彼は誰時

近藤さん、山南さんの後を続いて門に向かう。

「もう一度言ってもらおうか、土方。貴様、この俺になんと抜かしたのだ?」

あの男の激しい怒気を孕んだ声が聞こえるが、言葉を向けられているはず相手は何も答えない。
門から出ると、龍之介の恩人と思われる男が目に入る。
もう辺りはすっかり暗くなって、少し先が見通せない。
街灯がない。だから、暗いんだ。
その男――芹沢さんはもうひとりの男と対峙していた。
芹沢さんは巨体であり、ふてぶてしさを隠そうともしない表情を見せていたが、向かい合う男は違う。
漆黒の髪を結い、色白の顔は鼻筋が通っていてどんな女性でも見惚れてしまうような美貌をしている。
しかし、流れる前髪の間から覗く瞳は鋭く、激しく怒りに燃えているようだった。
「もう一度言ってもらおうか、土方」

再度、睨み付ける力を強くして芹沢さんは問う。

「何度でも言ってやるよ。京に来た早々、色町に入り浸って遊びほうけるのは大概にしてくれ」

芹沢さんは悠然と頷く仕草をしながら、土方という男を見下ろす。

「なるほど、我々は今後の活動の為、方々へ根回しをしているというのに――色町遊びとほざくか」

「方々への根回しだあ?島原で一体何の根回しをするつもりなのか、教えて欲しいもんだな」

「……何だと?」

土方さんの言葉に芹沢さんは声をいっそう低くする。

「水戸天狗党の出身だか何だか知らねえが……武士だ何だって威張りくさるんなら、俺達に文句つけられるような真似をしねえでくれ」

ピシャリと土方さんは言い放つ。

「貴様っ――!!」

芹沢さんが、手にした鉄扇を振り上げそのまま土方さんの頭めがけて打ち下ろした。
しかし、土方さんは瞬きもせず、芹沢さんを見据えたまま微動だにしない。
もうダメだっ…打たれるっ!と私が思った瞬間、芹沢さんの手が止まった。

「……なぜ、避けなかった?俺が途中で止めるだろうと気取っていたか?」

「止めようが止めまいが、避けたりしなかったさ。俺は間違ったことは言ってねえからな」

土方さんの返答に私は息を呑んだ。
……カッコいい!
しかし、いくら正しいと思っていても、あの鉄扇を避けずにいられるだろうか。
芹沢さんは、鉄扇を持つ手を引くと八木邸の向かいの屋敷の方へ歩き出した。

「我々は、お前達と行動を共にせずとも困ることはない。俺のやり方が不満なら、いつでも江戸に戻るんだな……行くぞ、新見」

「お、お待ち下さい!芹沢先生!」

芹沢さんの近くでおろおろするだけだった男――新見というらしい――が慌てて芹沢さんの後を追って走り去った。

「……大丈夫ですか、土方君」

「山南さん。なんだ?皆揃って……」

山南さんが声をかけると、土方さんは初めて気づいたように振り向き、驚きの表情を見せた。
気付けば、沖田、永倉、平助、原田の顔もある。

「なんだ?てめえは」

「え?」

土方さんは私を見付けると警戒するような声を出した。

「八木さん所の客人じゃねえよな?」

「あ、俺は……」

突然、水を向けられどうしたものかと私は口ごもる。

「ここに来る途中、倒れてた彼だよ。芹沢さんにお礼を言いたいと、帰りを待ってたんだ」

「……ふん、なるほど」

近藤さんの説明を聞き、土方さんはあっさり納得したようだった。
カッコいいけど、睨まれたら怖いよ。この人!

「なあ、龍之介。芹沢さん、随分呑んでるみてえだし……礼を言うなら明日にした方がいいんじゃねえか?」

「そうそう、芹沢さん、あんまり酒癖が良くないからさ」

永倉が言うと平助も振り返って頷いた。

「……そうか。んじゃ、そうさせてもらう。いいかな?近藤さん」

「ああ、構わんよ」

にっこりと優しい笑みを浮かべて頷いた近藤さんに、私は「すまないな。ありがとう」と頭を下げるのだった。

*****

翌朝、私は芹沢さんの部屋を訪れた。
助けてもらい、京まで運んで貰ったことを感謝を述べて出て行こうと立ち上がる。すると、

「犬ですら、一度受けた恩は忘れぬものだぞ。貴様は犬以下だな」

馬鹿にするような芹沢さんの声にムッとする。

「……」

えっと、それはどういう意味だろうか。
襖に手をかけたまま考える。

「……それは、恩返しにここで働けってことか?」

「ふんっ、まるっきり物知らずという訳でもないようだな」

私の言葉に芹沢さんは唇の端を持ち上げ、そうだと言うように頷いた。
なんて面倒なことに……。でも行く当てもなかったし、助かったのかな……。

「……わかったよ。恩返しが済むまでは、ここで働かせてもらう」

私がそう言うと芹沢さんは満足したように笑った。
こうして私は、またここに厄介になることになった。
うーん。恩返しって具体的にどんな事をしたらいいんだろう…?

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