39




 たまに、どうしようもない夜が来る。
過去に囚われている俺は変えたい過去を幾度となく思い出し、ああすればよかったと嘆いてはどんどんと眠りから遠ざかってその感覚に溺れひたひたになった頃、いつも俺は怖くなる。いや、怖いのは何時だって怖い。もし俺の居ないところであの時のようなことが起きたなら俺は役割を果たせるのだろうか…………とか。本当にこのまま昔の俺を押し込めたままでいいのか、とか。今のおれは正しいことをしているのか、とか。
何度考えても身体は震えるし泣きたくなるし、苦しくなる。もうなにも失いたくない。もっと強くならなきゃ。やれることの範囲を広げなきゃ。心配かけないようにならなきゃ。自分が自分を追い込みすぎていくのを感じながらそれでも追い込むのをやめられないのは、やっぱりそれ以上の失う怖さを知っているから。
でもそれは、俺だけじゃない。
多分第一次侵攻が起きてから同じことを考えている人が沢山居て、そのなかに俺や……………多分三輪くんみたいな奴がいるってだけ。なにも特別じゃない。こういうときの夜の長さを知っているのは、俺だけじゃない。過去の弱さを思い知らされる夜を過ごしているのは、俺だけじゃない。きっと眠らずにこんなことを考えてしまうのは、ここ最近色々上手くいかないからだ。







「新斗さんは、これからどうなると思います?」
『んーそれは知らんけど、どうなって欲しいかーってのはある』

自室の窓を開けて外に出る行為にはもう慣れ、窓の下にセットしてある専用の外靴を履いてから近くの公園に来ては新斗さんと電話で連絡をとっている。深夜一時過ぎ、孤児院で電話なんかしていたら煩くて怒られる時間帯だし、カズエさんには相手に迷惑だって言うだろう。

「じゃあ、どうなって欲しいんですか、佐藤さんに」
『どうだろね、』

ブランコに座って砂利を踏みしめながら尋ねると新斗さんは電話の向こうでカタカタとキーポードで何かを打ち込み、時たまズルズルと何かを啜りながら言葉を続ける。こんな時間にインスタント食品?
体に悪いですよ、なんて言う関係性にないことは重々承知しているつもりでも、新斗さんに悪意を抱いているわけでもないので常人ほどに心配はしてみる。

『それに、兄貴だけじゃないよ相手は。俺は佐藤家って言ったじゃん』
「え?」
『兄貴のうえに姉がいるんだよ、』
「……………そのお姉さんも俺のことを?」
『まあ…………』
「?」
『………姉貴は兄貴に唆されてそう考えてるだけだから不安定で、少し矛盾突いてやれば動揺したりする』

その言い方に違和感を感じ、実際に試したことがあるんだなあと思いながらブランコの揺れる勢いのまま足元にある小石を蹴りあげる。
新斗さんが自分のことを仲間外れだ、って言っていたのは、血は水よりも濃いって言われるだけあって譲れないし越えられないものがあるからだろう。そのことは、捨て子の俺だって……………いや、捨て子だからこそ理解してるつもりだ。きっと新斗さんも過去に囚われている人の一人。過去に怯えて今を蔑ろにして、未来にすがる。

「そもそもなんで俺なんですか」
『そりゃ、死んだ時、に居たからじゃない?』

ギーギー、とブランコを揺らしながら変に反響する新斗さんの言葉を聞いていると、何だかもうその家族の一員になることを諦めているのがありありと分かるし、言ってしまえば少し恨み辛みがこもっているような気もしないでもない気がした。長年仲間外れにされてきた人の気持ちはわからないが、きっと悲しくて悔しくて、その感情の矛先が怒りに向いてしまったんじゃないかと勝手に推測してしまうくらいには話し方に悲しみを帯びている。

『ていうか名字くんどこいんの? なんかうるさくね?』
「……………新斗さんに言われたくないです」
『え? あ、ごめん…………うるさい?』
「うるさいっていうか、もしかしてネカフェですか?」
『うん、最近はここにいるのが多い』

そう言ってからどこか遠くで扉のようなものを開けた音が電話越しに聞こえ、こんな時間にネカフェで電話なんかしていたら壁ドンされそうだけどなあ、なんて他人事のように思う。もしかしたら今の音も、隣の人がしびれを切らして出たのかも。というか、前にスーパーで話したときにお兄さんと住んでるって言ってたけど、あれは嘘ってことだろうか。

「佐藤さんと住んでるんじゃ?」
『住んでる、まあ殆ど家に帰らないけど』
「へえ…………」
『んで? どこいんの?』
「俺は…………公園のブランコです」
『ああ、それでなんかギーギー鳴ってんのかい』

