この想いが掴むもの
08
なんとなく龍が障子を開けると永倉が外にいた。
今日の見張りは永倉だったらしい。
「ん?どうしたんだ?」
「いや、何でもない」
ぱちりと目が合い、問いかけてきた永倉にそう答え、龍は障子を閉めようとする。
「いやいや、何か用があったんじゃねぇのか!?」
永倉は焦ったように障子を押さえつけた。
龍は、そんなの気にせず、むぎぎぎと力いっぱいに障子を閉めようとする、が
「なにやってんだよ!?」
永倉は反して開けようとする。
「何でもないってば、手を離せっ!」
意地でも閉めようとするが力では敵わないらしく、ちっとも閉まらない。
龍が諦めて手を離すとスパンッと音を鳴らしながら障子が全開したと同時に
永倉が「ぬぉわっ!」と変な声を出しながら勢いよく部屋に入ってくる。
ぶつからないように龍はサッと横に避けた。
数歩、たたらを踏む永倉に
「あんた、何がしたいんだ」
多分、永倉が一番思ってることを言うと、
「それは、俺が一番聞きたいんだが」
永倉は恨みがましく龍を見ながら、ぶつぶつ呟いた。
「そう言えば、見張りは永倉だけか?」
龍が部屋の外を窺いながら聞く。
「ああ、今日はな」
体勢を直した永倉が、こちらに向かいながら頷いた。
「なあ、一人で二部屋も見張るの大変だろ?千鶴も暇だろうし、隣に行っちゃダメか?」
そう言うと、永倉は少し考えるようにした後、ニカッと笑う。
「まあ、構わねぇよ」
千鶴の部屋に行くと「龍さん!」と笑顔で言いながら千鶴は駆け寄ってきた。
少し会って無かっただけなのに、何だか懐かしい。
「……なんだか龍さん、痩せた?」
「いや、気のせいだろ」
心配顔でそんなことを言う千鶴にドキリとしながら、龍は平静を装う。
「気のせいなんかじゃないよ!」
眉毛をつり上げて千鶴は怒る。
「皆さんが言ってた。龍さん、ご飯を食べないって!ずっと心配してたんだから!」
「千鶴ちゃん。もっと言ってやってくれ。こいつ俺らがなに言っても全然ダメなんだぜ」
何故か一緒に部屋に入って来た永倉にも呆れ顔で言われ、うっと言葉が詰まる。
大きな瞳に涙をいっぱい溜めている千鶴。
本当に心配をかけてしまったんだな。
「悪かった」
目を伏せて素直に謝る。
「うん。……無理に食べてとは言わないけど……」
「ああ、少しずつでも食べる。これ以上、心配かけたくないからな」
そう言うと安心したように笑う千鶴につられ龍も頬を緩ませた。
「あれ……?それ、どうしたの?」
龍は千鶴の視線をたどるように自分の腰に下げられた太刀に目を向ける。
「ああ、これか?土方さんから貰ったんだ」
太刀を腰から外し千鶴に見せる。
その太刀を見つめながら、龍はボソリと呟く。
「刀を持つからには、覚悟が必要、だな……」
「お前、大丈夫かぁ?そんなん持ってても、すぐに殺られちまうんじゃねえか?」
永倉がからかう様に刀と龍を見る。
「……俺は、自分の身は自分で守れる。護身術程度の力はあるつもりだ」
ムッとしながら言う龍に、永倉は疑いの目を向ける。
「本当かよ」
永倉は、少し考えるようにしてから「ちょっと待ってろ」と言って部屋を出て行った。
「……なんだってんだ?」
急に部屋を出て行ってしまった永倉。
残された龍と千鶴はただ首を傾げるだけだった。
しばらくすると、ドタドタと騒がしく永倉が戻ってきた。
手には木刀が握られている。
「よし。外に出ろ!」
なんだ?なにが始まるんだ?
龍は困惑しながらも言われた通り部屋から出る。
千鶴も後ろから心配そうについてきた。
「試合するぞ!」
「はあ!?なんでだよ?」
いきなりの言葉に呆れ返って言うと、永倉はニカッと笑う。
「そりゃあ、お前の実力を知るために決まってるじゃねぇか」
「……」
龍が何も言わず疑うように見ると慌てたように付け足す。
「そ、それに、身体を動かせば、腹減るだろ!?腹減れば飯も食う!いい案だろ!?」
今、その理由を考えたんじゃないだろうな。
ジト目で見ると永倉は目を泳がせて反らした。
まあ、永倉が言うことには一理ある。
「……分かった。だが、試合ってその木刀で打ち合うのか?」
「!…ああ、そうだぜ」
龍の言葉に永倉は目を輝かせ、千鶴は小さく「えっ!?」と声をあげる。
「だ、駄目です!龍さん、女の子なんですよ!?それに、体調だって万全じゃないのに……」
心配だという千鶴に永倉は笑顔で口を開く。
「大丈夫だって!軽く動くだけだからさ。それに本人がやりたいって言ってんだし、な!」
「まあ」
間違ってはないので頷く。
「危ないと思ったら止めて下さいね!」
千鶴はそこまで言うならと渋々と引き下がった。
ほれと渡された木刀を受け取るとその重さに驚いた。
本当に刀と同じ重さなんだな。
龍は土方から貰った太刀を千鶴に預けると永倉に向き直る。
「あ、そうだ。試合形式はわかるか?」
「胴か小手か……何処かに木刀があたるか、木刀が手から離れたりして戦えなくなる状態にすれば勝ちだろ?」
龍が、そう言うと永倉は嬉しそうに笑う。
「ああ、そうだ。よし、んじゃ、千鶴ちゃん審判頼むわ」
「わかりました」
千鶴が頷くと永倉が木刀を構えた。
