9


 陽介から『本部いるならランク外やろうぜ』とメッセージが携帯に届き、これから防衛任務のため本部にはいるけど正直そんな気分じゃなかったから断ろうとしたが、続けるように『緑川とメガネボーイがやりあってておもしれーっすよ』とメッセージが届いたので、仕方なく俺は私室から出た。
人の集まっているらしいC級ブースに訪れ、ポケットに手を突っ込みながらソファに座って足を組んだ俺はあくびを一つ漏らし、注目を集めているらしいソロランク戦を見つめたが、やっているのは緑川くんと三雲くんではなくて遊真くんだったので首をかしげる。
前の方に俺を呼んだ陽介が陽太郎と雷神丸、三雲くんと一緒に居るのが見えたが、あそこにいくと注目されるの丸分かりだったので一人観戦することにした。何をしたのか知らないが、周りの三雲くんへの視線が多すぎ。
目に浮かんだ涙を拭ってもう一つあくびをし、睡眠不足と最近発症した偏頭痛を抱えて物思いにふける。

あれから何日か経っているが、俺はあの日あったことを新斗さんには意図的に話さず倉須から聞くように促し、これからのことをどうするのか二人に任せた。俺はやれることはやったし、これ以上の干渉は二人の仲を引き裂くことになると感じたからだ。
それに俺はもうお手上げだ、あいつには。けど新斗さんはきっと見捨てない、好意を持ってくれているから。俺も幼馴染みの代わりにされていたときは倉須に好意があったから傍に居てやれたけど、今何もかもが違う。それは俺達三人全員に言えることだった。
ぼこぼこにされている緑川くんを見つめて「またなんかやらかしたのか」と思ったが、俺と戦ったあの頃より普通に強いのに遊真くんは淡々と作業をこなすみたいに緑川くんを仕留める。

「すごいな」

ソファの背もたれに寄り掛かりながら一人呟くが、周りの方が騒がしいので俺の独り言は空に消えていく。正式入隊日からこれだけの話題性だから周りも噂に翻弄されて恐れたり嫉妬したり憧れたり、勝手に人物像を作っていくのだろう。
身に覚えのある人特有の動きに今はうんざりしてしまう気持ちなのでここからでようと立ち上がる。
すると丁度緑川くんと遊真くんがブースから出てきたところらしく、そちらに視線が集まっていた。ドンマイ。

「あ、」

後ろでざわめく声を聞きながら憐れんでいると、目の前から俺の想い人が来るのが見えて思わず声を出すか、今ここであの日のことを話すのに立ち話は違う気がしてなにも言わずにすれ違う。
横を通りすぎた瞬間ちらりと見ると、迅もこちらを見たのかバッチリ目があってしまった。ありゃ、なんか言わなきゃ。
とりあえず「おつかれー」とだけ言ってみると「おー」といつものように笑った迅が返事を返した。その事実にホッとしつつ俺は私室に戻る道を一人歩いた。

私室に戻ると扉の前に何かが座っていたので恐る恐る近づくと、そこにいたのは柚宇ちゃんだった。いやいや床汚いから。
携帯のゲームをしているのか横持ちにして画面を見つめているので、何の用なのか見当のついている俺は「柚宇ちゃん、スカートで座るのやめなさい」と叱りながら近づく。

「あっ、帰ってきたー。おかえりなさい」
「聞いてる? ただいまって一応言うけど………」

私室の鍵を開けて扉を開くと、俺より早くいそいそと中に入ると一つしかないソファを陣取ってテレビのリモコンを握った。
そう、テレビが置かれたのだ、俺の私室を勝手に利用する上級隊員たちによって。新しい型を入れて貰えることになったからお下がりあげるーとかいって、厚意を無下にして要らないとか言えない俺はセッティングさせられて今に至る。
そして柚宇ちゃんやゲーム好きな奴等は自分の隊室でやり過ぎると怒るからとかいって、アジトのごとく俺の私室をゲームだらけにしていった。

「………俺の私室は漫画喫茶? ゲーム喫茶?」

哲次の置いていった映画のDVDやらBlu-rayと影浦くんが置いてく漫画は誰が持ってきたのか知らないが小さな棚に収納されているし、ゲーム機は色々置いてあるしコントローラーは無駄に四つあるし。
何よりもモノが増えすぎ! 誰のあの椅子!? 誰の毛布なのあれは!
ソファと机しかなかった最初の頃が懐かしいと思える。
そして机の上にはマストで俺の私室の予約表が置かれている。最初はメモで『○日の○○時から入れて!』とか書かれるだけだったけど、時を重ねるごとに増えていく利用者に予定管理が面倒になった俺は毎月スケジュール表を置いて記入していくように命令した。そんなに回数が多いわけでもないし。
解放時間は俺の防衛任務がある時間の一時間前から俺の防衛任務が終わるまでとなっている。

