この想いが掴むもの
13
千鶴の姿を探して中庭に出た時、そこには沖田と斎藤、そして探していた千鶴がいた。
「腕前を示しておけば、僕たちも君の外出を前向きに考えるかもよ?」
聞こえてきた沖田の言葉に足を止める。
まだ三人から距離があるからか、龍が近くにいることには気づかない。
「どうしても刃を使いたくないというなら峰打ちでこい」
斎藤の言葉に千鶴は頷き小太刀を引き抜き、すぐに刃を返した。
「お願いします!」
本当であれば真剣での斬り合いなんて止めなくてはいけないのに、龍はそれをしないで見つめる。
斎藤なら千鶴を傷つけないから大丈夫。
何故か妙な確信があった。
「やあああぁっ!」
柄に手をかけるでもなく、ただ静かに立っているだけの斎藤に、千鶴はまっすぐに斬り込んだ。
だが、斬り込んだ小太刀は斎藤に届くことなく、澄んだ音をたてて弾かれ、同時に千鶴の喉もとに刃が突き付けられていた。
……目が全く追い付かなかった。
「驚いた?一君の居合いは達人級だからね」
沖田は縁側から降りると千鶴の小太刀を拾い上げた。
そこで千鶴は小太刀が手に握られてないことに気付き驚く。
「一君が本気だったら、今頃、君は死んでるよ」
その言葉でようやく恐怖心を芽生えたのだろう。
小太刀を受け取った千鶴は、少し手を震わせながら鞘に小太刀を収めていた。
「師を誇れ。おまえの剣には曇りがない。少なくとも、外を連れて歩くのに不便を感じない腕だ」
「一君のお墨付きかぁ。これって、かなりすごいことだよ?」
俺には散々厳しかったもんな。あの斎藤に認められるなんて、凄いな。
なんの疑問も浮かばず、龍はそう思った。
「巡査に同行できるよう、俺たちから副長に頼んでみよう」
「あ、ありがとうございます!」
斎藤の言葉に嬉しそうに千鶴は答えた。
「………いつまでも、そこに突っ立ってないでこっち来れば?」
不意に、沖田がこちらに振り返る。
沖田の言葉に反応して、千鶴と斎藤がこちらを向いた。
斎藤の表情は相変わらず、無表情だったが、千鶴は龍を見て目を見開いた。
おそらく、沖田も斎藤も龍が居た事に気付いていたのだろう。
立ち聞きをしていたようで気まずいが謝ろうと思って千鶴を探していたのだ。
千鶴まで近づく。
目を合わせることが出来なくて俯く。
「……さっきは悪かった。千鶴にあたったんだ」
「………許さない」
え、と龍が顔を上げると目を潤ませ眉をつり上げている千鶴と目が合った。
「……無理に話さなくてもいい。だけど、一人で抱え込まないで、私に話してほしい……じゃなきゃ、許さない。私だって龍さんの役に立ちたいの……そりゃあ、私じゃ役不足かもしれないけど……」
「そんなことない!……そんなことないさ」
千鶴の気持ちが嬉しい。
しゅんと肩を落とした千鶴に首を振る。
「ありがとう。千鶴」
愛しい気持ちが溢れて、龍は千鶴を抱き寄せた。
「り、龍さん!?」
『井吹はん』
慌てた千鶴の顔と誰かの顔がダブる。
全然似てなんていないのに。
千鶴を抱き締め、顔を埋めながら龍は呟くように言葉を出す。
「なあ千鶴。……もし、俺が俺じゃなくなっても……それでも……」
「それでも、私は龍さんの友達だよ。龍さんは龍さんだもの」
ぎゅっと抱き締め返してくれた千鶴の感触で、ハッと今の状況を思い出した。
「うわあぁっ!?わ、悪い!急に抱きついて!」
バッと千鶴の肩を掴み離れる。
「ううん。びっくりしたけど、大丈夫」
千鶴は目を丸くしながらも、龍を見てクスリと笑った。
「龍さん、顔が真っ赤だよ?」
「う、……記憶の持ち主が男らしくてな。どうもこういうのは慣れていなかったらしい…な」
頭をガシガシと掻いて目線をあらぬ方向へ向ける龍。
「へえ?男だってわかったんだ?」
今まで黙っていた沖田が目を細めて言う。
そういえば、沖田と斎藤がいたんだった。
「ああ、なんとなく…な」
「他に分かったことは無いのか?」
斎藤の問いに龍は考え正直に答える。
「……さあ。はっきり言って、もう分からないんだ。自分のなのか違うのか」
「そうか」
あまりにも、あっさりとした斎藤の答えに龍は目を見開く。
「何をそんなに驚いている」
「いや、てっきり…分からないなら斬るって言うかと思って」
「それを決めるのは俺達ではないからな」
「そうそう。……まあ、そんなに斬って欲しいなら僕がやってあげるけど?」
斎藤の言葉に頷きながら、沖田は口角を上げ刀に触れる。
「い、いや!遠慮する!」
「そう?残念だなあ」
ぶんぶんと手と頭を振る龍に、至極残念そうな顔をする沖田。
じ、冗談だよな…?
