「井吹君、丁度良いところに。……今、時間よろしいですか?」
私は仕事も終わり、芹沢さんは島原に出掛けていて暇だったので、誰か話し相手がいないかと広間に探しに行く途中、山南さんに呼び止められた。
「時間なら大丈夫だが、一体何の用だ?」
私が首を傾げながら聞くと、山南さんは安心させるように微笑みながら「どうぞ、こちらへ」と近くの部屋へ案内した。
多分、ここが山南さんの部屋なのだろう。
私は不躾にキョロキョロと部屋を見渡しながら座る。
部屋は綺麗に片付けられており、必要な物しか置いてないようでスッキリしている印象を受けた。
私は山南さんに目を向けると口を開いた。
「綺麗にしてるんだな」
「まあ、片付けは基本ですからね」
苦笑するように笑う山南さん。
「それで、俺に何か話があるんだろ?なんだ?」
私が聞くと山南さんは頷いた。
「ええ、井吹君……君がよければですが、正式な隊士として浪士組に加わりませんか?」
「は?」
突然どうしたのだろう?
山南さんの予想外の言葉に私は目を丸くする。
「俺は、剣なんてろくに使えないんだぞ」
「これから修行を積めばいいだけのことですよ。君は浪士三人をあっという間に倒したと聞きましたし問題は無いでしょう。それに刀を持っているなら使えるようになっても損はないと思いますが」
確かに修行すれば使えるようにはなるかもしれないけど……。
うーんと考え込む私に山南さんはにこやかに笑いながら続ける。
「もし、正式な隊士になれば、働きに応じて給金も渡すこともできます。それに、芹沢さんの直接の部下ではなくなりますし、常に付き従う必要もなくなりますよ」
給金が出るっていうのは魅力的……。
でも、私はまだ……。
まだ、自分の世界に戻れるんじゃないのかって思っている。
淡い期待が消えない。
まだこの世界を受け入れられていない。
まだ夢心地にいて覚悟がない私。
そんな私が入っていいもんじゃない。
「俺は……」
「井吹君、答えは急ぎません。よく考えて答えを出して下さい」
私が喋ろうとするのを遮るように山南さんは真剣な表情で言った。
その表情を見たら、断ろうとした言葉は出なくなってしまって、結局私は問題を後回しにしてしまったのだった。
*****
それから数日経った頃、私は例よって芹沢さんに呼びつけられの肩を揉んでいた。
その時に聞いた局中法度
一、士道に背くまじきこと
一、局を脱するを許さず
一、かってに金策いたすべからず
一、かってに訴訟を取り扱うべからず
一、私の闘争を許さず
右の条々に背く者は切腹申付べく候うなり
……決まりを破ったら切腹なんて。
私はその内容に言葉を失った。
だけど、心配する新見さんに対して芹沢さんは、気にすることでもないという態度だった。
実際「決まりを作ったところで、従わせるだけの力がなければ、何もできんだろう。奴らは、この俺に腹を切らせることなどできると思うか?」と言っていたし。
私は……龍之介はどうなるんだろう……。
このまま、ここに居続けても大丈夫なのかな……。
雑用ばかりしていて、果たして恩を返せているのだろうか。
『これから修行を積めばいいだけのことですよ。君は浪士三人をあっという間に倒したと聞きましたし問題は無いでしょう。それに刀を持っているなら使えるようになっても損はないと思いますが』
その時、不意に思い出した私が剣なんて使えないと言った時の山南さんの言葉。
「刀を使えるようになったら、もっと役に立てるのかなぁ」
でも刀を使うというのは、人を傷付ける…いや、殺すことだ。
それを覚悟しなければならない。
私に出来る?
まだ、ここで生きる覚悟も出来てない私が。
だって、どうしても願ってしまう。
これは夢なんだって。
井吹龍之介の夢を見てるんだって。
いつか、目が覚めるんじゃないのかって。
切腹……。死ぬのは嫌だ。
死にたくなんてない。
保留にしたままの山南さんの提案……。
その日の晩、床に入った後も悶々としてなかなか寝付けずにいた。
他の人達はあの話を聞いてどう思ったのかな……。
沖田あたりは近藤さんの決めたことならと受け入れてそうだ。
斎藤、平助、原田、永倉はどうなんだろう?
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