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 シャンアールで一体のモールモッドの手足を削ぎ落とし、イルーでモールモッド二体の体をくっ付けさせてから一度に三体のモノアイを普通のトリオン糸で捻切る。そしてそこらじゅうに展開されているダンルーやトラップ用に仕掛けてあるシャンアールとイルー、それらを三階建てらしい一軒家の屋根の上から見下ろす。
疲れたわけでもトリオンが無くなったわけでもないけれど何となく目を細めながら息を吐き、本部からの通信に耳を傾けた。

『そこから三時の方向に三百メートルの地点で門発生。攻撃型トリオン兵四体確認』
「はい」

目や足が切り取られた七体のモールモッドやトラップで自滅した三体ほどのモールモッドを放置し、ここからでも目視できる黒い円へと向かいながら、遠くで戦っているらしい隊があげた砂煙を見る。えっと、あれは何処の支部だっけ。
指に繋げたままのシャンアールをそのままにして走り、キラキラと後ろでシャンアールが太陽の光に反射するのを横目に門から出てきたバムスターの首にシャンアールを二回巻き付け、輪切りの要領で切り取る。

「クラス会か…………」

ぽつり、とこれからの日程のことを呟きながらもう一体のバムスターの頭の上にのり、上からモノアイにシャンアールを引っ掛けてそのままぶら下がってモノアイを切断する。地面に着地すると倒れかけているバムスターの背後からモールモッドが現れたのでそのまま引っ掛けていたシャンアールを降り下ろし、此方に向けていた二本の手足を切ってから距離を保つ。
あれ、今更だけどもしかして、双糸にすればシャンアールも合成したのと同じになるんじゃね?
そんなことを思いつつシャンアールを人差し指から出して、中指でグールを出して絡めさせたが、普通にグールが切れた。シャンアールとシャンアールだといいかんじ。けれど、ぐらぐらしつつ此方に近付いて来ているモールモッドともう一体元気なモールモッドが後ろから近づいてきたので、仕方なく近くのパン屋らしき建物の上に乗ってただのシャンアールになったものを建物の壁に沿わせる。
そして真っ直ぐに壁を登って突っ込んでくるモールモッドの方がそのシャンアールを越えようとした瞬間を狙って糸を引き上げ胴体を真っ二つに切り、後から来たモールモッドの頭の上にそいつの残骸を落として行動を制限させてから近くにあったモールモッドの手を拾ってソイツのモノアイにぶっ刺す。

「…………シャンアールとイルーはやっても、需要無さそうだし」

戦いながらシャンアールの双糸のことを考えてみたが、やっぱりもう一つの糸である"シンクルー"との合成でしか意味を成さないという結論に至って考えを放棄する。シャンアールは切れ味が良すぎる、多分弧月単体より強いし、スコーピオンにも勝てる。多分。戦ったことないから分からんけど。
迅はいつもブラックトリガーを使うときはブラックトリガーで相手してくれるし、レイジさんはレイガストとかいう耐久力の塊を使ってるから普通にシャンアールの強さが負けてるから関係なく戦ってるだけだし。迅がスコーピオンで戦うときは、俺もスコーピオンの時だ。まあでも、だからといってブラックトリガーも万能な訳ではないんだよなあ…………とか思いつつシャンアールを消して門が発生しないことを察して耳に手を当てて口を開く。

「こちら名字、他に門は」
『今のところありません。近くで風間隊が交戦しています、応援に向かってください』
「…………それ、俺必要ありますか」
『…………はい』
「、わかりました」

風間隊、その言葉で思い浮かべられるのが風間さんだけなのは多分俺の交友関係が狭いせいと、俺自身の根底に交遊関係を広げたくないという思いが微かに残ってるからだろう。けれど一人でも知り合いが居るのであれば心強い、変な誤解を与えなくて済む。というか俺の防衛任務は引き継ぎしたから終わってるのに、まさか帰り際になって門が大量に出てくるんだもんなあ。
先程砂煙が上がってたところがそうなのかな、なんて思いながら屋根を伝って大して急ぐでもなく走っていると、風間隊の所に着く前に二体のモールモッドがアパートの前でウロウロしているのを見つけたので、気づかれる前にシャンアールで二体を同時に真っ二つにする。ああなんか、自分でも糸の使い方が上手くなった気がする。前なら今みたいに走りながら糸をモールモッドの下に忍ばせるとか絶対出来なかった。
そんなことをしみじみと感じていると近くからガキン、と刃が何かに当たる音がしたのでピタッと立ち止まる。レーダーのない俺は目視でしか確認出来ないのであまり距離を詰めずに遠くからその音の方を見るしかない。あ、知らない人だ。
その知らない人が三体のモールモッドと戦っているようだけど変に邪魔しちゃいけないと思ってそこから立ち去り、屋根の上から風間さんを探すが、その瞬間俺の真横で新たな門が開いて思わず苦笑いする。今日なんか多いな。
門が閉まったのを確認してから厄介なバンダーに近寄って始末しようとしたが、構ってちゃんのバムスターが住宅街お構いなしに俺に突っ込んできた。俺としては砲撃型のバンダーが近い所に居るうちに倒したいのだけど。

