59



 二日間の学祭も終わり、土日どちらも駆り出されたのに変わらず月曜も登校しなくちゃいけないから少し憂鬱になる。まあ、他校の学祭に出ているだけだから当たり前と言えば当たり前。多少疲れは残っているが、一日目の学祭のあとに防衛任務に行ったくらいだし、嵐山よりはマシなスケジュールだと思う。
なんてネタのように思っていたが、本当にその嵐山の顔色が悪い気がする。
一日目から少し違和感があった瞬間も無くはないし、二日目の忙しさと普段の忙しさ、それに季節の変わり目でもあるからか多くの人が体調を崩す時期だと思う。
そんなことを思いながらいつも通りに見える嵐山の隣を歩いて帰路についていたが、嵐山の携帯が鳴ったかと思うと「ちょっと、わるい」と片手で謝って立ち止まったので、頷いて同じく立ち止まる。
どうやら仕事の電話らしく敬語で恭しく対応していたのが俺にとっては珍しかったので、じーっと顔面を見つめてみた。
道のはしに避けて電話をする姿すら絵になる顔面とスタイル、そして雰囲気、確かに爽やかイケメンだ。しかも口を開いてもイケメン、性格も表情もなんかもう爽やか…………なんだけど、やっぱりいつもと少し違う。

「…………嵐山って、どの角度から見ても素敵だよなあ」

ぽつり、と呟くと、一瞬ちらりと此方を見てから態とらしく背を向けられてしまったが、耳が少し赤くなってきたのを見ると独り言が聞こえてしまっていたらしい。視線でもわかったし。まあ、これまで散々言ってきてるのにいまだに照れるから面白い。
嵐山は優しいし気が利くし、かといって自分の芯は曲げないし。
きっとみんなに好かれる、ひねくれものが好きにならないかもしれないけど、殆どの人が好きになる。俺も好き。

「…………やめてくれ、電話中に」
「え? だってかっこいいから」
「だから…………」

照れたように視線を逸らして小さく息を吐く嵐山にふと出来心で外見の似た迅を被せてみたが、やっぱり全然違う。
いや、当たり前なんだけど。
迅はたまに目が死んでるし、爽やかさの欠片もないし、飄々としててめんどくさいし、秘密主義なところあるし、セクハラするし…………ってあれ、なんで俺アイツのこと好きなんだろ。
なんて答えの出てる問いに心のなかで苦笑いを浮かべつつ、目の前のある意味問題児である嵐山を見つめる。
すると、当人の嵐山は誤魔化すように携帯を鞄に仕舞うと歩みを進めたので、はぐらかされたのを感じながら隣を歩く。
横目で盗み見ると、もう大して気温も高くないというのに嵐山の米神に汗が滲んでいたのを見て、そろそろ止めた方がいいかなと頭を掻く。

「嵐山、これから仕事?」
「ん? ああ、撮影があるが……なにかあったか?」
「うんまあ、終わるの何時?」
「そうだな……夜十時くらいか。撮影のあとに取材があるからな」
「……明日は学校休み? 仕事も?」
「ああ、振替休日だな、仕事は午後から……」

スケジュールを思い出してるのか視線を下に向けた嵐山を薄目で見つめ、求められ過ぎるのも大変だなと、なんだか一番忙しかった一ヶ月ほど前の自分を思い出しながらため息をはいた。
嵐山は俺と違って自分の管理は出来るのだろうと思って一日目、違和感があってもなにも言わなかったが、二日目来てどうだ。見事に悪化してるじゃないか。違和感どころじゃなく、サイドエフェクトを使うまでもなくわかる。まあ、一日目は俺も色々心の傷があったから違和感を不思議に思わなかったのもあるけど。
でも、今休めって言ったって絶対休まないだろ、この人。
仕事優先、他人の迷惑になるようなことは当然しないし体調が悪かろうが悟らせないように気丈に振る舞う。無理はしないと思うけど、無理をしなければならないときはしてしまうのかもしれない。

