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 早朝から昼までのコンビニバイトをこなし、相変わらず出入りの少ないこのコンビニを見渡しながら最近よく聞く店内のBGMを耳にいれて雑誌コーナーの品だしをする。今日は月曜なので入荷された漫画雑誌が多く売れるため頻繁に品だしを行うのだけど、今週の表紙になっている作品の絵柄をどこかで見たことある俺は影浦くんの顔を思い出して仕事をしていた。
しゃがんで作業をすると制服のポケットに忍び込ませている携帯が太ももに刺さって痛いので立ち膝でやりたいが、制服が汚れるのも嫌なので我慢して痛みに耐える。後ろの棚でがさごそと音をたてて品だしを行っているババ先輩と二人のシフトは、この前怒られたぶりなので俺としては少し気を引き締めて仕事をしているからか、ババ先輩には「んな眠そうな顔で来てんじゃねえよカス」と怒られたくらいで、他の怒号は飛んできてない。いやいつも怒ってくるの理不尽だから俺はあんまり悪くないことの方が多いけど。

「一月二十日か」

迅から大規模侵攻の話を聞いてから一週間以上が経っている。まだそれがいつ起こるのか迅でもわからないけれど近いうち、と聞かされているから携帯も肌身離さず持っているし、ボーダーのトリガーも持っている。まあ、来たときに俺は未来を変えることしかできない、だから今はやるべきとこをやろう。
もうすぐ昼時なので、いつも来るガテン系の人たちの為に唐揚げでも揚げておこうと立ち上がり、商品を片付けてからレジ内に入る。常連さんは何を買うか殆ど覚えている、人って好みはあんまり変わらないもんだろうし。
肉まんのストックもないようだったので一緒に作っておくか、と思ったが、一応ババ先輩に声をかけてからにしようと思い、フライヤーのスイッチから手を離す。


「ババ先輩、今からっ、」







ゴゴゴゴッ!!


声を発しようとすると、不意に地面が揺れた。
かと思うと辺りがチカチカと点滅したかと思うと一瞬で暗くなり、反射的に上を見上げても電気はついていた為、外に視線を向ける。
夜でもないのに突然暗くなっている外に混乱していると、ポケットからチチチチ、と音がなった。

「これは、緊急呼び出し………!」

その音に顔をしかめたが、今やっと状況を理解した。

そうか、来たのか、覆せるこのときが。

俺はぶるっ、と鳥肌がたったことに気付きつつ、変に冷静になっている頭に気づきながらレジから出てババ先輩に駆け寄る。ババ先輩はいつも通りのババ先輩らしく冷静で、外から鳴り響き始めたボーダー本部の警告を聞いて店に客が居ないことを確認すると「出るぞ」と俺を見て呟いた。この人は本当にいつも五月蝿いけど頼りになるよなあ、なんて思いつつ二人で店の外へ出ると、ここから警戒区域が近いこともあって発生した門の数が凄まじいことや、聞こえるトリオン兵の声から相当な数が現れたことを察する。
俺は携帯を地面に置いてから何の躊躇いもなく訓練生用トリガーを起動させ、携帯を拾い振り返ってババ先輩を見る。

「先輩、俺は避難誘導します。手伝ってください」
「分かってる」

俺は正隊員じゃないから本部との繋がりがなくて今どういう状況になって、どういう指示が出されているのか分からないが、とにかく今できることをやる。本当は今すぐにでも東にある孤児院に向かってやりたいが、ババ先輩を一人残してここを離れるわけにもいかないので断腸の思いでここに残る。前に一度孤児院と女の子二人を天秤にかけたことがあった、そのときの結論はまだ出ていないけど、本部が初期のあの頃とは違うことはボーダーに入隊して分かった。だからきっと、孤児院の方に敵がいるのならそちらにどこかの隊は向かうはず。

「ボーダーです! 指定された避難経路を通って警戒区域から離れてください!」

ボーダーの格好をしているからか、ボーダーの警告を聞いて出てきた人たちの誘導はしやすかった。
途中で近くの警戒区域から煙があがったのを見て、誰かがボーダーの警戒区域南西辺りに現着してくれたのが分かってホッとする。多分この時間帯に防衛任務についていた隊のどこかだろう。
すると、携帯が鳴り、画面にカズエさんの名前が表示された。