「うーん」

面倒になった俺はシャンアールを出してから近くの建物と建物の間にダンルーを展開し、口を開けて此方に迫ってくるバムスターの首にシャンアール引っ掛けてから空中に飛び、首ちょんぱをする。やっぱり首を狙うのが一番いいっすねー。
そしてそのまま空中でイルーをバンダーの頭にでこぴんの要領で飛ばし、くっついたのを確認してからイルーを素早く巻き取って勢い良くバンダーの頭に着地する。そしてその勢いで少しよろめいたバンダーのモノアイに出しっぱなしだったシャンアールを輪にして引っ掛け、またぶらさがりながら切り取った。

「あれ、風間さん見つけた」

ぶら下がっているときに一瞬それっぽいのが見え、もう一人の隊員と何やら話していたので俺は近くの緑色の屋根に着地しつつ、真横に倒れたバンダーにすこしビビりながら言い訳をする。
おおう、また民家を壊してしまった。いや違う、こいつが悪いんだ。
その残骸からすこし身を引きながら心のなかで言い訳してシャンアールとイルーを消していると、耳元で『名字か』という声が聞こえてきた。

「風間さん、お疲れさまです」
『ああ、おまえもな』
「新しく開いた門の奴等は終わりましたけど、そちらは?」
『こっちも歌川次第で終わる』

歌川…………あの三体のモールモッドを相手にしてた人だろうか。

「じゃあ俺は戻るので」
『ああ、助かった』
「えっ、あ、誉められた」
『…………応援を渋ったやつがよく言う』
「…………バレてる」

渋ったというか、俺居なくても終わるんじゃね? っていう心理から遠慮しただけなんだけだなあ…………とか思いつつ否定しないでいると、それを聞いていたらしい風間さんじゃない方の隊員さんが『別に居なくても良かったんですけどねー』と言い放つ。

「、お役にたてなくてすみません」
『そう思うなら働いてもらえます?』
「あーじゃあ働きに戻りますね」

名前も顔も分からない人に正しいことを指摘されたのでそのまま受け入れ、返事を聞く前にその場から離れて持ち場に戻るが結局門発生まで暇なので空を見上げる。

「あーあ」

こんなに天気がいいのに俺の心は何故か嫌な予感で一杯になっている。
その理由が塁のことを引きずってるのと、倉須と迅のやり取りに不安を覚えているからだと気付いるからこそ、今日の防衛任務もクラス会も気が進まないでいた。どちらも俺が望んで得た機会だからそれ自体に文句はないのだけれど、ただただ不安。
嘘を積み重ねていくことも、騙し続けていくことも、仕方のないことでも偽ることはいつもこわい。


                  ◇◆



 防衛任務が何事もなく終わり、今日の第一関門が突破したことで少し気を抜いたからか倉須の家に着く時間が予定していたより遅れてしまった。倉須の家に一番近い本部の出入口からリュックを揺らして走り続けているが、あと五分で着かなければならないのにあと十分はかかるであろう現状は変わらず、俺は仕方ないので走りながら倉須に電話をかける。
プルルルル、という機械音が走っている振動で聞こえたり聞こえなかったりしたが、信号待ちで止まった瞬間呼び出し音が切れ『いまどこ?』という声が耳に入った。

「倉須ごめん、っ先行ってて、おまえのところからなら間に合うから」
『ねえ、いまどこなのって?』
「い、いま?」

隣の信号機が青になっているのを確認てから周りを見回し、息遣いを整えながら一番高い建物であるスーパーの名前を挙げると倉須は少し間を開けてから『待ってる』と小さく笑って呟いた。

「げ、なんで!」
『一緒に行きたい』
「遅刻、するじゃん」
『別に十分くらい良いでしょ』
「…………はあっ?」
『てか、焦ってる名字珍しいな』
「、すいませんねえ」

隣の信号機が点滅して赤に変わり、目の前の信号が青に変わったのを見てまた走り出す。

『電話切ったらダメだよ』
「えっ、なんで、」

耳に電話を当てながら近道になる細い道を通って尋ねると『息遣いえろいから』とか気色の悪いことを言い出したので、無言のまま倉須の電話を切り、ポケットに携帯を仕舞って走り続ける。ばかなやつ。ほんとにばかなやつ。普通にしてたらモテるらしいのに…………俺なんかにも欲情出来るからおかしい。男同士なら男同士でいいけど、俺だからダメなんだよ。


十五分後、はあはあ、と口から息を吐きながら見慣れてきた倉須の近所の道に出ると、曲がり角のすぐ脇に倉須らしき人が立っていて思わず眉を寄せて駆け寄る。倉須の部屋のカラーリングと同じように白と黒で統一した服のファッションで、俺よりも身長が高いからモデルみたいだなあとか漠然と考えながら「倉須!」と呼ぶと、倉須が顔を上げて俺に笑顔を向けるので少しホッとする。良かった、怒ってない。

