、否定する気は更々ないので真っ直ぐ見つめて頷く。

「…………つーかまだ俺たちの時間内なんだから獲物取んじゃねえ」
「? あー、バムスターですか、すみません」

はあ、と溜め息を吐いて戦闘体勢を解く目の前の人に俺も素直に頭を下げて「以後気を付けます」と謝ってシャンアールを消す。なるほど、影浦隊の人か。するとその人の後ろから近づいてきていた銃手の人が焦ったように屋根に飛び乗ると、俺と足場の屋根を見て「あらら、どーもすみません、」と謝り返してきた。

「うちの隊長がご迷惑をおかけしましてー」
「あ、隊長さんなんですか…………お疲れさまです、俺は平気ですから」

いやまあ、さっき攻撃された場所を見ると見事に屋根が貫通して穴が開いてますけどね。串刺しにならなくて良かったー。どうやったんだろ、弧月は持ってないみたいだけど弾丸っぽくはなかったし、スコーピオンくらいしか見当がつかないけど。

「えっと、もうすぐで…………てかもう引き継ぎの時間なんで、ここからは宜しくおねがいしますねー」
「ああ、はい、大丈夫です」

そのちょっとポッチャリとした銃手の人は、先ほどからつまらなそうにしている隊長さん…………影浦さんに「ほら、ゾエさんは帰りますよー?」と呆れたように言って元来た道を引き返そうとするが、その隊長さんはそれに対して舌打ちすると屋根から降りて換装を解いた。

「こっから帰っから、報告しとけ」
「あー…………はいはい」

自分のことをゾエさん、と呼ぶ銃手の人はその台詞に慣れているのか適当に返事をすると、心配するような素振りもなく本部へ戻っていく。

「おい、人殺し」
「はい?」

もう既に歩いて去っていってるものだと思っていた影浦さんが屋根の下から見上げるようにして俺を呼んだので、俺が失礼にあたらないよう視線を同じ高さにするため屋根から降りてから返事をすると、また新たに『苛立ち』の視線を向けてきたので俺はサイドエフェクトを意識する。

『…………そんなんで返事すんじゃねえよ。マジで人殺しなのか?』

おっとこれは、ツンツンしてるけど実はいい人ってことか?
換装を解いて高校の制服にマスクを装着した姿になっている影浦さんの視線に疑問を覚えながら、それを表情に出さないようにして「どうかしましたか?」と訊ねる。

「、おまえ、今なんで不思議がった?」
「? よくわかりましたね」

俺がサイドエフェクトで影浦さんの視線を読み取ってからすぐ、影浦さんの視線が『疑問』に変わったのを感じて首を捻る。あまりにも俺が不思議がってると判断したのが早すぎる。そして、お互いに頭の上にハテナマークを浮かべていることにお互い気付いて、またハテナマークを増やす。
そんなループに嵌まって何を話せばいいのか分からなくなって視線をさ迷わせていると、ここからもう少し西の方から『門発生。門発生。大規模な門の発生を確認。警戒付近の市民は直ちに避難を開始してください』とかいういつもの自働警報が鳴り響き、耳元から『こちら本部。座標誘導誤差0.2。攻撃型トリオン兵十体を確認』とかなんとか聞こえた。
それに対して影浦さんは舌打ちすると、何も言わずに警戒区域の外へと歩き出したので、俺もその背中に「お疲れさまです」と一言告げてから本部に了解、と応答して警報の方へと急いだ。なんだったんだろう、今のやりとりは。



 

防衛任務が無事終わると隊ではなく、自主的に防衛任務を望んだらしいB級ソロの人たちが引き継ぎしてくれたので、防衛任務から顔見知りになっていた俺はスムーズに引き継ぎを終わらせて本部に直行する。防衛任務が終わったら本部のロビーで、と陽介くんに待ち合わせ場所を指定されていたので俺は多分自分が先に着くことを予想しながら本部の入口に入る前に換装を解いてロビーへ向かっているが、その途中何でか分からないけど太刀川隊の作戦室前を通った。
つまり、何でか分からないけどってことは、俺は今普通に迷子である。

