6




 同じ夢を見る。
小さい頃から遊んでくれたアキちゃんとの日常から、思春期なんてなかった素直なアキちゃんの行動や、怪我を負って帰ってきたアキちゃんの申し訳なさそうな顔。アキちゃんが怒ることをしなかったから二番目に年上の俺がその役を買っていたら「ごめんな」って笑って誤魔化すその表情も、全部一つの流れとして見せられて、
さいごに突き付けるようにあの時のアキちゃんの顔と言葉が映像としてハッキリ現れる。



『名字の役割は、皆を守ることだ』



そう言って初めて見たアキちゃんの泣きそうな顔に、俺はこれからの人生をこの人の為にかけなきゃ、と、この映像を見るたび何度も決意して脳裏に刻んでいく。
見渡せる範囲に居る守るべきものの存在や
生きる意味や


命、

生かされている俺は
確実に
堅実に、
誰かのために、
アキちゃんのように、





          ◇◆


「生きなきゃ…………」


 キーンコーンカーンコーン、と鳴り響いた四限終わりを知らせるチャイムで俺は目を覚まし、ゆっくりと意識を浮上させるように瞼を押し上げる。ぼやけた視界で俺は教室内のざわめきを察すると共に、覚醒しきっていない頭で、やるせない感情を抱きながら勝手に口からついて出た自分の言葉を耳にする。この夢の中のアキちゃんの顔を思い出す度に俺の決心が確かなものになっていくのは、アキちゃんが死ぬ前に俺に呟いたあの言葉も一緒に甦り、脳内や心に深く刻み込まれていくからだろうか。

「何処に行くのさ」
「、うぇっ!」

机に突っ伏したままぼんやりと、冷たくも暖かい夢の続きを見ているような感覚に浸っていると、俺の言葉を聞き間違えたらしい後ろの席のクラスメートが俺の背中に体重をかけ寄り掛かってきた。冬休みあけて早々こんな感じだもんな、こいつ。

「いててて、肺潰れる!」
「だいじょぶだいじょぶ」

冷たい気持ちを押し込むように机とクラスメートにサンドされた胸が圧迫されているのを机を手で叩いて訴えれば、クラスメートは仕方ないと言いたげに息を吐くと何食わぬ顔で「で、何処に行くの?」と同じ言葉を繰り返してから首を捻った。俺は訂正する気もないので、そのまま勘違いを通して話を進める。

「あー……俺三門市からあんまり出たことないから、どっか行きてえなって」
「まあ確かに、近界民こわいしね」

クラスメートの男は俺の言葉に賛同すると、窓の向こうにある大きな白い建物であるボーダー本部を見つめながら何かに耐えているような目を細め口を開く。

「それに、俺としては同じ年齢の奴らが戦ってるとこなんて見たくないし」
「…………」

そう言って何かを思い出すように遠くを見つめるクラスメートを、俺は横目で見つめてから口をつぐむ。
確かにボーダーを好意的に見ている人間は多いしその割合が殆どを占めていることを俺も知っているけれど、俺の周りにボーダー反対派が多いのはなぜだろう。
このクラスメートを含め孤児院の子供たちなど、誰かが意図的にそうしてるんじゃないかと思えるほど俺の周りに密集しているため、ボーダーであることを孤児院の子供たちにも周りの人間にも隠すのは自然の流れ。防衛任務があるから担任には仕方なくボーダーであることを告げてあるが、ボーダー提携校でもない進学校では先生受けがあまりよくないのも事実のため、俺が人よりも勉強に力を入れなければならないことは不可避。
もちろん、ボーダーの他にバイトを掛け持ちしているので学費の負担を減らすことも抜け目なく考えているんだけど。

「そういえば、何で今日遅刻したの?」

やることが増えたなあなんて思っていると、どこかの記憶から戻ってきていたらしいクラスメートがムッとしながら腕を組んでいたので、俺はいつもの常套句のように「寝坊」と小さく呟く。
あのあと結局迅の部屋に行って、段ボールで山積みになっていたぼんち揚を一袋貰って、迅が制服に着替えるのを待ち、一緒に途中まで登校するという何とも普通な出来事しか起きなかったので特に嘘がバレることもないだろう。

「ふうん、また?」
「…………朝弱いんだよ」

それに不本意ながら前科が幾つもあったおかげで嘘に裏付けが作られ、ソレを信じたらしいクラスメートは興味が薄れたのか机に置いてある飲み掛けのリンゴのジュースをチラリと見てから脈略もなく次の授業の用意を始めた。中学からの知り合いだけど、コイツも大概変な奴だ。
そんなことを思い、暇になった俺も違うことを考えるために、通路を挟んだ隣の席の女子が前の席の女子と雑誌を広げて何やら話しているのを盗み聞きしながら携帯を弄ることにする。

