どれだけ辛いことがあっても苦しいことがあっても、変わらず朝はやってくる。一日一日思ったことや起こった現実は一人一人様々で異なっているのに、それでも朝は平等に訪れては次の日を連れてくる。それを当たり前だと捉えるのか理不尽だと捉えるのかで見える景色の色は変わってくるだろうが、最近の俺は後者に近づいてしまっていた。少し前に色々な人達に支えられ、未来に関係する周りの環境もいい方向に向かっていると迅にも言われていたというのに、やっぱり何て言うか、俺の中の問題が複雑化してきてしまっているのが原因だと言えるだろう。
今日は前に実行委員会の会議で決定された『他校との交流会』が執り行われる日のため授業が終わってすぐに集合場所の校門前へ向かっていた。ちなみに今日は英語の授業がなくて分からなかったが、後から担任の先生から聞いたら佐藤先生から暫く休むと連絡があったそうだった。理由はもちろん教えてくれなかったけれど心当たりのある俺はほんの少し罪悪感を抱いた。
そんなことを思い出しながら茶髪と並んで廊下を歩いていると、二年生の教室が多くある二階の階段を降りている最中見知らぬ年下女子生徒に引き止められ、たった今降りてきたばかりだというのに屋上へと呼び出されてしまった。しまった、っていう言い方は失礼かもしれないが、それでも一応用事のある俺としてはそう表現せざるを得ない。俺の状況を少しは考えてほしいとは思ったがその女子生徒があまりに緊張した視線で俺を見つめるので緊張がこっちにまで伝染してしまい、隣でニヤついていた茶髪に断りを入れてから女子生徒と二人で屋上へと足を運んだ。『他校との交流会』での集合場所へ先に向かった茶髪のことだから、きっと正直に俺の今の状況を同伴の先生に報告してるだろうな。
屋上で二人きりになると女子生徒の緊張が少し緩み覚悟を決めたような視線を向けられたので俺も何だか色々察していると、予想通りの言葉をいきなり呟かれた。
「、好き、です」
古典的といえば古典的だし典型的といえば典型的だけれど、様式美といえば様式美なんだろう。生ぬるい風が俺と目の前の女子生徒の間に流れていて、その風で揺れる彼女の黒いロングの髪が靡くのを見つめて俺は目を細める。
「羨ましいな」
「、え?」
そう呟くと彼女は自分が聞き間違えをしたのではないかと疑っているらしい視線で俺を見つめ返し、もう一度言ってほしそうな目を向けてくるのでわざと俺は口を閉じて微笑むだけに留める。
好きだと素直に口に出せて伝えられるのが羨ましいだなんて、俺にはそんな資格がないってだけなのに。
だからこそ俺を好きになったことが勇気を出してくれた彼女にとって嫌な思い出になって欲しくないなあ、なんて。いや、俺のことを考えるのはやめよう。今は目の前で顔を紅くして俺に一所懸命に告白してくれている彼女のことを考えよう。この子の振り絞った勇気を俺が受け止めないで誰が受け止めるのか。
「ありがとう。好きになってくれたことは凄く嬉しいよ」
「……………やっぱり、だめです、よね」
「……………でも、君じゃなくても断ってたから」
出来るだけ傷付けないようにとヘラリと笑ってそう言えば、こんな安い笑顔でさえ胸を高鳴らせたらしい彼女は照れた視線を俺に向けて少し驚いたように瞬きをした。
「好きな人がいるんですか?」
「多分、いる。いるんだけど、いらないかな」
「……………苦しいからですか?」
「……………うん、そうだね」
俺の顔を直視せずに上目使いでチラチラ見上げながら質問を繰り返す彼女に俺は真摯に向き合い、いつの間にか俺自身の話になっていることに苦笑いを浮かべる。まあ、好きな人のことを知りたがるのは自然の摂理と言っても過言じゃないからな。
腕時計を見てから集合時間へのタイムリミットを考えつつ、これからの俺と彼女の関係の発展を期待した視線を向けてくる目の前の彼女に俺は言葉を放つ。
「俺これから委員会あるから……………行ってもいいかな?」
「あ、えっと、はい。そ、その前に一つ聞いていいですか」
「ん?」
「……………その好きな人って、倉須先輩関係、ですか?」
「え? まさか。何でそう思ったの?」