「…………助けを請おうか」

太刀川隊の作戦室を覗いてみてもいいけど大事な話をしていたら申し訳ないなあ、なんて思っていると向こうの廊下からタイミングよく公平くんが現れ、俺は自分でも驚くほど満面の笑みで「公平くん!」と呼んで近寄る。すると公平くんは此方を向いて少し『違和感』の視線を向けてから、すぐに何時ものように「なにしてんだよ」と溜め息を吐いた。

「いやあ、迷っちゃって…………」
「はあ? あんた、またかよ」
「今日もかわいいね、ちょっと道教えて?」

態とらしく褒めてから頼むと、俺に顔を背けてから「別にいいけど、覚えられんの?」と公平くんが呆れ顔で真っ当な意見を述べてきた。言われたことは覚えられる自信はあるけれど多分曲がってるうちにどちらが右なのか分からなくなる自信もあるのでキッパリと「無理」と言って笑う。方向音痴の中の方向音痴は左右も分からなくなるからな、出来ないことは出来ないと言っておこう。

「だろうな、今暇だからついていってやろうか?」
「やったぜ、公平くんと一緒だ」
「…………ずるいよなあ」

これなら絶対迷わない、という意味で言ったつもりだったけれど、公平くんにとっては『照れ』の視線を誘発させる台詞だったらしく、タラシから天然タラシになりつつ自分に少し驚く。いやまあ、その視線は大好物なので損はしてないし相手も困ってないからいいかなあ、なんてことを考えていると公平くんが「どこいけばいいの」と言って歩き出したので俺もその隣に並んで「ロビー」とだけ答える。

「…………そこすら行けねえの?」
「…………多分、地上から行けば分かるんだけど」
「あー警戒区域歩くってめんどいもんな」

このいつまでも同じ風景が続いているのが悪いんじゃないかな、と適当に本部の作りにいちゃもんをつけながら公平くんの服の袖を掴んで歩く。因みにこれは別に俺が率先してやった訳じゃなくて、曲がり角の度に反対方向へ行く俺にイラついた公平くんが命令してきたのでそうしているだけ。俺が公平くんの子供みたいで少し面白い。哲次のときは、後ろにつけって言われたっけな。

「なあ、名字さん」
「ん?」
「風間さんに会ったんだって?」
「ああ、慶から聞いたのか」

曲がり角を右に曲がるとエレベーターが見えたのであれに乗るのかな、なんて見当つけながら言葉を返すと、公平くんは「まあ、ちょっと噂にもなってるし」と呟いてから小さく言葉を付け加える。

「つーか、おれが彼処に名字さんが居ること教えたしな」
「…………公平くんがチクったのか」

そりゃ慶に情報が伝わるのが早いはずだ。
意外なところに伏兵がいたな、なんて思いつつ俺より背の低い公平の横顔を見ていると、公平くんはちらりと俺を見て『心配』の視線を向けてから廊下の先に視線を戻して小さく呟いた。





「…………名字さんに、死んでほしくねーからな」

公平くんがエレベーターホール前で立ち止まって吐いた言葉に俺は目を見開き、まばたきを繰り返す。そしてチーン、とエレベーターが俺たちの鋳る階で止まって扉が開き、誰もいないエレベーターの空間が現れた瞬間、公平くんが何を言いたいのか察した…………というより思い出した。そうだ、前にエレベーター内で迅と電話しているとき俺の未来をうっかり公平くんに知られてしまったんだっけ。あのあと結局誤魔化すだけで話題には触れなかったけど、公平くんは気にしてくれていたのか。あんな現実味のない話を信じてしまったのは迅という存在の影響力も関係しているんだろうけど、迂闊にも話を聞かれてしまったのは俺のせいなので責任転嫁はしないでおく。

「この前の電話の話聞いたから…………名字さんが風間さんに会ったら、何か変わるのかと思ってチクった」

そう言ってエレベーターに乗り込む公平くんに、俺は眉を寄せてエレベーターに足を踏み入れる。あー、後輩の公平くんにまで心配かけさせるとか俺は馬鹿なのか?
階数ボタンを押して俺からわざと視線を逸らす公平くんに俺は息を吐いてから口を開く。

