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「っちょっと待ってよ!」
「、なに?」

俺のさっきの言葉に驚いて放心していた倉須を押し退け個室から出ると、我に返った倉須が泣きそうな顔で俺の腕を掴んで立ち止まらせた。掴まれた腕よりも、向けられている視線の方が俺に与えるダメージは大きい。

「好きって、…………なに? 恋愛で?」
「そーだよ」
「…………誰? さっきの女?」

眉間にシワを寄せながら俺に言い寄る倉須に俺は心を落ち着かせる。倉須から向けられている視線も『戸惑い』だったり『悲しみ』だったり『驚き』だったり、色々変わっているから複雑な気持ちになっているのが感じ取れるが、こんなところで話すようなことではないと感じてトイレから出ることを歩んで促す。
けれど答えを聞くまで動こうとしないという意思が伝わってきたので、俺も諦めて口を開くほかない。

「違う」
「じゃあ…………じんゆういち?」
「、何でそこで迅が出てくるのさ」
「チッ、あーもうほら、そいつじゃん」

視線を落として嫌そうに舌打ちする倉須が何だか新鮮で目を見張るが、そんなことより架空の人物にするはずだった場所に勝手に迅が入れられて戸惑う。そういえば、コイツは迅と会ってるんだっけ。

「だから違」
「もう………もういいから、」
「、?」

俺の言葉に被せるようにそう言うと、倉須はまた俺の手を引いて個室に引き戻す。そして素早く鍵を閉めて扉にその俺の右手を乱暴に押し付けたかと思うと、俺が反論してなにか言う前に俺の後頭部に手を回して自分の口で俺の口を塞いだ。

「っ!?」

そこから何度も乱暴に角度を変えて口付ける倉須から俺は逃げるように胸を押したりするが、思うように力が入らない。力が入らないのは昔の俺のせいなんだろうか?

「、っん、」
「? また、チョコ、」

倉須は舌で俺の上唇をひと舐めしてからそう言うと、重ね合わせるだけのキスから一変するように、ぬるり、と唇の隙間から舌を滑り込ませ、薄く目を開けて俺を見つめた。
『嫉妬』や『独占欲』などの劣情の視線を浴びせられ、まだ人生で二回しか体験したことのないキスに舌を弱く噛んで抵抗するけれど、何故かそのせいでヒートアップした倉須がキスをしたまま俺のベルトを外す。歯の裏、舌の裏、上顎、前にしたときよりも滅茶苦茶な舌の動きに俺は目を閉じることを忘れて倉須を見つめ、涙で霞んだ視界の中で両手が解放された今、倉須の胸を押す。
俺は今悲しいんだろうか辛いんだろうか、それとも。
その俺の抵抗に倉須は口を離すと小さく悲しそうに笑い、俺の首に顔を近づけたかと思うとさっきキスマークをつけたところに強く歯を立てた。そして片手で俺のズボンを下ろし、俺の腕をつかんでまた扉に押し付けながら無言でしゃがみこむ。

「いっ、まてって、」
「…………そうやっていじらしいのもかわいいけどさ、今はちょっとムカつく」
「いやほんと、に、っ」

ボクサーパンツすら脱がそうとしてくる倉須に下着を押さえて首を振ると、見上げた倉須から仕方ないなあと言いたげに溜め息を吐かれ、立ち上がった倉須に今度は優しく口づけられる。違う、そういうことを望んだんじゃない。

「っ、くらっ」
「んー、」

優しく舌が滑らせれて、どうしていいか分からない俺は潤んだ視界で至近距離の倉須を見つめる。
もう何度も言葉と視線で好きだ、俺のものになって、と言われておかしくなりそう。
自分の口内が倉須の熱い舌に侵され、引き剥がしてこの行為を否定しなきゃならないのにそれが苦しくて、理性に負けた俺はぎゅっと倉須の服の裾をつかんでキスに耐えると、それに気づいた倉須が俺の口の端から溢れる唾液を指で拭いながらもっと深く口づけてきた。

「んぅ、ふ」

倉須も怒ってるのか悲しんでいるのかわからない表情でキスをしながら俺の下着に手をかけてずりずりとゆっくり下ろしていくので、俺はぎゅっと目を瞑って頬に涙を伝わせる。こんなのを望んだんじゃないのに。俺は倉須が俺のいないところで幸せになってくれればそれでいいのに。
だから俺を諦めて、違う恋に進んでほしくて。

