この想いが掴むもの
06
早く、
早く行かなくては
でないと……
『……―――さん!!』
「っ!?……はあっ、はぁ、……また、この夢……」
龍は布団からガバリと起き上がり、息を整える。
ここに来てから数日が経つが、ずっと夢見が悪い。
夢の内容は朧気にしか覚えていないが毎回同じだ。
覚えているのは降りしきる雨の中、どこかを目指して走っている光景と、誰かの名前を叫ぶ自分。
最初は、ただの夢だと思っていたが、こう何度も同じ夢を見ると何かあるんじゃないかと思う。
なぜだろう……
胸が、ぎゅっと締め付けられるのは。
胸に手を当て、握りしめる。
「……顔でも洗ってくるか」
龍はふるふる首を振り、紛らわすようひとりごちる。
着替えて障子を開ける。
今日は原田が監視役のようで壁に背を預けながら
「よう。よく眠れたか?」
と聞いてきた。
「まあまあだな」
本当は、あまりよく眠れてない龍だったが、当たり障りのない回答をする。
すると原田は、こちらに近づき龍の目を覗き込むように顔を近づけた。
「そのわりには、目が赤いな」
心配してるような口振りに龍は虚をつかれる。
あまりにもジッと見てくるので、龍は視線を反らし口を開く。
「顔を洗いたいんだが」
苦笑したような気配がしたと思うと原田の大きな手がぐしゃぐしゃと龍の頭を撫でる。
「なにすんだよっ!」
龍は、その手を振り払い睨み付ける。
「話ぐらいは聞いてやれる。話したくなったらいつでも話せ、な?」
龍の行動を気にした素振りもなく、柔らかく笑う原田。
なんで……。
あんたは、そうなんだ。
よくわからない感情が龍を支配する。
泣き出したいような。
逃げ出したいような。
頭がごちゃごちゃする。
「俺に構うな」と切り捨ててしまえばいいのに、それを出来ない…いや、しない自分がいる。
そうだ……
前にも、こんなことが……
「……おい、本当大丈夫か?」
原田の声で何か形を掴めそうだったものが霧散する。
なにを思い出しそうになっていたのかも分からなくなってしまった。
「……大丈夫だ。気にしないでくれ」
龍は、そう言うと井戸へ向かう。
原田が後ろから付いて来る気配は気にしない。
監視なんだから、付いて来るのは当たり前なんだが。
なぜか、俺と千鶴は別々の部屋にされた。
別々といっても離れた部屋ではなく隣。
しかし、隣同士とはいえニ部屋だと監視が面倒ではないんだろうか。
まあ、夢にうなされていることを千鶴に知られ心配かけることはないので、それは助かっているが。
龍が井戸で顔を洗い、手拭いで水を拭っていると
「ちょっと、そこ退いてくれる?」
その声の人物に肩を掴まれ、思い切り引っ張られる。
「っうわ!?」
その勢いに為す術もなく体勢を崩し、龍はもろにお尻から地面にぶつかった。
「なにしやがるんだ!」
「おい、総司!」
「ここは君だけが使う井戸じゃないんだけど?」
怒りを露にする龍と、たしなめる原田をチラッと見やりながら、いけしゃあしゃあと言ってのけたのは沖田で、相変わらず何を考えてるのかよくわからない笑顔だ。
「俺が使い終わるまで待ってれば……」
そう言いながら立ち上がる。
……あれ……?
なんだか既視感が……。
突然、言葉を止めた龍を沖田も原田も不思議そうに見る。
「……なあ、沖田……前にも……」
前にも……なんだ?
自分で言ったことなのに分からない。
口開くが言葉にならず閉じる。
「……やっぱり、なんでもない……」
諦めたように言うと沖田が笑みを消し、ジッと龍を見つめると何かを考えるように視線を反らす。
「あ、いたいた!」
そう言いながら、走ってきたのは平助だった。
「こんな所で、なにやってるんだよ?朝食を持って行ったら部屋いねえし」
「顔を洗ってたんだ。もう部屋に戻る」
呆れたように言う平助に苦笑しながら、龍はそう言って部屋へ歩き出すと慌てたように平助が駆け出した。
その場に残された原田は
「あいつ、何を言いたかったんだ?」
不思議そうに首を傾げた。
「さあね。僕が分かるわけないじゃない。……だけど、もしかしたら……」
沖田は、さも興味ないというように、最後の方は原田にも聞こえないぐらい小さな声で呟く。
「……それにしても、本当似てるよなぁ。……あいつは、龍之介じゃねえ。そんな筈はねえ……って頭では分かってるつもり、なんだけどよ……」
原田は龍が歩いて言った方向を見つめながら、ため息を吐き出し苦悩するように顔を歪める。
沖田は、それに何も言わず同じ方向を見つめるだけだった。
部屋の前まで行くと斎藤が待ち受けていた。
おそらく、千鶴の見張りだろう。
「あまり部屋から出るな」
龍の姿を認めると、感情を表さない声音で言う斎藤
「分かってるよ」
少しムッとしながら返事をし、龍は部屋に入る。
「平助、左之は?」
「左之さんなら多分、もう少しで戻ってくると思うぜ。左之さんが戻ってくるまでオレここにいるよ」
「そうか」
