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 放課後なんとなくきのむくままに屋上に来てみた。なんとなく、というのも「今日は折原になにもされずに家に帰れたらいいなあ」と思って気分を変えるために来たんだけど。まあ、いいだろ。
そんな心機一転のために屋上への扉を開けると、ビル群と大空の広がる視界の端にふと、金髪が風に揺れたのが見えたのでおそるおそる近付いてみる。するとそこには日差しでキラキラと反射している金髪の持ち主が寝ている姿あったので俺は其れをしゃがんでじっと眺める。

「ふむ、」

そのキラキラとした髪の持ち主である幼馴染みの平和島静雄を見つめていると、思い出そうとしなくても自然と最後に話した最悪な場面を思い出すから、平和島との思い出がそれだけみたいで嫌になる。
 たしか、その時の話していた内容は本当に大したことなくて、多分高校に入ってからそんなに日数も経っていない放課後だったこともあったから「お前もこの学校だったのか」とか「俺のこと覚えてるか」とかそういう久々に再会したら話す内容トップ3に入ってそうなことを話していたと思う。話していた場所はよく覚えている、一階廊下にある自動販売機の前だ。いま思えばそこで話していたのも運が悪かったとしか言えない。
俺は偶然にも平和島とそこでばったり会って懐かしさと、小学生の頃の名残が顔にあるなーとかを噛み締めながらさっき述べたような会話をしていたが、いきなり俺は会話を交わしたことのない折原臨也が俺達二人の前に現れた。平和島と折原の関係を知るよしもない俺は自分の知り合いでもないし顔も見たことなかったから平和島の知り合いかと思ってチラッと平和島を見たけれど、その当人がいきなり無表情になったと思ったらすぐにぶちギレた表情になったのを見て、小学生の頃に平和島の怒りモードを知って覚えていた俺は瞬間的にヤバイと感じた。

「じゃあまた今度」

俺は身の危険を感じたのでそう早口に言ってからその場を立ち去ろうとしたが、その逃走は見切られていたように初対面の折原の手によって遮られた。そう、ここから俺の怪我を負う日々が始まったと言っても過言ではなく、折原は俺が逃げようとした先に立ちはだかって笑顔で「ひどいなあ、初対面で逃げるなんて」と言うと次に視線を静雄に向けておちょくるように「ねえシズちゃん、そう思うよね」と言い放った。
『シズちゃん』という聞き慣れない単語にぎょっとして思わず平和島の方を振り返るとそこには米神をピクピクとさせている平和島が当たり前のようにそこにいたので、やっぱりそんな呼び方許すわけないよねとホッとする半面、平和島のキレ顔すげえなと感心した。
けれどそう頭では冷静に考えながらも、本能的にヒシヒシと痛いくらいに危険を察知していたので、俺が折原の存在をフルシカトして横を通り過ぎようと早歩きし始めたところでガシッとその折原に腕を掴まれた。痛くはなかったと思う。俺は多分「え?」とか「は?」とかその辺の反応をしようと試みたがそんなことをしている暇を神、というか先ずその前に平和島が俺に与えてくださらず、ぶちギレて正常な判断能力を失った平和島はいつのまにか自動販売機を持ち上げていて、そして更にそれを明らかに此方に向けていた。俺は自分の顔がひきつるのを感じると同時に投げられた自動販売機の底面が此方に迫ってきたのを見て反射的に避けようとしたが、それを邪魔するように確信犯の折原に腕をぐいっと引かれ、俺の顔面に見事、自動販売機が直撃。
顔や身体に自動販売機が当たったと感じた瞬間に地面から足が浮いたのがわかったが、重力に逆らうなんて出来る筈もなく、直ぐに地面に叩きつけられてからようやくそこで身体全体に痛みを感じ始めた。けれど現実はそんなことお構い無しに俺の身体は自動販売機に当たった衝撃と勢いのまま長い廊下をゴロゴロ転がされていき、最終的に大きな音をたてて壁にぶつけることで俺の身体が転がる勢いを止めた。
放課後だったこともあってかそんなに人が廊下に出ていなかったので、他の生徒に当たらなくて良かったとか折原あいつ俺を引っ張った反動で避けやがったなとか後から思ったが、その時は痛みを堪えることしか考えていなかった。というか、視界が頭の血で赤くなってきたこともあって俺はとても焦っていたから他人の心配とかをする余裕なんてものはない。

