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 春休み初日、たった十一日の連休だけれど容赦なく学校側から宿題を渡され、俺たち二年生は三年生に上がるためのステップだとかなんとか言いくるめられてソレを家に持ち帰った。物理や数学などの教科がそれぞれ三十ページほどあったり漢字の書き取りがえげつない量で出されたり、正直バイトと防衛任務とたまに訓練を控えている俺にはステップアップとか要らないんで時間を下さいって感じだった。
それにどうやら二十九日にクラス会をやるらしいので、それを前提としてスケジュールを組まなくてはいけないから、宿題というのは面倒である。二十九日のクラス会は三年生になってもクラスが変わらないのだから本当はやらなくてもいいことだけれど、主にクラスの中心的人達が発端となって企画をして実行に移したからか、ノリの良いクラスの連中はほとんどが参加するらしく、カラオケの大部屋を予約するほどの人数になった。みんな倉須が来ることを期待しているのだろう。
そんなあと四日後のことを考えるという現実逃避を終え、俺はここ最近訪れたばかりの道のりを歩いて目的地である倉須の家にたどり着いた。

「…………」

扉の前に立ち、インターフォンをぼけーっと眺めながら「今なら引き返せるかも」なんて思う。つまり俺はここから逃げ出したいわけだ。
春休みの前日である昨日、宿題を渡されクラスに非難が溢れた時、例に漏れず俺も少なからず気分が落ちていた。
今後のスケジュールのことばかり気にしている俺に後ろの席の倉須が後ろから手を回して「明日一緒に宿題全部終わらせね?」と耳元で囁いてきたので、スケジュールのことしか考えていなかった俺は一日で邪魔なモノが消えるという提案を特に何も考えず「いいよ」と返事をしてしまった。
そう、これがここに俺が居る理由。
一緒に宿題を終わらせる為に倉須の家に来なければいけなくなったのだ。勿論"なにか"を回避するために孤児院に誘ってみたけれど子供たちの邪魔が入るかもしれないと却下され、学校も開いていないし近くに図書館もないので他に案が浮かばず、流されてここまで来てしまったのだ。
正式に、こ、告白された日から初めての二人きり。いつかの通学中に俺が言ってしまった言葉を思い出しつつ、後悔しつつ、泣きそうになりつつ、俺が静かにインターフォンを押す。すると、インターフォンからではなく直接扉の向こうから「はーい」という明らかに倉須の声がして思わずからだが強張る。

「あ、遅かったね」
「ちょっと…………コンビニ寄ってた」

扉をガチャリと開けて顔を出した倉須にコンビニの袋を差し出しながら出来るだけ自然を装って笑顔をつくる。コンビニに寄ったのは本当だけど、きちんと寄ることを想定して孤児院を出た…………だから遅れたのは俺の気持ちが足に伝わって歩きを遅めていたから。何て言えねえ。
そんな俺の気持ちを知らずに「どーぞ」とにこやかに笑い、俺にスリッパを出す倉須に誘われて後ろ手で扉を閉めながら靴を脱ぐ。ヤバイ、緊張してるからからだが上手く扱えない。

「今日も両親仕事?」
「そうだよ」

なんとか靴を脱いで用意されたスリッパを履き、脱いだ靴を揃えながら尋ねれば思った通りの望んでない答えが帰ってきて思わず「、ふーん」と少し言葉を出すのに突っ掛かる。それを鋭く察知したらしい倉須が視線を逸らす俺を見つめて笑い、嬉しそうな視線をバシバシぶつけてきながら俺の頬に手を伸ばして呟く。

「、二人きり、緊張してる?」
「っ、」

そのいつもと違う声の質と男らしい手で触れられている感覚に俺は改めて倉須の気持ちを教え込まされているように感じ、一歩引きながら倉須と視線を合わせる。ああほらやっぱり。予想通り気の抜けるような弛んだ顔している倉須を振り払いつつ「、変なことしたら殴る」と呟いて倉須の私室がある二階への階段を先にのぼる。孤児院にある階段より明るい木の色をしたソレを上り、後ろからコンビニ袋を手に提げて小さく笑ってついてくる倉須に眉を寄せつつ勝手に倉須の部屋へと入った。
倉須が入ってくる前に扉の鍵閉めてやろうか、とか考えても行動に移せる筈もなく、机に俺の買ったチョコレート菓子を置いた倉須が「飲み物持ってくる」と言ってまた部屋からでて行ったので、俺はその背中を見つめてからリュックをフローリングの床に下ろして部屋を見回す。因みにこのチョコレート菓子は、佐藤さんがスーパーで持って悩んでたやつと同じもの。
相変わらずモノが少ないくせに漫画だけは増え続けているな、と本棚を見ながら考え、前に来たときに読んだシリーズの新刊が出ていたことを知る。おっと、勉強するんだから、見たら負け見たら負け。