「ねえ、この雑誌のジュンジュン可愛くない?」
「えーかっこいいけど、可愛いかなー」
「可愛いよ! 受けだよ!」
「は?」

ジュンジュン?
最近のモノに疎い俺は最近人気の女優もアイドルもファッションも知らないので、少しは勉強しようと思い携帯のネットで『じゅんじゅん』と検索をかける。するとトップに『ジュンジュン、多忙スケジュールでてんてこ舞い!?』というニュースが表示されたので俺は迷いなくソレをタッチしてサイトを読み込ませ、そのページを開いた瞬間目に入った画像に俺は沈黙しながら、冷静に本文を読む。

「(最近人気急上昇中のジュンジュンこと嵐山准さん。そのボーダー隊員でもありながら『ボーダーの顔』として広報の仕事もこなし、またCMなど俳優業にも挑戦をしている多忙な嵐山さんは、いつ休んでいるのか、直接聞いてみました!)」

ここまで読んだ記事と嵐山さんの目映い笑顔の画像で昨日の罪悪感が再発した俺はサイトを閉じ新着メールが届いていたのでそちらに逃げることにしようとした。けれど、後ろの人物が俺の手からサッと携帯を抜き取ったかと思うと勝手に弄りだしたことによってソレは阻止される。クラスメートは少し顔をしかめてから「じゅんじゅんねー」と呟いて、さっきの記事に目を通しているのか俺の携帯の画面をスライドした。

「めんどくさいやつだな、お前」
「まあまあ、そう言うなー」

クラスメートは俺の言葉に反応してから俺に見えるように勝手にメール画面を開き、新着メールを開いて内容を見る。

「わかりました、だってさ」
「見えてる」
「誰?」
「お前の知らないやつ」
「つめたい」
「むしろ勝手に携帯を見るやつに反応してあげてるだけマシだと思え」
「あははは、確かに」

そのクラスメートに迅やレイジさんには絶対使わないような物言いで言葉を返すと、笑いながら俺を指差してくるから「コイツこれでよく進学校来たな」と自分にも当てはまるような悪態を心のなかで吐く。
そして、そのクラスメートが見せてくる携帯のメール画面に映る『今日午後九時からボーダーの仕事手伝ってきます』への簡潔な答えに俺はメールの相手の孤児院の経営者であるカズエさんの心情を察した。
俺がアキちゃんの二の舞になるんじゃないかと、おもっているんだろう。
だが、それでも俺には曲げられないものがあるのでいつもその感情を知っていながらも気づかないフリをして、あちらも俺が気づかないフリをしていることに気づかないフリをする。ソレ以外俺は正しい道を知らないし、コレが最善だと信じることしかできない。もしカズエさんの心配している通りに俺がアキちゃんと同じ末路を辿ったとしても、俺は自分の役割を果たすためなら。




「なあ、次の授業当たるよ」

そんな俺の決心を知るよしもないクラスメートは、笑って俺を現実に引き戻すような言葉を放つと、ヒラヒラと俺の携帯を指で摘まんで揺らす。

「マジ?」
「マジ、でも名字は分かんなくても答えられるもんな」
「まあ」
「エスパーって良いよなあ」

そう至極真面目に言うクラスメートの台詞に俺は鼻で笑って応えてから携帯を取り上げ、予鈴のチャイムと共に前を向く。
まさか本当にエスパーだと思ってる訳ではないと思うけれど、サイドエフェクトを悪用している身からしてみればそういう勘違いは結構有り難かったりするのだけど、長年付き合ってみてわかる、コイツはマジで頭がどうかしちゃってる方なので今は憐れみしかない。
そう思いながら俺は机に突っ伏した。


                ◇◆


 夜の九時半、俺は小さい子どもたちを寝かしつけ、更に小学生の二人が「何処にも行くな」と駄々をこねるのを宥めてからコッソリと孤児院を出る。その途中、複雑な顔をしたカズエさんに廊下でばったり会って「いってらっしゃい」と言われたとき、ようやく今になって俺は自分がボーダー隊員になったことを実感した。そして、初の防衛任務が正式入隊日の次の日という無茶ぶりを受けていることを思い知ったが、ワガママを聞いてもらってる手前拒否することは出来ないしする気もないので黙って迅との合流場所へと急いだ。
きっと、ボーダーも隊員不足の中では使えるものを使っていこうと思ってるんだろう。


警戒区域。
ボーダー本部から見て東側にある小さな病院前に集合と言われたのでその通りに其処へ向かうと、既に迅はぼんち揚を食いながら待機していて俺は少し息を吐く。いつでもぼんち揚食ってるのかな、この人。
そんなことを思いながら俺の足音に気付いたらしい迅に軽く手を振ると、迅もぼんち揚を持った方の片手を挙げて反応を返してくる。

「おっ、トリガー起動してこなかったのか」

そう言って迅は感心したように頷きながら俺の体を上から下まで眺めてぼんち揚をひとつくわえる。

「今日の防衛任務って、俺達二人?」
「まあね、近くの支部に嵐山隊くるけど」
「ふーん、そういえば他の隊員は俺のことどこまで知ってるの?」
「ま、ある程度は本部から聞いてると思うけどな、」