「あーあシズちゃん、人殺しになっちゃったかもね」

ぶっ壊れた自動販売機の横で折原と呼ばれていた奴が大声で言うもんだから、俺は「死んでないし」と心で答えながら何とかこの場から離れようとする。けれど、いかんせん平和島と違って身体の強度が至極普通の俺にとっては、自動販売機が至近距離で吹っ飛んでくるという威力が強すぎたらしい。多分普通なら気絶ものだと思う。死んでもおかしくない。
血で見えずらいのと目が霞んでるのでよく見えなかったが走ってくる音と「名字!」と俺の名前を叫ぶ声に、走って近付いてくるのが平和島で、元々自動販売機があった近くで笑っているのが折原だと霞んだ視界の中で判断した。

「おまえ、血が……」

と、今となっては貴重である平和島の、血液に対しての焦った声に「大丈夫」と答えたかったけれど口がうまく回らなくて断片的な言葉しか出てこなかったのを覚えている。そして、そんな俺に対してどうすればいいか分からなくなったのか平和島はとりあえず俺を動かしたらヤバイと判断したらしく「誰か呼んで来っから」と短く言うと近くの階段を降りていった。
そんな平和島に俺が゛立ち去ってくれたことに゛安堵していると、それが束の間の安心だとでも言うように、倒れている俺の頭上からいきなり信じられないとでも言いたげな「は?」という声が降ってきた。その声の近さにいつの間に近付いてきたんだコイツとか考えるよりも、その言葉に含まれたニュアンスに「しまった、見られた」と思った俺はとりあえず、この声の主であろう折原の前から立ち去ろうと、若干痛みが引いてきた手で身体を起こしながら霞んだ視界の中手探りで立ち上がった。そして、近くにあった窓を勢いよく開けて其処から学校の外へと飛び出たが、本当に一階に居て良かったとその後思った。
それから逃げてきた俺はとりあえず傷口が゛消える゛までの間を裏庭の影に潜んで待ってから下校時間になるまで時間を潰し、下校時間を知らせるチャイムが鳴る五分前に殆ど誰もいない校舎へ戻り自分の鞄を持ってすぐに帰ることに成功したが、次の日俺は校舎の裏側とかいうありきたりな場所で上級生にボコボコにされ、その後、上級生が帰ると鉢合わせないギリギリの時間差で入れ替わるように折原がやって来た。
なにしに来たんだ、てか何でここにいること知ってるの、的なことを考えながら視線だけを向けると、何食わぬ顔で折原はぶん殴られまくって倒れてる俺の近くにしゃがみこんで、端正な顔を至極真面目な表情にしながら俺の傷口をガン見し続け、俺の傷がある程度治ったところで折原は『へえ』と呟いて去っていったが、見られたということよりも俺はそのことがあってから折原がブッ飛んでいることに危機を感じることになった。そしてこれが俺の今の生活の始まりで、平和島とのあまりよくない思い出。
何故かそっから事故に遭いまくるし喧嘩売られるし、新羅にはクラス違うし学校じゃそんなに話さないのにもかかわらず殆ど毎日会うし平和島とはそれからずっと話せてないし。良いことなんか喧嘩慣れしたこととセルティに会えたことくらいだ…………あれ、結構大きいな。
なんて約一年前の過去を振り返りながらここ屋上で寝ている平和島の顔をガン見していたわけだけど。