「…………もうつかれた」

よいしょ、と下ろしたリュックを引き寄せつつベッドを背凭れにして床に座るが、お尻が痛かったのでクローゼットから勝手に座布団を二枚取って勝手に使う。いつもの癖だ。
いつもの座る場所でいつもの座布団だけれど何故かいつものような気持ちにはなれない自分にまた緊張がよみがえり、ゴンッと額を机に打ち付けながら目の前にある小型のテレビのリモコンを操作する。こんな空気で静寂に耐えろだなんて、拷問だもん仕方ないよ。

「あれ、テレビ点けるの珍しいね」
「んー」

大して見てもいないのにころころとチャンネルを変えながら机に突っ伏す俺を見下ろし、片手にコップを二つ持ってもう片方に二リットルのペットボトルで売ってる市販品の紅茶を持ったまま倉須がそう言ったので、俺は逃げるようにテレビへ視線を向けたまま言葉を返す。

「おまえこそ珍しいな、紅茶買うなんて」

溜め息を吐きたいのを我慢して顔を上げながらコップとペットボトルを机に置く倉須を見つめれば、何時ものように隣に腰を下ろして「だって名字が紅茶好きだろ」と笑ってきた。

「そ、うだけど」
「だから昨日買ってきた。名字が喜ぶと思って」
「…………ありがとう」

自分で広げた話題で自分が痛い目にあった。
普通に嬉しいけど、そこはかとなく前よりも近い距離に少し警戒して倉須と自分の間にリュックを置く。するとコップに紅茶を注いでいた倉須が一瞬きょとん、とこちらを見つめてきたかと思うと、直ぐに余裕ぶった視線のままニヤニヤと笑って「なんだ、やっぱり意識してるじゃん」と呟いて紅茶を置き、テレビの電源を落とした。えっ。

「…………なにすんの」
「いや、このテレビも照れ隠しかと思って」
「…………うっせー」

静寂のなかリュック一つ分の距離を隔てて俺を見つめてくる倉須に、俺は自分の来ているパーカーの袖を掴んで意図的に視線を逸らしながら小さく返事をする。

ああだめだ、何処を見たら安全なのかわからない。
んと、倉須の黒のジーンズは、なんかだめ、白いフード付きのトレーナー、だめ、黒いピアスの光る耳、だめだ。顔なんて無理。
正解が見つからないと気づいた俺はリュックから宿題を出して思考そのものを変えようと頭を振るが、倉須がその俺の行動すら目で追ってくるので「筆記用具貸して」と言ってわざと視線を逸らさせる。倉須はそんな俺に「はいはい」と呟いて自分の鞄から筆箱と宿題を取り出し、その筆箱から青いシャーペンを俺の前に置いて自分のシャーペンを取り出した。

「ねむ、」
「寝たら終わりだよ」
「だよねー」

その光景を見ながら俺は息を吐いてベッドにもたれ掛かり、少し机を引き寄せる。

「名字って、こうやって挟まれるの好きだよね」
「あー、そうかもな」
「俺がベッドでゲームしてるときとか、挟まれて漫画読んでるじゃん」
「なんかなー楽なんだよ、多分」
「今俺も居るんだけど」
「…………じゃあちょっと離す」

倉須の言葉に引き寄せたばかりの机を少し押し、胸と机の間に少し空間をあける。

「なあ、数学から二手に別れてやろうぜ」
「いいよ」
「俺は後ろからやるから、お前は前からな」
「それはいいけど…………」

緊張を忘れるため数学の宿題を広げて俺の分の紅茶を避けていると、同じように数学の宿題を広げた倉須が「俺、間違うかも」と申し訳なさそうに呟いたので、俺はチラリと倉須に視線を向けてから言葉を吐く。

「期待してねえし、埋まってたらそれでい…………」
「?」
「良くねえな…………おまえ、ボーダー入隊試験あるもんな」

確かボーダー入隊試験に簡単な数学の問題も出てた筈。
そこまで学力は重要視されないだろうけど、点数を取るに超したことはないので今からでも学力はつけていった方がいいだろう。

「わかんないとことか微妙なとこは俺を頼れ、解るところは教えてやれるから」

じっと見つめてくる倉須に嫌な予感を覚えつつチョコレート菓子に手を伸ばしてそう言えば、倉須は少し間をあけてから顔を俯かせて「名字、」と変に掠れた声で俺の名前を呼ぶので、俺がわざとがら悪く「あん?」とペリペリ、とチョコレート菓子の包装を剥がしながら適当に答えると、それを聞いた倉須が何故か更に机を引き離しだした。
その行動を視界の端で察した俺が何気無く首をかしげてチョコレート菓子から倉須に視線を移すと、倉須はいきなりがばっ、と横から俺に抱きついてきた。

「うえっ! いてっ、」

その突進してきたのか抱き付いてきたのかわからない衝撃のまま俺は横に倒れ込む。こええよ。
床にぶつける前に手で俺の頭の側面を庇った倉須によって痛みは免れたが、それだけじゃ状況の把握は出来なかったため至近距離にある倉須の顔を見つめる。いやまあ、押し倒してきたのはこいつだから理由のわからない俺が把握できるはずも無いんだけど。

