この想いが掴むもの
04

どれぐらいたったのだろう。
目を開けたとき、千鶴は自分が布団に横たわっていることに気づいた。

「……!」

後ろ手に縛られ、猿轡まで噛まされている。

「(っ!龍さんはっ…!?)」

身体を捩りぐるりと見渡すとそんなに遠くない場所に千鶴以上縄でぐるぐるに縛られ、横たわっている龍がいた。

「(龍さんっ!)」

なんとかにじり寄り顔を伺う。
あまり顔色はよくないが、胸を上下させて息をしていることに安堵する。

「(よかった。怪我はしてないみたい)」

その時、龍が身動ぎ目を開けた。
千鶴と目が合うと一瞬驚いたような表情をしたが、安心させるかのように、目を細めた。
おそらく笑ってくれたんだと思う。
なんで、こんな状況で笑えるんだろう……?

俺が目を覚ますと、千鶴がなんだか泣きそうな顔で見下ろしていた。
なんて顔してんだ。笑ってくれ。そう思って微笑んだ。
ああ、猿轡が邪魔だ。

その時、突然スッと障子が開いた。

「目が覚めたかい?」

恐怖に思わず身をすくめる千鶴。
冷気と一緒に部屋に入ってきたのは温和な感じのする中年の男だった。

「すまんなあ。こんな扱いで……。っ!?」

どこか気弱に話しながら、千鶴へ目線を向け、龍と目が合った時、その男は目を見開き息を呑んだ。
沖田、斎藤、土方といい、なんで俺の顔を見て驚くんだ……?
不思議に思い首を傾げる龍。
そんな様子に気付かず、男は首を一振りすると

「今、縄を緩めるから少し待っていておくれ」

優しい口調で言いながら、まずは千鶴の縄をてきぱきと解き、両手首を前で緩く縛り直す。
龍も同じようにし、二人の猿轡をはずす。
千鶴は猿轡をはずされるとおずおずと口を開いた。

「あ、あの……。ここはどこですか。あなたは一体……?」

「ああ、これは失礼。私は井上源三郎。ここは新選組の屯所だ」

「新選組……?」

千鶴はそう呟くと、昨日の記憶が呼び覚まされたのか、「あっ」と声を上げ龍にしがみついた。

「そんなに驚かなくてもいい」

井上はふっと笑う。

「ちょっと来てくれるかい?今朝から幹部連中で、あんた達について話し合ってるんだが……」

「幹部……?」

千鶴は事情が飲み込めないらしく聞き返す。

「あらかた、昨日ことで話し合ってるんだろ」

龍がそう言うと、困ったように井上は微笑んだ。

「ああ、そうだ。幹部連中は広間に集まってるから、ついておいで」

不安と緊張で歩き出した千鶴にだけ聞こえるように「大丈夫。俺がついてる。悪いようにさせないさ」と伝えると表情は硬いままだったが、心なしか緊張はほどけたように笑ってくれた。

井上に案内され、部屋に入るように促される。
きっとこの部屋に入ったら視線と殺気が突き刺さるのだろう。
そんな部屋に千鶴から入らせるのは可哀想だと思った龍は自ら足を踏み入れた。
部屋に入るなりその場の視線をいっせいに浴びる。

「っ!?…りゅう…の…すけ……?」

感じたのは殺気ではなく、ただ驚きと動揺のする気配、そして呆然とした誰かの呟く声。

その部屋にいる男達は全部で八人いた。
上座に三人、その向かいにふたり。
そして部屋の隅で壁にもたれかかるようにしている者たちが三人だ。
その内の昨日会った奴(沖田、斎藤、土方)以外が龍に驚愕の目を向けている。

「話しには聞いていたが……こんなに似ているとは……」

上座の真ん中に座っている人の良さそうな男が、龍をまじまじと見ながら話す。
その瞳を龍は見ていられなくて、視線を反らした。
何か痛みを含んでいるような、辛そうな目をしていたから。

