意気地なしヒーロー。
半歩だけでも前進
「大丈夫? なんか元気ないね」
その後、無事先生たちが救援に来てくれて、敵は逃げ去り事無きを得た。緑谷以外の生徒たちに怪我らしい怪我もなく、学校へ帰るためのバスで、隣に座っていた耳郎さんにそう声を掛けられた。
「え……あ、うん……そうかな」
「うん……まあ元気でいろって方が無理かもしれないけど」
「あはは」
空笑いを返して、フッと視線を逸らす。
こんな戦わざるを得ない場面でも、私は何も出来ずに、ただ轟くんを広場まで運んだだけだった。何も出来なかった。だけど悔しさもなく、怖かったという感情だけが私の中に残っていた。何も出来なかったのに、悔しくない。呆れるくらいに私は、ヒーローになる気質じゃない。
「……ねえ耳郎さん」
「…ん?」
「私やっぱり、ヒーローには向いてないね」
「……え」
つい、そんな事をこぼしてしまって、私は誤魔化すように笑った。そうして、驚いたような顔をした耳郎さんが口を開こうとしたとき、バスが学校に着いた。なにか言われる前に、さっさとバスを降りる。
それからは教室に戻って、軽い事情聴取を受けた。事情聴取を終えて外に出るとお父さんとお母さんが駆け寄ってきて、大層心配された。ヒーロー科に無理矢理放り込むような両親だけど、ちゃんと心配はしてくれるんだな、とどこか他人事のようにそう思った。お父さんとお母さんの心配そうな顔を見ていたら何だか安心してきて、涙が溢れてきた。怖かった。敵も、あの殺されそうになったあの瞬間も。苦しい。何も出来なかったのに悔しいとさえ思えない自分に、腹が立って、苦しい。大きな声で泣き喚いた。子供みたいに泣きじゃくった。近くで先生が見ていたけど、何も言われることはなかった。
次の日は臨時休校だった。物間に謝りたいと思っていた私は少しそれにがっかりして、しかしどこか安堵もしていた。仲直りをするのが怖かった。学校に行くのも、怖かった。ヒーローに本気でなりたいと思っている皆はきっと、昨日のことを糧にして更に精進していくんだろう。だけどそんなことひとつも考えていない私が、その場所に行くのは、怖くて仕方がなかった。
特に何もすることもなく、部屋のベッドの上でボーッとしていた。両親は共働きで、普通に平日の今日は二人とも仕事に行っていた。何も考えず、暫くぼんやりとしていると、インターホンが鳴った。何だとダルい体を起こして、ボサボサの頭のまま出て行く。どうせ回覧板とか宅配とかその辺だろう。
「はーい、どなたですかー…………………え?」
ガチャ、と扉を開け来客者の顔を確認して、私は固まった。そうしてそのまま扉を閉める。しかしバタン、と閉まった扉を、バン!と勢い良く叩かれて、私は慌ててまた扉を開けた。
「はい! すみません!! 相澤先生!!」
突然の来客者――相澤先生は、それはそれは不機嫌そうに私を見て、「何故そう無駄なことをするんだ」とブツブツ文句を言っている。ひい、ごめんなさい。すみません。どうにも相澤先生が苦手な私はすっかり恐縮しながら、先生を伺い見る。何だかいつもよりきっちりした格好をしてきている。やはり親の前だからだろうか……まあでも包帯まみれだけど。まああんなことあった後だし……っていうか休んでなくていいんだろうか…?
「えっと……ど、どうして家に…?」
「…石動、今日親は」
「ど、どっちも仕事です」
「……チッ」
「(舌打ち)」
「まあいい。お前に話がある」
「は、話…? ですか?」
若干ビクビクしながら、とりあえず先生に家の中に入ってもらった。あ、そういや私髪ボサボサのまんまだ……うわあ……まあいいや……相澤先生だし……
「む、麦茶かコーヒーくらいしかないんですけど…」
「茶でいい」
「あ、はい」
麦茶を相澤先生のぶんだけ注いで、急いで持っていく。うわあ、相澤先生が家にいるよ……二人だけとか何その拷問こわ……
相澤先生は軽く礼を言って麦茶を少し飲んで、私を見た。ドキリとする。
「単刀直入に言わせてもらうが」
「は、はい」
「石動、お前はヒーローになりたいと思っているか」
「……え」
「バスでの話は聞いていた。元々ヒーロー科に来るつもりがなかったことも、知っている」
「………」
「正直に言うと、俺はお前をヒーロー科から除籍したいと思っている」
ズシン、と相澤先生の言葉が確かな重りとなって私にのしかかって来た。除籍。確かに、真っ当な処分だ。
「まあ、除籍とは言っても、普通科への転科になるんだが。お前の個性は便利だ」
「はあ……」
「それで、どうする。俺は決めない。お前が決めろ」
転科。正直、願ってもない誘いだ。危険なヒーロー科から、そこそこ安全な普通科に転科できる。すぐさま私はその誘いに頷こうとして――、出来なかった。なぜだかは分からない。分からないが、首が動かない。声も出ない。まるで、心の奥で、転科することを拒否しているようだった。
おかしい。私がヒーローになりたくないのは変わらないし、昨日のこともただ怖いだけで、何も出来なかったことに対しての悔しさなんてものもひとつもなくて。だから普通科への転科なんて、願ってもない誘いなのに。
「……わから、ないです」
「…は?」
「正直に言うと、転科はしたいです。だけど、したくない」