迅と一緒に話し合った場所でもある静まった公園のブランコでギコギコと音を鳴らすと、住宅街にしては閑静なこの区域ではホラー要素と思えなくもなくて思わず足を地につけて音を止める。周りの数少ない家の人達を怖がらせるかもしれないし、なんと言っても自分が怖くなってきたから。でも、そんなしょうもないことに恐怖を感じられるほどの余裕が自分の中にあるという事実は少し驚くべきことだ。
それは多分エンジニアの方の佐藤さんが俺に対して恨みのような感情を抱いていると教えられたあのときから時間が経っているというのもあるけれど、公平や陽介に話を聞いてもらって頭のなかが整理できたのが大きな要因だろう。癒されたし。

「………俺は、殺してないですけど、佐藤さんの気持ち察することが出来なかったのは申し訳ないと思ってます」
『……………名字くんって、どうしようもないね』
「、なんでですか」

どうなってほしいか、という俺の問いに意図的に答えなかったわりに、強気で俺の言葉に溜め息なんか吐くんだもんなあ。

『サイドエフェクトが云々って話をしてるんだろうけど、そんなの名字くんが気に病むことじゃないだろーに』
「……………そんなことないですよ、俺が上手くサイドエフェクトを使っていたら新斗さんや佐藤さんが苦しむ時間も減ったかもしれませんし」
『なにそれ、ないわ。例え未来が視えてたとしてもないねー、』
「だから、どうなりたいんですか?」
『……………うーん』

そうやってまた本当に聞きたいことだけをうやむやにして流す新斗さんに俺も呆れ返しつつ、結局これから佐藤さんとどう接していけばいいか分からなくて思わず頭が痛くなる。元々そんなに会う間柄ではないし解析も終わってるから暫く会いに行くことはないにしても、何だかこのままにするのは逃げているように思えてならない。けど、だからといって打開策が思い付いている訳でもないから口をつぐむしか俺には手がない。

『名字くんはどうしたい?』
「俺は……………そうですね、取り敢えず新斗さんは報われればいいと思いますけど」
『…………………………ちょっと、何言ってるかわかんねえよ?』

長い沈黙のあと戸惑ったように紡がれた新斗さんの言葉に俺は少し勝ち誇った気になってにやける。嘘をついたつもりはない、自分の心に生まれた余裕を新斗さんの幸せに使えればいいなと思っただけだ。
この話を新斗さんから聞いたばかりのときは濡れ衣をかけられていたことを怒ったり悲しんだりしたけれど、公平と陽介のおかげで心に余裕が出来て、今日まで苦しんできた佐藤さんや新斗さんの気持ちを考えられるようになった。そりゃ、父親の敵だと思ってる俺に対して割り切った仕事をこなして笑いかけてきてくれた佐藤さんのことも考えたけれど、やっぱり手放しに濡れ衣をかけられてることを許せるはずはない。俺は元々優しい人間じゃないし、聖人でもないからだ。でも新斗さんは、ほとんど俺のせいで不憫な思いをして仲間外れだと自分から佐藤さんの所から離れたのに、今は父親の敵だと濡れ衣をかけられてる俺の肩を持ってくれてる。例え俺を逃げ場にしてるのだとしても、心強いことは心強い。

「俺は正直、佐藤さんのことよりも新斗さんが心配です。これからエンジニアになるのに佐藤さんとのことで隔たりがあったら仕事に差し支えるかもしれせんし」
『……………名字くん、きみ、頭おかしいの?』
「……俺は自分より、他人のために生きたいんだけです」
『それにしてもおかしいだろ。俺と話したのなんか三回くらいなのに、自分のことより他人のことって』
「そう言われましても、今の俺はそういう人間ですし……………」

空に浮かんだ三日月を眺めながらブランコを漕ぎ、携帯の向こうでパソコンを打つ手を止めたらしい新斗さんに気づいて少し笑う。
確かに頭がおかしいのかも。人殺しだと濡れ衣をかけられてるのに、自分へ濡れ衣をかけてきてる人の弟を心配するなんて。でも、それが今の俺がやるべきことだで、俺の根底がどんなに自己中で心が狭くて最低な人間でも今の俺がアキちゃんの代わりとして生きてるのなら、やっぱり誰かのために生きないと。

「だから新斗さん、もう一回聞きますけど……………新斗さんはどうなってほしいんですか?」

そう尋ねてからブランコを漕いだ勢いのまま前に飛び降り、上手く着地出来た自分の足元を見下ろす。大丈夫だ、きっとうまくいく。
自分で出した答えを誰かさんの言葉を借りて言い聞かせ、少しの沈黙を作り出した電話越しの新斗さんが小さく息を吐いてから言葉を紡いだのを静かに、確かに聞き入れた。