「、泣いてくれてる」
「っ、変態、さわんな、」
「俺のせいで傷ついてて、好きな人もいるのに……離れないなんてほんと…………」

唇を離して至近距離でそう言うと倉須は俺の目尻にキスをし、太ももの途中まで下げた俺の下着を見つめながら膝立ちをしてチラリと見える俺のソレを手で掴んで下着から取り出した。

「へ、ちょ、っそれやった、ら、ほんとに、」
「もういいよ、友達とかいう立場なんて忘れて俺に犯されればいいんだ」
「、なんで」
「それでもう、俺からさ、離れていいよ」

倉須は俺を見上げてから笑ってそっけなくそう言うと、俺の制止を無視して俺のソレの先端にキスをしてからゆっくり舌を這わせた。俺はその知らない感覚に扉にくっつけている背中がぞわぞわとし、顔が火照って涙が止まらなくなる。冷静なわけではないが、ここが公共の場だということは忘れてはいないので服の裾を引寄せてからその片手で口を押さえ、もう片方の手でぐいぐいと倉須の頭を押す。この図はだめだ。
べろりと熱くてぬめぬめする倉須の舌が、俺の根元の裏から徐々に先っぽへせめるように移動していくのが堪らなく嫌で、倉須の頭を押しながら口を開く。

「は、っくらす、なんかやだ、ねえ、」

すると上擦った俺の言葉に眉を寄せた倉須は出来るだけ音をたてないように根本までくわえこみ、腰を引いて逃げようとするのを手で引き寄せて舌や顔を動かす。あつい、顔も下半身も、触れられてるところ全部があつい。感じたくないのに、こんなこと知りたくなかったのに。

「んん、やだ、」

小声でぐずぐずに泣きながら口を押さえている手で涙を拭うと、倉須は一旦俺のものから口を離しチラリと見上げてから変わらず先っぽをちゅう、と強く吸う。
その行為に膝が震えて一瞬立てなくなりそうになると、倉須は何度もそこだけを集中して刺激を与えたり、また裏筋をべろべろと舐めて上目使いで見上げるから、掴まれた手に俺もすがらないと立てなくなりそうになる。そして俺が何を言ってもそこから口を離そうとしない倉須は、俺の制止の言葉に暫く耳をかさずに俺のそれを刺激し続けると、不意に口を離し、俺にとっては聞き慣れてしまった短い言葉を紡いだ。

「すき、」
「ば、馬鹿か?」
「すきだよ」
「っ、」
「俺が報われなくても、ずっと好き」
「お前が、報われないのはだめ、」
「…………何で無理矢理されてるのに、俺のこと嫌いになってくれないの」
「それはっ、ぁ!」

そう言って倉須は視線を戻すと、いきなり早く手でしごきながら俺が弱いとわかった先っぽをじゅっ、と吸うように集中して舐めるので、俺は指の隙間から吐息や小さな喘声漏れる自分に羞恥心を抱く。

「っ、ん、くぁっす、」
「んく、」
「いっ、ぁい」

さっきからゆっくりべろべろと舐めていたのに、いきなり弱いところばかりを攻められ、俺のからだの快感を求めるスイッチが入ったのを感じ、声を押し殺して内股に膝を曲げて前屈みになりながら、にちゃ、と音をたててふぇらを続ける倉須の髪を乱暴に掴む。

「はっ、ぁ、だめ、も」
「ん、ぅ、」
「あっ、くぁいっ、」

舐めながら上目使いでそう言う倉須に口を片手で塞いでぼんやりした視界のまますがると、倉須は少し笑って先っぽに弱く歯を立てた。

「んぁっ、ぁ、!」

そしてそのわずかな痛みで俺は口を押さえながらぶるり、と体を震わせて、嫌でも果ててしまう。そしてそのいきおいで倉須の口のなかに白濁とした精子を吐き出してしまうが、倉須はそれを当たり前のように口に含み、後ろのトイレの便器の中にでろりとソレを色っぽく吐き出した。
そんな姿に俺は恥ずかしさで死にそうになってまた涙が溢れる。泣きすぎだろ。