「…………嵐山コンビニ寄る時間はある?」
「? ああ」


             


 コンビニに寄って栄養ドリンクと冷えピタ、薬は症状とか相性があるから買わずにゼリーとかのど飴とか効きそうなものを買って店を出ると、コンビニの前に一人で座っていた筈の嵐山の周りに嵐山と同じ学校の制服を着た女子高生三人が嵐山を囲んで握手をしてもらっていた。買い物に五分もかけてないのにこの様。いつもであればこの様子を生暖かい目で見つめているのだけど、今日はそうもいかない。

「あの、これからお仕事ですか?」
「ええ、まあそうですね、」
「ていうか嵐山さんもコンビニとか来るんだー」
「はは、普通の学生となにも変わらないですよ」

うわいつもの爽やか対応…………ダメだこの人、いい人過ぎる。

「嵐山さん、時間ですよー」
「え?」
「仕事でしょー、はいはい退いてねー」

爽やかな笑顔を浮かべながらキチンと真摯に対応している嵐山にため息を吐きつつ、女子高生の間をすり抜けながら嵐山の腕をつかんで返事を聞くことなく引きずるように引っ張る。後ろの方で「ええ!?」「ちょっと!」とか聞こえるけど無視無視、嫌われるのには慣れてますから。
そんなことを思いながら三人は諦めたのか、追ってこないのを確認し、目の前の横断歩道の信号が赤になったのを見て足を止める。

「、名字?」
「…………」

名前を呼ばれて振り返ると驚いたような表情で俺を見つめる視線があって、なんだかその表情がかわいく思えた。というか、なんか少女漫画に出てきそうだと思った。何故。
誰からにも好かれるから、色んな人から必要とされるから、だから無理をするんだろうな。嵐山は、きっとそれで正しい。けど、

「休むのも予定のうちだよ」
「、え?」

手を握ったまま逆の手で嵐山の額に滲む汗を袖で拭い、驚いたままの嵐山にコンビニの袋を押し付けてへらりと笑ってみせる。

「今日の夜は早く寝て、明日の午前中は安静にしな。言わなくてもわかってるとも思うけど」
「、気づいてたのか」
「当たり前。昨日今日殆ど一緒に居たんだし」

そう言ってから掴んだ手を引き寄せて、ぐいっと抱き締める。
同じような身長だから包容力もなにもないけれど、袋を渡したお陰で手ぶらになったので嵐山の背中に手を回し、ポンポンと軽く叩いてからぎゅっと強く力を込めて抱き締め、離れる。
目の前でぽかん、と口を小さく開けてる嵐山に思わず吹き出し、笑いながら距離をとると「な、なにして」とみるみるほほを赤らめながら呟いたので、信号が青になったのを確認してヘラヘラ笑う。

「疲れてるときとかストレスあるときは、人にハグされるといいらしいよ」

じゃあね、と信号を渡らずに元来た道を戻ろうと嵐山の横を通る。
なんだかすごいことをやらかしてしまったのを幾つかの知らない視線から感じる。
けどまあ、別にいいか。嵐山は俺のことバカにしてないみたいだし。この場では嵐山だけに嫌われなきゃなんでもいいや。


