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 学校の帰り、俺はセルティに教えてある通学路を出来るだけ早歩きで通る。
まあ、走ると曲がり角とかで何かが衝突しそうになったときに対処し辛いし、歩いても結局誰かに絡まれる猶予を与えているのと同じだからっていうどうでもいい理由なんだけど。それに、ここ最近は色々あったから何となく嫌な予感を拭えきれない。折原のこととか折原のこととか。爆弾とか、平和島とか。
というか、何でこんなことまで考えて俺は帰路を歩いているんだ、と自分のおかれたデンジャラスな日常に一抹の感動すら覚えるけれど、直ぐに、いやー折原さんのお陰ですー、と自分の疑問に自虐するように答えられるから悲しい。

「、憐れすぎる」

自分の立ち位置に同情していると、キキーッという高い音でブレーキを踏む音が聞こえた。
その音で自分の身体が一瞬のうちに強ばったのに気付きながら瞬間的に目線をそちらに向けると、バイクに乗ったおっさんが驚いた表情のまま道路を通過する猫のために急停止しているのが見えたので「なんだ」と、身体の力を緩めるようにホッと息を吐いたその瞬間。

「、がっ!」

背後から首筋になにかを当てられた感覚がしたが既に遅く、直ぐにビリリリ! と恐怖すら覚える凄まじい電流の音が鼓膜の中を反響してすぐに「しまった」と危機感を覚えたが、意思に反して俺は意識を手離してしまっていた。




                ◆◇




 目を覚ましてからまず目に入ったのは、縄に縛られた自分の両足だった。
取り敢えず今置かれている状況が分からないので近くに人がいることを想定してから、自分の意識が戻ったことを誰にも悟られないようにして薄目のまま視線だけで周りを見渡す。
どうやらここは一度俺が拉致られたことのある潰れた工場らしく、唯一見覚えのある埃の被った大きな機械や、他に監視カメラや重なった角材の山が俺の視界に映る。なので教訓の一つとして、ここを折原の関わりをプンプンと匂わすスポットのひとつとして自分の頭の中にインプットさせておく。前回ここでは、縛られてはいなかったけれど薬を嗅がされていたせいもあって抵抗できずに四人くらいに殴られっぱなしでいたら知らないうちに意識をなくしてて、起きたら誰も居なくなってたので自分の足で迷いながら帰宅した筈なんだけど。今回は、前回のどれとも重ならない。何度確認してみても人の気配はないし、身体もダルくないし、あのビリリリってやつ……マシンガンじゃなくて……えっと……兎に角あのビリリリを当てられた首筋にも特に痛みはない。
だからとは言わないが、感覚で今回は多分異色の拉致に違いない、と判断した俺は腹筋を使って取り敢えず上半身を起こす。手は使わないんじゃなくて、縛られていて使えないんです。
そして、身体を起こして広い視野で見回してみても結局誰も居ないのでホッとして身体の力を抜くと、自分の腕に何か固いものが当たったので恐る恐る振り返ると、そこには全く気がつかなかったのだけれど、それでも不自然にドラム缶が二つ置いてあった。不自然というのは、潰れた工場の敷地ど真ん中に手足を縛られた俺とそのドラム缶だけが存在していたからで、どうもこのドラム缶がおかしい。何か機械のようなものが取り付けられていて、しかもピッピッと規則的に小さな音が聞こえる。
その音が聞こえる度に嫌な予感がそのドラム缶からヒシヒシと伝わってくるので、俺はベルトに仕込んでおいた小さな刃物を歯で噛んで固定させてから手の縄を切る。
前に拘束されたことがあったので、学習してこの小さな刃物を買って仕込んで置いたのが幸を成したが本当に使い時が来るとそれはそれで悲しいものだ。

「ふう……」

歯で刃物を持って縄を切るのは結構な重労働。刃物を噛んでるのすら疲れてきたので、切り終えてすぐ唾液が滴った刃物を口から離して息を吐く。ポタリとコンクリートの床に唾液ごと刃物を落としたのを自分の目で確認してからそのまま両手を横に引っ張るとおもしろい位にすぐ縄がほどけたので、自由になった手で唾液まみれの小さな刃物を持って足の縄も切った。
折原がこの流れのどこまで予想していたのか分からないけど、この拘束を案外早く脱出することが出来た俺は小さな刃物をベルトに戻し立ち上がりながら俺の不安の根源であるドラム缶を凝視する。

「……ガチか」

立ち上がってから俺はドラム缶に付属している機械を見て、その意味に思わず口に手を当てて驚く。
ピッピッという機械音がなる度に一つ数字が減っていくこの機械を見て、俺は学校での折原との電話のやり取りを思い出し無意識的に「えげつねえな」と呟く。
いやいや、もしもこのドラム缶が俺の危惧する『爆弾』だとしても俺がここから離れれば俺の身体には何ら支障はない。そしてもしもこの工場のすべての鍵が閉まっていようと窓があるかぎりこれまた何ら支障はないし、これが物凄い威力でここら辺のものを全てぶっ飛ばすとしても俺には関係ないし、まずここら辺には建物はないから傷害の支障はないと思う。