「そうだ。君も一君に腕前見てもらえば?この間、結局出来なかったし」
「え?い、いや……」
「嫌だとは言わせないよ?」
満面の笑みで沖田は言うが、目が笑ってない。
俺、なんか沖田にしたか!?
「総司。大概にしとけ。下手に思い出したらどうする」
「分からないなら思い出しても思い出さなくても同じじゃない」
「……」
斎藤は沖田の言葉にしばらく沈黙すると、ため息をついた。
「やるしかないようだ」
「諦め早っ!……俺は嫌だぞ!!それにほら、腕前なら永倉の保証済み……」
じゃないか。と続くはずだった龍の言葉は斎藤の真剣な表情で尻窄みする。
「俺は言葉でなく、この目で見たい」
斎藤は本気だ。なら、俺も誠実に答えよう。
「…俺は、…覚悟もなく刀を抜きたくないんだ」
「覚悟ねえ。最もらしく言ってるけど、逃げてるだけじゃないの」
龍の言葉に蔑むような口調で沖田は言う。
「本当なら、刀を貰った時に覚悟を決めなきゃいけなかった。刀は人を傷付ける。俺は人を傷付けたくない。だから抜きたくない」
「君も一君を斬っちゃうかもって思ってるの?」
面白そうに龍を見ながら沖田はニヤニヤする。
「そんな大それたことは思ってないさ、俺は斎藤には敵わないからな。だが刃物が当たれば怪我をする。それが嫌なだけだ」
このまま一緒にいれば、いつか否応なしに刀を抜くことになる。
いや、自分の意志で刀を抜くだろう。皆と一緒に戦う為に。だから、それまでに心を定めておきたいんだ。
*****
「俺、山南さんに用事あるから!」
そう言って斎藤と沖田から逃げ出したのは、つい先ほどのこと。
龍は言葉通り山南の部屋の前まで来ていた。
「(山南さん、これ食べてくれるかな)」
自分の手元を見下ろせば、皿の上におにぎりが二つ。
山南がお腹を空かせているかもしれないと握ったものだった。
しかし、どう声をかけて良いものかと、龍が迷っていると
「そこにいるのは誰ですか。いい加減入って来たらどうです」
部屋の中からの声に、龍はビクッと肩を揺らす。
龍は見付かってしまったのだからと観念して、部屋に続く障子を開けた。
山南は書き物をしていたようで、その手を止めて顔だけ龍に向ける。
「君ですか。何か用ですか?」
「山南さんご飯食べてなかったから、おにぎりなら食べれるかと思って握って来たんだが……」
人を寄せ付けないような、山南の態度に戸惑いながらも、手に持っていた物を山南に見せる。
「そうですか。……ありがとうございます」
山南は、ちらりと皿に乗ったおにぎりを見ると少しだけ微笑んだ。
その表情に龍はホッとしながら山南に近寄って座ると皿を山南の近くに置く。
「怪我は……大丈夫か?」
痛々しげに包帯で吊り上げられた、腕を見ながら龍は問い掛ける。
「ええ、問題ありませんよ」
山南が右手で左腕を撫でながら答える。
「そうか……。それなら良かったが……」
良かったと思うのは本心なのに、どうしてここまで心が沈むのか。
その理由は分かっていた。
自分がちゃんと、もっとしっかり願っていれば、山南は怪我をせずに帰ってこれたかもしれない。
自分のせいで山南は怪我をした。
その思いが、ずしりと胸にのし掛かる。
辛く悲しげに表情を歪め、顔を俯かせた龍に山南は苦笑しながら、体を龍へ向けるとポンポンと頭を撫でる。
「なんていう顔をしてるんですか。貴女がそんな顔をしないでください。大した怪我ではありませんし、治れば剣も握れるようになるのですから」
龍が顔を上げると優しく微笑む山南。
「うん」
今にも泣き出しそうな顔で龍は「そうだな」と微笑んだ。
ごめん。そして、ありがとう。
そんな気持ちを乗せて。
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