『名前! いまどこ!?』
「バイト先、こっちは問題ないよ。そっちは?」
『買い物してて……ちょうどボーダーの入口みたいなところの近くにいて、っ今地下に避難してきた、ってちょっと、千恵と洋! 落ち着きなさい!』
「そう、よかった………!」
『、でも小学校と中学校は分からないわ、多分避難しているでしょうけど……』

今日は月曜、平日だから学校か!
でも警戒区域から一番近い孤児院の皆は無事らしく安心した俺は、ここが終わったらそちらに足を運ぶことをカズエさんに告げてから携帯を隊服のポケットに仕舞う。よかった、孤児院が壊されるのは別にこれから俺がどうにかすれば良いだけだ、皆が生きてればそれでいい。
なら、とりあえず東の方にある小学校と中学校に行くしかない。

「ねえ、だんだん地響きが近くなってない、?」
「ほんとだ…………」
「こわい、」

俺はその声で思考を止め、避難していた住民の人の声で俺は眉を寄せてその言葉通りだということに気がつく。さっき交戦していたはずの場所には相変わらず誰かいるようだが。

「、近界民だ!!!」
「きゃああああ!」

何本か向こうの道であろう場所から聞こえた悲鳴の数々に俺は眉を寄る。
避難口への誘導をババ先輩に任せて民家に登って道を飛び越すと、まだ少し遠いところに居るが明らかにこちらへ向かってくる何匹かのモールモッドが確認できた俺は何か不測の事態が起きていることを悟る。例え現着した隊がひとつだとしても、数が多いとしても、この普通のトリオン兵を何匹も取り逃すようなことはないだろうから。そんなのこと一緒に防衛任務に当たっていればわかる。

「………くそっ、五線仆になれば本部と繋がれるのに!」

けれどここは市街地。本部もここで五線仆を使う俺を許さないし、市民に怖がられる可能性があるから俺もするつもりはない。
屋根と屋根を飛び越え、下に居るすれ違う人たちに避難を呼び掛けながらモールモッドの上に飛び降りてそのままモノアイをスコーピオンで縦に切る。そしてもう一体が腕を何本か振りかぶったのを避けてから間合いに入り、今度は別のを横腹を切りつける。
二体のトリオン兵が倒れたのを尻目に避難を叫び続け、この地域一体に声をかけたのを確認してから避難口に戻ると、ババ先輩が誘導を続けてくれていたので地面に降り立つ。

「ババ先輩ありがとうございました、もう入ってください」
「…………気を付けろよカス」
「こんなときまで罵倒なんすね」

へらへら笑ってそう言えば、ババ先輩はそれに対して何を反応するでもなく地下フィルターに避難したので閉じられた扉を見て息を吐く。
東へ行こう。そう決意して孤児院の方へ移動しようとしたその時、携帯が鳴ったので立ち止まって画面を確認すると、ボーダー本部の通信室からだった。

「はい、名字です」
『忍田だ、状況を説明してくれ』
「、忍田本部長!?」

てっきりいつも通り名前の知らないオペレーターの方かと。

「ええと、本部の南西側にて市民の避難誘導をし、ここら一体が終わったので東側へ移動しつつ避難誘導をしようかと」
『そこら一帯の避難の早さは君のお陰か。そして東側は君の………』
「、はい」
『…………そちらには既に他の隊が現着している。君は五線仆を起動し、警戒区域内の敵……特に新型の排除にあたってくれ』

ブラックトリガーを使わずにいる意味が本部にはひとつもないのは分かる、五線仆の使用許可が下りた今なら使わない手はないし命令にも背けない。
俺は一番優先しないといけないことがある、生きているうち、絶対に忘れてはいけない役割がある。