「ごめ、おく、た」
「え? なんて?」

十分間全速力で走るのが意外と辛いことを体の疲労と肺の痛みで思い知らされ膝に手をついて俯いていると、ぐいっと片手で俺の顎を持ち上げ目を合わせてくる倉須が首を傾げる。なんだこれ。俺は普通の人間なので十分間も全速力で走ればそれなりに汗もかくし息も荒くなるし触ればそんなことわかるのに、そのまま米神にはりつく髪の毛を俺の耳にかけて倉須は「おつかれ」と優しく笑う。

「あ、ああうん」

そんな倉須が直視出来なくて、その手をやんわり押し退けてから息を吐き「早くいこうぜ」と顔を見ずに歩き出すと、倉須が後ろからついてきながら楽しそうな視線を向けてくるので、俺はまた心が締め付けられる。ああこれは、確実に引きずってる。
嘘を吐いていることなんていつもと変わらないのに、改めて考えさせられてから俺は罪の意識に苛まれていて…………倉須の楽しそうな視線や声や顔を見ると苦しい。

「ねえ、カラオケってなんか歌うのかな」
「さー、お前とか歌わされそうだけど」
「え、なんで?」
「…………バンドやってたから?」
「っ覚えててくれたんだ」
「…………まあ」

俺の後ろから隣に移動して顔を覗き込んでくる倉須に汗を拭って笑いかけながら会話を続け、ここから徒歩十分ほどにある大通りのカラオケ店に足を進めて思い出す。


<こんなに今の名字が役割を果たそうとしてんのに、何で元々の名字はいつも救われないんだろうな>


いつか言われた迅の言葉、あのときは具体性が無かったし実感もそんなに無かったからわからなかったけど、倉須に告白されて今のように特別扱いされて、こんなにも好きだと視線で言われて実感する。
倉須を失うことの辛さを。
誰かの特別や一番の場所は存外心地の良い場所で、それを態度で示されることは想像していたより幸せなことだ。けれどそこに俺は何時までも居られなくて、誰かに受け渡さなければならない。倉須がボーダーに入隊することが確定なのだとしたら、俺は入隊式のある五月になる前にこの立場から立ち去るべきなんだろう。その方が効率性があるし、なにより嫌われる前に立場を譲った方が昔の俺の心が痛まない。

「…………倉須は、最近一緒に昼飯食う人のことどう思う?」
「え? いきなり?」
「別に…………いつもの会話だろ」

クラス会で誰かにポジションを受け渡せるのが一番なんだけど、ほとんど会話を交わしたことのない間柄からいきなり親友ポジションや好きな人ポジションは難しい。なんか自分で親友とか好きな人とか言うのもあれだけど…………外堀から埋めていくのが現実的。徐々に俺との時間を減らしていこう作戦、学校外ならちょっと難しいけど学校内なら俺でも手は尽くせる。

「どうって、あのうるさい人はうるさい」
「え? あー、お前の隣の席だった女の子の彼氏だ」
「ふーん、どうでもいい」
「…………おいおい、これからクラス会なんだからそれくらい覚えなさい」
「、名字がそうしてほしいなら」

隣に並びながら俺は首まである紺のウィンドブレーカーの襟元で口を隠し、眉を寄せながら視線を逸らして言葉を吐く。

「そういうの、やめなさいって」
「…………俺には名字だけだもん」
「、だからっ」

へらへらと笑いながら俺を見下ろしてくる能天気な倉須に何かに追い込まれている俺は、理不尽だと分かっていながらも素直に好意を向けてくることにムカついて少し強く言い返してしまう。いや、追い込まれているんじゃなくて自分で追い込んでるだけで、これは一人で悩むのが当たり前のことなんだよな。
大通りに出て人の流れが増えたと同時に、俺にチラリと心配そうな視線を向けてくる倉須の変化に俺は自制を心掛け「ごめん、」と笑いかける。

「でも、クラス会でそういうこと言うの禁止な」
「…………なんで、」
「おまえは変わるんだろ? だったら何時までも俺のところに居ちゃダメだろ」

倉須の場合、要らない過去は切り捨てないと進めない気がする。気がするだけで違うのかもしれないけど、でもやっぱり幼馴染み二人を引きずって俺も引きずるようになったならお前の負担が多すぎると思う。だからせめて俺のことをすっぽり爽快なくらい忘れてくれれば、万事解決なんだけど。

「っ、なに?」

するとカラオケ店が入っているビルが道の向こうに見えてきたと思った瞬間、倉須が道のど真ん中で俺の腕を掴んで立ち止まり、何かに耐えるように眉にシワを寄せて泣きそうな顔をした。明らかに通行の邪魔になっているので立ち止まった倉須に近寄って「、倉須、どうしたの」と焦りながら尋ねると、倉須は俺の顔を見つめてから何も言わずに腕を引いてもとの道に引き返しだす。『怖い』?
一旦道から捌けたとかじゃない、これは帰ろうとしてる。