ボリボリとぼんち揚を噛み砕きながら頷く迅に、俺は自分の本部内での立ち位置を考える。
まずC級でブラックトリガー所持という特例が与えられた時点で俺に対する印象はあまりよくないだろうと思うし、嵐山隊には昨日会っているとはいえ、こちとら正式入隊を果たしたばかりのぺーぺーで戦闘も上手く出来やしない初心者だってのに今日いきなり防衛任務だなんて…………敵意の的になるに違いない。
これからは嫌な視線の中で仕事しなきゃならないのか、と少し気落ちしていると何かを目敏く察したのか適当なのか分からないが、迅が前のようにぷにっと俺の唇にひとつのぼんち揚をくっつけてきたので俺は目の前の迅を見つめながら少し口を開ける。

「大丈夫だ、きっと上手くいく」

そう笑いながら無理矢理俺の口にぼんち揚を放り込む迅に無表情の俺がボリボリとぼんち揚を咀嚼しながら一つ頷くと、タイミングを見計らったように屋根の上から三人の人影が飛び、俺達の前に軽い音をたてて順に降りてきた。
そこに目をやると昨日と同じく嫌に目立つ赤い隊服を着た嵐山さんと時枝さんと佐鳥さんが立っていて、三人…………のうち主に二人は俺を視界に捉えると驚いたように目を見開いた。

「君は……昨日の?」
「2900の方」
「えっ、えっ、誰?」

三人が全く違う態度で俺に近付いてくるので俺は口の中のぼんち揚を飲み込みながら戸惑う佐鳥さんに頭を下げる。

「初めまして佐鳥さん、名字です」
「あれオレの名前…………よ、よろしくお願いします」
「あとは、昨日ぶりです時枝さんと嵐山さん」
「ん、やっぱ知り合いなのか」

俺の態度に迅が察したのかぼんち揚を食べ続けながら断定したような物言いで言葉を挟む。

「正式入隊日の説明に、俺達の隊が派遣されたんだ」
「あーそうだった、大変だな色々」

確かに、嵐山さんに限って言えば今度ドラマに出るとかあのニュースに書いてあった気がするし、ソレに加えて広報活動にボーダー隊員の防衛任務だなんて俺にはとてもじゃないけど出来ない芸当だ。
迅の労うような言葉に続いて俺が「お疲れさまです」と言うと、嵐山さんは少し戸惑ったような雰囲気を醸し出しながらも素晴らしい笑顔でお礼を言ってくれた。流石、メディア慣れしているだけある。

「というか君が、もしかして?」

迅と俺の労いの言葉を受けた嵐山さんが改めて俺を見て首をかしげたので俺はもしかしての次に続く言葉を想像しながら頷き、時枝さんにちらりと視線をやってから反応を返す。

「C級でブラックトリガー所持の、です」
「…………C級でいる代わりに防衛任務を受けてるって聞いたんですが」
「そうだよ」

はい、と控えめに手を挙げて発言する時枝さんに肯定の意味を示す言葉を返せば、時枝さんは合点がいったような顔をして「そうですか」と呟いた。多分、昨日の訓練全般における俺の態度のことを言ってるんだろう、ああやって2900ポイントを隠したり手を抜いたのはC級に留まりたいっていう俺の意思から行ったことだと、悟ったのかも。

「まあ取り敢えず話は後にするとして、まずは仕事」
「「…………そうだな」」

一連の流れを見ていた迅が冷静に俺達に向けて提案したのを俺と嵐山さんがハモって同意する。

「ん? おっと、忘れてた」

迅は空になったぼんち揚の袋をジャケットの裏に入れてからハモって少し恥ずかしくなってる俺に近寄ると、サッと流れるような動きで俺の手を掴んで手のひらに何かを握らせてきた。
その黒い物体は何処からどう見ても耳に入れる型の通信機器で、俺はその通信機器の使い勝手もどんなものかも何となく予想がついたので迅に説明を求める前に試してみるため耳にソレを入れてから、後ろの小さなボタンのようなものを押し、迅に向けて『コレでおっけー?』と通信を通して尋ねてみる。

「……いやあ、察し良いな。今度の解析で本部と通信できるようにするから、それまではソレ付けといてーだって」
「はいはい、てか、新規ブラックトリガーの俺が本部と繋がるにはこういうのが必要不可欠だってことくらい誰だってわかるよ」
「…………そこまでわかってるならおれから言うことはなにも無い、合格」
「、そういうの要らないから」

ふざけたような口調でヘラヘラと笑顔を浮かべながら俺の肩に手を置く迅に煩わしさ全開の顔で軽く手を振り払うと、近くにいた嵐山さんがハハッと爽やかに笑いながら俺達を見て「仲が良いな」と微笑ましそうな顔をしてきた。
いやいや、俺と迅は昨日会ったばかりの関係だけれど共通点が望まない形で多く存在しているから仲良く見えるだけであって、俺も迅もきっと互いに特別な何かはないですよ。

