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 何かに所属するってのは、なかなかどうしてうまくいかないときがある。自分の意思で動けなかったり、所属している組織の思想に翻弄されたり色々あるが、ボーダーは組織の中にも派閥があるからややこしい。今回のことだって、別に俺でなくてもいいのに。
学生が冬休みに入った頃、林藤さんにお呼ばれした俺はフルーツと菓子折りを持って午前中から玉狛支部に足を運んでいた。なんだか居間の方が騒がしい気がしたが、今はまだ入る気になれなくてスルーした俺はまず初めに林藤さんの部屋を訪れる。
廊下にリュックと紙袋を置いてから中に通してもらい、前と同じように「よう」と挨拶してくる林藤さんに一礼し、机にある書類の山を視界の端に捉えながら笑顔を携え「お久しぶりです」と返した。

「イレギュラーゲートんとき、大変だったなあ」
「ああいえ、俺が対処している間にもっと大変なコトが起きてたようで」
「あれはな……嵐山隊の木虎からも報告あったが、ひでえな」

先日起きたトリオン兵による市街地の襲撃は未だに全て修復されたわけではない街並みや、二度と修復されることのない人の心の傷を残した。空からの爆撃、想像するだけで恐ろしいが、近くにA級隊員やいま話題の二人が居たらしく報告書にもそのうちの一人らしき人物は出てきていたようだ。

「今回呼ばれたのは、どのような件でしょうか」
「まあ、そう堅くなんなって! いやな? うちに今近界民……、空閑遊真っつーんだが」

自分で近界民と言っておいて違和感を抱いたらしい林藤さんの視線を意識して『あの人の息子だしな』と読み取った俺は眉間にシワを寄せそうになったが、堪えて言葉を返す。

「はい、存じてます」
「でまあ、ものは相談なんだけどよ………ちょっくら見逃してくんねーか?」
「見逃す…………?」

ポリポリと頭をかいてへらりと笑う林藤さんに俺は首を傾げる。

「まあ確かに………俺は本部所属でありながら、玉狛支部に五線仆の責任を取ってもらってる身です。あの頃も本部は俺が厄介だったみたいですけど、今となってはややこしい存在ですよね……」
「ははは! まあだから、この件で五線仆なんて使われてみろ、本部命令のことで玉狛支部が責任とるんだぞ? 笑えるな! ははは!」

いや、笑えないでしょ…………。

「それで……見逃すってのは、なんですか?」
「何って言わせんなよ、なんか言われてんだろ? 城戸さん辺りに」

そう言って林藤さんはタバコに火を付けてから「吸っていいか?」と聞いてきたので、頷く。
言われている、というより"命令"は受けている。
けれどそれを明け透けにするのはちょっといけないことをしている気になる、かといって、恩のある林藤さんになにもかも秘密にして頼まれ事を断るのも筋じゃない。

「申し訳ないですが……命令は遂行します」
「………そーか」
「けれど城戸指令への報告は"俺なりに"します」
「、そうかい」

俺がそう言うと、そう答えられることが分かっていたかのように少し笑ってそう返す林藤さんは、紫煙を天井に上らせながら俺を見つめた。見つめられると癖で読んでしまう俺は、林藤さんの視線に現れた迅の名前に呆れたがそれを態度に出すわけにもいかないので一つ息を吐くのに留める。

「最近の迅は、忙しそうですね」
「んーまあそうだな……色々東奔西走してんだろ、アイツはいつも」
「そうですね」
「…………ん?」
「…………?」
「ああ、…………もしかして寂しいのか?」
「っちがいます!!」

ニヤニヤと机に頬杖をついて俺を見上げる林藤さんの言葉に「ほんと、違うんで!」ともう一度否定してみるが、当の林藤さんは意地悪な視線を俺に向けながら「おまえら会ったときから仲良しだもんなー、そうかそうか」と笑って聞き入ろうとしない。
年上のひとにからかわれて体温が上昇したのがわかった俺は、逃げ出したくなって、訂正を諦めた。もうこの話終わりにさせて…………。

「、はは! 元気そうでなによりだな、ほんと」
「………なんですか? いきなり」
「ほら、去年の初めなんて毎日毎日ひでー面してんなあ、と思ってたからなー」
「一年以上前の話でしょう、」
「今だってたまに無理するじゃねえか」
「し、してま……せんよ」

