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 少しでも本部に近い所へ行くために来た道を引き返し公園へと移動する俺と倉須は無言をベースにたまに会話を繋げていたが、たまに出てくる気まずい空気が決別した時間を浮かび上がらせていた。前まではなんともなかった沈黙も、今では重たくて色が濃い。
移動する前に新斗さんに連絡をとると丁度本部を出たところだったらしく、家に向けようとしていた足を俺たちのいる公園へと変更してくれると言ってもらえた。そのときに『名字君の頼みならいつでも何だってやるさ』と言われて戸惑い、それを悟られると『マジでわかりやすいね』と電話越しに笑われた。やっぱり電話は心の準備が出来ないから苦手だ。

「ね、どんな人?」
「……………面食いで、家族思いな人」
「ピンポイント過ぎてわかんないよ」
「めんどくさがり」
「それもわかんないよ……………」

妙な距離を空けながら隣を歩く倉須は小さく息を吐くが、それでも少し嬉しそうに話をするので居たたまれなくなった。
夕日に染まる空を見上げながら色々と思いを馳せ、自分が役割を果たせているのか甚だ疑問に思ったが、出来ることはやっていると自信を持つことにする。アキちゃんと違って俺は守りたいものが多すぎて、何だか上手くいかないけれど。
そもそも最初に新斗さんと倉須を会わせようと思ったのは、主に倉須の為だ。
倉須と離れた今、倉須の周りには新たな人が増え、この前まで俺がいた心の穴には色々な人が埋められていく。さっきの状態を見るとまだ少し時間はかかりそうな気がしたがそれでも学校に居るときの倉須は楽しそうにしていると思うし、これが倉須にとって正しい選択だったという思いは揺るがないので、これ以上俺が妥協して倉須に近づくことはしない。例え俺にとっても辛くて寂しかろうが、そんなの理由にならない。だからせめて、倉須の穴を埋められるであろう人を増やそうと新斗さんを紹介しようと思った。
けど、それを考えた頃とは新斗さんの俺を見る目が変わっていて、正直少し不安もある。どちらも意味は多少違えども俺を好きだと言ってくれる人間で、それを見て見ぬふりして二人を引き合わせようとしている俺は最低なのかもしれない。けれど、新斗さんにとってもイケメンの知り合いが出来て、しかもC級の隊員ならば新斗さんの研究の助力にもなるだろうし。

「……………はあ、」

というのは、建前。
本当は、あわよくば倉須と新斗さんが互いに補い合ってくれればいいのに、と思っている。
好きだとか愛してるだとかの恋愛感情に振り回されてばかりいる俺の奥底には、多分、そういうものに関して拒否反応みたいなものがでてきていると思うし、そもそも今のところ俺には誰かに好きだとか愛してるだとか言ってもらえるような権利も価値も、未来もない。
だから、二人の好きの矢印が俺ではないところにすげ替わってくれないかと、人として劣悪な期待を抱いているのだ。
……………もし、俺に死ぬ未来が無かったのなら、もっと違うことしていただろう。もっと楽に生きていけたのだろう。

「名字、あの人じゃない?」

そんな、くだらないifの世界を想像しようとしたところで隣を歩く倉須が前の方を指差したのでそちらに目を向けると、指定した公園の前に携帯を弄ってる新斗さんが見えたので「そうだな」と小さく返してからその人物に近づく。
新斗さんも足音で俺達に気がつくと顔を上げてこちらを向いたので手を振ると、へらへらと適当に笑って携帯をポケットに仕舞い込んだ。
ああ、うん、倉須がいる前で好意の視線を向けられるのは何となく居心地が悪いな。

「名字くん、さっきぶり」
「ごめん、急に呼び出したりして」
「全然良いって言ったじゃんか。あとは家に帰るだけだったし」

この前と違ってキチンと″家に″帰ると言われるだけで少し安心感が生まれる。今の新斗さんは胸を張って佐藤家だと言えるのだろう。
そんなことを考えながら隣に並ぶ倉須を指差して「前に紹介するって言ってた人」と簡単に述べる。

「倉須です」
「あ、佐藤です」
「えっと……………新斗さんは俺と同じボーダー隊員で、一つ年上」
「そうなんだ、ボーダーで知り合ったの?」
「ん? んー、厳密には違うな、色々」
「俺は名字くんのことずっと前から知ってて、名字くんが俺を知ったのは………名字くんのバイト先かな」

