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 昨日感じた面倒なことの影響かわからないが、俺の今目の前で起きてるコレは、全くの無関係ではないんだろうなと舌打ちを鳴らす。

「うええええん、っひっく、」
「うわあああん! ぅえええええん、っおにいちゃあああ」

「あー、はいはい大丈夫大丈夫……」









今日は防衛任務も時間の差し迫るようなギリギリのバイトも無かったので、午後から倉須から訓練に誘われたのを快く受け、一度早朝のバイト先から帰宅し着替えてから倉須の家に俺が迎えにいく手筈となった。
倉須の家に行くのは漫画を返しに行った二ヶ月ほどぶりなのでたいした期間空いていたわけではないが、肌寒い季節になってから訪れていなかったため周囲の雰囲気は変わっていた。
何となく、時間もあったので回り道して倉須の家へと向かう。
すれ違う人はマフラーを巻いていたり手袋をしていたりまちまちだが、学生はあまり防寒具を着けているようではなかったので、何も身に付けていない自分が浮くことはなかった。安心安心。
十二月…………もうすぐで一年が終わり、俺ももうすぐでボーダー隊員となってから二年が経過することになる。
成長はしてきた、きっと。後悔はあまりしてない。相変わらず孤児院の皆にはボーダーのことを話していないが、それで今は最善だろう。

「はー、さむ」

木々の枯れ葉が落ち、風の匂いが冬になる。
右腕に着けているミルクティー色の腕時計を見ると、まだ少し時間に余裕があった。
早めにいくとギリギリまで用意をしない倉須を待つことになるので適当に時間を潰そうと周囲を見回すと、丁度、因縁の公園が見えたので、少し通りから離れているその場所へと向かう。

「へえ、」

防風林の木々から葉が落ちきっているからか、夏より見通しは良いらしい。
本来砂利が敷かれているであろう場所に枯れた雑草が生い茂っており、殆どの遊具には『危険』とかかれた黄色いテープが貼られている。遊べるものといえばテニスコート二つくらいの敷地と、砂場くらい。
それなのに女の子が二人、砂場で座り込んで遊んでいるではないか。
"あの事件"があってから最初の二年ほどはこの公園自体が立ち入り禁止となっていたが、今ではそれは取っ払われたらしい。事件当初言われ続けた『あの公園じゃいけません!』というお母さんの警告も薄れていったのだろう。
俺はここの地区に住んでいる訳じゃないからわからないが、回覧が回るほどらしく二人目の犠牲者……倉須の幼馴染みの男が消えたときは、本当にここは恐れられたのに。

「もう何年も経ったから………」

人間は忘れる生き物だから、仕方ない。
恐怖も楽しかったことも、時間には負けてしまうものだ。
そんなことをセンチメンタルに思いながら錆び付いたベンチにゆっくり腰掛け、去年の五月頃、倉須とここで交わした言葉を思い出して髪を耳にかける。
あのとき、ここに倉須は座ってたんだっけ。
しっかり決別して、違う道を歩むって決めてくれたとき。うれしかったなあ。なんて、一人で笑いそうになるのをこらえ、ボケーっと二人の女の子を見つめる。

「おままごとかな」

プラスチックの容器に砂と色々な木の実を盛り付けあって、食べさせあうフリをしたり、ボールをペット見立てて遊んだりしてるらしい。最近の子は家に籠りっきりとか言われるが、ちゃんと普通に外で遊んでる子もいるんだなあとしみじみ思う。
おっさんか?
そんなアホみたいなことを思っていると、突風が吹き、ペットとしていたらしいボールが防風林の茂み近くまで飛んでいってしまった。
あらら、なんて他人事のように思いつつ立ち上がり、二、三分しか居なかったがあまり見てると変質者扱いされそうだったため、そろそろ行こうかと二人に背中を向け歩き出した。




その瞬間、


「く、くろいの!! みかちゃん!!」


という焦ったような甲高い声が後ろから上がり、俺は反射的に後ろを振り向く。
すると、防風林の茂みの向こうに黒い見慣れた門があった。
思わず驚きで一瞬思考が固まるが、そのすぐ近くに赤いボールを持った女の子が何もせず門を見上げてしゃがみこんでるのを見て、体を動かす。