「、倉須、ちょ、止ま」
「何で」
「…………いや何でってカラオケに、」
「、違うっ、俺が聞きたいのは、何で俺から離れようとするのってことっ」

ぎゅっと掴まれた手に力が入って、やっぱり何かに耐えるような声色で訴えてくる倉須に俺は自分が色々話し過ぎたことを察しながら足を止めて帰るのを阻止する。
言うんじゃなかった、倉須の知らないところで少しずつ離れていけば良かったのに、楽になろうとしちゃってた。


「、俺は………俺からは離れたりしない」


ただ、おまえが俺を必要としなくなるだけ。


「嘘つき、離れたくないって訴えるのがそんなに、そんなに我が儘なことなの、」
「……………嘘じゃない、本当だって………」
「、名字は俺を裏切ったりしない?」
「それは、…………まあ受け取りかた次第だけど」
「、そこは当たり前って言うところ」
「だから…………」
「なに?」
「何でもない」
「…………、でも俺のそばに居てくれるんだ」

そう言って倉須は俺を引き寄せて一瞬抱き締めてから俺がなにかを言うまえに腕を離して「ごめん、戻ろうか」と泣きそうな顔で笑って大通りに戻っていく。
勝手なやつ、ばかで勝手で、どうしようもなく脆いやつ。俺を何時までも縛り付けておくことに抵抗なんてないんだな、倉須には。ただもう失いたくない、っていう感情だけで束縛して制限して。それでも俺は代わりになればそれで良かったのに…………恋だなんて言うから。愛してるなんて言うから俺はそこから逃げなくちゃいけなくなった。一番を求めてきた倉須のせいだ、今の俺がこんなにも苦しくて、昔の俺が出てきたがってるのはきっと昔の俺が倉須のことを、






 十五分遅れでカラオケ店に辿り着き店員さんに大部屋に通されると、殆どのクラスメートが集まっていたせいで起こる熱気と音楽の音量に俺は圧されて思わず苦笑いを溢す。倉須は涼しい顔で俺の後ろに立っているけど。
すると、その中の何人かが俺たちに気が付き、俺と倉須の手を引っ張って「遅かったじゃん!」と笑って空いている部屋の奥の席に並んで座らせようとするので、俺は行きたくないけれど「先にトイレ行くから座ってて」と言って倉須から離れて近くにいたエリカちゃんに話し掛ける。

「ねえ、ちょっといい?」
「ん? なに?」
「…………倉須の両隣埋めといて、俺が座れなくしといて」
「、オッケー」

いきなりの頼み事だとわかっていながらそう言うと、エリカちゃんが何かを察したのか机に置いてあるスナック菓子を手にしたまま笑顔で頷いてくれたので、ホッとしながらリュックを背負って煩い部屋から出る。
そして丁度良く店員さんが通ったのでトイレの場所を聞いてから難なくそこへ辿り着き、用も無いので何となく鏡を見てから携帯を取り出す。

「…………電話?」

携帯を開くと不在着信が一件あり、時間帯を見る限り俺が走っていた時だったから気が付かなかったんだろうと推測してから、相手の名前のところに『木崎 レイジ』という名前が表示されているのを見た瞬間なにも考えずに折り返しの電話をかける。

『ああ、名字か、悪いな忙しいときに』
「いえその、出られなくてすみません」

トイレだからか自分の謝る声が室内に響くので、少し声量を落とす。

『大したことじゃないんだが、おまえこの前玉狛に学生証忘れただろ』
「…………え、マジすか」
『気がついてすらいないのか…………』

この前というと春休み三日目、風間さんに捕まった日に玉狛に寄った時のことだろう。それに学生証なんて普段使わないから何故落としたのかも分からないし落としたことにも気が付かなかった。電話の奥でなにやら陽太郎と小南さんが言い合ってるのが聴こえて少し荒んだ心に潤いがもたらされたわけだけど、俺のやるべきことが消えた訳じゃないので溜め息を吐く。

「すみません、取りに行きますね」
『いやその必要はない。京介が本部に行くついでにお前の部屋に置いておいたそうだ』
「ま、マジすか…………あとでお礼言っときます」
『そうしてくれ』
「わざわざありがとうございます、」

本部に行くついでに、ということは玉狛支部にある俺の埃くさい仮眠部屋ではなく、鬼怒田さん方のご厚意で本部に与えてもらった俺の私室のことだろうと見当をつけながらレイジさんにもお礼を述べて電話を切る。防衛任務に行く際に荷物を置いたり待機をしたりする部屋がC級の俺にも与えられることに最初驚いたが、忍田本部長が防衛任務を勤めてるものに与えられるべき最低限のモノだと言ってくださったこともあって俺にも私室がもらえた。
ボーダー本部は飴と鞭の使い方がうまい。
因みに近くの部屋に何処かの隊の隊長らしき女の人が居るけど、話したことがないので名前は分からない。

