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 真っ赤な色をした出汁が新羅と二人で買ってきた鍋の中でくつくつと煮られているのを見てから、俺はじっとその湯気の奥にいる人物を見て「どうしたこうなった」と考える。
セルティが『一度作ってみたかったんだ、トマト鍋』という文字が打たれたPDAを俺に見せてから、俺を含めた三人分の取り皿をそれぞれ各人の目の前に置いてから俺の隣に座る。

「どうして僕の隣じゃないんだセルティ!」

ただ空いた席に座っただけのセルティの行動に新羅がワザワザ立ち上がって言うもんだから、俺が素早く「顔がよく見えるからいいじゃん」とフォローをいれると新羅は「……それもそうだね」と納得して箸を持った。自分の順応性の高さに少し悲しくなる。

『助かった』
「いいよいつものことだし。セルティにはお世話になってるし」
『いや、鍋もプレゼントしてくれたじゃないか』

セルティが遠慮がちにPDAを見せてきたので、俺も箸を取りながら「いいのいいの」と言って問題の人物を横目で見る。


「ほら、静雄も遠慮しないで取りなよ」


新羅の言葉に問題の人物である……………俺の目の前にいる平和島は「……おう」と小さく呟いて鍋をつつく。それを見てから俺も鍋からウインナーとキャベツを取り出して、もう一度「どうしてこうなった」と考える。


ことの始まりは俺と新羅が鍋を買って帰ってきたところからだったと思う。
セルティへ日頃のお礼と俺の身体を回収してくれていたお礼に七千円で買った土鍋を渡すとセルティは嬉しそうに受け取ってくれて、そんなセルティを見て高くても買って良かったなあなんて思っていると『これからトマト鍋を作るんだ、食べていきなよ』とセルティがPDAで食事に誘ってくれた。
それに対して俺は一度遠慮して断ったけれど、新羅も珍しく食べていきなよと言ってきたので、俺自身トマト鍋に興味が湧いていたこともあって素直にご馳走になることになったのだ。
それから、家で自炊している俺も何か手伝えるかと聞くとエプロンを借してくれたのでセルティの隣で下ごしらえをしていたら、ピンポーンと予定外にインターホンが鳴った。セルティを見てニヤついていた新羅が「はいはーい」と若干めんどくさそうに玄関へ向かったのを視線だけで追ってから下ごしらえに戻ると、新羅が「どうしたんだいそれ…………!」と玄関の方で驚いた声をあげたのが聞こえたので隣のセルティと首を傾げ合った。そして、すぐに新羅と腕がぱっくり切れた平和島が部屋に入ってきたのを見て、セルティは慌てて新羅と平和島のいるリビングへ行ってしまった。そんなセルティの優しい姿を見てから下ごしらえの続きをしていると不意に新羅から「名前タオル持ってきて」と名指しで頼まれたので、持っていた包丁と切っていたナスを置いて洗面所に走るしかない。

「まあ、何故か全然出血してないんだけどね。多分静雄のガッチガチの筋肉がこのくらいの傷なら出血すら止めてしまうのかな、確かにメスも通らないレベルに達してる訳だから…………」

平和島の身体を説明しだす新羅の言葉を聞き流しながら、俺の持ってきたタオルで傷を押さえられてソファに座ってる平和島を見下ろすと、その平和島が驚いた表情で俺の名前を呼んできたので俺も見下ろしたまま首を傾げて「何?」と反応する。けれど何故か平和島は俺を見つめたまま動かないし、沈黙のなかでセルティが俺と平和島を交互に見てくるので「どういうことなの…………」と状況のつかめない俺が呟くと、新羅が「名前のエプロン姿に見惚れてるんじゃない?」と冗談でも助け船を出してきてくれたのでそれに構わず乗りかかった。

「男前な平和島が見惚れる男なら、俺がかっこよくないと可笑しいでしょ」

鼻で笑いながら自虐することで新羅の言葉に乗り掛かると、その新羅と平和島が黙って俺をじっと見てくるので、ばつが悪くなった俺は逃げるようにキッチンへ帰り新羅が平和島の治療に専念している間に俺とセルティの二人で鍋を完成させた。
そして、ガスコンロを机へ置いたり箸を用意したりして、俺は先に椅子に座っていたら俺の預かり知らぬところでいつのまにか平和島も参加することになっていて、それからなんやかんやで、今の状況に至る。


 取り皿にあるウインナーを箸で掴みながら湯気越しに静雄を見ると、平和島が俺の視線に気が付かないままパクパクとそして黙々とキャベツを口に運び込んでいくのを見て、何となく小動物を思い出した。
俺もそんな平和島を見てから初体験のトマト鍋に舌鼓をうっていると、新羅が沈黙を破るように「そういえば」と声をあげた。