「で、えっと、俺はどういう分担?」
「名字はここから南、おれはここら辺、嵐山隊はそもそも支部が違うから」
「…………名字は一人で大丈夫か? コレがはじめての防衛任務だろう?」

それぞれに視線を配る迅の指揮に従いつつも俺のことを配慮してくれる嵐山さんに内心で感謝を伝えながら、俺もその会話に入るように口を開く。

「確かに不安はありますけど、俺は迅や嵐山隊の皆さんの戦い方を知らないので逆に俺が邪魔になる可能性もありますし」
「……それもそうか。余計なことを言ったな、悪い」
「え、いや、気を使ってくださってありがとうございます」

嵐山さんの申し訳なさそうな顔を見ていると何だか口を出したことが物凄く悪いことのような気持ちになるけれど俺の言葉は多分間違っていない、多分多分。
迅は昨日俺の五線仆の能力を見て多少は把握しているだろうけれど嵐山隊の前で五線仆を使ったことは当たり前だけど皆無だし、見せたのも訓練用トリガーのスコーピオンで手を抜いて戦ったものなので俺に対する信頼感も薄いだろうから連携だなんて夢のまた夢だ。ていうかこれから信頼関係なんて生まれるのかも甚だ疑問だよな、上層部の決定だからといって、皆が努力でのしあがってきた立ち位置にブラックトリガーを所持しているってだけで俺も置かれちゃってるわけだから。

「まあ、これから付き合っていく上で一緒に戦うことがあるかもしれないしさ」

迅の適当な言葉に俺も『その時考えればいいや』と深く考えず了承すれば、タイミング良く俺の持ち場である南の方からけたたましい警報が鳴り響き、一斉に全員の視線がそちらを向く。

「じゃあ、また後で」
「おー」

その警報の音の中で放たれた迅の言葉に短く返事をしてから嵐山隊の三人に軽く頭を下げ、背中を向け無言で五線仆を換装する。
ぎゅっ、と皮のような感触のグローブを握り締め改めて自分が本当にボーダー隊員となったことを実感しながら南方へ向かうべく民家の屋根に飛び乗り、その屋根から他の屋根を伝って走る。その間ちらりと後ろを見ると四人が豆粒くらいの大きさで視界に映ったが、赤い隊服の三人は東にある支部へ走って行ったようだった。

「てか、適切な指揮だな」

いくらボーダー本部側が警戒区域にゲート発生場所を集めているとはいえここまで的確な場所が把握できたのは迅のサイドエフェクトのおかげだろうし、その未来を視た上で俺の戦力を分散しているっぽいから末恐ろしい。けど、誰よりもそのサイドエフェクトを恐れてきたのは本人なんだろうなあ。
お節介にもそんなことを一瞬思ってからその思考が誰のためにもならないと気づき、その思いを振り払うように素早い動きの灰色のモールモッド二体を『シャンアール』で三枚下ろしの要領で斬り下ろしてから、俺は自分の持ち場のトリオン兵の群れに突っ込んでいく。
屋根から落ちている間に住宅街を利用して『グール』と『シャンアール』を張り巡らせ、そのうちの一本である『グール』に着地してから一言「かたい」と愚痴ってみた。
『ダンルー』と『イルー』以外は色がついていないので見た目では分からないけれど太さが目に見えて違うので間違うことはないが、もし『グール』だと思って乗ってみたら『シャンアール』で着地した瞬間真っ二つに裂けました、なんて笑い話にもならないんだよなあ、なんてことを危惧する。勝手に『シャンアール』に突っ込んで自滅していくモールモッドや、指に繋いだまま操っている『シャンアール』でバラバラに切り刻まれるバムスターを何匹か相手にしていると、不意に東の方で銃器の音が鳴り響いた。

「、嵐山隊か」

どさり、と背後でバムスターの頭が落ちたのを聞きながら「やってるなー」なんて呑気に銃声の方に視線を向けると、その東方向にいる見たことのない結構大きめのトリオン兵が此方を向いているのが見えて少し眉を寄せる。
なんか嫌な予感がするなあ、と思いながら群がってくる三体のトリオン兵から逃げるように『ダンルー』を使って上に高く飛び上がってみると、キラリとソイツの目…………モノアイ辺りが光り、次の瞬間、


鋭い光線が俺の方に向かって放たれた。

「(うわ、)」

思っていたよりも早いスピードで向かってくる光を理解した俺は瞬時に普通の糸をそこら辺の民家に引っ掻け、その糸の長さを巻き取る力で糸の繋がった民家の方へ強制的に自分の高度を下げる。

「ッ間一髪ギリギリ」

俺は内心焦りと失敗しなくてよかったという安堵感を抱いたまま屋根に着地し、そのまま流れるような手つきで指に繋いでいた普通の糸をモールモッドの手足に巻き付け転ばせてから無防備になったモールモッドの腹を『シャンアール』でかっ裂いた。