「よし、これくらいでいいか」

携帯に電話の連絡があったのは一件のみだし、メールとかに緊急なものはないし、あまり長いと何か言われそうだし、と散々理由をつけてから携帯を仕舞って手を洗い、トイレを出てわりと近い大部屋に向かう。すると、その途中で大部屋の目の前の部屋からガチャリ、と扉の開く音がしたので何となーく意味もなく反射的にそちらに視線を動かす。

えっ。



「あれ? 名前さんじゃん! すげえ偶然!」
「よ、よお…………公平」

透明なガラスのコップを二つもって出てきた人物に見覚えがあって立ち止まってしまった俺が悪いんだけど、何の躊躇いもなく俺の名前を呼んで声をかけてきた私服姿の公平に少し苦笑いをする。幸いなことに倉須が座ってるのは部屋の奥の席だけどやっぱり少し背後が気になる。
そんなことを考えつつ公平に近寄って「友達と来てるの?」と尋ねると、公平は何時ものかわいい顔で笑い、開けっ放しの部屋のなかを覗き込むと「同じ中学のやつ」と笑うので、俺は心底ホッとしながら扉を閉めさせる。

「名前さんでも、こういうところ来るんだな」
「あーうん、クラス会」
「ああ、春休みだもんな」
「公平は今年から高校一年か」
「そーそ、ボーダー提携校だけど」

そうやって肩を竦めて言う公平の言葉にぴしっ、と固まりながら「進学校ではなさそうだな」と笑って誤魔化す。あまり大声でボーダーとか言うんじゃありません。

「相変わらずかわいいな」
「はいはい」

公平の肩に手を置いてそう言っていると、タイミング悪く背後からガチャリと扉の開く音がしたので今度は意識的に素早く目を向ける。
すると、もうめんどくさいことに倉須が扉を押して此方を見ていた。はーいもうやだー。

「、トイレ終わったの?」
「あーうん、終わった」
「…………誰?」

後ろ手で扉を閉めながら真顔で首を傾けて俺に問いかけてくる倉須に俺は息を小さく吐き、俺を見つめる公平をチラリと見つめかえして肩に乗せていた手をそのままに口を開く。

「俺の知り合いの、出水」
「どうも、」
「んで、こっちがクラスメートの倉須」
「…………こんにちは」

俺が互いの名前を紹介し、わざとフルネームを避ける。公平のフルネームはボーダーのサイトに載ってるから何となく不安だったから。
でも迅じゃあるまいし、さすがに説明なしで公平がそれを悟ってくれる訳もないので取り敢えずあとでメールかなにかで弁明しようと思いつつ公平の肩をポンポンと叩き、若干苦笑いを浮かべつつ倉須に部屋に戻るのを促す。

「おら、帰るぞ」
「………うん」
「よし、じゃ、あとでメールするよ」
「あー、わかった」

その俺の苦笑いと立ち去ることを促すみたいに公平の肩を押す俺の仕草に何かを察したらしい公平は満面の笑顔を返してから、ドリンクバーの方へと歩いていった。俺はその後ろ姿を見つつ大部屋の扉を開け、大音量の音楽と声に眉を寄せながら倉須の背中を押して足を踏み入れ扉を閉める。
はあ、何で居るかなあ。俺が呼び捨てすることに少し戸惑ってる公平のかわいさとか考える暇もなかった。
そんなことを思いつつ、部屋の奥の角で固まってるエリカちゃんを含めた女子が倉須の名前を呼んでるのを尻目に空いている扉近くの席に座ろうとリュックを下ろすと、倉須が腕をつかんで俺を無理矢理立たせ、むっとした表情で見つめてきた。

「あー、呼ばれてるのおまえだろ」

ていうか、このクラス会の真の主役がおまえなんだからな。
という言葉を飲み込んで倉須の『不満』の視線を受け流すと、正面から俺の首にゆるく両手を回して首を傾ける倉須が「俺が名字を呼んでる」と見つめて言うので、俺は周りの数人が写真を撮ってるのを視界の端で捉えつつ締め付けられる自分の心を無視して手を振り払う。そして近くにいた眼鏡の委員長の隣に座り「はい、俺ここに座るからおまえあっち行け」と言ってしっしっ、と手で追い払う。

「えー、」
「えー、じゃない、ほらほら呼んでる」
「…………わかったよ」

唇をとがらせ写真を撮ってた子に写真の催促をしてから不貞腐れたように部屋の奥へ向かう倉須の背中を見つめ、溜め息混じりに隣の委員長に「巻き込んでごめんな」と笑う。
委員長は眼鏡を押し上げながら俺と倉須を交互に見て「付き合いたてのカップルか」と突っ込んできた。やめろ。