「っ、きたない、のにっ」
「汚くないよ」
「、ちがうっ」
「うん、かわいいよ、かわいい。すき、好きになってごめんね、嫌いになっていいよ、」
「…………ふざけんな」

鼻水をすすってへらりと笑う倉須の頭をわりと強く殴るが、それでも倉須がトイレットペーパーで口を拭いたり俺のものを拭いたりするので俺は何となく倉須の頭を撫で直す。
すると倉須はそんな俺を見上げてから「ばかだなあ」と受け流して立ち上がり、撫でていた俺の手を取って手のひらにキスをすると至近距離で囁いた。

「…………こんなことされても名字は変わらないんだろうなあって薄々思ってたけど、いざ変わらないとこわいよ」
「…………こわいとはなんだ」

ぐずりながら下着とズボンを上げ、ベルトを締めようとすると倉須が勝手に手を取って代わりに俺のベルトを締める。

「好きなんだ、名字がすき」
「、…………だからだめなんだって」
「分かってる……でも、どうしようもない」
「、ある」

カチャカチャとベルトを締めてから俺に抱きついてくる倉須の黒い髪の毛に指を通し、なんとなく子供のようなやつだな、なんて漠然と思う。甘やかしすぎだろうな。

「…………お前にはまだ、知らない人がたくさんいる。クラス会とかボーダーに入隊することで世界はもっと広がるし、かわいいひともきれいな人も優しい人もたくさんいる」
「…………それでも無理なら?」
「それでも無理なら、その時俺も一緒に考える」
「、なにそれ」
「お前は変わるんだ、もう俺のとこに居なくていいんだ…………俺からは離れない。お前が離れていくんだ」
「、そんなの絶対無い」
「無いとかじゃなくて、いつか絶対離れていくの」
「なんで、そんな風に言うの…………」
「そうなることを知ってるし…………そうしないとおまえはいつまでたっても過去に縛られたままだ」
「、名前だってそうじゃん」

体を少し離して俺の目尻に残った涙を自分の服で拭う倉須に、俺は目を瞑って言葉を返す。前まではお前も一緒に過去に縛られたまま生きてればいいのに、とか思ってたけど…………今だって昔の俺がそう思ってるけど、もう違う。

「俺は、縛られてないと死んじゃうから」
「…………なにそれドM?」
「ちっげーよ」
「さっきだってちょっとちんこ噛んだらイッたし」
「うううっせーな、おまえのせいだ」
「うん、俺のせい」

少しにやにや、と笑みを携えておちょくってくる倉須に俺は頭突きをかまし、痛がってる倉須を放置して個室から出る。そして、息を吐き出して鏡を見て意外と泣いていたことがわからない顔をしていたので、またほっと息を吐く。これで目が真っ赤とかだったら帰ってた。

「って、おい」
「え?」

後ろから出てきた倉須に眉を寄せて睨み付け、キスマークの周りについた血のにじみ…………つまるところ歯形を指差して言えば、倉須は「あー」と言葉を溢して視線を逸らす。

「つい、ムカついちゃって」
「…………」
「ごめん、痛い?」

そう言って俺のそこを指で撫でて俺をじっと見つめる倉須に俺は視線を逸らして「別に」とだけ呟くが、倉須はその明らかに血が滲んで噛み跡だと分かるところに軽く口付けてから言葉を重ねる。

「俺が名前から離れていくんだとして、それが分かっていながら俺のそばに居るのはなんでなの?」

ポツリと俺の首筋に口を近づけたまま呟いた倉須の言葉に目を伏せ、視界に映る倉須の髪を見つめながらずっと考えてきたことを口にする。
今なら何だか言える気がする。嘘をつかずに。




「俺が、おまえの幼馴染みの代わりだからだよ」
「…………え?」
「俺がお前から離れていったら、おまえきっとふらっと何処かに行っちゃう気がするから……」
「、まって? ほんとに、名字は俺のためだけに?」

一歩下がって俺の手をつかんで顔を見下ろす倉須の表情と視線が驚いたような申し訳ないような顔をするもんだから、何となく俺は笑って「ばか」と吐き出す。

「俺も倉須と一緒に居たかったよ」
「っ、」
「けど…………倉須が何時までも過去に縛られてるのはダメだって気が付いたし、お前もこのままじゃダメだって自分で言ったから、俺はいない方がいいんだ。それにもうなにもしなくても自然と倉須は俺から離れていくし、倉須は俺を好きじゃいけなくなる、それだけだよ」
「そ、んなの…………何で分かるのさ」

