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 実は俺の回復力のことを知っているのは俺のぶっ倒れた身体の回収をしてくれるセルティと、一応怪我を見てくれる新羅、そして偶然バレた折原に、あともう一人いる。
それが、今目の前で俺を守ってくれている男前こと門田京平だ。
知られた発端は簡単な話で、新学期早々折原に嵌められて人気のない空き地みたいな所でよくわからないチーマー達に囲まれて「これからリンチしまーす」みたいな宣言をされ、その宣言通りにリンチされていた。
そこに、偶然現れた門田がソイツらをぶん殴って、それはもう格好よく助けてくれたのがことのきっかけだ。けれどそのまま放置してくれる筈もなく、門田が「大丈夫か」と近付いて来てくれた時にはもうすでに俺の回復が始まっていて、無かったことになるみたいに俺の顔の傷口が消えていくとこを見ながら門田はポカーンとしていた。
『皮膚の怪我なら分単位、骨の怪我なら一時間単位、病気なら一日単位』という新羅に言われた言葉だけでも、気色悪いことが分かる。
俺がそんなポカーンとした門田に「変なの見せてごめん」と倒れながら謝ると、変な顔をされて「よくわからないが、今謝るところじゃねえだろ」と言われた。それがとても嬉しくて「ありがとう」と言うと門田は「ありがとう?」とこれまた変な顔をして苦笑いしていたのを今でも鮮明に思い出せる。まあ、その時点で門田が男前だということは分かっていたが、俺を助けてくれた理由が「自分と同じ学校の制服着てたから」ということと俺がなにか言う前に「今見たことは黙っておく」と言ってくれたことで、俺の中の門田の株が急上昇して、その時は門田とならお付き合いしてもいいと思った。そして、学校の廊下で再会すると「なにかあったら電話しろ」という言葉と共に連絡先を渡してくれたので、俺はその時は門田となら結婚してもいいと思った。
そしてそして今さっき、ふとその言葉を思い出したので貰った連絡先に初めて電話をして「あの、六人中三人ぶん殴って倒したから、あと三人倒しに来てください」と俺が相手から逃げ回りながらそう言うと、門田は「もっと早く呼べ」と電話越しに怒った。

「てめえ、避けんな!!」
「それはお前だろ」

まあ今は、結局急いできてくれた門田の背中に守られながらその喧嘩を傍観しているんだけど。その間、俺の足元に一人倒れている奴を見下ろしてこの人の奇抜なファッションについて考える。あ、因みに、俺が気絶させた三人は逃げ回ってる時に置き去りにしてきたのでここに倒れている人一人は門田が瞬殺した奴だ。

「おま、え! ガキの癖に調子のるなよ!」

門田を応援する空気じゃないので、適当にのびているファッションセンスが斜め下をイッてるチャラいお兄さんを眺めていると、残りの二人のなかの一人であるお兄さ…………いや、おっさんみたいに老け顔の奴がいきなり大声を上げだした。今までそんな素振りを一度もしてなかった、というかむしろどのチャラいお兄さんより静かに動いていたのに。だからこそ最後の二人の中に残ったっていうのに…………門田に勝てないと悟って大声で捲し立てれば何か変わると思ったのか。

「………悪足掻きかな?」

俺はよく分からないおっさんの行動に首を傾げていたけど、門田は気にしていないようで「うるせえ黙れ」と言っておっさんに殴りかかろうとしていた。俺もずっと守られているとそれだけで段々と折られた右腕が治ってきた気がして、力を抜いて出来るだけ曲げないようにしていた右腕を、下を向いて確認して見る。