             ◆◇


そのまま孤児院ではなく玉狛支部の訓練室に足を運んだ俺は、茶菓子を買って居間にいた女のエンジニアの林藤ゆりさんに手渡した。ゆりさんはなんていうか、俺が四月頃にシュークリームを買ってきたり、焼きメレンゲやクッキーを作ったりしているからか、お菓子を持ってきてくれる人みたいなイメージを抱いてるらしい。俺の適当なお菓子を絶賛してくれるから、俺も気分がよくなってたまに作る……あれ? この一年で俺の女子力爆上がりだな。
なんて一人思い返しつつ、トリオン体のまま訓練室の床に胡座をかいていた。
昨日ブラックトリガーで出来ることを増やしたいと思い付いた手前、時間がある今日取り敢えず訓練室に来てはみたものの、ぼんやりと構想を浮かべているだけで形にしてきてないので一人唸る。
あー、前に見た影浦くんの漫画に出てきていたキャラクターがやっていたような、糸を編んで何かを生成するというのをやってみるか。
ふと思い付いたので立ち上がり、シンクルーを出して適当に編んで盾……というか壁を作ってみたがどれだけの強度なのか分からないのでどうしようもない。
シンクルーの使い道は換装する度マストで一度は使うくらいで、前に何度か即席弓矢にした他に使用した前例がないから実践でどのくらい役立つのか分からない。
マストで使うというのは、この黒い服の下で腕のみに防備として巻き付けるだけなんだけど。一番始めにした解析で迅が立ち会ったとき俺の弱点を『腕が切り落とされること』と言及したが、その時同時に『対処も考えてるんでしょ』的なことを言われた記憶がある。その時は本部のひとが居たから返事を曖昧にしたが、結局はこれだ。
シンクルーは他の糸と同じように空中展開出来るし他の糸と混ざり合わせることも出来る、生成した時点で強度も生まれるし、換装解いた時点で消える。けれどひとつ違うところは、指から話した時点で変形が不可能になることだ。
指から繋がってる限りは他の糸と同様に消すことが出来るし変形も出来る。つまるところ、腕に巻き付けるということは関節まで全て覆わないといけない。けれど、指から離した糸で関節を覆うと関節が曲がらなくなってしまう。だから、腕に巻き付けるシンクルーは常に指から繋いでないといけない。
いつも両手の小指がその担当になっているため、同時に使用できる指の本数……つまり糸の使用限界本数は両手合わせて八本となっている。それがある意味本当の弱点だ。

「誰にも言ってないし、対人戦闘では慶と迅とレイジさんにしかブラックドリガーを使ってないからまだ誰にもバレてないと思うけど……服の下だから見えないし」

癖で小指から出して腕に巻き付けているシンクルーを見ながらそんなことをふと思い、両方の人差し指から出しているシンクルーを編んでノーマルトリガーのシールドを思い出す。
あれは確か大小で強度が変わるんだっけ。俺のは大小で強度が変わるのことは無いけれど、いくつも出せない、空中展開させるなら指から繋いでないといけないから。一本でも壁は作れるけど……やっぱり編むとか作るとかは慣れが必要だな。それに伴って完成にかかるスピードアップもついてくる。

「まずは、数つくるしかないな。色んなもの作って慣れさせよう」

これが本当に誰かの為になるのか分からないが、なにもしないよりはマシだろうと考えて色んなものを編み込んでいく。
訓練室占領してなにしてんだろう、と考えたけど、時間が経つにつれて集中力が出てきてそんなこと考えることもなくなっていった。

そして、自分のトリオン能力の高さが弊害となり、いつまでも糸が生成出来てしまったので何時間も居座ってしまったらしく、約三時間後に訓練室に足を運んだトリマルくんに「いつから居たんですか……?」と驚かれた。
表情はいつもと変わってなかったけど。
そして訓練室の床に広がる作品たちを見て呆然とされので弁明するように説明をすると、トリマルくんは納得したようで、シンクルーの強度がどのくらい対応できるのか付き合ってくれることになった。

「いいの? トリマルくん訓練しに来たんでしょ?」
「いいっすよ、別に。俺のはいつでも出来るんで」

ノーマルトリガーの弧月を生成して俺のいる訓練室に入ると、小さくふわっと笑ってくれたので、いい後輩だなあ……なんてボーダーの先輩に「お願いします」と笑い返す。
トリマルくんのメイントリガーは弧月と銃トリガー(弾の種類はそのときによりけりらしい)みたいなのでどちらも試してもらったが、どちらも難なく防げた。けれど狙撃のアイビスは若干キツいかなとか、弧月のオプショントリガーの旋空とかは防ぐの無理かもみたいな話になり、結局ノーマルトリガーのシールドより多少強度のある使い勝手の悪い壁。という認識になった。

