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 サイドエフェクトを手に入れてからは、誰かと並んで歩くときに意識的に道路側を歩くようになった。自分のためなのか相手のためなのかそれが何故なのか未だに良くわからないけど、きっと本能的に動いた結果なんだろうなと結果を出してからはあまり深く考えていない。

「陽介くん、三輪くん、聞いてくれよ」
「なんすか?」

この時間帯で学生が気軽に行ける場所といえばファミレス位しか思い付かなかったので何故か増えていた人数に多少疑問を抱きながらも、特に言及することなく三人でファミレスに向かっているのだけれど、俺は未だに公平くんへの罪悪感が薄れずにいた。そりゃさっき起こったばかりのことだし、一方的に俺が悪いのでどんどんと罪悪感が増していくばかりで、逃げ道はない。

「俺、公平くんに嫌われたわ」
「そりゃドンマイ」
「…………」

俺の言葉を軽く受け流す陽介くんと、あまり重要視していないながら視線でフォローしてくれる三輪くんの差に俺は頷く。はい、二人とも関心ないな。そういえば初対面はタメだったのにさっきから三輪くんが敬語になっているのは、誰かから俺の年齢を聞いたのだろうか…………。

「いや、ほんと深刻なんだって…………嫌われたっていうか怖がらせたんだよ」
「怖がる? あいつが名字さんを?」

けらけら、と笑いながら俺の顔を覗き込んでくる隣の陽介くんに「うん」と真面目に頷く。だってあのときの俺、自分でどんな顔してたかわからんし。怒っていたのか困っていたのか、泣きそうになっていたのか笑っていたのか、よく思い出せない。

「やってあげようか、公平くんにやったこと」
「あー…………やるなら秀次にどうぞ」
「やだよ怒るよ絶対」
「オレはいいのか」
「…………許してくれそうだから」
「うわ、オレのことなんだと思ってるんですかねー」

唇を尖らせて拗ねたように言ってみれば、陽介くんは笑ってそう言ってから「ま、良いっすけど」と続けた。

「ほんと?」
「だってあいつが怖がるとか、絶対ないですって!」
「…………おまえこそ出水を何だと思ってるんだ」
「「確かに」」

陽介くんの隣でそう言う三輪くんに俺と本人の陽介くんがハモって同意する。何だか前より三輪くんと話しやすくなったな、と思ってはみたけれど、もしかしたら俺が変わっただけなのかもしれない。最近は迅のお陰で知り合いが増えることに躊躇いが無くなって知らぬ間に壁を作っていたことを嵐山に指摘されたから意識的に心をオープンにするようになって…………色々な人に助けられて俺は色々な人と出会えているんだなあと改めて感じる。なんて考えながら本部の入り口がある人気の少ない裏路地を抜け、大通りの人の流れに乗って歩みを進めていく。

「じゃあさ、陽介くんが仮に俺とエレベーターで二人きりだとするでしょ?」
「お? オッケー」
「で、陽介くんが俺のことを心配してくれてるとするでしょ?」
「おう」
「それから陽介くんか俺を心配してるときに、いきなり俺が『もういいから』って言って手で口を塞ぐでしょ?」
「…………まだ大丈夫だな」
「で、そのまま至近距離で俺が…………まあ、集約すると『俺のことを心配するのはやめて』的なことを今の二十倍くらい理不尽な感じに言うとしたら、どう?」

俺、陽介くん、三輪くんの順で横に並び、地上の商店街に向けて歩みを進めるながら隣の陽介くんの横顔を見て訊ねると、陽介くんはポケットに手を突っ込みながら「んー」と首を唸って俺に顔を向ける。

「恋が始まりますな」
「、始まんねえよ!!!」

その予想外の答えに思わず陽介くんのリュックを叩くと陽介くんのリュックにぶら下がっていたキーホルダーが跳ね返って俺の手の甲に当たった。なんだこれ…………変な黄色のいぬ。