すると、チラッと一瞬視界の端に誰のか分からない黒色の靴の爪先が見えた。

「、っ?」

初めのコンマ何秒かはクエスチョンマークが頭に浮かんでいたけど、それの意味に気付いた瞬間、自分の目が見開いたと同時にカッと頭が覚醒し、どうにかしようと身体に力が入ったが時すでに遅く、背中から勢いよく何かが入ってくるような異物感と慣れない鋭い痛みが俺を襲った。
あまりの鋭い痛みに声も出なくて、俺は背後にいた奴の顔を確認することも出来ずそのまま顔面から地面にぶっ倒れる。
その俺が倒れた鈍い音に気付いたのか、そんなに遠いところに居たわけでもないのに門田が俺の名前を叫んだのが遠くからのように聞こえ、自分の意識が遠退きそうになっているからそう聞こえるかな、と適当に予想した。というか、それくらいの余裕が自分のなかにあるのが驚きである。
コンクリートの地面に爪を立てながら痛みに耐えて、顔だけ上げ門田を確認するとまだおっさんともう一人の奴に手こずっているのが見える。そのまま視線をずらすと、もう一人白髪の黒い服を着た初めて見る奴が門田に背後から近付いていくのも見えて「あれが俺を刺した奴か」という考えと、おっさんが大声出したのはコイツの存在を気付かせないためにわざと自分に視線を集中させようとしていたのかという考えを、朦朧とした意識のなか思いつく。けれど、一瞬霞む視界の中でその黒い奴が何か光るものを持っているのに気づき眉を寄せる。



「、ぁいつ! まだナイフもって、」

黒服が背中にナイフを隠しながら門田に近付いていくのが見え、俺は咄嗟に拳を握りしめる。多分背中に隠しているからか俺だけにしか見えていない、けれどここから叫んで門田に知らせたくても、いかんせん痛みで大声が出そうにない。

「く、ぅ」

どうしようもない状況に俺は歯を食いしばり、右腕が治りかけであることはお構いなしに、俺は手だけで体重を支えて身体のバランスを整えてから一気に立ち上がる。力を振り絞って立ち上がったことで背中の刺された傷から血がぼたぼたと流れていくのを感じながらも、気にしている場合ではないと思考を振り切って前のめりになりながら走って行く。
すると、俺の足音に気づいた黒服が俺の方を振り返って驚いた顔をしながら「来るな!」とへっぴり腰のまま血が付着したナイフを突き出してきたことに俺が少し笑いながら走ると、俺の笑いに黒服がもっと顔をひきつらせる。ふへへ、俺ヤバイやつじゃん。それをぼやっと見ながら、黒服に近付いていく度に自分の中で恐怖が込み上げてくることに気付かないフリをして足を進める。

「うっ!」

そして、俺は黒服に抱き付くように突進し、そのまま走った勢いで押し倒した。








「、…………は?」


ドサッ、という衝撃そのままを腹辺りに受けながら黒服を下敷きにするように二人で倒れ込み暫く二人で沈黙していると、耳元から黒服の動揺したような震えた声が聞こえてきて思わず鼻で笑う。
倒れた瞬間に俺の腹にナイフがぶっ刺さったのが異物感と痛みのお陰で見なくても分かったので、取り敢えず俺はゆっくり黒服の手からナイフを離させる。力を振り絞ってマウントをとるように黒服の腹に乗り、笑いながら黒服を見下してやるとソイツは怯えたようで顔を引きつらせたので、俺は自分の笑顔が止められないことを少し申し訳なく思う。

「、は、きみ、血の付いたのつか、ったってことは……ナイフ、いっぽん……しかないんで、しょ」

俺が黒服の胸ぐらをつかんで顔を近付けながら絞り出すような声で尋ねると黒服は何度も縦に顔を揺らし、白色の前髪を乱れされる。あぁ、これ、頷いてるのかあ。

「ふは、だ、…………だったら、俺の腹にさしとけば、安全」

自分が何に笑っているのかもわからなくなって、それに対して黒服が怯えていることにも笑えてくるような気がする。大量出血って初めての経験じゃないんだけど、頭がおかしくなるのかもしれない。門田の声もあまり聞こえない、きっとまだ二人とやりあってて叫んだりしてるはずなのに俺の声しか聞こえなかった。俺が自力で三人倒した時点で少しは出血してたし……それも足したらヤバイかも。
そんなことを他人事のように頭の端で考えながら、胸ぐらを掴んでいるのと反対の拳を握り締めてみせると、黒服は覚悟を決めたようにぎゅっと目を瞑った。