思い出すようにぼんやりと空を見上げた新斗さんの言葉に「そうなんですか」と返す倉須は、俺の隣というよりも少しだけ後ろに下がっていた。あー、やっぱり俺がいるとダメだな。
ぐいっと倉須の腕をつかんで前に連れ出して何食わぬ顔で「でさ、」と新斗さんと倉須の会話の橋渡しをする。

「俺ってさ、あんまりボーダーのこと教えてあげられるような立場じゃないでしょ?」
「あ? あー、特例のことか。あんまり知られてねーけど」
「特例?」
「まあ、倉須がボーダーになったとき追々わかるから」

話の流れについていけていない倉須の空気を察してそう言えば、倉須が『そもそも合格してるか分からないけど』という『不安』の視線を向けてきたが、特に合否の心配をしてない俺はスルーを決め込む。
俺があまりにも当たり前のように言うからか、新斗さんも受かるもんだと思ってるみたいだし。いや、俺だからこそだろうか。
おもむろに公園の周りの石に腰を下ろした新斗さんに俺は目を向け、話の続きをするため口を開く。

「だからさ、C級のこととかトリガーとか、色々教えてやって欲しいんだ」
「……………俺が倉須くんに?」
「そう、新斗さんは特にC級トリガーのことについて詳しいだろうし、そのうち慣れたら新斗さんにとっての実験台にもなるかも」
「そりゃあ、俺としてはこんなイケメンの実験台くんが居れば嬉しいけどさ?」

足を組んで倉須を見上げる新斗さんに、倉須は困ったように笑う。

「あと……………倉須、俺がボーダー本部に居るときはあまり話しかけない方がいい」
「、なんで?」
「きっと、倉須が変な噂たてられる。それも入隊したら何となくわかると思うけどな」

俺は自分が幾ら嫌な視線を向けられようとも、勝手に印象付けられようとも構わないが、巻き込むようにして周りの人間が悪く言われるのは我慢ならない。今のところそういったことがないのは、俺の周りに居る人がボーダー本部内で位の高い人ばかりだからで悪く言えないからだ。まあ、俺とおんなじように評判が良くないからって理由の人もいるけどさ。誰とは言わないけど。
でも、C級になりたてで、倉須もわりと目立つような顔立ちをしているから、きっと俺と居れば誰かに目の敵にされる。そんなの俺が許さない。

「お前にはボーダーになった目的がある、そうだろ?」
「……………うん」
「その為に強くなって、それで……………」
「、?」
「それで、後悔しないでくれれば俺は、それでいいから」

ボーダー隊員になれば遠征の存在を知ることになる、そうすれば俺の言っていることがわかるはず。あの大好きだった二人のことを知るためだけでもいい、でもいつかは自分自身が進む為に生きて欲しい。俺の存在を、なるべく脳内や心から消してほしい。そしてどうしようもなく辛くなった時だけ頼ってくれれば、俺は物凄く嬉しい。
全部俺の勝手な押し付けで自己満足だけど、絶対に間違ってない。
この世から消えるかもしれない人間を支えに生きてなんかほしくないんだ。

「……………名字くんって、やっぱバカだな」

大きな白い石に腰掛けてそれを聞いていた新斗さんは呆れたようにそう言うと倉須の腕を掴み、強引に引いて横に座らせた。そして動揺しているらしい倉須の肩に手を回して距離を縮めると「なあ?」と同意を求めるようにして口を開く。

「何の目的で倉須くんがボーダーに入ったのかも、二人の間に何があるのかもサーっパリ分からんけどね? でも、一つだけわかる」
「、?」

二人のツーショットの光景に違和感しかない俺が首を傾げて言葉を待つと、新斗さんは小さくため息を吐き、両手で倉須の耳を塞いでから言葉を続けた。

「名字くんは、倉須くんが大切ってこと」
「、まあ」
「なのに、自分の手元に置かないで他人に任せようとしてる……………それが倉須くんの最善だと思ってる……………だろ?」
「……………うん、」
「ほーら、やっぱりバカだよ」

素直に頷く俺に目を細めた新斗さんは、倉須から手を離して俺を見据えたままヘラリと笑うと「そういうところを、好きになったんだ」と小さく呟いた。多分俺の距離で聞こえたということは隣に並んで座っている倉須にも絶対聞こえていただろう。まあ、さっきまで耳を塞がれていたから、なんのことか分かっていない風だけど。