「、ツッコんできた!」

手の甲を擦っている俺に指を指してゲラゲラ笑う陽介くんと、意外そうに俺を見つめてくる三輪くんに俺は顔を背けて溜め息を吐く。
こちとら真剣に相談してるんだよ!
俺と陽介くんが大声をあげたことで一瞬集まった視線にぞわぞわしたが、歩みを進めるとその分人の視線も流れていくので問題はない。

「ほら、イケメンに至近距離で口を押さえられて『心配するな』って言われたら大抵の奴はなびくじゃん? 少女漫画的に?」
「これは少年相手なんですよ陽介さん」
「まあそうっすけど」

こりゃ真剣に答える気はねえな、と感じた俺は「もういいや」と苦笑いして話題を変えようとしたが、三輪くんが口を開く。

「それくらいで出水は怯まないと思いますが」
「…………でも、そういう目だったんだけどなあ」
「そんじゃあ、名字さんが言った『心配するな』の中身に何かあったんじゃないっすか?」
「、そうだとしても、俺はそれを撤回するつもりないし」
「…………何を言ったんですか」

俺が散々ぼかして言ってきたことを直球で三輪くんが質問してくる。
あー、これは完全に分かってて質問してきてますね、視線的に。

「んんと…………俺のことを三輪くんに例えて言うなら、…………あ、やっぱりやめた」

三輪くんの発言に苦笑いを溢した陽介くん越しに見てくる三輪くんにお返しで意地悪な答えを吐こうとしたが、陽介くんが巻き込まれることに気がついて言葉を変えると、「、寸止めかよ」と陽介くんが茶化してきたので足を止めて諏訪さんから習ったヘッドロックを決めながら三輪くんを見る。あ、スゴい陽介くんと同類に見られてる。

「二人きりの時に話すよ、三輪くん」
「…………またそれですか」
「皆の迷惑にならないようにしないとさ」

陽介くんの首を絞めながら笑顔でそう言うと、三輪くんは俺たちを鼻で笑って一人で歩き出す。言えるわけない、これからご飯を奢って仲良くなろうとしてるときに。

「名字さんは、たまによくわかんねえっすよね」
「…………そうかな」
「まあ、オレは奢ってくれるならなんだって良いんですけど」
「ゲンキンなやつだな」

そう言ってよいしょ、と俺の腕から逃れる陽介くんに俺は苦笑いを浮かべ、三輪くんのあとを追って俺の隣に並ぶ陽介くんに目を向ける。そういう素直なところは好きだから良いんだけど、なんて思いつつ目線を三輪くんの背中に向けると陽介くんも同じように三輪くんを見つめた。

「……でもまあ、今ウチの隊長に優しくしてくれたっぽいし? 出水にはオレからフォロー入れときますよ」
「、マジ?」
「名字さんもただの人間なんだなーってことで、」

俺たちは前を向きながら小声でそう話し、聞き覚えのあるその台詞に俺は苦笑いを浮かべて「ありがとう」と呟く。なんというか、俺の周りには俺のことを普通の人間と思ってないやつが多すぎる気がするが、それはどう考えても過去の俺の態度のせいなので強くは言えない。
するとタイミング良く三輪くんが俺たちの方を振り向いて「呼んだか」と眉を寄せて陽介くんを見つめるので俺が陽介くんの代わりに首を横に振ると、三輪くんは抑揚のない声で「そうですか」と呟いて俺を一瞥してからまた前を向いた。

「、三輪くんって笑う?」
「まあ、前はたまーに」
「いいね、俺は多分見られないんだろけど…………怒らせないように、とか悲しませないように、とかは出来るから頑張る」
「…………ほんとよくわかんねえ」

ため息を吐く陽介くんに俺も笑い返し、三輪くんが立ち止まってまた俺たちの方へ振り向いて視線を向けてきたのを見て目的地であるファミレスに着いたことを察して顔を横に向ける。あー、ファミレスって安くていいわー。店のウインドウに置かれた料理のレプリカとメニューの値段を見つめながらしみじみ思いつつ二人を先に入れるために扉を開けると、陽介くんが一番に入店した。あいつ、はやい。