「あ、いえっ、最近二人の仲が悪くなったって噂とか色々聞くので………何かあるのかと思って……………」
何て言うか、恋する女の子はすごいな。
俺と倉須の仲についての噂が後輩にまで渡っているのも驚きだけど、彼女が俺に関心を持っていたからたまたま噂を耳にしたのだとしても情報を結びつける力がすごい。普通は思わない。
「倉須とは喧嘩してるけど、仲は悪くないよ」
「……………?」
「意味わかんないかもしれないけど、嘘はついてないから」
昔の俺が倉須を引きずってるだなんて素直に言える訳もなかったけれど、真摯に向き合うなりに返事を返した。それが彼女にとって明解な答えになっているかは兎も角として最後の彼女の質問に答えた俺は「じゃあ、」とだけ言って彼女に背中を向けて屋上をあとにする。ありがとうも、ごめんねも、あの場には必要のない言葉だったし、その方が彼女の幸せな未来に繋がるだろうと漠然と思ったからだ。
そして集合時間ギリギリに校門前へとたどり着くと引率者の先生には「ひゅーひゅー、色男は罪だねー」とか古い言い方で冷やかされるし、茶髪にはニヤつかれるし、散々だった。これに関しては俺も彼女も悪くない、強いて言えば茶髪が悪い。うん。
俺の見慣れた校舎より少し小さい校舎の校門をくぐり、その進学校ではない方のボーダー提携校の生徒たちの好奇の目を浴びせかけられながら俺たち三人は玄関前へと歩みを進めた。取り敢えず持参した上靴に履き替えて職員室へと向かう先生の後に続き廊下を進むと、ボーダー本部で何度か見たことのある学ランやらセーラー服を着た生徒たちが俺たちをチラチラと見つめては色々な推測を口にしている。その推測が視線を通して俺に幾つも読み取れるが、その中に正解はない。
「俺達注目の的じゃん」
「他校の制服着た人がいるから気になるんだろうな」
「俺は名字の顔面のせいでもあると思うけどー」
「言い方………」
隣を歩く茶髪の言葉選びに悪意を感じながらも二階の職員室に辿り着き、こちらの学校のボランティア委員会を長く担当しているという白衣を着た男の先生らしき人が俺達の引率をしている先生と会話を交わしているのを眺める。話を聞いているとどうやらこの学校にはボランティア委員会が使っている教室があるらしく、今回の交流会に参加する生徒二人は其処に集まっているらしかった。職員室を後にして白衣の先生が先導するのについていくと三階のとある教室の立ち止まられ、その先生はおもむろにその扉に手を伸す。
地学室のプレートが掲げられた教室の隣にあるこの教室には地学室準備室のプレートが掲げられていて、今はボランティア委員会が間借りしてるのかなあなんて考えてみた。
「ああ、来たぞ」
一番後ろについて教室に入ろうとすると中から男の人の声が上がり、白衣の先生は「嵐山くん、お見えになったよ」とその人物に向かって言葉を呟いた。え? あら、あらしやま?
知り合いと同じ名字を聞いたような気がしたなあ、なんてぼんやり考えていたけれど、目の前の引率の先生と茶髪が驚いたようにうわっ、とか、え、とか声を出して固まってしまったので後ろにいる俺はまだ教室に足を踏み入れてすらいなかった。あれ、俺の存在忘れられてるのかな。
「う、うわー、本物ー」
「おいコラ、失礼だぞ」
「先生だってうわっ、って言ったじゃん」
「先生は先生だからいいんだよ」
だから俺を廊下に放置して目の前で会話を展開するのやめてもらっていいですか。
先生に頭を軽く叩かれた茶髪の発言に嫌な予感を感じたが、放置プレイされていることによって逆に冷静になれている自分がいるので不満は口に出さないでおく。白衣の先生が俺たちを紹介するべく歩みを進めると目の前の二人もやっと足を動かし、俺も初めて教室内へと踏み入れることが出来た。そして最後に入った者の仕事として扉を閉めると、その音に意識向けたらしい三人分の視線を受けて俺は顔をあげる。
「、名字?」
「………よー、」
三人のうち一人は茶髪で、一人は他のボランティア委員の方、もう一人は予想通り知り合いの嵐山准で、俺のことをようやく認知したらしい嵐山は心底驚いたように目を見開いてから次に笑顔を浮かべた。
その視線が純粋に『嬉しい』と訴えるので、正直少し照れてしまう。