「ただ言っておく。恩ばっかり売ってたらダメだからな」
「……………うん」
「ちゃんといつか返させてやれよ。あ、勿論俺にも返させてくれ」
「っ、新斗さんの恩ってのはこれでチャラに」
「なってないじゃん。俺にとっての得でもあるんだからさ」

そう言うと新斗さんは、はあ、とまた息を吐いてから突然隣の倉須に「ね?」と同意を求めた。そして倉須も相変わらず分かっていない筈なのに頷くもんだから、俺に味方が居なくなってしまう。
わかってる。わかってた。
けどこれは、俺が倉須と新斗さんの好意から逃げるための選択肢のひとつでもあるわけで……………なんて言ったら、どうなるんだろうか。きっと、嫌われる。それは俺にとって言ってしまえば本望だけど、俺の理想は二人が俺を必要としなくなること。俺から離れるのではなく、やっぱりあちらから離れることが二人にとっての最善。俺が傷つけるのではなく傷つけられる方が何倍も……………いや、嫌われたくないだけか。

「……………うーん、」

公平と前に話したときも思ったが、やっぱり、幸せになりたいと願った位じゃ、変わらねえな。俺の報われない人生は。
別に悲劇の主人公ぶってるわけでもない、ただの事実で、ただ普通にそれが悲しくて、うんざりしているだけの話。でもだからってその事実に不貞腐れる程子供じゃいられないし、子供じゃ許されない。大人になれなくてもいい、ただ役割を果たせれば俺はどんなに間違ったものになろうと構わない。
味方になりたい人の味方になって、優しくしたい人に優しくする。すべてを救いとろうだなんて勘違いは起こさないが、アキちゃんよりも範囲の広い俺は少し生きにくい。けどそれを選んだのは俺で、後悔もしてない。

「名字は……………また俺のために何かしてるの?」

俺と新斗さんの会話を聞いていただけの倉須はいきなりそう言うと俺に向かって『拒否』の視線を投げ掛けた。その視線をサイドエフェクトを意識して『その度に、俺は名字から離れなきゃいけないのか』と読み取ると、俺の顔を見上げていた倉須が眉を寄せた。
今の俺、変な顔してたのかな。

「別に倉須のためってだけじゃない、」
「じゃあ、名字の為にもなってるの?」
「……………なると、いいなとは思ってる」
「っどうすればなれるの? 俺が何かすればなれるの?」
「え、いや、ちょっと待て」
「待ってもいいけどはぐらかさないで、」

食いぎみで問い掛けてくる倉須の様子に少しおののくが、倉須の隣に座る新斗さんが真面目な顔で俺たちを見つめてくるので、何だか責められているような気分になっている俺は視線を逸らして返事を考える。
俺のためになることってのはつまり、二人の俺への感情が他へ向いてくれること。それを相手に伝えるのは、ただ追い討ちをかけるだけのものだけど、今ここで嘘を吐くのも忍びない。

「……………俺がもし゛近い未来で死ぬとして゛その時倉須が俺のそばに居なければ、きっと、その、楽に生きられる気がして」
「……………は?」
「……………えっと、」
「、死ぬなんて、低い確率じゃん……………そんな゛仮定の未来゛のために、俺から離れないでよ。俺のこと好きにならなくてもいい、でもやっぱり別々は耐えられない。だから……前みたいに一緒に居てよ


……………もう、置いてかないでよ」



苦しそうにそう言い、すがるように俺の手を掴んできた倉須に、幼馴染みことを思い出して思わず眉を寄せる。
色々な感情が込み上げてくる。嬉しかったり、でも嬉しいと思った自分が悔しかったり、申し訳なかったり、苦しかったり、いっぱいいっぱいだ。
仮定は仮定でも、今のところは一応確定してしまってる未来。
倉須のことを好きになることはもう出来ない。俺が倉須のそばに居たら周りの人がまた遠くから見守るだけの存在になってしまう、それはダメだ。今までの時間が無駄になり、その間に倉須の周りに来てくれた人にも良くない。
それに、倉須に近いの存在のまま俺が死んでしまったとしたら、それは中学時代の二の舞になり、俺はもう一度倉須をあんな風にしてしまうかもしれないのだ。
すると、沸き上がる感情を抑え込むために黙りこんだ俺と、その俺の腕をつかんで泣きそうな倉須を傍観していた新斗さんが「うん、」と自分に言い聞かせるように一言呟くと、立ち上がって息を吐く。

