45




「俺、迅の電話のあと寝たのか」

白い部屋のなかで目の前に座るアキちゃんを見つめ、焦点の合ってるような合ってないような目に気づいてから視線を逸らす。サイドエフェクトはこの世界じゃ機能しない。曖昧で唐突で、儚い。人の夢ってそう書くし。怖くて恐ろしいのは夢か現実か、それともどちらもか。

「何を、話そう。やっぱり、孤児院の話をしようか」

塁の好きな人のこと、翔の大人びた行動のこと、勇の成績のこと、静と岳のゲームのこと、洋のサイドエフェクトのこと、千恵の好きなアニメのこと、何でも話し、それを何でも受け入れてくれるアキちゃんに、俺は居たたまれなくなってくる。俺は孤児院のことを一番に考えているつもりなのに、最近問題が出てくるの俺に関係することばかり。俺の人生なんだから悩みも俺のことであって当然なのに、当然のことが酷く心を焦燥させる。
役割を果たせる力を貯えられていないし、そもそも迅の未来はまだ覆せていない……………つまり俺は死ぬ未来が消えてなくて、俺が死んだあと孤児院を守る人が居なくなってしまう。役割を果たしたことにならない。

「なんか、スゴく疲れてるんだよね、俺」

ここで弱音を吐くのは初めてのことだけど、孤児院のことには俺のことも入ってるだろうと勝手に判断して机に突っ伏す。

「最近不安で眠れない、未来が怖くて眠れない。眠れば今日が終わって明日が来るのは当たり前なのに、それが物凄く怖い。俺言ってなかったけど、近い未来に死ぬらしいんだ。だからと言って死ぬこと事態が怖いとかじゃなくてさ、役割を果たせずに死ぬことが怖くて死ぬことを回避しようとしているのになにも変わらないことが怖い」

真上のジジッと白熱灯が音をたてた。
このまま話すことを止めたらきっと沈黙の音が聞こえるから、その音が聞きたくなくて話し続ける俺はなんだか滑稽だと自分のことを思う。死人に口なし。そういう意味じゃないけど、目の前のアキちゃんはやっぱり今日も座ったままで責められているようだ。

「永続的な安心感なんて存在しないけど、やっぱり望んじゃう」

苦しいとか悲しいとか悔しいとか切ないとか、死んでしまいたい、逃げてしまいたいと定期的に思ってしまうのはネガティブ人間の性ってやつで、俺は夢の中でさえもネガティブなんだなあと他人事のように思う。
誰かにぶちまけてしまいたい、この不安を。そして受け止めてほしい、なんて思うのは高望みでわがまま。もし相談するとしたら誰だろう、と考えて一番に思い付いたのは迅だったけれど、これ以上迅を頼るのは嫌なので多分相談することはあり得ない。

「耐えてみせる、だなんて強がりもできないほど、最近の俺は酷い。さっき前に話した迅と電話していたけど、俺は上手く話せていたかな」

そう言えば俺ってあまり人に相談をしないかもしれない。前に公平や陽介に甘えたときは二人が手取り足取り傍についていてくれたし、質問してくれたから答えるだけでよかったような気もする。相談とか、甘えるってのは信頼関係あってこそだと教えられ、それなりの責任と覚悟がこっち側にも必要だとわかった。そうなると、孤児院のみんなが俺やカズエさんに相談したり甘えるのは、少なくとも子供たちは俺とカズエさんを信頼しているということなんだろうか。そうだと、ホッとするな。けれど、俺が人に相談できないのは人を信頼してないから?