『…………………………おれは、ちゃんと佐藤家になりたい、かな』



             ◇◆


 次の日。春休みが終わり、高校三年生の初日である四月五日の始業式の真っ最中、俺は体育館に並ぶ列の場所が変わったことで最高学年になったことをじわじわと実感しながら普段接する機会が全くない校長先生の話を聞き流して体育館の壁に掛かっている時計をチラリと見つめる。昨日公園で夜更かししたからか、眠気がすごい。
校長先生の話は年が変わっても相変わらず長えなあ、なんて思いつつ、前に立つ男子生徒の頭を視界の端に捉え、こちらも三年になってもクラスのメンバーは変わらないので新鮮味は無いなと改めて考えてみるが、逆に言えば安定しているとも言えるのでソレについては特に触れないでおこうと思い直す。そしてやっと長々とした校長先生のお話が終わり、他の先生方が挨拶やら連絡やらを告げてやっと式が終わって退場するというとき、ざわざわとざわめく体育館に新一年生が居ることを改めて後ろを振り向いて確認すると、俺の後ろの男子が俺に視線を寄越して口を開いた。

「おまえ、一年の中でもう話題になってるっぽいぞ」
「…………なんで? 別に知り合いとか居ないけど?」
「ばっか、お前委員会の仕事で入学式の日に体育館の入り口まで一年の列の先導したんだろ?」

そう、確かに俺は委員会という面倒なものに属しているため、始業式より早い日程で行われる入学式の日に学校へ来ていた。因みにだけど、去年の学祭のとき倉須のバンドが見れなかったのもこの委員会の仕事とやらのせい。

「まあ、したけど…………てか、なんでそんなに情報早いの」
「知らねえの? 今年最後だからっておまえのファンクラブ設立されてさ、俺の彼女入ってるから情報来たんだよね」
「…………? あー、……………え?」

ふぁんくらぶ?
その単語に放心していると、隣でソレを聞いていたらしい同じクラスの女子生徒が「へー、とうとう出来ちゃったんだ」とにやにやと笑って話に参加してくるので、チラリとそちらに目をやる。

「おまえも参加すれば?」
「嫌よ、私好きな人いるし…………ちゃんと現実見てるの」
「んあ? まるで俺の彼女が現実見てないみたいだろ」
「さてさて、彼女さんもどっちが本命なのかしらね?」
「や、め、ろ」

仲睦まじく話しているのは構わないのだけれど俺を居ないものとして扱うのはやめて欲しいな、なんて思いつつ一年生の方に視線を向けると、確かに何人かに指を指されているような気もしないでもなかったが、それは多分ファンクラブの話を聞いたばかりだから変に気を張ってしまってるだけだろうと考えを落ち着ける。視線の内容は何時もとあまり変わらないように思えるし。

「そういえばさ、今日、倉須くん来てないらしいね」
「あ? あー風邪かねー、クラス会のときは普通だったしな」
「でも、帰り際ちょっと元気なかったよね? どうなの名字くん?」

今まで俺の話題の時は俺無しで会話していたのに、倉須の話になると途端に俺へ話題を持ってくるのは辞めて欲しい。
はあ、と溜め息を吐きながら女子生徒に視線を合わせて「知らないよ」と返すと、二人が驚いたように声をあげて物珍しそうに俺を見た。

「おまえ倉須のお母さんだろ? しっかりしろよな」
「倉須くん、名字くんにすら連絡しないって…………本当に大丈夫かな」

その言葉で俺と倉須が周りからどのように見られてきたかはっきりと分かるが、俺はカラオケのトイレで話したときのことを思い出し、連絡を出来ないでいる。もしかして俺のせいで何か気を使ってるんじゃないかとか、俺があんなことペラペラ話したせいで悩んだりしてるんじゃないかとか。帰り全然話さなかったし、なにか考え込んでいるようだったし。

「連絡、してみた方がいいかな」

だからこうやって、他人の意見に任せて逃げてしまう。

「してみなよ、倒れてたりしたら恐いじゃん」
「あいつ…………なんか、生活能力とか低そうだし健康管理とかしなさそうだし」
「あ、言えてるー」

二人が倉須について言い合ってるのを見ていると知らないうちに俺たちの列が退場する時が来たらしく、マイクを通して俺たちのクラスが呼ばれると全員が後ろを向いて体育館から退場する。一年生の列の隣を通ると、確かに『好奇』や『観察』の視線が多いのが分かるけれど、俺はそれよりも倉須のことで頭のなかが支配されていて、すっかりファンクラブのことなんて忘れていた。
そして教室に戻ったら連絡を入れてみようかなんて思いつつ教室に戻るためさっきの男子生徒の隣で廊下を歩いていると、乱れた列の後ろの方から小走りのような足音が聞こえたのと同時に『緊張』という視線が寄越されたので、何となく振り向く。するとそこにはクラス会のとき少しだけ話した芽衣ちゃんが俺の方に向かってきていて、俺が振り向いたと分かると「名字くん、」と俺の名前を呼んだ。なんだ?
進めていた足の早さを緩めながら芽衣ちゃんが追い付けるように待っていると、芽衣ちゃんは俺の隣に並んでから息を整えつつ「あのね、」と言葉を続ける。