「な、に」

横になっている俺の身体を跨いで覆い被さってくる倉須を驚いて見上げつつ、何時までも持っている裸のチョコレート菓子を握りながら倉須の答えを待つ。あーもう、視線で答え出てんじゃん。
すると俺の問いを聞いた倉須は目を細めながら床についている手を曲げ、わざとらしく俺の耳元で「つい、うっかり」と言ったかと思うと、何の躊躇いもなくぱくりと俺の耳を唇で挟んで弱く歯を立てた。

「、!?」

その刺激に俺は目を見張り、倉須の胸を両手で押して逃げようとしたが、床についていた方の手でそれを阻止され、両手首を顔の目の前で纏めて床に押し付けられる。横向きに倒れててよかった、仰向けでやられてたら片方の腕が捻れてめっちゃ痛みが…………ってちがう!! 現実逃避するな!
けれど抵抗しようにも俺の頭の下に敷いていた手で顔の向きを固定されているため顔を動かすことも出来ず、ただ理由もわからず耳の軟骨に弱く歯が立てられることに耐えきるしかできない。上に乗ってるからって調子乗りやがって。

「名字、」
「っそこでしゃべんな、てか、なんでこれっ」
「むらっとした」
「…………な、」

落ち着け、大丈夫だ。このくらいの距離なら迅とも慶ともした、ていうか慶の方が近い。そう思って歯で与えられる弱い刺激とたまにかかる吐息に耐えていたが、その度に小さくびくびくと肩を揺らす俺に気を良くしたらしい倉須が少し意地の悪い視線を向けてきたかと思うと、ぺろり、と俺の耳の裏に舌を這わせた。
その生温かくてぬるりとした感覚に思わず「は、」と自分の口から吐息が漏れ、どうしていいか分からず、きゅっと目を瞑る。

「どうしようもなくかわいいよ、名前ちゃん」
「、っくらす」
「ん?」
「ん、じゃないっ」

そのまま耳の裏から耳朶に舌が移動したかと思うと、ついにそのざらざらとした舌が耳の中に侵食し、ゆっくり耳の穴の周りをべろべろと攻めるように舐め回される。もうだめだ、もう流石に言い訳できない。

「っ、おい、」
「………耳弱いんだ?」
「ちが、そんなん誰だって、っこうなる」
「そーかな」
「、う、」

ぢゅっ、くちゅ、と静寂の中でわざとらしく音を立てられ、倉須の両膝に胴体が挟まれて逃げられる状態でない俺は、目を瞑って執拗に与えられる擽ったさに身を捩りながら耐えしのぐが、手の中にあるチョコレート菓子が溶けていくのを感じて何故か泣きたくなる。
手はべったべただし、耳は嫌だし、なんか変だし、静かな空間には自分から漏れる息と倉須の息づかいだけしかなくて、おかしくなりそうだ。
ていうかもう、徹底的におかしくなりたい。なにも考えたくない。

「ね、このままえっちしたら怒る?」
「ぅん、え? っはあ??」
「? だから、脱がして舐めて気持ちよくして入れる」
「、絶交、」
「…………だよねー、じゃあ舐めるだけだ」
「は? いや、それも、」

俺の言葉を聞かずに右の耳を舐め回してはそのまま俺の首筋に舌を滑らせていく倉須に目を見開き、視線だけで制止させようとするが、如何せんからだの自由が奪われている俺の視線では決め手には欠けるようだった。ようだった、じゃねえ!
そのまま顔を固定していた手でパーカーのチャックを全て下ろされ、露になった首筋や鎖骨に熱い舌を這わせてどんどん顔を下げていく倉須に俺は頭のなかでやっと警報を鳴らす。ヤバイ。これは告白されたときに既成事実を作られそうになったのよりヤバイ状況。

「まっ、タンマ!」
「えー、」

俺の言葉に舌をちろりと出したまま不満そうな声を出す倉須に俺は顔を少し上げ、俺の着ている黒い七分丈のシャツの下に手を突っ込んで、冷たい手を肌に這わせてくる倉須を睨み付ける。

「おま、ほんといい加減にし、ん」
「ああ、俺の手冷たくてごめんね」
「、そこじゃな、いだろ!」

するすると横腹を撫で付けてくる倉須に俺は蹴ってやろうかと仰向けになるが、それを見越した倉須が俺の腰に乗り、纏めていた手を俺の頭上の床に縫い付けることでそれを阻止する。
なんでだよ! 慣れすぎだろこの変態! 非童貞め!
何て思い、そのまま口に出してやろうと口を開いた瞬間、その冷たい手が俺の乳首をきゅっと摘まみ、思わず「あっ、」という声が出る。

「あららーかわいー」
「、っふざけ、今のは驚いた、…………っいいから聞け! それか退け!」
「だって舐めるのはオッケーじゃん?」
「お前のなかではな! 俺はだめなんだけど!」
「えー」
「っ話を聞、」