「どこからでもかかってこい!」
「始め!」
千鶴の声と同時に龍は地を蹴る。
すぐに仕掛けるとは思ってなかったのか、目を見開く永倉だったが、そんなことは一瞬のことでニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
先手必勝というように、木刀を打ち込むが、簡単に受け流される。
そうなると予想してたので、直ぐ様体勢を立て直し攻撃に転じるが、その攻撃が達する前に反らされる。
やっぱり永倉は強い。
どこにも隙がない。
永倉から距離を置いて、様子を伺う。
「なんだあ?それで終わりか?」
ニヤニヤしながら永倉が言ってきた。
「まだまだっ!」
龍がそう言いながら木刀を振り上げると、永倉がそれを受け止め鍔迫り合いになる。
力では敵わないのは、障子の件で分かってたので、力いっぱい押してその勢いを借りてそのまま飛び退く。
「そろそろ、こちらからも行くぜ!」
さも楽しそうな顔をしながら永倉は打ち込んできた。
ズンと腕にくる重さに、つい顔をしかめる。
「っ!」
なんとか、受け流すことに成功したが、木刀を構え直す前に永倉によって龍が握っていた木刀は後方に飛ばされた。
「これで終いだな」
木刀の先端を龍の喉元に向けながら、笑顔を向ける永倉。
呆然としていた千鶴は我に返ると「永倉さんの勝利です!」と試合が終わったことを告げた。
「なかなか面白かったぜ!」
木刀を下げながら、永倉が言うが龍からは反応がなにもない。
俯き固まったように動かない龍に千鶴もどうしたのかと表情を伺う。
「龍さん!?」
顔を見た瞬間、千鶴は声を上げ、駆け寄る。
真っ青な顔をして今にも倒れそう。
よく見ると肩を小さく震わせている。
「龍さん、大丈夫!?」
千鶴の声が遠くで聞こえる。
そ、うだ……。
俺は、あの時……
誰かに、
喉を斬られて…………。
断片的によみがえる記憶。
――俺は、まだ……!――
手を伸ばしても届かない大きな背中。
呼び掛けても届かない声。
雷雨
刀が交錯する音。
――いけ……ん!――
――…っき!し…――
――……俺………――
いろいろな感情や記憶がないまぜになっていく。
あれ、は…
あのひとは…
いっ、たい
だれ…………?
そう思ったのと、千鶴と永倉の焦ったような声を聞いたのを最後に、龍の意識は暗転した。
*****
龍が目を開けると、自室の天井が視界に入る。
布団の中で眠っていたようだった。
いつの間に、寝たのだろうか
確か千鶴の部屋に行って、永倉と勝負を……。
「あ」
思い出した。
多分、あの記憶…というかあの情報…?
のせいで頭が容量オーバーと拒否反応で倒れたのだ。
「俺は……一度死んでるのか……?」
記憶の中の自分はしっかり首を斬られていた。
布団から起き上がり、喉元に手を触れる。
そこには、傷なんてあった痕跡もなかった。
自分が今まで育ってきた場所は、そんな"刀"がある時代じゃない。
ましてや、"刀"で斬られるなんて忘れたくても忘れられるものでもない。
一体、どういうことなのだろう……。
「入るぜ」
そう言って入ってきたのは永倉だった。
「悪い!」
入ってきて龍が起き上がっているのを見た途端、土下座をするような勢いで頭をさげた。
「は?…え?」
いきなりのことで頭がついていかない。
一体なんのことで謝られているのか理解出来ない。
「お前が、あんまり体調よくねぇのに、無理させちまった!」
再度、頭を下げる永倉に慌てて頭を上げるように言う。
「いや、止めてくれ!あんたが悪い訳じゃない。俺も身体を動かしたいって言ったんだし」
永倉はその言葉に、腑に落ちないような顔しながらも顔を上げる。
そのことにホッとすると、あの記憶が頭をもたげる。
サッと顔色が変わった龍。
「どうした?」
「……なんでもない」
龍は首を振る。
その思い詰めたような表情で、なんでもない訳ないのに。
きゅっと唇を噛みしめている様を見る限り、きっといくら聞いても口を割ることは無いだろう。
永倉は、はぁと軽くため息をつくと、龍の頭に手を乗せる。
「無理には聞かねぇが、言いたくなったら話せ。話ぐらいは聞いてやる」
ぽんぽんと頭を叩く永倉。不思議と心が落ち着く。
兄が居たらこんな感じ……なのだろうか。
「……それ、原田にも言われた」
「なんだ、左之にも言われたのかよ」
ガクリと落ち込む永倉がおかしくて笑いが込み上げる。
「永倉、ありがとな」
龍が少し微笑みながら言うと永倉は嬉しそうに笑った。
ぐしゃぐしゃと龍の頭を掻き回し、永倉は部屋から出て行く。
そうだ。きっと千鶴にも心配をかけたのだろう。
謝らなくては。
そう思い布団から抜け出して障子を開ける。
すると、試合をした時は真っ青な空が広がっていたのに、今は西の方角が茜色に染まり、夜の帳が空を覆おうとしている。
随分と寝てしまったんだな。
そう思いながら千鶴の部屋に入った。
案の定、心配していた千鶴にこっぴどく叱られる羽目になった龍だった。
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