「倉須くんが、その、今日は家に来なくていいし連絡も要らないって」



「、……………芽衣ちゃんに倉須から連絡来たの?」
「う、うん…………クラス会の次の日から連絡取り合ってて、その、名字くんにそう言っといてくれって」

照れたようにそう教えてくれた芽衣ちゃんの言葉に俺はズドン、と頭を何かで殴り付けられたような衝撃を受けたが、何故か無意識に口は「そっか、教えてくれてありがとう」と冷静に御礼を言っていて、笑顔を携えてる自分が少し嫌になった。その言葉を受けた芽衣ちゃんがひとつ頷いて女友達のところに戻るのを見ていると、隣の男子生徒が不思議そうな顔をして口を開く。

「くっそ珍しー、倉須が名字以外に連絡とってて…………しかも、名字には頼らないなんてな」

現実を突き付けるようにそう呟くクラスメートの言葉に只でさえ佐藤さんのことで疲弊している自分の心の何処かが痛みを叫んでいるような気がしたけれど、俺は気が付かないふりをして声が震えないように気を付けながら言葉を吐いた。



ああそうか、そうなんだ。



「多分もうない、かも」
「…………え?」
「……………………倉須が俺に関わる機会が、多分もうないかもってこと」
「? 何いってんの?」

俺のいきなりの言葉に現実味がついてきていないのか全く信じていないらしい男子生徒は笑って否定するが、俺は真面目な表情のまま廊下を歩いて新たな三年生の教室へと足を踏み入れる。クラスメートの顔触れは変わらないし俺の並ぶ列の場所も変わらないけれど、全部が変わらないわけじゃない、見慣れない教室の風景を見て何となく今そう思い知らされた。
あの芽衣ちゃんを巻き込んだ倉須の行動の意味はどう考えても俺との『決別』。二年生の頃には絶対にあり得なかったような………俺以外の他人を使ってそれを伝えてきた辺り、本当に、そういう意味なんだろう。

「そっか、」

出席番号順に並んだ席に座ると倉須の席とは前より離れていて、俺は何だか何もかもがどうでもいいような気分になりかける。けれどこれは倉須が俺という過去から逃れるための第一歩として望んで選んだ行動だ、と自分に言い聞かせると、少し割りきれるような気がした。
そう、それは前から俺も望んでいたことで、ただ、俺の思っていたタイミングじゃなかったっていうだけの話だろ。

「ボーダーに入る前になるなんて、すげえな」

自虐のように呟いた小さな言葉は教室内の騒がしさにかき消されて空気と混ざりあった。
すると俺の目の前の席の委員長が自分の席に腰を下ろし、眼鏡を押し上げながら「名字、今日の放課後暇か?」と聞いてくるので、変に納得した倉須のことを考えつつ少し視線を逸らしてスケジュールを思い出してから頷く。

「じゃあさ、合コン行かね?」
「…………合コンなんてこの三門市に存在したんだね」
「おいおい、ここは異世界か何かか?」
「冗談」

新たな机に肘を置いて俺を見つめる委員長の言葉にこれ以上何かを考えるのも億劫になった俺は自暴自棄覚悟で「いいよ」と呟く。今日は防衛任務がないから、きっと帰ってもこの事ばかり考えてしまうに違いないから。

「、マジ!?」
「俺は彼女つくるつもりないし、飯代が委員長の奢りなら」
「良い良い! ぜんっぜん良い!」
「…………必死すぎない?」

バンバン、と机を叩きながら俺の顔に自分の満面の笑みの顔を近付けてくる委員長に苦笑いしていると、委員長が教室の後ろでたむろってた二人を呼び出して「良いってさ!」と叫ぶ。委員長のデカイ声さえ特に気にならないほど騒がしい教室は、多分どの教室を探してもここだけだろう。

「え、いいのか?」
「てか俺らファンクラブの会員に殺されたりしないよな?」
「、は? ついにファンクラブ出来たのか!?」
「…………知らないけど、らしいね」
「うわー、非公認とかこえー」

集まってきた二人のうち、一人がカラオケのとき俺の手を引いた茶髪の人で、もう一人はサッカー部だったはず。それくらいのことしかこの二人を知らない。一年もクラスメイトをしていたのになぜなのか、なんて考えなくてもわかる。そしてきっとアイツは俺よりもこの三人の事を知らない。

「まあ、出来立てのファンクラブだし平気だろ」
「確かに、つーかこいつの写真見せれば絶対集まり良いしな」
「相手が断る確率は限り無く0に等しい」
「…………で、何処でやんの?」
「この前行ったカラオケか、駅前のカラオケのどっちか!」

にししっ、と笑ったときに目の下に皺が寄る茶髪の奴の言葉を聞いて、即「駅前がいい」と答えると、それを拾った委員長が「んじゃあ駅前な」と言って俺の肩を目の前から叩く。へえ、委員長って唇に黒子あるんだ。


「倉須は? いいのか?」


すると、サッカー部の奴が何に気を使っているのか倉須の名前を出すと、茶髪の奴も何故か便乗して俺の言葉を待つ素振りを見せる。なんなんだ、俺と言えば倉須、倉須と言えば俺、みたいな空気感。意味は分かるしそうなった理由も今までのことを考えればわかるけど、今はそれが堪えるのを分かってほしい。我が儘だろうか?