「遠距離ってどうしても苦手なんだよな」

五線仆の糸という能力を考えればこのブラックトリガー自体が攻撃する方もされる方も遠距離よりも近距離の方を得意としていることは直ぐにわかるだろう。狙撃の弾丸を弾いたり止めたり切ることは容易いがそれを予測できなければ意味がないし、今のような不意打ちの光線じゃあ避ける他ない。当たり前だけど。
砲撃してきたヤツの近くにいるであろう嵐山隊に頼んでもいいが、初めて会った敵でしかも俺の苦手な遠距離にいるという最悪なシチュエーションで自分がどれだけやれるか確かめたいという思いの方が強いので、俺は嵐山隊にアイツが狩られる前に練習を重ねてきた成果を実践で試す時が来たと意気込む。

「…………よし」

俺は自分を鼓舞するように一つ呟き寄ってきたバムスター二体のモノアイを『シャンアール』でえぐり取ってから、崩れ落ちる二体のバムスターの音を背後に、まだ本部には見せていない五線仆の最後の糸を馴れた手つきで指を動かす。ソレを半円の形に反らせて"硬質化"させてから半円の直径に当たる部分を一本の『グール』と『ダンルー』の合成糸で繋げ、『本部には内緒にしてる糸』と『シャンアール』を融合させた糸で鋭い矢のような形状に同じく"硬質化"させることで、即席の弓矢が完成する。
ここまでを大体三秒で終わらせてから、狙いを定めトリオンを注入してアイツの方向へ矢をなるべく素早く放つ。慣れていないから作るのに時間がかかるな。

「…………おっと」

狙いを定めた矢から手を離した瞬間に気配を感じて横に跳ぶと、今まで俺のいた屋根に大きな穴がバムスターによって開けられていて「作ってる間は無防備に近いな」と少し反省しながらそのバムスターに『シャンアール』を巻き付け、くいっ、と指を引くと、バムスターの体をバラバラにする。

するとそれと同時に東の方でなにかが倒れる音が響き渡った。
思わずそちらを向くと、さっきのバムスターを痩せさせたみたいな砲撃型のトリオン兵が消え、代わりに砂煙が立っていたので自分の即席弓矢が当たったのかな、と特に確証もなく思う。

「まあまあ、後で確認すればいいことだ」

アキちゃんが死んでからの約二年間、色々なことを考えては練習してきたがこうやってトリオン兵相手に実践できたのは初めてなので成功出来たのかを確認する必要がある。それに当たってたら単純に嬉しい。
大きいトリオン兵が倒れるだけで結構な影響が出ることに今理解が追い付いてまた新たに反省しながらも、冷静に目の前のモールモッドの手足を斬り取ってから即席の弓をモールモッドのモノアイに思いきり突き刺し、張り巡らせた『シャンアール』の間を抜けて俺に近づいてきたもう一匹のモールモッドを『イルー』で引きずり落としてから『シャンアール』で体を切り刻んだ。


                  ◆◇


 あれから暫く門が開かなかった為、見回りつつ五体程度のトリオン兵を片付けていると、迅から嵐山隊の方に行ってくれと通信が入ったので俺はさっきよりも近いところで戦っているらしい嵐山隊と合流することにした。もしかしたら迅はS級だしいつもは一人で支部の防衛にあたっているのかもしれない、なんて誰でも思い付くようなことを考えながら足を東に向け進めていると、路地で一人ウロウロしていたモールモッドが居たので気付かれないうちに『シャンアール』を指に纏って、僅かな指の動きでモールモッドを真ん中で真っ二つにする。

「こっちまで来てるって、大分敵多いのかな」
 
ポツリと一人で呟きながら大きくなる銃声を聞いて嵐山隊に近づいてきている自分の状況を把握していると、次に飛び移ろうとしていた屋根の前にバムスターが壁のように立ち塞がってきたので俺は反射的に『シャンアール』をバムスターの体に巻き付かせ、絞るように糸を引きソイツの体を不規則に切り刻む。
すると、俺が今立っている民家の下から「おおっ!」と聞いたことのある声が聞こえたので足を止め、チラリとそちらを確認するとマントのようなものをヒラヒラと翻して俺に手を振る佐鳥さんが居たので俺は少し笑って屋根から飛び下り、佐鳥さんに近寄った。あ、もしかしてこのヒラヒラがバッグワームかな。

「いやー、スゴいッスねブラックトリガー!」
「ありがとうございます」
「って、何で敬語なんですか!」

アキちゃんのブラックトリガーを褒められたことにお礼を言うと、何故か驚いたように佐鳥さんが俺を見るので思わずまた笑顔になる。

「変?」
「いやあ変っていうか……むず痒いですよ!」
「じゃあ敬語じゃない方がいい?」
「あ、是非」
「、オッケー佐鳥くん」
「くんも要らないですって……」
「じゃあ佐鳥?」
「はいはい、佐鳥でーす!」