俺の話を聞いてまた泣きそうになりながらぎゅうっと俺の手を握る倉須に、俺も離れなきゃいけない寂しさを抱きながら久し振りに本音で倉須と話せたことに肩の荷を下ろして微笑む。


「ほら、俺ってエスパーだから」



                 ◆◇



 結局俺が迅を好きという誤解は解けなかったわけだけど、それでも倉須が俺から離れるっていう選択肢を頭の中に浮かべてくれたことは良い傾向にあると俺は思う。いや、思いたい。あのあと結局泣かれたけど。
だってクラス会だって言ってんのにトイレで泣かされ、舐められ、イかされたのになんの収穫もありませんでしたーってなったら、もう二度と倉須と顔を合わせられない。まあでも、非童貞でふぇらに抵抗がないのはもう、ほんと、今更何も言うことがないけれど、正直初チューも初めてのふぇらも倉須っていうのが解せないし、あそこで流されちゃった俺って何なんだろうと思わざるを得ないからやっぱり春休み明け自然に顔を合わせられるか不安だ。それに、最後の会話は少しオブラートに包んで言えばよかったかもしれないと後悔もしているし。
そんなことを思いながら孤児院の広間で走り回る千恵と洋をぼーっと見つめて、風呂上がりに首に巻いてるタオルに触れる。クラス会から帰って来るときは首まで隠れるウィンドブレーカーさんのお陰でキスマークと歯形を隠せていたけれど、孤児院内でずっとそれを着ているのも不自然なので風呂に直行し、タオルをかけて今に至っている訳だ。
帰り道、口数の少ない倉須と芽衣ちゃんの連絡先を交換させてから記憶があまりないけれど、多分誰かの迷惑になるようなことはしてないだろうと考えて溜め息を吐く。

「名前にい、迅お兄ちゃんは?」
「っ、はいはい、また今度ね」
「えー」

迅が泊まりに来てから殆ど毎日と言って良いほど迅の名前を出してくる洋に、今日は異常に反応しつつ視線を逸らす。
あー、迅に謝らなきゃ…………。はあ、と溜め息を吐きつつ広間から自室に戻り、扉を閉めてから机の上に置いておいた携帯を手に取る。謝るなら電話が良いんだろうけど、あいつ忙しいしなあ。仕方がないので回りくどいけれど、先にメールで『暇なときに連絡ください』と送ってから迅の電話を待つことにした俺はそのままの文面でメールを送信し、携帯を机に戻す。


「よし、髪乾かして寝るか」


ビロロロロロロロ、ビロロロロロロロ


初期設定から変えていない機械音がたった今置いたばかりの携帯から鳴り響き、しかも画面に『迅 悠一』という名前が表示されていることに気づいて苦笑いする。
暇人なのかそうじゃないのか、よくわからないやつだ。

「もしもし?」
『あー、暇だけどなに?』
「え、あ…………その、驚かないで聞いてほしいんだけど」

電話が繋がった瞬間本題に入った迅にやっぱり暇じゃないんじゃ、とか思いつつ言葉を濁すと、迅は呆れたように笑ってから言葉を放つ。

『大体分かってるから安心しろって、』
「…………え、何故に」
『だって"昨日"会ったし?』


昨日?


「、…………え、え、ま、待って」

まさかの答えに俺は戸惑い、本人が目の前に居るわけでもないのに視線を泳がせて冷静さを失う。



え?

だ、だって昨日会ったって、倉須のことだろ?
つ、つまり倉須の未来を視たんだろ?
っていうことは、あのと、トイレの、ときのことも?
そりゃそうだよな! 迅が好きだって誤解されたのトイレにいるときだしな! 視てるわな!

「ど、何処から何処までをご覧になられたのですか」
『…………まあ、こういうの名字だけじゃないから落ち着け落ち着け』
「っ落ち着いています、その、え、あの、」
『いや、落ち着いてないだろ』

ま、待て自分。
何処までみたのかを聞いてそのあとどうするんだ? 結局気まずいよな?
てか、迅の口からどうのこうのって言葉を聞きたくない!
なぜかはしらんけど!