「名字くんがもし、死ぬんだとしたらだよ?」
「、?」
「もし仮定じゃなくて本当にそうなったとして、その時に名字くんから離れてしまってたら、その後悔で倉須くんは生きていけなくなるんじゃねーか?」
「、でも、」
「さっき言ってたのは名字くんだろ? 後悔して欲しくないってさ」

その言葉に倉須は新斗さんの方を見上げて、なんの反応をするでもなく話を聞き続ける。

「二人がどんな関係だったのか知らねーけどさ、もし俺だったらって考えても、やっぱりそれは俺たちにとっての最善じゃない」
「っ最善、……………また、最善……そりゃそうだ、うん」
「? 名字くん?」
「……………、俺はただ、俺のいないところで、二人に幸せになってほしくて」



「「それは無理」」



「……………なんで、そうなるの、」



俺は俺がいなくなることを想定して、二人が俺のことを考えなくて済む人生を送ってほしくて。
俺は俺の守りたい人が幸せになってくれれば、役割を果たせる……………ああ、役割じゃないな、もう。役割ってのは孤児院の皆を守ること……………つまりこれは、俺のエゴ。そんなの前から分かってた。けど、間違ってなかった筈なのに。

「……………名字は、未来を見すぎだよ。俺とか佐藤さんは、今の名字と話してて、今の名字の目を見てるんだよ」
「それに名字くんが俺達から幾ら離れたって俺達は今の名字くんだけじゃなくて、過去の名字くんがしてくれたことを覚えてるから、簡単に忘れてあげられねえんだ」

今さっき会ったばかりで言葉を交わしたのなんて自己紹介くらいなのに、何故か同じ方向性で俺に詰め寄っては共通した言葉ばかり吐いてくる。
それは俺に対する気持ちが同じだから、と二人も理解していて、けれど嫉妬したり競争心を抱いたりしてるわけでもなく、ただ俺のことだけを考えてくれている視線。

「……………なんなの、二人して」
「なんなの、って……………」

そう言うと倉須は俺の腕を離してから立ち上がり、少し俺より背の高い倉須は俺を見下ろして笑った。

「離れるなんて悲しいこと、もう言わないで」

二人から離れる為の、さっきまでの関係に戻るための逃げ場を完全になくした俺は眉に皺を寄せて倉須を見つめていたが、隣の新斗さんがへらりと笑ったのでそちらに視線を向ける。

「俺も何でもいいから傍にいたいし、役に立ちたい。それで幸せなんだって」

いつもの気だるげな雰囲気を醸し出しながらへらへらと笑う新斗さんに、何故か泣きそうになった俺は二人から視線を外し、一歩後ずさって下を向く。泣きそうになったって、バレてるだろうけど。

「二人は、おかしいよ、へん」
「おかしくしたのはそっちだよ」
「うっわ、それな」

二人が訳のわからないところで意気投合しだしたのを聞いていると、何だか胸が締め付けられて思わず顔を逸らす。
二人が仲良くなってくれたのは俺の考えていた最善なのに、過程が全然違いすぎる。違いすぎて嫌なはずなのに、ここ最近締め付けられるように苦しかった心がスッと軽くなっていて、その事が許せなくて涙が滲んでしまう。か弱い女の子でもあるまいし、泣くなんてしたくないのに。
俺が考えていたエゴはやっぱりエゴで、二人は二人で自分達二人の最善を提示してくれた。それは昔の俺の最善なのか今の俺の最善なのかわかりかねるところがあるけれど、でも、






「、俺だって、本当はずっと傍に居たかったって思ってたけど」


「え? なんて?」
「? ごめん聞こえなかったよ」




「、べつに、なんでもない」


最善の未来。
今となってはその迅の言葉が「倉須と中学の頃のような関係の未来」なのか「距離を置き続ける関係の未来」なのかわからない。
ただ、とことん救われないし報われない。俺の理想とはかけ離れすぎた結果。


なのに、迅が言うほど自分が正しい未来を選択してきた自覚はないけれど、初めてこんなことを願う。





どうか、この選択が俺の未来にとっても、倉須の未来にとっても、新斗さんの未来にとっても、……………迅の未来にとっても、最善でありますように、


なんて。

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