「トリマルくんって、観察眼あるっていうか……教えるの上手だよね」
「…………そうっすか?」

半円のドーム型で格子状にすれば何かを守るようの柵になるんじゃないですか、と提案されたので作りながらそう言うと、トリマルくんは小首を傾げながら『言われたこともない』と視線を向けた。

「前に、試作のガイストでやったときにも俺のブラックドリガーについてのこと言ってくれて『策を考えれる人なんだなー』って感じたの思い出した」
「そう、なんですか。いやでも、そんなに対したこと言ってないですから」
「んな謙遜しなくても」
「…………じゃあ、ありがとうございます」
「ふは、素直」

順応の早さに思わず笑えば、トリマルくんも少し笑ってくれたので良しとする。

「誰かに教えたりするの?」
「教えるってかアドバイス程度ですけどね、それなら何人か」
「へえ? 向いてるよ、トリマルくん」

大きめのドームを作り終えてトリマルくんに言うと、ドームと床の接着面が気になったのかしゃがんでシンクルーに触るトリマルくんは「買い被りすぎな気もしますけど」と少し笑った。

「……建物とか地面とか接着するのって、」
「ん? 先端だけ違う糸にしてる。イルーって言うんだけど……」
「ああ、トラップに応用されたとかいうあれっすか」
「そーそ、よく知ってるねー」
「レイジさんが言ってたんで」

立ち上がりながらそう返すトリマルくんの言葉でレイジさんの顔を思い返してみたが、最近会わなさすぎて寂しさが勝った……っていっても二、三週間程度だけども。大学が忙しいのか、わからないけど。
ぼんやりとそんなこと思いながら比較的作りなれている即席弓矢を作り上げトリマルくんに渡すと、トリマルくんは驚いたように瞬きした後、目敏く「この弓の方は違う糸ですか」と飛ばす糸を指で弾いたので頷く。

「同じ一本の糸で違う種類出せるんですか、使い方多そうで大変っすね」
「ほんとそうなの。だから今日のトリマルくんみたいに、色んな人の意見聞いて色んなもの見て考えないと使えないんだよね。編み物とか」
「編み物………そういえば、俺、誕生日過ぎましたよ」
「…………ほんまや!!!!」

何故編み物でそれを思い出したのか不明だが、何ヵ月も前にトリマルくんの誕生日が終わっていたことを思い出して思わず笑えば大声を出す。関西弁になったのも謎だ。ていうかもう三輪くんの誕生日近くね!?
確か渡したい花は決まっていたんだっけ? なんて思い返しながら「ごめんーーゆるしてーー、絶対渡すから!」とトリマルくんへ拝むように手を合わせて謝ると、トリマルくんはそんな俺を見ながら「いいっすよ」と真顔で頷いて即席弓矢を引いた。
なんだかその様子がものすごく似合うなあ、なんて思いつつ花の名前を思い出そうとトリマルくんをガン見していると、トリマルくんは見られることに慣れているような視線で俺を見つめ返す。

「トリマルくんは、日本男児って感じするよ」
「? どういうことかよくわかりませんが、ありがとうございます」
「うん、褒めてるから大丈夫」

へらりと笑いながら返し、確かトリマルくんには家族が沢山居たような気がしたので、なにか使えるようなものもプレゼントにできたらいいな、なんて思考を巡らせながら、トリマルくんと共に訓練室を出た。
リュックから携帯を取り出し、伊都先輩から不在着信が一件入っていたのを確認しながら誕生花を検索する。そして『セージ:家族的、家族愛』そんな言葉を見て、トリマルくんにピッタリだと思った四月頃のことを思い出した。セージってどんなんだろ。
晩御飯を食べに行くというトリマルくんを送ってから伊都先輩への折り返しをしてそんなことを考えていた。
電話に出た伊都先輩からの第一声から、あんなことになるとも知らずに。

TOP