「関係ないよ、俺の合コンと倉須は」
「? それもそうだな」
「確かに」

俺の言葉に今更ながら納得したらしい二人の顔を見ると、タイミング良く担任教師が扉を開けて「席に座りやがれー!」と叫ぶので、二人は俺と委員長に手を振ってから席に戻っていった。
はあ、と息を吐いて前に視線を向けると委員長が眼鏡越しにじっと見つめて来たのでサイドエフェクトを意識するが、読み取れたのは俺の心を抉るようなことだったので特に何も言わずに委員長の肩を押して前を向くよう促した。『何でこいつ、倉須の名前出したら泣きそうな顔すんだろ』だなんて、そんなの俺にしかわからないだろうに。
もやもやとそんなことを考えながら変わらないボーダー反対派の担任教師の顔に溜め息を吐きかけるが、先生が手に持っている缶と幾つもの割り箸を視界に入れたため、溜め息を飲み込まざるを得なかった。

「よし、初日から恒例の席替えやんぞー」

カラカラ、と割り箸の入った缶を振りながらそう言う担任に周りのクラスメイトが沸き、俺への視線が何故だか増えた。どうやら俺の近くの席になりたいと思ってくれている人がいるらしい、いつものことだけど申し訳ない気分になる。
席順を黒板に書いている担任教師の後ろ姿を見つめながら自主的にじゃんけんを始めた右前の女子と左後の男子の声を聞いて机に突っ伏す。どこだっていいな、今の俺は。
声だけを頼りに状況を判断するとどうやら男子が勝ったらしく、俺も比較的出番が来るのが早い方になったらしかった。担任教師が黒板に数字を書き終えたのを尻目にゾロゾロと男子が立ち上がり、列をなした生徒がそれぞれ教卓の上にある缶に突っ込まれた割り箸を引いてその先に書かれた数字を担任教師に告げる。

「おい、名字もいこうぜ」
「うん」

俺の前に引く委員長に肩を叩かれて立ち上がり、数歩あるけば直ぐに着く教卓へ向かって歩く。そこはかとなく静まった教室に違和感を感じながら委員長が引いたのを見てから缶に何本か刺さっている割り箸を掴もうとすると、それを見た担任教師が「あぁ」と声をあげたのでそちらに視線を送る。

「悪いけど、休んでる倉須のぶんも頼むわ」
「……………はあ」

その言葉でより視線が集まった気がしたが俺はそれよりもまた一括りにされたことに眉を寄せつつ、近くにあった割り箸をもう一本つかんで適当に引き抜いて先を見る。ああ良かった、連番じゃない。

「10と15」

担任にだけ見せてそう言うと、担任は俺の名前を10に倉須の名前を15に……………って隣同士!?

「へえ、お前らまた席ちか」
「あー間違えました、10じゃなくて18でした」

先生が黒板に俺達二人の名前を書いているうちに音をたてないように割り箸を戻して違うものを引き、今度こそ遠い席になったのを確認しつつ割り箸の先を担任に見せる。担任教師は「おいおい、この数字を見間違えるか?」と笑いつつ10の倉須を消して18に移動させるが、俺の不正行為を見ていた人は何人もいるのに誰も意見しようとしないということはこの結果がそれなりにクラスメイト達に得だということか、と判断する。どんな得かと聞かれれば正確には答えられないけれど、多分、倉須の周りがひとつしか埋まってないこともひとつの要因だろう。
そんなことを推測しながら引いた割り箸を教卓の上に並べ席に戻ると、先に戻っていた委員長が次に割り箸を引く生徒を見つめながら俺の席に肘をかけ、横目で俺を見る。

「倉須となんかあったのか?」

自分の次の席が廊下から二番目の列の一番後ろだということに今更ながら気づいてホッとしていたのに、委員長から『怪訝』という視線とその通りの言葉が発せられて思わず唇を尖らす。バレバレなのは百も承知だけれど、いざ聞かれると答えにくい。本当のことを言うわけにもいかないし、どう誤魔化そうか。

「………倉須が俺離れしただけ」
「? 親離れ的な?」
「そう、俺無しで生きていけるように」
「倉須がそう言ったのか?」
「言ってないけど、多分そう」

視線を落としながら嘘偽りなく応えたつもりだけれど、委員長は少し納得いかなさそうに首をかしげてから眼鏡を押し上げて俺の顔を覗きこむ。
その視線がさっきの『怪訝』から『心配』に変わっていて、何に誰に心配しているのかわからなかったけれど、あまり分かりたくもなかったのでサイドエフェクトを態と使わずに俺は首をかしげ返す。

