この想いが掴むもの
03

あれから二人で手分けして探したが、手がかりさえも見付けることもできず途方にくれていた。
きっと願えばすぐに見つかるんだろうが……。
果たして、歴史やゲームの流れを変えるような願いは叶えられるのだろうか……?

「(流れを変えられるなら、きっと俺だけでも願えば新選組の奴らに会える……。
このまま親父さんが見付かれば、千鶴は戦に巻き込まれないし鬼だっていう事実は知らずに済むかもしれない……なら、願う事は一つ)」

ゲームで分かっていたとはいえ、千鶴の優しさや人間の良さが少し一緒にいただけでも分かる。
こんな良い娘(こ)を巻き込みたくはなかった。

「(今すぐ千鶴の親父さんが見付かって、実の兄である南雲薫と共に幸せに暮らせますように)」



気付けば日は傾き、茜色の空が広がっている。
結局、あれから時間が経ったが、綱道さんが現れる事はなかった。

「(これは、ゲームの流れを変えられないってことなのか……?)」

どこまでが叶えられて、どこまでが駄目なのだろう。

「(もしかして、自分に関わる事しか叶えられないのか……?)」

「龍さん?」

千鶴の声で我に返った龍は、慌てて取り繕う。

「……暗くなってきたな。千鶴、今日はこの辺にして宿を探そう」

まだ情報を探したそうにしていた千鶴だったが、少し考えたようにした後「そうだね」と頷いた。

二人で宿を探す為、歩きだそうとした矢先「おい、そこの小僧共」と如何にも柄が悪そうな男達に声を掛けられた。

「……なんだよ」

龍はさりげなく千鶴を背中に隠すように少し前に出て眉を寄せながら、一応聞いてみる。
三人組の男達はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら口を開いた。

「ガキの癖にいいもん持ってるじゃねぇか」

そいつらの目線を辿ると、千鶴が差している小太刀にたどり着く。

「それを寄越せ。俺達が国の為に使ってやる」

偉そうに。
舌打ちを打ちそうになるがグッとこらえる。
三人が相手では千鶴もいるし、俺は丸腰だ。かなり分が悪い。

「逃げるぞ」

そう小声で言い千鶴の腕を掴み走り出す。

「えっ!?」

龍に突然引っ張られ体勢を崩しかける千鶴だったが、なんとか体勢を整え一生懸命ついてきた。

前触れもなく走り出した二人に、男達は一瞬呆けるが、すぐに追いかけ始める。

「おい、こら!待ちやがれっ!」

誰が待つか!!

*****

しばらく全速力で走り、家と家の狭い道に滑り込む。
ちょうどいい具合に身を隠せる樽が置いてあった。
その樽に隠れるように座り込む。
まだ男達は諦めず俺達を追いかけているだろう。
千鶴を見ると肩を上下させながらも、息を落ち着かせている。

「急に走り出して悪かったな」

苦笑しながら伝えると千鶴はゆるゆると首を振った。

「ううん……私も逃げた方がいいと思ってたから……」

「そうか。ならいいが。……まだ奴らは追いかけくる。ここでやり過ごそう」

「うん……」

千鶴は龍の言葉に頷き、息を潜めた。

だが、しばらく経っても男達はやってくる気配がない。

「諦めてくれたのかな……?」

そう千鶴が呟いた時だった。

「ぎゃぁぁぁあ!!」

つんざくような男の悲鳴が聞こえてきた。

「えっ、な、なにっ!?」

その悲鳴に怯えながらも、聞こえてきた方向を気にする千鶴。
顔を出さないように手で制しながら、じっとするよう目で訴える。
理解してくれたようで、千鶴は小さく頷いた。

