10



 俺は結構夜の公園が好きだったりする。
昼子供たちに見せる明るい面ではなく夜の静まった空気の中で停滞するわけでもなくそこに存在し続ける感覚、そんな昼とは異種の面が俺には心地いいと感じる。
そんな夜の公園で、俺と平和島は向かい合って立っていた。
セルティの作った雑炊を完食してから、新羅の家から追い出される形で平和島と俺が出た。それは、新羅に陰で「僕とセルティの夜に静雄と二人でこれ以上割り込む気かい?」と言われたからだし、平和島との約束もあったので仕方なく一緒に家を出ることになっただけで、別に俺と平和島が悪事を働いて追い出されたとかそういうわけでは決してない。
それから新羅に追い出された俺たちは鞄を持ちながら無言で歩いてたわけなんだけど、俺は平和島に「時間あるか?」と言われたってことは話があるのかもしれないと勘くぐったので近くにあった公園に誘ってみた。

「…………」
「…………」

怪我して出たであろう血が制服の袖部分に付いている平和島はオレンジ色の電灯に照らされていて、なんだかヤンキー漫画とかに出てきそうで笑えない。平和島がしている指を折って何かを数えている姿すら、何か深い意味があるように見えてくるから本当に笑えない。

「平和島」
「あ?」
「…………」
「、あー……わり、考え事してた」

ドスのきいた平和島の声に一瞬肩を跳ねさせてから思う。これはいけない、このままだと俺が可哀想だ。俺の左の胸奥辺りが泣いてるよ、うん。

「…………あれ乗ろうよ」

俺は少しでも癒しを求め、それぞれゾウとパンダの絵が描かれたゆらゆら揺れる遊具を指差し、平和島の返事を待たずに俺だけそれに向かってジャリジャリと公園の砂を踏む音をたてて歩くと、後ろから付いてくるように砂を踏む足音が聞こえたのでホッとする。


「…………」
「…………」


俺が無言で鞄を地面に置いてからパンダの遊具に乗ると、隣で平和島も倣うように無言でゾウの遊具に鞄を立て掛けてから、ソレに乗った。そしてそのままゾウの頭の部分に腕を置いて、その上に自分の顎をのせて俺を見てきたので俺は思わず目を見張る。

「、平和島……………」

なんだこの出来上がってる感。
金髪長身で腕に血が付いているやつがこの可愛らしいゾウの遊具に乗ることで、何もかもが完成されている気分になる。言うなれば、ヤンキーが捨て猫を拾った時と同じ感覚。なんだこれ、感動する。
と、言えるはずもない俺は、続けて「……話があるんでしょ?」と、真面目な顔で平和島を見て話を促す。

「……………名字に言わなきゃなんねーこと、数えてたんだけどよ」
「…………うん」
「聞いて、くれるか」

そう言ってから平和島が上体を起こして続けたので、俺が頷いてから話に耳を傾けようと隣の平和島を見つめると、終始居心地悪そうに視線をさ迷わせていた平和島も俺を初めてじっと見る。