「あのさ、このクラスで倉須に恋愛感情持ってる人とか知らない?」
「…………大体のやつが倉須に告白されたら付き合うと思うよ」
「いやもっとこう、熱烈なやつ」
「さあ…………違う意味でならエリカとかは熱烈じゃね?」
「違う意味とは…………?」
「おまえは知らなくていいよ」

『熱烈かあ』『BLじゃね?』『ネタにされてるってことだよ』『今日も泣き黒子かわいい』

同情のような視線を向けられたのでサイドエフェクトを意識してみたが、色々な視線が混ざってて結果良くわからなかったので、あとでエリカちゃんに聞こうかなと考える。てか、誰だ黒子がかわいいって思ってる黒子フェチのやつ。
すると隣の女子が「ねえねえ、芽衣ちゃんは?」と話に参加してきたので委員長と一緒にそちらを向く。

「芽衣?」
「ほらあそこの、学年一可愛いって言われてるじゃん!」
「あー、聞いたことはあるな」
「うわうわ、さすが学校一イケメンだと言われてる男は関心事が違うな」
「それはちょっと聞いたことない」

隣のショートカットの女子が指差した先に居るのは、確かにかわいい…………というか綺麗な部類の女子で、仲の良いらしい女子と話して笑っている。確かに噂になってたのも知ってる。

「何でその子?」
「なんか、芽衣ちゃんが倉須くんをずっと見てるっていう噂があってさ」
「おお、なるほど」
「珍しいよねー、クラスの女子の半数以上が名字くんのファンなのに」
「ファン? なにそれ、そんなのないよ」
「は? 本人が知らないだけだろ」

両隣から顔の造形を褒められてはいるが慣れているのでスルー。そんなことより俺はやらなければいけない使命のために自分のことより芽衣ちゃんの話が聞きたいんだけど。
委員長の眼鏡を取り上げて視線を制限し、隣のショートカットの女子の腕をつかんで立ち上がって倉須とは丁度反対方向にある席の隅に座っている芽衣ちゃんの隣に「ごめんね」と言って腰を下ろしながら俺のとなりにショートカットの女子を座らせる。

「ど、どうしたの?」
「ここのお菓子が食べたくて」
「あっそうなんだ、この赤いやつ美味しいよ」
「ほんと? じゃあそれ食べる」

かごに盛られたお菓子の山から赤い包装のものを二つとってひとつをショートカットの女子に渡してから、然り気無くウインクして悟ってくれることを信じる。

「……あのさ芽衣ちゃんって、名字と倉須どっちがかっこいいと思う?」
「えっ」
「…………俺のことも聞くの?」

まさかの回りくどい方法をとられて驚くが、直球で尋ねてもほとんど話したことがない俺には教えてくれないかもしれないしなと思い直し、赤い包装を破く。あ、チョコレート。

「え? うーん、」
「…………私は名字かなー、やっぱり」
「おっ、カナコちゃんも? 私も私も」

するとさっきまで芽衣ちゃんと話していた子が気を効かせて自分の意見を言い出し、ショートカットの女子もそれに便乗する。ありがとうカナコちゃん、話したことないけど。
それを聞いた芽衣ちゃんが追い詰められたように照れ笑いして俺を見つめて「私は倉須くんかな」と呟いたのを聞き、俺はサイドエフェクトを意識する。

『よしきた!』『何でそいつと話して俺と話さないの』『名字飲み物要らないのかな』『なんだあいつハーレムかよ』

違うな。てか、倉須らしき視線あるんだけど。

『どこにいてもイケメンだなあ』『モテモテな受けおいしいです』『だって、倉須くんのことが好きだから』『あいつ歌わねーかな』

はいきた、確定。



「よし、じゃあまずは連絡先を交換しようか」

歌わされるのかもしれないという危機に陥りつつ眼鏡を直してそう言えば、ショートカットの女子が驚いたような声をあげて、カナコちゃんだっけ? その子が「誰と誰が?」と目を見開いて尋ねてくる。

「え? 倉須と芽衣ちゃんが」
「、ええええ!?」

ガタッと机に膝をぶつけて俺から身を引く芽衣ちゃんの叫びに周りの視線が集まってるのを目視で確認しながら苦笑いする。
今は眼鏡かけてるから『他人から他人へ』の視線は分からないけど、普段おとなしい子が叫んで驚いてるんだろうなあ、と思いつつチョコレートをかじって芽衣ちゃんが落ち着くのを待つ。
チラリと倉須を見ると、近くの茶髪の男子と何か話しつつ此方を窺っているので、俺は知らんぷりしてチョコレートを咀嚼するが、その味で嫌なことを思い出して眉を寄せる。


<……舌だして>


うわあ、



「あー、あの、悪いんだけど……」
「っえ?」

眉を寄せてあのときの倉須の言葉を思い出していると、不意に男の声が聞こえたので視線を向け、俺の隣の芽衣ちゃんを意識しつつ俺の手をつかんで立ち上がらせた茶髪の男子に首を傾ける。
え? 俺なの?