「名字、お前知り合いだったのか」
「、まあ」
「………ああ、お前ボーダー隊員だもんな」
「え、あ、まあ」
先生方の情報網がどうなってるのかは知らないが、担任でもなければ教科担任でもない先生ですら知ってるんだなあ、なんて思いながら肯定すると隣の茶髪が「えええ!?」と大きな声をあげてから「そうなの!?」と大袈裟に俺の両肩をつかんで顔を近付けてきた。公言してはいないけれど先生方に口止めしてる訳でもないし倉須にもバレてるので隠してるつもりはもうない。ただ単純に言ってなかっただけ。
「いや、うるさいよ」
「ええ!? そこなの!?」
「いやいや、うるせえよ」
「いたっ!」
俺の肩を掴みながら先生に頭を叩かれた茶髪は納得してなさそうな表情をしながら嵐山とボランティア委員の人に軽く頭を下げてから白衣の先生に視線を移し、この場の進行を促す。するとそれを目敏く受け取ったのか白衣の先生は苦笑いを浮かべながら丁寧に嵐山とボランティア委員の人の紹介をし、今度は此方の引率の先生が俺たちを至極適当に紹介した。なんだこの差は。仮にもこっちは進学校だってのに。
先生方は先生方で話すことがあるらしく教室の壁際に立って話し込み始めると、俺達生徒四人は前々から決めてあったらしい交流会のプログラムに沿って進めていくことを目線で確かめ合う。ということは、最初は。
「じゃあ取り敢えず、俺達が校舎の案内をしますね」
嵐山の言葉を聞いたもう一人の女の子のボランティア委員さんが白衣の先生にそれを伝えに行ったが先生方はその場を動こうとしないようだったので、生徒四人のみでこの教室を出ることにする。ボランティア委員の方の首にはネームホルダーが提げられていて、中に入った黄色い紙に『ボランティア委員長 村井』と書かれているところからすると、嵐山はただの委員のうちの一人だったけれど名前の周知度から今回の交流会に選ばれたって感じかなあ、なんて勝手に予想した。
嵐山は首に何も提げてないから分からないけれど。
「早川くん、だっけ?」
「ん? あー、うん」
ボランティア委員長の後ろについて歩く嵐山に茶髪の本名を言われて一瞬誰のことかと思ったが、俺の後ろにいる名前を呼ばれた本人は俺に話を聞きたそうにしたり、合コンで知り合ったあのタレ目の子を探したり忙しそうにしているので会話に参加させないでおく。
「名字がボーダーだってこと知らなかったのか?」
「うん、俺からは担任の先生と一人の友達にしか言ってない」
「………小南と似たようなものか」
「小南さんも言ってないんだ」
「そうらしい」
「ふーん………ていうか、嵐山って学ラン似合わないね」
「ひどいな」
「いや単純に隊服の印象が強いだけかも」
隣で歩く嵐山に肩を竦めてそう言えば「ああ」と納得したように返されたので、後ろを歩く茶髪こと早川に視線を移して口を開く。
「合コンの子、見つけたか?」
「、な、なんのことかなー」
「バレバレ」
「……………マジ?」
「うん」
素直に白状できる性格は見習うべきところなのかもしれないな、と思いながら茶髪の隣に並んでボランティア委員長の案内に耳を傾ける。三階には紹介するべきめぼしいものはないらしく、二階から下の職員室や体育館、中庭や部室棟を見せてもらい、部室棟から校舎へ戻る途中にグラウンドが見えたので何となく眺めていると放課後だというのに部活とは違う雰囲気でジャージを着た何人かの生徒が走らされていて疑問を抱く。
「ああ、あれは補習です」
「え? ああ、補習」
「これはボーダー隊員のかたが任務等で休んだ振り替えですね」
「おっ、確か迅も今日だったな」
俺の視線の先を見て答えてくれたボランティア委員長の言葉に反応した嵐山はグラウンドの案内も兼ねてということで、と続けると先導して歩きだした。建前的には不自然じゃないが、今まで先導してきたボランティア委員長が苦笑いしているところから思い付きで行動した結果なんだなあと意外に思う。なんていうか、ボーダー本部で会う嵐山より学校での嵐山は学生らしさが出ているな。茶髪もボーダー隊員の扱いとか知りたいって言ってたし、いい案内と言えばいい案内だろ。
え? というか、今迅って言ってなかった?
