この想いが掴むもの
12
土方と一緒に帰ってきた山南の怪我は、本当に大したことがないようだった。
本人も大したことないと言いつつも、疲れたからと言ってご飯も食べず部屋に戻って行った。
「なんでお前らがここにいる」
帰ってきた土方は、前からいたようにご飯を食べている龍と千鶴に向かって渋面を作る。
「……前から一瞬に食べてたじゃないか」
俺が誘った私が誘ったと、皆それぞれが言い合ってるのを横目に、龍は無意識にボソリと発言していたらしい。
急に降りた沈黙に龍は、ん?と首を傾げる。
驚いたように、龍を見つめる面々。
「なんか思い出したのか?」
「は?……俺、何か言ったか?」
原田の言葉に聞き返す。
「言ってたぞ。思いっきり」
「覚えてないのか?」
呆れたように言う永倉と平助に、困惑気味に龍が口を開く。
「悪い。なんて言ったんだ?」
本当に、自分がなんと言ったのか覚えてない。
「……覚えてないなら構わん」
斎藤がこの話は終わりと言う風に打ち切った。
何がなんだか分からないが、これ以上触れるなという空気が流れている。
ここでご飯を食べるのはマズイことなんだろうか。
千鶴もなんだか気まずそうにしていて、今にも膳を持って立ち去りそうだ。
「ここにいるのがマズイなら俺は部屋に戻る。千鶴はここに居させてやってくれ」
龍がそう言って膳を持ち、立ち上がろうとした時だった。
「……食事だけだぞ」
憮然とした表情をしながらも、土方は一緒に食事することを許可してくれたのだった。
"相変わらず鬼になりきれてないんだな"
突然、心に浮かび上がったその言葉に内心首を傾げる。
俺は土方さんのことを何も知らないはずなのに。
「やったじゃん、千鶴!」
千鶴の隣にいた平助がポンと千鶴の肩を叩く。
「これからも、みんなと一緒に飯が食えるな」
「はい」
嬉しそうに笑う千鶴。
その様子にこっそりと笑いあう永倉と原田。
その光景になんだか寂しさのような……羨ましいのか妬ましいのか……よくわからない感情を覚えた。
なんでこんな感情になるんだろう……。
これは自分の感情なのか、それとも龍之介のなのだろうか。
何を俺に知って欲しいのか分からないが、全てを思い出して自分自身でいられる自信がない。
怖い。俺はいつか消えてしまう……そんな気がする。
誰かに呼ばれたような気がして龍は顔を上げる。
声の主を探すが、誰もこちらを見ていない。
……そうだよな。こいつらに、今までの一度だって名前を呼ばれたことないし。
出会った頃の一度(土方さん)と井上さんぐらいで。
『おい。犬』
懐かしい声だ。
声の主は、やはりそこにはいなくて。
なんだよ犬って。と思いながらもガッカリしてる自分がいる。
そうだよな……。だってあの人は……。
「龍さん!?どうしたの?」
「え?」
気付けば、目の前に千鶴が心配そうな顔をして見ていた。
「泣いてる」
そう指摘されて初めて自分の頬に触れる。
いつの間に、涙が流れたのだろう。
ごしごし手のこうで乱暴に拭う。
「……なんでもない」
「泣いてるのに、なんでもないわけないよ」
「これは、俺のじゃないから」
心配してくれている千鶴に、自分でも分かるぐらい突き放すように言ってしまった。
いたたまれなくて、部屋から出ていく。
その時、ちらりと見えた千鶴の悲しげな顔にズキリと胸が痛んだ。
俺はなにやってんだ。
自分の部屋へ向かっていると後ろから腕を捕まれた。
振り返ると原田が腕を掴んでいた。
その顔は怒っているように見える。
「そんな顔をするなら、最初から言うな」
今、俺は一体どんな顔をしてるんだ?
情けない顔でもしてるのだろうか……。
自分の表情がわからない。
「話せ。お前が今思ってることも悩んでいることも全部」
話したら、楽になるだろうか。
龍は一度口を開くが、言葉にはならず、俯く。
そんな龍の腕を原田は乱暴に引っ張り歩き出した。
一体何処に向かっているのだろう。
着いた場所は寺だった。
初めて来たはずなのに、そんな感じがしない。
龍之介が来たことのある場所なのだろうか。
「ここは壬生寺っていってな、よくここで隊士連中の稽古をしてる場所なんだ。今の時間は誰も来ねえから安心しろ」
原田の言葉は思っていたのと違い優しいもので、驚いて顔を見る。
優しく微笑みを浮かべながら、ポンポンと頭を撫でてくる原田が昔の姿と重なって見えた。
そうだ、前にもこうやって相談に乗ってもらったんだ。
それは、ひどく懐かしい感情だった。
原田は龍の腕を引っ張りながら階段に座った。
龍は、隣におとなしく座る。
「……」
色んな感情がせめぎあって目頭が熱い。
なにか言葉を発したら泣いてしまいそうだ。
慌てて下を向いて唇を噛みぎゅうっと膝の上で手を握る。
「……ほら。これなら見れねえから」
その言葉と共に、引き寄せられた体。
頭は原田の肩口にあって胸に顔を埋める形になる。
人の温もりというのは、こんなにホッとするものだっただろうか。
安心したからか、龍は涙腺が崩壊したように止めどなく涙が流れ、原田にしがみついてみっともなく泣いた。
思い出すことで自分でなくなってしまうようで怖いことや、今の感情も記憶も何もかもが自分のことじゃないような気がしてしまうことをつっかえつっかえ龍は原田に伝えた。
原田は黙って聞いてくれた。
なにも言わず聞いてくれただけで、さらけ出せただけでずいぶん楽になった。
「……悪い。原田」
そう言って顔を上げる。
「濡らしちまったな」
原田の肩口を見ると涙で濡れてしまっていた。
「気にすんな」
ポンポンと頭を撫で優しく笑う原田に、龍はずいぶんと救われた思いだった。
「……聞いてくれて、ありがとうな原田」
目を真っ赤にさせながらも龍はふわりと微笑んだ。
「……ああ」
一瞬、驚いたように目を見開くが、原田は優しく微笑んだ。
その反応に首を傾けつつも龍は、原田から離れ立ち上がる。
「千鶴に謝ってくる。……本当聞いてくれて楽になった。ありがとう」
龍は久々に晴れ晴れとした気持ちで原田に振り返りニッと笑うと、そのまま踵を返して走り去った。
残った原田は深いため息を出しながら頭を抱えた。
「あの顔は反則だろ……くそっ」
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