彼は誰時

「なんだか暖かくなってきたな」

季節で言えば春だろう。
桜もすっかり満開になっていたし。
ここに来てからというもの、日にちがあやふやで今が何月だか分からなかったりする。
日めくりカレンダーでもあればいいのに。
私が見てないだけで、どこかにはあるのかもしれないけど。
あれから数日が経った。
あの時は、夢だと思う事で現実から逃げた。
本当に夢ならいつか、覚めるかもしれない。
だけど、このまま覚めないで……現実に戻れないかもしれない。
両方の可能性はある……。
ここに居たくない訳じゃないんだよなー。
そんなことを考えながら前川邸の出入口を掃き終える。

「よし。次は八木邸を掃除しよう」

道具を持って八木邸の庭へ向かうと、こそこそと移動する沖田がいた。

「……沖田?」

なにやってるんだろう……?
沖田は、私の存在に気付き近づくと
「これから僕を探しに来る人がいるけど、ここにいること言わないでね。余計な事、言ったら殺すよ?」
と物騒な事を言い捨てて、近くの茂みに隠れた。

こ、ここは気にしないで掃除をしてよう。
しばらく庭を箒で掃いていると、可愛らしい足音がパタパタと駆け寄ってきた。

「ねえねえ、そこの犬ー!総司見なかったー?」

「い、いぬ…?」

子供にまで犬呼ばわりされると思ってなかったので驚いてしまう。

「うん。芹沢のおじさんがそう呼んでたの聞いたよ?」

そう無邪気に言う子供の目線に合わせるように私はしゃがみこみ口を開く。

「……芹沢さんだけが俺のことそう呼ぶんだ。だけど、俺には井吹龍之介って名前があるから、それで呼んでくれると嬉しいな」

「うん。わかった!それより、総司どこ行ったか教えてよー!」

子供は無邪気だ。
この子は生意気だけど。
ぐしゃぐしゃと子供の頭を撫でて立ち上がると子供は、なにすんだよっと言いながら頬を膨らませた。
その表情は子供らしくて可愛らしい。
私自身、頬が緩まるのがわかりながら口を開く。

「残念だけど、こっちには来てないな」

「そっか!じゃあ、あっち探して見る!」

そう子供は言うと、門の方へ走り去った。

「へぇ。意外だなぁ……」

そう言いながら、沖田は茂みから姿を現した。
何か不思議なものでも見たような表情で沖田はこちらを見ていた。
子供に優しくしたのが、そんなに意外なのか?
その時

「うわぁあああああん!」

泣き叫ぶ声が門の方から聞こえてくる。
転んだとか、そんな雰囲気じゃない切迫したような声だ。

「この声……」

あの子供の声だ。
私がそう思うのと同時に、沖田が門の方へ駆け出した。
私も箒を木に立て掛け慌ててその後を続く。

八木邸の門へたどり着き、目に入ったものに私は言葉を失った。
そこにいたのは、沖田と彼に泣きわめいてしがみつく子供と、血と思われる赤を纏った永倉と斎藤だった。

「総司、土方さんと山南さんを呼んできてもらえるか」

永倉の言葉に私は呆然としていた思考が戻る。

「どこか怪我でもしてるのか!?」

「これは返り血だ。傷は負っておらぬ」

私の言葉に斎藤はいつもと変わりない落ち着いた様子でそう答えた。
その返り血は少しの怪我をさせたというような量じゃなく、着物にべったりと付着している。
未だ乾ききっていない血は生々しく、鉄のような匂いにこれは現実なのだと思い知らされる。
なんだかショックから立ち直れない。
彼らが新選組だと分かった時点で斬った張ったの世界だと分かってたつもりだった。
だけど、本当の意味では分かってなかったんだ……。

「……一君は随分落ち着いてるんだね。人を斬った後なのに」

沖田のイラついているような声音になんだか違和感を感じて彼を見上げる。
その違和感がなんなのか、表情を見ても読み取る事は出来なかった。

「総司、いいからさっさと呼んで来てくれって」

永倉が声をあらげて促すと沖田はそれでやっと動いた。

「井吹君、勇坊をお願い」

私が何かを言うより早く、彼は子供を押し付けて屋敷の中へ入って行った。
このまま、この子に血を見せておくのは教育上よくないよね……。

「……、中に戻ろう、な?」

私は未だ泣きじゃくる子供を抱き上げ、その場から背を向ける。
子供はギュッとしがみつてきた。
私は、その頭をよしよしと撫でる事しか出来なかった。

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