「む、村井さん」
「はい?」
「ちょっとそこにあるトイレ行ってきていいですか?」
「え? あー………はい、じゃあグラウンドで待ってますので」
「いやいや、俺ちょっと、その、グラウンドは………」
「? ああボーダーですものね、会いたくない方でも?」
「そ、それですね。すみません………」
「いえ、そもそもグラウンドに寄るのは予定外でしたから」
「えっと、この事は他には内緒で」
「はい。じゃあ、先にボランティア室で待っていてください」
小声で村井さんにトイレへ行く許可……………というか、グラウンドへ行かなくてもいい許可を貰ってから嵐山と茶髪に気がつかれないように校舎へ戻り、来た道を戻るようにしてボランティア室を目指す。迅を避けている感が拭いきれないし実際そうなんだけど、会えない期間が一週間空くことは無いためよくわからない関係になっている。迅のジャージ姿は見てみたい気もするけど、避けているのは俺だからな。
そしてまあ説明するまでもなく俺は方向音痴のため自分が立っているこの場所が何処なのか分からないので、他校の制服だからか目立っていて少し恥ずかしいけれど階数ごとに一周するしかなかった。三階に上がれば済む話だけれどそもそも階段を見つけるのに時間がかかる。
そんな憐れな状況で廊下を一人で闊歩しているとさっきまで茶髪や嵐山に分散していた視線が俺だけに集まり嫌気がさすが、自分の我が儘のせいでこうなっているので渋々享受するしかなかった。するとその幾つかの視線の中に『驚愕』の視線があったので意識すると『何でここにコイツが』というわずかに嫌そうな視線が読み取れたので周りを見回してみる。
廊下の向こうからこちらに歩いてきている人物に見覚えがあったのでヒラヒラと小さく手を振ってみたら盛大に顔をしかめられた。うわあ、俺の印象最悪なんだろうなあ。けれど逃げようとせず俺が駆け寄るのを待ってくれているから優しい、だからそこに付け入りたくなる。
「何で、居るんですか」
八割くらい詰められたゴミ箱を二つもって視線と同じ内容を尋ねてくる制服姿の三輪くんに「ボランティア」とだけ返してからチラリと表情を伺い、パシッと手を合わせて頭を下げる。
「お願い、ボランティア室に連れてって!」
「ボランティア室? ……準備室か」
「そうそれ、三階の何処かだっていうのはわかるんだけど」
「……………」
「いや流石にここが一階なのは分かってるよ! 階段探してたの!」
言わなくても視線が物語っていたので弁解すると、俺がサイドエフェクトを使用したのが分かったのか顔を逸らして嘆息してから「わかりました」と短く返事をしてくれた。流石三輪くん、持つべきものは三輪くんだ。
取り敢えず、このゴミの処理を終えてから案内してくれるんだろうな、と察した俺は片方のゴミ箱を持った三輪くんの手を握ってから、無言でゴミ箱を奪い取る。
「…………」
「いやあ、ゴミ箱持つよ? って言っても絶対持たせてくれないと思ったからさー」
「……………ひつ」
「必要ありません、とか言われそうだったし」
ボーダー本部に居るときよりはトゲトゲしてないけれど口数が少ない三輪くんの眉間にシワがよったのを見てから微笑むと、小さな声で「……………そうですか」と言われたので面白くなる。三輪くんには何を言われてもいいなって思えるのは多分、三輪くんから何の感情も向けられない方が辛いからだろうな。生きる目的を見出だしている人間は言い方を変えると視野が狭い。
だからその人のことが好きな人は、その人の視野に入ろうと考える。
「三輪くん、」
「、なんですか」
「………少し食いぎみで返事したね、なんか考えてた?」
「……………あんた」
「ん?」
「いえ、なんでもないです」
わざと此方を向かずに会話をする三輪くんの子供っぽさに笑みを浮かべて隣を歩き、校舎の離れにあるゴミ捨て場へゴミを捨てに行ってから無言で三輪くんの教室まで歩いた。二階にある教室前で五秒ほど待機していると三輪くんはすぐに教室から出てくると『来るなら早く来い』という視線を俺に向けて無言で歩きだしたので、俺のサイドエフェクトを有効に使ってるなーと感心する。