「わかりました」

訓練生用トリガーの換装を切り、市民の目がないのをいいことに市街地で五線仆を起動した俺は警戒区域を通って東に向かうことを決意する。
本部の命令通り出会った敵は蹴散らす、けど優先するべきは俺の役割だ。
五線仆にした為、本部の情報が伝わってきた。
戦力が分散させられていることや従来見受けられるトリオン兵ではなく捕獲型の新型が現れ、それに伴ってB級が戦力維持を命令されていること。また合流して南西・南・東と一ヶ所ずつ各個撃破していくということ。つまり俺が居た比較的早く避難の終わった南西辺りは後回しにされるということか。
目の前に現れた始めた何匹かのモールモッドやバムスターを退治しつつ、途中で爆撃されてる本部を見たが特に心配なさそうなので無視して警戒区域を進んでいくと、遊真くんと嵐山隊が交戦していた。その背後から新型が近付いているのが見えたので、初めてお目にかかる新型に眉を寄せる。
二足歩行かよ。
とりあえず展開させたシャンアール二本を背後から新型の両手に巻き付けねじ切ろうとしたが、思っていたより装甲が堅い、多分頭も堅い。そう思った俺は巻き付けたまま新型の背後から飛び、足にグールを巻き付けてから引っ張るようにして絞って両手両足を一つに纏める。それを使われてない信号にぶらげて豚の丸焼きのような形にしてから、モノアイらしきところをシャンアールで切り裂こうとひっかけたが、ガコッと口が開いて砲撃体勢に入られたので、そのまま避けるため自分の体重でぶら下がるように切る。それによって真上に砲撃が放たれたが、直後機能が停止したらしい新型がブラブラぶら下がってるのを見上げていると、俺の存在に気づいたらしい遊真くんがこちらに来た。

「ふむ、それが五線仆とやらですかな」
「おーそうだよ。三雲くんは一緒じゃないの」
「オサムはキトラと、チカを助けにいった」
「そう………」

本当はこんなところで会話してる時間はない。
けど、けど"嵐山に会ってしまった"となると俺は迅の予知の二つ目を思い出してしまう。嵐山に会ったら手を貸してやってくれ、手を貸すってなんだ? 今のところ十分やれてるだろ。
近付いてきそうなトリオン兵を動くことなく、指に展開したシャンアールだけで対処していると目の前で遊真くんが唇を尖らせて「おー、こっちのやることないな」と周りを見た。
すると、木虎藍ちゃんが判明した敵の目的が緊急脱出のないC級だという情報が流れてきているので、三雲くんは早く東に向かったと。

「名字!」
「ああ、嵐山」

切り取ったモールモッドの腕の何本かをぽいっ、とシャンアールで放り投げて答えると、嵐山はその腕の行方を目で追ってから銃撃を横にきたモールモッドに当てるので一度手を止める。ここら辺は落ち着いたみたいだし。
手を貸してやってくれ、って何のことか本当に分からない。
嵐山の顔を見れば見るほど分からなくて唸っていると、時枝さんを連れた嵐山は首をかしげるので俺も首を捻る。とりあえず一本だけ貸しとくか。

「嵐山、俺はお前に何をしてやればいいのか分からない………だから何かあったら呼んでくれ」
「よく分からないが、わかった」
「そ、そっか…………」
「ところであの新型のあの有り様は、名字だろう? 相変わらず綺麗に倒すな」

真顔で俺を見つめるその顔を見た俺は一番初めに防衛任務にあたったときのことを思い出して、ふと、そういえば防衛任務終わりに迅と嵐山との三人でシンクルーについて話したことを思い出す。
そしてそのときも、迅は同じような予知を。

「、また来た」

そんなことを話していると、何処からか現れたトリオン兵がこちらに向かってくるのが見えたので、俺は気持ちが先行してそろそろ本当に居られなくなったのでこの場を嵐山たちと遊真くんに任せた。
使われなくなった民家の屋根を伝って、足を止めることなく指で操作するシャンアールのみでトリオン兵を排除しながら東に向かっていると、警戒区域の南の方でものすごい量の砲撃やら銃声が確認できた。どうやら本部の情報によると集まっているB級と公平くんやらが、人型近界民と交戦しているらしい。
そして、別の場所……東側でも人型近界民が現れているらしく風間隊が交戦していたが、風間さんが緊急脱出したとのこと。風間さんがやられるほどの相手、鉢合わせたら俺も勝てるかどうか分からない。