「うわー、久々にやるとこのゲームめーちゃ楽しい」
「良かったねえ」

基本的に飲み食いしたら自分で片付けることを前提で許可してるけれど、何人もここを使用するから床がめちゃくちゃ汚くなるので俺がいつもクイックルワイパーみたいなので掃除する。今のところの常連は哲次、鋼くん、犬飼くん、ゾエくん、影浦くん、柚宇ちゃん、半崎、当真、王子くんくらいだ。高三の溜まり場かよ、という突っ込みは控えていただきます。その他は常連につれられて何度か来る程度。
俺はここの部屋主であって、管理人じゃねえ! と最初は訴えたが、初めの常連である高三組に伝わるわけもなく諦めた。

「防衛任務がんばってねー」
「柚宇ちゃん、いつもそれ言うけどこっち見てくれたことないよね」
「あれ? そうだっけ?」

机の予定表を見て、今日の利用者が柚宇ちゃんだけなのを確認して会話する。柚宇ちゃんが来ると俺っていつも座るところ無くなるんだよな、一応女性だし隣に座れないし。
俺の部屋なのに俺の居場所ない。
俺の防衛任務まであと四十分あるが仕方なく鍵を柚宇ちゃんに渡し、聞いたことのあるRPGゲームの曲を背後で聞きながら部屋を出た。というか寧ろ追い出されたよね。
防衛任務前に休憩することしか使って無くて無駄に広々としていたときよりは閑散としてなくていいし、埃が溜まることもない。けど、あのモノの増えかたはちょっと怖いので、何か計画たてておこうと考える。
行く宛のない俺は、防衛任務にあたる自分の支部の近く出入り口に向かって歩みを進める、途中で自動販売機があったので何か飲み物を買おうとポケットを漁ったが私室にあるリュックに忘れたのを思い出してため息を吐く。あほか、まあ誰も取らないと思うけど。

「名字くん?」

自分の管理能力の低さに呆れて突っ立っていると、あまり聞き慣れない声に名前を呼ばれ気を抜いたまま振り向く。
するとそこには久しぶりにお会いした忍田本部長が立っていて思わず「うわ、」と叫んだ俺は自分の声に驚いて目を見開く。

「すまない、驚かせてしまったな」
「い、いえその……視線はわかってたんですけど、一々確認しないので、すみません………」
「いや、謝ることじゃない」

そう言って大人の余裕を見せて微笑む忍田本部長に相変わらずどきまぎする俺は、サッと場所を避けて自動販売機から離れる。お財布を持っているから、きっとそういう意味だ。

「もう買ったのか?」
「いや、その財布を忘れてしまったんです………、っけど、もう全然飲みたくないんで!全然!」
「ほう」
「、あははー」
「…………それで? どれがいいんだ?」
「………小さいお茶でお願いします」

俺の言い方だと絶対奢られてしまうのが迅のようなサイドエフェクト無しで予知できたので避けようとしたのに、それに気づいた忍田本部長がにこにこ笑って阻止してくるので負けてお茶を手に入れてしまう。
俺がお礼を言うとそれはそれは楽しそうに笑うので逃げ出したくなったが、奢ったもらった手前でそんなことできない為、忍田本部長が自分用の缶コーヒーを買うのを見届ける。すると俺達二人の横を通りすぎようとした風間さんがこちらを見ると、俺の手を見てから忍田本部長を見て立ち止まった。

「蒼也か、お前も何か飲むか?」
「いただきます」

最初からそのつもりで立ち止まったのに真顔でそう言うので風間さんは強い。
後ろからぞろぞろと偉い方達が歩いてくるのを不思議に思いつつ、風間さんも同じように缶コーヒーを選んだのを横目で見る。