「はあ……………、」

一つ大きな溜め息を吐くとぐらり、と頭のなかが揺れ、夢の終わりが来たことを察する。今回も短いな。




「うん、確実に堅実に、誰かのために、ね」


                 ◇◆


 金曜日ということもあってだらけた雰囲気のクラスメイトは、週末の遊びの算段ばかりしている。受験生だっていうのに。
俺はどうすればいいのだろう。死ぬ未来が視えるからって進路を決めないのはそれこそ生きることを諦めているようで役割を放棄しているようにも思えるし迅に申し訳がたたないからやらないけれど、でもやっぱり、孤児院の為を思うとしたら就職するべきなんだろう。漠然としか考えてない。今でもボーダーやバイト先から給料は貰っているけれど、俺含めて八人の人間を生活させるにはカズエさんや寄付の力だけでは難しい。就職、出来るだけお金のかからない就活をして、出来るだけ孤児院から近いところに、安定した収入を求めて。

「……………、」

周りの人間が週末の過ごし方を考えているときに、俺は自分の終末のことを考える。思春期にありがちなのかな、なんて思うけど、実際に死ぬ未来が存在する俺には覚悟の重さが違う気がする。俺は死んではいけないからその為に力は尽くすけど、死んだときのためにも力を尽くさなければならない。それにはきっとお金が必要で、だったら俺の行く末はやっぱり就職しかないだろう。うん。
そんなことを考えてしまうのは朝に配られた進路調査書のせいで、きっとこれを親御さんたちと相談しながら決めていくのが当たり前なんだろうな、と思いつつも、それが少し羨ましかったりするのは未練だろうか。それは何だか自分が不幸な人間のような言い草で、俺は誰かのために生きてるんだから自分の幸せが優先順位として低いというだけなのに、なんだからしくもないことを考えているようだった。

「なあ、名字はどーすんの!」
「、え? なに?」

前の席の椅子を借りて座る茶髪の声に俺は首をかしげ、話を聞いていなかったことを正直に伝える。
今は放課後、防衛任務もバイトもないから早く帰ろうと思っていたのにも関わらず、これから委員会会議ことを知らされた俺はその時間まで暇を潰さなければいけなくなっていた。掃除の終わった教室に残るのは週末の過ごし方を決めている帰宅部と部活動の準備をする運動部ばかりだったが、この目の前の茶髪も一応委員会の人間なので一緒に時間を潰している。何故か倉須も教室に残っているが、どうやら週末の過ごし方を決めている組らしく男友達と話して俺にはあまり見せたことないような表情で笑っていて、少し安心した。

「だーから、進路決めたのかーって」
「あ、その話してたっけ」

だから無意識に俺の頭のなかでも進路調査書を思い出したんだろうか。
ごめん、と笑う俺に茶髪は唇を尖らせるが、すぐに気を鳥直したように「で? で?」と俺の顔を覗きこんでふたたび聞き返してくる。なんというか、パーソナルスペースが狭いやつだ。

「俺は就職かな」
「は、マジ? ちょー意外」
「まあ、進学校に居るのに就職ってかなり可笑しいよな」
「いや、ほんとそれっ!!」

俺としては進学するためにここに来たんじゃなくて、一番近かったからここに来ただけなんだけど。
俺の言葉を聞いて反応した茶髪の声が大きくて苦笑いするが、この教室じゃ特に目立った声量でもないのでなにも言わずに茶髪のテンションに身を任せる。茶髪と話していると、あっちが勝手に話を展開させてくれるから楽だ。

「で、就職ってどういう系?」
「どういう系……家から近いところ」
「うわー、志望動機もなにもねーな」
「『家から近いからです、雇用してください』」
「いや、真面目な顔していっても通じねーだろーよ……」
「おまえは? 進学?」
「まあなー、ボーダーに就職するのも考えてんだけどさ」
「、へえ」

ボーダーに隊員として入隊する人間は決して多くはないが、社会人としての働き口としてボーダーは結構優良物件じゃないかなあと思う。エンジニアをするにしても未知のものを開発できるってエンジニア志望からしたら魅力的なことだし、そもそもボーダー本部って何時でも人手不足そうだから採用枠も広そうだし、絶対消えない企業だから安心だし。ってあれ、めっちゃスゴいなボーダー本部。

「いいじゃん、何を志望するのかにもよるけど俺もいいと思うよ」
「お? マジか、賛成してくれるやつあんま居ないけどな」
「そうなの?」
「そうだろふつーは」
「んー、三門市の他にも地方とかに企業の手伸びてるらしいし、結構安定してて発展しそうしてる良い企業ぽくない?」
「うっわ、現実的」
「え? そういうんじゃないのか?」
「………あの近界民とかいうやつと、接触するんだろ? 直接的なのか間接的なのかわかんねえけどさ」

