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 空閑遊真くんと千佳ちゃんにとって正式入隊日の前日。俺が仮眠部屋を借りるという名目で玉狛支部に寄ると、何度も顔を合わせ、何度もお菓子という餌付けをしてきたからか引っ込み思案らしい千佳ちゃんも俺に話しかけてくれるようになり「こ、こんにちは。今日はせんぱいたちみんなリビングにいますよ」と照れながら教えてくれた。かわいいな。
そんな千佳ちゃんにお礼を言って肩をポンポンと叩き、リビングではなく仮眠部屋に向かうとうろうろしてる空閑遊真くんに出会う。明日のこともあるので話しておこうかと思って声をかけると、仮眠部屋を探していたらしく目的地が合致してしまうという謎の事象が起きたので案内しつつ俺はベッドに一人寝転がることになる。
何をしに来たのだろうと気になって尋ねると、考え事をしに来たというので出ていこうとしたが、お気になさらずと手で制止されたのでそのまま寝転がることにした。

「明日いよいよだね」
「なまえさんは本部に居るのか? だったら会えるかもしれないな」

窓の前に立ってそう言う空閑遊真くんに、俺はベッドに座ってから隣へ座るよう促す。素直にちょこん、と座る空閑遊真くんがブラブラと足を揺らすので床にギリギリ足が届かない様子を見て微笑んだ。

「俺も明日決戦の日だから、居ないと思う。本当は見に行きたいんだ、二人が話題になるとこ」
「ふむ、決戦とな」
「そう、決着をつける戦いを申し込んだんだ」

なにかとバタバタ忙しい年末年始を終え、落ち着いてきた今なら話せる気がして俺は倉須を呼び出した。呼び出したと言っても俺が倉須の家に会いに行く形になるが、その方が好都合だったので俺はそれを受け入れた。
新斗さんには俺が話すまで会わないでと言ったら、新斗さんは倉須の呼び出しを断ったことがないから緊張すると答えていたけど、それは友人関係としてもちょっと歪んでる気がした。新斗さんはたくさんやることがある時期なのに、知り合ってから一年半経った今でも一度も断ったことがないというのは倉須を最優先に考えていたということ。俺が幸せを感じているときに倉須を支えてくれていたことにやっぱり不甲斐なさを感じたけど、それじゃあ新斗さんは許してくれないので感謝も感じることにしてる。
そんな後悔と新斗さんの気持ちを、明日ぶつけにいく。そう決めた。

「なまえは、人がすきなのか」
「…………人が? なんで?」
「……なんとなく?」
「そうでもないよ、残念だけど」

上手く説明できないとふんだのか、開き直るようにそう言う空閑遊真くんに俺は少し驚かされる。以外と見られてるものだな、と。人が好きというより、自分の廻りにいる人を捨て置けなくなったんだけど、結果的にそういう好意的な受け取り方をされるのなら本望だなとも思った。

「空閑遊真くんは何のためにここに来たの?」
「………それをききますか、そんなにたのしい話じゃないけど」
「そうなの? 俺もそんなに楽しい理由でここに来た訳じゃないからおんなじだね」

自分より幾分か上にある俺の顔を見つめながら話してくれる空閑遊真くんに、別に話したくないなら話さなくていいという意味を込めてそう返すと、空閑遊真は少し考え込んだような視線を向けてから前を向いて口を開いた。
物心つく前から父と共に近界の国々を渡り歩いていたこと。その戦禍のなかで、父の命令を無視して前線に出向いた結果、敵国に協力しているブラックトリガー使いに敗北し瀕死の重傷を負わされ、死を待つのみとなったらしい。けれど、父が自身の命を使って新たなブラックトリガーを創り出し、その機能により特殊なトリオン体を生成する事で生き永らえているとのことだった。その後、それまで協力していた戦争を3年掛かりで終結へと導き、父の友人がいる「ボーダー」に接触するためにここへとやって来たという。
ブラックトリガーが空閑遊真くんの父親だというのは聞いていたが、こういう過程だとは知らなくて思わず絶句する。

「………つまり、常に生身の体じゃないってことだよね」
「そういうことになりますな」
「それをどうにかしようと思ってきたんだ」
「………いや、そうじゃない」

ああ、父親の方をどうにかしようとしたのか、そうか。

「でもそれはどうにか出来ないことらしくて困った」
「ふうん、じゃあ今は違う理由でここに居続けてるんだ」
「ほう、察しがよいですな」
「なんのため? 」

そう尋ねてから顔を覗き込むと、視線で二人の名前が読めた。そうか、うん、一番最初のときの理由よりホッとする。二人に気を使ってるのか言葉にはしてないけど。
そんなことを思っていると俺を不思議に思ったのか空閑遊真くんがじっと俺を見上げていた。