「なんだこいつらっ!刀が利かねぇっ!」
「くそっ、なんで死なねえんだ!?」

先ほどの男達だと思われる声と刀が交錯する音。
誰かと斬り合いになっているようだ。

「千鶴」

小さく呼び千鶴の肩を掴み目を合わせながら言う。

「いいか、このまま動くな。目を瞑って耳を塞いでろ」

「え!?で、でも……!」

動揺する千鶴を安心させるように、なるべく優しい声と笑顔で言う。

「大丈夫だ。俺が必ず守るから。いいって言うまで絶対に目を開けない。何も聞かない。動くな。いいな?」

「だけど、龍さんは……!?」

言い募ろうとする千鶴に「大丈夫。俺を信じろ」と肩に乗せた手に力を込めて説得する。

「……わかった」

渋々という感じではあったが、千鶴は頷きその場にうずくまり耳を塞ぐ。
そこまで見届けてから俺は声が聞こえた通りへ出る。

案の定、そこにいたのは白髪で浅葱色の羽織を着た二人組。
その足元には、先ほどの男達が無残な姿で横たわっている。
ゲームをやって知っていたとはいえ、ゲームと現実では違う。
刀から滴り落ちる赤い鮮血……吐き気を催すような、甘ったるい鉄の匂いにヒクリと頬がひきつる。
……気分が悪い。だが、このまま呆然としてる場合ではない。
まだ、あの羅刹達はこちらには気付いていない。

「(もしかしたら駄目かもしれない……けど、)」

その時、一人の羅刹がゆらりとこちらを向いた。
ばちりと目が合う。その目には正気や理性なんてものは全くない。
あるのはただの狂気だけだ。
羅刹は嬉しそうに笑う。新たな獲物を得たと喜んでいるのだろう。
残りの羅刹も龍に気付き、同じように口元を歪めた。
羅刹達が一斉に刀を構え、気味の悪い奇声を発しながら、こちらに向かってきた。

「(今すぐ、あの羅刹達が正気に戻り、意識を失って倒れろ!!)」

あと少しでも願うのが遅ければ、きっと俺は死んでいたに違いない。
切っ先が目の前でピタリと止まり羅刹達はバタバタと崩れ落ちた。
助かった安堵からか、ぶわりと汗が吹き出し、手が小刻みに震えだす。

「(……知っていたのに、あの浪士達を……)」

そんな自分の手を見つめ、ギュッと力を入れて握りしめる。
もしかしたら、助けられたかもしれないのに。

「あーあ、残念だな……」

その場にそぐわない、明るい男の声が龍の背後から聞こえた。

「僕ひとりで始末しちゃうつもりだったのに。一君、こんなときに限って仕事が速いよね」

「……俺ではない。俺が駆けつけた時には、ちょうど其奴らが倒れた所だった」

この現状が見えてないわけではないだろうに、一人は笑いを含んだ口調で、もう一人は淡々とした感情が見えない口調で話す。
ゲームをやっている俺には、その声だけで誰だか分かった。
明るい声で話すのは、新選組一番組組長――沖田総司、淡々と話すのは三番組組長――斎藤一だ。

「……彼が殺ったのかな?」
「……そうだろうな」

そう言ってこちらに近付いてくる二人の気配。
俺がこいつらを殺したと思っているのだろう。
殺気がひしひしと感じる。
まあ、俺の足元に血だらけで倒れていれば、そう思っても仕方ないことかもしれないが。

ちらりと千鶴がいる通りを見ると千鶴は言われた通り、耳を塞ぎ体を縮めている。
よく見れば、ふるふると体が震えている様だ。

「……お前は何者だ」

答えによっては斬る。そう聞こえる斎藤の声音にゆっくりと振り返る。
ちょうどその時、道を照らしていた満月が雲に隠れた。
辺りは薄暗くなり、お互いの顔が判別しにくくなる。

何者か、なんて答えられない。
いや、分からないと言った方が正しいだろうか。
実際ここでは異質な存在である自分。
そんなことを言った所でどうにもならないだろう。

「……さあな」

龍がそう答えた時、風が強く吹き荒れる。
その風に月を覆っていた雲は流され、少しずつ月明かりが龍の顔を照らし出す。
二人は露になった龍の顔を見た途端、息を飲んだ。
目を見張って驚いている。
何をそんなに驚く事があるのだろうかと首を傾けながらも、千鶴へ目を向ける。
突然、歩き出した龍に刀に手を添える二人。
龍の視線の先に少年が蹲って震えているのを確認しながらも手を添えたまま様子を伺う。
千鶴の傍にたどり着いた龍は、しゃがみこみそっと千鶴の肩へ手を置く。
ビクリと千鶴は肩を震わせ、恐る恐る耳を塞いでいた手を外し、顔を上げた。
龍の姿を確認すると瞳を潤ませた。