「……君、昨日はよく眠れた?」

上座の向かいに座っているひとり、沖田がにこやかに千鶴に声をかけた。

「……寝心地は、あんまり良くなかったです」

「ふうん……そうなんだ?…顔に畳の跡がついてるけど……?」

「えっ!」

からかわれているのが分かってない千鶴は、顔を赤くして両頬を手で隠す。

「よせ、総司」

沖田の隣に座っている男、斎藤は相変わらず無表情に言う。

「あんた、からかわれているだけだ」

「……跡なんてついてないから安心しろ」

斎藤の言葉を補足するように、俺は言葉をつなぐ。

「酷いな、君も一君も。バラさなくてもいいのに」

沖田が悪びれた様子もなく言うのを

「おめぇら、無駄口ばっか叩いてんじゃねえよ」

上座の左端に座っている土方がぴしゃりと遮った。
そうこうしてる内に、動揺が無くなり、辺りは緊張感というものが戻ってきたようだった。

「で、……そいつらが目撃者?」

壁際に足を投げだした若者―藤堂平助が、上目遣いに千鶴を見た。
何故か龍の方は見ようとしない。

「ちっちゃいし、細っこいなあ……。まだガキじゃん、こいつ」

「おまえがガキとか言うなよ、平助」

「だな。世間様から見りゃ、おまえもこいつも似たようなもんだろうよ」

平助は、一緒にいた壁際にいたふたり――ひとりは、がっちりした大柄で赤い長い髪を後ろで無造作に縛っている男、原田左之助と緑色の鉢巻きをし、同じ色の勾玉を紐に通した首飾りをつけている短髪男、永倉新八――に笑われるとムッとし、やり返す。

「うるさいなあ、おじさんふたりは黙ってなよ」

「なんだと、このお坊っちゃまが!」

「おまえにおじさん呼ばわりされる覚えはねぇよ。新八はともかく、この俺はな」

「あっ、てめぇ左之……。裏切るのか!」

千鶴から視線を外さず冗談のような口調で言い合っている彼らだが、目は少しも笑っていない。
明らかな詮索と敵意。
俯いてしまった千鶴を見て、龍は三人を睨み付ける。
何か言ってやろうと口を開きかけた時だった、上座の真ん中に座っている男――近藤勇――が咳払いをした。

「よさんか、三人とも」

よく通る低い声には威圧する力があり、騒いでいた三人ともすぐに口を閉じた。

「口さがない者ばかりで申し訳ありません。あまり、怖がらないでくださいね」

そう温和そうな眼鏡の人――山南敬助――が笑みを浮かべながから穏やかで優しく言った。
けど、その眼は何か探りを入れるように鋭利に光っている。
そんなことに千鶴は気付かないでほっと胸を撫で下ろしたようだった。
龍は警戒を解かず山南を見る。

「何言ってんだ。一番怖いのはあんただろ、山南さん」

土方が淡い笑みを浮かべながら意味深なことを言った。
その言葉に同意するように他の人も頷いている。

「おや、心外ですね。皆さんはともかく、鬼の副長まで何を仰るんです?」

お互いに淡い笑みを浮かべて見つめ合う。
……なんだか空気が凍ってきたような……
ぶるりと龍が体を震わせていると

「トシと山南君は、相変わらず仲が良いなぁ」

朗らかに笑う近藤。
どこをどう見たらそう思うんだっ!
そう口から出そうだったが、グッと我慢する。

「ああ、自己紹介が遅れたな。俺が新選組局長の近藤勇だ。それから、そこのトシが副長で、横にいる山南君は総長を務めていて……」

「いや、近藤さん。なんで色々教えてやってんだよ、あんたは」

苦い顔で土方は近藤に向き直る。

「……む。ま、まずいのか?」

急にもごもご口ごもる近藤。
まずいもなにも、普通はあり得ないだろ……。
龍の心の突っ込みに同意するように周囲が頷く。
しょんぼりとした近藤に、原田は「知られて困るものでもない」と笑った。