「そういえばなまえ、サイドエフェクトあるんだってな、こなみ先輩が言ってた」
「お、小南さんがか」
「どんなサイドエフェクトなんだ?」

単なる興味で聞いているらしい空閑遊真くんだったが、すべてを話してくれた手前此方だけ嘘をつくのはフェアじゃないと感じた俺は誤魔化さずにサイドエフェクト『視線干渉』を説明する。だからってすべて話す訳じゃない。向けられてる視線を読める、他人から他人のも視界に入ってれば読めるとかいう表面的なものくらいだ。
俺の答にふむふむ、と顎に手をあてて考える空閑遊真くんは「そんなものまであるのか」と一人呟いた。いや、噂のレプリカとかいう自立型トリオン兵に尋ねたのかもしれない。

「元々これは俺のじゃなくて、兄のなんだ。このブラックトリガーの人の」
「、なまえはC級だろ? ブラックトリガーもってるやつはS級になるって言ってたぞ。誰が言ってたかはわすれたけど」
「よく知ってるね。俺はS級になりたくなくて、でもこれを扱える適応者は俺しかいないから特別にC級のまま使わせてもらってるんだ。本部所属だから許されてるようなもんだね」
「ほう……おれ、むずかしいことはさっぱり」
「俺もだ」

空閑遊真くんと話していると時がほんわか流れていくから不思議だ。
訓練している姿を何度か見てて、そういうときは全然ほんわかしてないのにな。まあ戦ってるときにほんわかしてたら負けるから言葉のあやだけど、別人かと思えるほどの差だ。
空閑遊真くんとは縁側であったかいお茶を飲みながらお話しするのが似合うなあ、なんて思いながら想像していると、視線を向けられた。

「何でボーダーになったんだ?」
「ん? んー、」
「おれもはなしたんだから、言ってよ」
「それは勿論だけど、どう説明しようかと思ってさ」

俺はあのときのことをぼんやり思い出しながら何を言おうか迷ったけれど、結局この右腕についているアキちゃんのブラックトリガーが引き金になって俺はここにいる。
そんなことを思ったけれど、結果だけを言うのは空閑遊真くんの話とは釣り合わない気がして、迅に前に話したときよりかはずっと短くして話した。アキちゃんとの関係、アキちゃんとの事件、生きる役割のこと。
それをこの年の子に言うのも憚られたが、あれだけのことを経験している人に対して子供扱いをするのもなんだと思ってかいつまんで話した。

「ふむ、それはそれは」
「でもこんな風にここにいるのは、俺が死ぬからなんだよね」
「死ぬ? なまえが?」
「そうそう。そういう未来を教えられたから、覆すためにこんな形になってここにいて、頑張ってます。まだこの事はそれを視た迅を含めて二人しか知らないけどね」

へらへら笑ってそういうと、未来という単語で迅の名前を浮かばせた空閑遊真くんはまた考えるようにしていたが、俺の方を向くと小さな頭を下げた。えっ。

「話してくれてありがとう、」
「え? いやいや、こっちこそだよ。なんか変な話になってごめんね」
「変? べつに変じゃないだろ」
「そう、なら良かった」

そう言って空閑遊真くんはベッドからぴょん、と飛び降り、時計を指差して「もうすぐおやつの時間とやらだ、なまえも来るんだろ?」と言う空閑遊真くんに、俺は同じように立ち上がってからもふもふと白い髪の毛を撫で付ける。そういえば俺、何で空閑遊真くんってフルネームで呼んでるんだろ、と今頃になって気づいた俺は鼻の頭を掻いてから提案してみる。

「ね、遊真くんって呼んでいい?」
「もちろんですとも」
「良かった」

俺は断られなかったことに安心して笑い、仮眠部屋の扉を開けて遊真くんを先に出す。俺のその行為に「どうも」と少し頭を下げてから通る遊真くんがかわいくてまた頭を撫でる。迅は遊真くんとか千佳ちゃんとか、俺の後輩でもあるだろって言ってたけど、後輩じゃなくてもいいや、かわいいから。でもちょっと、先輩って呼ばれてるのはいいなと思った。
そんなことを思いながら二人でリビングに向かうと、テレビの前のソファに座ってドーナツを食べている三雲くん、小南さん、トリマルくん、迅がいた。レイジさんと千佳ちゃんが居ないってことは訓練かなと思ったが、迅がいるとは思わなくて驚く。

「迅さん、今日はいるのか」

そう言ってから三雲くんの隣に座った遊真くんと全く同じことを思っていた俺は、うんうん、と頷き、それに気づいたトリマルくんが「俺たちと同じこと言ってますね」とドーナツを持ちながら言った。
なんだ、みんな同じか。
そんなことを思って俺も空いている席に座ろうとしたが、明らかに一つ浮いている視線を向けられたので周りを見る。いや、見る必要もなく、それは目の前にいる迅だった。『驚き』だなんて向けられることしてないけど、と思って意識しようとしたがそれよりも早く迅は立ち上がると俺の腕を引いて扉の方へと歩き出した。