「名字さん、」
「ん?」
「さっきの言葉の意味を話して下さい」

陽介くんの後姿を眺めながらそんなことを思っていると三輪くんが俺を真っ直ぐ射抜いて見つめてそう言うので、俺は苦笑いをしたまま陽介くんに先に席をとっておくように言って店の扉を閉め、他の客の邪魔にならないよう店の横にある小道に逸れるように移動する。
後ろから三輪くんが着いてくるのを視線でも足音でも感じながら振り返ると、相変わらずの無表情の三輪くんに視線をそらされた。意外とせっかち…………いや、答えを焦って求めている風でもないから、単純に『二人きり』という言葉通りになるであろう瞬間を狙って言ったんだな、後日という意味で発言した俺的にせっかちのように感じるだけか。

「さっきって? 俺が言われたことを三輪くんに例えるやつ?」
「はい」
「…………それを聞いたとして、そのあと陽介くんと俺と三人で普通に食事できる自信ある?」

街灯の全くない小道でファミレス店の外壁に背中を預けながら少し意地の悪いことを言うと、三輪くんは躊躇ったように視線を下に落としてから俺の目に視線を戻して「出来なかった場合は、帰ります」と返してくる。
あー、ここで引いてくれるのが一番良かったのに。
その意思の強さを見せてくる三輪くんに「わかったよ」と言って笑ってから、俺は目の前にあるカラオケ店の壁を見つめて言葉を続ける。

「俺が公平くんに心配されたことを、三輪くん的に言うと」
「…………はい」






「、三輪くんの事情を知らない人に『復讐するのをやめろ』って言われるのと同じことだったわけ」

『復讐』という言葉を俺が発した瞬間、少し視線が動揺したけれど、それ以降は俺の言葉を静かに聞くだけで揺らぐことはなかった。

「つまり、名字さんは"俺とは違う"ということですね」

怒った風でもなく悲しい風でもなく、ただ淡々と事実確認をするよう訪ねてくる三輪くんに、俺の方がなんだか泣きそうになって思わず眉を寄せる。

「俺は復讐よりやらなきゃならないことがあって…………それをやらないと俺は生きている意味なんてないからさ」
「…………同じであって欲しかった訳ではありません」
「そう、」
「この前の答えも、今ので分かりました」

三輪くんは暗闇のなかでそれだけ言うと俺に小さく一礼してファミレスの入り口とは反対方向に足を向けるので、思わず「、待った」と言って三輪くんの背中を引き留める。
ああ、エレベーターの時と同じ感覚だ。

「俺が、復讐が自分と縁遠いと思ってるのは他に役割があるからだけじゃないよ………俺が弱かったから、俺がその人を殺したと思ってるから」
「……………俺には関係ありません」

俺に背中を向けたままそう言う三輪くんの声色に、少し怯えているような心が見えて俺は思わず口をつぐむ。陽介くんにそういう顔させないようにするって言ったばっかりなのに、見えないけれど、きっとそういう顔させている。それに、今の俺の言葉で怯えているということは、三輪くんにも俺と同じような気持ちがあるってことだろう…………もっと自分が強ければとか、もっとあのときこうしていればとか。許せないことがあるんだろう。
俺にはまだ孤児院の皆が居るし役割もブラックトリガーも与えてもらっているけれど、三輪くんには復讐しかなくて。許されることも許すことも出来ないからただがむしゃらに近界民を排除することに熱を入れている。そんな自分が無性に悔しくなったり空しくなったりするのだろうか。

「…………、帰るの?」
「、家に用意があるので」
「そっか」

それが嘘なのか本当なのか、背中を向けられている今はもうわからない。
ただもしそれが本当のことだとしたなら、三輪くんはこの話をするためにここに来たということ…………それが、お節介にも心配になる。
変わらなくて強い意志は、それだけ脆く、折れやすい。
朝起きて、学校へ行って、本部に顔を出して、夜寝る。そのサイクルの中で三輪くんは、どれだけ復讐のことを考えるのだろう。