「……何を言ってるんだお前は」
「す、すみません。えっと、自分でもよく分からないんですけど。えっと……だから…」
自分でもよく言いたいことが分かっていない中、とりあえず私は思ったことをそのまま口にする。
「ヒーローには、なりたくないです。それは変わりません。ヒーローになるのは怖いし、私には、ヒーローになるだけの覚悟が足りない。足りないっていうか、ゼロです。生半可な覚悟すらありません」
「………」
相澤先生が眉を寄せた。それにビクつきながら、言葉を続けた。
「だけど、皆、周りの皆、ヒーローを目指してる皆はキラキラしててかっこいいなって思います。昨日も、圧倒的な強さを持つオールマイトはかっこいいと思いました。目標がある皆は、かっこいいと、思いました」
やはり自分が何を言いたいのかが分からない。一旦言葉を切って、俯く。
「昨日の、敵襲撃では、私は特に何ができるわけでもなく、終わりました。何も出来なかったのに、その後、悔しさすら湧いてきませんでした。あったのは単純な恐怖だけでした。やっぱり私はヒーローになる気質じゃないなって思いました」
でも、と、また続ける。
「悔しさも湧いてこない自分に、怒りは湧いたんです。どうして悔しくないんだって、腹が立ちました。それって、自分の中に、少しでも向上心、みたいなものがあるってことだと思うんです」
そこまで言って、漸く自分の言いたいことを理解して、少し頭の中がすっきりした。パッと相澤先生を見る。相澤先生は相変わらず、ムスッとした顔をしていた。
「だから、まだヒーロー科にいたいです。これから、ヒーロー科に相応しくないと先生が思ったら、除籍してくださって構いません。転科もなくていいです。だから、お願いします」
言い終わって、ジッと相澤先生の顔を見据えた。思えば怖がって、こうしてじっくりと相澤先生の顔を見たことはなかったかもしれない。まあこうしてちゃんと顔を見れるのも、包帯まみれで顔がよく分からないお陰なのだが。
「…はあ」
大きな、溜息。私はビクリと肩を震わせた。
「なんだ、その答えは」
文句のような言葉が漏れる。何か、間違えただろうか。いや、間違いだらけなのは間違いないんだけど、でも、これが私にとっての最善の答えだった。今の私に、これ以上の答えは出せない。
「…俺は、相応しくないと思った奴は問答無用で除籍する」
「は、はい」
「転科も嘘だ。あんな甘えた提案に食いついてきてたら、即俺は帰ってた」
「えっ」
マジか、危なかった。
「まあ、正直満点どころか及第点にも程遠い答えが返ってきたが…」
相澤先生は額に手を当てて、もう一度、大きな溜息を吐き出した。
「今回は、大目に見てやる。その代わり、次、もう一度俺が聞いた時、及第点の答えを出してみろ。出せなきゃ、お前は除籍。退学だ」
「…えっ、あ、いや、はい!」
あまりに厳しい…いや相澤先生からすればとても甘いんだろうけど、私には厳しいその言葉に、私は少し戸惑ってしまった。辛うじて頷いたものの、次にちゃんとした答えを返せるかどうかは、正直分からない。そもそも次っていつなんだろう。
「話は終わりだ。帰る」
「えっ、あ、はい、えっと、ありがとうございました…?」
果たして挨拶はこれでいいのか若干の不安を感じつつ、私は先生を送り出した。「また明日」と手を振られ、慌てて頭を下げた。うーん、また明日、か。
「明日…」
物間に謝らないと。
▽
そうして、次の日。意気込んで学校にやってきたものの、いつものように校門辺りで偶然ばったり会うこともなく、教室までの道のりを歩いた。いつも物間が声掛けてきてたもんなあ、と頭を掻いて、溜息を吐き出した。溜息で少し昨日の事を思い出して、少し気分が沈んだ。ああ、除籍は嫌だなあ…
と、そんなことを考えて教室に入ると、ふと、大きな声で名前を呼ばれた。え、と、顔を上げる。
「瞬! 良かった、来たんだ」
名前を呼んだのは耳郎さんで、何やらホッとした顔でこちらを見ている。え、なに? 良かった来たんだって? 来なきゃ良かったのにって? いやでもそんな感じじゃないよな……え、なに?
混乱しながらどうしたの、と問うと、だって、と耳郎さんが口を開く。
「一昨日、なんか元気ないし変なこと言ってたし、もう辞めちゃうのかと思って」
「変なこと?」
「やっぱりヒーローには向いてない、とか」
「え、あー、それは」
あまりにも堪えてて、ついこぼしてしまった言葉だ。耳郎さんがそんなに気にするなんて思わなかった。何だか申し訳ない。
「ごめん、何でもないんだ。えっと、除籍とかされない限りは、辞めるつもりはないから。大丈夫。ほんとに、ごめん。耳郎さん」
そう言うと、耳郎さんはホッとしたように笑った。可愛い。私のことをこんなに考えてくれてるなんて思わなかった。嬉しい。
少し感動していると、ふと耳郎さんが思い立ったように私の名前を呼んだ。
「その耳郎さん、っていうのやめなよ。響香でいいから」
「えっ」
「いや?」
「そんな滅相もない! 呼んでいいならぜひ!」
耳郎さん、基響香ちゃんはそんな私になにそれ、と軽く笑った。何だか少し、響香ちゃんとちゃんと友達になれたようで嬉しかった。
prev next
Back to top
ALICE+