佐鳥の純粋なかわいさに心打たれながら足を進めると、佐鳥く……佐鳥も同じように俺についてくる。

『名字さん、佐鳥くん、背後からバムスターが二体近付いてきています』
「りょーかいです!」
「え、あ了解」

嵐山隊のオペレーターの綾辻さんの声に俺は戸惑いつつ応え、佐鳥は立ち止まってから屋根に飛び乗るのを確認しつつ俺は来た道を戻るように背の高いバムスターへ突っ込む。
定石通り『シャンアール』を指に繋いだまま一番近くの建物の屋根に飛び移り佐鳥の射線を通らせると、待ってましたと言わんばかりに即一体のモノアイを破壊したので俺もそれに応えるようにもう一体の頭の上半分を切り取りモノアイを真っ二つにしてから面倒を省くため『ダンルー』を一本住宅街の間に引き、伸縮性を活かして佐鳥のところまで一気に跳ぶ。
そして佐鳥のすぐ横にズザッ、と足でブレーキをかけながら止まると佐鳥は驚いたように「うわっ、」と飛び退いて俺を焦ったように見つめてきた。

「ちょ、かっこいいけどビビるからやめてください!」
「あははー、悪い悪い」

抗議するように俺に近寄る佐鳥が孤児院の子供を思い出させて無意識にからかうような態度をとってしまっていると、近くでマシンガンの如く騒がしい銃声が鳴り響いたのが聞こえた。それをきっかけに俺と佐鳥は目を一瞬見合わせてから俺は何を言うでもなくその方向へ向かい、佐鳥はなるべくそこの射線が通るところへと向かう。

「綾辻さん、コッチであってますか?」
『はい、合っています。それと、東の方はトリオン兵残り三体です』
「了解です」

さっきは戸惑ってしまったけどオペレーターっていいなあ、なんてブラックトリガーでしかもC級には絶対に得ることのできない存在を羨んでいると二匹のモールモッドと相対している嵐山さんの背中を視界に捉えた。そして、許可もなく二匹のモールモッドの額辺りに一本の『イルー』を繋げて二人三脚のようにさせてから、互いに足を引っ張り合いよろめきだしたところを『シャンアール』で切り刻んで、屋根から飛び下り呆然としてる嵐山さんの隣に立つ。

「すんません、獲物取っちゃって」
「っあぁ、君か!」

俺の声に導かれるように振り向いた嵐山さんは俺の存在を確認するやいなや爽やかな笑顔を浮かべる。多分俺のトリガー能力を知らなかったから、何が起きたのか分からなかったのだろう。嵐山さんは銃を肩にかけ直しながら、俺に向かって「助かった」と言葉を放つと続けて口を開く。

「今のがブラックトリガーか?」
「はい」
「そうか、随分綺麗なトリガーだな!」
「…………へ、?」

あまりにも突拍子のない単語が会話に組み込まれて思わず変な声を出すと、嵐山さんは俺の肩に手を置いてから笑って「君の攻撃だよ」と力強く言う。

「あのキラキラとした糸が舞ったとき、思わず見とれてしまった」
「、え、あ、ありがとう」
「おっ! 敬語が消えたな、ああ、勿論いい意味で言ったから勘違いしないでくれ」
「…………お、おう?」
「それに、さん付けもやめてくれ、きっと同い年くらいなんだろう?」
「……うんそう」
「なら、呼び捨てで構わない」
「わ、わかったよ、嵐山」

ここが本当に警戒区域内なのかと疑いたくなるようなほど朗らかな笑顔を向けてくる嵐山に俺は思わずどもることでしか反応出来ない。
え、褒めてくれてたんだよな?
ちょっと急すぎて理解が追い付かなかったけど。
そしてその視線から俺は逃げるように顔を逸らし続けて言葉を紡ぐ。

「時枝さんは?」
「充なら…………あぁ、あそこだな」

人のいい笑みを浮かべながら嵐山は俺の背後を指差すので顔だけそちらに向けた。するとバムスターやらモールモッドやらの残骸の隙間をぬうように俺たちのいる方へと向かってくる時枝さんが見えたので、俺は何となく孤児院の子供たち相手のように小さく手を振る。

「終わりました?」

時枝さんは特に表情を変えないまま小さく手を振り返しながら俺と嵐山さんに対して首を捻って問いかけてきたので、俺は少しうれしくなりながら口を開く。

「嵐山たちのところのオペレーターさんが言うには、コッチのはあと一体らしいよ」
「そうですか」

俺がここにいるという事実と俺の言葉に含まれたニュアンスで「俺の持ち場での仕事」が終わったことを察したらしい時枝さんはお疲れ様です、と頭を下げた。

「どうもどうも」
「……そういえば、充、名字のトリガーを見たか?」

肩にかけた銃型トリガーのベルト部分の位置をずらしながら時枝さんに問いかける嵐山の言葉に俺が苦笑いを浮かべると俺を見つめた時枝さんが首を振るので、その視線に嫌な予感を感じた俺はまた逃げるように空を仰ぐ。いやいや『期待』の視線とかやめてよね。
なんて考えて上を向いているとタイミングがいいの悪いのか、一筋の光が一瞬見えたかと思うと俺たちのすぐ近くにあった民家の屋根にドガンッとまばゆい光線が撃ち込まれ、一瞬にして大きな穴をあけて家を半壊した。