涙目でキッと睨み付けながら言っているのに倉須ははいはい、と流しながら仕方ないなあと呟き、布でできてるっぽい自分の黒のベルトを抜いて俺の腕に巻き付ける。

「えっ、ま、嘘だよね?」
「本気。これくらいなら名字は許してくれるから、泣いてもやめてあげないよ」
「っ勝手にきめてん、ちょ、」

きゅっ、と素早くベルトで俺の腕を縛ったかと思うと、今度は反対の耳に舌を這わせながら自由になった手で俺のシャツを捲り、耳の穴に舌を突っ込むのと同時進行でいやに優しく俺の乳首の周りに指の腹を滑らせる。

「ちょ、まっ、」
「乳首開発してあげる」
「っ、おまえほんとゆるさなっ、」

耳元でぐちぐち、と熱い舌が動き、倉須の指で乳首が触られるこの状況に本当に泣いてしまいそうになるが、泣いてもやめないのなら怒ってやめさせるしか方法はないと思い言葉を発しようとしてるのに、出てくるのは刺激に反応している吐息だけ。

「まっ、話させてっ」
「いいよ? 乳首立ってきたけど」
「、誰のせいだくそ!」
「俺のおかげだね」
「ふざけんな、漫才してんなよ、」
「夫婦漫才?」

倉須は嬉しそうに笑顔でそう言うと、周りを触っていた指で乳首をきゅっとまた強めに摘まみながら、耳から舌を離して顔を俺の腹部に寄せてヘソの中をペロペロと舐める。
その場所のアブノーマルさに俺は縛られた両手で倉須の頭を押すが、それで引くならとっくのとうに引いていると言いたげに右手の指で乳首を弄りながらヘソに舌を入れ、左手で俺のズボンを下げる。
ズボン!? 下も!?

「まって、ほんとまって、」
「お、泣き虫な名前ちゃん登場?」
「ちがう、まて」
「涙目だよ」
「っないてない、」
「泣き虫なときは口調もかわいくなるもんね」

倉須は俺の言葉にへらりと笑って顔を俺の顔に近付けながらそう言うと、左手で俺のズボンをボクサーパンツが見えるくらいまで下ろしていく。

「ないてねえ、やだ」
「ないていいよ、」
「、ふざけ、」
「そっちの方が興奮する」
「じゃ、あっやだ」
「えー」

倉須はヘソから顔を離してゆっくりと片方の乳首の周りに舌を這わせ、もう片方の乳首もきゅっと、摘まんで刺激を与える。そして外気に触れて鳥肌のたっている俺の太股を逆の手で撫で付けながら乳首のそばで「かわいい」と呟くので、ぶわっと何かが背中に這い上がるような感覚に陥った。寒気だ。

「ねえ、倉須やだ、っ、へん、」
「なにが?」
「おまえも、っおれも、」

ざらざらとした舌先が俺の右の乳首の周りを滑ってはたまに唇で乳首を挟んでいやな刺激を与えてきたり、舌で乳首の先っぽを突っついてきたりするのに自分が感じ始めていることを悟って怖くなる。こんなんでほんとに、ほんとに、友達のままでいられるのかよ。
舐めるだけって、ほんとに舐めるだけなら大丈夫なのかよ。

「くらすっ、それもうやだ」
「もっと…………かわいく言って」
「、? かわ、いいの、わかんない」

涙が瞳に薄く膜を張り、ぼやけた視界で俺の乳首を舐める倉須に首を振って訴えるが、倉須はそんな俺にすら『興奮』の視線を強めて乳首に弱く歯を立てる。

「っ、!」
「、きもひよくなるはら大丈夫」
「や、ちがう、ちがくてっ、」
「ん、?」

大丈夫なのはそこじゃなくて。
これが終わった後に、"俺の気持ちが変わらないと気付いたお前が大丈夫じゃないとだめ"なんだって。
そう告げたくても、俺に与えられる刺激が勝手に快感にかわり、抵抗する力も弱まって、出てくる言葉は途切れ途切れなものだけ。

「舐めるだけ、ね?」
「んん、!?」

そう言うと倉須はやっと右の乳首から口を離し俺を見つめたが、そのまま顔を俺の股の近くに寄せて脱がせかけていたズボンを足首まで下ろすと、そのまま言葉通り太ももの内股に舌を滑らせる。くっそ、座蒲団のせいで腰が高くなってて抵抗し難い。そして、その皮膚の薄い場所に舌先が当たってびくっ、と肩を跳ねさせた俺は、休む暇もなく与えられる快感に溺れつつある自分の頭を小さく振って少し上半身を浮かせる。

「くら、やだ、っ」
「その声もっと聞かせて」
「っはなさせて、くれなっいくせに」
「ちがうよ、名字が途中でやめちゃうんだよ」
「ちがっ、や、」
「ほら、はなしていいよ」
「、ちょ、は、むりだって」

静寂の中でちゅっ、ちゅっ、と太ももに唇を押し付けたり、俺の足を持ち上げて膝の裏に舌を這わせたり、ボクサーパンツすれすれのところに舌を沿わせたりする倉須のいじらしさに俺はほんとに少し泣きながら縛られた両手で倉須の頭を押して抵抗するけれど、いっこうに止めない倉須は俺の涙声すら一つの興奮材料にして行為をすすめようと手を動かすので、俺は思わず唇を噛み締める。