林藤さんの心配にだんだん返す言葉がすぼまっていった俺に、林藤さんはタバコの火を灰皿に押し付けて立ち上がると、俺の頭を乱暴に撫でた。

「無意識だからこえーんだ、名字は」
「………気を付けます」
「おー、そうしろそうしろ」

林藤さんはにかっと笑って俺を解放すると、朝から呼んで悪かったな、と一言呟いて俺を返した。なんだか恥ずかしくなった俺はぐちゃぐちゃにされた頭を少し直してから一礼して扉を閉め、心臓に手を当てながら息をはく。年上って、やっぱりずるい。
それにしても、驚きはしないが……迅は俺がなんのためにここに来たのか分かっている風だったのは、本部のロビーで視られたか、ラッド駆逐してるときに視られていたか、どちらかだろう。
そんなことを考えながらリュックと紙袋を持ち直し、居間のような部屋に顔を出す。

「あれ、レイジさんだ」
「名字か、久々だな」
「結構ここに来てるんですけど、全然会わないですね」

居間にはさっき聞こえた騒がしさはなく、レイジさんが一人コップで水を飲んでいただけだったのでへらへらと笑いながら持っていた茶菓子を渡す。ゆりさんはスカウトやらで居ないから、大っぴらに喜んでくれる人はいないから残念だ、美味しそうに食べる姿好きなのに。まあ、「悪いな」と言いつつ俺と同じことを思っていたらしいレイジさんには負けるけど。

「レイジさん、皆いまどこにいるんですか?」
「…………訓練室だ」

そう言ってフルーツと菓子をキッチンに置くレイジさんは俺の方を見て端的に答えてくれた。付きっきり、なるほど。

「レイジさんはいいんですか? 付きっきりにならなくて」
「ああ俺の方は……って」
「え? あ、すみません……つい癖で」

視線を読んだことがバレたらしく、レイジさんはあきれたように俺を見つめ返すと、少し探るような視線を向けてきたので懲りずに意識する。『本部所属として来たのか』なんて鋭いこと聞かれると困るんだよなあ、なんて思いつつ、試されてるのが分かっているので無視できなくて口を開く。

「林藤さんに呼ばれたんですよ、今日は」
「…………そうか」
「勿論俺は本部所属ですけど、近界民……えと、空閑遊真をどうにかしようなんて思いませんよ。そんな重要な任務俺が預かるわけない」
「そうか………まあ、仮にもブラックトリガー保持者ってこと忘れるなよ」

そう言って俺の横を通り過ぎ、今さら俺の髪がボサボサになっていることに気がついたレイジさんは手で髪の跳ねたところを少し直してから部屋を出ていくと、訓練室とは反対の方へ行ってしまった。きゅんとした。
それはそうと、空閑遊真との接触を図ろうとしたがこのままだと上手くいきそうにないと踏んだ俺は、夜になったら誰かは一度上がって来るだろうと予想し、再びここへ来る理由を思いつかないまま一度玉狛支部を出ようとする。
人生の上手くいかなさに嘆いたその瞬間、ポケットにある携帯が鳴り、画面を見るとトリマルくんの名前が表示されていた。
なんだ? このタイミングは。

「もしもし? どした?」
『名字さん、今日玉狛来ます?』
「う、うん」
『じゃあちょっと買い出ししてきてもらっていいっすか』
「…………買い出し」
『レイジさんに頼もうと思ったら帰り遅いらしくて、だったら名字さんに頼めって今レイジさんが言うんで』
「…………ああ、うん」

レイジさん好き…………。

「うん、丁度今家から出るところだから、なにがいいの?」





             ◆◇



 玉狛支部に戻る道中、何度か監視されているような視線を送られたが本部の誰かだろうと見当をつけて帰ってきた俺は腕時計の針が昼頃を指すのを見て米神を掻く。買ってきた六人分の食事と新商品のデザート、お茶は冷蔵庫にあるのを知っていたのでスポーツドリンク何本かを袋に提げて地下へ降りると、いつもの場所に栞ちゃんがいたので声をかける。