「ん、…………おやすみ」

その意思を汲んで俺がいま出るであろう力を全て込め黒服の顎めがけて思いきり殴ると、黒服は脳震盪を起こしたのかすぐに自分の世界に旅だっていった。そして俺はそれを一部始終見届けると、一仕事終えた解放感からか身体全体の力がぶわっと抜けて、思わず横へ倒れ込んでしまう。
その勢いでゴンッと頭の側面をコンクリートの地面にぶつけたのが分かったけれど、腹の痛みに比べたらなんてことはなかったので気にしないことにする。

「名字!!」

門田が教えたばかりの俺の名前を呼んで走ってきてる気がしたけれど俺の頭が重くて動かなかったので、仕方なく視線だけ近くに寄ってきてくれた門田へ向ける。
喧嘩を終えて来た門田が俺を見下ろして変な顔をしている、男前が台無しだ。なんて言おう、言いたいことが色々ある。ごめんとか、ありがとうとか、怪我してない、とか。呼び出してごめん、にどとしないから、とか。

「しっかりしろ!!」

心配しているのか分からないけど、変な顔の門田は俺に触れようとして俺の腹にあるナイフに気付いて手を止めた。

「お前、…………!」
「あ…………門田、俺のけいたい、出して」

俺は自分の鞄を指差して動揺している門田に携帯を取ってもらう。
俺が番号を探している間も側で心配そうなまま俺を見ているもんだから、むず痒くなって「どう、したの?」と聞くと「……、は?」とよく分からない反応をされた。いや、今は全面的に痛みが主張しているから判断出来ないだけなんだけどさ。血塗れの手で操作してやっとのことで新羅に電話をかけることが出来、携帯を耳に当てようとしたけれど上手くいなかったから地面に置いて話そうかと考えてたら、それを察した門田が携帯を持って耳に当ててくれた。

「ありがとう」
『…………もしもし、なにが?』

門田にお礼を言ったつもりだったけれど運悪くというか運良くというか、丁度のタイミングで新羅への電話が繋がった。電話越しから聞こえた本当に驚いているような新羅の声に少し笑いながら、今の新羅の表情を思い浮かべる。

「はは、新羅に言ったんじゃ…………ない」

けれど、新羅の声に少し安心感を覚えるのは仕方ないと思う。あの安全区域である和室に運び込まれて、いつも最初に聞く声だからだろうか。自分のからだの無駄に力の入っていたところが正常に戻った気分になる、いや、気分になるだけだけどさ。

「ちょっとヤバイ、来てほしい」
『わかった、場所は通学路近く?』
「うん、あそこの空き地のうらのとこ…………あと…………ナイフ抜いた、方がいい?」
『ナイフかい? そうだね、普通なら当たり前だけど抜かない方がいいに決まってる。けれど、君の場合ナイフがあることで皮膚がくっつきにくくなるから抜いてくれた方が回復が早まるんだよね。というナイフがあると邪魔で永遠にくっつかないから』

意外と働いている自分の脳内に感心しながらも、新羅の長々とした後半の説明を聞き流して適当に「わかった」と返事をしてから門田に電話を切ってもらった。

「門田、ちょっとあっち向いてて」

なんとなく理由はないけど、門田に腹のナイフを自力で抜くというグロいものを見せてはいけないと思い見上げながら忠告するが「いや、見る」とよくわからないことを真面目な顔で言ってきたもんだから、それに反応する力も今の俺にはなかったので「うん」と自分でも理解できない言葉を呟いた。

「すー…………、!」

こういうのは大概思いっきりやった方が良いと直感で思い、おもいきり両手で抜くと、やっぱりそこの部分が死ぬほど熱くて痛くて俺ってまだ生きてるなあって思ったりした。というか、さっきから頭がおかしい。
思考がぐちゃっとしていることに少し不安感を抱きながら掴んだままの二度俺を刺した血だらけのナイフを凝視していると、視界がだんだんと狭まって霞んでいくのに気付く。

「門田」
「、なんだ?」
「俺、寝るから……わるいけど、また明日学校で」
「…………あ!?」

いや、そりゃそうだ。目の前でナイフ刺さってたやつがいきなり寝るとか言って、遠回しに帰れって言ったら誰でもそう反応するよね。
でも俺、疲れた、究極にねむい…………。



そして俺は重くなっていく瞼に逆らえずに眠りに落ちた。


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