この想いが掴むもの
11

結局、この記憶は誰のものなのか。
なにか思い出したら必ず幹部の誰かに言えと言われた。
思い出しては困る事でもあるのだろうか。
その記憶の人物は、新選組にとってどんな人だったのだろう。
そして、そいつにとって新選組とはなんだったんだろう。
いくら考えてもよくわからなくて、最終的にどうでもよくなった。
俺は俺だ。

*****

相変わらずうるさい食事が粗方終わった頃、「ちょっといいかい?」と井上が部屋に入ってきた。
その表情からしてよくない知らせらしい。
龍の心臓がドクリと鳴る。
まさか。

「先ほど、土方さんから報せが入ったんだが、山南さんが隊務中に怪我を負ったらしい」

「えっ!」

その場にいる誰もが声を上げた。
龍はサーっと血の気が引いていくようだった。
だって、確かに願ったはずで。
やはり、変えられないのだろうか……?

「呉服商へ押し入った浪士と斬り合いになった折、怪我をしてしまったようだ」

井上は土方から届いた文に目を落としながら、あらましを告げた。

「それで、怪我の状態は!?」

永倉が急いて訪ねる。

「斬られたのは左腕とのことだが、命の別状はないく、怪我も大したことないらしい」
「良かった!」

ここにいる皆がホッと息をつく。

「(少し変わった……)」

ゲームでは、山南さんは剣が握れないほど、大怪我をしたはずだ。
だけれども大したことがないとはいえ、山南さんは怪我をした。
俺はあの時、なんて願った……?

「山南さんたち、数日中には屯所へ帰り着くんじゃないかな。……それじゃ私は近藤さんと話があるから」

せわしなく、井上は廊下を去って行った。
しばらくの沈黙のあと、沖田が口を開いた。

「山南さん、薬使うことにならなくて良かったよね」

総司、と永倉が鋭く制する。

「まあ…、確かに幹部が『新撰組』入りしなくて良かったが」

「え?山南さんは、新選組の総長じゃないんですか?」

千鶴がきょとんとしながら聞くと平助が違う違うと言いながら空間に文字を書く。

「新選組の選ってあるだろ、あれが『しんにょう』じゃなくて『てへん』の……」
「平助っ!」

龍があ、と思った時には平助が原田に殴り飛ばされ、けたたましい音をさせながら膳がひっくり返った後だった。

「平助くん!?」
「痛ってえ……っ!」

今のはかなり痛そうだな。なんて龍は思いながら静かに席を立つ。
なにか頬を冷やすものを持ってきた方がいいだろう。
その時、横から手を捕まれた。

「どこ行くの?」
「なんか冷やしたもの持ってくるだけだ」

手を掴みながら訝しげにしている沖田に眉を寄せながら答える。

「そう」

沖田はそう言うとすんなりと手を放した。
そのことに龍は拍子抜けしながらも勝手場に向かった。
水で冷やした手拭いを持ってきて平助の頬に当ててやると平助は目を丸くしながらも「ありがとう」とお礼を言った。

「お前も、今のは聞かせられるギリギリのことだ。気になるだろうが何も聞くな」

原田が龍に顔を向けながら言う。
千鶴を見ると暗い顔をして俯いているのがわかった。
多分、俺が居ない間に同じ事を言われたのだろう。

「……ん?何の話だったっけか?」

龍は山南の怪我の事を考えて、あんまり会話を聞いていなかったので、そう聞くと呆れたような空気が流れた。

「お前は……」
「ぶっ!」

原田が何か言おうとしたところに、沖田が耐えられないというように吹き出し腹を抱えて笑いだした。

「なにが、そんなにおかしいんだ」

ヒーヒーと笑い転げる沖田に龍が半眼を向けると

「……はー……笑い死ぬかと思った」

沖田は、なんとか笑いを収めて、なまじりに溜まった涙を拭いながらそんなことを言った。

「気に入ったよ」

いや。面白い玩具が手に入ったというような満面の笑みで言われても正直嬉しくないんだが……。

幹部連中と一緒に食事をするようになってから、部屋に戻っても暇なので、後片付けや食事などの手伝いをさせてもらうことにした。
千鶴も一緒にやるということで、今日は井戸の前にならんで食器を洗っている。
空には真ん丸の月が浮かんいて明かりが無くても大丈夫なぐらい手元を照らしてくれる。

「私…、龍さんが羨ましい。一週間経って、やっとみんなとも仲良くなれたと思ったのに、何も変わってないんだって思い知らされた……。でも、龍さんはそんなの関係なく見える」

こちらを見ないで視線を下に向けたまま言う千鶴。
一体どんな表情をしてるのか薄暗くてよくわからない。

「それは……前にあいつらが言ってただろ。俺は前いた犬に似てるんだって。多分、俺と重ねて見てるんだ」

「そうなのかな……」

「そうだって」

千鶴を元気づけながらも本当に犬かどうかも怪しい。と考えていた。
犬であそこまで取り乱すものなのだろうか。
もしかしたら人間だったのではないだろうか。
そう思った時、一つの仮定に行き当った。
あの記憶はそいつ……、井吹龍之介のものではないかと。
龍之介は知ってはいけないことを知って、あいつらに殺された……?
だから、俺に何か記憶を見たらすぐ言えと言ったのか?
俺が全てを知ったら、あいつらに殺される……?
そこまで考えが至ってゾクリと肌が粟立つ。
いやいや。そんなまさか。首を振ってその考えを否定する。