部屋の外でそんな会話が聞こえる。
そういえば、あいつらは朝飯を食ったのだろうか。
……ずっと天井裏にいる奴も。
ちらりと天井を見上げる。
多分、山崎辺りだろうな。
やはり忍者っぽい格好をしているのだろうか。
……ものすごく見たい。
興味と好奇心が頭を占める。
……どうやったら上から降りてきてくれるだろう。
朝飯にも手をつけず、そんなことを悶々と考えていたら、すっかり料理が冷えきってしまった。
あの夢のせいで食欲もないが、このまま手をつけないってのも悪い。
汁物ならいけそうな気がしたので、手に持ちすする。
「……冷た……」
とりあえず、それだけはと無理矢理胃へ流し込むと、ぐったりその場に倒れこんだ。
ああ、駄目だ。気持ちが悪い。
吐き出してしまいたい。
ぐるぐるぐるぐる目が回っているような感覚だ。
「……大丈夫か?」
その時、切羽詰まったような声が近くで聞こえた。
目線だけ上げると、そこには黒ずくめの目以外を隠している男がいた。
紫の瞳が心配そうに、こちらをうかがっている。
山崎だ。ゲーム通りの格好をしている。
喋るのも億劫なので大丈夫だという風に頷く。
「顔色が悪い。医者を呼んでこよう」
山崎は直ぐにその場を立ち去ろうとするので、上半身を起き上がらせて腕を掴む。
「……大丈夫だから」
首を振り、必死で大丈夫だと訴える。
渋々といった様子ではあったが、その場に留まる山崎に龍はホッとしてその腕を放す。
「……土方さんにでも頼まれたのか?」
龍が分かりきったことを聞くと眉を寄せて黙(だんま)りする山崎。
まあ、そうだよな。
苦笑しながら、龍は視線を下に向ける。
少し時間が経ったことで、幾分か気分が楽になり言葉を繋げる。
「……あんたが、ずっと天井裏にいるのは知ってた」
龍の言葉に、山崎は目を見開く。
「……どんなことがあっても、あんたは降りて来ないと思ったんだが……」
言葉を切り、龍は顔を上げる。
琥珀色の瞳が山崎の目を捕らえた。
「あんたは、優しいんだな……」
ふわりと微笑む龍に、ピシリというように目を見開いたまま山崎は固まった。
どうしたんだろうか。
何か、おかしなことを言っただろうか?
頭に「?」を浮かべながら龍が首を傾げると、山崎は不自然に目を反らし「何かあれば呼べ」とそれだけ言って部屋を出て行った。
外では、あれ?山崎君!?と騒いでいる声が聞こえる。
もう一度、畳の上で仰向けに寝転がると軽く目を閉じる。
俺は……
ここで、どうしていきたいのだろう?
あの夢を見ると自分が自分でなくなりそうで怖くなる。
記憶にない光景なはずなのに
だけど、不思議と知っている
そんな感覚になる。
だけど、きっと俺にとって、あれは必要な夢なんだろう。
なんとなくだが、そう思う。
最初は、あの男に言われてここに来たが、それも何か意味がある。
ここにいる意味がきっと。
それが何か分からない。
それを見つける為に
この世界で
彼ら新選組の近くで
最期の時まで一緒にいれたら……。
それが一番の今の気持ち。
*****
「副長、今よろしいですか?」
障子の向こう側からの声に土方は、書き物の手を止め顔を上げる。
「山崎か。入れ」
その言葉を受け、スッと山崎は部屋に入ると土方の近くまで行き座る。
土方が目だけで内容を話すよう促すと、山崎は頷き話し出した。
「本日……いいえ、今朝のご報告ですが、彼女は本日もうなされていました。やはり、良い内容ではないようで顔色もすぐれませんでした。朝食もなかなか手を付けず、やっと食べ始めたと思った所、急に倒れた為立場も忘れて声をかけてしまいました……。申し訳ございません」
静かに頭を下げ、自分の行動を詫びる山崎に土方は苦笑し続きを促す。
「本人が大丈夫だと言い張るので、医者を呼ぶのは止め、見張りの原田組長に気をつけるよう伝えました。雪村君の方は、しっかりご飯を食べていますし、今のところ逃げだす様子はありません」
「そうか。ご苦労だった」
軽く頷き、労う土方に申し訳なさそうに山崎は追加する。
「副長、彼女は俺が天井から見張っていることを知っていたようです。今朝も声をかけてしまいましたし、同じように見張るのは……」
言いさす山崎の言葉を繋ぐように「得策じゃねえな」と腕組みをする土方。
「山崎、お前はあいつの面倒見ながら見張っとけ。死なれでもしたら決まりが悪いからな」
「……御意」
言い方は、ぶっきらぼうだが土方さんも心配しているのだろう。
井吹に似てる彼女を。
そして、きっと自分と同じように戸惑っている。
どう扱っていいのか。
彼女は井吹ではない。
そうと分かってはいても……
言動も仕草も、何もかもが彼を彷彿させる。
井吹の生まれ変わり……なのではないかと思ってしまう。
もしも
もしも、そうなら
俺は……
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