「おっ、名字さんお疲れさんでーす」
「はい、お疲れさま」

袋をソファに置きながら言葉を返すと、袋に気づいた栞ちゃんが「お昼買ってきてくれたんですかー?」と椅子から立ち上がって俺の方に来た。返事の代わりに袋を広げて見せると、目敏い栞ちゃんは「おおっ?」と呟きながらキラリと眼鏡を光らせて新商品のデザートを取った。

「流石名字さん……女子のハートを鷲掴んでくるね……」
「ん? まあかわいかったから、なんとなく」

ひよこの形を模したデザートに俺と同じく心を奪われたのか、四方八方からデザートを眺める栞ちゃんを見ていると、二つあるうちの一つからトリマルくんと眼鏡の少年が出てきたのでそちらに視線を移動させる。
ああ、トリマルくんの後ろでふらふらになってるのがこの前の一件で手柄をたててB級に上がった子、城戸指令から言わせれば、近界民に接触していた隊員。

「あ、名字さん。すいません、頼んでしまって」
「別にいいよー」
「お金はあとで払うんで」
「うんだから別にいいよー、三人のうちの誰かの出世払いで」

近寄ってきたトリマルくんに袋から出したひよこのデザートをぽん、と手渡すと、トリマルくんは頭の上にはてなマークを浮かべたような表情で手の中のひよこを見つめる。隣で栞ちゃんがすでにこの新商品のデザートについて携帯を使って調べてるらしく、トリマルくんとわちゃわちゃしだしたのを横目に眼鏡の少年に笑顔を向ける。

「こんにちは、初めまして。三雲修くん?」
「は、初めまして。えっと……」
「名字名前です、よろしく」

いつものようにヘラヘラ笑ってそう言うと、三雲くんは少し緊張した面持ちで頭を下げると俺を見つめた。
うーん、そりゃそうか。

「俺は玉狛支部にたまに遊びに来る人って思っておけばいいよ、本部所属だし? そもそも訓練生だしね」
「っそ、そうなんですか?」
「うん、だからそんな畏まらなくていいよ」

自分で言っておいてなんだけど、肩書きだけ見たらほんとに場違いなんだよなあ………俺って。なんてことを自虐的に思いながら三雲くんの手にも同じようにひよこを乗せると、俺に何か言いたげな視線を向けてきたので尋ねようとしたが、話の終わったらしいトリマルくんが俺の名前を呼んだのでそちらを振り返る。

「これから何日か訓練室埋まると思うんですけど、」
「あー、大丈夫大丈夫。どっちかっていうとスコーピオン訓練しろって怒られてるところだから」
「そっすか、ならいいんですけど」
「トリマルくんは三雲くん担当なの?」
「まあ、そうです」

後ろで栞ちゃんが他の人達をアナウンスで呼んでるのを見つつ尋ねると、三雲くんが少しばつの悪そうな顔で会釈してきたので視線を意識したが、どうやら自分の力不足を痛感させられたばかりのようだった。まあ、最近まで訓練生で、B級に昇格したのもボーダー隊員の技量じゃないところだから戦闘はまだこれからなのだろう。

「………でもまあ、三雲くんなら大丈夫じゃない? なーんか、色々やってくれそう」

もうすでにやってくれちゃってることも多々あるし、なんて続ければ三雲くんは小さく謝った。謝られるだけだとなんか申し訳ないので「あと、頭良さそう…………眼鏡だし」なんて続けると、アナウンスの終わったらしい栞ちゃんが「呼びました?」と視線をギラギラ向けてきた。呼んでない。
するともうひとつの訓練室から二人が出てきたので、先頭にいた小南さんと目があった。

「あら、あんた来てたのね」

そう言って栞ちゃんのそばによってパソコンでデータを見に行く小南さんに栞ちゃんがデータを見せつつ、ちらりちらりとひよこを主張していた。それに気づいた小南さんがひよこを持ってガン見してるのを眺めていたが、それよりも、小南さんの後ろから出てきた少年に興味があったのでそちらへ視線を向ける。
って、あれ? この子は。

