この想いが掴むもの
10
「それじゃ、隣のご飯、突撃だ!弱肉強食の時代、俺様がいただくぜ!」
「ちょっと、新八っつぁん!なんでオレのおかずばっか狙うのかなぁ!?」
「ふははは!それは身体の大きさだぁ!大きい奴にはそれなりに食う量が必要なんだよ!」
「じゃあ、育ち盛りのオレは、もっともっと食わないとねー」
「ああっ、何すんだてめぇ!」
「へへへっ。もう食っちゃったもんねえだ。うわっ!?返せ、オレのお浸しっ!」
龍の正面で永倉と平助が飯のおかずを取り合って騒いでいる。
はっきり言ってうるさい。
俺は騒がしいのは好きじゃないんだが。
龍は呆れ返り、ため息をこっそり吐く。
なんでこうなったのか。
それは、遡ること数分前になる。
「お前も一緒に食べようぜ!」
「は?」
何故か膳を持った平助が、部屋を開け放った瞬間そんなことを言った。
今、まさにご飯を食べようと箸を手にしたところだったので、ポカンと見上げてしまったのはしょうがないと思う。
「あ、さっきさ、千鶴は見張られて飯食ってるんだけど、だったら皆のところで一緒に食べればいいじゃんって話になってさ。ついでにお前も誘いに来たってわけ!」
千鶴見張られて飯食ってたのか。可哀想に。
千鶴に同情しながら
「話はわかったが、部屋から出たらマズイんじゃないのか?」
龍が疑問を口にすると、平助は問題ないという風に笑みを浮かべた。
「土方さんは大坂に出張中なんだから大丈夫だって」
「いや、俺は部屋で……」
「ほら、ぐずぐずしてないで行くよ」
龍が断る言葉を言い切る前に、いつの間にか沖田が龍の膳をひょいと持ち上げて、さっさと歩き出した。
「あ、おい!ちょっと待てって!」
沖田を引き止めようとするが、それは叶わなく「置いてくぞ」と平助がチラリとこちらを見てから歩き出した。
行き場のない手を下げ、仕方なく立ち上がり平助たちの後を追いかけ食事が始まった途端、冒頭の騒ぎに戻るわけである。
「毎回毎回、こんななんだ。騒がしくして、すまないな」
原田が首をすくめて千鶴に謝った。
「い、いえ……。それより、沖田さんはもういいんですか?」
沖田は早々に箸を置いてお茶をすすっている。
「あんまり食べるとバカになるからね」
にやっとしながら、龍を見やる沖田。
なんで、そこで俺を見る。
「……俺がバカだって言いたいのか」
沖田にジト目を向けながら、龍は口を開く。
「ん?そんなこと言ってないけど?」
沖田は、ニヤニヤしながら返してくる。
「あんたなぁ……、あんだけ人に食べろって言っておいて……!」
龍が思いきり睨み付けるが沖田は意に介さないで、クツクツ肩を震わせて笑っている。
その行為が余計に腹立つわけで。
肩を怒りで震わせながらも、こちらが大人にならなければと自分に言い聞かせていると「隙ありっ!」平助が龍の大事なおかずをかさらっていった。
「あ」
龍はおかずを目で追いかけた。
龍の視線なんて知らぬそぶりで平助は口の中に素早く入れると咀嚼してごくん飲み下した。
あれは、俺の大好物なのにっ!
「沖田のせいで、おかずが取られたじゃないかっ!」
「なに言ってるのさ、自業自得でしょ。僕のせいにしないでくれる?」
龍はキッと睨み付けながら沖田に食い付くが沖田は飄々として笑っている。
「あ、あの、龍さん。私のおかずよかったらどうぞ……?」
千鶴がおずおずと、おかずを差し出してくる。
「こんなやつにあげる必要ないよ」
「こんなやつってなんだ!千鶴、気持ちはありがたいが気にしないで食べろ」
「そうだよ。千鶴ちゃんは、ただ飯とか気にしないで、お腹いっぱい食べるんだよ」
沖田は嫌味たらしく、にやついて言う。
いちいち腹立つなっ!