「五線仆、起動!」

そのまま右から出したトリオン糸で遠くにいる女の子の体に糸を巻き付け、門から頭を出してきたモールモッドらしき奴のモノアイに左から出したグールを巻き付け、門から引っ張り出す。
右からもう一本同じものを出し砂場で呆然としていたもう一人の女の子もトリオン糸で体を巻き付け、右手の二本を操作して二人を公園外に出した。


「うええええん、っひっく、」
「……、うわあああん! ぅえええええん、!!」

「あー、はいはい大丈夫大丈夫……」


すると、今さら状況が分かったのか分からなすぎてなのか、うしろで盛大に泣いてる声がした。いやーごめんね、こわいよね。
もう一人も釣られて泣き出したのを耳で確認しながら門から出きったモールモッドのモノアイを左手中指のグールで引き抜き、門に視線を戻す。すると、もうすでにもう一体のモールモッドが体半分まで来ているのがわかった。
戦闘を行うには狭すぎるこの公園で被害を最小限に収めるため、出きってないモールモッド体全体を包むようにイルーを巻き付け、拘束。モールモッドもイルーを切ろうと足の刃で切ろうと奮闘しているが、こちらの粘着性の方が上なのは分かっているので危惧すらしない。
身動きがとれないまま出てきたモールモッドは砂ぼこりをたてて暴れまわっているだけで、被害はないがうるさいな。

「門、閉じた」

はあ、と息を吐きながら中指に繋げたままのシャンアールでうるさいモールモッドの腹を切り裂き、砂埃で見にくい空間から出る。
なぜこんなところに……やっぱりここは鬼門なのか?
門がひらいた………またこれが起こると混乱なり暴動なり起きるのでは?

「警戒区域外だし、ここ」

砂埃の舞ってる場所から周囲を見回しつつ出て換装を解き、泣き続けている女の子二人に近寄ってしゃがみながら「大丈夫? 痛いとこない?」と微笑む。

「うあ、うえええん!」
「っひ、にいちゃっ、は、」

二人が泣きながら頭を横に振るのを見て安心し、使われてない遊具のみに被害が抑えられた光景を眺めた俺は何度目か分からない溜め息を大きく吐く。
本部に携帯で報告すると、同じような連絡が来ていて俺で六件目とのことだった。きっとまだ出るんだろう。
どのくらいいるのか分からないけど、怖いな。もし孤児院の近くでこんなことが起きたなら…………。

「うわああああん!」
「ぅえええん!」
「…………よーしよし」

孤児院行くのはこの二人を、本部に託してからにしよう…………ていうかもう全部本部に任せよ…………。
なんてのんきに思っていたが、俺が戦った後倉須にも手伝ってもらい、現着した本部の人間と話したり女の子二人の親御さんに連絡して説明したり、遊具の破片集めたりしている間、あのトリオン兵は中学校や市街地までに現れていたらしく、死傷者も多く出て街に大きな損害をもたらしていたことを聞いた。
遠くから聞こえた爆撃のような音が、それなのだろうか。
これはもしかしたら、第一次近界民侵攻以来の被害?




               ◇◆


 次の日。話を聞いただけだが、今回のことでC級隊員の一人がトリガーを使用したらしい。すごいな、誰だか知らないけど尊敬する。規則として禁じられていることを誰かの命のために破るって、言葉で言えば当たり前のように聞こえるけどその場にいると出来ないもんだろ。
それに比べて俺といえば、昨日、ずっと前から考えてきた最悪のパターン『誰かを助けているときに孤児院が襲われる』というのに現実を帯びさせられ、少し、気分が沈んでいた。
もしあのとき孤児院が襲われていたらきっと俺は、あの子達を見捨て…………。

「にじゅうにー」

やめよう、今は目の前の仕事だ。
でもまさか、次の日に原因が判明して、しかもその門を発生させるトリオン兵とやらを駆除するのに訓練生まで動員されるほどのものとは思わなくて驚きだった。
俺は一応訓練生なのでC級のトリガーで駆除してるけど、結構いるもんだなー……レーダーないからほんと口頭で与えられた情報でしか動いてないけど、すげえとれるわ。