けれど、けれど何かが引っ掛かる。

ここ最近、あの新羅からのメール以来折原の考えが分からないからこんなにも疑り深くなっているだと把握していても、引っ掛かりが消えないのは何故だろう。
口に当てていた手を顎に当てちらっと二つの機械を確認すると、もし爆発するとすればあと四分は猶予があることがわかる。これが正確か分からないけど、ここで変な細工をする折原じゃないと思うので信じる……っていうのはおかしいけれど、機械に小細工はないと考える。
猶予の時間を頭の片隅におきながら周りを見渡して自分の鞄を探してみたり、ポケットに入れていたはずの携帯を探ってはみてもいっこうにそれらしい影も形も見当たらない。

「……二分あればここから立ち去れるよね」

ということは、あと一分半でこの問題を解決させなければ俺のこの不安要素は消えないというわけなんだけれどいくら考えても、全く思い至らない。
というかまずなぜ折原がこれを企てたのか。あれ、もしかしたら俺が小さな刃物を仕込んでいることを折原は把握していなくて、今俺が普通に逃げ出せば何も変わらないんじゃないか? 
俺のこの嫌な予感は気のせいで、不安要素もなにもないんじゃないか?
そんな投げやりな気分にすらなってきて、少し焦りながらチラリと機械を見るとあと一分で残り時間が二分になるところだった。

「………………わからないな」

バカな頭では考えても考えても分からない。
それなら、この考えているのが時間の無駄だと感じて早めに切り上げようと思い立って潔く爆弾を放置することにした。
確かに頭と心にモヤモヤとした引っ掛かりがあるにはあるけど、それを消す手立てが俺にはないので仕方ないと諦めようとしたその時




ドゴオオオン!!!! 


と建物が震えるレベルの音が鳴り響く。
爆弾が近くにある手前死ぬほど驚いたけれど、音の根源はコレではなくこの廃工場のデカイ出入口から聞こえてきているらしかった。

「……ブルドーザーが体当たりでもしてきてるのかな」

俺が自嘲気味に笑って呟いてる最中にも何度か凄まじい音を鳴らす出入口に「何事?」という考えと「やっぱり鍵閉まってたんだ」という確信を胸に抱く。





ドゴオオオオン!! ドゴオオオオン!!

何度か鳴り響く騒音がいつ終わるのかとじっと其処を見つめていると、何度目か分からない大きな音と共にようやく外の光が扉の隙間からこの暗い廃工場に降り注ぎ、その眩しい光を背景に先程学校で会ったばかりの奴が染めた金髪をキラキラさせながらそこに立っているのが見えて、俺は今までの自分を責めた。




「バカか俺は……!」

そういえば、ここ何日かおかしかったこととしてもう一つ『平和島』の存在があったじゃん!
折原が平和島と俺との最近の関わりを聞いてくるのもそうだし、何よりずっと会うことのなかった平和島と鉢合わせることが何回かあったし、その内の一回である昨日のことは折原が仕組んだことらしかったし、何で忘れてるの!

折原は゛平和島を陥れる為に゛俺を利用したんじゃん!


「名字!」


必死な顔で俺のもとに走ってくる平和島を見ながら、横目で冷静にドラム缶に付属している機械を確認する。
理屈で言えばあと一分でここから出るのは不可能じゃない、出口も確保できたし平和島に担いでもらえばここから結構遠くまで行ける。けれど、心理的には限りなく無理だ。

「、名字、あの野郎に何かされてねえか」

近付いてきた平和島が俺の肩を掴んで開口一番に放った言葉に思わず舌打ちする。あの野郎とはあの折原のことだろう、つまり俺達は揃って折原の手の上でコロコロ転がされているってことか。

「、っ」

というか、今言いづらいから本人には言わないけど、平和島が俺の肩を掴んだことで左肩外れたんだけど、めっちゃ痛い。ゴリっていった。
そんな俺の身体と心のことなど露知らない平和島が俺の舌打ちに眉を寄せて不安そうな顔をしてしまった。

「違う違う、されてないされてない」

そう言って焦りながらもう一度機械を確認すると、会話だけで十秒は経過していた。
すると、俺の焦りにまみれたその視線に気付いたのか平和島が「なんだコレ」と訝しげにドラム缶を眺めるから「これ爆弾、あと五十秒で爆発するんだって」と溜め息を吐きながら教えると平和島はいきなり真顔になったと思えば、凄まじいキレ顔になった。
多分、俺と同じ結果に行き着いたのかな。
そんなキレた平和島を見ていると何故か逆に俺の頭が冷えてきて、ふと、ある考えが頭に浮かぶ。