「…………失礼します」
「…………うん」

だったら、もし俺を見るたびに復讐のことを思い出すのだとしたら、ここで俺は三輪くんを引き留めることはできない。なんの言葉もあげられない。
そんなことを三輪くんの背中に馳せて、俺はファミレスの入り口に向かって三輪くんとは逆の道を歩き出す。
どこかで救われてほしい、三輪くんの意志が折れる前に。そのために出来ることがあるのなら何かをしたいけど、何もないって言うなら見守っていたい。同じように過去に縛られている人間として。



                   ◆◇



 ファミレスに入店し店員さんに陽介くんの居場所を案内して貰うと、机に突っ伏して寝ている待ち人が居て思わず頬を弛める。机の上にはメニューが開かれ、汗のかいた水入りのコップが二つあってそのうちの一つが極端に減っているので陽介くんが飲んだのだろうと推測してみた。
よだれを垂らして寝させるほど暇な時間を与えたつもりはなかったけれど、現にそうやって寝ているのだからよっぽど暇だったか、よっぽど眠たかったのだろう。肩を揺すりながらボックス席の陽介くんの目の前に座ってリュックを下ろすと陽介くんが顔をあげ眠気眼で俺を見つめてから「話終わったんすか」と制服の裾でよだれを拭って呟く。おいおい。

「うん、帰っちゃったよ」
「まあ、予想してたんで大丈夫っすよ」

秀次が名字さんを呼び止めた時に、と続ける陽介くんに俺は自分の水を飲みながら苦笑いしてゆっくりコップを置く。
確かに、コップの数も二人分だ。

「……………で、メニュー決めた?」
「あー、オレはその期間限定の上のやつで」
「じゃあ俺は下のやつにしよ」
「え、マジすか? ちょっとくださいよ」
「いいよ」

ピンポーン、と机に備え付けてあるボタンを押すと店員さんが来たので俺はその『春キャベツとトマトソースのパスタセット』と『さくらうどんといなり寿司セット』の二つを注文してメニューを机の隅に立て掛けてから陽介くんを見つめる。すると陽介くんは俺の視線に気が付くとじっと俺を『観察』の視線で見つめ返してくるので、俺は何となく首をかしげて口を開く。

「もう春だな」
「あー、今年は桜いつっすかねー」
「三月後半じゃない?」

コップに伝っている水滴に指を滑らせながら出来るだけ三輪くんのことを考えないように努める。今三輪くんのこととかアキちゃんのことを連鎖的に考えたら、絶対表情とか取り繕えない。そうなったら陽介くんが迷惑を被ってしまう。

「そういえばさ、警戒区域に結構桜の木あるよね」
「へえー、オレは咲いてないとわかんねえっす」
「おいおい、蕾出来てたよ?」
「えっ、どこっすか」
「本部の西側」
「範囲広っ!」

陽介くんは俺を見て会話のテンポよくそうツッコんだかと思うと、あっ、と何かを思い出したようにリュックから携帯を取り出して操作して「話変わるんすけど、」と画面を俺に突き付けた。

「この写真、送られてきましたよ」
「、うわっ! ほんとに回したんだ!」

そこには俺が諏訪さんに撫でられて目をつむっている写真があって、陽介くんがまた操作すると、今度はまた諏訪さんに口をタコみたいにされている写真が画面に映し出された。マジで桜と関係ねえけど、陽介くんなりに話を展開させようとしてくれたんだろう。てか、諏訪さんと哲次は知り合いに送ったとかいってたけど、どこまでの知り合いに送ってるのかわからないからこわい。俺の醜態がどんどんと広まっていく。

「誰に貰ったのこれ…………」
「オレは出水からですけどあいつは太刀川さんから貰って、んで太刀川さんは風間さんから、確か風間さんは諏訪さんからだって」
「こええよ、ボーダーの情報伝達の早さこええよ」
「まーまー、これで防衛任務のとき近界民と間違われる可能性も低くなりますって!」

そうニヤニヤしながら言う陽介くんに携帯を突き返し、既に今日影浦隊に間違われたのでその効力はあまり期待しないことにした。でもまあ、回ってるのが上位のボーダー隊員だけならまだ大丈夫だろ。