『おい、通りすぎだ。その前の道の右の民家』
「はいよー」

それもそのはず、レーダーを持つ上級隊員の荒船哲次に電話で指示されて動いてるんだから、そりゃC級でも出くわしますわ。
スコーピオンで、トリオン兵の胴体にある真ん中の赤い丸をさくっとぶっ刺しながら「にじゅうさんー」と呟いて袋に突っ込む。孤児院周辺からチマチマとやっていたら、哲次と出会ってこんなことに………サボるつもりは毛頭無かったが、駆使されるつもりもなかったんだけど。

『そこらへんいねーわ、移動だ』
「あいよー」

そんな哲次も自分で動きながら指示するから流石だなと思うよ。
大きな広場のようなところに足を運んでみると多くのボーダー隊員が一ヶ所に袋を集めてるのが見えたので、一度自分の満杯になった袋を二つ置き、袋をもうひとつひろげる。
バサバサ、と携帯を耳に当てて袋に空気をいれながら広げていると妙な視線を向けられたが、誰からか分からず放置しているのが悪かったのか暫くしてから不意に肩を叩かれた。

「よう、久々だなあ」
「誰と電話してんだー? 本部長か?」

振り向いた先にいたケラケラと笑う訓練生らしき二人に気を取られていると、一人が俺の携帯を取りあげ、画面を見てから無断で電話を切った。そしてそのまま床に落とし、見せつけるように踏みつける。

な、なにごと?

俺はその光景を呆然として見つめ、もう一度視線だけ顔に向けるがやっぱり見慣れない顔だったので眉間を寄せる。
誰だ? この二人。
ここ数ヵ月は嫌な視線を向けられることも減ってきて喧嘩売られることも少なかったんだけど………まあ、その中の誰かだろ。てか壊れたら修理代出してくれんのかな。
敵意むき出しの視線を向けられた時点で厄介事かと思って横目で原因を探してはいたが、見当のつく奴が居なかったから放っておいたのに。やっぱり俺って色んな所で嫌われてんのな。

「………失礼ですけど、どなたですか?」

苛立ちを隠して小首をかしげながら笑顔を携えて尋ねると、それが勘に触る発言だったらしく、二人は怒りの表情を露にした。

「あ? 覚えてねえのかてめえ……C級ブースでのことをよお」
「あのせいで俺達は、変に目立っちまって……戦績にも影響でてんだよ!」

C級ブースで?

「ああ…………」

いや、さっぱりわからん。誰だ?
でもとりあえず腑に落ちないけれど、俺が悪いって思ってるんだな、この人達。
じゃあ俺がなんかしたんだろうな……俺の知らないところで誰かが傷ついてるのはちょっと"もう"嫌だな。




「ごめんなさい、許してください」

そう思って頭を下げて謝る。
すると二人は俺の頭上で『驚愕』『動揺』の視線を向けてきたかと思うと「、は、はあ?」と声を荒げた。
そして一人が暫くしてから頭を下げていた俺の髪を掴むと、俺の顔を上げさせ、至近距離で睨み付けてくる。そして、スコーピオンを持ったままの一人がニヤリと笑うのでいつも通り視線を読み取った。

『ぶん殴りてえ』『なんか、喧嘩してる?』『こんなときに喧嘩!?』『土下座させよう』

土下座? 土下座か…………。
したことないから正しいのかわからないけど、まあ、腹のうちが収まるならそれでいいか。
いやほんと、こんなときに? って俺が言いたいんだけど。
と思いつつ髪を捕まれてる手を払い、とりあえず床に正座する。

「、お、おい!」

髪を掴んでいた方が少し焦っていたが、そのまま前の方に手をつき頭も同じように床につける。
この行為が結構目立ったのか、近くにいた何人かのボーダー隊員から視線を送られたが、今は皆忙しくて分散しているのでそんなに注目されているわけでもないみたいだった。よかった。
顔を上げ、二人の顔を見上げて「ごめんなさい、許してください」ともう一度謝ると二人はみるみるうちに口角を下げ、眉間にシワを寄せ、所謂恐怖の表情を浮かべた。