「……その、悪かった」
「?」

いきなり俺の方に体を向けて頭を下げてきた平和島に驚きながら首を傾げると、平和島は居心地悪そうに顔をあげた。

「…………自販機ぶつけちまっただろ」
「あー、あれ、」
「…………ずっと謝んなきゃいかねえって思ってたんだけどよ、なんつーか……怖かった」
「怖かった……?」

俺が平和島を恐れることがあったとしても平和島が俺を恐れることなんて一つもないだろうに、なんて考えていると平和島はゾウの頭に手を乗っけて気まずそうに続ける。

「次の日から何日か、お前休んだろ。そんくらい、来れねえくらい酷い怪我負わせちまったのかって……怖くなった」

低く小さく呟くその平和島の言葉に、俺は思わず眉を寄せるが、すぐに見られないように平和島から顔を逸らしてパンダの遊具を揺らし、キーキーと俺の揺らす遊具のおとをBGMに平和島が小さく呟くのを聞いて俺は揺れを足で止めて考える。
つまるところ、平和島は俺自体に恐怖したんじゃなくて、俺に怪我を負わせた゛自分の力の強さ゛に恐怖したんだ。
ただ言葉足らずなだけで、平和島自身もそれに気付いていると思う。
ずっと平和島自身俺に謝りたくても、また平和島が俺に近付くことで傷つけるんじゃないかって、自分の力の限界が分からない自分に恐怖したり怒りがわいたりしたりしたのかな。そして、そんな恐怖とか怒りでまた俺や誰かを傷つけたりするんじゃないかってことを理由に謝れない自分を嫌いになって、そういう悪循環が起こっていたんじゃないかなと思う。
そして、そんな風に考えてしまうことにすら苛立つのかもしれない。

「、新羅から聞いた」
「なにを?」
「名字が今まであのクソ野郎に目ェつけられてたって。俺全然知らねえし、おまえが刺されて寝てるときに初めて聞かされて……………あー…………ほんとバカだよなあ。なんでもっと早く名字の近くに行けなかったんだって、なんでもっと早く謝って守ってやれなかったんだって……ずっと後悔した、し、きっとこれからもし続けるだろうよ」
「…………そう」
「謝って済む問題じゃねえけど……本当に悪かった」

ぽつりぽつりと話す平和島は、また俺に頭を下げて謝る。







「……俺としては、まったく気にしてないんだ」

そんな平和島の旋毛を見つめながら、できるだけ明るいトーンで軽く言うと平和島は俺の声に顔をあげる。

「けどさ、これだとやっぱり平和島は納得できないと思うし、平和島が悩んだり後悔してきた時間を無駄にするってことじゃん」

あえて疑問文ではなく断定した意味合いで言うと、平和島は黙って俺を見る。

「だからさ、俺は平和島を "許す"よ」
「…………」
「平和島が自販機ぶつけてきた事実も、平和島が平和島自身に恐怖していて謝れなかったことも、折原のことも……………はい、今俺は全部許しました」
「、名字」
「だからさ、俺もひとつ言わせて」

なにか言いたげに前のめりになる平和島の言葉に被せてから俺は浅く呼吸をひとつして、さっきの平和島のように夜空を見上げて言葉を続ける。


「……ごめん、悪かった」


見上げていた顔を下ろして平和島の顔を真っ直ぐ見る。けれど、この事に関しては頭を下げて謝ろうと思わない。なぜなら、ここで頭を下げて謝ることは、自分の存在を否定することと同義だから。いきなり謝っていた相手に謝られた平和島は、瞬きを何度か繰り返してから「は?」と小さく反応して俺を見る。

「一つは、平和島を誤解してたこと」
「誤解…………?」

小学生の頃もそんなに話したことはなかったし、いつも何かしらに怒っては物を壊して自分の体も壊して入院していたし、高校に入ってからもあんなことがあったりして話す機会がなかったから全然平和島のことを知らないでいた。だから、もっと暴力的な考えの持ち主で、相手の気持ちやら立場やらを考えない奴なのかと思っていたし、単純に怖かった。
けれど実際こうやって話す機会を設けて、平和島の話を黙って聞いていたら、俺の今までの印象付けが愚かだったことがわかる。

「もっと暴力の塊みたいなやつだと思ってたんだけど、違った」
「…………」
「……平和島って、すげえ優しいやつなんだなってやっと知った」


俺が目を細めて笑いながら言うと、平和島は驚いたように目を見開いてから、気まずそうに前を向いてゾウの遊具に乗り直した。
そんな平和島の照れ隠しに気付きながら俺は言葉を続ける。

「二つ目は…………俺自身のこと」

そう呟いてから自分の膝の上に置いた手の平をじっと見て、鞄に入っていた筆箱からカッターを取り出した。カチカチとカッターの刃が出る音を静かな公園で鳴らして、電灯に照らされた刃を平和島に見せる。