「、バンダーか」

光線が来た方向を目を細めながら見つめる嵐山に続いて俺もそちらに目を向けると、さっき俺が即席弓矢を試した奴と瓜二つの奴が遠くに一体居て、俺はあの砲撃してくるトリオン兵がバンダーという名だということを知る。すると、嵐山の呟きに反応した時枝さんが何も言わずそちらに向かおうと足を動かした瞬間、バンダーの頭が吹っ飛ばされ、ここから見るとゆっくりバンダーが倒れているように感じた。

「佐鳥、よくやったぞ!」
『ありがとうございまっす!』

通信の向こうで嵐山の言葉を嬉しそうに受け取る佐鳥の姿を勝手に想像しながら俺も口元を緩めていると隣で時枝さんがじっと俺を見つめていたので我に返るように無表情を意識する。なんかデジャヴ。
これで東側の掃討が終わったことになるが、ここからどうすればいいんだろうかと思い隣でまだ俺を見つめている時枝さんに尋ねようと口を開いた瞬間耳元でブツリと通信がつながった音がした。

『終わったっぽいなー、こっちには引き継ぎの隊来たぞ』
「終わったよ、俺のとこも嵐山隊のとこも」

通信がつながった時点で相手が分かっていた俺は特に驚くことも無く状況を報告する、タイミングがいいのは別にもう気にすることじゃないし。

「俺は迅のとこに行ってから解散?」
『いや、もうそこで解散しちゃって』
「あーはい」

耳に当てていた手を離してからこの隊の隊長である嵐山に視線を寄越すと、嵐山は少し目を泳がせてから口を開く。

「よかったら、途中まで一緒に帰らないか?」
「? 俺今からちょっと寄るとこあるけど、そのあとでいいなら」
「それは……俺もついて行って構わないのか?」
「うん、全然いいよ」

嵐山の提案に無表情で応えれば、嵐山は「そうか」と少しうれしそうにするもんだから思わずこっちが恥ずかしくなる。

「おれと賢は引き継ぎを待ちます」
「そうか、悪い。また明日放送局でな!」
「はい、おやすみなさい」

そう言ってから嵐山とついでに俺にも頭を下げる時枝さんに「おつかれ」と返す。放送局って、明日もメディアに出る仕事があるなんて、ネット記事に書いてた多忙の一言で済ませられないレベルで多忙だな、自分で何言ってるか分からんけど。
その多忙な一人である時枝さんに背中を向けて隣で歩く嵐山の方を見つめ、アイコンタクトでその場所へ向かうことを示すと嵐山は一瞬首を傾げてからすぐに理解したように二、三回頷き俺の隣に並んで歩みを進める。換装はまだ解けない。

「多分こっちだったんだよなあ」

俺の呟きに苦笑いを浮かべる嵐山の顔を横目で見てから少し悔しい気持ちになりながら足を動かす。
いやだって、同じ男なのに苦笑いさえもかっこいい隣の男に見惚れていたとか悔しいでしょ、というかむしろ俺気持ち悪くないか。いやでも、アキちゃんのトリガーを褒めてくれた奴は総じて良い奴だって信じてるから別に見とれてもいいか。

「……嵐山ってさ、」
「ん?」
「赤色似合うよな」
「え、そ、そうか?」
「うん、隊服似合ってる、嵐山ってかっこいいよな」
「嬉しいが、なんでそんな話に?」

いっそ言葉にしてしまえば自分に対する気持ち悪さも薄れるかと思ったんだよ、なんて言えないので「思ったこと言っただけ」と不思議そうな顔の嵐山に対して誤魔化す。すると相変わらず真っ直ぐな視線を俺に向けていた嵐山が何かを言うでもなく無言で少し照れたように目線を逸らしたので、俺はソレを意外に思いながらもそれに気づかないふりをする。

「言われ慣れてるだろうに……」

嵐山にも俺自身ですら聞こえないような声量でため息交じりに呟き、地面に転がる瓦礫をひょいひょいと潜り抜けたり避けたりしながらも俺の持ち場だったところから見た此処の景色を思い出す。確かあの俺が放った弓矢の方向は、なんか青いビルと白い屋根の家の間辺りだった気がするんだけどなあ。

「ん、ここを右に曲がったとこかな」
「そうか」

無視しないで俺の言葉に反応してくれた嵐山に内心感謝しながら目の前の角を右に曲がると、思った通り白い色の大きな物体であるバンダーが民家やらビルやらを巻き込むようにして倒れていた。やっぱりこういうのは倒した後のことも考えないと駄目だな、家とか不必要に壊したくないし。