「会議でもしてたんですか?」
「ああ」

自動販売機から出た缶コーヒーを風間さんに取らせながら俺を見て反応してくれる忍田本部長にサイドエフェクトを使用し、缶コーヒーを取り出した風間さんが俺をチラリと見たのでまた意識する。
いや、風間さんが察し良すぎてこえーし、忍田本部長は会話してると俺のサイドエフェクトのことすぐ忘れるから好きだ。戦闘中のときは絶対忘れないのに。
それぞれ忍田本部長が『予想される大規模侵攻についてな』で、風間さんが『読んだなこいつ』だったわけだけど、ここで聞くのは野暮な気がした俺は何もなかったかのように「お疲れさまです」と微笑んだ。
何かと忍田本部長はお忙しいらしく俺と風間さんに一言いってこの場を離れるとエレベーターの方へ行ったので、同じ方向に行った遊真くん達を追ったのかなと、勝手に予想する。ボーダー本部広いから違うと思うけど。

「猫かぶりか」
「………なんのことです?」
「犬だと思っていたらたまに猫になるからな」
「うーん、あまり撫でると引っ掻きますよ、にゃーって」

へらへら笑って猫の真似をすると、風間さんが俺を薄目でじっと見てから「そうか、」と言って何処かへ行ってしまった。
くそ、めちゃくちゃ観察された恥ずかしい。
ほてった頬をお茶で冷やし、出入り口近くで一口飲んでから五線仆を換装した俺は防衛任務へと向かった。



              ◇◆


 今日は防衛任務終わりの引き継ぎは生駒隊だったので至極てきとーに引き継いで私室へ戻った。すると最初は柚宇ちゃんしか居なかった筈なのに、もう一人増えていたので俺はため息をはいて軽く私室の壁に頭を打ち付ける。
柚宇ちゃんは誰が持ってきたのか知らない椅子に座ってテレビにヘッドフォンを繋げゲームを続けているが、ソファで寝転んで毛布を頭から被っている当真が「んあ、」と声を出して眠そうに体を伸ばしたので近寄る。こいつスケジュール表無視か。

「おい当真よ、使うならスケジュール書けって前も言ったろ」
「そうだっけか?」
「言いました。二回も言った、これで三回目」

寝返りをうって俺から顔を背けようとする当真の毛布を奪い、柔軟剤の香りがしたことに若干イラついた俺は「起きろコラー、話聞け」と顔を上から近づける。
すると、ああ? と反応した当真がこちらを顔ごと向けたのでめちゃくちゃ至近距離になったが、そんなことに構ってられない俺は当真の両手をとって上半身を引っ張り起こす。柚宇ちゃんは俺の存在に気づいたくせにゲームやめないし…………。

「柚宇ちゃんー! そろそろセーブしなさいよー!」
「うえー、ちょっと待ってーもう少しで新しい町行けるからー」
「新しい町行ったらイベント始まるでしょうが、引き返しなさい」
「さ、流石名字さん、分かってるね……」

目の前の当真の視線を受けながらヘッドフォンをしたままの柚宇ちゃんに顔を向けて叫ぶと、当真に「うるせえよ」と手で口を塞がれる。こいつ……俺のこと会ったときから舐めやがって……。
そもそも当真と出会ったのはこの部屋の制度が出来た今年の初めくらいの話で、どこからか俺の部屋の噂を聞き付けた当真は静かな休憩室を求めてここにたどり着いたと言っていたっけ。それならまだいい、眠りたいなら眠ればいい。
けどコイツは俺と対面した開口一番『綺麗な顔だなー、女みてえ』と言ったのだ。俺はそんな風に言われたことないし普通に男の顔だから『うるせーちゃんと股に付いてるわ!』と返すと爆笑された。
そんなこんなで口の悪い当真につられて俺も口が悪くなるときがある。

「んんー! っは、何すんだこの野郎。鼻まで塞ぐな」
「いやー悪い悪い、俺の手が大きいのとあんたの顔が女みたいに小さいからなー」
「だから目茶苦茶男だっつーの、」
「ふうん? てかソファ小さすぎね? でかいのにしようぜ」
「こっちだってそうしたい! 寧ろ二個ほしい!」

毛布を畳ながら願望を口に出すと「貪欲かよ」と笑われた。
後ろで柚宇ちゃんがヘッドフォンを外して教会でキチンとセーブしたのを音で確認した俺は毛布を棚の上に置き、机にあるスケジュール表を当真に渡す。