そして無言の案内のお陰で難なくたどり着いたボランティア室を前にちょっとした感動を覚えていると、三輪くんは何も言わずに去ろうと背中を向けた。
冷たいなあ、なんて思いながら「三輪くん」と名前を呼ぶと顔だけを振り向かせて見つめてくるので俺は微笑み返す。
「ありがとう助かったよ」
「…………失礼します」
「んー……というかさ、無理に敬語使わなくていいからね」
俺の言葉に返事が来るのは期待してなかったから構わないが、無言で俺を見つめては『何言ってるんだコイツ』的な視線を送るのは辞めてほしい。ダイレクトに感情が伝わるから悲しいものがある。
いや、面白いからいいんだけど。
「顔色が悪い」
「……………へ?」
「過労で倒れたんだろ」
「? あ、エレベーターの」
「俺や他人に気を使う前に自分のことをなんとかしろ」
三輪くんは無表情でそう言ったかと思うと俺の反応を聞く前に顔を背け、来た道を戻るようにして俺から離れていってしまった。その背中を見つめながら俺は少し舞い上がりそうになる自分の感情を抑えるように窓の外を見つめるが、大した効果は無くて思わず息を吐く。
三輪くんが苦手意識のある俺の顔色を見ていてくれてるとか、最高に可愛すぎる。三大可愛い後輩の一人にランクインしそう。
窓から見える反対側の校舎の廊下を見つめながらそんなことを思っていると、近くで扉の開く音がしてそちらに視線を向ける。
「あれ、名字一人か」
そこには何故かネクタイを緩めた俺達の学校の先生がいて色々疑問に思ったが、視線でも大したことは読み取れないので「先に戻ってきました」とだけ言うと乱暴に頭を撫でられた。なんでだ。
「おまえー、団体行動しろよー」
「いや、ちょ、」
「大体お前は大人ぶりすぎなんだー」
「そんなことな、ってか痛いですから!」
俺の髪をグシャグシャにした手を退けてそう言うと先生は「おお、そういうことだよ求めているのは」とか意味のわからないことを言って自分の首を回しポキポキと鳴らすと一人で教室へと戻っていった。
わざわざ出てきたかと思ったら直ぐに教室に戻って、何なんだ。
◇◆
学校案内から帰ってきた三人を迎えてからは先生方を交えて話し合いが行われた。といっても主だった話といえば元々恒例だったらしい互いの学祭に出し物をし合うというもので、別々のものを売るのではなく同じ屋台を出店してその売り上げを三門市の為に使おうという地域貢献のようなボランティアらしい話だ。学祭の日程は先生方によると嵐山たちの方が六月四日と五日で、俺達の学校が六月十八日と十九日らしく、四月後半の今から適当に換算すると四十日程度しか準備期間がないので少し驚く。まあ恒例行事なので装飾等の雛形はあるらしく、あとは何を売るのか、装飾を足すのか等を話すだけだったけど。
そして話し合いの結果、嵐山と俺の顔面偏差値が高いからとかいう理由で接客業関連が良いという意見が出ると、夏の時期ということもあったので海の家というイメージがいいんじゃないかと茶髪が言ったが、何故かうちの先生が「海の家は海があるから盛り上がるんだ、学校に似合ったものをすればいい」とか言い出すと「執事喫茶にしよう」とか訳のわからないことを言い出した。
頭おかしいんじゃないのか、自分の発言忘れたのか。
「執事喫茶っておっさんが言うなよ」
「早川テメー、おっさんって言うな」
この学校に訪問してから何度か繰り広げれる茶髪と先生の漫才に慣れたらしい嵐山たち御一行は生ぬるい目で見つめる。
「おい先生ちょっと、執事喫茶にするにしても衣装とかないですけど?」
「そこは個人でそれっぽいの用意しろよ」
「燕尾服のそれっぽいのってなんでしょうか?」
「ネットとかで予算内に収まる安いの売ってないのかな?」
俺の言葉に適当に反論してくるうちの先生と、何故か乗り気の白衣の先生とボランティア委員長に被害を大きく被るであろう俺と茶髪と嵐山は複雑な気分になる。
あー。というか言っちゃうけどさ、
そもそも、さっきから思ってたけど、白衣の先生とうちの先生って
デキてるよな?