「あの、龍さん?」

「ん?なんだ?」

「急に考え込んでどうしたの?」

「なんでもないさ、…さあ、ちゃっちゃと洗い物終わらせちまおう」

ジッと見る千鶴の視線を感じながらも、龍は気にせず洗い続ける。
やがて諦めたのか、千鶴も手を動かし始め洗い終わるまで無言だった。

*****

朝、かなり早く目が覚めた俺は朝飯の準備を手伝おうと思い部屋を出た。
手伝いを初めてからというもの、見張りが居たり居なかったりする。
今日は誰も居ない。
信用されてきたって事なんだろうか。
そう思いながら勝手場に向かった。
そこには、井上が居て包丁を握って準備を始めていた。

「早いな。何か手伝うことはあるか?」

「ああ、おはよう。井吹君も早いね」

井上は振り向きながら微笑んだ。

「そうだな。じゃあ、それの火加減を見ててくれるかい?」

「分かった」

そう言われて指されたのは、恐らくご飯を炊いている釜だろう。
釜でご飯を炊くのは、数年前祖母の古い家で炊いて以来だが、まあなんとかなるだろう。
ええと、火吹き竹は……あ、あった。
かまどの火加減を調整しながら龍が井上を伺うと目が合った。

「ずいぶん手慣れているね」

「ああ、昔にやったことがあるからな」

「……そうかい……」

間が気になるな。何を思っているんだろう。
井上の目が寂しげに揺れている。
ああ……。
その目を見た瞬間悟った。
龍之介の事を思い出したのだ。
近藤さんも原田も山崎も……みんな時々そういう表情をする。

「(やっぱり……そうなんだ……)」

多分、龍之介とは違うのだと気付かされ落胆しているのだ。
でも、これではっきりした。龍之介は人で新選組と深く関わっていたのだ。
だって、犬が勝手場の手伝いなんかするわけがない。
そもそも、動物を飼えるとは思えないし。
まだ、あの記憶が龍之介のものと決まった訳ではないが、気をつけた方がいいのだろう。
ああ、出来ることならもう何も視たくない。
そう思いながらも龍は願う事はしなかった。

「おはようございます」

その時、斎藤が勝手場に入ってきた。
今日は斎藤が朝飯の当番なのだろうか。

「何故、あんたがここにいる」

「早く目が覚めたからな。部屋に居ても暇だし、手伝いにきたんだがダメだったか?」

龍に気付き目を鋭くする斎藤に龍が肩を縮めながら言うと

「斎藤君、私がお願いしたんだ。あまり責めないでやってくれ」

井上が庇ってくれた。

「…人手が多い方が助かるのは事実か」

斎藤はため息を付ながらも龍がここにいるのを許してくれたらしい。

「井吹君、火加減は斎藤君に任せて、こちらを手伝ってくれるかい」

龍は頷くと火吹き竹を斎藤に渡し、井上に近づく。

「その食材を切ってくれるかい?味噌汁の具に使うんだ」

長ネギを指し、井上は味噌汁のだしを作り始めた。

「分かった」

トントンと長ネギをリズムよく刻む。

「ほぅ」

手元に影ができ、耳元で感心する声が聞こえ振り返ると斎藤が龍の手元を見ていた。
てか、近!
顔が余りにも近くてズサリと飛びのく。

「?…どうした?」

斎藤は不思議そうに首を傾げる。

「いや、どうしたはこっちの台詞だ!」

「ああ、あんたは女だったんだなと思ってな」

それはどういう意味だ。 ジト目を向けると斎藤は少し慌てたような表情になった。

「いや、最初から女だというのは分かっていたことだったが、こういったことが出来るのが意外だった……」

意外って。

「これでも、料理は得意なんだ。悪かったな」

龍はむくれながらそっぽを向く。

「いや、悪くはない。言い方が悪かったな…すまない」

そう言った斎藤に驚いて龍が顔を向けると真摯な瞳とかち合う。

<……というのは……で……>

その時、ザザッというノイズの音と共に誰かの喋る声が頭に響いた。

「……いや、別にいいけど」

その声を振り切るように龍は首を振りながら、ぶっきらぼうに言った。
なんだか今の声は斎藤に似ていたような気がする。

「斎藤君、無駄話ばかりしてないで手を動かしてくれないか」

「す、すまない」

斎藤が井上さんに怒られた。

「ぷっ」

それがなんだかおかしくて笑ってしまった。
驚いたように二人はこちらを見る。

「……そうやって笑ってた方がいい」

そう言った斎藤に井上も頷く。

「女の子は笑顔でいた方が華やかだからね」

なんだか気恥ずかしくて、龍はふんっとそっぽを向く。
見えないところで二人が苦笑した気配がした。

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