「っていうか、なんかいる」

角を曲がり切ってバンダーをよく見るとバンダーの頭の上に座ってどこから持ってきたのか知らないぼんち揚の菓子袋を片手に持って中身をボリボリと食っている迅の存在があって、俺は思わず足を止めて溜息を吐く。後ろからついてくるように角を曲がってきた嵐山が立ち止まった俺を見て不思議そうな顔をしたので答えを示すように迅の居る方向を指差せば、嵐山は「ああ」と一瞬で理解したように声をあげた。
いやまあ、たぶん居るだろうなとは思ってたけど。

「迅」
「お、やっと来た……ってありゃ、嵐山もいる」

俺が呼んだ声に迅は振り返ると、ボリボリと相変わらずぼんち揚げを食べながら俺の後ろにいる嵐山へ「お疲れ」と手を挙げるとバンダーの頭の上から飛び降りる。

「んで、あった? 俺の即席弓矢」
「……もしかして隠す気ナシ?」
「迅がここにいる時点で隠そうとしない」
「………まあいいけど」

そっけない迅の言葉と今日の技術開発室での会話を思い出しながら、嵐山の話についていけていないような顔を見つめて口を開く。

「簡単に言うとさ、俺が本部に言っていない能力を迅が知っちゃったていうか……状況証拠掴まれちゃったっていうことだよ」
「……説明はありがたいが、少し具体性がなくてな」

俺の拙い言葉にまた嵐山が綺麗な苦笑いを浮かべると、その会話を聞いていた迅がジャケットの下から俺の探し物である弓矢の箆の部分を持ちながら取り出し俺にソレを手渡す。ここで迅が待っていて、しかもコレを持っているということはここにぶっ倒れてるバンダーは俺が倒したということで間違いないだろう。
迅にとって昨日の時点でこの光景が視えていたとすれば技術開発室の時の口ぶりから言って「隠していること」というのはコレを指しているということで、且つここで俺を待っていたということは説明を欲しているということだろうか。

「説明してもいいけど、本部には内緒にしてよ」
「一応理由を聞くと?」
「お前が俺の問いに答えなかった……っていうか鬼怒田さんのせいで聞けなかったから」
「………?」
「また耳にふーってしてやろうか」
「……あぁ! 『本部に隠したままだとどうなる?』ってやつか!」
「そう、それそれ。その答えによってはキチンと説明するよ」

俺は隣で首を傾げている嵐山を見つめながら頭の中では技術開発室で話した時の迅の神妙な表情を思い出していた。
俺にとっては別に話しても話さなくても構わないし嵐山に聞かれたって構わないんだけれど、未来を視る迅の答えによっては話すかどうかも変わってくる。というか、未来視えるなら今説明しなくてもよくない?

「…………本部にはしなくてもいいけど、今だけはして欲しいな」
「…………今だけ?」
「なんか未来変わったっぽいから、さ」

そう言い切ってから迅はへらりと笑って横目で嵐山を見る。
普通に考えれば本部にトリガー能力を隠すことは当たり前ながら許されないし、こっちにとっては切り札が増えるが本部に属しているから本部を相手にすることもないし、切り札の意味がないといえば意味がない。その事実を見越した上で迅は本部には言わなくても良いと言っているのか、それともただ単に「言っても良いし言わなくても良い」という意味なのか、迅のことをまだよく知らない俺じゃあ、分からない。
けれど、昔と違って普通じゃない俺なら、サイドエフェクトのある俺なら嵐山に向けられた迅の視線を読めば知ることが出来るから、俺は迅の表情を横から一瞥し、迅の視線が嵐山に向けられていることを再度確認して目を伏せる。


『いつかコイツらを助けることになる』


なるほど、思考の重点が本部じゃなくて、目の前の嵐山……たち……なのか。
そんな視線を読んだ俺は伏せていた目を一度閉じてからこの場所で迅が"最初に放った言葉"を思い出すことで確信を得てから、何事もなかったかのように口を開く。

「いいよ、誰かのためになるなら俺も本望だし、ここで話すよ」

迅にとって今ここに嵐山というイレギュラーが居ることは読み違えたか読み落としたかはわからないが、きっと予想していたものとはかけ離れていたに違いない。

「…………助かるよ、色んな意味で」
「色んな意味でね」

意味深に俺を見つめる迅に言葉を反芻することで反応してやれば、その俺の態度を受けた迅は少しホッとしたような表情で俺を見つめる。
そして自分の意思とは別に気づかないまま会話の渦中に引きずり込まれた嵐山が俺と迅の顔を交互に見て説明を求めるような視線を向けてくるので、片手で握っていた矢を二人から見やすい位置に持ち上げ、二つの表情をちらりと確認してから俺は最後の一つの糸の説明をするために口を開いた。


TOP