あー、そうだよな。普通嫌だし怖いよな。未知なるものは何時だって怖いし想像できないことも怖いもんだ、でもきっと未知なるものを自分一人だけが見えてしまうのはもっと怖いもんだろう。なんて考えながら一人の人間の顔を思い浮かべていると、ふと、茶髪以外の何処からか視線が送られた。が、すぐに逸らされたっぽいので周りを見回すこともせずに茶髪の話しに付き合う。

「そうなー、」

かさぶたのせいか、頭……というか額を掻きたい衝動に駆られたが、斜めに流している前髪で隠したガーゼがあるので我慢し、クローゼットから今日の朝出したばかりの予備の制服を見下ろして近界民に初めて対峙したときのことを思い出す。

「怖い、っていうのは傍目から見てるときだけで、意外と戦う武器を持てば『やらなきゃ』って思うよ……………うになるんじゃない?」
「そうかあ? 戦闘員だっけ? それになるかはわかんねえしな」
「戦闘員は社会人って感じでもない気がするけど」
「まあなー、戦ってるの大体学生だもんな」
「就職するってなると、エンジニアとかオペレーターとか事務、経理、受付とか、他の支部の社員とか?」
「色々調べるしかないか、まあ、進学するだろうけどさ」
「だろうな」

会話に一区切りがついたところで時計を見ると、集合時間の十分前になっていたので少し早いが移動することにする。俺たちが椅子から立ち上がり、面倒なので鞄を置いていこうとしたが血のついたワイシャツが入ったままだったことを思い出し、一応念のためリュックを背負って委員会の会議をする教室へ向かう。
その途中、教室から出ようとした辺りでまた視線を感じたが、直ぐに逸らされてしまったので特に気にせず教室をでた。あんな視線にいちいち構ってたら俺の精神が崩壊するわ。
ていうかどうでもいいけど、気味が悪いほど俺の隣で歩く茶髪がここ最近異様に俺に優しくて機嫌が良いのは、俺が引き合わせた垂れ目の女の子と良い感じになっているからだ。今日の朝イチに向けられた『感謝』の視線を読み取って知っている。もし付き合ったときは報告してくれるのだろうか………なんてしょうもないことを考えながら廊下を歩いて委員会会議室に指定された教室へ入り、色々な視線をシカトして適当な席につく。周りを見渡すと見たことのあるようなないような顔ぶれが十数人集まっていて、その教室の教卓前に立った委員長が俺達が来たことを名簿にチェックしてから「はいはーい」と言って視線を集めるために手を叩いた。俺たちが最後とかコイツら時間厳守すげえな。

「これから実行委員会始めまーす、今日私は用事あるので早めに進行しますねー、でー今回の議題は『他校との交流会』『市民センターお話会』『老人ホームお楽しみ会』へ教員と共に各二人出席してもらいますってことでーす」

静まった教室内でいきなり議題内容を口頭で説明し出した実行委員長に、副委員長が焦りながらプリントを配って進行の辻褄を合わせようとしている。いつも大変だな、副委員長さん。仁王立ちで堂々と話す男の委員長は、その副委員長の補佐を眺めてうんうん、と頷いているが、そこで向けるべき視線は『満足』ではなく『感謝』であるべきでは?
前から渡ってきたプリントにはその三つのイベントの詳細が載っていて、合計六人選出されるのなら大部分が出席しなくても良いことになる。それならばもう立候補するわけがないだろ、と思いつつ流し読みしてプリントを確認していると、三つのうちの一つにある『他校との交流会』の他校というのがボーダー提携校の普通校という事項を見つけた。へ、へえ、進学校の方が近いのにな。

「なあ、名字」
「ん?」
「一緒にこれやろうぜ」

隣に座る茶髪が自分に配られたプリントを指差し、俺に小声で話しかける。そしてその指先にあるイベントは『他校との交流会』。

「なんでさ、」
「あー、ほらさっきボーダーの話してたしさ。交流会にボーダー隊員はいねえだろうけどボーダー隊員の扱いとか知りたくね?」
「………まあそれは少し気になるかな」
「よし、んじゃあやろうぜ」
「やだよ」