「俺達がここにいるのは、そもそも話しがあったからだろ?」

話を戻すように龍が問いかけ近藤を見やれば、そうだったというように顔を上げ居住まいを正す。

「二人共、座らんかね」

そういえば、俺と千鶴は立ちっぱなしだった。
空いている所といえば、必然的にどうしても幹部に囲まれる真ん中に座るざるを得ない。
内心ため息をつきながらそこへ座る。千鶴も俺の横へ座った。

「……さて、本題に入ろう。まずは改めて、昨晩の話しを聞かせてくれるか」

近藤に視線を向けられた斎藤は、かしこまった様子で頷いた。

「昨晩、京の都を巡察中に浮浪の浪士と遭遇。相手が刀を抜いた為斬り合いとなりました」

そこで一旦区切り、ついと俺を見やり視線を戻す。

「隊士らは浪士を無効化しましたが、その折、彼らが『失敗』した様子を目撃されています」

数秒の沈黙の後、千鶴が思いきって「私、何も見ていません!」と口を開いた。

「ああ、そうだ。こいつは何も見ていないし、何も聞いていない。それはあんたらも分かってるんだろ?」

そう、斎藤と沖田を見やりながら龍は喋る。

「あれ?おかしいな。総司の話しだと二人で隊士どもを助けてくれたと聞いたんだが」

「ち、違いますっ!」

永倉がカマをかけると、千鶴はそれに気づかず声をあげる。
千鶴が困る訳じゃないから、まあいいか。

「私たちは、その浪士たちから逃げていて……。龍さんがここで隠れてろって……。私は狭い路地に目を瞑って、耳を塞いで踞っていただけですっ」

「じゃあ、そっちの方はしっかり見た訳だな」

ちらりと永倉は龍を見る。
その言葉にハッとしたように勢いよく龍を見る千鶴。

「おまえ、根が素直なんだな。それ自体は悪いことじゃないんだろうが……」

原田が千鶴に追い討ちをかけるように言うと愕然とした表情をし、俯きながら唇をかむ千鶴。
自由の利かない手でぽんぽんと千鶴の頭を撫でてやると千鶴は涙を浮かべて龍を見上げた。

「泣かないでくれ」

千鶴の目の際に溜まっている涙を器用に拭い困ったように笑う。
それを見て何故か複雑そうな顔をする幹部面々。

「ああ、そうだ。あいつらを見たのは俺一人だけだ」

龍はその様子に気づかず顔を上げ、しっかり近藤を見据え言う。

「……あなたは彼らに何をしたんです?斎藤君の話では、彼らがあなたに襲いかかろうとした所、急に倒れた……とのことですが」

山南の口調は相変わらず穏やかだったが、瞳の奥はぎらついて正直怖い。

「……俺は(願っただけで)……なにもしちゃいない。勝手にあいつらが倒れたんだ。なんで急に倒れたのか俺が知りたいぐらいだ」

その言葉に真偽のほどを確かめるように目を細め見つめる山南。

「本当にわかんねえのか?」

原田も疑わしげに聞いてきたので目を見てうなずく。
本当に、願ってそうなったのか分からないし。

「あのっ!だ、誰にも見たこと言いません!だから、私たちを解放してくれませんか?」

千鶴が龍を庇う様に提案するが、それに否を唱えたのは山南だった。

「偶然、浪士に絡まれていたと言ったあなた方が、敵側の人間だとは言いませんが……。彼に言うつもりが無くとも、相手の誘導尋問に乗せられる可能性はある」

「う……」

何も言い返せないようで千鶴は黙り込む。

「話さないと言うのは簡単だが、こいつが新選組に義理立てする理由もない」

「約束を破らない保障なんて無いですし、やっぱり解放するのは難しいですよねえ。それにアレが何で倒れたのか分かってませんし」

斎藤の淡々とした言葉に続き、沖田が逃げ道を塞ぐように言葉を並べる。

「ほら、殺しちゃいましょうよ。口封じするなら、それが一番じゃないですか」

にやにや笑みを浮かべてとんでもないことを言い出す沖田に「そんな…っ!」と悲鳴染みた声を上げる千鶴。
こいつ、性格がひん曲がりすぎじゃないか?
目を居座らせながら、沖田を見ていると、近藤がたしなめるように沖田を見た。