「僕たち、三人同じ小学校じゃないか」
「そだね」
「そういや、そうだな」

思い出したように言う新羅に短く返事をすると、平和島も思い出したように同意した。その様子にセルティが戸惑ったようにPDAで文字を打ち『そうだったのか!?』と、今更知ったらしい事実に驚く。

「言ってなかったっけ?」
『聞いていない』

箸の先をくわえながら言う新羅に、セルティはヤレヤレとでもいいたげに肩をすくめた。

「名前は静雄と同じクラスになったことがあるよね」

鍋を突っつきながら俺に視線を向けてくる新羅に肯定してから「新羅と同じときにね」と続けると、俺の言葉に反応するように平和島が小さく「マジか」と呟いた。
そういえば、あの頃の俺はまだ自分が化け物だと気付いていなかった。それはまあ、その当時大した怪我も病気も負ったことがなかったからでもあるし、かすり傷がすぐに治ったとしても、若いからね、で全て片付けられていたしそういうもんだと俺も思っていた。
だから同じクラスの、キレる度に机ぶん回したり器物破損を繰り返す平和島を見て普通に恐怖したし同じ種類の生物だと思えなかったし、その平和島にえらく絡む変人新羅にも少し引いていた。
けれどそれから何年か後に俺が自分を化け物だと知った時からは、クラスは変わっていたけれど、二人に対して何も思わなくなったし、むしろ平和島に至っては勝手に親近感すらわいていたんだけど、それを今話す必要もないので口をつぐむ。

「んー、話したことなんて数えるくらいだけどね」
「そうだっけ?」
「…………覚えてねえな」

そんな曖昧な記憶な二人に「そりゃね」と箸を進めながら言う。

「話したのも些細なことだし、何より二人とも目立ってたから話せなかったし」
「え? そうなの?」

また箸をくわえながら素っ頓狂な顔する新羅に頷く。話したいとも思ってませんでしたけどね。

「平和島はまあ…………いいとして、新羅は変人だったから」
「えー?」
「友達少なかったのが何よりの証拠でしょ」

変人、というアバウトな説明を加えても新羅は納得いかない顔のままだったので、仕方なく追い討ちをかけると、新羅ではなく俺の隣のセルティが『なるほど』と納得した。
セルティの相槌に反応する「ちょっとセルティ?」という新羅の声を聞きながら黙々とナスを食べていると、向かいにいる平和島が「俺も居なかったな」と小さく呟いた。

「それは君が怖いからでしょ」

その平和島の呟きを聞き逃さなかった新羅が臆することなく、というか何も考えないままに平和島に笑って言うと、その当の平和島は漆の箸をバキッと勢いよく折った、折ったっていうか握り潰した。

「…………」
『…………』
「…………」

平和島を抜かした三人が箸の亡骸を見て沈黙していると、その箸を葬り去ったことで怒りをおさめた平和島が「あ、わり」と大した悪びれも無さそうな声色で呟いたをセルティは聞いて、ガタッと椅子を倒すか倒さないかのレベルで立ち上がると『気にしないでくれ!』と、平和島の怒りを少しでも抑えようとしているのかこれ以上怒らせないようにしているのかあるいは両方なのか分からないけれど、平和島の手から折れた箸を取って新しい箸を素早く渡した。

「うんうん、そうだよ。今度から静雄くんは割り箸でいいね」

箸を進めながら納得している新羅も、そんなセルティのナイスプレーに続くのかと思いきや配慮の欠片もないことを言い出したので、俺は咳き込みながら思考を回転させる。

「トマト鍋もいいけど、今度は違うのも食べてみたいよねー」

すかさず俺が何食わぬ顔で言うと、焦ったようなセルティが『そうだな!』と乗ってくれた。新羅は平和島のこういう態度に慣れてるのかもしれないけど、俺とセルティはまだそんなに平和島と関わってきてないからね?

「…………というか今思い出したけど、名前もなかなか有名だったと思うんだけど」
「…………俺?」

KY筆頭の新羅が鍋からナスを取り出しながら予想外のことを言ってきたので、俺も鍋からキャベツをとりながら復唱するようにしか反応出来ない。

「だってほら、あだ名があったじゃないか」

眼鏡を湯気で曇らせながらそう言う新羅にあだ名の見当がつかない俺は「知らないけど」と返したけれど、新羅の隣にいる平和島も新羅の言葉にこくり、と小さく頷いていたので驚く。

「俺と同じクラスだっておぼえてなかったのに、それは覚えてるの」
「まあ…………納得できる名前だったしな」

平和島の中で俺の存在より印象的だったあだ名というものに興味が湧いてきたので箸を止めて聞くと、新羅は視線をちらっと天井に向けてから笑って「なんだと思う?」と逆に質問してきた。