「? 許してくれました?」


「「…………っ、!」」


「は、はあ? つかお前、俺は何も言ってねえのに、やっぱりサイドエフェクトで!」
「いやてか! コイツ、頭おかしいんじゃねえの!?」

二人のうちのひとりが1歩後ずさったので、許されたのかと思って立ち上がろうと膝をたてると、急にもう一人が「、うわっ」と怯えたように叫ぶと、スコーピオンらしきものを手から出していたことを忘れていたのか不運にも切っ先が俺の顔へ向かってきた。

「…………、」

避けた方がいいのか分からなかったが、考える暇はなかったので、顔を防ぐように手を犠牲にして"あげて"スコーピオンを防ぎ、膝を立てていた方の足でソイツの足を払う。
ドタッ、と尻餅をついて俺を驚いたような顔で見つめるソイツに、俺はガードして傷付いた腕を分かりやすいように見せる。トリオン能力が低いのか、あの一発を受けても腕が切り取られることはなかった。

「これでチャラにしようよ、ね?」

ヘラヘラと笑って二人を交互に見つめ返すと、二人は返事をすることなく恐怖と驚愕の視線を俺に送ったまま、何語か分からない言葉を叫んで走り去っていった。

「…………携帯壊れてたら、こっちが許さないけどね」

漏れているトリオンが勿体ないなあ、と思いつつ携帯を拾って呟くと、また直ぐに肩を掴まれる。
人気者かよ、突然のモテ期いらないからほんとに。
視線が幾つかあってどれが相手のものか分からないが、今度は何だよもう、なんて思ってそちらを向くと、ちょっと怒った様子の嵐山がいた。

「おー、じゅんじゅん。どした?」
「………どうしたじゃ、ないだろ」

あれ、これマジのやつで怒ってるわ。
哲次からの着信を知らせるバイブで携帯の安否確認出来たことをホッとする間もなく横から怒りの視線をぶつけられるので、怒ってる相手も相まって申し訳なさが溢れる。けど、自分が何をして怒られてるのかわからなくて、仕方なく目を伏せて視線を読み取る。


『今のは、見ていて不快だった』


「ええ…………」


そんなこと言われましても、と言いたいがそんなこと返したらもっと叱られる気がしたので、バカじゃない俺は嵐山を見据えてもう一度謝る。
きっと、多分だけど、嵐山は俺の為に自分でも分かっていないがらに怒ってくれてる。今の俺の対処が一番コトを起こさなかった正しい対処だと把握しつつ、けど、納得できない人としてのプライドのところで怒ってくれてる。
嵐山らしくない、と思う。
嵐山でも……土下座はしないにしても、きっと誠心誠意謝っていたと思うのに。けど、きっと、自惚れかもしれないけど、俺だから怒ってくれてるのかなと勝手に期待しておいた。

「ありがとう、やっぱり怒ってくれるのは嵐山くらいだ」
「…………はあ、」

俺の手から流れるトリオンを見て肩の力を抜いた嵐山は「俺もいきなり悪かった」と困ったように笑い、秘匿通信なのか分からないが何かを誰かさんと話し始めた。
そして嵐山は何事もなかったかのように爽やかな笑顔を俺に向け、俺の手から袋を取った。

「よし! 俺と回ろう、名字!」
「…………え? あれ、さっきまで嵐山隊固まってなかった?」
「ああ、隊員同士が喧嘩してるとの情報で来たんだ、丁度近くに居たから俺だけ様子を見に」
「ご、ごめんなさい………」
「そう思うなら時間ロスしたぶん、取り返すぞ」
「は、はい」

手の中で震える慶からの電話を一度出て、嵐山と行動する旨を伝えて一方的に通話を終えた。
心配されてるのか監視されているのか分からないが、嵐山と一緒にいると視線が増える。けど喧嘩を売ってくるような奴は現れなかったので、嵐山って頼れるなあとしみじみ思う任務だった。

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