「……す、少しは気にします!」
「気にしたら負けだ。自分の飯は自分で守れ」
もぐもぐとご飯を噛みながら、斎藤が生真面目に千鶴に諭した。
「は、はい!」
いい返事をして千鶴は、自分の膳を引き寄せるとそんな自分の行動がおかしかったのか千鶴はクスッと笑みをこぼした。
なんだか千鶴久しぶりの笑った顔だ。
「やっと笑ったな」
「え?」
原田は、先ほどから千鶴を見ていたらしく、そんなことを言った。
「最初からそうやって笑ってろ。俺らも、おまえを悪いようにはしないさ」
「原田さん……」
千鶴は嬉しそうに微笑んだ。
良かった。結局、千鶴に対して俺は何も出来てなくて……。
ホッとした半面、申し訳ない気持ちになる。
その時、右頬っぺたに痛みが走った。
引っ張られるままに顔を向けると沖田が龍の頬をつねっている。
沖田は、おもむろに左頬も掴んで横に引っ張った。
「なゃ、なゃにすんだよ!?」
引っ張られる痛みで、龍はその手を離そうとするが離れない。
「ぷっ……面白い顔!」
沖田はケラケラ笑って引っ張るだけ引っ張ってやっと離してくれた。
ヒリヒリする両頬をさすっていると「約束忘れてないよね?」と沖田が顔を覗きこんできた。
「約束?こいつとなんか約束したのか?」
原田がそう聞き返す。
「うん。僕か一君のどちらかと勝負する約束なんだよね?」
「はあ?そんな約束したのか?」
笑顔で頷きながら言う沖田と驚く原田。
呆れ返りながら龍は口を開いた。
「いや、やるとは言ってないんだが」
「なに?今更怖くなったの?」
沖田はニヤニヤしながら目を細める。
"そんなわけない"と口を開こうとしたとき、永倉が口を挟んだ。
「あのよ、どうせおまえら昨日の見てたんだろ?見てたならわかると思うが、実力を調べる為なら、俺が保証するぜ」
「新八っつぁん。今回は、そうじゃないんだよ」
今まで黙っていた平助が神妙な顔をして発言する。
「どういうことだ?」
永倉も原田も困惑した表情をして平助を見る。
「新八、最後こいつにどうしたか覚えているか」
斎藤が永倉に視線を送り問う。
「ああ、そりゃあ、昨日のことだし覚えてるが」
「では、あいつの最期を覚えているか」
その言葉に永倉と原田はハッとしたように目を見開いた。
「……なるほどな」
そう原田が言うとこちらを見た。
それにつられるように全員の目線が龍に向けられる。
千鶴は、何がなんだかといった表情で龍と皆の顔を交互に見ている。
当の俺も一体なんなのかよくわからない。
誰かわかるように説明してくれないだろうか。
困惑気味に口を開く。
「……一体なんの話だか、わからないんだが……」
「だけどよ、そんな事するよりこうした方が早いんじゃねぇか?」
そう言いながら永倉はおもむろに立ち上がって龍に近づくと刀を抜き取り切っ先を向けた。
「な、永倉さん!?」
突然のことに、驚く千鶴。
龍は茫然としながら、永倉と向けられた刀を視界に映すと否応無く昨日の記憶が甦る。
「っ!」
怖い。
カタカタと体が震える。
ノイズ混じりの映像が頭の中を駆け巡る。
――……さん!
……い……き!
まだ…………!
………………!
ザアザアと振る雨、雷……いろいろな声、声、声
頭に響いてガンガンする。
「やめろっ!やめてくれ!!」
龍は頭を抱えて振りながら叫んだ。
「これ以上、俺に入ってくるな!」
耳をふさいで目を閉じる。
そうすれば、これから逃げられるのではないかと思って。
「何が見えた!?何を思い出した!?」
誰かに肩を揺すられるが龍は耳をふさぎながら左右に首を振ることしか出来ない。
「もう、やめて下さい!!」
突然、ふわりと温もりを感じ驚いて龍が目を開けると千鶴が龍を抱き抱えるようにして、幹部連中を睨み付けている。
「こんなに怯えてるじゃないですか!」
「おまえには関係ねえ!おい!答えろ!」
必死の形相で永倉は龍に問い詰める。
「いい加減にして下さい!」
龍を庇うように前へ出る千鶴に、永倉が掴みかかろうと手を伸ばす。
このままじゃダメだ。
「やめてくれ!」
龍が悲痛に叫ぶとピタリと永倉が止まり龍を見た。
千鶴が心配そうに振り返る。
シンと静まる中、口を開いたのは沖田だった。
「……君は誰なの?」
「それは、俺が一番聞きたい……」
沖田の疑問に龍は力無く笑いながら続ける。
「俺じゃない記憶が、ここに来てから少しずつ思い出して……いいや、思い出すじゃないな。ふっと沸いて出るように俺じゃないはずの記憶が俺の過去、記憶として書き加えられていくんだ……。俺は一体誰なんだ?井吹龍っていう人間じゃなかったのか?」
自嘲気味になりながら自分というものを確かめるように手を見つめる。
「……その記憶ってなんなんだ?」
「ははっ。……俺が死んだ記憶だ」
原田の言葉に龍は笑うしか出来なかった。
「俺は誰かに首を斬られて殺された。誰かまでは、わからないが」
「ほ、他には!?」
複雑な顔の中に安心したような表情を見せている平助が食い付くように聞いてきた。
「どしゃ降りの雨と、自分がどこかに向かって、がむしゃらに走っている記憶……ぐらいだな」
毎晩見ていた、あの夢も誰かの記憶、過去なのだろう。
とんだ迷惑だ。
俺には関係ないのに。
「それだけか」
確かめるように斎藤に聞かれたので頷く。
「それ以外はなにも」
「そうか」
斎藤は龍から視線を外す。
永倉は刀を鞘に収めると「悪かったな」と謝った。
千鶴を見ると悲しげに顔を歪ましている。
俺は千鶴にこんな顔にしかさせられないんだな。
「そんな顔をしないでくれ。俺は平気だ」
「そんな……そんなはずないよ!自分が死んでしまうところなんて……怖くて、辛くて……しかも、誰かに……!」
泣きそうになりながら、千鶴は手を胸に当てる。
そんな顔をして欲しいわけじゃないのに。
優しい千鶴。
自分の事のように心を痛めなくていいんだ。
「ありがとう。千鶴」
俺は今……ちゃんと笑えているだろうか?
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