「君が空閑遊真くん?」
「? そうだけど、あんたは?」
「俺は……ボーダー隊員の名字名前。よろしくね」
「ふむ、そちらがよろしくしてくれるのなら」

そう言って俺を見上げる少年に俺はやっぱり既視感を感じ、思わすもふもふと白い頭を撫でる。あ、きもちいい。ちょっと心を許しそう。

「あのさーきみ、この前事故ってたよね」
「じこ? ああ、たしかに。二度ほどじこりましたな」
「二度もしたんだ…………」

隣で三雲くんも「二度……!?」と驚いてるが、事故の方ではなく回数に驚いていると言うことは一度は知っているということか。大変だな、三雲くんも。
近界民だからこちらの当たり前が通じないのだろう。ルールや常識なんかはきっとこれから知っていくことになるのか。
というより、思っていたより緩い空気で驚く。きっとこの空閑遊真くんが緩いからだろう。

「気を付けてね空閑遊真くん、ここは怖いことたっくさんあるから……」
「なんと」
「でも美味しいもがたっくさんあるから、それで帳消し」

そう言って空閑くんの手にもちょこん、とひよこのデザートを乗っけて「これは、ひよこ」と言って微笑むと興味深そうにひよこの目の部分を見つめながら三雲くんにそれを見せた。

「オサム、ひよこはうまいのか?」
「えっ! いや、ひよこはっていうか、それはひよこじゃなくて」

どう説明しようかおろおろしている三雲くんを見て楽しんでいると小南さんが呆れたように俺を見て「相変わらずガキが好きね」なんてヤレヤレと言いたげな顔をしたので、笑っておく。
小南さんと場所を入れ換えるようにして俺はパソコンをチラリと覗き、今までの戦闘データが表示されているらしい画面を見つめる。
へえ、空閑遊真くん、小南さんに一勝したんだ………どんな人生送ってきたのか知らないが、あの年でコレってことは相当経験あるってことか。しかもボーダーのトリガーで勝ったんだろ? ブラックトリガーならもっと強いわけで。

「もう一人の子、来たらみんなで食べて。あとキッチンにもお菓子あるから」

どうやらまだ力試ししかしてないようなので情報もなく、近くにいたトリマルくんの肩を叩いて小さく呟くと、俺が立ち去ろうとしてるのが分かったのか礼を言ってきた。
それを軽くかわしながら廊下を進もうとすると、あの、と声をかけられたので後ろを振り返る。そこには俺を見上げた三雲くんが壁に手をつきながら焦ったような表情で立っていて、関わりの薄い俺は呼ばれた見当がつかなくて首をかしげる。

「あの、勘違いだったらすみません。前に駅から近い路地裏の自販機で飲み物……、ココアをくれませんでしたか?」

駅の近く? あまり行かないし自販機なんて使わないし………。
三雲くんをじーっと見つめて思い出そうと顎に手を当てたところで「あ、」と記憶が甦る。そうか、結構前出くわした喧嘩で殴られてた子かな。暗かったから眼鏡の印象しかなかったけど、あれが三雲くんか………ココアなんてもらった本人しかわかんないしな。

「あ、メガネくんか……あれから大丈夫?」

そう言って笑うと、少し驚いたような視線を向けてから誰かを思い出したのか『既視感』という視線を向けてきたので頭を撫でると、照れたように視線を下げた。
か、かかかかわいい。

「だ、大丈夫です」
「、そっか。ならよかった」
「本当は、入隊してからすぐ名字さんを見掛けて話しかけようと思ったんですが……いつも誰か傍にいたので」
「そうなの? それはなんか、ごめんね気がつかなくて」
「い、いえ」

そんな話をしていると三雲くんの後ろにある部屋の扉から顔を出した空閑遊真くんがこちらを見てきたので、三雲くんの頭から手を離すと、空閑遊真くんは「オサム、お昼えらぶぞ」と声をかける。その声に三雲くんは肩を跳ねさせ返事をすると、俺に頭を下げてから空閑遊真くんに礼を言って部屋へと帰っていった。
そして未だにこちらを見てくる空閑遊真くんに手を振ってみると、小さな手で手を振り返してくれたので少しときめく。

なんだか、偏った報告になりそうだ。
これからブラックトリガー争奪にあの精鋭たちが来ることになると知っている俺は、ちょびっとこの子達に申し訳なくなった。

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