数日後、会津藩から京残留許可が下りた。
祝杯を上げるとかなんとかで、芹沢さんが島原に連れて行ってくれることになった。
島原という言葉事態よく分からなくて、永倉に言われるまま付き合うことになったのだ。
一人だけ浮かないように最小限の動きで通りを見渡す。
その通りは、夜だというのに提灯などで明るく、きらびやかな着物に身を包んだ芸妓や舞妓の姿があった。
なるほど……。島原って場所がなんとなく分かった……。
綺麗なお姉ちゃんと酒やご飯を食べるところか。
芹沢さんは慣れたもので、そのきらびやかな通りを先頭切って歩いて行く。
その隣を新見さんが歩き、遅れて永倉、平助、斎藤、沖田と続く。
芹沢さんの行きつけの店は『角屋』という名らしい。
「ふはははは!」
芹沢さんのご機嫌な笑い声が部屋に響きわたる。
可愛くて綺麗な芸妓、舞妓にも上機嫌に酒を注いでやっている。
私は内心呆れ返りながらもその様子を見ていた。
男って……。まあ、そんなもんよね……。
目の前の膳には食べたこともないご馳走が並べられ、永倉達はそれらを酒と交互に口に運んでいた。
私にも芸子さんからお酒を進められたが、龍之介がお酒を呑めるのか分からなかったし、自分も呑んだ事がなかったので丁寧に辞退した。
ふと、沖田を見ると盃を舐めながら自分の左側に座っている斎藤を凝視している。
……?
どうして斎藤をじっと見つめているのだろう?
「……色町に来て男の方ばかり見ているとは、変わっているな」
沖田の様子に気づいた芹沢さんが、鋭い目をさせながら言った。
「……別に、何を見たって自由じゃないの?僕、こういう店にはあんまり興味ないし」
どうでもいいような口調で沖田は応える。
「ほう。では、今日はなぜ同行したのだ?」
その問いに、沖田は口を歪ませ不適な笑みを浮かべる。
「決まってるじゃない。一緒に来れば、あんたを斬る隙が見つかるんじゃないかと思ってさ」
芹沢さんは僅かに目を見開くと身体を揺すって大笑いした。
「俺を斬るだと?お前のような小童がか?面白い冗談だ」
嘲りを多分に込めながら芹沢さんは笑う。
座敷の空気が不穏になるつつある。
なんだか空気が……ど、どうすれば……。
「お前に殺すと言われたところでなんとも思わん。あの土方という男ならば別だかな」
「土方さん……?」
肩をピクリと震わせ、沖田が聞き返した。
その表情からは余裕が消え、芹沢さんを睨み付けている。
「本庄宿であの男に睨まれた時は、この俺でも一瞬、肝が冷えた。あの男の視線には本物の殺意が込められていた。あれに比べればお前の『殺す』は子供の戯れ言だ」
芹沢さんは、なぶるような口調でそう言い、悔しそうに唇を噛む沖田を見下ろした後、盃を持って口をつける斎藤に視線を向けて言い放つ。
「……あの男は、恐らく人を殺したことがあるな。見ていれば、わかる」
その言葉に沖田は激しく動揺したようだった。
苛立ちや嫉妬……だろうか……。
今の彼の胸にどんな感情が去来しているのだろう……?
