少年と少女が静かに佇んでいる。
互いに無言を貫き、互いの間にある数メートルほどの距離も一向に縮まる気配を見せない。
ここに「二人はたった今、顔を合わせたばかりだ」という注釈を付け加えてやれば、その光景は何の変哲もない“初対面で人見知りをしている子供たち”に見えることだろう。実際のところ、その認識は間違っていなかった。ただ、もう少々特殊・・であるというだけで。

「やあ」と、少年が先手を取った。
整った身形と穏やかな雰囲気、そして光に満ちた目付きは、心身ともに良い環境で育っている証拠だ。その隣にピタリと寄り添う犬の様子からも、少年は良い人間・・・・だということが窺える。続けて「こっちへおいでよ」と言ったことや、少女を見掛けた瞬間の明るい表情からも、客人の訪問を歓迎しているのだと分かった。
だが少女は。相槌すら返すことのないまま、そこで立ち尽くしていた。
果たしてそれは緊張か否か。少女の表情から感情を読み取ることは難しい。しかし少年とは間違いなく初対面で、投げ掛けられた言葉も不愉快な気分を誘うものではなかった。だとすれば失望こそすれ、絶望する切っ掛けなど見当たらないだろうに。
その視線は何故か、自分よりも背の高い少年を見下しているような冷たさを纏っている。

「ええっと……」

軽く咳払いをして、意を決したように口を開いた少年だったがすぐに尻すぼみになった。それが引鉄となったのだろうか。少年の隣に立っていた犬が、頭を低く下げる態勢を取って何度か吠えた。その行動は少女を遊びに誘っているようであり、警戒と警告をしているようでもあった。
もしも後者だったとするならば人間などひとたまり・・・・・もない。対象が子供であれば尚更だ。だがそれでも少女は――そう、アメリア・デイヴィスは。微動だにせず、対面している一人と一匹を冷静に見詰め続けた。
そろそろ不穏さが混ざり始めた空気を掻き消すように声を上げたのは、またしても少年だった。

「ぼくはジョナサン。こっちはダニーで、ぼくの友だちさ」

ジョナサンと名乗った少年は、まずアメリアと愛犬の仲を取り持つべきだと考えたのだろう。その場で屈んで、ダニーの頭を撫でながら「心配しなくてもダニーは飛びかかったりしないよ」と笑顔を見せた。褒められたお返しだと言わんばかりにダニーがジョナサンの頬を舐め上げたことで、その場には自然な笑い声が付け加えられた。
出会って数分程度だが「好青年だ」という印象が揺るがないのは、裕福な家柄だと分かる整った身形ゆえではなくジョナサンの内面が、その魂が健全だからに違いない。つまり良くも悪くもジョナサンは子供なのだ。
そのことに気付いたからか、分かりやすく表情を緩めたアメリアが「やっぱり怖がらせてしまっていたのね」と呟いた。

「?『怖がらせてしまっていた』って?」
「どうしてか、私は動物にすごく嫌われてしまうの。昔からずっとね。ひどい時は馬車にも乗れないのよ? そのおかげで、2時間も歩かなきゃいけない時があったわ」
「ああ、だからあんなにもきんちょう・・・・・していたんだね」
「そうよ。彼にも嫌われてないといいけれど」
「大丈夫だよ! きみもすぐに仲良くなれるさ」

「そうだろ? ダニー」と話を振られたダニーが小さく吠えた。果たしてそれが同意を意味していたのかは分からないが、ダニーの視線からはジョナサンに対する深い信頼を感じられるのだから的外れという訳でもないのだろう。寧ろ的外れであり、前述したように少々特殊な状況・・・・・・・を作り出してしまっているのはアメリアの方であった。
「いっしょに遊ぼうよ!」と笑顔で声を掛けるジョナサンに対して「ええ、喜んで」と答えておきながら、少しも澄ました表情を崩さない辺りからもその片鱗が窺える。幼い見た目に反して、その中身・・には天と地ほどの違いがあるのだから「仕方ない」と言えなくもないが。

「じゃあ、そこの木に――あ、いや、危ないからやめよう」
「どうして? 毒でもあるの?」
「ちがうよ。きみが木から落ちてケガをしてしまうかもしれないし、」
「なぁんだ、そんなこと。全く気にする必要はないわ」
「そういうわけにはいかないよ、父さんにも言われてるんだ。『きちんと責任をもって遊びなさい』って。だから、きみにケガをさせるようなことはぜったいにしない」

そう言い切ってからジョナサンは「女の子はやっぱり人形遊びがいいんだろうなぁ」と小さく独り言ちた。その様子は控えめではあったが何処か不服そうで、あまり乗り気ではないのだと手に取るように分かった。
それを見たアメリアが、数回の瞬きをした後で何かを思案するように瞳を動かしたのは、ほんの数秒の出来事だった。

「あなたがいつも欠かさずに遊んでいることって、なぁに?」
「何度も繰り返しているあなたがこうして無事で居るんだから、その安全性はあなたが身をもって証明しているようなものだわ。それなら、お父様からの言い付けを破ったことにはならないでしょう?」

遊び盛りの少年らしからぬ紳士的な態度を取るジョナサンに対して、アメリアもまた、見た目にそぐわない笑顔を浮かべながら柔軟な小賢しい思考回路で抜け道を作り出した。
もしも年齢を重ねることを「成長」と言うのなら、彼女を「立派な大人」だと評しても間違いではない。それとも時間に取り残され、変化することを拒み続ける彼女にも母性が生まれたのか。もしくは彼女の中にある母親の経験・・・・・・・・・・・・がそうさせたのか。いずれにせよ。
「あなたが毎日欠かさずにやっている遊びは、絶対に安全ということよ」と纏めたアメリアの言葉に、ジョナサンは雲一つない青空のような笑顔を見せた。

「それならたくさんあるよ、ついてきて!」
「もちろん。だから、置いて行かないでね?」
「アッハハ! きみってヘンなことを気にするんだね! これからいっしょに遊ぶのに、そんなことしないったら」
「本当に?」
「本当さ! そんなに心配なら手を引いていってあげようか?」

口調からしても冗談のつもりだったのだろうが、それでもジョナサンは手を差し出した。やはりその姿は、ただひたすらに純粋無垢な少年であった。そして、その全てが真っ直ぐだったからこそ起きた「異常事態」とも言えよう。
次の瞬間、アメリアは迷いなくジョナサンの腕に飛び付いたのだ。
その行動は恐らく“熱いものに触れた際には思わず手を引っ込めてしまう”ように、そうせざるを得なかった・・・・・・・・・・・だけなのだろう。しかし、そのまま仲良く駆け出した二人の後ろ姿は仲のいい兄妹のようで。その見た目だけは、なんとも微笑ましい空気を纏っていた。
 
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