「ちょいーっとこのイケメン借りるわ」
「えー…………いいけど、返しに来てね」
「話の途中なんだから」
「あーへいへい」

ショートカットの女子とカナコちゃんが茶髪の男子にそう言って、勝手に俺を送り出すので仕方なく連れていかれることにしたが、その茶髪の男子がさっきまで倉須と話し込んでいた奴だということを目的地らしき場所を見て察する。借りるって、目の前に移動しただけじゃん。

「はい、名字くんおすわりー」
「え? あ、うん」
「名字は犬か」
「どっちかというと猫じゃない?」
「ネコ!?」
「エリカ、そっちじゃない」

クラスの中心的人物が集まってるせいもあって騒がしく、明らかに俺を座らせようとしている場所が倉須の隣で思わずエリカちゃんを見るが、何かに興奮してるようで俺の視線には気が付かない。
仕方なくその空いた隙間に座ると、倉須とは反対の隣にいる彼女持ちの相変わらずうるさい男子に「おまえホストやってんじゃねえよ」と言われたので適当に「まあ、彼女に尻に敷かれてるやつには無理だね」と流して目の前に立つ茶髪の男子を見上げる。

「てか、なにこれ」
「いやいや、倉須が非童貞だっつーからキスマーク付けられるのかよって話になってさ」
「はあ」
「んで、実践してよって女子が言うから実験台におまえが選ばれた」
「なんで」

選んだの誰だよ、と思いつつ倉須の方を向けない俺が他のメンバーを睨み付けると、見事エリカちゃんと倉須に答えが割れたので思わず背もたれに寄り掛かって溜め息を洩らす。
倉須が俺以外と会話が進んでることは素晴らしいけど、俺の気も知らないで倉須はそういうこと言うし、エリカちゃんは世界が広がってほしいっていう俺の言葉を聞いたのにそういうこと言うし。

「もういいから、早くしろよ」

何もかもが嫌になってきたし、心の弱い自分にも嫌気がさしてきたので潔く倉須の方を見ずに首を傾けてそう言うと、周りの騒がしい奴等が更に騒ぎ立てて「よっ、男前!」「潔い!」とか言ってくるので、違うところにいるクラスメートの視線も集まってくる。けれど倉須はそんな状況には目もくれず、やりにくいから、と呟いて俺のからだの向きを自分の方に向けて対面させると、無理矢理視線を合わせてきた。なに、その視線。

「怒ってる?」
「うるさい」
「ごめんね、好きだよ」
「っ、早くしろ」

小声で俺にだけ聞こえるように話す倉須から思わず素っ気なく返事をすると、少し目を細めた倉須が俺の頬に手を当てながら口を開く。この距離に慣れてしまっている俺も俺でどうなんだろうか。

「この眼鏡、誰の?」
「…………委員長」
「そっか、」

そう言うと倉須は眼鏡をはずして机に置き、今度は周りのやつに聞こえるように「そのままの方がかわいいよ」と真剣に言ってから俺の首筋に手を這わせて笑う。

「なるほど、これがさっき言ってた最初の褒めか…………」
「ボキャブラリーが試されるんだな」

なんだよそれは、と思いつつ、立ったまま俺と倉須のやり取りを見下ろす茶髪と後ろで唸るうるさい男子を横目で見るが、それにむっとした倉須が前に乗り出して俺に抱き付きながら首筋に唇を当てたせいでそれが阻止された。
周りのおおっ、と良くわからない反応をしたのを聞かされる。

「、うっ」

倉須はちろりと控えめにソコを舐めてから吸い付いてきたので、俺は視線を壁の方に逸らしてそれに耐えるが、倉須の舌の感覚や匂いで何故か分からないけど泣きたくなって思わずそのまま目を伏せる。帰りたいけど帰ったらコイツも帰るって言い出しかねないし、何だかつらい。

「はい、ついた」

倉須はそう言って俺を引き離して自分の服で唾液を拭き取り、真顔でみんなの方を見てそう言う。
俺の首筋を覗きこんで「うわあ」とか「マジだ……」とか言う男子連中や、盛り上がってる女子の声を聞いてどうしようもなくなった俺は、苦笑いを浮かべて立ち上がり、キスマークを付けられたであろうところを手で押さえる。あー、なにかがやばい。
自分のなかに浮かんできたなにかを察した俺は「トイレで見てくるわ」と笑いながら眼鏡をとって立ち去り、通りがけ律儀に俺の荷物の隣に座っていた委員長に眼鏡を返して扉を開けて直ぐにトイレへ向かう。
そして本日二回目の青い壁紙。逃げ込んで誰も使用してる人がいないのを良いことに、ど真ん中の鏡を陣取って押さえていた手を離した。