高校内で俺がボーダー隊員だということを隠さないといけない人間はもういないし茶髪にもしもバレたところで何の支障もないっちゃないけど、自分本意の予定を入れるのは孤児院に居られる時間が減るから好きではないし、そもそも交流会とか絶対面白くねえだろって思うから、参加は出来れば拒否したい。

「はいはーい、じゃあ『他校との交流会』立候補する人ー」

プリントが全員に行き渡ったことを確認してから直ぐに参加の音頭をとる委員長に副委員長が「はええよ」と突っ込んだのを教室内の全員が聞いたが、それに反応する人間も、出席しよう手を挙げる人間もいなかった。
その状況に委員長が盛大に眉を寄せたのを多分ほとんどの人間が気がついたが、その恐怖は「つぎ『市民センターお話会』の人ー」という委員長に都合よくかき消される。
するとその音頭には前の方の女子二人が手を挙げたので、その二人にグッドサインを突きつけた委員長は一人ずつ名前を聞いてからその名前を副委員長に書き留めさせた。

「はーい、次『老人ホームお楽しみ会』の人ー」


沈黙。


「チッ」
「、チッ」


容赦ない委員長の舌打ちと、その委員長の舌打ちに苛ついた副委員長が舌打ちが静まった教室内に響く。怖すぎだろこの三年たち、新規の一年とか絶対怖がってるよ。

「あーじゃあ、このお楽しみ会は委員長と副委員長で行きまーす」
「は?」
「え? なに?」
「……………別に」

無邪気な委員長の純粋な悪と、恨みのこもった副委員長の悪が競り合って無邪気な悪が勝利した瞬間を眺めつつ、おあつらえむきに『他校との交流会』が残った現状に思わず隣を盗み見ると茶髪も同時に俺を見たので必然的に目があってしまった。あーまあ、新規の一年が立候補するはずないし、二年は人数が少ないし市民センターに二人立候補してるから、まあ他にいないなら仕方ないか。早く帰りたいし。
そう思った俺は手を挙げて「あの、俺とコイツで交流会行きます」と委員長がキレる前に先制をうって発言する。

「おっ! 名字くん! と、その隣ね」

グッドサインを向けてくる実行委員長をシカトして、副委員長へ名前を告げる茶髪が俺を見てにやりと笑ったのもシカトする。してやったり、って顔しやがって。

「よーしよし、三分で会議終わったぞ! はい解散だ!」

それだけ言ってからバンッと手を叩いて素早く教室を出た実行委員長の後ろ姿に、慣れた副委員長や他の二年三年は何時ものことのように何の疑問もなく「帰るかー」「部活いくわ」なんて言って立ち上がるが、慣れていない一年はざわざわとざわめいて席を立たずにいる。そりゃ戸惑うよな。

「名字、サンキューな」
「ん? いや別に、交流会でボーダー隊員のこと聞けたらお前の将来の視野も広がるかもなって」
「マジ? お前、優しすぎんだろ」

嘘ではないにしても本命の理由ではないので少し罪悪感はあるが、咄嗟にすらすらと自分の都合の良い言葉が出てきて俺は自分が少し嫌になった。相変わらずこういうところは変わらない。それがアキちゃんに近づくのを妨げていることはわかっているが、これを手放したら多分色々な人を悲しませる結果になるので捨てることもできない。

「ねえ、お前この高校に知り合いとかいないの?」
「俺ぇ? 俺は、あの、カラオケで知り合った子、くらい、だな」
「……………あ、あそこの制服ってボーダー提携校の普通のほうの制服なんだ?」
「、あ、近所の進学校の方は確かブレザーだっけか? 俺たちもブレザーだからさー、ちょい学ランに憧れるよなー」
「そうだなー」

つまりなんだ? この茶髪はボーダー提携校ってところに惹かれたわけではなく、垂れ目の子がいる高校ってところに惹かれたわけか。



まあ、青春だな。

TOP