「ここにカッターがあります」
「…………?」

俺がガサゴソと鞄を漁っていた音で此方を向き直した平和島に見せ付けるようにカッター刃を上に向ける。

「そして、これで腕を切ります」

そう言って俺は左腕の制服を捲ってから手のひらを上にして、丁度腕の皮膚が薄い部分へ縦にカッターで切り込みを入れる。こういう言い方だと料理してるみたいだなあ、なんて思いながら滴った俺の血液が砂利の地面に染み込んでいくのを見つめる。

「、なにしてんだ」

取り乱すことなく俺の行動に眉をひそめる平和島に俺は見てれば分かるよ、というニュアンスを含めて傷を見せる。
一分くらい経ったところで血が滴たらなくなってきたので、俺は分かりやすいように学ランのポケットに入れておいたティッシュで傷周りの血を拭いた。

「そろそろかな」

血を拭いたりティッシュを戻したりなんかしてたら、俺のいつもの感覚が傷の辺りに広がってきた。少し熱を帯びて痛みが不自然に消えていく感覚、傷を負った事実ごと消されていくような感覚を。

「…………、なんだ?」

俺の腕をじっと見ていた平和島が聞こえるか聞こえないかの掠れたような小さな声で呟いたのを聞いて、俺も自分でつけた傷に集中する。
すると、傷が端から゛消えていく゛のがありありと分かる。
まるで無かったことになるように、傷痕も残らないように、ただ消えていく。全て傷が消え去った腕をヒラヒラと揺らして見せると、平和島は驚いているような怒っているような表情で俺を見つめた。

「つまり、俺は普通じゃない……………゛化け物゛と言ってもいい。だから、平和島に俺が傷の罪悪感を抱かせちゃったことは本当に申し訳無いと思ってる」
「…………」
「…………ごめん」

俺がそう言いながらうつむいて左腕の袖を戻しカッターを鞄へ仕舞うと、平和島は真剣な眼差して俺の行動を見つめて口を開いた。





「それはお前、謝っちゃいけねえことだろ」
「…………ん?」
「だってよ、お前がそれを謝るってことは自分を否定することなんじゃねえのか」

真面目な顔で空を見つめる平和島の横顔を、俺は少し目を細めながら見つめる。そうさ、俺は化け物だという自分を否定したいんだ。それが叶わないことも分かってるけど、全面的に肯定することもしたくない。

「つうか、じゃあなんであの次の日休んだんだよ」

下を向いたまま黙り込む俺に、多分平和島は顔だけを俺に向けてそう訊ねた。平和島が今どんな表情で俺を見てるのか、確認しようかと思ったけど、いいや。

「…………あれはね、決めてるんだ」

大きな怪我をして、且つそれを誰かに見られていた場合、俺はその次の一日は家から出ないことに決めている。それは俺自身が自分の変な身体のつくりを知ってから決めたルールでもある。
考えれば当たり前のことだと思う、すげえ大怪我した奴が次の日無傷で顔を見せてきたら、それはそれは異端で気持ち悪いし、それこそ普通じゃないことが明るみになってしまう。ほら、平和島が折原の企みで車に轢かれた次の日、普通に登校してきたことで一気に噂が広まったのが良い例だよ。


「俺は少しでも、自分が化け物だって知られたくないんだ」


俺が俯いたまま小さく答えると、その言葉を聞いた平和島が俺にてを伸ばしてきたのが見えた。
何をされるのか見当もつかなかったのでとりあえず来るであろう平和島の手の感覚を待っていたけれど、何時までも触れてこないので恐る恐る頭をあげようとすると、後頭部に何かが当たった。その当たった物を確認しようと頭をあげきるとそこには不自然に手を引っ込めた平和島がいて、俺は何秒か後に理解する。
……………多分今頭に当たったのは平和島の伸ばしてきた手で、つまり平和島は俺の頭に触れようとしようとしたんだろう。けれど、平和島は自分の力に恐怖したり嫌っているから、また俺を傷付けるのかもしれないと思って躊躇したんだ…………ってあれ、なら殴るっていう選択肢は無いのかな。
そんなことを考えながら自分の後頭部に触れていると、平和島は何か言いたげに唸ってきたので平和島に視線を戻す。