「起きたら、俺殴られたりするのかな」

小学校以来そんなに関わってこなかったから平和島が今高校生になってどんな人格を形成しているのか検討もつかないので、そんな風に暴力が全面に押し出た想像をしてしまう。
というか平和島、なんで俺に話しかけてこないんだろう。いや、俺も話しかけないんだけどさ。なんか、あのとき逃げちゃったから気まずくて。けれどちゃっかり俺のなかで平和島が話しかけてこない理由の候補は二つ出来上がってたりする。一つは「俺に対して申し訳ないと思っている」説、もう一つは「俺のこととかどうでもいい」説だけど、私的には後者の方が嬉しかったりする、あ、いや嬉しくはないけど、比較したらマシかなって。
なんとなく用もないけれど、壁に寄りかかって寝ている平和島の寝顔をまだガン見しながら、平和島と俺のよくわからない関係に終止符を打ってやろうかと考える。
というか、平和島ってこんな男らしい顔してたっけ。
弟のカスカくん?が綺麗な顔してるのは覚えてたけど、あの、静かな子。静雄とカスカくんを足して2で割れば普通の人間になりそうだと小学生ながらに考えていたんだけど、今の二人なら足して2で割ったら凄い美形二人が出来上がりそう。うん。

「…………う、」

馬鹿みたいなことを長々と考えていると、いつの間にか日差しが平和島の寝ている側へ向いてきて、平和島が寝ながら無意識的にその日差しを避けるように体勢を変えた。そのせいで寝顔をガン見していた俺の顔と平和島の顔が死ぬほど近いんだけど。
というのは結構どうでもよくて、俺は静雄起こすか起こさないか。起こして終止符を打つか打たないか、そこが問題だった。

「…………起こすか」

ずっと黙っていても仕方ないから、溜め息を一つ吐いて決意してから平和島を起こそうと肩に触れようとした瞬間、ふと思い至る。






「…………折原は、どう行動するんだろ」

ふと脳裏を掠めた名前を何となく口に出して考えてる。
もし俺達がこの曖昧な関係に終止符を打つことで俺と平和島が当たり前のように話すような関係になったら? そりゃあ、折原はそれを使って色んなことを仕掛けてくるに違いない。今までも鬱陶しいちょっかいをこれ以上平和島を巻き込んで…………うわあ、想像するだけでうざいかも。それに、平和島に迷惑がかかる可能性も出てくるわけで。
空中に浮いたままの自分の手の行き場を探しながらそんなことを直前になって考えていると目の前にいる平和島が、いきなりなんの前触れもなくパチリと目を開けた。

「……………、」

その事に自分の心臓が大きく跳ねたのを必死に隠しながら、もしかして折原っていう単語で起きてしまったのかな、と平和島の折原に対する感情の大きさを想像してみた。いや、感情の大きさって言っても悪い意味の感情。

「…………」
「…………」

そして俺達はカップルよろしく無言のまま見つめ合う。というかまず、距離とるの忘れててすげえ近いんだけど…………あれ、もしかして誤解されてないよね。俺がやましい気持ちで平和島の顔に自分の顔を近づけたとか思われてないよね。
自分の頭に浮かんだバカらしいけど侮れないその疑問を確認したい気持ちをぐっと抑えながら考える。どうする、話したらこれからの折原が怖い。けど、今話さなかったら平和島の中での俺の立ち位置が怖い。どうしよう、俺は…………俺は。

「…………名字、なにし」
「あ、うん俺帰るわじゃあね!」

うんうんと考えを廻らせている中でいきなり平和島が声をかけてきたことに驚いて自分の肩が揺れたのを感じながら、なんとなくこの先を聞いたらあとに戻れないと一瞬で感じ取ったので捲し立てるように一方的に会話を終わらせる。そして平和島の顔を見ないようにして立ち上がってから、平和島に背中を向けて屋上から出ようとドアノブを握って、捻ろうとした寸でに考える。あれ、これ俺墓穴掘ったよね確実に。確実にアレを匂わせてるよね、俺。
自分で自分の立ち位置が危ういと察すると俺の頭のどこら辺が働いたのか知らないけれど、視線が勝手に平和島に向かっていて、「しまった」と他人事のように思ったけれど、平和島も俺を見ていたから今更戻れないと感じて「平和島、」と勝手に口が平和島の名前を呼んだ。

「お、俺はホモじゃないからな!!」

叫ぶ勢いで一方的にそう告げておもいっきりドアノブを回し、バタン! と大きな音をたてながら扉を閉めると、力が抜けたように俺はその扉に寄りかかって色々後悔した。
そして、これギャグだな…………という感覚と、一年の初めに話した場面より最悪な場面が今誕生したな…………という感覚を同時に感じながら俺は諦めてゆっくりとドアから離れると階段を一人で降りた。

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