「ねえ平和島、携帯貸して」
「? おう」

説明もせずに頼んだにも関わらず、疑いもなく携帯を差し出してくれる平和島に感謝を伝えながら携帯を受けとると、今日だけで三度も使用した番号を入力する。プルルル、と機械音が鳴る中焦る気持ちを押さえようと深呼吸していると、何度目かのコールで『はーい』と楽しそうな折原の声が聞こえて、初めてこの状況に現実味が増したような気がした。










「、どっからか見てるでしょ」


色々言いたいことはあるが時間がないので捲し立てるように本題に入ると、折原は何を思っているのか携帯の奥で俺の言葉を聞いて黙りこんでしまった。
チラリと機械を見るとあと三十秒しかないがこの折原の沈黙を破って且つこの状況を打破する方法が全く思いつかない。流石俺の頭、ポンコツ以下。

「何でもするから、今回だけは慈悲ください!」
『…………』

それでも黙ったままの折原に焦りながら猶予を確認するとあと二十秒しかないのが見えたので、苦肉の策でしかないけれど少しでも遠い方がいいに決まってるから平和島にここから離れようと提案しようと口を開いたところで、耳元にある携帯から小さく『いいよ』という声が聞こえた。

「…………え」

焦っていたせいで聞こえた幻聴かと思って聞き返すと、返事の代わりにピーッとドラム缶から音が聞こえた。

「え?」
「あ? なんかこいつ止まってんぞ」
「は? ほんとに?」
「……おう」

ここに来てから初めて平和島を直視して話し掛けると、平和島はばつの悪そうな顔をして俺から視線を逸らしながら返事をした。なんだその反応……。

『名字君、後で学校の屋上ね』
「あ、うん」

折原はそれだけ言うと電話を一方的に切ったので、俺はいきなり置いてけぼりにされた感覚を味わいながら平和島に携帯を返しがてら視線を合わせてやろうと平和島の手を右手で握る。
すると、平和島が今日の休み時間の時みたいにピクッと手を揺らすもんだから「あれ、これどういう反応?」と疑問に思って平和島の顔を覗きこむと、俺と合った瞬間に平和島の目が見開いたのでなんか怖くなって手を離そうとする。けれど、それを察した平和島がいきなり俺の手首を掴み返して思いきり俺を引っ張った。

「うぶっ!」

予想外の平和島の行動に対処できなかった俺は、引き寄せられた勢いのまま平和島の胸に抱きついた。いや抱きついたとかいう可愛いものではなく、硬い平和島の胸板に顔面をぶつけられたと言った方が正しいほどに俺の顔面……とくに鼻がやられた。

「あ、悪い……掴んだだけのつもりだった」

平和島の胸に額を押し付けたまま鼻のツーンとした痛みに耐えて嘘だろ、と心底思ったけれど俺は気にしないでいいよ、という意味を込めて平和島を見上げた。すると、平和島はそんな俺をじっと見つめてから、ふいっと視線を逸らした、というかよくよく考えたら掴んだだけでこの威力っておかしくない? てかなんで掴んだの? と色々引っ掛かったけれど、もう鼻の痛みが引いたから俺にはもう意味はないこと。

「じゃ、帰ろう」

俺はそう返事を返しながら平和島から離れて出口に向かうと平和島は俺の隣に並んで歩きだしたけれど、明らかに俺の脚と平和島の脚のリーチが違うので俺は段々と平和島の後ろについていく形になった。

「脚長いなー、平和島」

ぼそっと呟き下を向いて自分の脚を見つめると、地面にポタリと血が落ちたのが見えて「まさか」と思いながら鼻を触ると予想通り俺の鼻から血が滴っていた。

「あー、平和島の家、どこだっけ」
「……4丁目」
「なん分くらいかかる?」
「……こっからなら十分くらいだな」
「走ったら?」
「三分」
「あのさ、相手を気絶させるために使う……電気のビリビリってやつ何だっけ?」
「…… スタンガン?」
「、それだ」

幸いにも平和島は前を向いたまま俺の話に反応してくれているので、俺は鼻血に気付かれないようにワイシャツで鼻を押さえる…………あ、やばこれ、新羅のだった。
というか、平和島はあのデカくて丈夫な扉ぶっ壊して俺は特に力使ってないっていうのに、平和島が無傷で俺は左肩外れたままでしかも鼻血出してるとか色々おかしくない? 俺の怪我全部、平和島の…………まあ、いいや。

「俺、学校に携帯忘れたから戻るね」
「おぅ…………気ぃつけろよ」

俺達はアッサリ別れの言葉を言うと相手を一瞥することなく、自分の行くべき道へ歩いた。平和島は多分折原を捜しに、俺は平和島がその捜している人物から真意を聞きに行く道に。



「…………あと、鞄を取りに」

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