「あー、おれたち用事あったの思い出したからちょっと出るなー」

そんな棒読みの台詞を皆に聞こえるように言ってから扉の外に俺を連れ出すと、ずんずんと廊下を歩いていくので俺は混乱する。というか掴まれてる腕を意識しそうでいやだ。ぶんぶん、と頭を振って耐えていると、迅の部屋に辿り着いて引き入れられた俺は、昼下がりの日光がぼんち揚の箱に当たっていて少し心配になった。ぼんち揚の安否が。
そんなことを考えているとも迅は露知らず、俺から手を話すと至近距離で俺の顔をじっと見つめてくる。
呼吸するのが憚られる距離で一瞬恥ずかしくなったが、未来を視られているとわかった俺は目を細めて予想する。

「なんで、そんなことになるの」

俺から離れて言った迅の第一声がそれだった。
それは明らかに良いものではなくて不安に思った俺はどういう意味か問いかけようと思ったが、また腕を引かれて言葉は中断される。そしてそのままベッドの方に引き寄せられたと理解すると、何かを言う前に押し倒された。
視界がぐるっと回り、えっ、えっ、と心が動揺しているのに言葉には一切でないくらい呆然としている俺は、すぐ上にある迅の顔を見つめ、向けられた『嫉妬』の視線を受けて初めて「え?」と声を出した。
顔の横についた迅の手を変に意識したり、背中にあるベッドが迅のものだともう一度理解していたのも束の間、その手が曲げられて肘をつかれたことで距離が縮まる。

「なにがあった? おれと最後に会った日から」

そう言って青い瞳で俺を見下ろす迅の髪が俺のほほに触れていて、けれど真剣に見つめてくる迅の視線が痛くて、俺は無意識にベッドのシーツをつかんでいた。何があったかなんて、何の未来を見て言われているのか聞かなくたってわかる。倉須と新斗さんのことだ。前に会ったときは視えてなかったのだろう。
言いたくない、これは俺の後悔だから。
俺が俺の幸せを選んで生きて誰かをないがしろにしてたなんて知られたくなかったし、俺の幸せのなかには迅もいたから、それを後悔してるなんて言いたくない。けど、言いたくないって言ったなら、迅はどう思うだろう。俺のことを好きって言って明日の未来を視て嫉妬してくれてる迅は、悲しまないだろうか。
どっちに転んでも悲しませることしか出来ないのだろうか。

「迅、ごめん、変なの見せて」

シーツを握るのに力の入っていた手を離し、迅の頬に手を当てて名前を呼んで謝る。好きと言えない、全部伝えることも出来ないけど悲しんで欲しくないし離れてほしくない。俺のサイドエフェクトを貸してあげられればいいのに。
我が儘ばっかり頭に浮かび、結局誰も幸せになってないのではないかと思って苦しくなった。
迅が視た未来は想像がつく。俺はずっと考えてきたことをきっと明日実行に移すから、俺の視点でそれを視たんだろう。これが俺の死ぬ未来にどう影響するのかまではわからないけど、良くなる未来が変わらないことを祈って、良くない現状が変わることを祈って行動するしかないんだ。これを上手く迅に伝えるには、何て言えばいいのかな。
そんなことを一人で考えていると、迅は上半身を起こして俺の上に乗る。その光景を客観的に見たときに既視感を覚え、この人はやっぱり明日の未来を視たんだと確信した。

「、じん、」

好きだよ。
そんな思いを込めた俺の言葉を聞いて、迅は俺にゆっくり触れる。去年の誕生日、言われたことを思い出す。名前で呼ばれたことも迅から初めて言われた言葉も、俺はあの瞬間のことだけは絶対に忘れたくないと心の底から思った。
そう思っていると迅は俺の上で小さく呼吸してから眉を下げつつ、ぽん、と俺の胸を叩くと俺の上から退いてベッドから降りる。
迅はすごい、自制がすごく利く。それはサイドエフェクトを幼い頃から持っているから? 俺は全然だ、自分が苦しいと周りが見えなくなるし泣いてしまうのに。
俺はそんな迅に何も返せてない。
愛も言葉も、未来も。何もあげられてない。

「…………信じてるから」
「、え」
「おれは、名字のこと信じてるから。だから待つんだ」

迅はへらへらと笑ってそう言うと、自分の部屋から出ていってしまった。顔は笑ってて、視線も穏やかで、本当にそう思って言ってくれてるのが分かった俺は一人迅の部屋でくうを見つめる。
前に言ったことがあったっけ『俺を信じろ』って、俺も迅を信じてるから、お前も俺を信じろって。あれは本部の屋上に居たときだっけ。
好きだ、信じてる。
色々なものを与えてくれて色々な言葉を俺にかけて、幸せにしてくれているのに、俺は、全然返せない。恩も愛も返せない。それが今はなにより辛い。

「…………、しにたくない」

祈って行動してる場合じゃない。そういう未来に行くように努めて行動しなきゃダメなんだ。
幸せになりたい、生きたい。思ってるだけじゃダメだろ。
早くこんな現状終わらせよう、倉須と新斗さんが幸せをつかんで初めて俺も自分の幸せを感じていいのなら、明日にかけよう。
俺がすることに迅は嫉妬をしてくれたけど、やめろとは言わなかった。

やってやろう、と、深くそう思えた。

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