「りゅう、さん……っ」

「もう、いいぞ。とりあえずは大丈夫だ」

安心させるように微笑みながらそう言うとボロボロと涙を流す千鶴。

「し、死んじゃったら、どうしようかと……っ」

龍の胸を軽く叩きながら、そう訴える千鶴。
かなり心配を掛けさせてしまったようだ。

「すまない……。だけど、今は泣いてる場合じゃない」

その言葉に首を傾げる千鶴。
龍は少し体を右にずらし、左手にある通りに目を向ける。その視線を追うように千鶴が顔を向けると斎藤と沖田を視界に捉えたようで「あ…」と息を飲んだ。
千鶴の涙を親指で拭っていると不意に俺の右耳元でカチャリという金属音が聞こえる。
千鶴はその音にビクリと肩を震わせ、俺の背後へと視線を向ける。

「……運のない奴らだ」

氷の刃のように、静かで冷たい声音。
白銀に煌めく刀は龍の右首元を通り切っ先は千鶴に向けられている。
顔は見えないが、きっとこの男――新選組副長 土方歳三――はゲーム通り、その瞳には人間らしい感情が揺らいでいるのだろう。

「……いいか、逃げるなよ。逃げようとしたら斬る」

少しでも逃げる素振りを見せたものなら、すぐに斬り捨てるそんな言葉に千鶴は慌てたように、こくこくと頷く。
龍も小さく頷くと、土方は刀を引き鞘に収める。
その様子を見ていた沖田は意外だと言わんばかりの声音で訊ねる。

「あれ?いいんですか?土方さん。この子、さっきの見ちゃったかもしれないんですよ。そっちの子にしたって、あいつらを殺したのかも知れない」

「いちいち余計な事を喋るんじゃねえよ。下手な話を聞かせちまうと、始末せざるを得なくなるだろうが」

"殺した"という単語を聞き千鶴が物言いたげに、こちらを見ていることに気付いた龍は、大丈夫というように微笑みながら立ち上がり手を差し出す。
その手を千鶴は戸惑いながらも掴み立ち上がる。

「ねえ、君があいつらを殺したの?」

どこか楽しそうに訪ねてくる沖田に、龍は渋面を作りながらも答える。

「……殺しちゃいないさ。あいつらは死んでないはずだ」

その言葉に斎藤は羅刹達に近づき調べる。

「……意識を失ってるだけのようです」

土方を見つめ報告する斎藤。
それを聞いた沖田は「へぇ〜」と面白そうに呟く。
そんな沖田を睨み付けながらも、土方は口を開く。

「総司、斎藤。そいつらを背負え」

「…はいはい」
「御意」

沖田は面倒そうに斎藤はすぐに返事をし近場の男の胴に体を滑り込ませ軽々と持ち上げた。

「土方さん、本当にいいんですか?」

男を抱えた沖田が、念を押すように聞く。

「……こいつらの処遇は、屯所に帰ってから決める。……行くぞ」

そう土方が言うか言わないか、ぐらりと千鶴の体が傾ぐ。
完全に倒れて込む前に龍は慌てて支える。
緊張の糸が切れたのだろう千鶴はただ気を失ってるだけだった。
崩れ落ちた千鶴を横抱きにし、土方の側に近寄る。

「おい、どうした」
「……気を張ってたのが緩んだんだと思う」

問いかける土方に龍は千鶴から目を離し、ようやくそこでまともに土方の顔を見上げて答える。
目が合った瞬間、土方は目を大きく見開き呆然と呟く。

「い……ぶき……?」
「え?」

何故、この人が自分の名を知っているのだろう?
土方はじっと龍の顔を見つめ、不意に視線を逸らすと「…行くぞ」そう言って歩き出した。
龍は、殺された浪士達に目を向け祈りを捧げる。

「(成仏して、来世はちゃんと健康で寿命まで生きられますように……)」

それから慌てて土方に走り寄り龍は後をついて歩く。
男を抱えた沖田、斎藤はそれを確認し龍の後ろをついて屯所まで歩いた。

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