「、心配させちゃったかな。でもまだ、死ぬって決まった訳じゃないし」
「…………生きる未来はあるんだよな?」
「あるよ」


ほとんど可能性は低いけど、という言葉を飲み込んで公平くんの頭に手を置く。


「俺は死なないように強くなるよ、公平くんがチクってくれたからあの日風間さんと戦えたし…………無駄にはしないさ」

エレベーターがどんどんと下がっていくのを感じ、公平くんの頭をポンポン、と撫でてから色素の薄い髪の毛を手櫛で整える。二人きりだからか、神妙な話だからか、それを甘んじて受け入れる公平くんのしおらしさに少し罪悪感を覚えて顔を覗き込むとそこには眉間にシワを寄せて何かを考え込んでいる表情の公平くんが居て、俺は苦笑いで人指し指で眉間を伸ばす。

「、公平くんがいい子なのは知ってたのに……何も考慮してあげられなくてごめんな」
「別に、勝手に考えただけだ」
「それが優しいんだけどなあ」
「………夜寝るときに何となく名字さんを思い出してさ、自分が死ぬって分かってて生きてるってどんなんなのか、とか、それでも学校行って防衛任務して、家族の前で笑えるってすげえけど…………なんか嫌だなーとか」
「…………うん」
「だからなんつーか、もっと足掻いて欲しくて」
「、?」
「…………もっと、自分のことに本気になってほしくて」
「あー、」

そう言って俺を見つめる公平くんに、俺は何となく揺らぎそうになって視線を逸らす。これ以上は、ダメだ。なんだか"今の俺"がダメになる気がする。
そう感じた俺は公平くんから一度視線を逸らし、笑顔を携え直して目を合わせ直す。

「ありがとう公平くん、ごめんね、でも…………俺は生きなきゃって思ってるし"死なないように頑張ってる"からさ。だから心配しないで、ていうか今の俺は普通に元気だしさー」
「…………そういう言い方じゃねーだろ、」

悲しそうな怒っているような表情でそれ以上続けられたら、俺はそれに"何か"を壊されてしまいそうで、俺は公平くんの肩を掴んでから反対の手で口を塞ぐ。ああいや、何か、じゃない、判ってる…………何かじゃなくて、今の俺の、



「そこを否定されたら、今の俺の"生きる役割失っちゃうから"」
「、っ」
「…………公平くんは優しいから特別に根本的な話をするね」

口を覆った状態でも分かるほどの驚いた表情と視線の公平くんを真っ直ぐ見つめてから、エレベーターの階数表示を見て言葉を続ける。


「公平くんみたいな優しい子の考えることだからって、それが絶対誰かにとっての善いことな訳じゃないよ」


あと五階。


「例え公平くんの言おうとしていたことが正義だとしてもさ、それは今の俺にとっての善じゃないんだ。善と正義は違う」


あと四階。


「俺は…………『自分の為』に生きてない、『誰かの為』に生きてる。それが俺の善いこと」


あと三階。


「だから公平くんが納得出来なくても、俺は"死にたくない"じゃなくて"死なないようにする"でいいんだよ。それで俺が報われなくたって救われなくたって、いいの」


あと二階。


「あと、この事はチクったら駄目だよ? 特に慶とか、絶対めんどくさいでしょ? だからもし俺のこの言葉で嫌な気分になったら俺のところにおいで、ちゃんと聞くから」


あと一階。


「出来るよね? 公平くんはいい子だからさ」


俺の降りる階にエレベーターが到着したのをかかっていた重力の変化で感じとり、扉が開く音を聞き、俺を見上げる公平くんから手を離す。

「おっとーここまで来たら大丈夫、もう流石に迷わないから」
「…………あ、ああ」

口を小さく開けてボーッとした視線を向けてくる公平くんに少し笑い、公平くんの顎の下を少し押し上げて口を閉じさせてからまた頭を撫で、エレベーターから降りた。そして上へ行くボタンを押すと背後でエレベーターが閉じた音がしたので、エレベーターが上に向かったのを感じとりながら陽介くんとの待ち合わせ場所に向かおうとする。
けれど、心のわだかまりが素直にそうさせてくれなかった。



「…………色々話し過ぎたかな、」


そして多分ちょっと嫌われた。
視線が少し怖がっていたし、途中から俺のことを別次元の人間として見ていたと思う。最低だな、心配してくれてた後輩を自分が傷つきたくないからって怖がらせた。


「はあ…………なにやってんだか」

TOP