「えー…………わかんない、なにかな?」

その当時の自分が周りからどう見られていたかなんて覚えてる……というか、考えたこともなかったのでわかるはずもなく、助けを求めるように隣のセルティに聞いてみるとセルティは『そうだな…………』と打ってから特に悩む時間もなく『子供』と言ってきた。

「うんまあ…………子供だけどね? まあうん」
「…………それってつまり、見た目が子供ということではないんだよね?」

セルティの言葉にどんな反応をしたらいいか分からないでいると、新羅がPDAの言葉を見て瞬きしながら聞く。

『母性本能的な意味でだ!』

俺達の雰囲気を察したセルティが慌ててPDAを突きつけてきたので、俺は「……小学生のうちから同年代に母性本能抱かれたら、ヤバイでしょ」と返す。


「今でこそ男女に避けられてるけどね」
「……新羅もじゃん」
「昔の君はあんなに輝いていたのに」

俺の言葉に新羅はそう言って溜め息を吐くと、ヤレヤレとでもいいたげな視線で俺の方を見てきた。なんだなんだ、意味が分からない。






「正解は、王子様でした」
「…………おぅじさまぁ…………?」

その予想外に恥ずかしい響きに思わず顔を覆うと、新羅が「セルティもそう思うかい?」と呆れたように言ってるのを暗闇のなかで聞いて、多分セルティが新羅に何か言ったんだなあと考える。

「さあ王子様、どうだい気分は?」
「いやいや、何で王子様?」

納得がいなかい俺は自分の手を退けてからそう新羅に質問する。

「それはまあ、顔がいいからだよね」
「……………顔」

あっけらかんと言った新羅の言葉に唖然としていると「ご馳走様でした」と普通に新羅が言い出したので、はっとして現実に戻ると、鍋にはいつの間にか具が無くなってて、セルティも話を聞いていたので気付かなかったのか『あ、あぁ』と打ってから『雑炊作ってくるよ』と鍋を持ってキッチンの方へ行ってしまった。
雑炊という言葉に熱を出したときのことを思い出したけれど今はそれよりも取り皿を空にしなくてはならないな、と箸を進めると、新羅が「なんの話だっけ?」と切り出してきた。

「名字の顔の話だろ」

平和島もいつの間にか食べ終わってたらしく、お茶を飲みながら新羅の会話に参加しだした。

「あぁそうそう。ほらそういえば、昨日告白されたんだって?」
「…………なんでしってんの」

咳き込みそうになったのを何とか抑えて最後のウインナーを頬張ると、新羅は何でもないように「昨日偶然臨也に会ったとき聞いた」と答える。ばか。
その言葉を聞いた瞬間、俺の向かい側からピシッ、と何かに亀裂が入ったような音がしたので恐る恐る視線をずらすと、割れ目が入っている湯呑みを持った平和島が米神をヒクヒクさせていた。

「新羅ぁ、湯呑み代えてきたら?」

俺が笑いながら新羅に、折原の名前を出すという失言を責めるように提案すると、満面の笑みを浮かべる俺を見て新羅は「だよね」と笑って平和島から湯呑みをとってセルティと共にキッチンへと消えていった。
というか、割れて砕けなかったのが不思議なくらい割れ目が入ってたんだけど…………それよか、新羅の失言でどんどん壊れていく食器が一番可哀想だよね、うん。

「、名字はアイツと…………」

食器を憐れに思って俯いていると平和島が俺の名前を呼んだので視線を平和島に向けて目線で返事をすると、平和島はすこし沈黙してから「あー……」と頭をかきながら気まずそうに視線を逸らし、話を切り出そうとする。けれど、何に踏ん切りがついていないのか唸ってばかりだ。
前から思っていたけれど、平和島ってどうして俺にこんな気まずそうな態度をとるんだろう。俺のことが嫌いなら平和島は多分嫌いだと言うと思うし、嫌いなやつと鍋を囲むなんて平和島には難しいだろう。だから多分嫌われている訳ではないと思うんだけど。

「…………言いたいときに言ってよ」
「…………おう」

さっき新羅に助け船を出してもらったように俺も平和島に助け船を出すと、平和島は逸らしていた視線を俺に向けて頷く。

「今日、この後時間あるか?」

そして平和島は俺を真っ直ぐ射抜くように見てからと聞いてきたので、俺は大いに戸惑いながらも頷くと、平和島は小さく低い声で「そうか」と呟きそしてそのまま、俺と平和島は新羅とセルティが来るまで無言を貫いていた。

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