「や、そこやだ、っ」
「、下着にちょっと唾液付いちゃった」
「っほんとふざけ、宿題っ、」

ベッドと机に挟まれて宿題をする筈がベッドと机に挟まれて如何わしいことをしている…………いや、されている自分に怒りよりも羞恥心が沸き上がってきて、思わず俺の言葉に顔をあげた倉須の口に手のひらで溶けたチョコレートをべちゃあ、と押し付ける。
すると倉須は「うぐっ、」とか言って俺の手首を掴み自分の唇を舐めると、その甘さと匂いで何をされたの理解したらしく、俺の片手に付着する茶色い液体を見つめてからペロリと舐める。

「、あま、」
「っ、」

よし、計画通り。
股の下とか太股を舐められたりするよりは手のひらを舐められた方が全然話しやすくなったなと思いつつ、抜け目なく俺の足に乗って拘束を緩めない倉須を見つめて口を開く。

「、倉須、もういいだろ?」
「えー、だってまだちん」
「わああああああ!!」
「う、うるさ…………」
「おまえ、おまえ、そこも舐めようとしてたのかよ、」
「? 当たり前じゃん」

手のひらや指の隙間に舌を這わせながら手首に伝うチョコレートが自分のベルトに染みていくのを見つめる倉須は、至極当たり前のことを言っているような口振りでそう言うと、チョコレートのついた俺の中指を口に含む。

「っ、…………例えばそれをしたとして、おまえ友達のままで居られるわけ?」
「ともらちと、抜きあいっことか、」
「ねえよ、おまえしたことあんのかよ」
「あふよ」
「…………あー、おまえはな、そういうやつだったか」

くわえられた指が熱い口内に包まれてざらざらとした舌が絡み付いてくる背徳的な感覚に眉を寄せ、俺の指をくわえながら見つめてくる倉須を睨み付ける。おまえはあの複雑な関係の幼馴染みの親友がいたもんな。爽やかにサッカーしてたあいつも、こいつとこんなことしてたのかあ。まあだからこいつも、こういうエロ漫画みたいのを友達の延長線上でできるんだな。

「それに俺はは、ともらちに、もどらなふても」
「だまれ」
「…………ふぁーい」

口から中指を抜き、唾液でてらてらと濡れた俺の指をペロペロと舐めながら俺の言葉に従順に返事をする倉須に頭を抱えたくなるが、こんな状況で抱えられるはずもないので大人しく舌打ちで我慢をする。そのまま然り気無く捲られた自分のシャツを下ろし、肩口で涙を拭いながら鼻をすすると人差し指をくわえ始めた倉須が「かあいい」とか言ってきたのでわざとくわえられている指の爪を倉須の上顎に立てて黙らせる。すると、倉須は少し目を見開いた。

「…………やばい、目覚めそう」
「は? なら、さっさと目醒ませ」
「いや、そうじゃなくて…………」

そう言って俺の手についたチョコレートを舐め終わると倉須は息を吐き、俺にずいっと顔を近寄らせて改めるように「ね、キスしていい?」と尋ねてくる。

「したら殴る」
「じゃあ…………口のなか舐めさせて」
「同じじゃねえか」
「えー」

そのなんだかオッサンくさい言い方に少し引きながら顔を背け、縛られたままの両手で倉須の胸を押す。ついでに指についた唾液を倉須の服で拭いた。

「だって名字童貞でしょ? イケメンなのに」
「それ関係あるかよ、てか童貞で悪いかゴラァ」
「いや、むしろ嬉しい」
「…………ふざけんな」
「てか、さっきから態度が処女みたいでかわいい」
「っは、処女ですけど!?」

真正面から俺の首に手を回して引き寄せようとする倉須とそれに抗って倉須の胸を押す俺の力が拮抗し、ぷるぷるとお互い震えながら一定の距離を保つ。さっきは上から押し倒されてたり変なことされてたから負けただけだから、別に俺たち二人の力に差はそんなにない。

「お願い、キスさせてくれたらもう舐めたりしないから」
「…………二度と?」
「…………名前が良いって言うまで」
「そんなときは来ませんが、まあ、それでやめるなら」
「わーい」
「勝手に、な、舐めたりキスしたら絶交」
「…………はいはい」

倉須にとっては一応これも友達の延長線上なんだ、と信じて倉須の胸から手を恐る恐る退いて背けていた顔をゆっくり倉須に向ける。
すると倉須は俺の言葉にへにゃりと笑い、首に回している手で俺を引き寄せ自分の顔を近付けてくるので、経験のない俺は方法がよくわからないけど目を閉じて少し首を傾ける。

「あーかわいい、名前ちゃんがかわいすぎておかしくなる」
「おまえはそればっかりだ、」
「…………していい?」
「…………、まあ」

良くはないけど、と心のなかで続けながら目を閉じて待つ。
そして俺の視界に影が重なり、ふにっと俺の唇に想像していたよりも柔らかいそれが優しく押し付けられ、何度か角度を変えてその倉須の唇が俺の唇に触れるのを感じた俺は心がきゅっと締め付けられたことに気がつく。気がつきたくもなかったのだけど。