「悪用しないでよ…………?」
「オレはしてねえっすけど、冬島さんとかがコラ作ってましたよ、ほら」
「…………悪趣味過ぎる!」
「ブラックトリガーと掛けて、この色になったらしいです」

確かにあのときも猫っぽいとは言われたけど、高校生男子の頭に黒い猫耳をつけるとかいう雑なコラはやめてほしい。正直見てられないし居たたまれないし、それを保存した陽介くんをビンタしたくなる。いや、本当に制裁を加えるべきは冬島さんか。

「こわいよ…………変に技術を持った人にその写真が渡るのがこわい」
「大丈夫ですって! イケメンなら勇気もてって!」
「イケメン関係ないでしょ!?」

遊ぶだけ弄ばれてそのままポイされたような感覚に陥って泣き真似していると、タイミング悪く店員さんが俺たちの料理を運んできたので演技を一旦やめる。くそう。
そして店員さんの手によってうどんが陽介くんの前に置かれ、パスタが俺の前に置かれたので、店員さんが居なくなってから俺たちはそれぞれの料理の皿を交換する。

「ほら、イケメンはお洒落なものしか食わねえと思われてんすよ」
「…………うどんだってお洒落だし、さくらだし」
「ぶはっ、関係ねえ!」

見た目によって俺がパスタを置かれたのは別に良いとして、言葉の綾でうどんをお洒落扱いしてしまったのに少し後悔する。だってうどんがお洒落なら、それを食ってる慶までそうだと言っているような気分になって少しいやだ。

「あ、じゃあそのまま一口先に食えばよかったっすね」
「確かに…………」

そう言いつつフォークでパスタをくるくる巻いている陽介くんに俺も器にめんつゆを注ぎながら答える。すると、陽介くんはニヤニヤと笑って悪戯好きがする視線を俺に向けて「はい、あーん」とパスタの絡まったフォークを俺の目の前に差し出してきた。なんだと。
そんな陽介くんをチラリと見つめてからため息を吐き、そのフォークを持った陽介くんの手首を引き寄せてぱくり、と『あーん』を受け入れた。そしてその流れで手首を掴んだまま俺は反対の手で小さないなり寿司を一つ手でつかみ、自分が出来る最高の笑顔で「はい、あーん」と言って陽介くんを手を引っ張って引き寄せる。

「ちょ、強制!?」
「口開けろゴラァ」
「キャラ変わっ、っんぐ!」

少し腰を上げて俺の方に寄った陽介くんの口に容赦なくいなり寿司を突っ込んで黙らせると、陽介くんはまばたきを何回かしてから素直に椅子に腰を落としていなり寿司を咀嚼する。それを見た俺は机に置かれた陽介くんの携帯のカメラを起動して、その状態の陽介くんを素早く撮る。

「なにひてふんふか」
「陽介くんのかわいい写真を撮って、俺のところに送ってるんだよ」
「なんれ!?」
「かわいいから」
「うほらんー」
「嘘じゃないよー」

正直俺にサイドエフェクトが無ければ何言ってるか分かんないけど、視線を読み取って会話を進めながら俺の携帯に写真を添付したメールを送って携帯を返す。頬に米粒をつけてほっぺをいなり寿司でいっぱいにしている男子を写真に撮る男子。何かがおかしいけど、まあいいだろう。

「俺はコラ作らないから安心して」
「…………それオレは悪くねえのに」
「てか、そのパスタ美味しいね」
「話逸らした!?」

もー仕方ないっすねー、とため息混じりに諦める陽介くんが妙に大人びてて、本当に今年高校一年になるのかと問いたくなる。
というか、ボーダーに居る学生は大人びてて達観してる人が多い気がするけれど、そりゃ生死の近くに長く居れば嫌でもそうならざるを得ないのかもしれないな。