「わりぃ、その……」
「…………?」
「…………俺、我慢すんのはやめたんだ」

平和島は少し笑ってゾウの頭の上で頬杖をついた。

「出来ねぇことを我慢する必要はねぇ、だったら力解放してりゃいいじゃねぇかってな」

そう話す平和島を見て、どこか羨ましいなあと感じる。俺にはまだ捨てきれてないものを平和島が捨てているのを感じて、少しだけ、ほんの少し嫉妬する。
俺と平和島は似ているけれど似ていない、そう思った。

「だから、名字は俺みたいになるなよ」

頬杖をついて真っ直ぐ前を見つめながら俺に言葉をかける平和島が、俺の何歩も先にいるようで焦る気持ちも生まれたけれど、同時に、平和島の優しさも感じ取ったので俺は自然と笑って「ありがとう」と言葉を紡ぐ。
俺のお礼に平和島は「……俺も、サンキュな」と言ったかと思うとゾウの遊具から降りて先に歩き出したので、俺はさっきより近くて、少し遠く感じる平和島の背中を追うように俺もパンダとお別れして、公園を出る。

「ねえ、そういえば……俺がナイフで刺されて気失ってた日のこと覚えてる?」

平和島の横にならんで歩きながら問い掛けると、平和島は一瞬考えるような素振りを見せてから「ああ」と小さく返事をする。
あのリンチされた挙げ句、腹と背中を刺されて門田の目の前でぶっ倒れたあの日。その次の日の折原からの電話によって知った平和島の存在を、そういえば確かめてなかったなと思い出したから聞いたんだけれど。

「俺の所に来たらしいけど、何か用あったの?」

新羅が言うには、寝顔ガン見してたらしいけど、何か理由があるのだろうか。
そう考えながら平和島の顔を見上げると、平和島は自分の頬を掻きながら居心地悪そうに視線を逸らして口を開く。

「仕返しだ」
「仕返し……?」
「……屋上で名字が俺の寝顔、ずっと見てたみてぇだから」
「、あー」
「…………それだけだ」

少し恥ずかしそうにする平和島に若干の戸惑いを感じながら、あのときのことを思い出して死にたくなる。主に自分の発言とか。

「そんなんなら…………写真でも撮っておけば良かったよ」
「……俺の寝顔のか?」
「うん…………、あ、別に深い意味はないんだよ!」

一瞬流れた違う種類の空気に、焦ったように否定する。
ホモとかじゃないし、折原みたいに悪用しようとか考えてないからね。

「あぁいや、そうじゃなくてよ」
「ん?」
「俺は撮ったけどな」
「…………は、え、へえー……ん?」

平和島の口から出た言葉に俺は戸惑う。戸惑いすぎて平和島が何を言っているのかも分からないし、自分が何を言っているのかも分からない。

「とったっていうのは、俺の寝顔?」
「おう」
「おぉう……」
「それに、なんか……お前の」
「ちょちょちょ、待って、これ以上俺を照れさせることじゃないよね?」
「……?」

思わず立ち止まってまで制止する俺に、平和島はキョトンとしながら首をかしげる。なんて怖いやつなんだ平和島。今だから思えるけれど、あれは折原が俺と平和島と鉢合わせさせようと企んでやった結果なんだよね。
そんなことを頭の片隅で考えながら、緊張ぎみに平和島の言葉を待つ。

「ただ俺は、お前のことを片時も忘れねえようにって」
「………………? それは、どういう」

意味、と続けようとしたところで平和島は会話を遮断するように歩き始めた。

「え、平和島?」
「…………わり、なんでもねえ」

そう低いトーンで言う平和島に黙るしか術が無くなった俺は、息を吐いて「そっか」と呟いて平和島の隣を歩いた。
それから俺たちは一度も話すことはなかったけれど、平和島は何かを考え込んでいただけで重たい沈黙があった訳でもなく、別れるときに一言交わして俺たちはそれぞれの家路についた。

TOP