「なに?」
「いや……俺は倉須と仲が良い訳じゃないし、仲の良いお前がそう言うならそうなんだろうなって思うけど……………でもやっぱり、ダメな感じするんだよなあ」
「そう、かな」
「単純に……………寂しいだろ、なにも言わずにそんなことになったら。きっと倉須だって寂しいんじゃねえかな? 知らんけど」

女子が割り箸を引いて周りの友達とキャッキャ騒いでるのを見つつ、委員長の言葉といない人のことを考えてばかりな自分の学校生活に胸が締め付けられて、思わず息をはく。
倉須が俺だけを必要としてくれたように、八方美人気取ってる俺も倉須を必要としてたんだよな。気づいていなかった訳でもないけれど、こうやって改めて事実を突きつけられると置いていかれた方は虚しくて悲しくて、でも、仕方ないよなーって諦めるしかなくてくやしい。早くこんな気持ち風化してくれればいい、それで早く、倉須が幸せになってる姿を見て「間違ってなかった」って思いたい。

「倉須のことは、俺もわからないよ。だから委員長の方があってるのかも」
「……………へえー?」
「倉須は大切だけど、だからこそ俺と居るのは良くないから……………困るよな、ほんと」
「……随分感傷的だな、熱烈な告白をするくらいには」
「告白じゃない」
「わかってるけど」

そう言って腑に落ちないような表情のままの委員長は席決めが終わったのを確認してから俺を見て「ちゃんと話し合えよ」とお節介にも呟いて前を向いた。その背中が妙にムカついたのはきっと委員長の言っていることが正しいから。俺だって話したいし会いたいけれど、それはこれまでと同じように接するためにすることだから、だから話し合わないし俺からは触れない。意地でも。



               ◆◇



 対面式ではなく、L字型のソファの曲がり角に座って両隣の女の子の話を適当に頷いたり笑ったりして聞き流し、委員長の奢りで頼んでもらったフライドポテトをつまみながら知らない歌詞の流れる画面を眺める。楽だ、こうやって煩くて人のいるところに居るとなにも考えずに済むから楽だ。たとえそれが現実から逃げてるのだとしても、佐藤さんと倉須という二つの問題は直ぐにどうにかできるようなことじゃないから仕方の無いことだろうと自分を甘やかす。悪いことだ。
さてまあ、自己紹介という合コンの序章を終え、ボーダー本部内でも見たことだけはある制服を着た四人の女の子と教室で話した委員長・サッカー部・茶髪の三人と俺はそれぞれ男女交互に座り、カラオケの機器に曲を送ったりお喋りしたり騒がしい時間をそれぞれ過ごしているわけだけど。

「ねえねえ、名字くんは歌わないの?」
「ききたーい! あの携帯のCMのやつがいい!」
「俺はそういうのよくわかんないから、二人がそれを歌うの聴きたいな」
「ええー? 仕方ないなー」
「次名字くんだからねー?」

四人ずつ男女が居るんだから一対一で話せば平和なのに、丁度角にいるのがいけないのか両隣に女の子が座って俺を相手にするから男一人があぶれるわけで。まだ温かいフライドポテトを指で摘まみながら名前の忘れた二人の女の子が並んでカラオケの機器にその曲を入れてるのを見て、一人端に座って携帯を弄る茶髪の隣に移動する。

「あのさ、」
「ん?」
「お前、今俺が話してた垂れ目の子タイプだろ」
「、は、え? 何でわかったし」
「……………そういう目してた」

少し隙間の空いていた一番端のスペースを自然な流れで確保しつつ、茶髪の肩に手を回して小声でそう話す。すると茶髪はバッ、と俺の方に顔を向けてからわなわなと口に手を当てて「俺、エロい目付きしてた?」と真面目に聞いてくるから少し面白い。

「してた」
「えええ、マジかよ!」
「あの子狙うなら話しかければいいのに」
「だって名字と喋ってんじゃん?」
「、律儀か」

弄っていたスマホをポケットに仕舞いつつ首を傾げる茶髪に溜め息を吐き、さっき話していた女の子二人がマイクをもって軽快なテンポの曲に合わせて歌うのを耳にいれる。知らない曲だなあ、なんて思いつつ『不満』と『緊張』の視線が多分その二人から向けられたのを感じたので笑顔を返しておく。

「あー、取り敢えず俺トイレ行くからさ、頑張れ」
「え!? 無理だろ! きんちょーする!」
「? 合コンなんだから今日モノにしないと意味ないんじゃないのか?」
「、アッサリ言うなよ!!」

俺よりも合コンの経験があるらしいから頑張りどころは分かってそうだけど髪の毛を染めてちゃらけてるわりには意外と純粋な心を持っているようで、俺の言葉に『緊張』と言葉通りの視線を向けてくる目の前の人間に小さく溜め息を吐く。俺はキューピッドじゃないしそんな経験皆無だけど、少しは役に立てられるだろうか。