さっき三人を待ってるときに何故か教室が換気されてるのも疑問だったけど、優男の白衣の先生の視線がめっちゃ焦ってたのを感じて読み取ってみれば『今の見られなくて良かった』とかいうのだし。話を聞いていると、どうやら二人とも大学生の頃の同期生らしく、このボランティアの担当になって互いに五年は経つらしかったし。ていうか、たまに白衣の先生が意味深な視線をうちの先生に向けてるし!! 軽率に同姓愛者が周りにはびこってるというか、類は友を呼ぶというか、学祭の話し合いの途中だというのに似た者同士は無意識に集まりやすいのかなあとか考えてしまう。あ、ちょっと今のは自分で傷付いた。
サイドエフェクトがあると、知らなくても済むようなことを知ってしまう。多分、影浦くんや迅なんかも同じことを思ったことがあるんじゃないかな。
「先生達は着ないんですか?」
「あ? 名字は俺が燕尾服似合うと思うか?」
「似合うとか似合わないじゃなくて、面白いか面白くないかで考えれば先生も着るべきですよ」
「喧嘩売ってんのかお前」
「売ってませんけど」
白衣の先生が乗り気なのは多分それを狙ってるからだよ、なんて言えるはずもないので大して知りもしない人の為に一応意見を出しておく。
「そもそも人数的に俺と名字と嵐山くんの三人ってキツくね?」
「毎年二つの学校から有志の生徒を集ってますから、そこは心配ないですよ。執事喫茶って言えば有志の方も増えそうですし」
「マジすか」
茶髪の言葉に答えた白衣の先生は「嵐山くんが入ってからは、ボーダーの方が集まりやすいですね」とか言い出したので、俺は執事喫茶を否定しなかった自分を恨んだ。いやでも待てよ、頑張って頼めば三輪くんとか着てくれないかな。いや、無理だわ。喜んで来るのは迅とか陽介だしな。
「嵐山、何とかして」
「ん? 俺は別に構わないぞ。何度か着たことあるしな」
「メディアめ……………広報め……………」
「名字は似合うと思うぞ?」
「そうだ、今日後輩に告白されるくらいのイケメンなんだから出来るはずだ。先生は信じてるぞ」
「先生うるさい」
「なんだ早川、モテないひがみか」
「う、うるさいやい!」
告白されたことを勝手に情報公開しちゃったよこの教師。話が脱線しても許してくれる嵐山とボランティア委員長と白衣の先生(彼女)に感謝するべきだよ。
というか、本当に執事喫茶に決定したっぽいな。反対意見でないし、ボランティア委員長なんて携帯のネットで燕尾服調べ始めてるし。
「嵐山、去年は有志に誰来たの?」
「んー、まあ手の空いてる人がチラホラ来てくれてたが………一番印象に残ってるのは迅かな」
「やーっぱり来るのか」
「……………迅といえば、さっき名字逃げただろ」
「、ん? なんのこと?」
「迅がそう言ってた」
「マジか」
隣に座る嵐山に投げ掛けた話題で墓穴を掘るとは思わなかったが、迅が逃げたと言ったなら俺が迅にどんな感情を抱いているのかも知っているのだろうか。うーん、それは流石に考えすぎか。影浦くんのサイドエフェクトじゃあるまいし、感情が見透かされることは多分殆どないだろう。嘘を吐くのはそれなりに得意だからな。
そんなことを考えていても埒があかないので取り敢えず執事喫茶を執り行うことを仮に決定し、その中で売るものを考えたり必要なものを挙げていく。出来るだけ予算内に収まり、且つ収益をあげられるような計画を立てていくと交流会のためにとっていた時間を容易に越してしまっていて、これからボーダー本部に用のある俺と嵐山は話し合いの途中だけれども交流会から抜けることとなったが、事前に伝えておいてあった為スムーズに抜け出せるようだ。
「じゃあ、お先に失礼します……………早川、先生のこと頼んだぞ」
そう言ってから嵐山より先に教室を出ると「まかせろー」という声と先生の何かの言葉が聞こえたが、どうせまた漫才だろうと決め込んで扉を閉める嵐山を見つめる。
嵐山はその視線に気が付くと「よし、行くか」と爽やかに笑うと俺のとなりに並んで歩き出した。なんか、何時も会うところと言えばボーダー本部に限られてるからかな、学生服姿の嵐山と学校で隣を歩くってのは違和感が生まれる。緊張する訳じゃないけど、新鮮だ。
「なあ、嵐山隊って新しい子入った?」
「ん? ああ木虎か?」
「そうそう、そんな感じの子」