「ほら、今月の書きなよ。まだ初めだから間に合う」
「眠いときに来るんだから、そんときじゃねーと分かんねえよ」
「予想しろ」
「んな無茶な」

そう言ってあくびを一つ漏らす当真につられたのか、後ろの柚宇ちゃんもあくびを一つしたので、俺は出そうになったあくびを噛み締めてから二人を部屋から追い出した。
柚宇ちゃんから鍵を受け取り、当真を見送って静かになった部屋に俺は肩の力を抜いてソファに寝転ぶけれどその空間はすぐに引き戻された。

「忘れ物したわ」
「っ、びびったー……持ってけ持ってけ」

気を抜いた瞬間再度現れた当真に驚いたが、寝不足と任務終わりの疲れで起きる気力がなかったのでそのまま当真の行動を見つめる。どうやら毛布に巻き込まれたアイマスクを取りに来たようだ。
またどっかで寝る気なのかなーと推測して目をつむると、不意に視線が向けられて、すぐにバサッとなにかを顔にかけられた。
何事かとそれを顔から退かしてゆっくり目を開くと、自分の手にあったのはさっき当真から引き剥がした毛布だったので、それをした当人を見上げる。

「隈、出来かけてんぞアホ」
「んー………ありがとう」
「素直でよろしい」

当真はそう言って俺に手を振るので振り返すと、笑われた。
そしてアイマスクを持ったまま今度こそ出ていってしまったので、俺は自分にかけられた毛布をわさわさと触ってから、ぶり返す眠気に負けて携帯を取り出す。

「十五分だけ、寝よ」

そう一人で宣言し、アラームを掛けた携帯を机の上に置いた。前にバイト先でアラームを掛けたときは鳴らなかったけど、その次の日の朝のアラームは鳴ったし毎日すこぶる調子がいいので、あのとき何か不調が起きたのだと結論付けた。
けど、あれ? 今さらになって思ったけど、俺アラーム掛けたときは机の中に入れたのに起きたら机の上にあったな…………。
…………まあ、いいか。
眠気に負けた俺は確かに狭いソファに若干不満を抱きながら、当真の残した体温で眠りについた。








ピピピピピピ! ピピピ、


かけていたアラームが鳴ったので嫌々目を開けて光を取り込む。
十五分ってあっという間だな、アラームどこ……。
まだ醒めきっていない頭で少しの疑問を浮かべた俺は、背中に向けていた机の上を見るため寝返りをうつが、幾ら視線を移動させても携帯が見つからないので体を起こすと、ソファの背凭れの影から「よっ、」と迅が顔を出した。

「ぎゃあっ、なっ……、いや何またおまえか!」
「ぶはっ! 焦ってる……くく、」
「あ、焦らない方がおかしいだろこんなの!」

寝起きで変なところから出てきた迅に素で叫んで驚くと、張本人は俺の反応が笑いのツボに入ったのか背もたれに顔を埋めて肩を震わせている。やけに俺を意図的に驚かせようとしてくるよなこの人。
自分の顔の横にある迅の顔を横目で見てからため息を吐き、取られた携帯を返してもらって目を擦る。
あの日のこと、なにも触れてこない。
それは俺を信じてくれてるからなのかな。

「名字、頬にソファの跡ついてんぞ」

そう言って自分の携帯で俺の顔の写真を撮ってくるので無視し、画面で写真の出来を確認している迅へ向けて「何しに来たんだよ」と欠伸混じりに尋ねると、迅はいつもの声のトーンで話し始める。

「大規模侵攻のこと」
「………ああ、」
「何で名字が名字知ってるのかはほんとに謎だけど、話早くて助かる」
「俺はなんも知らねえよ、これからそれが起こるっていうことだけ読み取ったんだ」
「それだけ知ってれば十分だろ…………ってそういえば、会議終わりに忍田さんと話してたっけ」
「ん、居たのか」
「そりゃまあ、実力派エリートですから」

そう言ってソファの背凭れを跨ぎ、隣に座る迅に「はいはい」と適当に返しつつ、当真が掛けてくれた毛布を膝の上で畳む。
どうやらその件でここに来たってことは、俺のすべきことを言いに来たってことだろう。大規模侵攻で訓練生の俺に出来ることってなかなかない気もするけれど。
そんなことを思いつつ畳み終えた毛布を棚の上に置こうと立ち上がろうとしたが、隣の人物に腕を引かれ元の位置に戻される。
そしてそれをした当人の迅は真剣な顔で俺を見ると、言葉を放った。