「フライドポテト追加してよ」
「賄賂か!? いいだろう!!」

そう言って茶髪は立ち上がり、壁に備え付けられている電話へ向かっていった。壁とソファに寄りかかってその姿を眺めつつ、一人になると途端に襲ってくる喪失感と不安感に心が苛まれるのを感じて思わず、視線を落として自分の履いている靴を見下ろす。
なんだか、迅の顔が見たい。ここ最近会ってない。
元々白かった靴紐の先が黒く擦れているのを見つめ、頭に浮かんできた顔と名前に何だかよくわからない気持ちになる。

「ちょっと名字くん聴いてたのー?」
「頑張ったよ! はい次名字くん!」

ぽすっ、と茶髪が居たところに垂れ目の女の子が座ったからか俺の体が少しそちらに傾き、俺の方に前のめりになっている女の子の肩と俺の肩がくっつく。知らん振り、知らん振り。

「ん? 聴いてたよ、二人とも綺麗な声してるね」
「うわー、お世辞ー!」
「でも嬉しいかも」

照れるように笑うもう一人の女の子から差し出されたマイクを受け取り、スイッチが入ってないのを指で確認しながら視線を茶髪に向けて無言の圧力をかける。早く来い。するとそれを否が応でも察したらしい茶髪が恐る恐る近付いてきたのを見て俺は垂れ目の女の子の隣に座るように茶髪へ手招きし、もう一人の女の子に「ここ開けといて」と微笑んで頼む。

「えー、いいよ? 名字くんが歌うなら!」
「わかったよ、歌うからさ」

はい、とカラオケの機器を渡してくるもう一人の女の子に苦笑いを貼り付け、サッカー部のやつが入れたらしい曲を聴きつつ茶髪が俺のひとつ隣に座ったのを視界に入れる。委員長は眼鏡の女の子と話しているようだけど、眼鏡同士なにか通じるものがあるのだろうか。ランキングから適当に無難なもの探せばいいかと頭の片隅で考えたけれど、勇気をだした茶髪をサポートしなきゃならないことを思い出して持っていたマイクを茶髪に握らせる。

「はい」
「え?」
「お前、歌上手いもんな?」
「ええ?」
「ちょっと、名字くんが歌うんでしょー!?」
「俺はこの後ね」

何故か気持ち悪いほど手汗が酷かった茶髪の手に無理矢理マイクを握らせてからもう一人の女の子を宥めていると、覚悟を決めたらしい茶髪が「あ、あー」と言って頬を掻く。

「なにか、好きな曲ある?」
「私? うーん、あっ、この曲とか好きかなー、じゅんじゅんのCMのやつ」
「あー、じゅんじゅん」

今はあまりボーダーのことを考えたくないけれど、否応なしに一般の人の日常にもボーダー隊員の話題が持ち込まれて正直今はやるせなくなる。ごめんよ嵐山、いやじゅんじゅん、おまえはなにも悪くないのにちょっとムカッとしたよ。

「あ、嵐山ってかっこいいよなー」
「ねー、爽やかっていうか、ボーダーって時点でスゴいよね!」
「わかるわかる! 名字もそう思うよな!?」
「えー? あー、俺は綾辻さんの方がすき」
「お? 確かに可愛いけどな!?」
「名字くんはああいう子がタイプなんだ?」
「………タイプってのとは違うけど、綺麗だなって思うよ」
「でもさ! テレビでみるのと実物はちげえってよく言うじゃん? そう考えると、俺は近い子の方がいいなあ、うんうん」
「この部屋でとかか?」
「そ、そーそー!」
「えー? 私は夢見るのもいいも思うよー?」
「私は名字くんとかも、夢の人だけどなあ」
「あははー、えっと、この曲にするかなー」

茶髪が俺を巻き込んで垂れ目の子や隣の女の子に頑張って話を繋げているのを適当に聞きつつ、俺の持っているカラオケの機器を少し身を乗り出して覗いてくる垂れ目の女の子の指先が指さした曲を俺はタッチし、ボーダーについて話続けている茶髪に視線を移してから「この曲知ってる?」と聞いて、口から答えが出る前に視線が肯定を表していたのでそのまま曲を送信する。

「この曲好きなの?」
「曲っていうか、このバンドが好きー」
「へえー」

肩がくっついたままで、距離感からも明らかに俺を狙ってるらしい垂れ目の子の視線をかいくぐりながら茶髪にも聞こえるような声量で話を展開させて話題を作る。すると、俺のポケットから初期設定から変えていない携帯の着信音が鳴り響き、サッカー部の歌声と被っていることに少し焦って携帯の画面をチラリと見る。