「う、うん。じゃあその、視なかったことに」
『まあ…………そうなると、名字が俺に謝ろうとしてる理由が分からないことになるけどな』
「、今から説明しますから!」
『えー、じゃよろしく』


迅が冷静過ぎて若干恥ずかしくなるが、このまま沈黙を作るのは嫌なので「あー」とか「うー」とかいって場を繋ぎつつ、手元にあるペンを何となく弄ってカチカチとペン先を出したり引っ込めたりする。
だってあの一連の流れを視られてたら、俺やばいじゃん。人として…………男として。

「俺、自分の保身のために迅をエサにしまして…………結果的に俺が迅を、…………す、…………、違う、いや違くない」
『…………うん?』
「あ…………えっと、俺が迅に恋愛感情を抱いてることになりました」
『、何で業務的に言い直したんだ』
「? 何となく、分かりやすくするため?」

くるくる、とペンを回しながら電話の向こうの迅にそう返事をするけれど、実際俺もよく分からないので深くは掘り下げないで欲しい。

『まあ、おれとしては別に問題ない……訳ではないけど、問題ないよ』
「えっ、彼女出来ないよ?」
『……………そんなの出来る未来ないんだけど』
「…………お、おう」
『それに作る気ないのは、今の名字だろ』

ガチャ、と扉の開く音を背後に欠伸をしながら放った迅の言葉に「まあ」と同意しつつ複雑な気持ちを抱える。その通り"今の俺"はそれを望むべきではないけれど。

「ていうかさ、なんで倉須に会いに行ったわけ?」
『…………名字の未来を変えれる人なら"視て"おいた方がいいかと思っただけ。それに、ボーダーに入るみたいだから何時かは知ることかと思ったし』
「、迅って、たまにズルい」
『そりゃ、悪かったね』
「…………俺は迅のこと全然知らないのにおまえばっかり俺のこと知っててずるい、って言われたことない?」
『さあ?』

どさっ、と何かが倒れた音がしたかと思うと、ぎしぎしとスプリングの音が聞こえて何となく今の迅の状況を察する。今日電話が来るとは思ってなかったから不可抗力だけど…………夜の十一時、というのは電話するような時間じゃなかったかもな。暇ってもしかして、もう寝るだけだからって意味だったのかもしれない。

「迅、誕生日いつ?」
『…………四月九日』
「星座は?」
『はやぶさ』
「好きな人のタイプは?」
『…………かわいいこ』
「わあ、」

まあかわいい方が得した気分になるよな、とサイドエフェクト無しでも分かることにあきれ返り、持っていたペンで近くの紙に迅の誕生日を写す。
四月九日…………あと二週間もねえじゃん。

『誕生日プレゼント貰ってるから、気にしなくていいだろ』
「え? ……………………あ、本か」
『忘れてたのか』

あまりに適当に渡したものだったから忘却の彼方に行っていたけれど、そういえば小説あげたんだっけ。

「あれはナシ、ちゃんとあげるよ。てかあげたい。あげさせて」
『ふぁーあ、新しいなその三段活用』
「…………おまえもう寝なさい、おやすみ」
『ん? もういいのか?』

また欠伸をしながら言葉を放った迅に俺は罪悪感を覚えて電話を切ろうとしたが、迅がそう言うので少し疑問に思いながら「いいよ、おやすみ」と呟くと『はいはい、おやすみー』と迅も軽く返して通話を終えた。
ツーツー、という音を聞きながら結局迅に一度も謝ってないことに気づいて頭を抱えて携帯を机に落とし、何故か勝手に開いた『烏丸京介』の連絡先の画面をのぞき込んでまた頭を抱える。
お礼言わなきゃ…………。謝らなきゃ…………。

「もーめんどくさい!! 明日にしよう!」

今日一日で何かを失いすぎた俺では上手く頭が回らないだろう、という安易な逃げにすがりつつ、部屋から出てささっとレイジさんに考えてもらったメニューをこなし、タオルを誰にも見つからないように洗濯機にぶちこんで自室に逃げ込む。そして電気を消した真っ暗な部屋で「明日にはキスマークと歯形が薄くなってますように」と願って眠りについた。

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