「…………やっと来た、あの未来が」
『縛ってきた、死ぬ未来が』


言葉と、視線の二つの情報に俺は呼吸を止めた。





「…………え?」

やっとくる、あの未来が。
まだ変わっていない未来が。
もうすぐ。
その意味をゆっくり理解するように視線を落とし、迅のジャケットをぼんやり見つめながらぐるぐると纏まらない考えを広い集めて口を開く。

「、でも未来、変わっていないだろ」
「今はな。けど細かいところは変わってきてるし、変わる可能性が一番高くなるのはその未来に近づいた時だ」
「…………そういうもんか」

今このときの感情を、どうするのが正しいのか分からなくて言葉だけを返す。
変わる可能性があるだけで変わっていない事実を悲しむ?
それともまだ可能性にかけられることを喜ぶ?
どちらが正解なのかなんて絶対的に後者だけれど、今は何となく喜べなくて、だからといって悲しむことも出来なくて無に近い気がした。そもそも突然すぎるんだよ。

「…………迅、ちょっと俺に抱きついてくれない?」

どうにか落ち着きたい。
そう思っているうちに勝手に出てきた言葉に身を任せて見つめると、迅はそれを言われることが分かっていたのか何も言わずに笑って正面から抱き締めくれた。
幸福者だ、俺は。恵まれ過ぎている。死ぬ未来が消えなくても。
俺のことを好きでいてくれる人がいて、俺もその人が好き。その事実が何より幸せだ。だから俺も早く、

「覆す、絶対に。何があっても生きてやる」
「おー、その意気だ」
「…………で? 俺はその予知の中で何をすればいい?」

耳元で反応する迅の声の響きを聞きながら、目を瞑って答えを待つ。すると迅は俺の背中をあやすようにぽんぽんと優しく叩きながら「そうだな、」と呟いた。

「一つ、敵の対応より避難を優先してほしい」
「、それは前から言われてるやつか。わかってるよ」
「二つ。嵐山がいたら手を貸してやってくれ」
「? 嵐山ね、うん」
「三つ。おれのことを忘れないで」

最後の言葉の意味が分からず尋ねようとしたが、迅は俺を引き離す。見つめあい、向けられている『苦しさ』の視線を受けて俺が口を開こうとすると、ゆっくりと頬に手を添えられた。その感覚に少し反応すると目の下を撫でられたので、先程隈ができかけていると言われたばかりのことを思い出す。
けれどそんなことは今関係ない。聞きたいことのある俺はめげずに口を開こうとするが、直ぐに近くにあった手に口を押さえられ、そのまま迅が『逃げ切ってやる』という目をしながら顔を近づけてきたかと思うとその上から唇を当てられた。

「…………!?!?」

その迅らしかぬ行為に気をとられ、至近距離から迅に見つめられていることで頬が火照るのを感じ、思わず持っていた毛布を迅に投げつける。顔面から毛布を受けた迅が変な声を漏らしてから「読み逃し……」と笑ってほざくので俺は心のなかで少し得意気な顔をした。が、そんなことより、そんなことより、色々聞きたいことがあんだって。
三つ目のこととか、苦しそうにした理由とか、今の行動とか!
そのまま迅は、被った毛布を持って立ち上がるとため息を吐きながら棚にそれを置いてから振り返り、深刻そうな顔で俺を見据えたので俺もソファから離れられずにいたが、向けられていた視線に違和感を感じて眉を寄せた、瞬間。

「っじゃ、おれはこれでも忙しいから! これから会わなきゃならない人いるから!」

と、俺から何を言われるか予知していたらしい迅は俺が言葉を発する前にそそくさと部屋の外へと逃げていってしまった。
逃げ足の早さにソファに座り込んだまま呆然と閉まる扉を見つめていたが、展開が早すぎて何が起きたのか把握するのに時間がかかった。
展開が早かったのは迅のせいだ。この会話をさっき廊下ですれ違ったときに視たのだろう、迅が自分でこの話を切り出した時に俺から何を言われるのかわかっていたから、あんな風に颯爽と逃げていったのだろう。三つ目のことを、深く聞かれたくなかったのだ。
どういう理由で三つ目のことを避けたのか俺にはよく分からないが、迅は意味のないことはしない、と信じたので追うことも呼び止めることもしなかったけど。

やっとくる、やっと覆すチャンスがくる。
長かったここまで、生きるために死ぬほど頑張ってきた。
それがどういう結果をもたらすのかは今はまだ分からないけど、今までの自分と周りの人、好きな人を信じて生きたい。


「………それにしても、あのキスはムード無さすぎだよなあ」

TOP