思い詰めたような表情で座る沖田と満足そうな芹沢さん。
人を殺したことがある……その言葉を私は反芻する。
この間の血に濡れた斎藤の姿が脳裏によみがえり、慌てて頭を振る。
気を紛らわすために、私は料理に手をつけた。
先ほどまで美味しいと感じていたはずなのに、今度は味が分からなかった。
「はあ……」
あまりの気まずさと居心地の悪さに私は座敷から抜け出して廊下に出ると、ため息がでた。
端正に手入れをされた中庭を手すりに手をつき、ボーっと眺める。
なんで女なはずなのに、ここにいるんだろう。
……体は男の子だからか……。
一体、私は何をしてるんだろう……。
夢なら早く覚めてくれればいいのに。
「はあ」
もう一度ため息をついたその時、遠くからこちらに近近づく足音が聞こえた。
なんとなく、そちらに目線を送ると女の人が二人――恐らく芸妓さんと舞妓さんだろう――がお辞儀をしながら通り過ぎた。
一つの座敷の前に座る二人。
その座敷は今まで私がいた座敷で芹沢さんに呼ばれて来たのだろうと予想される。
「よろしゅうおたの申します」
「小鈴でございます」
まだ、あどけなさを残すその舞妓は小鈴という名らしい。
意思の強そうな澄んだ瞳を縁取る長い睫毛。
つややかなぷっくりとした唇。
めちゃくちゃ可愛い。
ギュッと抱きしめたくなる小動物を彷彿させるような可愛らしさだ。
小鈴が部屋に入ってからも、その場でしばらく小鈴のことを考えていた。
龍之介だったら惚れてたかもなぁなんて思う。
ああ、そうか……。
私は、このままだと恋愛も出来ないんだ。
龍之介も然り。
結婚、子供なんて夢のまた夢。
……この体と心じゃね……。
お腹は空くし眠くなるし怪我すれば痛い。
私は、ここで生きている。
どうなってこうなったか分からない以上、戻れる手立てもない。
もしかしたら、元の世界の自分は死んでいて、龍之介の身体に私の魂だけ移ったのかもしれない。
でも、それなら龍之介の魂は何処へ行ったのだろう……?
もしかしたら龍之介は、あの時には死んでいたのかもしれない……。
そうなら私はここで生きる覚悟を決めなくちゃ……。
「第二の人生ってやつ……か……」
そう私が呟いた時だった。
ガシャ―――――ン!
膳が引っくり返り、徳利や皿などが割れた様なものすごい音が小鈴が入った座敷からした。
慌ててその座敷に入ると、目に飛び込んできたのは、仁王立ちになっている芹沢さんだった。
そこからの騒動は凄いものだった。
あの舞妓――小鈴が芹沢さんに非難の言葉を浴びせたのだ。
その上、その場にいた芸妓に謝罪を促されても「間違ったことは言うてまへん」と応じようとしなかった。
彼女の言葉に芹沢さんは怒りが頂点に達したのか、手にした盃を彼女めがけて投げつけた。
「きゃっ!」
危ないと思うのと同時に体が勝手に動いていた。
気がついたときには、私は小鈴を庇うように抱いており盃は私の背中に直撃し畳に落ちて転がった。
「いっ!……何すんだよ芹沢さん!」
小鈴を背中に庇うように振り返り怒鳴る。
「いくら何でも物を投げつけるなんてやり過ぎだろ!」
「うるさいっ!黙れ!」
芹沢さんは鉄扇を振り上げ私に向かって殴り掛かってきた。
そのまま、打ち下ろされるものと思われたが、慌てて止めに入った永倉のお陰で助かった。
「まあまあ、芹沢さん!酒の席のことだ。大目に見てやってくれよ。ほら、美味い酒もまだ残ってるぜ!」
手に持った徳利を掲げながら、芹沢に新しい盃を持たせ注意を引く永倉に感謝しながら小鈴を立たせる。
「大丈夫か?……今のうちに出たほうがいい。行くぞ」
頷く小鈴に囁き、彼女の背中を押しながら一緒に部屋を出た。
角屋の玄関前には騒ぎを聞き付けた野次馬が集まっていた。
無言で歩く小鈴にどうしたもんかと考えていた時。
「……うちらは玩具とちゃいます」
ポツリと呟く小鈴。
その表情は、寂しげで憤りを感じる。
「……そうだな。悪かった」
この子は悪いことはしていない。
私は目を伏せて謝る。
「……うちは、偉いお武家はんなんて大嫌いや」
小鈴は、キッと私を睨み付け、ふいっと目を反らすとそのまま走り去って行った。
小鈴にとっては龍之介も同じようなものなのだろう……。
さみしいけど、しょうがないのかな……。
小鈴が走り去った廊下を眺めながら、しばらく私はそこから動けなかった。
座敷の方は、近藤さんや土方さんが来てやっと収拾がついたらしかった。
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