この想いが掴むもの
09
部屋に戻って一息ついていると外から話し声が聞こえた。
声からして沖田、斎藤、平助だ。
時間的に、夕飯を持ってきたのだろう。
千鶴の部屋に誰かが入っていく気配がした後、龍のいる部屋の障子が開けられた。
***
「なに?食べさせて欲しいの?」
まだ随分と残ったままで箸を置いた龍に、ニコリと微笑みを浮かべた沖田は、そんなことを言い放った。
膳を持ってきた沖田が珍しく、部屋に留まって食事するのを見ていたから、何かあるとは思っていたが
「そんなこと言ってないだろうがっ!食欲が無いんだよ!」
身体を動かしたおかげで、少しは食欲が戻ってきたようだったが、まだ完璧にという訳でもないので多少食べられなくてもしょうがないと思う。
「ふーん?そんなに元気なのに?」
食い付く龍に疑いの目を向ける沖田。
龍は沖田を睨み付ける。
「いや、だから!っむぐ!?」
口を開いた瞬間、いつの間にか箸と茶碗を持った沖田に、食べ物を放り込まれ龍は驚いてそのまま飲み込んでしまった。
「はーい。よく噛んで食べるんだよー」
楽しそうに笑ってる沖田に
「な、なっ…!」
と龍は言葉にならない叫び声を上げた。
かあっと顔に熱が集まるのが分かる。
それを面白そうに見る沖田。
無性に恥ずかしくなって沖田が持っている茶碗と箸を奪うと
「じ、自分で食べられる!」
沖田から茶碗と箸を遠ざけるように龍は横を向いた。
「最初から大人しく、そうしてれば良かったんだよ」
沖田はくすくす笑いながら楽しそうにそう言った。
ああ、腹が立つ。
ここで声を荒らげたものなら、沖田の格好の餌食になると分かっているので、ふて腐れながら、仕方なくご飯を掻き込む。
「ねえ、それ……」
沖田が見ているのは土方さんから貰った太刀で、その表情はいつも通りにこやかなのに、瞳の奥には困惑というのか、戸惑いというのか……そんな感情が見え隠れしているような……気のせいか?
「それなら、土方さんから貰ったんだ」
「ふ〜ん?」
沖田は興味なさそうに返事をするが、視線は太刀に向けたままだ。
「(自分から聞いた癖にふーんってなんだよ)」
そんな沖田を見ながら龍がそう思っていると太刀から目線を外した沖田と目が合う。
その顔に、楽しい事を思い付いたというような笑みを浮かべた。
なんだか、嫌な予感しかしない……。
「僕と勝負しようよ」
「……」
やっぱり。
「あんたと勝負なんかしたら、命がいくらあっても足りないだろうが」
龍が呆れたように吐き捨てると小馬鹿にしたような口調で沖田が喋る。
「へえ?怖いんだ?……隊士になってもいいって言ってた人の言葉とは思えないなぁ」
「いや、あんたのことだから手加減なんてしないだろ」
「勝負に手加減もなにも無いと思うけど」
龍の言葉に沖田は冷たく言い放つ。
「そもそも、なんで俺となんて勝負したいんだよ」
「昼間、新八さんと勝負してたじゃない。あれ見てさ、僕が徹底的にめった打ちにしたくなったんだよね」
笑顔で恐ろしいことを言うなっ!
龍が顔をひきつらせていると、部屋の出口近くから声がした。
「……総司。いい加減にしろ」
いつの間に部屋に入っていたのか……斎藤と平助が立っていた。
三人俺の部屋にいていいのか?
千鶴の見張り誰もいないんじゃ……?