「陽介、」
「なんすか」
「陽介って呼んでいいの?」
「? 別に良いですけど、…………なんか企んでます?」
「企んでません」

何となく、だから子供扱いしたくなるのかもしれない。
奢ったり、頭を撫でたり、名前で呼んだり、遊んだり、普通の学生みたいな面が見たくなってしまうのかもしれない。それに全然関係ないけど、モテる人が多い気もするのはボーダー隊員だからモテるのかもしれないので頭の中からしょうもない思考を消去しておく。

「じゃ、オレも名前で呼んでいっすか?」
「いいよ」
「…………ほんとよくわかんねえ」
「全部わかったら面白くないよ」

箸を持ってずるずる、とピンク色のうどんを啜ってそう言えば、陽介くんは俺の言葉に視線を窓に向けてから「んなことねえっすよ」と視線を皿に戻してフォークでパスタを巻く。

「あいつだって、分かりたいから名字さんに踏み込んだんだと思いますけど?」
「………公平くんが? 俺を分かりたい?」
「名前さんがよくわかんねえ人なのは変わんねえけどさ、初めて会ったときより柔らかくなったとかなんとか、言ってました」
「公平くんが?」
「…………これ言うなって止められてるんすけど、あいつ、太刀川さんに色々教えて貰ったらしいですよ」
「……………は?」

その人物の名前に思わず箸を落としそうになる。
またか、あいつはほんと公平くんに何でも教えるのな。絶交したときのことも、俺のことも。隊員として尊敬しているにしても打ち明けすぎだろ。打ち明けるのは自分のことのみにしてほしいんだけど、それを本人言ったとしても結局は慶にすべてを話さなければいけなくなるのでそれも嫌だから泣き寝入りするしかない。

「なんか名前さんの家に行ったときに名前さんがボーダーのことを周りに隠してるって太刀川さんに伝えて、その日の帰りに色々聞いたとかなんとか」
「…………陽介はその中身聞いたの?」
「…………まあ、少しだけ?」

パスタに付いてきたスープをフォークでかき混ぜながら肩を竦める陽介に俺は思わず机に肘をついて項垂れる。慶から公平くん、公平くんから陽介という流れが定着しそうで不安だ。

「なんでこうもさ、俺の周りにはお節介が多いのかな」
「さあ、オレは名前さんのせいだと思いますけどねー」
「なんだと…………」

迅は仕方ない、俺のそういう未来が視えてしまったら人として回避したくなるのは俺でも分かる。たまにちょっとお節介だなとは思うけど、それは俺のためや市民のためを思っての行動だと理解している。けど、慶は本当にいつまでも俺を甘やかして、子供扱いして、お節介を焼いては年上ぶる。その事が嫌な訳じゃないしたまに"昔の俺"が嬉しがるときもあるけれど、公平くんを巻き込んだのは本当にお節介だ。
エレベーターの件が無ければまだマシだったのかもしれないけど、もし公平くんが俺の過去を知っていると分かっていたならエレベーターであんな電話なんてしない。もっと気を使っていたはず。

「俺は普通にしてるのに」
「…………ガードが堅すぎなんじゃね?」
「ああガードね…………てか、陽介は何聞いたの」
「え?」
「とぼけないの」

ずずっ、とスープを飲んで聞こえなかったふりをする陽介に、視線を読み取って嘘をついていると暴ける俺には通用しないことを示す。

「…………あーそっすねー、かるーくしか知りませんって」
「ちゃんと、くわしく」
「、名前さんが、そのブラックトリガーの人の代わりになろうって頑張ってるって」
「っ…………?」


俺はアキちゃんから言われた役割のことを慶に言った覚えはないけど。


「代わりって…………なに?」
「なんかこう、お兄ちゃんとして的な?」
「、そういうことな」

慶が公平くんにそれを話したのは孤児院に二人が来た日の帰り、つまりアキちゃんっていうお兄ちゃんの代わりに教育的なものを頑張ってるって言ったのか。
ってあれ? 待てよ?
てことは、