「でも、そんなの知るか」

人型近界民だとか目的だとか、そんなのどうだっていい。
俺は役割を全うして、生きていく。それだけだろ。
応援に行くとか助けに行くとかそんなの必要ない、みんなきっと上手くやる。俺は優しい訳じゃないから俺は俺のやるべきことを果たす、いつもやってきていることだ。俺は孤児院のみんなを守って、手の届く限りの人達を守る。
なんだかいつもの名前の知らないオペレーターの人がトリオン兵を殲滅している数がボーダー隊員内で二番目に多いことを教えてくれたが、そんなことわりとどうでもよかった。

「おっと、」

新型が、目立つ俺に気が付いたのか砲撃を放つ。
奥の方を見ると鋼くんが新型三匹と交戦してるのが見えたが、俺もコイツの対応するので、立ち止まって砲撃を避ける。
そしてそのまま俺を見上げて突っ込んでくる新型が、地面近くに仕掛けた俺のイルーの粘着で顔からコケたのを見て上から首にシャンアールを二本巻き付けて断頭しようとしたが、背中から頭にかけてが堅すぎたので予定変更し、胸から頭にかけての面のみ力を込めて断頭一歩手前状態にしてそのままイルーで電柱にくくりつけておく。攻撃体勢に入るのが分かりやすいんだよな、こいつ。

「ドジっ子……ってこいつ、なんか黄色だ……まあいいか」

電柱に寄り掛かっておねんね状態の新型からC級っぽいキューブを取り出しトリオン糸で作った袋にいれつつ、風間隊が一旦戦闘を離脱したのを聞いてフリーになった人型近界民が東にいることを知る。けれど幸運なことにソイツは本部に向かっているらしいので少し安心した俺は鋼くんの元に来てみたが、俺が色違いの新型相手している間に応援に来た慶が全部やっちゃったらしいので息を吐く。すげえな、やっぱり。
そして屋根の上の俺に気づいた慶が俺にぶんぶん手を振ってから「そっから新型見えっかー」とかほざいたので、俺はグールを展開してから慶の体に巻き付けて、そのまま高くあげてやる。

「てめえで見ろやー!!!」
「うおっ、やべー、高すぎてみえねー」

叫んでるんだろうけど小さくしか聞こえないので少し高度を下げると、上で柚宇ちゃんと通信してるのかごちゃごちゃうるさいので一旦隣に下ろす。
そういえばこいつ、本部に爆撃されてたときイルガー蹴散らしたんだっけ? 本部からここまでくるのはえーな。

「なあ、ちょっとあの東らへんに投げてくれねえ? 自分で行くより速そうだ」
「…………いいよ、俺も東側行くから先に行きな」

下にいる鋼くんにも「コイツ東側に投げるけど、鋼くんはいいよねー?」と一応聞いてみたが普通に断られたので、慶にだけダンルーを巻き付け、上に空中展開しながらぐるぐる回して勢いをつけて思いっきり日頃のイライラを込めておらぁっ! という声と共に吹っ飛ばす。もちろん警戒区域を出ないところに落とすつもりで。
とりあえずそんな茶番を終わらせて、鋼くんが慶の飛んでいった方を見ていたので、俺はそろそろ孤児院の近くに来たこともあって警戒区域ギリギリのところを沿って東側に向かおうと地面に下り立つ。

「鋼くんはどうすんの、B級で合流? いま交戦中みたいだけど」
「そうですね、行こうと思ってます」
「飛ばすか? びゅんって」
「遠慮します…………」

苦笑いの鋼くんと離れ、俺は一度本部から離れるような形で警戒区域内ギリギリを目指す。視界に入ったトリオン兵は浮いていようが走ってようが、あらぬ方向へ向かっていようがこっちに来てようが排除していく俺は、自分の来た道がトリオン兵の残骸だらけの死屍累々で少し引く。
少し、敵の能力がわかってきた。一度も相対してないけど。B級合同隊たちが応戦してる人型近界民や風間隊が苦戦した人型近界民、ワープ使いの人型近界民、それから、どうやら三雲くんたちの応援に駆け付けた玉狛支部が対戦してる二人の人型近界民。
ボーダーの強みである情報共有の早さ、それから個々の戦力の強さ、誰かさんの予知。全て合わさってどこまで凌げるか。

「俺の未来も、変えないとな」

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