そんな龍の心配なんか頭にもないのか、もともと気にしてないのか、そのまま沖田は話し出す。
「この子はやるって言ってたよ、ね?」
いつどこでそうなった。
笑顔の沖田を胡乱げに見やる。
「……俺はやるなんて一言も……」
「まだ無理させちゃ駄目だって!」
龍の言葉を遮るように話し出す平助。
「今日だって急に倒れたんだろ!?」
「だから、僕がその根性を叩き直してやるって言ってるんだよ」
……呆れてものも言えないってこの事なのか。
貧弱だから勝負したいってのか。
「総司。止めておけ。副長の耳に入ったら……」
「大丈夫。大丈夫。誰も言わなきゃバレないし」
「バレるバレないの問題ではない」
次は斎藤が沖田を止めさせようとしているので、こっそり心の中で龍は応援する。
「一君も言ってたじゃない。あいつの剣術が気になるって。戦えばわかると思うけど?なんだったら一君が確かめるのでも構わないよ?僕がやったら、うっかり殺しちゃうかもしれないし」
だから笑顔で恐ろしい事を言うのは止めてくれないだろうか。
というか、斎藤も昼間の見てたのか。
ジッとこちらを見る斎藤。
何故見る。
瞳が悩むように揺れている…このままじゃヤバイ。
龍は本能的にそう思い口を開く。
「いやいや!斎藤でも嫌だからな!見てたなら分かると思うが、自分の身を自分で守れるぐらいしか剣術の腕はないぞ!?」
「うん。そんなの分かってるよ」
さらりと沖田はそう言う。
「だったら!」
「刀を交えないと分からないこともある」
さっきまで反対だった斎藤が沖田側についてしまったらしい。
最後の望みである平助に助けを求める。
「平助からも、なんとか言ってやってくれ!」
「……なんつか、ご愁傷さま?」
申し訳なさそうに言う平助に口がふさがらない。
わなわなと体が震える。
「この、やろ……!」
悪態をつく龍を沖田は見やりながら
「今日は遅いから、明日ね」
と笑顔を振り撒きながら出て行った。
出て行く時に「逃がさないからね」と釘を刺すのは忘れなかった。
斎藤もチラッとこちらを見て、何も言わずその後をついて部屋から出て行く。
平助は「総司は、ああ言ったら止められないから、ごめんな…?」と申し訳なさそうにしながら、ついでにと膳を持って出て行った。
……はあ。なんだか疲れる一日だった。
ガクリと肩を落とす。
もう、さっさと寝ることにしよう。
「一君、本当に明日勝負するのか?」
「ああ、確かめたいこともあるしな」
膳を持って追い付いてきた平助の言葉に斎藤は頷きながら言葉を返す。
「確かめたいことって?」
「……それは、まだ言えん」
平助の疑問に、斎藤は視線を反らして答えた。
「一君は、あの子が井吹君じゃないかって思ってるみたいだよ」
「総司!」
「いいじゃない。平助だってそう思ってるんでしょ?」
斎藤の鋭い声に気にした素振りもなく、沖田は言い放つ。
「……でも、そんなことがあるはずない。龍之介が死んだのは総司も一君も見たはずだろ?それに、あいつ女だし」
困惑気味に言う平助に沖田は笑みを浮かべた。
「生まれ変わりかもよ?」
「そうかもしれないけどさ、記憶まで持ってる訳じゃないだろ。似てるかもしれないけど、あいつはあいつだ」
沖田の言葉に平助は首を振りながら否定する。
「そうとも限らないんだよねぇ」
「それ、どういう意味だよ!?」
平助がバッと沖田に顔を向けて、言葉の意味を知ろうと瞳を覗きこむがニコニコと笑顔でいるだけで答えない。
「そのままの意味だ。……あいつが新八と試合をしてた時、左之と一緒に平助も見ていたな?」
「途中からだったけど……」
斎藤の言葉に頷き、平助は何が言いたいのか考える。
「最後、新八はどうしていた?」
その言葉に平助はハッと息を飲む。
「その後、あいつは様子がおかしくなり倒れた」
そんな、まさか。
そんな考えが平助の頭によぎる。
「だけど、それだけじゃ、まだあいつが記憶あるって事にはならねぇだろ」
平助の言葉に頷き斎藤は口を開く。
「ああ、だから確かめるんだ」
そうか。と頷きながらもポツリと呟く平助。
「……でも、大丈夫なのかな」
「なにがだ?」
「だってさ、もし、本当に記憶があったとしてだけど……余計な記憶まで思い出しちゃったら……思い出してたらどうすんだよ?」
「それを確かめるためでもあるんだよ。今、何か思い出してるのか。……まあ、余計な事を思い出したら、その時は斬ればいいだけの話でしょ」
そう言って、ひらりと自室に向かって歩きだす沖田を平助と斎藤は黙って見送った。
……総司なら本当にそうするかもしれない。と平助は思う。
そんなことには絶対になって欲しくない。
また、あんな思いをするのは御免だ。
あの雨の日、あいつは……。
なにも思い出さない方がいい。
もし生まれ代わりだとしても記憶なんか持ってない方がいい。
だけど、もし記憶があるなら……と思っているのも事実で。
平助は龍に対してどういった態度を取ればいいのか掴めなかった。
だって龍は龍之介に似てるけど龍之介でなくて、男でなく女で、だけど性格や顔、言葉遣いが龍之介にそっくりで……。
どう接していいのか分からなくて、余り関わらないようにしていた。
遠くから龍の表情や仕草を見た時、ああ龍之介だって思った。
心の中の穴が埋まるようなキチリという音が聞こえたような気がした。
……だけど、
「あぁ〜っ!訳わかんねえっ!……だけど!」
このままでいいとは絶対に思えなくて、平助はキッと前を見据えると膳を持ったまま走り出した。
突然叫び出したかと思うと、走り出した平助に斎藤はため息をついた。
食器を落として割らなきゃいいが。と。
back