あれまって、一回って何処までが一回なの。

重ね合わせる度に深くなる口付けに疑問を覚えて薄目を開けようとすると、俺の唇の隙間から入ってきた倉須の舌が俺の舌に絡み付いてきて思わずぴくり、と肩を跳ねさせる。何故かそれに感化されるように倉須は首に回していた手で俺の両頬を包んで顔を固定し、変にやらしい音を立ててまた言葉通り俺の口内を舐め回してきた。ああなんか、ほんのり、チョコレートの味がする。

「んっ、ぅ」

初めてのキスでこれかよ、しかも男。
ぴちゃぴちゃっ、と静かな空間で唾液の絡まる音が聞こえ、どちらのかわからない暖かい吐息や鼻息が混ざりあい、俺は真っ暗な視界の中でちょっとしたパニックになってぎゅっと倉須の腕を掴む。
これ喋っていいのかな、目開けていいのかな。

「……舌だして」
「、? …………っ」

ほんの少し唇を離してそう囁く倉須に薄く目を開けて答えると、ほんのり興奮したように頬を赤らめて俺を見つめる真面目な顔の倉須がいて思わず目を見張る。見てはいけなかった気がする。
そしてその倉須の要望通りちろりと少し舌を出すと「もちょっと」と催促されたので、ええいままよ、と舌をつき出す。

「、へ、ぁっ」
「…………ん、」

するとその俺の舌に俺とは違う温度の倉須の舌が重なり、口の外で舌同士が絡み合う感覚に頭がショートしそうになる。なにこれ、キスなの、俺が童貞で知識がないだけなの? 外気にさらされてなんかやだ。
互いの吐息が混ざりあい、ぼんやりと視線も絡み合うけどそんなことより未知の感覚の方に脳内キャパシティを使っているから視線も上手く読み取れず、倉須のトレーナーの襟首を掴んですがる。
早く終われ、早く。あっついから。

「っ、は」
「…………ん、」
「っくあふ、ん、」
「はは、ん」

何がだちょっとだけだ!
倉須は少し笑ってから俺の舌を絡め、もう一度口付けたかと思うと歯の裏や上顎を舌で舐め回し、また服のなかに手を突っ込みだしたところで俺がいらっとして倉須の胸を叩く。すると俺の舌先をじゅっ、と軽く吸ってからやっと唇を離した。
物足りなそうに俺の下唇をペロペロと舐めるのをやめろ。くっそ、非童貞は普通に好きな人と結婚して俺の前から消えてくれ。

「もうだめ?」
「っ、ふざけんな」
「ちぇー」

倉須の胸を押してそう言うと、嫌そうに倉須が俺の拘束を解いて潔く俺の足から退いたので、俺は下げられたズボンを上げてから一息ついてこれからこんなやつと宿題をしなければならないという状況に危機感を抱く。

「変態、もう二度と二人にならないからな」
「えー、俺は名字にだけ変態なんだよ」
「…………次そういうこと言ったら殴る」
「えーじゃあ、…………好きだよ」


バコンッ。
宿題の束で倉須の頭を殴る。


「…………はあ」

かえりたい。
けれど宿題も終わっていないし、これからクラス会にこいつを誘わなきゃいけないのでかえれないから、




「宿題のまえに、ちょっとトイレで抜いてくるね」
「…………うわあ」


あー、やっぱりかえりたい。



              ◇◆



 散々な時間を過ごした後、現在午後六時、倉須からクラス会参加への合意をもぎ取り無事貞操を守りつつも宿題を終えた俺は倉須家から出てトボトボと本部へ足を運ぶ。例えあんなことがあっても春休み初日であっても、ボーダー隊員の防衛任務は待ってくれないらしく、この春休み中だけであと三日は防衛任務が与えられている。倉須もボーダー本部も鬼畜だ。
幼馴染みの代わりだと宣言しておいてあんなに俺への執着を見せ付けるだなんて、もし俺が初な女の子だったら一生傷付いて生きていくだろうよ。まあ俺は初でもないし男だし、何より誰かのために生きていく人間だから堪えられるけど、酷い。
はあ、とため息を吐きながら人気の無い場所を選び、どうせ誰も見ていないだろうと思いつつも周りに人が居ないか目視で確認してからサイドエフェクトでも確認し警戒区域に足を踏み込む。本部への入り口から行くより、断然此方の方が早い。というよりそれじゃないと迷う。
今日は前が迅で、俺の後の引き継ぎが来馬隊なので前のようなゴタゴタは起こらないと踏んで五線仆を換装しながら、止めようのないあくびを漏らした。