「……総司、物騒なことを言うな。お上の民を無闇に殺して何とする」

その言葉を聞いた沖田は笑みを消すと困ったように目を伏せた。

「そんな顔しないでくださいよ。今のは、ただの冗談ですから」

「……冗談に聞こえる冗談を言え」

そう言う沖田に呆れたように言う斎藤。
いや、明らか本気だったろ。

「しかし、何とかならんのかね。彼はアレを見ただけなんだろ?」

そう井上が言うと「私も何とかしてあげたいとは思いますが、うっかり洩らされでもしたら一大事でしょう?」と困ったように話す山南。さて、と言葉を区切ってから土方を見た。

「私は、副長のご意見をうかがいたいのですが」

山南に役職名でうながされて土方は小さく息を吐き出した。

「俺たちは昨晩、浪士を粛清した……こいつらは、その現場に居合わせた」

「――それだけだ、と仰りたいんですか?」

山南が横目で土方をとらえながら、穏やかな口調で訪ねる。

「実際、こいつらの認識なんざ、その程度のもんだろうよ」

「……けどよ、こればっかりは大義のためにも内密にしなきゃなんねぇことなんだろ?」

そう永倉が言うと、平助が困ったような、焦っているような表情で言う。

「俺は、逃がしてやってもいいと思う。だってこいつは別にあいつらが血に狂った理由を知っちまったわけでもないんだしさ」

その言葉に瞬きながら千鶴が首を傾げる。
その様子を見て、土方はいまいましそうに舌打ちした。

「平助。余計な情報くれてやるな」

失言に気付いた平助は慌てたように両手で口を塞ぐ。
今さら、塞いだ所でどうにもならないが。

「あーあ。これで君たち二人の無罪放免が難しくなっちゃったね」

どこか楽しそうに沖田は言う。

「土方さん。……結論も出ないし、一旦こいつらを部屋に戻して構いませんか?」

斎藤がそう言いながら、ちらりとこちらを見る。

「同席させた状態で誰かが機密を洩らせば、……処分も何も、殺す他なくなる」

「そうだな。頼めるか」

土方の言葉に斎藤がうなずいた。

「……行くぞ」

斎藤に続いて千鶴が部屋を出た。
その少しの間に「なんか、ごめんな……?」と平助に謝られた。
呆れた様に見やると、平助は顔をうつ向かせている。本心から悪いと思っているように見えたので、とりあえず軽くうなずいておいた。


部屋に戻されると、千鶴は縛られた手首を見下ろしながら考え込む。

「……このままここにいたら龍さんが殺されちゃう。私だってどうなるか分からない空気だった……」

「……そうだな。だが千鶴だけは、どんな事があっても俺が殺させない」

そう言うと、千鶴は辛そうに顔を歪めた。

「ダメだよ。無茶だけはしないで……私、龍さんと一緒にここを出たい。絶対に死んで欲しくないの……」

「……わかった。努力はする」

そう龍が言うとピシッと指を立てて「努力じゃなくて、絶対」と千鶴ズイッと顔を寄せて言った。
こくこく龍が頷くと嬉しそうに千鶴は笑う。

「よし、このままここに居ても殺してくださいって言ってるようなものだし、逃げよう!」

「いや、やめた方が……」

龍の静止も聞かず、千鶴は障子を開け外に出ようとしたが、タイミングが良いのか悪いのか、ぽすんと障子の前にいた誰かにぶつかる。

「おっと……」

ぶつかったのは局長である近藤だった。
その隣には土方もいる。

「逃げれば斬る。……昨夜、俺は確かにそう言ったはずだが?」

冷たくいい放つ土方に、ビクリと肩を震わせながらも口を開く千鶴。

「逃げなくても斬るんでしょう?私、死ぬわけにはいかないんです!まだ、やらなきゃならないことが……!」

必死な千鶴を見やり土方が軽くため息をつきながら口を開く。

「命をかけられる理由があるんなら、洗いざらい話せ」

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