「名字と同じ時期に入ってたんだぞ? 知らないだろ」
「ええ? 知らんー、」
「名字に劣らず結構有名らしい」
「俺は悪い意味だけど、きとらちゃん? は違うだろうに。テレビで見たけど、中学生なのにしっかりしててビックリしたしさ」
「ああそうだな。礼儀作法なんかでいったら俺なんかよりずっと大人びてるぞ」
「戦闘とかもさ、あの子が入ったら嵐山隊はどう変化するのかちょっと楽しみなんだよな」
「……………名字はどうなると思うんだ?」
「ん? んー、あの子が積極的に動く子なら嵐山隊はもっと強くなると思うな」
「そこは期待してもらって構わない」
「おお、いいね。時枝さんはどっちかっていうとサポート側だからね、いい割合になりそう」
「……………なんていうか、意外と見てるんだな。名字は個人プレイだからそういうの気にしてないと思ってたが」
「最近は色々参考にするためにログとか見てるよ。この前のランク戦とか」
特に防衛任務で当たりやすいチームなんかはよく見させてもらってる。二宮さんに周りを見ろと言われたし、知っておいた方が邪魔をしなくて済むだろうしサポート出来るかもしれないし。
というか、俺はこれから影浦くんと哲次と鋼くんの埋め合わせの為ランク外対戦に付き合うだけだけど、嵐山は多忙だから仕事やら訓練やらしに行くんだろうなあと思うと、お疲れ、と心の中で労いの言葉をかけてしまう。長々と話してごめんな。
「今更だけど、嵐山忙しいのにボランティア委員とか大丈夫?」
「ん? 確かに忙しくさせてもらってるが、苦じゃないから問題ないさ」
「……………スゴいなー、嵐山」
「何も凄くないさ。それに忙しいのは名字も同じだろ?」
「いやいや、慣れたよ」
「でも過労で倒れたらしいじゃないか」
「……………あれは、過労というか、寝れてなくて」
「心労か?」
「そんな大層なことじゃない」
「倒れてからそんなこと言われても説得力ないぞ」
軽く笑って言ってるわりに少し怒っているのか、説教されている感覚に陥った俺は強く言えずに「ごめん」とだけ謝る。
いやでも心労とか言うほとじゃなくて、ただ佐藤家のこととか未来が変わらないこととか、好きとか好きじゃないとか、バイトや学校や防衛任務で孤児院にあまり居られなくなってきた焦りとか、色々重なっていただけで……………って冷静に考えたら相当キツいな。これで倉須のことが解決してなかったらもっと酷かっただろう。
「俺は最近名字に会えてなかったからな、倒れたって聞いて驚いたぞ」
「んん……ごめん、」
「迅から名字の話を聞いていて分かったが、名字は背負い込み過ぎだ」
「ん? んん、ごめん、」
隣で同年代のイケメンに説教されて落ち込むが、今なんかちょっと嬉しくなるようなことが言われた気がして少し気分が舞い上がる。単純かよ。へらへらと笑いながら謝ると、嵐山は呆れたように溜め息を吐いてから「そういうところも迅に似ていて危うい」と呟いた。
「でも俺と迅は似てないらしいよ」
「それは迅が言ったんだろ? 客観的に見ないとわからないことってあるんじゃないか?」
「そう、だね?」
「迅も昔は背負い込み過ぎていたしな。今は周りを頼るようになってきてはいるが、なってきているってだけで根本的に責任感が強いのは変わらない」
「……………ジュンジュン優しい。ジュンジュンのちゃんと叱ってくれるところ好きだよ」
「こら、茶化すな」
階段を下りながら嘆息する嵐山に俺は苦笑いを浮かべつつも、嵐山の視線から純粋に俺を心配していることが読み取れるので嬉しくなる。嵐山は顔もいいけど、人として傍に居たくなる人間だから人が寄ってくるんだろうな。
「嵐山、下に兄弟いるでしょ?」
「ん? よく分かったな。弟と妹がな」
「やっぱり? んで、しかもスゴく可愛がってるとみた」
「それはもちろんだ、何てったって弟と妹だからな!」
兄としては鬱陶しそうだけど、それでも尊敬できる人間には変わりないんだろうなと想像してから玄関で上靴を脱ぎ、来客用の靴箱からスニーカーを取り出して履き替える。
そして学校を出てからボーダー本部の入り口にたどり着くまで事細かく聞かされた双子の弟の副くんと妹の佐補ちゃんの話に俺は途中から適当に頷くだけのロボットとなり、たまに熱血漢なところが兄弟じゃなくても鬱陶しいなと再認識した。