「…………今日も眠れなさそう」

ぽつり、と誰もいない中一人呟きつつ本部の西側へ屋根を伝って移動していると、背後から「名字さん!」と声がしたので足を止めて振り返る。

「おお、佐鳥」
「佐鳥ですよー、お久し振りでーす」

相変わらず真っ赤に目立つ隊服でバッグワームを靡かせて俺に手を振る佐鳥に、俺は屋根から降り、大型犬の置物が扉の横にある一軒家の前で立ち止まる佐鳥に近寄る。

「そうかー、おまえは佐鳥かー」
「? 佐鳥は佐鳥ですよ?」
「そうだなー」

倉須にされたことや、これからの倉須との関係やらで荒んだ俺の心を癒すような佐鳥の笑顔に俺もつられて笑う。
ああー、この笑顔だけで今日倉須にされたことも、これからの倉須との関係のことも一日だけ忘れてぐっすり眠れる気がする。言うなれば、荒んだ俺の心を潤す笑顔、潤いスマイル。え? まって、俺の心ってこんなこと考えるほど荒んでたんだな。

「佐鳥は防衛任務中だろ? サボってていいの?」
「さ、サボってませんよ! 失敬な!」

狙撃手は隠れるのも任務なんです! と続ける佐鳥の言葉に論点のズレを感じながら「そっか」と頭を撫でて甘やかす。

「嵐山隊は多忙だねー、お疲れさま」
「…………ううっ、オレを労ってくれるのは名字さんだけだっ」

目を手で擦る動作をしながら泣き真似をする佐鳥に「よしよし」と言いながら頭をなで続ける。まあ確かに、たまに佐鳥を本部で見かけも大体ちょっかいかけられてたり遊ばれてたりするからなあ…………年下からも年上からも、特に年上。

「佐鳥は皆に弄られてるもんな」
「そうなんですよー!」
「まあまあ、それは佐鳥が愛らしいからだよ」
「あ、あい!?」

俺の言葉の選び方が悪かったのか、驚いたように目を見張る佐鳥が銃を抱えて一歩後ずさり『噂通り』という視線を向けてきたので、少し苦笑いしながら口を開く。

「あー言葉が悪かった、佐鳥の弄られキャラが皆好きなんだよってことさ」
「え、こっちは弄られキャラやってるつもり無いんですけどね…………」
「そうなの?」
「オレはもっとクールに見られたいです! こう、かっこよく!」
「ん? 諦めも肝心だよ?」
「ひどいっ!」

噂、というのが男同士がどうのこうのっていうものだと意識したサイドエフェクトを介さずとも察したが、明言された訳でもないので特に否定もせず話を進める。
佐鳥はいじられてこそ輝き、それによって相手を癒す。そこは譲れない。
そして俺の言葉にいじけて頬を膨らませる佐鳥があざとすぎるレベルで可愛らしいが、いつまでも引き留めていたら嵐山隊全体に迷惑がかかってしまうので俺は名残惜しい気持ちを押し殺して笑って手を振る。

「じゃあ佐鳥、俺はこれから防衛任務だから」
「あ、はい! 頑張ってください!」
「…………もっかい笑顔付きで言って」
「? 頑張ってください! 応援してます!」
「ありがとう、頑張る」

ぐっ、と握り締めた手でガッツポーズをする佐鳥に改めて元気を貰いつつ、お礼を言って遅刻しそうな俺は素早くその場から離れる。あー、今度から佐鳥のために嵐山隊の番組チェックしようかな、隣の席のエリカちゃんにでも聞けば教えてくれる気がするし。
なんて思いつつ走るスピードを速めて走り、ある程度のところまで来たら近くの高い建物同士にダンルーを張って思いきり上に跳ぶ。そして目的地にイルーを付着させ、そのままシュルシュルとメジャーのように糸を指に戻す。メジャーとは比較にならない速さのレベルで糸を戻しているから、すげえ勢いだけどな。
その勢いのまま頭から民家に突っ込み、ガラガラと音をたてて崩れる瓦礫と舞い上がった砂煙のなかで目を細めると『なにしてんの』という声が通信機器から聞こえた。これは痛覚あったら痛みで死んでましたね。

「え、いや…………遅刻しそうだったから」
『まあ…………ギリギリセーフだけどさ、おれが引き継ぎなんだから急がなくて良かったのに』
「誰だろうと遅刻はダメ、絶対」
『遅刻しそうになった人に言われてもな…………』

砂煙を手で振り払いながらイルーを消して瓦礫の山から出ると、近くで死屍累々となっているトリオン兵に乗った通信相手が手を挙げてきたので俺も手を挙げ返す。久々に見る顔、ポスターを剥がした日から会っていなかった。

「久しぶりだな、迅」
「そうだったっけか?」
「うーん……十日ぶりくらい?」
「結構経つな」

そう言ってトリオン兵の山から青いジャケットを翻して飛び降りる迅に、俺はもう一度指を使って日数を数えてから頷く。うん、多分十とか十一とかそのくらい。その間俺は玉狛支部に行ってないんだなあ、と思うと自分が少し訓練不足のような気がして少し落ち込む。一度だけ三日ほど前に本部で歩いていたら風間さんに捕まって訓練をしてもらったけど、ここ最近だとそれくらいしかしていない。