「……………あー」

そしてそのまま流れるような動作で膝の上に置いていたカラオケの機器を「ほい」ともう一人の女の子に渡してから立ち上がり、茶髪に視線を向けてから「電話きた」と軽く手をあげて通りすがりに個室のドアから廊下へと出る。『行くな』って視線を二つもぶつけられたけど、茶髪と垂れ目の女の子だろうか。
そんなことを現実逃避のように思い出し、廊下の先からフライドポテトの盛られた皿を運んでいる店員がこちらに来ているのを視界に入れつつ、ポケットから鳴ったままの携帯を出してその店員とすれ違うように廊下を歩く。

「…………あーあ、」

がちゃり、と俺が出てきた部屋に今の店員が入ったらしい音を背後に携帯のディスプレイを眺める。じんわりと携帯を持つ手から汗が滲んで力が入らなくなる自分の変化に気が付くが、そんなことよりも色々な感情が入り混ざって俺はここが公共の場だということを知ってるのに訳もわからず笑いそうになる。というより、逃げ場なんて無いのに逃げ出したい気持ちに駆られているし。
取り敢えず通話が切れる前に指に力を込めながら画面に触れて長らく鳴っていた着信音を止め、少しでもいつもの調子を取り戻せればいいなあ、と本能的に一呼吸置いて携帯を耳に当てる。

「もしもし、」
『ああ、えっと佐藤です。覚えていますか?』

優しい声色で名乗る相手に足を止め、廊下の真ん中で立ち竦みながら佐藤さんの言葉を頭のなかで反芻する。
覚えていますか、だって? 忘れられるはずもないし、忘れさせてくれるはずもないくせに。
けれどこんな風にあたかも"普通"を取り繕って俺に話しかけてくるということは、新斗さんは佐藤さんに何も言っていないということ。俺に真実を話したことを話していない、そういうことになる。

「勿論ですよ、何か用事ですか?」

自分でも何に気を張りつめているのか説明ができないけれど、ほんの少し自分の感情に苛立ちが含まれてることは何となく分かる。だからといってそれを露にするのは今は得策じゃない、それも分かる。

『いえ、用事と言いますか………聞きたいことがありまして』
「、なんですか?」

電話越しにはサイドエフェクトが使えないので事前情報が何もなくて恐ろしいが、それを悟られたらマズイので自分のお得意の嘘で自分を塗り固める。さっきだって携帯の画面を見たとき心臓が止まるかと思ったけれど、それをおくびにも出さず三人の視線を潜り抜けられたと思うし、今だって大丈夫、ちゃんとアキちゃんの代わりの俺になれる。

『その、新斗のことですが』
「……………といいますと?」
『身内ごとでお恥ずかしい限りですが、最近新斗が家に帰っていないようなんです』

え?

「あーえっと、一緒に住んでいるのにその言い方は不自然では?」
『その……………私は本部に寝泊まりすることが多いので、数日前に気がついた次第でして』
「、ああ、そうなんですか」
『もし新斗が何処で寝泊まりしているのかをご存知でしたら、お教え頂けないでしょうか……?』

少し申し訳なさそうに笑いながらそう告げる佐藤さんに俺は頭の中の思考が一瞬ストップする。
ちょっと待てよ? え? あー、え? 俺と新斗さんが知り合いだということを本部で知ったから、俺に電話してそれをわざわざ聞いてるってことか? それはなんていうか、俺としては物凄く拍子抜けで思わずいらっとするけれど、でも、そうか。え? うん。

「心配です、よね」
『はい……あまり手のかからない子ですけれど、だからこそ逆に心配といいますか……………私が知っている新斗の知り合いが貴方だけだったので』

少し声のトーンを落としてそう言う佐藤さんが今何を考えているのか分からないけれど、俺はそんなものよりも大切なことに気がついてハッとする。

なんだ、俺は勘違いしてたのか。いや、新斗さんも?


「詳しい場所は分かりかねますけど、最近はネカフェに居るらしいですよ。夜遅くまで起きてたり、深夜インスタント食品食べたり不規則な生活送ってます。一度家に呼び出してみたらどうですか? 新斗さんは断ったりしませんよ、絶対」
『そ、そうでしょうか?』
「はい」
『……………すみません、色々とありがとうございます』

戸惑ったような声色で謝罪とお礼をセットでする大人の佐藤さんに、子供の俺は「いえ、じゃあ失礼しますね」とだけ述べて佐藤さんの返事を聞く前に電話を切った。新斗さんが俺の情報を一切伝えてないと分かっていながら、裏切るように新斗さんの情報をいらんことまで伝えてやった。けど多分、これはいい方向に向かうんじゃないかという自信がある。
そんなことを考えて心が少し軽くなった俺は、暗くなった画面に映った自分の顔を見つめてから携帯を鞄に仕舞いこみ、テンションが下がっていたなら帰るつもりだった予定を変更して合コンの最中である部屋へと踵を返した。俺の状況は変わってないが、まあ、今はいいか。


「なんだ、ちゃんと佐藤家じゃんか」

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