「やべえ…………」
「は?」
「…………エレベーターで俺が言ったこと、ヤバくね?」

あのエレベーターのせいで公平くんにとって俺は『自分の死を分かっていながらお兄ちゃんの代わりを果たしている可愛そうな人』から『それを生きる理由にしてる人』になっちゃったわけだ! いやまあその通りっちゃーそうなのかも? かわいそうではないけど。
しかも、今日、それを改めて俺が明言したから公平くんの中で想像上の可愛そうな人が一気にリアルになったから怖くなって、公平くんからしたら、死が近づいているかもしれないことを知りながら他人の為に生きるとか言ってる気狂いに怯えたってことか。

「そりゃそうだよなあああ、公平くんは何だかんだでいい子だからなああ」
「なんすかそれ」
「いやあ、公平くんは今年から高校生になるんだよなあと」
「名字さんも高校生だろ」
「俺はまず、いい人じゃないし……」

自分のしたことの背景が見えてくるとものすごく非道のことのように思えて、思わず食事中だというのに机に突っ伏す。するとそれを聞いていた陽介が溜め息を吐いて俺を見下ろすと「そういうところじゃないっすか?」と俺のうどんにフォークを伸ばしながらそう言った。

「え」
「ガード緩めて、名前さんも歳上には甘えて、てきとーにお兄ちゃんやれば良いじゃないっすか」

アキちゃんの代わりになろうと世話焼きにはなったけど、それはなるべくしてなったというか…………俺が頑張ってると言えるのは与えられた"役割"のことくらいだろう。それでもここでそれを告げるのはお門違いなので、めんつゆの器を差し出しながら笑って陽介の言葉を曖昧に「そうかな」と肯定する。

「あ、歳下にも甘えていいんすよ?」
「、公平くん?」
「とか、オレとか」
「っあはは! 俺のうどん食いながらそれ言うんだ!」
「おおっ、そういう風にも笑うのな」
「っ俺をなんだと思ってんの、」

フォークにうどんを巻き付けてそれをめんつゆにぶちこむ姿にまた笑いを誘われながら、机に頬杖をついて言葉を返す。すると、陽介くんは「イケメンずりー」とジト目で呟いてからうどんを頬張り、少し考え込むように視線を上に向けてから言葉を続けた。

「よくわかんねえお兄ちゃん?」
「ぶはっ、なにそれ…………! くっ、おもしろっ、」
「…………笑いすぎじゃね?」

もぐもぐ、とうどんを食べながらパスタにフォークを突き刺す陽介に、頭のなかで『麺の二刀流かよ』とか思ってまた笑う。

「ほんとっ、」
「……どんだけ年下に猫被ってんだよ…………」
「っ、えー? 」
「だから名前さんはもっと、出来れば秀次みてえに分かりやすくていいのによ」

パスタを食べ終わりそうな陽介は、俺にそう言って呆れたように笑うので、俺もいなり寿司に手をつけながら「はいはい」と返事をする。
甘えるのは正直得意じゃないけれど、サイドエフェクトが暴走したときに慶からも甘えろとかなんとか言われたのを思い出したからちょっと意識して甘えてみてもいいのかもしれない。それに、今の俺もそうだから分かるけど、歳上っていうのは甘えられると嬉しいし子供扱いしたいもんだからな。慶の為にもなよな、うん。まあ、だからって、"本当の役割"を捨てることはしないし、それを話す気もしないけれど。

「まあ、公平くんには上手く言っておいてよ、うどんあげるから」
「いいっすけど、あいつのことも呼び捨てで呼んで下さいよ」
「…………公平、って?」
「そういうことに細かいんで」

もしかしてこの前のメールの返信の順番ががどうのこうのとか名前がどうのこうのって公平が言い出したのかなあなんて思って少し可愛らしさを感じて、尚更謝らなきゃいけないことに気づく。
はあ、慶がバカなおかげで俺の"生きる上での役割"が、違う意味で捉えられてることが救いだわ。俺の役割はお兄ちゃんになることじゃなくて命をかけてでも皆を守ることだ、わかってる。

「わかったわかった」
「んじゃあ、うどん貰いまっす」
「はー、育ち盛りだねー」
「名前さんもだろ、」
「そうだけど、陽介が食ってるの見てる方が楽しいし」
「…………イケメンずりーわ」

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