「ヤバイ、俺弱くなったかも」
「おいおい、いきなりだな」
「迅は…………相変わらずそのワカメでトリオン兵排除してんのな」
「ワカメって言うんじゃありません………それに、ノーマルトリガーでの弱さは今さらだろ」
「ま、まあな」
「おれは、ブラックトリガーでなら良い使い手になってると思うけどな」
「…………マジ?」

ぽりぽりとめんどくさそうに頭を掻いて欠伸を溢す迅に全く説得力を感じない俺は、疑いの視線を向けてから視線を逸らす。

「一人で防衛任務、あたるようになったよな?」
「? あーうん」
「それって本部が名字のブラックトリガー使いとしての価値を認めてきてるってことだろ」
「…………そうなのかあ、」
「それに、ここ最近で最後のおれとの訓練でも勝敗五分五分だったし、腹立つけど」

向けられてる視線で嘘をついていないと判断した俺は、素直に迅の言葉を受け入れて複雑な気分になる。
そういえばブラックトリガー使いなんだよな、俺。
ここ最近ブラックトリガーを使うことが当たり前になってきてその重要さを忘れていたけれど、ちゃんと成果を出さないと俺はC級の特例としてここに置いて貰えないんだ。そう思うと、迅に褒めてもらえたことが「ここに居て良い」って言われてるような気がしてなんか嬉しくなる。

「ブラックトリガーの相性的に力が拮抗するんじゃね?」
「まあ、それもあるかもな」

嬉しさを上手く隠す俺に、迅はそう言って俺の肩に手を置き「ま、あんまり心配しなさんな」とヘラりと笑う。けれどふと、その迅が珍しく気だるそうな視線をしているのを一瞬感じとり、俺は少し首を傾げて肩に乗った迅の手を雰囲気の流れで握り締める。

「おまえ、疲れてない? 大丈夫?」
「あー…………そんなことも分かるのか」
「ってことは疲れてんのか」
「まあ、最近の実力派エリートは多忙なんですよ」
「……………茶化すな、ってか、俺に手伝えることある?」

心配されることに慣れていないのか逃げようとする迅の手を強く握りしめて離さないでいると、迅は諦めたように「やっぱりこうなったか」と呟いて視線を逸らす。おいおい。
てか、何ていうか、迅って大体暗躍してるよな。見かけるのがそういうことなだけかもしれないけど、今だって俺に心配するなって言っておいて自分は何かを心配している。出会ってまだ二、三ヶ月くらいだけど、それでも、迅にはお世話になってるから恩を返したい。こういう時じゃないと返せない。
すると迅はまた溜め息を吐きつつ「逃げ場ないな、」と呟いてから、割りきったような清々しい顔で俺を見つめて言葉を吐いた。

「じゃあ、キスしてよ」
「いいよ」
「、えっ、えっ、それすら?」
「は?」
「ああいや、それすら頷くんだと…………思って」

迅は自分で出した要望が受け入れられると思っていなかったのか、視線を忙しなく泳がせて俺に握りしめられているのとは反対の手の甲で口を覆う。そりゃ迅の頼み事なら出来る限り応えたいし、と思いつつ掴んでいた迅の手を顔の前まで持ち上げて中指と人差し指の先に唇を落とした。

「はい、次は?」
「…………、こういうときおれのサイドエフェクトって役立たずだよなあ」
「なに?」
「、あーもういいや、じゃあ……明日の午前の防衛任務代わって」
「いいよ」
「…………孤児院の子といる時間減るよ?」
「…………そういうこと言うな」

わざと、わざと俺を従わせる言葉を選ぶ迅に、俺は眉を寄せる。
『誰かの為に』とか『孤児院』とか、いつも迅は俺のことを分かっててそう言う。本当は…………迅が言ってた"昔の俺"は代わってやりたいのに"今の俺"が代わっちゃいけないと戒めさせてくる。分かってる、迅が正しいし、迅は今の俺のためを思って言ってくれている。
…………いやいや、だから俺も迅に何かしたいんだって! 与えられてばかりじゃダメなんだって!

「他は?」
「いいよいいよ、無理すんなって」
「っ、無理とかじゃ、」


ヴーーーーーー!
『門発生。門発生。警戒付近の市民は直ちに避難を…………』


「ほらほら、時間切れー」

ここから少し西側のほうから警報が鳴り響き、いつもの放送が流れるのを聞きながら迅はそう呟いて俺に視線を向けると肩を竦めて「頑張れよ」と言って俺の言葉を聞く前にここから素早く立ち去った。
うわ、逃げられた。あいつ、このこと分かってて、俺に防衛任務を代わることを断らせて時間を稼いだな。

『こちら本部。攻撃型トリオン兵三体を確認。直ちに向かってください』
「…………了解」

今度会ったら、何かしてやろう。
すげえ子供扱いでもしてやろうか。
佐鳥やったみたいに頭撫で回してやろうか。

…………でも、



「…………それは俺の心臓がもたないからやめよう」


さっき手をつかんだだけでなんか、ぱーんってなりそうだったしなあ。


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