「…………もうやだ、」

白い洗面台に手をついて項垂れながら、呟いた自分の声が思っていたよりも掠れていて少し驚く。
俺だけだ。俺だけがこんなに切羽詰まってて、あいつは普通に俺が好きなだけで…………俺はそこから逃げ出したいから取り乱してて。それを受け入れたい昔の俺と、受け入れたらダメだと言う今の俺。過去に縛られたもの同士で居たっていいのにと思う昔の俺と、自分がいることで倉須を過去に縛り付けることになるのが嫌な今の俺。どちらも俺なのに正反対だ。どちらが正しいのかは、わかってるのに。分かってるのに分かりたくないのは何故なのか、そんなことも考えなくても分かるのに。
そんなことを考えて熱くなる目頭に自分で呆れていると、カチャッとトイレの扉が開く音がしたのでハッと我に返って背筋を伸ばす。

「名字、」
「っ、おまえかよ」

少しの間ウダウダと考えていただけなのに、追い討ちをかけるように今一番会いたくなかった倉須の声がトイレに響いた。
倉須が扉を閉めると、鏡の前に立つ俺に近寄って来たのが俯いてても分かって、俺は思わず顔を俯かせたまま「ほんとにキスマークつけやがって」と何時ものような声のトーンで呟いてみる。

「あれは名字も同意したから、約束破ったことにはならないよね」
「…………そうだけど、別に撤廃したわけじゃないからな」

約束。前に宿題をしに行ったときに、俺がいいって言うまで変なことはしないとか言ったやつだろう。
俺が俯いたままそう言うと、倉須は『違和感』の視線を俺に向けつつ名前を呼んで俺の肩に手を乗せてくる。俺はそんなことですら締め付けられる心臓に嫌気がさしながら顔をあげようとするが、如何せん、確実にこのままだと涙腺が潤んだままなので腕で顔を覆って「見んな」と呟く。

「、やっぱり怒ってる?」

倉須はそう言うと無理矢理俺の手を退けようとするので、俺はその倉須の申し訳なさそうな声に罪悪感が募って思わずしゃがみこむ。

「、見るな、触るな、先に戻ってろ」
「…………泣いてるの?」
「まさか、」

まだ泣いてない。
しゃがみこんで然り気無く目を擦りながら返事を返せば、倉須は俺の腕を掴んだまま目の前にしゃがみこんでうつ向く俺の頭を撫でる。
やめてほしい、これ以上。
これ以上、なし崩さないでほしい。

「戻ってって、」
「…………好きな人が泣いてるのに戻れないよ」

そう言って倉須は俺の髪に指を通してから俺の頬を手の甲で撫でて「顔上げて」と囁く。そういえばここ公共のトイレなんだよなあ、と思いつつ顔を上げて目の前の倉須を見つめると、倉須は少し嬉しそうに笑ってから俺の目元の涙を拭って「かわいい」と呟いた。
こんなときに『好意』だなんて視線を向けないでほしいのに。

「、そういうの禁止って言った」
「それは皆の前で。今は二人きり」

そう言って俺を愛しそうに見つめてくる倉須が親指で俺の頬を撫でてから、ぐいっと引っ張って立ち上がらせたかと思うと、そのまま近くのトイレの個室へ手を引いて中へ引き込み扉の鍵を閉めた。

「え、」
「…………これなら、もっと二人きりになれる」

そう言って倉須は俺の肩を優しく押して便座に座らせたかと思うと、俺の頭を撫でてから前髪を指で退かせ、露になった額にキスを落とす。

「これくらいなら約束破ったことにはならない?」
「っキスは、キスだろ」
「…………じゃあ、絶交?」

そう言って懲りもせずに顔を上げさせて俺の瞼の上や目尻、頬や鼻にキスを落としてくる倉須にまた泣きそうになりながら胸を押して抵抗すると、その手すら絡め取られて指先にキスされる。

「泣いてるのは俺のせい?」
「、っ」
「じゃあもっと泣いて。俺のせいで傷つく名字は見たくないけど、俺のせいで泣いてる名字が見たい…………あ、でも…………さっき離れていかないって改めて約束したから大丈夫かな」

そう言ってぎゅっ、と俺を抱き締める倉須に俺はさっき自分が言った言葉を後悔して鼻をすする。
まさか本当にまた俺にこんなことしてくるとは思わなかったし絶交なんて形で離れるつもりはなかったから、そんなことする前にこいつが俺のところから離れていくと思ったから。てか今更だけど、絶交しても離れないって意味わかんねえよな。
俺の首に手を回して肩口に頭を擦り寄せてくる倉須に俺は抱き締め返したい思いに駆られながら、理性を振り絞って倉須を引き離し、ぼやけた視界で目を合わせて口を開く。

「もう傷付いた、絶交」
「…………そうだ、よね」
「でもだからって、俺はおまえから離れたりしない」

そう言った俺に倉須は心底ホッとしたような顔をして「そっか」と呟く。
そしてその顔を見つめながら俺は言葉の続きを口にする。
もう、これしか方法がわからない。





「けど、俺、好きな人が出来たから、こういうのもうやめろ」

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